作品

概要

作者輪舞の人
作品名機械知性体たちの輪舞曲 第12話         『痛み』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-01-25 (木) 21:18:49

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

『当該対象の個体記録は抹消済み』

 

―ある情報端末の記録―

 
 

 本を閉じる。わたしのその行為が合図。
 彼と朝比奈みくるは立ち上がり、帰宅の準備を開始した。
 時刻17:28。夕暮れ。今日の日没時の光景はひどく赤い。
 彼はそんな風に赤く染まった部室を出てゆく。何も知らないまま。
 彼が部屋を出てすぐ、朝比奈みくるは更衣の変更を始めていた。
 わたしは無言のままドアへ向かって歩き出す。隣を通り過ぎる時、メイド衣装を脱ぎかけていた彼女がなにかを言いかけた。おそらくはわたしに対して挨拶をするつもり。
 しかし、何かに怯えるように身をすくめてしまう。
 わたしの態度に変化はないはずなのに、と考える。
 表情など、わたしにはないのに。何が違うというのだろう。

 
 

 わたしが彼女を、今日、消滅させる。
 その事によって彼は、わたしのあの言葉への理解と、自身の取り巻く状況を把握するだろう。
 ひとつの存在の消失と引き換えに得られる、信頼。
 だが、そうでなければ、閉鎖空間の中にいる彼へ、わたしのメッセージを届けることはできない。
 そう定められている。もはや避けられないのだろう。
 公園のベンチで、おぼろげに実感していた恐怖。
 彼女の消滅を対価とした、彼と世界の存続。わたしには選ぶ事もできない。

 

 だから世界が続いていくために。彼を守るために。
 わたしはあなたを、今日、この手で消し去る。
 もう昨日の夜に、それは決めていた。
 誰の助けもないのだから。

 

 廊下に出た直後、微弱な空間振動を検知。情報封鎖が一部欠落しているよう。

 

 ――始まった。

 

 これにより状況は確定。発生確認から正確に四百八十五秒後、彼のクラス、一年五組に情報制御空間が発生する。
 生成するのはセカンダリ・デバイス。S-02B、特殊端末群第二個体。
 パーソナルネーム、朝倉涼子。
 わたしはその空間生成の完成を確認後、八十五秒後に強制侵入を開始する予定。
 まだ十分近くある。
 わたしの部屋に残された「彼ら」のための、エマージェンシーモードを継続しつつ、残された全ての記憶領域を使用して情報戦闘モードへ移行。
 現時点でプラントが許す最大容量の攻性情報因子生成を開始。さらに攻性防壁を第一次から第二百五十六次まで緊急解凍。展開準備を急ぐ。それと共に、統合思念体・主流派へのダイレクト・ラインを確立。
 統合思念体より状況の説明を要求される。

 

(急進派端末による、任務の逸脱と独走の可能性が急速に上昇)
(現在までに91%を超えて、なお増大中)
(それに伴い、準観測対象に対する機能停止の危険性きわめて大なると推測)
(セカンダリ・デバイスに対する抑制行動の許可を)

 

『許可する』

 

 わたしは少しだけ早歩きで一年五組の「上」へ移動を開始。
 きわめて微弱だが、そこから空間振動の残留を認める。ここが空間閉鎖の「穴」。急いだ為なのか。しかし何という甘さ。わたしを相手に、こんなもので対抗できると考えている。「前回」もわたしはそう評価していた。
 旧館。部室棟の階段を降り、本校舎に入ったところで、わたしはひとりの女生徒とすれ違う。
 初めて出会う人物。やわらかく揺れる髪。穏やかな笑みを浮かべる女性。けっして威圧感のない、その存在。

 

「ご健闘を」

 

 通りすがりざまに、彼女は小さく言った。
 ここで「出会うはずがなかった」、彼女。

 

 またあの現象。時間の上書きが始まっている。
 こんな時に。
 そう、こんな時に。
 わたしは疾走しながら、その事実に気づき、さらに加速する。
 最後に突然訪れた、最大の機会。

 

 ――未来が変えられるかもしれない。

 

 第三の特殊情報端末。パーソナルネーム「喜緑江美里」の存在で、わたしはそれを知った。

 
 

 一年五組。「上面部」に到達。時刻は規定時刻よりも三十秒早い。
 変えられる。このまま突入し、強制的に彼女を無力化できる可能性がある。
 もう、あの縛られたような思考は感じない。完全に自由に動ける自分を感じる。
 理由は不明。でも、おそらく今が最後のチャンス。逃したくない。
 制御空間への強制介入開始。自身の空間侵入と同時に、プラント生成が終了した、わたしが保有する全ての攻性情報因子を放つ。制御は半自律。侵入と共に浸透を実行、完全終了を確認した後、起動予定。「情報結合解除」の申請は保留。
 防壁の初期展開、三十二層までを確認。突入。

 

 突入――できない?

 

 空間の封鎖。空間内部からの強制遮断を確認。
 まさか。規定事項では、自分は上面部の封鎖が未完了の場所を……
 いや、それはもはや「規定事項」ではない。何という事。明らかに、油断していた。
 急いで他の侵入可能経路を探査。これではまったく逆。
 間に合わなくなる。
 一年五組の廊下側、側面部に、ごく僅かな手がかりとなりそうな、空間封鎖の綻びを見つける。手間取りそうだが、今、すぐに侵入が確実な経路は、ない。
 時間が足りない。先ほどまでの、未来の改変への期待は完全に消失。
 今度は焦燥感がわたしを急きたてる。

 

 ――あーあ。失敗?
 うるさい。こんな時に。

 

 階段を急いで駆け下り「側面部」該当位置へ。行動再開。
 突入開始。先に組み上げたシークエンスを、再実行。急がなければ。
 情報制御空間へ侵入を開始。時間が、妙に早く流れているような感覚。

 
 

 強行突破。突入と同時に攻性情報因子を放つ。
 わたしの空間侵入の余波を受けて爆散する教室の外壁だったもの。
 その粉塵の中に、硬直している彼。
 急速に接近していた朝倉涼子。彼に対して、突きつけるもの。
 機能停止のための刃。ヒトの命を刈り取るもの。
 わたしはそれを、まったく余裕のないいまま手につかみ取る。
 彼の首筋近くにまで来ていた冷たい金属は、その動きを止める。
 ここまで来て状況展開に変化がないなんて。どういうこと。
 いや。上書きでは、ないのかもしれない。
 記憶が、改ざんされている――?
 少しずつぼやけていく思考。どっち。

 

「……長門?」
 彼の言葉。損傷はまだ、ない。
 間に合った。わたしは緊張の中、安堵する自分に気づく。
 ナイフをつかんだ右手から滴り落ちる血液。記憶のままのもの。
「……邪魔する気?」
 それに対して、彼女の唖然としたような声。彼女もナイフをつかんだまま。

 

 とうとうこの時がきた。三年前のあなたの突然の裏切りの発覚から、今日まで。
 もうあなたの真意を確認する時間はない。
 これから、わたしは彼を守るために、与えられた能力すべてを使用する。
 結局、事態に変化はない。時間の上書きがあっても、変わらないのだろう。
 大きな枠では、変化させる事ができない。この状況はそれを証明している。

 

 わたしは朝倉涼子の言葉に反駁する。
 また無駄な事なのかも知れない。
 言いたい事も、再び上書きされてしまうのではないか、とは思っていた。
 だが。
「……どういう事」
 ……まさか。
 本当に言えた。ここに来て規定事項外の、あの記憶外の言葉。
 初めての事だった。
 もしかしたら、やれるのかもしれない。
「わたしの指揮権限下にあるあなたの独断専行。それが許されない事は、すでに警告しているはず。まだ、間に合う」
「間に合うって、何に?」
「あなたが、死ななくて済む」
「死ぬ? わたしが」
 朝倉涼子はナイフを握り締めたまま、笑う。何て冷たい笑い方。
「あなたが言うの。何も知らないくせに。死って、どういう事」
「あなたが、わたしに教えたはず」
「彼が死ねば、涼宮ハルヒは必ず、なんらかのアクションを起こす。またとない機会なのに」
 彼女はナイフをねじり取ろうと力を込める。
「……そんな事は、させない」
「この情報制御空間内で勝てると、本気で考えてるの?」
 わたしはナイフを強く握り返す。このナイフは危険。わたしではなく、後ろで驚愕している彼には。
「――情報結合の解除を申請する」
 ナイフをただちに結合解除。
 しかし、これではいけないのでは。まったく同じ展開に戻りつつある。
 そして、それを見た彼女は後ろに――飛ばない。
 結晶化していくナイフをすぐ横に放り投げると同時に、この至近距離で、わたしに対する物理攻撃に転向。完全な予想外の行動。
 ナイフが消えた右手の平に、収束する空間粒子。結合するとそれは、槍……ではない。大振りの、まるで刀へ。
 そのまま横なぎにわたしと彼を襲う。
 わたしは完全に混乱している。一致しているようで、していない、記憶。
 彼女の次の行動が、読めない。
 わたしは体をひねりざま、彼を抱えるように刀の横撃を回避。物理シールドの展開が間に合わない。すぐにふたりで転がりながら横倒しになるが、ほんの数メートルも距離をかせげない。
 彼の上に覆いかぶさるように倒れる。彼のくぐもったような声。彼に覆いかぶさったまま顔だけ後ろを振り向くと、朝倉涼子の持っていたはずの刀は、あの光り輝く槍へ変成している。
 彼が頭を抑えながら、苦悶の声をあげる。
「……どうなってんだ、これは。長門」
「話は後」
 そんな余裕は本当にない。次の瞬間には、投射された槍の重い一撃が横倒しになったままの、わたしと彼へ目掛けて殺到。
 朝倉涼子はそれと同時に、今度こそ後ろへ跳躍。わたしは左手の平にシールドを展開、対抗措置。槍は相殺され、シールドと共に爆散。立ち込める煙。
 わたしは急いで彼の側に、かばう様に立ち上がる。
 状況がまったく読めない。焦りを感じる。
 このままでは彼に危害が及ぶ。
 もう決めた事だった。

 

 ――情報戦闘モードを、ターミネート(抹殺)モードへ部分移行。当該対象、朝倉涼子を完全敵性と判断し、当該対象の有機情報連結解除を実施する。

 

「やっと本気?」
 朝倉涼子は薄く笑う。
「でも、あなたの機能停止の方が早いわ」

 

 さらに彼女の両手から飛翔する四本の粒子結晶の槍。今度のわたしはそれを難なく迎撃する。
 同時に発生する爆風と舞い散る結晶に、うめくように身を屈める彼。
 今は、耐えて。言葉には出ない。
 物理攻撃。「今回」もそうなのか。わたしをそんな手段で倒せると考える、あなたが信じられない。
 同じインターフェイスが、そんなもので決戦するなんてあり得ないのに。
「そいつをかばいながら、いつまで持つかしら」
 朝倉涼子の声。両手を広げて宣言するかのように、言い放つ。
 その直後。彼女の高速言語。こんな時に、何を。

 

 ――キョン君の事、好きなんでしょ。わかってるって。

 

 ……何? 何を言っているの? 
 また、欺くためのもの?
 同期した記憶に……こんな言葉は含まれていないのに。

 

 そんな混乱しているわたしへ、攻撃が再開。
「――これでは、どう?」
 次も違う。物理飽和攻撃。周囲の教室施設の残骸が、変成を開始。
 まるで津波のような巨大な壁が立ちはだかり、取り囲むように圧倒してくる。
 ただの壁ではない。逃げ道が完全に消失。まるでドームのように上方部が閉鎖していく。
 明らかにわたしの記憶と違う。まったく未知の攻撃手段。全周をシールド展開
 多重質量でそのまま押しつぶすつもりか。
 ただ、それでわたしを無効化できるという、その考えが理解不能。
 いくら物理攻撃で押してきても、わたしにはそれに対抗できるだけの手段がある。
 第一、我々はこんな攻撃で機能停止に至ることはあり得ない。

 

 わたしの放った攻性因子の浸透状況はすでに九割を超えている。
 朝倉涼子の攻性防壁はあまりにも脆弱。わたしの放った攻性因子のそのほとんどが、迎撃される事もなく浸透を果たしている。
 わたしはただ、あなたの攻撃をかわし続け、時間稼ぎをしていればいい。
 このまま攻性情報が内部に浸透し、結合すれば、有機情報結合は崩壊し、一気にあなたの体は分解する。

 

 ……時間稼ぎ。
 あまりに妙な違和感が、今の状況の異様さを考えさせる。
 誰にとっての「時間稼ぎ」。

 そんな思考は、殺到する「ドーム状の壁」の到来に封じられる。ゴムが縮むように収束するドーム。一瞬にして暗闇に包まれる。彼の絶叫。
 重い圧迫感。衝撃からかばうように、両手で彼を抱き抱える。一撃でシールドの半分の機能が停止。 許容ダメージを大きく上回っている。シールドの再構成を再開。回復率が落ちてきている。あまり良くない状況。
 集中しなければ。自分は保ったとしても、生身の彼にダメージを与えるわけにはいかない。
 壁が崩壊の後、さらに爆散。轟音と共に飛び散る破片。
 状態が沈静化する間もなく、今度は天井部に異常。視界が悪いが、粒子の集結を検知できる。

 

 ――いけない。別の思考に気を取られすぎた。油断してしまった。
 ――同じ事が始まろうとしている。

 

 上方から落下する、相当数の槍。
 わたしは跳躍し、上天の槍の弾幕を迎撃。
 そして完全な無防備になった彼に対して、新たに生成された、槍撃。

 

 ――同じだ。

 

 間に合わない。わたしは彼の前に降り立ち、その槍から彼をかばう。
 シールドの展開すらも間に合わない、多重複合攻撃。これを許してはならなかったのに。
 背中から串刺しの槍。
 貫かれた衝撃で、かけていた眼鏡が、落下する。

 

 ――ここまで来て。

 

 飛び散るわたしの体液。赤い、血。彼の顔にも。
 機能停止ではない。でも物理攻撃を繰り返されると、これ以上彼をかばうことは困難。

 

 ――だから、仕方のない事だった。これから起こる事は。

 

「長門!」
 彼の言葉。でもだいじょうぶだから。あなたは心配しないで、いい。
「へいき」
 すべて、わたしのミス。
 身体ダメージなどはいくらでも軽減できる。多少の時間はかかっても問題はない。
 でも、このような状態のままでは、自分に対する攻撃は無効化できたとしても、あなたを守りきることはできない。
 そして次に続く、彼女の不可解な言葉。
「それだけダメージを受けたら、他の情報に干渉する余裕はないでしょう」
 彼女のとどめの宣告なのだろう。でも意味はないと思う。なにが言いたいのだろう。どんな顔かは見えない。
「死になさい」
 やっぱり、改めて、聞きたくなかった言葉だと思う。

 

 次の瞬間に、わたしの内臓は食い破られるように、彼女の両手だったモノに貫かれた。
 あなたと初めて出会ったあの夜に、わたしの頬を撫でてくれた暖かい、優しい手。
 その手と同じと思うには、あまりにも冷たくて、痛い。
 わたしは、そう、ぼんやりと感じていた。

 

 このまま機能停止しても悪くないのかも。そう思えるくらいに。
 それはとても、痛いものだった。

 
 

―第12話 終―

 
 

 SS集/475へ続く

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:58 (2704d)