作品

概要

作者江戸小僧
作品名初めてのひな祭り
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-01-21 (日) 22:08:39

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「明日はひな祭りよ!」
 ああ。なんだっけ、ひなあられを撒くんだっけ? 明日は休みだし、来週やるか?
「ちょっと、そんなことする訳ないでしょ。あんた、ひな祭りがどういう祭か知らないの?」
 おい待て。これは以前お前が言った事だぞ。まさか忘れたなんて言うなよ。
「う…うっさいわね。どうでもいいのよ、そんなこと!」
 メガホンで思いっ切り叩かれた。
「あなたも懲りませんね」
 黙れ。その前に顔が近いぞ、耳に息吹きかけるな。
「ちょっと、聞いてるの? ひな祭は女の子にとってすっごい大事な日なの! だから明日の探索は中止。キョン、あんたも妹ちゃんのために家で祝ってあげなさい。間違っても谷口辺りとふらふら遊んでちゃ駄目よ」
 妹はクラスの友達とミヨキチの家に集まるからいいんだ…ああ、いっちまった。
「ひな祭って、この時代にはまだあったんですかぁ」
「涼宮さんがこういうイベントにあなたを巻き込まないなんて珍しいですね。ひょっとして何かご存知ですか?」
 きっと、家族で祝うことにしてんだろ。高校生にもなってひな祭とはあいつらしいと言やあいつらしいじゃないか。理由がなんだって、俺達を丸1日解放してくれるなら大いに結構さ。
 ニヤケ野郎は気色悪いウインクで肩を竦め、マイエンジェルは満面の笑顔で頷いた。
 さ、俺達も帰るか。そう言おうとした俺を、止めるものがあった。
 液体ヘリウムのような目が、じっと俺を見つめていた。
「ひな祭りって、楽しい?」
 何故この祭を女の子が楽しみにするのか。男の俺がそれを説明するのはどうして大人は嘘をつかないと生きていけないのかを妹が俺に説明してみせるのと同じ位難しい問題である。うーん、まさかそのためにミヨキチの家にお邪魔する訳にもいかんしな。
「そう……」
 俺の気のせいかも知れないが、その顔は少し寂しそうだった。
 くそっ。こんな時に俺は何もしてやれないのか?
 何も思いつかないまま、4人で学校を出て長い坂を下る。
 別れ際の長門の瞳は、俺に何かを訴えかけるかのようだった。おい俺! たまには何かこの無口な万能少女にしてやれる事はないのかよ?
 そんな事をずっと考えていたせいか、あやうく家の前を通り過ぎるところだった。やれやれ、まだボケる歳じゃないだろ、俺。
 「あ、キョン君帰ってきたぁ。それじゃ、明日が楽しみだねー」
 妹よ、電話の相手にそんな事報告しなくていいんだぞ。誰と話してたんだ。
「えへへ〜 秘密だよ♪」
 別に聞かなくてもわかるぞ、相手はミヨキチだろ。そうだ、こいつも一応は女の子だ。参考までに聞いてみるか。
「なあ、ひな祭の楽しみって、何だ?」
 妹はいつものように屈託のない笑顔を向けてきた。
「仲の良い子だけでお祝いすることかなー? 普段学校じゃ言えないような秘密の話とかもするし、特別な男子だけこっそり誘ったりもするんだよ〜」
 ちょっと待て! まさかお前、誰か男を招待してるのか?
「えー、あたしはしてないよ。あ、キョン君は…ううん、何でもない」
 いつもと違ってしごく平穏に迎えた翌日。昼まで寝てやろうと思っていた俺を無上の極楽から哀しい現実に引き摺り下ろしたのは妹の襲撃ではなく、携帯の呼び出し音だった。このパターンはいつもの奴か? だったら、それは約束違反って奴だぞ。
 予想に反して、携帯のディスプレイには無口で読書好きな少女の名前が浮かび上がっていた。
「どうした、長門」
「もし良かったら…来て欲しい」
 電話なので確信はないが、その声はどこか不安げであった。
「わかった。少しだけ待ってろ!」
 俺はいつもより5割増しのスピードで身支度を整え、愛機を駆る。
 気分だけは瞬速でマンションにたどり着いた。さすがにこの距離を全力で漕ぎ続けると汗をかくな。
 もはや目を瞑っていても間違えないであろうキーを叩く。
「俺だ」
「……」
 静かに開くガラス扉を抜け、エレベーターへ。
 今度は一体何だ? とりあえず地球がどうにかなるような緊急事態ではなさそうだが、あいつがあんな不安そうな声を出したことが今まであっただろうか。
 708号室のチャイムを鳴らす。
 ドアが開いた。そこには……
「こんにちは」
 どういうことだ? なんでここに喜緑さんがいるんです? 長門はどこにいったんですか!
「長門さんは…実際にご自分の目で見ていただく方が良いと思います」
 長門に何かあったのか? 俺は緑の髪の上級生を押しのけるようにしてリビングに駆け込んでいった。
「長門!」
 そこで、俺は言葉を失った。
 目の前にいたのは、藤色の振袖を着て髪を綺麗にまとめあげた、風が吹いただけで飛んでいってしまいそうな儚げな風情の少女だった。真っ直ぐに俺を見つめる黒く輝く瞳の下で、赤い口唇が小さい実を結んでいる。
「……」
 その姿は陽に照らされる新雪のように眩しく、何かしないと今にも溶けて消えてしまいそうだった。
「長門」
 尋ねるように、瞳が揺れる。
「似合ってるぞ」
 白く透き通るような頬に、毎日見慣れていない者には決してわからないであろう程度の朱が差す。
「似合ってなきゃ困るわ。わざわざ着付けまでしたんだから」
 そうか。いや、ホントすごい似合って――あ、朝倉?
「そ。意外でしょ」
 俺はキッチンの方を振り向いた。そこには、蒼い黒髪を結い上げた、谷口曰くAAランク+の振袖姿があった。うむ、藍色はこいつに似合ってるな。どうでもいいが、そうやって裾を割って足を出すのはお行儀が悪いぞ。
「お前もか」
「だって今日は女の子のための日よ? 私だって、ね」
「あらあら。ようやく落ち着かれましたか」
 喜緑さんが廊下へ続く扉を閉め、少しばかり棘のある口調で言葉を掛けてきた。
「あー、喜緑さんも良くお似合いですよ」
 今更だが、この方も萌黄色の振袖を着ていた。要は宇宙から来た美少女3人揃って振袖を着ていた訳だ。
 あー、長門。これはひょっとして?
「ひな祭」
 なるほど。で、ひな祭の仕方は誰に聞いたんだ。
 万能宇宙人の瞳は真っ直ぐ俺を見つめ続けている。
「ひょっとして、妹か?」
 僅かに顔を縦に振る。
「ひな祭は秘密を話し合える仲間と祝うものと聞いた。それに……」
 ここで、なぜか長門は視線を逸らした。
「で、あなたを招待したのよ」
 なるほど。秘密を共有してる仲間と言えば長門にとっては先ずこの2人か。そして、同じく秘密を知っていて利害が対立しない俺。そうか、信頼できる仲間が増えたと言っても、全てを話せる相手となるとさすがに別だよな。長門、今日は誘ってくれてありがとよ。嬉しいぞ。
「私もあなたが来てくれて嬉しい」
 読書好き宇宙人は薄い色の前髪を揺らした。
「そんなことより早く食べましょ。私達が腕によりをかけて作ったのよ」
 ん? ひな祭って特別な食べ物あったっけ。
「これよ。手作りなんだから」
 そう言って朝倉が持ってきたのは、色鮮やかなお菓子だった。
 こりゃすごい。ところでひなあられに青いのが混ざってるようだが。
「だって、白いのと緑のがあるんだから、青もなくちゃね」
 そうか。しかしだからって雛壇に飾ってある菱餅まで四色というのはどうかと思うぞ、ちゃんと意味があるんだからな。
 ん、心なしちょっと塩辛いけど、まさかこの緑色は海草から…いや、何でもありません、喜緑さん。とてもおいしいひなあられです、はい。だからお願いですからそれ以上悲しそうな目で睨まないでください。
「さ、写真撮るわよ」
 写真? 万能宇宙人でもデジカメなんて使うのか。F1レーサーが無理して三輪車に乗るようなもんだろうに。
「いいからいいから。さ、そこに並んで」
 長門が俺の袖を軽く引っ張る。おい、だったらおめかししたお前達3人を俺が撮ってやるよ。
「いい」
 しかし、せっかくの振袖だろう。
「あー、もう。だから2人で撮るんでしょ。さ、早く」
 はいはい。俺は長門が導くままに並んで腰を落とした。
「いや?」
 小声で長門が呟く。頼むから、せっかく作った力作料理を美味しくないと言われたみたいな顔しないでくれ。
「嫌なものか。お前の初めてのひな祭の記念だからな」
 袖を掴んでいた小さな手がそっと探るように俺の左手に触れる。その手を軽く握ってやると、そっと握り返してきた。
 朝倉が張り切った様子で何回もシャッターを切る。さっきも言ったが、そうやって裾から足を出すのはどうかと思うぞ。
「ふふふ。とってもお似合いですよ」
「うん。長門さんは和服が似合う体型だからね」
「あら。体型が関係するの?」
「そうよ。和服は胸が大きかったりくびれが大きかったりすると似合わないの」
 急に、隣の空気が変質した。
「将来垂れずにすむ」
「元々ないものは変化することもないものね」
「太っていると和服が似合わないから哀れ」
「長所を引き出す服じゃなくて、欠点を隠す服だからよ」
 やれやれ。俺は長門の手をそっと離してコタツに戻った。長門は朝倉とのやり取りに熱中してて気づいた様子はない。
「長門さんは変わりました」
 そうかも知れません。俺達の前でもいろんな表情を垣間見せるようになったし。
「何故だと思います?」
 俺は笑顔を絶やさない上級生を見つめた。
「俺達SOS団のせいでしょう」
「私もそう思います」
 俺達は去年の春からいろんな事を一緒にやってきた。朝比奈さんや古泉を含めて、いつの間にか長門をごく自然に仲間として受け入れたんだ。3年間も独りで過ごしてきたこいつにとっては驚くような事も多かっただろう。でも、それは――
「俺は、長門にとって良いことだったと思ってます」
「そうですね。これからも長門さんを宜しくお願いします」
 喜緑さんは目を細めて微笑んだ。何故か、いつも見慣れている無料スマイル野郎を思い出す。ひょっとして、この人の上品そうな笑顔も裏に何かあるのか?
 そんなこんなをしていると、こういうのも悪くないな、と思えてくる。
 喧嘩できる程仲の良い3人姉妹、それに軽く振り回される俺。なんか、このまま根を生やしてしまいそうだ。
 と、肩に小鳥が止まるような感触。
「飲んで」
 ああ、遠慮なく。って、これ酒じゃないか。
「おいしい?」
 そりゃ、俺も全く飲めない訳じゃないからな。
「もっと飲んで」
 待て。昼間から飲むのか?
 長門がいつものように僅かに頷く。
「白酒。今日飲むと縁起が良い」
「ほらー。男でしょ、一気に空けて」
 おいおい、高校生に一気飲みなんてさせるなよ。
「あら、ママのおっぱいの方がいいの?」
 そりゃ、高校生に言うネタじゃねえぞ。
「じゃ、飲みましょ」
 朝倉はそう言って湯呑をぶつけてきた。こいつ、実にうまそうに飲むな。
「もっと?」
 いや、もうちょっとゆっくり飲むよ。ところでお前も飲むのか?
「飲む」
 そう言うと、長門は左手に大きな徳利、右手に湯呑を持ったまま隣に腰を下ろした。
 お茶を入れる湯呑だから結構量が入るんだが、こいつは例によって造作もなく中身を空けたようだった。
「美味しいか、長門」
 さっきよりもかなり分かり易く頷く。
 どうでもいいが、右の方にいる朝倉と正面の喜緑さんが何か期待するように黙ってこっちを見てるのは何なんだ? しかも湯呑を口に運ぶペースは長門並みだし。
「あなたも飲むべき」
「いや、もうちょっとゆっくりだな…」
「酒は有機生命体の神経系に影響を与える。あなたは去年からずっと強いストレスの影響下にある。今日は私の管理の下、適量の飲酒を推奨する」
 あー、飲まないとは言わないさ。でも、こういう酒は少しずつ舐めるように…
「乾杯」
 長門は再び自分の湯呑を飲み干すと、俺の手元をじっと見つめた。
 何だ。お代わりなら左手の特大徳利にまだあるだろ。
「乾杯はお互いが器の中身を飲み干して完了する」
 待て、そりゃビールかなんかの時だ。
「今のあなたに理屈は不要。私はあなたにくつろいで欲しい」
 背中越しに俺の湯呑に徳利を突っ込みたがる読書型宇宙人少女をなだめるようにしながら湯呑を空ける。
 あのー、そんな風に後ろから体をくっつけると俺の背中にあなたの胸が当たって気持ち良くて、俺的にはとってもヤバいんですけど。
「もっと飲みたい?」
 だから、そんな風に顔を肩に寄せられるとお前の襟元から目が逸らせないじゃないか。お前はそんなに俺をけだものにしたいのか?
「ふふふ、おつまみにもずく酢でも欲しいですね」
「気持ち良いわね〜 何か歌おっか」
 駄目だ、こっちの二人は助けにならん。もう酔っ払ってる。
「酔った」
 そうか、お前もか。俺も酔ったみたいだ。喜緑さんの髪がゆらゆら揺れて見えるぞ。
「こっちを見て」
 わかった。だから頼む、裾を直してくれ。
「駄目。立てない」
 そうか、飲み過ぎたんじゃないか。長門にしては珍しいけどな。
「助けてほしい」
 ああ、普段世話になってるお前になら、何でもしてやるさ。
「だっこ」
 …お前、本当に酔ってるのか?
「私はとても酔っている」
 こら、言いながら目を逸らしたろ。ちゃんとこっち見て答えなさい。
 突然、俺の携帯が鳴り出した。誰だ? 折角楽しい時を過ごしてるのに。
 ディスプレイには超能力少年の名前が映し出されていた。うーむ、コイツからの連絡ってことはロクな事じゃないぞ。
「どうした、3秒で説明しろ。いーち、にー、さーん。3秒経ったぞ、それじゃ…」
「ふざけないでください。今日は朝から映画にでも行ってたんですか?」
 映画? ああ、確かに普段は見れないようなすばらしいものを見てるぞ。それにとってもSFしてるな。スピルバーグ先生も爆笑だっぜ。
「まさか昼間から酔ってるんですか? 涼宮さんが、あなたが捕まらないと言ってすごい不機嫌なんです。どうやらあなたにサプライズパーティを仕掛けようとしていたみたいですね」
 緊急事態を検知した俺の頭はたちまち素面になった。
「しかし、電話なんて掛かってきてないぞ。別に電源も切ってないしな」
「とにかく、このままではすぐにでも閉鎖空間が…」
「ちょっと待て。後でこっちから掛ける」
 俺は一旦携帯を閉じると3人の宇宙人に目を向けた。
「携帯、繋がらなくしたのか?」
「あ〜そうだったぁ。情報制御してたのに、酔っててつい解いちゃったみたい。う〜ん、失敗、失敗」
「あなたはいつも詰めが甘い」
「てへっ! ……ね、かわいかった? やっぱり長門さんじゃないと…」
 んなことはいいから! 何でわざわざ圏外にしたんだ。
「だって、邪魔が入ったら嫌だって長門さ…もごっ」
 おいおい、お前達は情報爆発があった方が嬉しいんだろうが、直接の被害を被る俺にとっては心身共に大問題なんだぞ。
「大丈夫。私が守る」
 いや、既に大丈夫じゃないって。やれや…
 再び、携帯が鳴った。
 天国の門の鈴か、煉獄の扉の軋み音か。どちらにしても、俺の運命は風前の灯だ。
 誰か、骨だけは拾ってくれよな。

 

(終)

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:56 (3090d)