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作者 | 輪舞の人 |
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作品名 | 機械知性体たちの輪舞曲 第7話 『物語のはじまり』 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2007-01-21 (日) 14:54:48 |
キョン | 不登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
彼女が種を蒔き、彼が育み、わたしが収穫する。
でもその実はどこへ?
―ある情報端末のつぶやき―
娘たちの輪舞曲(ロンド)は続く。
あまりに滑稽。あまりに不器用。あまりに無残。
聴くに堪えぬ未熟な技量。
しかしその哀しいまでの純粋さには、耳を傾けるに足る価値がある。
―深宇宙のどこかで―
情報統合思念体が主導する、比較的規模の大きい情報制御による個体偽装の解除が開始される。
わたしたちの活動地域に限定された印象操作。生体年齢の偽装を解除している。
これまでの生活で、わたしたちの接触した人間たちはそれぞれ年齢相応の印象と記憶を植え付けられてきた。たとえば生まれたその年。周囲の人間にはわたしは十三歳の姿として見られていたということになる。中身は変らず、十六歳のままで。
あくまで生体年齢に対してだけ限定された措置だった。
三年前からわたしたちは成長はしていない。怪しむ人間は怪しむだろうが、社会に出るには人間との接触は回避するわけにもいかない。その為のもの。
その際のコミュニケートは各個体が得る経験値として認められている。
待機時間は、現地での調整が主な目的だったのだから当然とも言える。
もっともわたしにはそれこそが最大の問題であり、だからこそ彼女と……
いや、今はそれはいい。
現在まで、わたしたちの生体年齢に変更は施されていない。
今後どうなるのかは不明。個体の独自の成長が認められれば、人間のように成長はするのだろう。もしくは完全な再構成を検討しているのか。
統合思念体の思惑は、末端のわたしにはよくわからないものだった。
『現時刻をもって個体コード「S-01B」、「S-02B」の個体偽装解除実施を確認』
個体コードの「S-01B」はわたし。「S-02B」は彼女。朝倉涼子。
この通達をもって正式にわたしたちの任務は開始される。
「S-03B」、喜緑江美里は予定通りに一年先行して北高に入学している。
任務の詳細は相変わらず知らされていないが、いずれ会うこともあるだろう。
とにかくわたしの初登校。失敗は許されない。
わたしは桜の舞い散る坂を上り、校門をくぐる。
ここにわたしにとって重要な意味をもつ、全ての人々が集結する。
彼もここにいる。まだわたしを知らない彼。
そして朝倉涼子も。
「長門有希」
その後、虚偽の出身中学の名前を続けて着席する。
他の皆は唖然としてわたしを見ている。予想された事態。周囲は沈黙している。
入学式の後、各クラスに分かれて最初のホームルーム。氏名、出身中学、他データを口頭にて公示するクラスの自己紹介。自己のプロフィールを公開し、これからの学校での交友関係をスムーズに行うためのセレモニーだという。
交友関係? 社会的に認められるためにともだちは必要。
彼女は何度となくそう教えて……いや、今はそれはいい。
とにかく、今の自分に可能な限りの自己紹介を実現した。パーソナルネームの公表。虚偽の出身中学名。ほかに何が言えるのだろうか。
想像してみる。
「出身は深宇宙のどこか。いや、現在のあなたたちに言語で説明しても理解を得られるとは思えない。忘れて。学歴なし。年齢は地球人類で言えば三歳に相当。正確を期すのであれば、自分は銀河を統括する情報統合思念体に生み出された、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。以後よろしく」
……言えるはずがない。
――言ってみればいいじゃない。
論外。第一にこれは最優先機密情報であり、第二に無用の混乱をきたす恐れがあり、第三に、言ったところで信用してもらえるどころか、社会的にも奇特の目で見られ注目を浴び、周囲から孤立すると容易に推察できる。いくらわたしでもそれは理解できる。
「あー、長門よ」
意識が教壇に戻る。担当の教諭が何とも言えない表情でわたしを見ていた。やはり不満があるらしい。苦しい状況。
すでにこの事態は規定事項のはずだが、重度の高い情報として認識されていなかったようだ。破棄された形跡がある。
破棄した当時の自分に異議を申し立てたい。この状況のどこが重度が低いものだというのだろう。わたしは追い詰められる予感に軽く身震いする……身体機能が少しおかしいようだ。
……いずれにせよ、規定事項を覆すのは容易ではない。記憶があってもなくても、おそらく変化はしないだろう。自分の選択を信じることにする、しかない。
おそらく彼であれば、今のこのわたしの思考を「やけくそ」などと表現したと思う。
「他に何かないか。普段していることとか、夢とか希望とか」
他の生徒も、じっとわたしを見つめている。期待されているようだ。期待されているのであれば、可能な限り応えたい。
わたしは過去の情報を検討する。普段している事、というより、していた事。該当する行為を確認。椅子から立ち上がる。
「本を読む」
着席。静まりかえった教室は、しかし元には戻らなかった。
本格的なコミュニケーションというものがこれほど困難な道であるとはさすがに予想はできなかった。やはり地球人類をあなどることは危険だと再認識する。迂闊。
「……まぁ、とにかくだ。彼女は読書が好きなようだ。緊張もしているようだし、仲良くしてやってくれ」
担当教諭が、明らかな同様の気配を浮かべつつ周囲に勧告している。周りの生徒は目くばせをしたり、ひそひそと会話を始めたりしつつ、わたしから視線をそらさない。
……これなら、存在が未確認ではあるが、広域帯宇宙存在端末と直接決戦をした方がよほどよい。
つまり、逃げたい。
「いや、先生はおとなしい子が好きだぞ。長門も周りとよく話をして、仲良くするんだ」
教師の命令には従う事。これも彼女が教えて……いや、今はそれはいい。
とにかく最後はしっかりとした対応をして、信用を勝ち取るのだ。わたしは決意して慎重に発言を選ぶ。
そして、言った。
「わかった」
はっきりと肯定の意思を伝える。わたしにも、できた。恐れることはない。
ひとりでもできるのだ。
しかし教師の顔は完全に固定化された。
コールタールで塗りこめられたような、いや、凍りついたというべきか。
再び沈黙する教室。
わたしは自然と視線が下に向く自分を感じる。
こうして当初の目的である「目立たない文学少女」というパーソナリティ確立計画は、開始三十分も持たずにあえなく崩壊した。
なんということ。
初日は学校のシステムについてのレクチャーが続く。部活の説明には充分な注意を割く。文芸部。わたしが所属するべき場所のため。しっかりと傾聴し記憶に留める。
その後、解散。わたしに話しかけてくる生徒は皆無。すでに周囲は人間たちがグループを形成し、会話を始めていた。
わたしは帰り支度をすると人間たちの輪から抜け出し、廊下へと移動する。
背中に聞こえる笑い声に、わたしは自身の寂しさを感じる。
……寂しい?
何だろう……この感覚は。
この後どうするべきか検討する。まずはわたしの仲間との接触を図るべき。
第二学年には喜緑江美里がいる。だが、今ここにいるかは不明。
そのうちに会えるとは思うのだが。
――彼女には会わないの?
……いや。会う必要がある。朝倉涼子には。
わたしはまだ彼女の真意をしっかりと問いただしていない。
あの時に受けた衝撃はやはり大きかった。
わたしはまともな質問もすることができずに、引き下がってしまっていたのだから。
はっきりとした形で、反応消失とあの態度の理由を訊いてみたい。
もし本当に「わたしの面倒をみるのが嫌になった」というのであれば……やむを得ない。
とてもそんな理由だけだとは思えないのだが。
しかしあのタイミングで、あの言葉はあまりにも不自然。それまでの態度とかけ離れている。なぜ、もっと時間をかけて彼女と向き合おうとしなかったのだろう。
今、三年という時間を置いてから改めて考えた時、そのときの対応のミスを認めざるを得ない。
――勇気がなかったからでしょ。
……そう勇気が……? 勇気? 何?
――いくじなし。馬鹿みたい。
……これは、ノイズ。わたしの言葉ではない。違う。
――愛してる、なんて言われて、戸惑って、どぎまぎして。その意味もわからないくせに。
意識野に何者かの声が響く。誰のものだろう。喜緑江美里か。
しかしこれは思考リンクのものではない。そもそも確立を確認できていない。
承認した記録も。思考リンクにかなり近いものだったが、違う。
言葉の意味も不明。誰が、誰に対して愛しているなんて……愛?
――とても可愛い。ふてくされて、その勢いで消してしまうなんて。
――あんな大切な言葉を。
発信源の特定。どこからの発信かをつきとめる必要がある。
わたしは周囲を警戒。廊下を早歩きで移動しつつ、全警戒防御体制へシフト。
思考汚染の可能性も考えられるが、侵入経路が不明。
すでにわたしは情報統合思念体に対し、わたしの権限で可能な最優先順位で警告を発令している。
その後、各種思考リンクを完全切断。スタンドアローンモードへ。
任務の開始と共に、何らかの勢力の攻撃が開始されたのかも知れない。
いったい何が起こって……そう考えてから、気づく。
「こんなことは、規定事項には記録されていない」のだ。
同期したわたしには、七月七日までの記録はすべて把握しているはず。
優先度の低い記録は破棄していたが、このような危機として認知できる事態を破棄しているはずがない。
――びっくりしちゃったね。でもこれから……ああ、時間がきた。
……意思の疎通ができる? 無為な言葉ではない。明確な意思がある。
――今はここまで。そのうちにまた会える。
消失する。形跡は残されていない。記録にも残らない。
わたしは廊下に立ったまま、周囲の警戒を続ける。
自分のクラスからはかなり移動してしまっていたようだ。
ここはどこだろう。学校内の地図を検索。その時。
「こんにちは、長門さん」
不意に後ろから声がかかる。
「久しぶりね。道に迷った?」
その声には、今までの彼女とは明らかに違う成分が含まれていた。
三年ぶりに聞く、朝倉涼子の声。
―第7話 終―
SS集/464へ続く