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| 作者 | 輪舞の人 |
|---|---|
| 作品名 | 機械知性体たちの輪舞曲 第17話 『神秘の紋章』 |
| カテゴリー | 長門SS(一般) |
| 保管日 | 2007-01-30 (火) 11:57:30 |
| キョン | 不登場 |
| キョンの妹 | 不登場 |
| ハルヒ | 不登場 |
| みくる | 不登場 |
| 古泉一樹 | 不登場 |
| 鶴屋さん | 不登場 |
| 朝倉涼子 | 不登場 |
| 喜緑江美里 | 登場 |
| 周防九曜 | 不登場 |
| 思念体 | 不登場 |
| 天蓋領域 | 不登場 |
| 阪中 | 不登場 |
| 谷口 | 不登場 |
| ミヨキチ | 不登場 |
| 佐々木 | 不登場 |
| 橘京子 | 不登場 |
一学期の期末考査期間。
定期的に行われる学力検査は、わたしにとっては意外にも苦しい時期。それは現代国語と呼ばれる系統の学力検査において特に感じる事。文学。わたしにとって不可解なものの集合体。文法などはいくらでも解析できるとしても、あまりにも揺らぎの多さを感じさせる設問にはただ困惑するばかりだった。
普段読むサイエンスフィクションなどの系統本は、ただ興味を満たすためのもの。完全に理解はできないものだとしても、それは大いに刺激を受ける情報の集合体だった。
しかし国語の長文問題は揺らぎを感じさせる傾向が顕著で、作者の心情を考察し、どのようなつもりでこの部分を記したのかを回答せよ、というくだりの解答欄はまったく白紙のまま埋める事ができない。
何を考えて書いたのか。その本当は作者にしかわからないのではないか、と思うのだが。
そんな期末考査が終了すると共に、再び事件は起きる。
七月七日の同期体感期を終了したわたしには、これから起こる事態の予想はできなかった。
わたしの中で少しずつ成長を続けている、あの因子がもたらす結果を除いては。
『通達あり』
学校の教室、一年六組で受信する統合思念体からの直接通達。最優先かつ無制限。
わたしは廊下の窓際に出ると、目だけをわずかに空に向ける。その事自体にあまり意味はないのだが。
『広域帯宇宙存在の活性化を確認。現在、地球全域において実効化されている模様』
地球全域に? 突然何が起こっているのだろう。
広域帯宇宙存在。わたしたちと起源を異とする、その後滅亡したとされる情報生命体の亜種。根本的な部分で存在そのものが異種として成立してしまったがために、意思の疎通というものがまったく不可能な存在。
それがこの地球に突然現れたという事。
『現時点で四十七個の自律行動個体を確認している。なおも数は増大中。各端末群は指示があり次第、接触。対応は各個体の判断に全任。戦闘移行時には対象を完全殲滅せよ。その際には有効な支援を行う』
まるで戦争でも始まったかのよう。統合思念体の指示はやがて個別命令へと移ってゆく。全世界に散った仲間たちに対しての個別命令。それはまだ未知の情報端末たちだった。
わたしは喜緑江美里と思考リンクをつなげる。いずれわたしたちにも個別命令が届くだろうから、と考えつつ。
その返答は緊張感の欠片もない、普段どおりの穏やかな声だった。
喜緑江美里について考える自分がいる。
突然その姿を現し、現在はわたしのバックアップの位置にいる第三の情報端末。
わたしをプライマリ・デバイス(主導端末)とする情報端末群の中では、彼女の立場は曖昧なままだった。
朝倉涼子のいない今、暫定的にセカンダリ・デバイス(補佐端末)として行動を共にしてはいるものの、その正確な任務内容については、結局のところ明かされているわけではない。
先だっての『閉鎖空間事件』では、わたしの指示に従いバックアップに徹してはいる。
だが彼女、朝倉涼子の件もあり、わたしは他派閥のインターフェイスに完全に気を許しているわけでもなかった。
もうあのような裏切りを受けたいとは思わない。
……本当に裏切りだったのか、まだ自分でも釈然としないものがあったが。
彼女が所属するのは穏健派。統合思念体の中ではそれなりの「発言力」を持つ意識体。
現状維持、諦観、または傍観者。そのようなスタンスを維持する。積極的な行動を取る事は好まず、まず観察と情報収集。実際に行動に移るまでには、相当の時間を費やし検討を重ねる。ただしこの派閥が一度決断するのであれば、断固とした行動に移る。それまでの静けさが想像しにくいほどに。
対極に位置するのが、朝倉涼子を生み出した急進派。
目的の為には手段を選ばず、性急に結果を追い求める。その手荒とも表現できる強行な手段で統合思念体そのものに害が及ぶとしても、結果が得られる可能性がわずかでもあるのなら、実行をためらう事はまったくない。そう思われている。
両極に位置する、相容れない立場と見解を持つふたつの意識集合体は常に対立を続ける。
その中間に位置するのが折衷派と呼ばれる派閥。
これらふたつの意識体の主張の中から、もっとも可能性があり、もっとも現実的であり、もっとも効率のよい部分の主張のみを抽出し、統合思念体全体の益となるような行動指針を提示する。ただ、ふたつの派閥が双方納得のいくような折衷案を成立させるまでの時間たるやあまりにも長いもので、事実上凍結している案件の方が多いのでは、とも言われている。
他にもそのように交わされる意見に対してほとんど主張する事なく、それらの意見交換そのものに対して興味を示し、独自の回答を出すべく思考を続ける思索派。存在自体が希薄ではあるが、ごく稀にどの派閥も達し得なかった回答を出す事もある、らしい。実際にはほとんどあり得ない事だそうだが。
このように多くの意識集合体があるのだが、わたしの所属する主流派は、そのすべての派閥の提示する主張以外の要素で成立している。どの派閥の主張も完全に拒否しない代わりに、どの派閥の主張も全面的に支持しない。各派閥のように、独自の考え方や主張を固持しない代わりに、どの派閥の意見も有用であれば受け入れる。今のわたしにとってみれば「いいとこ取り」「節操なし」「リアリスト」などと表現できるだろう。
折衷派と似た印象を持つ派閥ではあるが、その違いはその名の通り最大派閥であるという事。主導は常に主流派の意見を中心に行われる。折衷派はむしろ、独自見解を持たないが為に、意見調整役とみなされる事の方が多い。
このような力関係が常に対立と妥協を続ける統合思念体の中で、たったひとつの任務のために、主流派、急進派、穏健派の三つ派閥から特殊端末が派遣された。
つまり涼宮ハルヒを観測する為に派遣された、わたしたち三人――今はふたりとなってしまったが。
それぞれの派閥の思惑があるのは理解ができるが、任務遂行中にまさか同じ情報端末同士の戦闘が発生するなどと予期できただろうか。明らかな異常事態といえる。
この、わたしと朝倉涼子との出来事は、しかし当の統合思念体の中では何ら問題とされていなかった。処分が下る可能性は充分にあり得たはずなのに。わたしがあの時に取っていた許可は『抑制行動』であり、『殲滅』ではなかったのだから。
その上、情報の連結解除は申請を要する行為であり、思念体の許可がなければ不可能でもあった。すべてを把握していた、としか思えない。
あの件以来、わたしは統合思念体と他の端末たちに対して警戒心を強めている。
何を考えているのかが、わからない。
涼宮ハルヒの観測という重大な任務の他に、もしかすると別の思惑があるのではないか、という疑い。
それはけっして間違った推測ではなかったのだが、この時のわたしには知る術もなかった。
そして喜緑江美里の事。
果たして彼女を信用してよいものだろうか。
今後も継続してゆく任務には、バックアップは必要とされる。
朝倉涼子は学校に入学しての任務開始から消滅まで、わたしに対するその態度は、頑なで拒絶を感じさせるものではあったが、それでもサポートを拒否する事はしなかった。
彼女のいない今、喜緑江美里がその立場にいる。
今のところは彼女の行動に問題はない。
しかし信用が本当にできるのか、その確信はなかった。
やがて広域帯宇宙存在の覚醒の原因が判明する。それはまたもや涼宮ハルヒだった。
よりにもよって、ただフリーハンドで描いただけの団のシンボルマークが、地球のネット上に眠り続けていた広域帯宇宙存在を覚醒させる起爆剤になるとは、予想もできなかった。
少しずつではあるが各地の情報が集まり始め、現在の状況が確認されると、情報統合思念体の個別命令が、わたしたちふたりだけの情報群にももたらされた。
この日本というエリアに十個の自律個体が確認されているという。
与えられた個別命令は、実際にはそれらの十個の自律個体を全て殲滅せよ、というものだった。接触を取れと言ってはいるが、そもそもコミュニケーション確立の可能性はゼロに等しい。対象は交渉も何もできない、まったくの異質な存在なのだから。
人間たちも同様だが、そのために我々は作り出された対人類用のインターフェイスであり、彼ら広域帯宇宙存在に特化されたものではない以上、意思の疎通などできるはずがない。
事実上の戦闘行動指示。また戦わなくてはならない。
わたしは喜緑江美里と共に与えられた情報を検討する。
すると、意外にも身近な存在がその中に含まれていた。
SOS団の部室の隣人。通称コンピ研の部長。彼の脳を寄り代として自律化している。
わたしはこの時、奇妙な行動を取る。
この個体の危険度は観測されている限りではきわめて低い。おそらくはわたしひとりでも充分に対処できるだろうと思われたもの。
だがわたしは喜緑江美里に指示を出し、コンピ研部長の交際相手という触れ込みでSOS団に相談を持ちかけさせたのだ。
喜緑江美里はその指示に何も言わずに従い、結果、涼宮ハルヒを含めた五人全員が部長の自宅へと向かう事になる。
――何考えてんの、あんた。
涼宮ハルヒは退屈を嫌う。適度の刺激は必要と判断した。
――それだけじゃないでしょ。
何が。
――ひとりでこんな事やってて、寂しいとか思ってたんじゃないの。
検討に値しない。
――あと考えられるのは……
………
==喜緑江美里が信頼できるか試してみたかった。本当に命令に従うかどうか。
回答は出ない。そのどちらでもないのかも知れないし、そうなのかも知れない。
否定材料は少なく、あえて封じ込める必要もないものと思われた。
とにかく、カマウドウマに擬態した広域帯宇宙存在の殲滅作戦は無事に終了し、残りの寄り代とされた他の人間たちを救出するため、涼宮ハルヒを除くわたしたち四人がその解決に乗り出す事となった。
こうして、いくつかの紆余曲折を経てからだが、リストから意図的に弾かれた一人を除いて、救出は無事に成功する。
彼らに提示したのは、六人の北高生(うち一人はコンピ研部長)。三人の遠方地域に居住する者。合計で九名。
ただ、最後の十人目だけは『情報を人間に開示する事なく、長門有希、喜緑江美里の二個体だけで対応、処理せよ』と、統合思念体からの厳命が下っていた。
「理由は」
「説明はありませんでしたね」
夜の公園のベンチに座る喜緑江美里は、そのそばに立つわたしを見上げるようにして言った。
「考えられるのは、危険度が比較にならないほど高いという事でしょうか」
「そうかもしれない」
これまでの擬態した広域帯宇宙存在の端末――そう呼んでよいかはわからなかったが――を思い返す。
ある時はゴキブリの姿で、ある時は自動車。ある時は注射器で、もっとも意外だったのはまんじゅうと呼ばれる菓子そのもの。サイズは意味不明に巨大だったが。
「お茶でも出したらすぐに消滅したかも」
「どういう事」
「さあ」
いずれにせよ、行かなければいけない。
このように地球全土で覚醒した広域帯宇宙存在の殲滅作戦が展開されているのだろう、と思う。でも、まだこの近辺、日本にもわたしたち以外の端末がいるだろうに、とも思う。
「なぜわたしたちだけで、日本に存在する全てに対処する必要があるの」
「原因に対して一番身近で観測していたわたしたちに責任を取れ、という事かもしれませんね」
緊張感の欠片もない声だと感じる。
本当は知っているのではないだろうか、という疑念。
まだ信用できていない。
「場所は」
「確認しています」
喜緑江美里は静かに立ち上がった。
「東京です」
―第17話 終―
SS集/491へ続く