作品

概要

作者せだえんらc
作品名永久への鍵 第02話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-11 (日) 00:01:41

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

一夜が明けた

 

タケルは俺達の家、すなわち708号室の俺達のベットの中、しかも俺達の真ん中で目を覚ました

 

タケルは俺達の子供である、よってこの部屋に泊まるのは当然であってそれについてはいささかの疑問も不満も無い

 

しかし、しかしである!この親子の川の字の就寝姿勢にはいささか異義を唱えたいのである!

 

長門は当然のように俺達夫婦のベットを幼いタケルの寝床にした、母親として当たり前のことであろう、それはとても自然なことだと思う

 

だが父親としては必ずしも納得できるものでは無いのだ!男として自然では無い時だってあるのだ!

 

つまりなんだ、その、あれだ、そう、誠に尾篭な話で言いにくいのだが俺だってそんなに淡白ではない、まして涸れてなど居ないのだ、わかってくれ

 

開き直って言ってしまえば迸る情熱というものがあるのである、とりもなおさずそれはタケルを生み出す源流であって、それを抑圧することはタケルの誕生を抑圧し抑制し抑止するよくないことなのだ!そう!そうなのだ!

 

と、俺の中の子孫繁栄の為の本能は主張したかったのだ!・・・したかったのだが出来なかったのだ・・・・・・・・・

 

昨夜、話があれ以上進まぬうちに夕食にもつれ込み、カレーとおでんという予想通りのメニューに俺と喜緑さんは顔を引き攣らせた

 

無理もあるまい、和洋異色のマッチである、しかも片や発汗促進系香辛料路線と片や昆布と各種おでん種の出汁のハーモニーという調和路線のミスマッチングである

 

それだけでも十分アレなのだが、そこに増して加えてお二人とも料理に情熱を燃やしてしまっていたである

 

長門が愛する我が子に一足早く会えて、その健やかな成長を願い張り切るのは判る

 

しかしなぜ朝倉までもがあんなに大量の食材を揃えていたのであろうか?

 

タケルは正面に長門を、左右に朝倉と喜緑さんをはべらし、三方から「はい、あーんして」という男子垂涎のハーレムを実現していた

 

長門はともかくとして、朝倉と喜緑さんのあの甘い態度はなんであろうか?子供というだけでなぜああまで有利なのか?不公平だ、忌々しい、ああ忌々しい、忌々しい

 

俺はその間ずっと隅っこに放置され、妻である長門すら「あーん」をしてくれなかったのだぞ?いつもならしてくれるのに!

 

それどころかちょっとジェラシーを感じて長門に「あーん」しようとしたら、4人がかりで絶対零度の視線を浴びせかけられたのだ、この悲痛がわかるであろうか

 

しかも食事のかなりがあまることになった

 

普段から長門基準で造っているうえに当社比2.5倍という増量ではやむ得まい

 

だがその食材の多くが残飯処理として俺にしわ寄せされたのは何故なのであろうか?

 

しかしその扱いすらその後の仕打ちの前では生温いものだった

 

最初、タケルはこの部屋に泊まる事を遠慮していた、ませたガキだ、しかし今夜だけは素晴らしいと褒め称えよう、お父さんは嬉しいぞ!

 

しかし朝倉と喜緑さんがタケルの就寝先について争奪戦をはじめ、就寝の前に入浴しなければいけないという話に展開し、やがてなにか不健全なピンクのオーラを醸し出したあたりから様相が変わった

 

朝倉と喜緑さんの意味不明な、というか意味が判ってはいけない気がするピンクのオーラに対抗するように長門はどす黒い殺気混じりのオーラを醸し始めた

 

その後のピンクと黒のオーラの闘いは恐ろしくて記憶に無い、俺の自己保存の本能が抹消してしまったらしい、そういうことにしておいてくれ

 

気がつくといつしか長門達が鳩首談合を始め、俺を実家に追い帰して自分達がタケルを囲んで入浴し就寝するという譲歩案が囁き出され始めるに到って俺は折れた

 

俺は頭を下げてどうかこの部屋で寝かせて欲しいと懇願した、その時に彼女達が見せた俺という獣を見下げる軽侮の視線は一生忘れられないトラウマになるかもしれない・・・

 

結局、俺は過剰な夕食の胃もたれも、行く場の無い情熱の解消も出来ずに悶々と朝を迎えたのである

 

 

2つの意味で消化不良な朝、不機嫌な食卓でタケルは甘さで胸焼けしそうなこと言い出だした

 

ちなみに朝倉と喜緑さんは起床早々に甘い朝食持参で俺達の部屋を訪問し長門に玄関先でにべも無く追い返された

 

「パパ、ジャムどこ?朝から甘いのはいやなんだ」

 

ジャム?目の前にあるだろ?甘いのが嫌なんて子供らしくないな、嫌ならバターを付けろ

 

俺は1枚目のパンにバターを塗りながらイチゴジャムの壜とバターを押しやった

 

「赤じゃないよ、オレンジの」

 

「オレンジはジャムじゃなくてマーマレードだ、そっちも甘いけどいいのか?ほら」

 

冷蔵庫を開けてマーマレードの壜を探し出し食卓においてやる

 

「マーマレードじゃないよ、もしかしてこの世界軸には無いの?」

 

どんな食い物だそりゃ?なにか知ってるか長門?

 

「・・・」

 

長門がふるふると首を振る、その振れ幅はナノメートル単位だが長門表情特級鑑定士の俺にはわかる

 

「おかしいな、こっちの方が根源に近いはずなのに・・・」

 

不思議そうに考え込むな、不思議なのはお前だ、お前の発言だ

 

「無いものは創ればいいだろ」

 

「うん、それ無理☆」

 

朝からにっこり笑ってトラウマを思い出させやがって、朝食を逆流させるつもりか?

 

とりあえずその手で無意味に光らせているバターナイフを下ろせ、話はそれからだ

 

「あれだけは誰にもどうにもならないんだよ、製法どころか材料や成分すらも謎なんだ」

 

それを聞いて長門が食事の手を止め天井を見上げた

 

情報統合思念体から情報を引き出しているのだろうか?

 

「長門」

 

俺の声に長門が振り返る

 

「この子とリンクした・・・この子の持っている当該物質に関するイメージを共有」

 

その直後、長門の雰囲気が変わった、どうした長門?

 

「アレおいしいのになぁ・・・」

 

ヤツは残念そうにポツリと呟くとパンの最後の一口を牛乳で流し込んでキッチンを出て行った

 

その後姿を見送りながら俺は長門に尋ねた

 

「なあ長門?さっきはどうしたんだ」

 

長門はいまだ蒼ざめている、そして俺の声にびくりと身体を震わせると硬直した

 

よほどさっきの出来事がショックだったらしく、一口も朝食が進んでいない

 

長門に食欲をなくさせるなんて『アレ』ってのはどんな代物なんだ、おい

 

「すまん、いやならいいんだ、食欲なくなっちまったか?」

 

「全ての情報を検索し『アレ』が何なのかを伝える方法を検討した・・・不可能、そもそも『アレ』は正体不明」

 

「おまえでも正体を突き止められないものなんてあるのか?」

 

「恐らくこの世界のいかなる存在でも不可能、もし無理に言葉に直せば情報の伝達に致命的な齟齬が生じる」

 

そこまで言われちゃ判らなくても聞きたくなるのが人情ってもんだ、俺は怖いもの見たさで長門に頼んだ

 

「それでもいいからわかる範囲で教えてくれ、なんならヒントだけでもいい」

 

だが俺の考えは甘かったらしい、長門はその後数分間も沈黙し、やがてためらいがちに短いヒントを答えた

 

「あの時、京都で目覚まし時計をくれた人」

 

俺は記憶の検索を取り止めた

 

 

その日の俺達の予定は光陽園学院幼稚園の下見だった、そういう口実だった

 

朝倉も喜緑さんも短大の在校生という口実でしっかりとついてきていた

 

そういえば紹介し忘れていたが俺の妹とミヨキチは光陽園学院中等部に入学した

 

ミヨキチはともかく俺の妹が合格できたのはひとえに長門のおかげだ

 

長門に家庭教師をやってもらった半年間で妹の成績は驚異的な伸びをみせた

 

いやもう、なんつーかロケットみたいな急上昇だったね、同じ親から生まれてなんなんだろうねこの差は?

 

そのミヨキチに幼稚舎を見学した後の帰り道でばったりと出合った

 

やばい!と思ったね

 

だってよく考えてみろ、ミヨキチと俺の妹はセットで行動してるんだぞ、ミヨキチがいれば妹がオプションで自動的についてくるってもんだ

 

俺は昨日の今日のことで、この厄介な妹対策のことをすっかり忘却していた

 

ミヨキチはまだいい、例え背景を知らなくても自然に空気を読んでくれるだろう

 

しかし妹に俺達が一緒にいるところを見られたらアウトだ、どんな尾ひれがついて噂話が爆発するかわかったもんじゃない

 

まずは妹対策第1弾にして決定打であるミヨキチの懐柔を謀らねばなるまい

 

一言で言えばミヨキチさえ味方につければ妹対策はほぼ万全である、頼もしいぜ

 

俺が諸葛孔明も真っ青の策略を練っていると隣からミヨキチの声が聞こえた

 

「この子が長門さんの親戚のお子さんなんですね?」

 

どうやら長門の説明はそういうことになったらしい、表向きには、実にあっさり解決してしまったな

 

「そうなんだ、すまないがミヨキチに少しだけ預かっていてもらいたいんだ、迷惑じゃなければ」

 

「迷惑なんてとんでもないですわ、むしろこちらからお付き合いさせていただきたいくらいです」

 

良い娘だなぁ・・・あと何年たてばうちの妹もこんな風になれるんだろう?一生無理かもしれないなぁ

 

しかし思わぬところから雲行きが怪しくなり出した

 

「ねぇタケル君、君は年上のお姉さんってどう思うかな?」

 

そういいながらミヨキチが正面からぎゅっと抱きつく、すこし密着しすぎじゃないのか、特に胸とか、べ、別に羨ましくなんかないぞ!

 

それよりミヨキチの瞳に妖しい輝きが見えるのは気のせいだろうか?気のせいだよな?頼む、誰か気のせいだと言ってくれ

 

「吉村美代子をショt・・・訂正、敵性と判定、当該個体の有機情報連結の解j「待て待て」・・・」

 

俺は慌てて長門の口を押さえた

 

長門が俺だけにしかわからないかすかな表情変化でむっとしたように見上げてくる

 

「おまえな、いくらなんでも加減を考えろ、俺の妹の友達を消す気か?」

 

「・・・わかった、義妹の悲しむ顔は見たくない」

 

わかってくれたか、ありがとうよ

 

「大丈夫」

 

長門は小さくうなずくと解決方法を得たといわんばかりに言い切った

 

「吉村美代子からショタ属性を消去すればいい、情報操作は得意」

 

やっぱわかってねぇ

 

 

ミヨキチにタケルを預け、北高への坂道を登りながら自然と俺達は静かになっていった

 

なぜ北高に自然に脚が向いたのか、それはわからない、ただなんとなくだ、人の行動の理由なんてそんなものなんだろう

 

昨日から伸ばし伸ばしにしていた本題に向き合うときが来た、その雰囲気が一同の間に流れていた

 

ミヨキチがタケルを預かってくれたのもきっと偶然では無かったのだろうな

 

誰もが避けて通れないと思ってはいたが、いざ話を切り出すとなると勇気が出ない

 

誰だってすぐに判りそうなもんだったんだ、今回の事態が異常過ぎるってことが、みんな無理して笑ってたってことが

 
 
 

そして俺だけがそっとされていたってことが・・・

 
 
 

「懐かしいわねぇ・・・あたしがここを登り降りしたのはいつだったか・・・」

 

「朝倉、はぐらかすのはもう止めてくれ、喜緑さんも本当の事を話して下さい、あの子の正体を、そして目的を」

 

きつい言い方とは思ったが俺は真正面から朝倉を問い詰めた

 

俺達の間に気まずい沈黙が流れる

 

朝倉は俯いたままこちらに目を向けることすら出来なかった

 

ややあって喜緑さんが口を開き、助け舟を出した

 

「わかりました、そのお話をするために久しぶりにSOS団の部室にいきませんか?」

 

俺達はSOS団の部室を目指して残りの坂道を黙々と登り始めた

 

 

「ここはあの頃のままなんだな・・・」

 

そういって俺はくすりと笑った

 

あの頃のまま・・・か、まだその「あの頃」から数ヶ月も立っちゃいないのになぜこんなに遠くに来てしまった様な気持になるのだろうな?

 

喜緑さんの声が俺を現実に引き戻した、そう、俺も前を向かなくちゃいけない

 

「これから私が言うことを落ち着いて聞いてください」

 

喜緑さんが静かに話し出す、朝倉は泣きそうな顔のまま俯いていた

 

「タケル君は・・・いえ、情報統合思念体最上位権限個体パーソナルネーム”大和タケル”は私達インターフェイスの主であると同時に・・・・・・・・・『終末兵器』です」

 

不思議なほどショックを感じなかった

 

喜緑さん、何を言っているのかよくわからないよ?もう一度言ってくれないか?

 

しかし喜緑さんも朝倉も誰も口を開いてくれなかった、何も言ってくれなかった

 

俺の言いたかった疑問も俺の心の中だけで空しく響き続けるばかりだった

 

情報統合思念体最上位権限個体?『終末兵器』?ははは・・・なんだよ・・・それ?わけがわからないよ?なぁ?

 

乾いた声で笑い出しそうになった俺の耳に現実の声が突き刺さる、傍らの長門の声が

 

「今のあの子は絶対否定情報の塊、エクスターミネート・モードで稼動中」

 

「絶対否定?・・・なんだって?」

 

思わず聞き返す俺に喜緑さんが注釈を入れてくれた

 

「攻性情報のような崩壊因子の一種です、でももっと終局的なものですね、相手を全否定し完全消滅させる因子です」

 

俺は沈黙した、相手を全否定する?完全消滅させる?意味がわかって言ってるのか?自分が何を言ってるのか判ってるのか?

 

「それじゃ・・・」

 

その考えの行き着く結末に気づいてそのまま俺は絶句した

 

それじゃ、あの子は・・・

 

喜緑さんはうつむくと俺が聞きたくない真実を告げた

 

「未来のあなた方の息子であると同時に情報創造能力を有した自律進化型情報生命体の唯一個体であり、そして・・・」

 

やめろ、その先は聞きたくない

 

「私達の仇敵である”広域帯宇宙存在”を絶滅する為の兵器です」

 

俺達の子供をなんだと思ってやがる!

 

もし喜緑さんが女性でなかったら間違いなくそう叫んで殴っていただろう

 

しかし俺は疲れ果てていた、怒りすら消沈してしまうほどに

 

俺は憔悴しきったまま搾り出すように言葉を紡ぎだした

 

「これからタケルが戦う相手もそういう存在なのか・・・」

 

「広域帯宇宙存在がハルヒさんの能力を踏み台にし、ハルヒさんの情報を元にこの時間平面に創造したと思われます、
 未完成ながらもあちら側の新世代個体です、ハルヒさんと同等の情報創造能力と独自の自我を有しているでしょう・・・」

 

「あちらさんにとってはおまえら”情報統合思念体”を絶滅する兵器ってことになるんだな」

 

「・・・・・・・・・はい」

 

喜緑さんが長い沈黙の後に答えた、最悪の事実への肯定の答えを

 

「自分たちの代わりにあの子に殺しあいをさせるっていうのか・・・」

 

「消滅が正しい表現ですが・・・情報創造能力を有した存在が相手では同じ力を持った存在しか対抗戦力とはなりえません
 双方共に辿り着いた結論は同じだったのでしょう、ただ我々の側が一歩先んじていたはずでした・・・あなた方のおかげで
 しかし彼らもこうした方法で戦略的不利の挽回を謀ったのでしょう、さらに先回りしてこの時間平面で私達を滅ぼす、それが彼らの出した答えです」

 

「最初からあの子を兵器に利用することが目的だったんだな!俺と長門を結びつけたのもそのためか?何が自律進化だ!何が未来だ!希望の為に絶望を創り出すことがお前達のやり口か!」

 

俺はとうとう堪えきれずに叫んだ、叫んだところでどうにもならないことはわかっていた、俺にだってそれくらいわかっていた

 

そう、目の前にいる喜緑さんも朝倉も情報統合思念体の端末に過ぎないのだ、
これは彼女たちが決めたことではない、そして恐らく情報統合思念体の頂点に君臨しているはずのあの子もただの神輿・・・
思念体を構成する大きな潮流の目的を達成するための高貴な道具に過ぎない・・・

 

見苦しい一時の感情の爆発で俺はほんの少しだけ冷静を取り戻した

 

そしてもう一つ腑に落ちないことを聞いた

 

「なんでこんな大事に古泉の機関や朝比奈さんの未来の関係者は関与してこないんだ?世界が消えかねないんだろう?」

 

喜緑さんが悲しそうに答えてくれたことは俺に現実の冷たさと生き抜くことの過酷さを教えてくれた

 

「このことは我々の間にしか関係がありません、我々のどちらかが消滅することになりますがこの世界そのものが消えることはありませんから、
 だからあの人達は中立の立場を守って勝った方について生き残ろうとするだけです、必要以上の介入はして来ないでしょう」

 

喜緑さんはもう一言付け加えた

 

「それでも朝比奈さん達の未来人組織は今よりも遡った時間平面で相手がそれを実現し、一方的な情勢にならないように計らってくれました、
この時間平面以上の過去には遡れ無いようにして、条件の対等化を慮ってくれたのです・・・
私達はその精一杯の行動に感謝しています」

 

「くそったれ・・・ただの日和見の腰抜けじゃないか・・・やれやれ」

 

俺は溜息を吐きながら、以前長門が腰掛けていたパイプ椅子に腰を下ろした

 

「私達や彼らをどう思われようと結構です、でもこれだけは覚悟しておいてください、最後に残れるのは一つだけ、戦って生き残るか、それとも・・・」

 

俺は喜緑さんに背を向けて意識の耳をふさいだ

 

 

部室には俺と長門の二人だけが残されていた

 

「長門、おまえは最初から判っていたのか?」

 

長門はコクリと頷いた

 

「でも今のあの子は未来の私が知っているあの子とは違う」

 

長門は少し沈黙してから続けた

 

「情報統合思念体は今のあの子と未来から送り込む前のあの子が同一存在なのか疑っている」

 

長門が俺の理解を超えたことを滔々と語り始めた、俺はそれに必死についていこうとした

 

「”実存の核”に不可知の情報が混入している、それが理由、それは情報統合思念体の理解すら超越した未知の概念」

 

「実存の核?」

 

「うまく言い表せない、人間の持つ言葉の中で最も近い概念に置き換えれば”魂”」

 

「情報統合思念体にもわからなくてお前には迷いなく判ったわけか?」

 

「絶対に間違えることは無い、あの子は私の子供、あなたと私の子供」

 

母親の勘

 

そんな言葉が思い浮かんだ、そうか、そういうことか

 

「後悔している?」

 

気がつくといつの間にか長門が俺を覗き込んでいた

 

「あの子が産まれた事」

 

「おいおい、俺はなにもそこまで言ってないぞ」

 

「でもあなたはあの子のことで溜息を吐く」

 

そして長門は俺の目を見つめたまま小さく呟いた

 

「やれやれ」

 

長門に口真似されてやっと俺は自分の悪い口癖が復活していることに気がついた

 

「口癖は無意識の行動、その本心を吐露するもの」

 

「あの子が嫌い?」

 

「わたしはあの子が好き、あなたとわたしの子供だから」

 

「あの子はわたしをママと呼んでくれる、わたしはあなたがわたしを人間の女性の有希と呼んでくれるようになるのを待つ」

 

「いますぐでなくていい、長い年月に身についた習慣は容易に変更できない、そのためにこれからの未来があるはずだから」

 

「その未来をあの子が創る、だからいつか有希と呼んで欲しい、そしてわたしを認めたようにあの子の存在も認めて欲しい」

 

それが俺の耳に静かに響き続けた言葉だった

 

そうだったな、俺はどうかしていたよ

 

「すまん、俺はもうその口癖は封印するよ、約束だ」

 

俺の差し出した小指を不思議そうに見つめる姿に俺はそっと微笑んだ

 

「指きりだよ、約束の証を残そう、有希」

 

「・・・・・・・・・わかった」

 

絡めあった小指が春の夕陽に赤く照らされて温かかった

 

 

俺と有希は北高の坂を降り、光陽園学院でタケルを迎えてゆっくりと歩き続けた

 

その俺達の目の前でブレーキを軋ませて黒塗りのタクシーが停まった

 

それがタケルの運命の最初の軋みだった、決して待ってくれない運命の歯車

 

タクシーには新川さんといつもの笑顔の古泉が乗っていた

 

「お久しぶりです」

 

古泉が少しも変わらぬ笑顔を張り付かせて挨拶する

 

「我々のスポンサーのところにあるお客様がご逗留です、その方に会っていただきたいのですよ」

 

古泉の言葉の後半は俺達を素通りしタケルに直接語りかけていた

 

「その方があなた方・・・いえ、そちらのタケル君の捜し求めておられる方、とだけ申し上げておきます」

 

そして新川さんが慇懃に後部座席のドアを開けて俺達を出迎えた

 

 

俺達親子3人を後部座席に、古泉を助手席に乗せてタクシーは見慣れた道を走った

 

俺にも行き先は薄々わかっていた

 

鶴屋さんの屋敷だ

 

そしてそこで待っているであろう存在が何なのかも

 

長い時間だったようにも思う、しかし現実にそこに到るまでの時間は驚くほど短かった、心の準備すらまともにさせてくれないほど

 

鶴屋さんの豪邸の前に着き、その豪奢な門構えを正面にして有希が突然呟いた

 

「許して欲しい」

 

門が軋みながらゆっくりと開いていく

 

「どうした有希?」

 

「私はあなたに嘘を吐いていた、そしてこれからもあなたに嘘を吐く、全てが終わるまで」

 

嘘、いままで有希から一度も聞かされた事の無い言葉、それが有希の口から紡ぎ出されていた

 

俺は有希の顔を覗き込んだ、有希の瞳を覗き込んだ、そして有希の心の底を覗き込もうとして・・・・・・・・・やめた

 

かわりに有希の頭にポン!と手を乗せて笑った

 

「俺はお前が何を言おうと、お前の全てを受け止めてみせる、心配せずに飛び込んで来い、嘘も本当も丸ごと全部お前なんだ、だから必ず全部受け止めてやる」

 

有希はじっと俺を見上げて佇んでいた、そしてそっと視線をそらし、目を伏せて呟いた

 

「ありがとう・・・」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

そして扉の向うでその少女は待っていた

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:06 (3092d)