作品

概要

作者七原
作品名世界を愛した少女
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-01-27 (土) 10:44:52

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「ここは……、どこ?」
 画像データを照合……、不可能。
 情報統合思念体とのアクセス……、不可能。
 どこにでもあるような、それでいてどこにもないような、色彩の欠落した世界。
 わたしは、実空間でこんな場所を知らない。行った記憶も無い。
 けれども、こんな空間を、知っているような、
「やあ、長門さん」
 気配さえなかったと言って良いのだろうか。
 気がついたら、目の前に一人の少年が立っていた。
 既知の人物であり、また、ある種の能力を除けば普通の人間であるその少年が、何の前触れも無く、わたしに特定されること無く、こうして正面から唐突に現れることなど、通常なら不可能。
 そう、通常なら。
「古泉一樹……、ここは、どこ?」
 少年の名を呼び、そして、当前の疑問を投げかけてみる。
 この少年ならこの場所がどこか知っているのかもしれない、答えが分かるかも知れない。
 それは推測、或いは予感。
 それは、主に悪い方面に向けてのもの。
 或いは、予兆という言葉の方が相応しいかもしれないもの。
「さあ、僕にも正確には……、ただ、涼宮さんが発生させた、閉鎖空間に似た亜空間であることは確かなようですが」
「……そう」
 閉鎖空間。
 涼宮ハルヒが心理的な負担をためた場合に発生する擬似的亜空間を、この少年と、少年の背後にいる人間達はそう称している。またこの少年は、その空間発生に対する能力を持つ者でも有る。
 わたし自身がその場所に行ったことは無いが、その空間の存在や発生原因自体は有る程度理解しているし、発生した場合の情報振動を読み取ることも出来る。
 けれど今日は、何の予兆も無かった。
 そもそも、ここに呼ばれる直前にどこに居たのかさえ思い出せない。
 おかしい。絶対におかしい。
 対有機生命体コンタクト用インターフェースで有るわたしに、通常、そのような記憶の欠落が起こることは有り得ない。
「多分、ここに居るのは僕とあなただけです」
「……」
「僕の力では、この空間に他の生命体の反応や『神人』の反応を掴むことが出来ませんからね」
 閉鎖空間が発生した場合、彼らの言うところの『神人』という存在がその空間内で暴れており、この少年を始めとした涼宮ハルヒに能力を与えられた者達は、その『神人』を倒す役目を背負っている。
 そして『神人』が居なくなれば、閉鎖空間は消滅する。
 では、最初から『神人』が存在しないこの空間は、一体何?
 そもそも、何故わたしとこの少年だけがここに居る?
「あなたは分からないことだらけだと思いますが……、僕の推測を言ってみても良いですか?」
 少年の雰囲気が、何時もと少し違う。
 恐らくわたしと同じように、嫌な予感を抱いているのだろう。
 そして多分、少年がこれから口にする推測は、わたし達の嫌な予感を如実に映したようなものであり、そして多分、それが、正解なのだ。
「……」
 無言のまま、わたしは僅かに首肯する。
「では……。そうですね、涼宮さんは多分、あなたが気に入らなかったんですよ。最近の彼は、あなたの方ばかり見ていましたからね」
「……」
「もちろんただそれだけなら、何も無かったかもしれない……。けれど、決定的な出来事が起きてしまった」
「……何?」
「ああ、あなたの記憶には残ってないんですね。……部室で彼にキスされたのを、覚えてないんですか?」
「えっ……」
 そんな記憶は、わたしには存在しない。
 少年が彼と呼ぶその人物に関しての記憶を辿ってみても、わたしと彼が唇を合わせた記憶情報などどこにも無いのだ。
「まあ、涼宮さんに消されたということなのでしょうね……、話を続けましょうか。当たり前といえば当たり前ですけど、そのとき部室にはあなたと彼しか居なかった。でも、ちょうどその瞬間に、たまたま一緒に歩いて来ていた僕と涼宮さんが部室に入ってきた。……もう、お分かりですね?」
「……」
 わたしには該当する記憶情報は無いけれど、少年が嘘を吐いているとは思い難い。
 恐らく、少年の言葉は真実なのだ。
「そして僕とあなただけがここに居る理由……」
 少年が、そっと目を伏せる。
 嫌な予感が、わたしの中で確信に変わる瞬間。
 少年が、もう一度、そっと目を開く。

 

「僕は多分……、あなたを消すために、ここに居るんでしょうね」

 

 ……。
 ……。
「……」
 何故、とも、どうして、とも訊けない。
 少年は、呼ばれただけ。
 そういう意思を持って、ここに居るわけでは無い。
 ただ、事実を口にしているだけ。
「涼宮さんは、あなたを消したかった……。でも、自分でそうしようと思えるわけもなく、無意識に消してしまうことも出来ず、かといって、手心を加えることも無く消してしまえるような人物に任せることも出来ず……、だからこそ、僕なんでしょうね」
 少年は、笑っていた。
 寂しい、空虚な笑い方。
 この少年がこのような笑い方をしたところを、始めて見た。
 そして、少年が上に翳した右掌に、赤い光が現れる。
 わたしも何度か間近で見たことが有る、赤い光。
 多分、今のわたしには、その光に対抗する力も無い。
 情報統合思念体との接続を断たれた今のわたしの能力は、通常人類と同等かそれ以下といったところだ。
「……あなたがわたしを消さなければ、どうなる?」
「そうですね……。多分、このままこの擬似空間が拡大していって、世界がこの空間にとって変わられるんじゃないでしょうか」
 少年の声が、心というものを解せなかった頃のわたしと同じくらい淡い声で、残酷な事実を、ただ、淡々と口にする。
「そう……」
 少年の推測は、恐らく正解なのだろう。
 ならば今のわたしは、彼らの言うところの『神人』のような立場というところなのか。
「僕としても、このようなことはしたくないのですが……」
 迷い、躊躇い、戸惑い。
 そして、罪の意識。
「……あなたは、元の世界が大事?」
「ええ、大事ですよ。戻りたい、とも思っています……、だから、僕は、」
「あなたは悪くない」
 そう、少年は何も悪くない。
 この少年が罪の意識に苛まれる必要など、どこにも無いのだ。
 ただ選ばれただけ、ただ役目を押し付けられただけの少年が、どうして罪を犯したことになる?
 そんな理不尽な理屈を、許さない。
 世界が許しても、わたしが許さない。
 だから、わたしは、
「長門さ、ん……」
 少年の右腕を手に取り、その掌の赤い光を、自らの胸に押し当てた。
「選んだのは、わたし。……消えることを選んだのは、わたし」
 これは、わたしの選択。
 わたしだけの、選択。
 少年は、何も選ばなかった。
 だから少年には、何の責任も無い。
「長門さん……」
「あなたが気にする必要は無い。あなたはただ、呼ばれただけ。……わたしも、元の世界が、好きだから」
 大切なことを学ばせてもらった、大事な世界。
 情報統合思念体の意思を別にしても、わたしはわたしという個体の意思として、元の世界の存続を望んでいる。
 たとえそこに、わたしが居られないとしても。
「あなたは、優しい人ですね」
「……」
 返す言葉を持たないまま、わたしは思考さえ遮られがちになりながら、ただ、少年の方を見ていた。
 わたしは、消える。
 情報連結の解除ではなく、その存在ごと、世界に存在した事実ごと、消されてしまう。
 怖くないといえば、きっと嘘になる。
 悔しくないといえば、きっと嘘になる。
 この瞬間になってやっと分かるようになった感情の奔流を押し留めることが出来ないのは、情報統合思念体という、一種の制御システムでも有るわたしの作り主とのコンタクトが取れない状態に有るからだろうか。
 それとも、人間がそうであると言われるように、これがわたしにとって最後のときだからだろうか。
 わたしに残された時間は、もう、少しだけ。
 目の前には、少年が一人。
 わたしが、やるべきことは。
 わたしが、言うべきことは。
「……あなたで良かった」
「えっ……」
 彼でなくて、良かった。……それでは、わたしが苦しすぎるから。
 涼宮ハルヒや朝比奈みくるでなくて良かった。……それでは、わたしが悔しすぎるから。
 知らない誰かでなくて良かった。……それでは、わたしが寂しすぎるから。
 悪意の有る相手でなくて良かった。……それでは、わたしが諦め切れなかっただろうから。
 だから、あなたで良かった。
 本当に、あなたで良かった。
 苦しくも無い、悔しくも無い、寂しくも無い。
 ……そういう風に、思い込むことが出来るから。
「ありがとう」
 万感の思いを込めて、ただ、その一言を。
 彼に何も言えないのが少しだけ心残りでは有るけれども、それはもう、許されないことだから。
 そして遠からず、少年の記憶か少年がわたしと共に過ごした時間のどちらかが、歪められてしまうだろうけれども……、それでも、わたしが伝えたい言葉を、伝えよう。
 わたしのために。
 この少年のために。
「ありがとう……、本当に、ありがとう」
「長門さんっ、   」
 そこから先の言葉は、もう、聞こえなかった。
 わたしという存在が、消されていく。
 わたしという存在が、最初から無かったことになる。
 だからもう、これで……。

 
 

 ****

 
 

「古泉くん、何しているの?」
 ひょいっと僕のパソコンを覗き込んで来たのは、朝倉涼子だった。
 TFEI端末こと情報統合思念体製対有機生命体インターフェースで有る彼女は、このSOS団の平団員の一人だ。
 涼宮さんがSOS団という団体を作るにあたり、人数が足りないかもと言っているところに、殆ど無理やり、それこそ割り込むような形で入ってきたのが彼女だった。
 それから彼を相手にちょっとした自作自演をしてみたり、涼宮さん相手に色々吹き込んだり、その逆に振り回された見たり……、まあ、色々有るけれども、今のところは穏便にやっている仲間内の一人ということになるんだろう。
 仲間……、かな。周囲の認識は違うだろうけれど。
「小説を書いているんですよ」
「ふうん……」
 あんまり見せたくは無かったけれども、どうせ隠しても情報操作能力か何かで見通されるような気がしたので、僕は仕方なく席を半分彼女に譲るような形で彼女にパソコンの画面を見せた。
 傍から見ればまるでただのバカップルみたいだけれども、基本行動理念レベルで僕への好意を刷り込まれている朝倉涼子はともかく、僕の方に彼女への好意は無い。僕が彼女に抱いているのは、仲間意識と憐憫だ。
 朝倉涼子が僕に対しての好意を持たされているのは、要するに、朝倉涼子が、涼宮ハルヒが好意を持つ異性に対して好意を抱くことが無いようにという、一種の防衛手段なのだ。
 そして僕は、彼女に合わせた方が都合が良いだろうと判断した上で彼女に合わせている。
 ただ、それだけのこと。
「有希……、主人公の名前?」
「ええ、そうですよ」
「恋愛小説?」
「一応そうなりますね」
「……何でそんなものを書いているの?」
「さあ、何ででしょうね」
 僕がこんな小説を書きはじめたのは、つい最近のことだ。
 雁字搦めの自分の立場と偽恋人的立場の存在のせいでまともな恋愛が出来ないことに対する鬱憤晴らしとでも言うのか、
「教えてくれないの?」
「自分でも良く分からないんですよ。……ただ、書いてみたくなったんです」
 でも、多分、それだけが理由じゃない。
 現状への不満や不平が無いとは言わないけれども、本当に、そんなことだけが理由じゃない。
 それじゃあ何が理由なのかと訊かれても、確かなことは何も言えないのだけれども。
「そう。……じゃあ、何でこんな名前なの?」
「雪……、冬のイメージですかね。普通に漢字の『雪』でも良かったんですが、変換で出てきた字面のいい物にしてみたいんですよ。希望が有る、良い名前じゃないですか」
 希望の希には、まれに、とか、うすい、とかいう意味も有るわけだけれど……、そういう意味を込めるのも、悪く無いと思う。
「そうねえ……」
「えっと……続きを書きたいので、退いていただけますか?」
「……うん、分かったわ。じゃ、完成楽しみにしているわね」
 朝倉涼子は少し不満顔だったけれど、そう言って僕の席から離れていった。
 とはいえ、どうにも落ち着かないことに変わりは無いな。
 別にどこでも書けると言えば書けるのだけれども……、何故か、この部室だと筆が進むという現実が有るのだから仕方が無い。
 ここには朝倉涼子みたいな偽恋人状態の少女が居たり、涼宮さんみたいな騒がしい人が居たりするというのに。……それだけ、僕もこの状態に慣れてしまったということなんだろうか。
 まあ、現状を振り返るのは後で良い。
 今はとりあえず、この物語の続きを書こう。
 淡い印象を持つ『有希』という少女の、恋物語を。
 恋愛小説なんて書いた経験は無いし、話の道筋も決まっていないけれども。
 ああ、でも、一つだけ決まっていることがある。

 

 この物語の結末を、ハッピーエンドにするということだけは。

 
 

 終わり

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:59 (3093d)