作品

概要

作者輪舞の人
作品名機械知性体たちの協奏曲 第2話          『公園で』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-11 (日) 22:24:33

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

 最近、彼女の動きが妙だ。
 ひとりで出かけるのはいいのだが、それをわたしに内緒にしようとしている節がある。
 何だろう。いつも夕方には帰ってくるけれど。
 ようやく隠し事ができるくらいになったという事? つまりこれは成長の証。
 かなり、気になる。
 ひょっとしたら、いつにない新しいパターンかもしれない。

 

 六月三日。
 夕刻。七〇八号室でいつものように食卓をふたりで囲む。
 今日はグラタンを作ってみた。意外と彼女は猫舌なのかもしれない。ふーふーと息を吹きかけながら少しずつ食べている。ようやくヒトと食べても違和感のない状態になってはきている。とても喜ばしい。絶対に今度はレストランに連れて行こう。テーブルマナーを学ぶのもいい。
 しかし……そこまでする必要があるの……かなぁ。まあ、いいか。
「おいしい?」
「………」
 黙ってうなずく。どうも口の中の熱いものの処理がうまくできていないみたい。
 しばらく無言の食卓だったが、頃合いを見て、気になったことをなるべく自然に尋ねてみることにする。
「最近、よくひとりで出かけるみたいね」
「………」
 無言。
 む。これはまた新たな反応。
 少なくとも回答できない時でも、それなりの返事をするのに。
「どこへ行ってるの」
「近所」
 いつもの声の質ではないような気がする。あいかわずのボソボソ声だけど。
 ……明らかに何かを隠している。これは興味を惹かれる。
 何というか、自分の「使命」とかそういうものには関係ない。
 ただ、訊いてみたい。純粋な好奇心がふつふつと湧き上がる。
「このあたりって、わたしと出かけた先で面白い場所、何処かあったっけ」
「……場所ではない」
「じゃ何か別の目的?」
「………」
 うーん。頑固なのはいつでも変わりないな。一度黙ってしまうともう後は続かない。
 嘘は言わない代わりに、本当の事も言わない。
 これは一筋縄ではいかないみたいね。
 だけど、これで諦めるのは癪だ。
 この子が何かに関心を持って出かけているのは間違いない。
 保護者として、育成者として、看過するつもりは全然ない。
 ……本当にそれだけだってば。

 

 翌日の昼過ぎ。
 こっそりと自室から七〇八号室の様子を観察してみる。
 空間受動探査。対象が空気を押しのけるだけで、その動きが解る。
 覗きというわけではない。ただおおまかな動きを見ているだけ。
 彼女のプライベートは極力尊重したい。
 ……本当だってば。

 

 キッチンで動きがある。
 へぇ。何か作ってるのかな。
 冷蔵庫? 最近出かけてひとりで買い物してたっけ。
 食事を作っているというわけでもないのに。
 ああ、レトルト食品とかコンビニの惣菜くらいは買っていたかもしれない。
 でもお昼ご飯はとっくに済んでいる。
 なんだろう。

 

 やがて彼女は七〇八号室を後にする。エレベータで下へ。
 ふーん。さてどうしようか。
 こっそり後をつけてみる? そうしてみようか。
 初めての事だ。これは。

 

 可能性を考えてみる。もっともこれは、一番あり得ない可能性。
 例えば……異性と、外で、出会っている。

 

 ……絶対にない。だろう。たぶん。

 

 そんな事があったら、それこそわたしはもろ手を挙げて喜ぶことだろう。
 ただでさえ、対人対応能力がゼロの状態の彼女が、そのような高度なコミュニケートを確立できるなど、予想を遥かに超える。
 だから、と思う。わたしはきっと喜ぶ……だろうな。きっと。でも。
 何か、複雑な気持ち。何だろう、これは。

 

 いくらか時間をかけて検討してみる。
 何が……不満なの。不満なのかな。これは。
 また考える。
 ……そうだ。
 ……もしも。もし変な相手だったら?
 そう。もし、もしも、本当にそうだとして。
 まさかとは思う。まさかとは思うけど、変質者とかに何か騙されているのでは。
 頭の中を、ここでは公表できないあれやこれやが浮かび上がる。
 あんなことや、こんなことや、頬が赤く染まるような、頭の中が熱くなるような。
 そこで、一瞬にして覚める自分がいる。
 ……いったいわたしのアーカイヴには、どんな情報網が構築されているの。
 自分で頭を抱えて愕然とする。
 これじゃ、耳年間じゃない。自分自身、これだけ生きてきてろくな経験もないくせに。
 興味本位でいろいろ集めて、全然整理もしていない。
 当然。だって必要が一番なかったものだから。
 わたしは頭をぶるぶると振るう。
 そんな事があったとしたら。
 玄関のドアを睨み付け、猛スピードでそこへと突進した。
 おそらく、とわたしは靴を履きながら思う。
 あの「長姉」がこの様子を見たらこう言うだろう。

 

「ええと。姉バカ? というのでしょうか。この場合」

 

 とか。
 言うだろう。間違いなく。一番遅く生まれたくせに。
 彼女の位置はリザーブ・デバイス。セカンダリよりも序列が低いくせに、あの態度にはいつも抗えない。設計序列なんか意味がないじゃない。あの貫禄……というか雰囲気はなんだろう。
 いいじゃないの、とわたしは思う。あの子は何も知らないで生まれてしまったのだから。
 そう、決められてしまったのだから仕方ない。
 だから、わたしが守らなければ。その為に生まれたのだから。

 
 

 彼女に気づかれないようにするのは至難の業だ。
元々の与えられた性能が違いすぎる。いくら「例の機能」の為にそのほとんどが使用されているとしても、基本の緒元がわたしとは桁違い。とは言っても、わたし自身の性能が低い訳ではけっしてない。
何しろ元は同じアーキテクトから生まれた、姉妹に等しい存在なのだから。
 もちろん、あの「長姉」も含めて。
 この地球上に配置された、端末群の中でも最新鋭で最高の機能を求められたわたしたちだから。
 彼女には涼宮ハルヒの観測以外、その機能を使わないように何度も言い含めてある。
 その為にいろいろな障害がすでに発生しているが、わたしがそれを補佐していた。
 今回も、今のところは順調に「経験」は推移している。後は少しずつわたしが彼女に与えている情報因子。
 今は気づかないだろう。これは浸透してからその組成まで時間がかかる上、彼女自身の経験にも影響される。
 発現すれば混乱するのは必至。自分の身に起こる事が理解できない状態に陥る。そのように仕組んでいるのだから。
 だが、それもわたしの目的のひとつであり、最大の使命。
 いつか、その種が実を結ぶことを願っている、隠し事だった。

 
 

 尾行は問題なく続けられる。
 彼女はてくてくとひとりで歩き、その姿を観察すると、どうやら何かを抱えている。
 ビニール袋? 何を持っているのだろう。
 近くの大きな公園。おそらく彼女が生まれた場所。
 今は午後三時七分。
 何をするつもりなのかな。

 

 公園に入ると、彼女はきょろきょろと周囲を見回す。
 まさか、気づかれた?
 わたしはジーンズで来た事を幸運に思う。すぐに茂みの影へと移動。
 空間受動探査なんか使わないとは思うけど。もし、あれを使われるとやっかい。
 熱源でも電波の反応でもなんでもない。大気の動きだけで存在がわかってしまう。
 でもどうやら違う様子。普通に可視光探査のみ。ただの通常視覚を使っているだけ。
 するとその視線の先には小さな男の子。ヒトだ。
 生体年齢は何歳くらいだろう。六歳くらい。小学生になるか、ならないか。
 その子は彼女を見つけると、喜色を浮かべて走り寄る。
 迎える彼女の表情に変化はない。ただじーっと見つめている。
 観察している、という雰囲気。だが男の子はそんな彼女の態度にはまったく動じた気配がない。袖に手をやり掴むと、こっちだよ、というような言葉をかけて急いで連れて行こうとする。
 彼女はそれにも何かを感じた様子はなく、ただ連れられるままに移動を開始する。

 

 ここでわたしは、「あの懸念」を抱いた自分に後ろめたさを感じている。
 そんな事があるはずがないじゃない。馬鹿みたい。
 自分自身に何かが鬱積しているのだろうか。これはいけない。
 だいたい……経験? わたしには必要のないこと。
 たとえその機能が備わっていたとしても。
 もう一度頭を振り、いらない考えをどこかへ追いやると、気づかれないようにふたりの後を追う。

 

 その先は公園の茂みの中。
 ふたりで何かを話ながら、しゃがみこんでいる。
 何をしているのかな。遊ぶというなら、ずいぶん暗い場所だと思うんだけど。
 そーっと近づいてみる。
 すると声が聞こえる。誰の?
 男の子のもの。泣いている。
 彼女は何も応えていない。さっきまでの言葉はかすかに聞こえていたが……
『わたしには、わからない』
 何だろう……
 事情がよくわからないが、このまま放ってもおけない雰囲気。
 わたしはさらに、ゆっくりと近づく。

 

 ふたりがしゃがみ、囲んでいるのは小さな段ボール。
 中には汚れたタオルが敷き詰められている。
 すぐにわかる。あれは、ずいぶん前にふたりで一緒に買ったものだ。
 そして、そこには…… 

 

 小さな子猫が横たわっている。
 ドロで汚れた毛はボサボサ。体調はわずか15センチほど。
 茶色と白のブチ模様の体表。尻尾は折れ曲がっている。
 生まれて間もない、野生の個体だと推測できる。
 そして、わたしは走査する間もなく直感する。

 

「死んでいる」と。

 

「昨日までは……元気だったのに」
 男の子が泣きながら彼女の袖に抱きついている。
 対する彼女の反応はない。
「お姉ちゃんとふたりで、一生懸命ごはんあげたのに」
 そういう事か。わたしはその段ボールの前に広げた、彼女の持っていたビニール袋の中身を確認した。
 牛乳のパックと、いろんな惣菜の残りもの。ウインナーか。まだあの生体年齢の個体では食べられないだろうに。
「冷たくなってる……もう動かないよ……」
 男の子の声が、彼女に届いているのかはわからない。
 ただ、じっと、いつもの目で痩せた子猫の最後の姿を見つめているだけだった。
 何を、想うの。
 あなたは、その目で、何を見ることができるの?

 

 後ろから声をかけたわたしに、びっくりした様子の男の子は事情を説明した。
 推測の通りだった。
 今から三日ほど前、この場所で足を痛めた子猫を見つけたのだという。
 どうしていいのか迷っていると、たまたまそこに散歩に出かけていた彼女に出会ったという事。
 家に連れ帰る訳にもいかない彼は、何とかこの子猫を助けようと彼女に助けを求めた。
 言葉のままに子猫に接触した彼女は、栄養分と水分の補給、それと体温の確保を至急の事態と判断したらしい。生命活動はすでに微弱だったが、わたしが禁じていた情報操作を行うわけにもいかず、それは実施しなかったという。
 なぜ相談をわたしにしなかったのか、それを尋ねてみた。
「この子が、誰にも内緒だと言った」
 そう……
 ちゃんと、この子との約束を守ったのね。
 わたしは彼女にそれ以上の何も言えなかった。
 小さな命が、昨日まであった命が、無くなった事を、たぶんあなたはまだわからない。
 でもそれは仕方がない。本来、わたしたちには有機生命体の死の概念というものが、理解できないのだから。
 本質が違いすぎる。異質なものとの接触、だから。
 たくさん泣くことで落ち着いたのか、やがて男の子は、二言三言何かお礼のような言葉を告げるとわたしたちの元から去って行った。
 とても小さく、肩を落としたまま、涙に濡れた顔も拭かずに。
「……あれが、涙?」
「そうよ」
 見送る彼女の言葉に、わたしは最低限の返答。
 いつか、あなたもそれを流す時が来るのだろうか。
 わたしには、無理だとしても。あなたなら、いつかは。

 

 気がつくと、彼女はすでに冷たくなった、それこそ両手で包めるくらいの大きさの子猫を手の平に抱いていた。
 口が開かれる。
 高速言語。ここで、情報操作をするつもり?
 わたしが制限し、禁じた言葉よりも強い何かが、彼女を動かしたのかもしれない。
 子猫のみすぼらしい遺体が、またたく間に再構成される。
 ふさふさの、まるで毛の塊のような、小さな生き物の……身体だけ。
「……再構成は完了した」
 彼女は消えそうな声で説明した。
「でも、動かない」
 その両手を動かさずにいる。まるでベッドのような優しい、小さな手だった。
 子猫は、そのままそうしていれば、まるで眠りから覚めて目を開くのではないか、という期待をしてしまう程。そんな綺麗な姿だった。
 わたしは後ろから彼女を抱きしめる。
「……いいのよ、それで」
 生命という意味。失われたら、たとえわたしたちでも……無理なのだという現実。
「この子。最後に綺麗にしてもらって、とても喜んでると思う」
「でも、動かない」
 じっとあの目で見つめているのだろう。わたしには見えないけど。

 

 何を想うの。
 何を感じているの?

 

「……なぜ、動かないの……?」
 彼女は何回かその言葉を繰り返した。
 わたしたちふたりは、しばらくの間、そのままの姿勢で、旅立っていった小さな生命に別れを告げていた。

 
 

 二日後。昼過ぎ。
 彼女からの思考リンクが届く。
(行ってくる)
 洗濯物をまたもや畳みながら、静かに返答。
(今日はどこへ?)
(墓参り)
 ……そう。
 わたしは目を閉じる。
(あの子の?)
(彼が教えてくれた。そうするのが良いのだと)
 彼女の声は昨日よりはだいぶはっきりしていた。
(今はよくわからないけれど)
 ドアをくぐるのだろう。声が途切れる。
(……いつか、この行為の意味を理解できる時がくればいい、と思う)

 

 わたしもそれを願っている。
 生命。とても素晴らしくて、哀しくて、それは、かけがえのない大切なもの。
 それをいつかあなたが理解し、受け入れる事を。

 

 ……ありがとう。
 わたしはあの子猫にそっと……お礼の言葉を告げた。

 
 

―第2話 終―

 
 

 本編『第25話 踊る人形』
 SS集/580へ続く

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:07 (2714d)