作品

概要

作者輪舞の人
作品名機械知性体たちの輪舞曲 第8話          『対峙』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-01-21 (日) 15:06:34

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 

 あなたの名前は美しい。とても。
 でも望みが有るというその意味を、本当にあなたは知っていたのでしょうか。
 もし知らずにつけたというなら、何という皮肉な運命。

 

 ……運命? さて、何でしょう。

 

―ある情報端末の韜晦―

 
 

「……朝倉涼子」
 わたしは振り返り、彼女と対峙している。
 ここで彼女と出会う事は規定事項ではない。
 あの声の発生から同期した記録にずれが生じつつある。
 時間の上書きが始まっている? どういう事。

 

 目の前には三年前とまったく変わらない、あの笑顔と姿。
 初めて見る制服姿はとてもよく似合っている、と思う。
 そして彼女がよくわたしにかけてくれた言葉。
 でも、今かけられた声はわたしの知っている、あの時の彼女のものとは違う。
 ほんの少しだけ。指摘することはできないが。それが今のわたしには、わかる。

 

「何をきょろきょろしているの?」
 わたしの疑念に気づかない彼女は、軽く首を傾げる。笑みを浮かべたまま。
「しかもずいぶん物騒ね。スタンドアローン? 無支援状況下を想定した。完全自律戦闘でもするつもり? こんな場所で?」
 そう言ってゆっくりと近づいてくる。わたしは警戒を緩めない。
 同じ情報端末同士で、このような警戒感を抱く事態に戸惑う。
 すでに三年前に得た記憶も、それを補強材料としているのは確実だった。
 彼に突き立てられたナイフの鋭さ。右手に刃の感覚が蘇る。

 

「今、わたしの意識野に音声情報を侵入させたのはあなた?」
「……何の事?」
 彼女の脚が止まる。その声から虚偽を含んだような、そんな感触は感じられない。
 では、今の声はいったい誰のものなのか。いや、まだ欺瞞の可能性は捨てきれない。彼女のすべての機能を把握しているわけではなかった。
 何というもどかしさ。
 現状を打開するべく、すぐにもスタンドアローンを解除し、思考リンクを「味方」である彼女と繋げ、支援を受けるべきだと状況判断支援システムが警告する。でも、それはあまりにも危険。
 今の彼女を信用するのはためらわれる。
 急進派の作り出したインターフェイス。わたしとは、違う。

 

「その事は、いい」
 ひとまずこの問題は保留。わたしは彼女の態度を問いただす。
「なぜ、わたしに……」
「声をかけたかって?」
 朝倉涼子の声は笑っている。それを聞いてはっきりと認識する。やはり三年前のものとは、違う。
「同じ任務についているわたし達が、現場で連絡を取るのは不自然かしら」
「接触は最低限度に抑えられると言ったのは、あなたのはず」
「ずいぶん警戒しているのね」
 彼女はそれ以上近づこうとせず、わたしの顔を静かに見つめている。その笑みには以前感じた温かみ、というものはまったくなかった。冷たい笑み。整ってはいるが、ここちよさは微塵もなかった。

 

「眼鏡、変えたんだ」
「今、話すべき問題とは思えない」
「わたしには問題。あなたがしっかり自己紹介できたのかどうか、とか」
 わたしは言葉に詰まる。静まり返った教室と生徒たちの好奇の視線。
 彼女は眉をひそめる。
「ちゃんとできたの?」
「……大きな問題は発生しなかった。伝達した情報に欠落はない」
「情報欠損の話じゃない。わかっているでしょう。問題は齟齬が発生するかどうかよ」
「なぜ、あなたがそんな事を」
「わたしが教えたことが実行できているか、関心があるのはあたりまえでしょう」
「……失敗を認める」
「……やっばり」

 

 わたしは顔を上げる。
「なぜ、あなたがそこまで関心を示すのか理解できない。あの時から――」
「三年間あなたがどう過ごしてきたか。そう、興味があるから」
 たったひとりで過ごした待機時間。ただ眠り続けた三年間だった。
 その原因の彼女が興味がある、という。頭が熱くなる。理解できない感覚。
「あなたの意味不明な行動にこれ以上、機能を乱されたくない」

 

 未だに増殖し、わたしに蓄積され続ける恐ろしいデータ群。もう取り除くことはできない。
 わたしが機能停止する要因となるもの。あなたがわたしに植え付けたもの。
 このままいけば、十二月にわたしは宇宙全体すらを巻き込む時空改変を行う。
 統合思念体までも消滅させてしまうという、あの恐ろしい行為をわたしは実行してしまうのに。
 その原因のあなたがそれを言うのか。
 朝倉涼子。あなたが。

 

 気がつくと、わたしは明らかに普段の自分なら言わないことを口にしている。
「まだわたしに対する機能破壊行為を行うつもりなら、あなたを実力で排除する」
「機能破壊行為? 排除? ずいぶん怖いこと言うのね」
 まったく動じない。朝倉涼子のその態度に、わたしは――「苛立ち」を感じる。
 これがそうなのか。実感と共に思考が鈍ってゆく。また彼女の策略なのかもしれない。
「排除なんてできるかしら、あなたに」
「必要があるなら、そうする」
「本当にできると思うの?」
「情報操作と改変能力はわたしの方が上。端末単独では公開情報上、わたしに拮抗しうる個体は存在しないはず。情報戦闘ではあなたに勝ち目はない」
「そうとは限らないかも」

 

 朝倉涼子にはまったく動揺の様子がない。我々三人の特殊端末には、まだ未知の情報があるのかもしれない。彼女の言葉を完全な虚偽情報と断定することは危ない。
 本当は彼女と戦う事など考えたくもなかった。
 もうすでに経験している、あの記憶。あの未来を回避したいのに。
 わたしは気を取り直す。話したいのはこんな事ではない。
 もっとも気にしていたあの日の事を、今、もう一度訊きたい。

 

「では三年前のあの時に、反応消失した本当の理由を、改めて訊かせて欲しい」
「嫌だと言ったら?」
「プライマリ・デバイスの権限において命じる」
 わたしは使いたくなかった言葉を口にする。命令。
 彼女に対してなんて、考えたくもなかったのに。
「セカンダリ。バックアップのあなたは、わたしの指示に従うことが定められているはず」
「ずいぶん強くなったみたいね」
 強くなんて、ない。あなたが一番良く知っているくせに。なぜそれを言うの。
「……もう一度言う。個別コードS-02Bは、プライマリ・デバイスの指揮権限内に配置されている。今、現在もその配置に変更はない。指示に従うことを要求する」
「チームリーダーを気取るつもり?」
「これは任務。わたしは、わたしに与えられた任務を完遂したいと考えている」
「それはわたしも同じよ」
「本当にそう考えているのなら」

 

 わたしと朝倉涼子につながれた視線はまったく動かない。
 けれどここで引くわけにはいかない。

 

「再度、要求する。要請ではない。上位権限者からの、これは命令」
「……ほんとうに強くなったのね」
「無視するというなら統合思念体にこのことを報告する。その上で処分を受けるべき」
「わかったわ」
 彼女は肩をすくめる。わたしはほんの少しだけ脱力する。
 彼女と争いたいなどとは本当に思っていなかったから。
 まだわたしは彼女を信じたいのだろうか……おそらく、そう。
 それも次の言葉が聞こえるまでだった。

 

「でも、拒否する」
 どうして。
 命令指揮に逸脱するほどの何かがあるというの。

 

「なぜ」
「言えないから」
 初めて朝倉涼子の声から力が失われた。
「その事は三年前にも示唆した通り、言えない。報告するというなら処罰は受ける」
「………」
「後で思考リンクによる報告をするわ。ちゃんと受けてね」
 朝倉涼子はわたしの横を通り過ぎようとする。
 一度立ち止まると、軽く息をついて言った。

 

「仕事の話をしようと思ったけど、今は少し、無理みたいだから」
 再び歩き始める。わたしは彼女の姿を見るために振り返ることができない。
 彼女が何を考えているのか理解できないままでいる。
 きっと何か理由がある。なぜそれを言ってくれないのだろう。
「またね、長門さん」
 彼女の別れの挨拶は、ずいぶんぼんやりとしたものに聞こえた。

 

 本当にわたしは彼女の重荷になっていた。それだけなのだろうか。
 本当にそれだけの理由なのだろうか。
 そしてこのまま、あの未来は変えられないのだろうか。
 規定事項。わたしが彼女を消してしまうあの光景。
 わたしは朝倉涼子が居なくなった廊下に、しばらくの間立ち尽くしたままだった。

 
 

 帰宅した後、朝倉涼子から第一次接触時の観測データが思考リンクによって送られてくる。
 わたしの主任務である観測。当然してはいたが、データの補完材料として記録する。

 

「ただの人間には興味はありません」
 ここから始まる、わたしが聞いてもかなり驚かされる「自己紹介」は、すでにわかってはいたものの、改めて聞くとやはり衝撃的だった。
 わたしの自己紹介の方がいくらかまともに思える。いや、どちらも反応としては似たようなものか。

 

 改めて聞きなおす。すでにわたしに対する呼びかけが始まっている、と思う。
「宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
 この順番で彼女はすべてをかき集めてしまう。大きな、不思議な力。それを持つ者。
 わたしの最重要観測対象。涼宮ハルヒ。

 

 もうひとり、気になっていた対象。彼。
 その自己紹介の声を聞く。日中の朝倉涼子との接触で不安定化した思考状態が楽になっていく。もうすぐ会える。それを考えるとひどく落ち着かない。
 ……どっちだろう。
 わたしは自覚のないまま自分の体に意識を向けていた。

 

 すでに彼とは同じ学校に通っている。妙な時間の上書き現象まで確認されている今、わたしの記憶に頼ることは危険。
 つまり、いつ彼に会うかわからない。
 わたしはしばらく部屋の中央で思索を続け、ある回答に達する。

 

 おもむろに立ち上がり、衣服を脱ぎ始める。
 リフレッシュ機能により、体表面の衛生状態は常に保たれているにも関わらず、だった。
 風呂に入るのは、情報端末の行動としてはたぶん普通ではない。
 でも今のわたしは、なぜかそうする必要があるように思える。
 これも彼女が教えた事。
 すでに敵なのかもしれない、彼女が教えてくれた事だった。

 

 ひさしぶりに入った風呂は、ここちよかった。
 湯船に肩までつかり、わたしは軽く息をつく。
 大変な1日だった、と言えるだろう。わたしにとっては。

 

 湯船のお湯を意味もなく手の平ですくいながら、とりとめもない考えに浸る。
 今はひどく彼に会いたい。そんな思いが強まる。
 朝倉涼子との事は、もはやどうにもならないのかもしれない。
 彼を助ければ、彼女に情報連結の解除を施さなければならない。
 一方で、彼女の行動を座視すれば彼の死という、機能停止は免れないだろう。
 もはや二者択一の問題にしかならないのかもしれない。

 

 ただ希望はあった。
 あの謎の時間の上書き現象。はっきりとした原因は不明のまま。
 統合思念体も調査するとは返答してきたが、すぐに特定はできないと思われる。
 これが一時的なものでないのだとしたら、未来は変えられる可能性がある。

 

 誰にも機能停止などして欲しくはない。
 しかし、わたしひとりでそれが可能なのだろうか。
 彼と彼女を秤にかける。そんな事がわたしにできるだろうか。
 もうひとつの問題。わたしの未来。
 目を閉じる。世界を壊してしまうかも知れない、自分という存在。

 

 朝倉涼子、彼、そして自分。
 破滅の時が近いのかも。それを知るのは自分だけ。
 何としても回避したい。どんな困難が待ち受けていたとしても。

 

 まだ湯船に浸かっている。
 朝倉涼子に教わったことを思い返す。わたしは風呂という存在と、その意味すら知らなかった。
 それを告げると彼女は「しっかりと教える必要がある」と言って、強制的に一緒に入浴する。
 それはかなり「恥ずかしい」事だった。身体の個体差が気になっていた頃だったからなおさら。ましてや衣服をすべて脱いだ状態で彼女の前に出るのはひどく抵抗があった。
 何か意味不明のことを言っていたように思う。よく覚えているのは、胸のこと。
 これはいろいろ言われた。
 その時のことを思い出し下を向く。彼女には敵わない。
 そして彼女はいつもの口調でこう言うのだ。
『ちゃんと肩までつかるのよ。出るのは、あと三十数えてから』

 

 ひとりで数を数えてみる。
 こうやって少しずつ、さまざまな事をひとりでできるようになった。
 わたしは彼女にいろいろなことを教わったのだ。
 その事が機能破壊工作につながるとは。今でも信じられない。でも、事実。
 彼女との五ヶ月は本当に何だったのだろう……
 いや、今はもう、いい。
 わたしは湯に頭まで浸かる。

 

 明日もまた学校。
 彼と出会うその日は、もうすぐそこまで来ていた。

 
 

―第8話 終―

 
 

 SS集/471へ続く

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:56 (2705d)