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作者 | 江戸小僧 |
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作品名 | 夫婦茶碗 − 男のひみつ − |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2007-02-11 (日) 01:24:25 |
キョン | 登場 |
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キョンの妹 | 登場 |
ハルヒ | 登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
<承前>
両親が2週間ばかり家を空ける事になり、ちょっとした開放感に包まれながら妹と二人で買い物に出た俺を待っていたのは長門からの警告だった。
「あなたに危険が迫る可能性がある」
何しろ長門の言うことだ。早速その日から警戒を強め、長門自ら我が家に生活拠点を移すことになった。
まるで夢のような……いや、それにしても長門の様子がちょっとおかしい。いつもの半分も食べないうちにお腹が一杯だと言ってみたり、その後でまた食べたり。
頼むぜ、長門。お前だけが頼りなんだ。
腕についた水滴を拭きながら廊下に出る。
「キョン君、お風呂まだ〜♪」
ちょっとは待ちなさい。これからお湯を張るんだから。
リビングでは、長門と妹がDVDを見ていた。妹のお気に入りのアニメのようだ。
長門、面白いか。
「ユニーク」
…あの分厚いSFと同程度か。きっと評価された方なんだろう。
俺はソファの長門の隣に腰を降ろした。
こうやって3人並ぶと、これはこれで自然な感じがする。何だろう、SOS団の皆でいる時とはちょっと違うが、違和感がない落ち着いた空間。それだけ長門が人の中にいることに慣れたのだろうか。それとも……自分が出せるようになったのか。
風呂場からの電子音が、俺を現実に引き戻した。
「長門、良ければ入ってくれ」
黒檀のような瞳が、何か言いたげに俺を見つめる。
「普通、一番風呂はお客さんが入るもんなんだよ」
「私は客ではない。あなたを守る者」
まあ、それは嬉しいんだが、一番風呂に入ってもバチは当たらんだろ?
「皆で一緒に入ろう!」
こら、甘えるんじゃありません。
「いい」
そ、そうか、すまんな。もう髪も自分で洗えるし、余計な手を煩わせることはないと思うから、宜しく頼む。
妹に手を引かれながら長門は風呂場へと消えた。
「えへへ、有希ちゃんって―」
あー、今夜のテレビは面白いなー。集中だ、集中しろよ、俺。
極限まで減量せんとするボクサーの気持ちに共感する時間がしばし流れた。
「あがったよ〜 キョンくーん」
なんだ、早いな。
足音が2階へ上がりきるのを確認してから風呂場へ向かう。何しろ長門が男の前で下着姿を晒さないだけの常識があるかどうかハッキリとはわからない。合宿の時はハルヒが細かくチェックしてたろうし。
長門が入った後の風呂……なんて事は考えずに風呂場に入る。だから、一切考えてないって。本当だ。
「頭は念入りに洗うべき」
そう。今のうちからキチンとしておくことが大事な……?
「助力する」
って、長門! お前、何やってんだ?
どこで覚えたのか、バスタオルをキッチリと体に巻いた長門が無表情な中に瞳を輝かせて後ろから俺を見つめていた。なんか、胸の谷間が妙に目立つんですが。それと、バスタオルが濡れて体に張り付いてるのは仕様ですか? いろいろ想像を掻き立てるのでとっても困るんですが。
「あなたは今とても無防備」
あのな。風呂の時は普通無防備なもんだぞ、いろいろとな。
「心理的にも無防備な状態にある」
ああ、だから今すっごく恥ずかしいんだが。
「問題ない」
おおありだ。お前は知らんだろうが、この状況は所謂―
「あなたは萎縮するべきではない」
そりゃ、どっちの俺に言ってんだ。
「情報の伝達に齟齬が発生している。再度、異なった表現で説明することを推奨する」
……すまん、忘れてくれ。ただの妄言だ。
「そう」
だから、頼む。一人にしてくれ。
「……私は迷惑?」
そんな格好で上目遣いに見つめるな。反則にも程があるぞ。
「では、あなたの洗浄を行う」
だから! 妹だっているのに…いや、あの、嫁入り前の女の子が男と風呂に入っちゃいかん。先に出ていなさい。
「私はまだ十分に湯船に浸かっていない」
だったら早く入りなさい。さ、一緒に数えてやるから。いーち、にー…
「あなたは新陳代謝により皮膚表面に老廃物が存在している。それを完全に除去するには私の力が必要」
大丈夫だって。頼む、これ以上俺の理性を試さないでくれ。
「私自身の洗浄結果を見れば納得する筈」
長門はバスタオルに手を掛けると、それをゆっくりと―
「キョン君、電話だよ〜」
妹よ、ノックをしないで扉を開けるなと何度言ったら……ま、今だけは助かったぞ。
受話器を取る。まだ手が濡れてないからこそ、だが。
『ちょっとキョン、何やってんのよ!』
な、何! ど、どこから覗いてやがる!
『何バカな事言ってんのよ。って、どーせ変なことしてたんでしょ、アホキョン』
変な事とは何だ。ふ、風呂に入ってるだけだ。
『っ! もういいわよ。このエロキョン』
切れた。なんなんだ、コイツは。ま、しかし、助かった。
「長門。妹じゃないんだから俺は自分で洗える。お前はゆっくり暖まってくれ」
湯気に包まれた風呂場で瞳だけは宇宙空間のように冷たくして、長門はなんとか湯船に入ってくれた。
俺は湯船に背中を向けるようにして体を洗う。心の裡はもうそれどころじゃないんだが、ここで冷静さを失ったらお終いだ。
どういう順番で体を洗ったか、覚えていない。しかし、どうにか長門の裸を見たり触ったりしないまま、あいつを先に出すことができた。
自分で自分を褒めてやりたい。もしかしたら、どっかの聖人の生まれ変わりとか言われたりするんじゃないか?
しかし、俺はまだまだ甘かった。
「そろそろ寝なさい」
「えー、まだいいよ〜」
ダメだ。明日起きれなくなったらどうする。
「キョン君じゃないから大丈夫だよ」
それは、まあ…いや、いいから歯を磨いて寝なさい。
そうだ、長門。お前は親の部屋を使ってくれ。布団を敷いといてやるから。
「いい」
いや、知らない部屋は要領分からんだろう。それ位はさせて貰うぜ。
「必要ない」
まさか、眠らないなんて言わないだろうな。
「有機生命体は睡眠時に注意力が極端に低下する」
そりゃ、そうだが。
「従って、あなたの睡眠時には物理的な距離も可能な限り短くする」
つまり、どうするんだ。
「あなたと同じベッドに―」
ダメ。許可しない。いかん。考え直しなさい。
そうやってネコさん柄のパジャマを強調したってダメだ。っていうか、そんなパジャマ持ってたんだ。
「……風呂を出てからずっと着ていた」
いや、すまん。俺がボンヤリしてた。許してくれ。お前にそうやってまっすぐ睨まれると、どうも落ち着かないんだ。
「では、同じベッドに―」
それはダメだって。いいか、長門。男ってのはな。
俺は妹が自分の部屋にいることを確認してから、年頃の男ってのが毎日どれだけ懸命に自然の欲望と闘っているかを長門に説明した。
「理解した」
そうか。そりゃ良かった。
「あなたはヒトという種の本能に従っているだけ。それを無理に抑制するのはストレスとなる。それを解消することを推奨する」
……えーと、ですね。あなたが部屋にいると解消できないっていうか、その……
「私が協力する」
ば、ばかな事を言うな。いいか、長門。絶対にそういう事をよそで言っちゃダメだぞ。男は決して信用するな。
「了解した」
ふう。長門は意外と頑固だからな。違う部屋で寝ることは納得しそうにないが、せめて同じ床ってのは避けないと、俺がどうなるか保障できん。
布団一式を俺の部屋に運び、長門には俺のベッドで寝てもらう。男臭いだろうが、そっちの方が寝やすい筈だ。
長門はどこでも寝付く性質らしく、電気を消してすぐに寝息が聞こえてきた。
俺は落ち着かない。どうやって自分を誤魔化しても、年頃の女の子が同じ部屋で寝ているのだ。宇宙人だろうと何だろうと、意識せずにはいられない。
だが、同時にあるべきものがあるべきところに収まっているような安心感もあった。うまく言えないが、初めからこうあるべきであったかのような感じが、どこかでする。
それは、あいつと俺の間の信頼関係がそう感じさせるのかもしれない。
「2週間よろしくな、長門」
俺は、寝ているはずの短髪の少女にそっと声を掛けた。
− 両親の帰還まで、あと327時間 −