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| 作者 | 輪舞の人 |
|---|---|
| 作品名 | 機械知性体たちの輪舞曲 第15話 『眠れる森の美女』 |
| カテゴリー | 長門SS(一般) |
| 保管日 | 2007-01-28 (日) 23:05:27 |
| キョン | 登場 |
| キョンの妹 | 不登場 |
| ハルヒ | 不登場 |
| みくる | 不登場 |
| 古泉一樹 | 不登場 |
| 鶴屋さん | 不登場 |
| 朝倉涼子 | 不登場 |
| 喜緑江美里 | 登場 |
| 周防九曜 | 不登場 |
| 思念体 | 不登場 |
| 天蓋領域 | 不登場 |
| 阪中 | 不登場 |
| 谷口 | 不登場 |
| ミヨキチ | 不登場 |
| 佐々木 | 不登場 |
| 橘京子 | 不登場 |
きれいごとばっかり。そのうち後悔するから。
―???????―
「長門」
本棚の前。彼の呼ぶ声が聞こえる。わたしの名前。
最初の場所に戻り、ハードカバーの本を読みふけっていたのだが、そこへ彼があわてて事情を説明する。どうやら待ち合わせの時間に大幅に遅れていたようだ。
知っていたけど。
時間が過ぎてゆくのが、この時のわたしにはとても抵抗があった。
だから、せめて彼と共にいたかった。
このまま時が止まれば、二日後のあの教室に行かなくて済むのだから。
でもそんな訳にはいかない。わかっていたけど。
「とにかく、急いで行かんと本気で殺されかねん。あの声はマジだ」
彼の声には焦りの色がありありと浮かぶ。
彼女の元へ行かないといけないの? とわたしは思う。
当然の事なのに。でも、このままここに居られたらいいのに、とも思う。
「この本か」
彼は手元の本に目をやる。
「借りればいい。後でじっくり読めるぞ」
借り方は知らない。初めての場所だから。
でもだいじょうぶ。彼が教えてくれる。
「こっちだ」
彼がわたしの背中を押す。
受付カウンターへ。係の人をあわてて呼び寄せる。
手際よく登録手続きを済ませる。わたしの名前すら書いてくれた。
「これだ。今度からここで借りるときに使える」
手渡されるカード。
初めて彼から、何かをしてもらった。その記憶。
せめてもの救いになる、そういう記憶。
「長門さん」
喜緑江美里の声。薄暗いわたしの部屋で、立ったまま向き合っている。
「何か、ありましたか」
「別に」
意識を集中させなければ。
「問題がなければ実行したい」
ほんの少しの間を置いて「問題」が発生する。
「……たった今」
「確認した」
統合思念体からの通達。ひとことで言えば。
『失望している』
らしい。
――何よ。今までろくな支援もしなかったくせに。
意見の一致を初めて確認。
――でしょ?
慣れ慣れしくしないで。
わたしはすぅっと息をついて、言う。
「関係ない。我々は我々の可能なことをするだけ」
「まぁ……ごもっともです」
喜緑江美里の微笑みは少し苦いものを感じさせる。同じ意見なのかも知れない。
彼女は少しだけ表情を改める。
「よろしいですか。バックアップはさせていただきますが、もし、あなたに危険が及ぶようであれば、強制的にリンクの切断を行います」
「許可しない」
わたしは彼女の目を正面から見つめながら言う。
「どんな危険があろうとこれはやり遂げなければいけない。わたしが助かった後、世界の再構築が始まればどのみち同じ」
「そうではないかもしれませんよ」
喜緑江美里の声は、この事態に至ってもその穏やかさに変化はない。
変化がない声というのであれば、それはわたしも同じだったが。
「新しく再構築された世界には、むしろわたしたちが当然のように居る可能性もあるわけです。宇宙から派遣された情報収集用端末という異端の存在。そんなわたしたちが平然と受け入れられ、彼らと同じように生活できる世界であるのかもしれない」
「観測できない未来。不確定に過ぎる。そんな危険は冒せない」
「本当はそういう世界を望んでいるのでは」
目を見開く。何を言っているのだろう。
「理解できない」
「理解したくないだけでは」
「指示に背く、という意味にとっていいなら、そうする」
「いいえ。もちろん違います」
「では」
わたしは声の調子を少しだけ硬くした。最近、わずかながらできるようになった事。
「いかなる危険の際にも強制切断は認めない。これは命令」
「承知いたしました」
軽く目を伏せるような、そんな彼女にわたしは疑問を抱く。
彼女もまた主流派ではない、わたしとは違う派閥のインターフェイス。
朝倉涼子のように、いずれわたしに対して何かを起こそうとしているのではないか、という疑念。
監視役でもあるだろう、その彼女を全面的に信用していいのか、判断に迷う。
しかし時間がない。今はその事で悩むべき時ではなかった。
「思考リンク、開始する」
「お気をつけて」
彼女の言葉ともに、未知の次元断裂空間の向こう側へとリンク確立を実行に移す。
未経験ではあるが、記憶はある。その先にある事も。
意思の壁。そういう表現も可能だったろう。
これはまさに、涼宮ハルヒの望む世界を構築するための、卵の殻。この殻の中に、新たに誕生しようと胎動する、彼女の意思そのものが包み込まれている。
放置すれば、その殻はひび割れることもなくただ拡大を続け、いずれは世界、宇宙をも包括する巨大なものへと成長するだろう。限界を超え、宇宙の果てという統合思念体にすら知覚できないであろう広大な版図を飲み込む時、初めて殻は崩壊し、その中から彼女の望む新しい世界が姿を現す。
その時には、わたしを含めたすべての存在がどのような形で再現されるのか。または消滅するのか、想像もできない。
喜緑江美里の言葉のような世界が、あるのかもしれない。
でもそれは涼宮ハルヒにしかわからない。
いや、彼女にすらわからないのだろう、と思う。
わたしの思考リンクは次元断層の境界線を越える。
始めはやや「硬い」。凄まじいまでの威圧感。まったく別の理を持つ、異世界。
悲鳴が聞こえるような気すらする。彼女の中から響くような。
救いを求めている、ともとれる。
でも、わたしにはそれはわかってあげられない。
だが彼はそれを理解し、救うのだろう、と思う。
それは、少しだけ思考を鈍化させる。そんな場合ではないのに。
そのうちに反応するものを感じる。部室のパソコン。
古泉一樹はその仕事をやり遂げたようだ。規定事項の通り。
そこへと、突入する。
内部のパソコンに接触。我々のような自立動作ができるわけではない、原始的な電脳端末。
だが今はそれが頼もしい。リンク開始。
YUKI.N>みえてる?
――ああ。
――どうすりゃいい。
YUKI.N>どうにもならない
わたしは彼との会話を続ける。
初めて世界崩壊の危機と立ち会った、これまでは何も知らずに生活してきた彼。
朝倉涼子とのあの戦い。おそらくは接触したであろう朝比奈みくるの異時間同位体。
そして古泉一樹が見せたと思われる、通称『閉鎖空間』。こことはその意味合いがまったく違うものではあるが。
これらを経験してその後にようやく実感する、涼宮ハルヒの真の力。
世界改変能力。
こうして来たところで、本当のところはわたしにはどうしようもできない。
ただあなたの行動だけが、今のこの危機を回避する最後の手段。
それはわたしたち「宇宙人」や、朝比奈みくるのような「未来人」、そして古泉一樹のような「超能力者」でもない。
ただの普通のヒトである、あなたしかいない。
涼宮ハルヒに選ばれた、ただひとりの、あなた。
――いいの?
何が。
――彼にあのメッセージ、届けていいの?
なぜ。わたしはその為にここに「来ている」。
――そうしたらどうなるの。
世界は救われ――
――違うよ。彼、彼女とキスするんでしょ。本当の意味で結ばれてしまう。わかってんの?
………
――あのね。ただのキスじゃないよ、これ。互いが互いの存在を認め合う、という意味のもの。
……そう、だと思う。
―あなたはいいの。それで。
いい、とは。
――ほんとうにわからないつもりでいるの。馬鹿。
わからない。馬鹿なの? わたしは。
――そうかも。だって好きなんでしょ、彼の事。
好き。どういう事。
――あの人と一緒にいたいって、思ってなかったの。
思っていた。
――今でも。
今でも、そう感じている。だからこそ帰ってきて欲しい。
――彼女がそばにいる、彼でも?
……いい。
―嘘。それは違う。
………
――ずっと一緒にいたいでしょ。彼と出会うまで、三年も待ったじゃない。ひとりきりで。
そう、だけど。
――彼女を殺してまで、守ったのに。
やめて。
――なぜいけないの。それほど好きだというのに。
このままでは、それこそ彼が戻ってこない。
――使えばいい。あなたの力を。
……力。わたしに何ができるの。
――あなたの望む世界を作れる。今がその最大の機会。
どういう事。
――涼宮ハルヒの力が活性化している。データは奪うことができる。あなたにはその力がある。
………
――あなたと彼が、一緒に生活できる世界。喜緑江美里も言っていた。
そんな事はできない。
――臆病者。
意識が途切れそう。思考リンクの確立したラインが崩れていく。
いけない。このままでは本当に。
――やっちゃおうよ。
駄目。
――あなたの本当の気持ちを教えてあげる。あなたは本当はあそこにいたかった。
やめて。
――なぜ、彼のそばにいるのが自分ではないのか、と考えていた。
……お願いだから、やめて。
わたしの中で渦巻く、暴力のような声。わたしは抵抗する力を失いつつある。
こんなことは……記憶にないのに。
パソコンとのラインが消失しそうになる。
違う。
わたしは、あのままの、あの人ともう一度、出会いたいのだ。
自分の押し付けた世界のものではなく。
突然、呼び戻される記憶。一枚のカード。彼の差し出す手。
あの彼でなければ、意味がない。
わたしは想定してない言葉を紡ぐ。
YUKI.N>また、図書館に
行きたい。あなたと。また、もう一度。
無意識に出力する言語情報。
断絶しそうな意識を奮い立たせて、わたしは最後のメッセージを伝える。
YUKI.N>sleeping beauty
眠れる森の美女。美しき眠りの姫へ、王子が目覚めのキスを与える。
茨の森。それは彼女の意識の生み出した、外世界を隔離する自我の壁。
そこへ訪れるのは、彼女の選んだ、彼。
ふたりの唇が重なるのは、見えない。
わたしはただのメッセンジャー。
絵本の中には、きっとわたしはいないのだろう。
わかりきった話なのに。
「……回復されましたか」
わたしを抱きかかえる、喜緑江美里の顔が見える。
静かな部屋。先ほどまでの頭の中に響いていた、あの声はもう消えている。
「ご命令は果たしましたよ。長門さん」
完全に崩れ落ちているわたしを、優しく介抱するかのように抱いている彼女の体は、柔らかく、暖かい。思考リンクの強制切断はやめてくれたようだ。
少しだけ彼女に抱かれたそのままの姿勢でいるが、ゆっくりと起き上がり、座り込む。
わたしの後ろで同様に座り込んだままの喜緑江美里は言った。
「閉鎖空間の消失が確認されました。涼宮ハルヒと彼のふたりも、この空間に帰還を果たしたようです」
「……そう」
まだ、頭がふらつくような感じがする。額に手をやって支える。
喜緑江美里が静かに事件の終わりを告げた。
「ひとまず、世界は救われましたね」
「たぶん」
……彼女のこの言葉にも、違和感を感じる。
ひとまず。つまり、いつかもう一度。
もう一度。
わたしは知っている。
もう一度、やってくるのだ。
「あなたと涼宮ハルヒは二時間三十分、この世界から消えていた」
部室に入って来た彼に、昨夜の事実を伝え、わたしはすぐに本に視線を戻す。
なぜか彼の顔を見るのに抵抗がある。
あの唇。きっとそうしたのだろう。
それを願ったのはわたし。
願っていた。そうでなければ、彼はここにこうしていないのだから。
「教えてくれ。お前みたいな奴は、お前のほかにだれだけ地球にいるんだ」
「けっこう」
朝倉涼子が消失した夜。インタラプトした思考リンクに検知された膨大な数の返信。
まだわたしの知らない、多くの端末たち。
何も知らないでいる、わたし。
「……なぁ、また朝倉みたいなのに俺は襲われたりするのかな」
「だいじょうぶ」
わたしは顔を上げ、彼を見つめる。
「わたしが、させない」
あんな思いは、もう二度としたくない。
たとえ統合思念体に歯向かう事になったとしても。
そして例え、わたしがあなたのそばに居られなくなるのだとしても。
わたしは変わらず、あなたを守り続けるのだろう、と思う。
わたしの姿の描かれないその絵本の中に、彼と彼女はいる。
―第15話 終―
SS集/483へ続く