作品

概要

作者江戸小僧
作品名夫婦茶碗 − 汚れなき挑発者 −
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-02-06 (火) 21:46:24

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 日曜日の夕方、スーパーマーケットに行ったことがおありだろうか。そもそもスーパーマーケットとは夕方になるとソドムとゴモラも裸足で逃げ出すような阿鼻叫喚の修羅場がタイムサービスの平台ごとに発生する異空間と化すのだが、休日はそれに加えて妙にお洒落してこれ見よがしに優雅に振舞う夫婦なんぞもいて、最早エントロピーの極大状態だ。
「キョン君、これもこれも〜」
「いけません」
 派手なパッケージの菓子袋をカゴに突っ込もうとする妹にキッパリと言い渡す。お菓子については特にオフクロから注意されてるからな。いつもの奴以外はダメだ。
 と、俺は視線を感じて振り返る。
 そこには、日曜だというのに律儀に制服を着た、一見地味だが整った顔をした短髪の少女がバナナの凍るような温度の瞳を俺に向ける姿があった。
「よう、長門」
 俺にはかろうじてわかる首肯。薄い色の髪が僅かに揺れる。
「お前も買い物か」
「そう」
 左腕に下げたカゴを覗くと、やっぱりキャベツが1球入っている。てことは、あとは缶入りのカレーを買って終わりか?
 それじゃな、と離れようとする俺の腕にハムスターが乗ったような軽やかな感触。
「どうした、長門」
「……」
「あー、有希ちゃんだー!」
 こら、スーパーの中で大声出すんじゃありません。なんか目立ってるじゃないか。
 とりあえず、他の人達の邪魔にならないように端っこに寄る。
「で、長門。どうした?」
 読書好き宇宙人は暫く俺をじっと見つめてから、小さな口を開いた。
「あなたは通常ここで食料品を購入することはしない」
 再び口を閉じると、俺の応えを待つように俺の瞳を見つめる。
「あー、なんでここまで来て買い物なんてしてんのかってことか」
 そりゃ、確かに不思議だろうぜ。普段は安売りチェックして買い物するのはオフクロの役目だからな。
「あのね〜 キョン君と2人きりで暮らすの」
 おい、妹よ。言葉だけ聞いたら誤解されるような表現は勘弁してくれ。そこの夫婦だかカップルだかがこっち見て噴き出しそうになってるじゃないか。
「説明を」
 おい、何怒ってんだ。
「怒りと呼ばれる感情は私には発生していない」
 そうか。急に瞳の温度が灼熱の太陽コロナみたいになったのが怒ったせいでなきゃいいいんだ、うん。
「実はな、2週間ばかり両親が東京に行ってるんだ。本当はオヤジの出張なんだが、丁度同窓会があるからとか何とか言ってオフクロも付いて行っちまってな。ま、たまには夫婦で過ごすのもいいんじゃないか」
「そう」
「それと、この事は皆には内緒にしてくれ」
「なぜ?」
 決まってる。こんなことがバレたら、どこかの誰かさんが「丁度いいわ。SOS団で合宿よ」なんて言いかねないぜ。
「了解した」
 そうか、サンキュ。じゃな。
 しかし、今度は上着の裾を子猫がじゃれるように引っ張る者がいる。
「今度はどうした」
「あなたに危険が迫る可能性がある」
 なに! まさか朝倉みたいのがまた来たのか?
「確定してはいない。しかし、あなたの家は住人が減っている。干渉を望む者にとっては都合が良い」
 妹もいるんだ。干渉だか何だか知らないが、勝手なことはさせないぜ――とは言っても普通の人間の俺には何の力もない。不本意だが、古泉に頼んで組織の護衛を妹に…
「約束した。私がさせない」
 ああ、そうだったな。スマン、決してお前を信じてないとか、そういうことじゃないんだ。
「今から14日間、あなた達を守護することを基本行動範囲に組み込む」
 そうか、ありがとな。長門がそう言ってくれるなら、俺は何も心配ない。
「その間はあなたの家を活動拠点とする」
 余計な手間かけて、いろいろ済まな――何?
「有事の際は物理的な距離も重要な要素となる」
「……」
「あなたに負担は掛けない」
「しかし、だな。俺と妹しかいない家に泊まるというのはやはり…」
「許可を」
「えー、有希ちゃん泊まるの? やったー! 皆で一緒にお風呂入ろうね」
 だから大声でそういう事言うんじゃありません!
 ここまでくれば、女性2人と男1人でどっちが勝つか、言うまでもないだろう。いくら長門が無口と言っても、だ。
 かくして、菩提樹の下で瞑想に勤しむ仏陀が直面したそれに匹敵するであろう誘惑の数々によって俺の理性を試す2週間の幕が、切って落とされたのであった。

 

 さて、今俺は我が家のキッチンに立っている。料理? そんなものできん。しかし、初日から長門推奨の大盛りカレーってのをかわすにはスーパーの惣菜を買ってくるわけにはいかなかったんだ。今日は唐揚が安いんでわざわざあそこまで行ったんだが…とにかく、気合だ。料理は気合だぞ。多分な。
「キョン君、じゃーん!」
 ん? おわっ! そ、それはまさか…
「割烹着有希ちゃん〜」
 妹よ。男のロマンを理解するにはまだまだ甘いようだな。兄はちょっと安心したぞ。
 いや、それはいいんだが、そんなものどこにあった? オフクロだって着てるとこなんて見たことないぞ。
「やだな〜キョン君。学校でお料理する時使うんだよ。あたしにはぶかぶかだけど」
 そうか。いや、いいんだ。贅沢は言わないさ。
「私も助力する」
「ん……そうだな。じゃ、白菜をざく切りにしてくれ」
「ざく切りって、何?」
「食べやすいように適当な長さに切ればいい」
 スェットの端を引っ張る僅かな感触。
「一緒に実行して欲しい」
 キャベツの千切りは一人でできるのにか? まあいい。ざく切りってのがわかりにくいんだろう。
 包丁を握る小さな手を包むようにして白菜の上に置く。
「こうやってだな」
「…入刀式」
 今何か言ったか?
「何も」
 そうか。さて、何しろ鍋だからな。これで用意は万全だ。後はタイミングを間違えずに食材を鍋に入れ、煮えたら食う。実に明快だ。水炊きだからダシの取り方にも悩まない。我が家定番の安心料理だ。そこ、手抜きとか言うな。
 3人でカセットコンロを置いた食卓を囲む。いつもと思いっきり雰囲気が違うな。
「いただきまーす」
 真っ先に土鍋に材料を投下するのはいつも妹の役目だ。そんなに沢山食えないくせに、やたらと食材を鍋にも取り皿にも入れたがる。ま、今日は長門がいるから大丈夫だな。
「おいひいね、ひょんふん、ふひひゃん」
 食べるか喋るか、どっちかにしなさい。
 どうだ、長門。ポン酢で食べた感想は?
「美味しいと感じる」
 そうか。以前やったように大勢で食べるのも楽しいが、こうやってゆっくり楽しむのもいいだろう。
「キョンくーん、もうお腹一杯」
 だから入れすぎるなって言ったろ。あーあ、肉まで取っておきながら残して。勿体無いな。
「あー、私の食べかけ。キョン君、それって間接キスなんだよ」
 はいはい。そういうのが学校で流行ってるのか?
「……」
 おいどうした、急に箸を止めたりして。長門、お前はいつものペースで食べていいんだぞ? まだたっぷりあるしな。
「お腹一杯」
 おい、どうした、長門! 何かあったのか?
「なぜ?」
 あー、そんな恨めしそうな顔しなくても……別に遠慮してないならいいんだ。
 視線を戻そうとする俺の目を、ハロゲンヒーターのような熱を帯びた漆黒の瞳が貫いていた。
「私も食べられない」
「ああ、すまん。無理しなくていいんだ」
「これ、あなたが食べていい」
 長門はそう言って自分の取り皿を差し出した。
 いや、俺もそろそろ自分が取っちまった分でもう十分だ。
「そう」
 これはまずい。妹にはわかるまいが、なぜだか明らかに気落ちしたように俯く長門に、俺はどう声を掛けたらいいのか……って、おい、もうお腹一杯じゃなかったのか?
「これは別腹」
 わかった。もう突っ込まないから、頼むからそうやって静かにまっすぐ睨むのは勘弁してくれ。

 

− 両親の帰還まで、あと332時間 −

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:03:04 (2732d)