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作者 | 輪舞の人 |
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作品名 | 機械知性体たちの協奏曲 第1話 『ある日の風景』 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2007-02-06 (火) 19:04:45 |
キョン | 不登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
いつものように洗濯物を取り込もうと五階のベランダに出る。
五〇五号室。わたしに与えられた部屋。
今日、彼女はどうするつもりか、後で聞いてみようと思う。
晩御飯。ひとりでできるとか言ってはいるものの、あまり料理に熱心になっているとも思えない。
この間覗きにいったら、缶詰の蓋が開けられなくて情報操作を始めようとしていたところだった。
あわてて止めに入る。それをやったら意味がない。
彼女には、できるだけ我々の能力を使わない生活を経験させたい。
何しろもう時間がない。
後一ヶ月。タイムリミットまでごくわずか。
六月に突入。
わたしたちふたりの生活にはあまり変化はない。のんびりと、その日その日を過ごしている。仕事といえば涼宮ハルヒの形式的な観察任務だけ。でもそのほとんどは彼女がひとりでこなしてしまう。もともと自分はバックアップ。あまり本気にやらなくてもいい段階。
そういえば、彼女は最近ひとりで出かけることが多くなった。この頃は、だいたいそんな感じ。とても良い兆候。以前のように外部に対する本能的とでもいうべき警戒のようなものは薄れてきている。
相変わらず着るものには無頓着だったけど、それでも以前よりはだいぶまし。少なくとも上下のコーディネイトのようなものは少しは気にかけてくれている、とは思う。
衣替えの季節だから、また新しい服を買いにいってあげなければ。夏服。
……わたしはあまり、見てあげられないかな。
そうと決まったわけではないのだけど。ただ、彼女に勝てるかは疑問。どうしても勝てない。いずれまた接触はあるだろうと思う。敵ではない。だが、やはり障害にはなりうる。
その後は……彼女に託すことになるのだろうけど。
生まれた順番は遅いけれど、我々三人の中では長女の位置に存在する、彼女。おそらくはもっとも「移植された戦闘経験が豊富」で、その能力も高い。
純粋な意味での処理能力では”あの子”に敵う個体はないけれど、でもその力のほとんどはまったく別の目的の為に使われているから。
わたしはまた違う力を持っている。彼女たちふたりとは、いや、全地球上のすべての端末群にも存在しない特殊能力。望んで得たわけでもなく、そのように造られてしまったわけでもない。自ら生み出した、それはおそらく奇跡の力といっていいもの。
洗濯物をすべて取り込むと、畳む作業に移る。まだお昼の二時。テレビを見ていてもいいけど、それでは退屈。
彼女を誘ってどこかに行ってみようか。例えば、映画とか。久しぶりな気もする。今は何か面白いものがやっているといいけど。
そうしたら晩御飯は……もう大丈夫かな、外で食べても。
最近はだいぶ改善してきている。もし外食に誘ったらきっと喜ぶとは思うんだけど……あの子の笑顔はまだ一度も見ていない。今回も見られないかな。
最初の頃は子供向けのアニメ映画ばっかりだったけど、もういろいろなものが彼女にもある程度は理解できるはず。
まぁ……恋愛映画とか、どぎついラブロマンス系はまだちょっと、という気がするけど。
ベッドシーンの時には彼女の目を塞いでしまう。どうせ理解はできないだろうけど、なぜかそうしてしまう。もちろんわたしは食い入るように……そうではなく。
あの子にも、そういうものが理解できる日が来るだろうか。できたらそれはわたしの目的のほとんど全てが達成されたと言ってもいい。
最大の問題であり、最高の難易度。今の彼女にそれを求めるのは、さすがに無理だろうけどね。
洗濯物を畳み片付ける。掃除は午前中に済ませてしまったから、後はご飯の支度だけ。
さあ映画に行くか、食事の準備にするかを選ばないと。
思考リンクで彼女を呼び出す。返答はすぐに戻ってきた。
あいかわらずぶっきらぼうで、愛想のない、でもとても可愛く感じるあの声。
(なに)
(今、何してるの)
(お風呂掃除)
耳を疑う。どういう事、それ。
今までそんな事を自分からなんて、一度もした事ないのに。
(今日、この部屋のお風呂に、自分で入ろうかと思った)
かなりの驚き。いったい何があったんだろう。
(……外で転んだ)
思わず噴出しそうになる。まるで子供みたい。なんて可愛い。
しかも、ちゃんとわたしの言いつけを守って、リフレッシュ機能などは使わない。
偉い、と思わず褒めたくなってしまう。
でも、笑いが、止められそうに、ない。
(……なに?)
(………何でも。ない)
我慢。我慢するのよ。必死に耐える。耐えなければ。
ここで思考リンクが全開になって表層意識以上のデータが漏れ出したら、今のこの考えまで筒抜けになってしまう。
最近、わたしのこういった態度に不機嫌になる彼女を確認している。つまり、自我、プライドなどの現出の傾向。とても素敵な事。だから以前のように子供扱いは避けなくてはいけない。
いけないのだが、そのあまりにも可愛いしぐさに耐えられない。耐えられそうにない。
(……わ、わかったわ。今から、行くから)
(ひとりでいい)
彼女はわたしの声の調子から、何かに気づいたのだろう。声が少し低くなる。きっとこれは怒っているのだろう。まだ全然、そういうはっきりしたものではないけれど。
(いいから、いいから)
すぐに行くと伝え、思考リンクを切断する。
こんな毎日。だから退屈はしない。
映画はまた今度にしよう。それまでに面白そうで、彼女の興味を引くものを探しておかないと。
まだ完全ではない。でも彼女はわたしの教えるとおりに少しずつ成長してくれている。
わたしが未来へ託すもの。
だいじょうぶ。
きっと今度はうまくいく。
―第1話 終―
SS集/518へ続く