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作者 | 輪舞の人 |
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作品名 | 機械知性体たちの輪舞曲 第6話 『夢幻の揺りかご』 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2007-01-21 (日) 14:32:41 |
キョン | 不登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
夢、ですか。
夢とはヒトが「魂」と呼ぶ、思念体に相当するモノが見る幻なのでしょう。
そして「魂」を持たないモノは、幻すら見ることはできない。
わたしはあなたに作られた人形。
人形に「魂」が宿るというなら、ひょっとして見ることができるかもしれません。
でもそれは我々にはあり得ないことなのでしょう?
彼女、ただひとりを除けば。
我が主よ。
―ある情報端末の考察―
時が流れる。
砂が流れるように静かに、ゆっくりと。
閉じきった部屋はとても暗くて、寒々しくて、でも今のわたしには平穏な空間。
目を閉じたまま耳を塞いで、誰とも、何も話したくなかった。
閉じこもったわたしは、うつろにたゆたう時の中で、ひざを抱えたまま眠りにつく。
やがて夏が来る。
わたしには初めてで、わたしには四度目の熱い季節。
セミの鳴き声が聞こえる。子供たちの笑い声。近くの学校の夏休み。
ある日の夕暮れ。雷と共に瞬間的な激しい雨。
雨上がりのアスファルトの匂いを思い出す。
彼の背中を見ている。
やがて秋が来る。
わたしには初めてで、わたしには四度目の寂しい季節。
風の流れる音と枯れ葉の舞う風景が好き。
空気は夏の熱を少しずつ忘れてゆく。次の季節への予感。
少しだけ、ひとりでいたくなくなる時間。誰かにそばに居て欲しい。
彼に居て欲しい。
やがて冬が来る。
わたしには二度目で、わたしには五度目の白い季節。
空は曇りがちの日が多い。太陽が顔を出す時間は短くて、夜の冷たさは少し怖い。
そのうちにとても懐かしい光景。空から舞い降りる氷の結晶に包まれるわたし。
わたしの生まれたその時の風景を、誰かに見て欲しいと思う。
彼に見て欲しい。
やがて春が来る。
わたしには二度目で、わたしには五度目の安らかな季節。
冬の名残を、大地の芽生える緑が追い払ってしまう。それはとても力強いもの。
わたしは図書館までの道を彼と歩く。彼は優しくわたしの手を包む。
暖かい気持ち。彼と共に歩く。それはとても素晴らしい瞬間。
彼といつまでもずっと一緒に居たいと願う。
彼は照れ笑いを浮かべてそっぽを向く。私はそれがとても愛おしい。
わたしはこれを繰り返す。三年の時を刻むまで。
――夢を見ている。
”睡眠”はすでにわたしの能力の一部。でも夢を見るのは初めてのこと。
夢はわたしに経験していない光景を見せてくれる。
彼女は言う。それは自分の願いや想いが映し出される鏡のようなものなのだ、と。
そう言って微笑む、いつものあの笑顔が好きだった。
だいじょうぶ、と言ってくれるあなたが好きだった。
裏切られた今でも、わたしはあなたが大好きだった。
わたしは夢の中で、自分のものではない言葉があふれていくのを感じている。
想い、願い、愛おしさ。そんなものまでわたしは感じている。
まったく脈絡のない、支離滅裂なもの。でもとてもここちのいい感覚。
これがわたしの言葉や、想いのはずがなかった。
でも、それはやはりわたしの言葉であり、想いだった。
ぼんやりとした意識の中で、それでもわたしは自分の機能の確認を行っている。
わたしの記憶領域の一部に不明確なジャンクデータの集積地点が確認できる。
それは冬眠状態になって、突然活性化を始めた、正体不明のもの。
ひとつひとつでは何の意味もないように見える、ごく微細な情報の集まり。
情報たちが触れ合い、反発し、また離れ、時には分裂していく。
彼がわたしの前でため息をつくたびに、ひとつ。
彼女がわたしの顔をみて優しく微笑むたびに、ひとつ。
やがてその情報たちは、いびつだけれど意味のありそうな形を作り出し、失敗しては壊れ、崩れては消滅し、またどこからか現れる。
彼女の暖かい手がわたしを撫でるときに、ひとつ。
彼がわたしを見つめるたびに、ひとつ。
その繰り返しをわたしは見つめ続けている。
この不思議な情報群の作る”何か”が、わたしに夢を見せてくれている。そう信じている。
これらのとてもおかしくて、とても恐ろしくて、とても奇妙で、とても暖かい、理解のできない情報群は、すべて朝倉涼子がわたしにくれたものだった。
とても嬉しい。あの人がわたしにくれた大切なものたち。
胸に抱いて眠るとき、わたしは幸せな気持ちに包まれていくのを感じる。
微笑みがこぼれる。この夢の中でだけは、彼女が教えてくれた、あの笑顔をわたしは浮かべることができるから。
彼女の困った顔、怒った顔、泣きそうな顔、照れ隠しの微笑み。
それが今のわたしにはできる。
あの大好きだった彼女のすべての表情とその意味を、今だけはわかる。
とても、嬉しい。
本当に嬉しかった。
泣きたいくらいに嬉しかった。
なぜなら。
時と共に、彼女のくれた、この大切なものが大きく育ち――
――私を壊すからだ。
――覚醒。
窓。朝日が差し込む。柔らかな光。
小鳥のさえずる声が聞こえる。
新聞配達の自転車の音。遠くに聞こえる車の動力音。
わたしはひざを抱え、座っていた姿勢からゆっくりと立ちあがる。
北高の制服はあの夏の日のままだった。
入学手続きは完了している。
今日からパーソナルネームは公けに呼称されることになるだろう。
玄関から出ようとして、わたしはひとつのことに気づいた。
眼鏡をかけていない。
三年前のあの七夕の日。二度目に訪れた彼に、眼鏡を情報操作により、再修正プログラムを投射する短針銃として変成し、手渡していたのだ。
彼女が買ってくれたあの眼鏡は、すでにこの時空平面には存在しない。
もう二度と戻ってくることはない。そう思う。
わたしは手近なコップを手に取ると、それを新しい眼鏡に変え、何事もなかったかのように玄関のドアを開けた。
彼女の決めた事を、なぜ忠実に今でも守ろうとしているのかはわからない。
エレベータで下に降りながらぼんやりとそんな事を考えてみる。
大した理由は思いつかない。ただ習慣になってしまっただけなのだと納得してみる。
マンションのオートロックドアを開け、外へ。
風が心地いい。三年ぶりの外界だった。
これからが本番。本当の世界がわたしを待ち受けている。
甘やかされた、あの優しい環境はもう戻ってはこない。
「むくちきゃらで、いこう」
突然、イントネーションもなくひとりでそっとつぶやいてみる。
別に何の変化も起こらなかった。
どうせもうこの声は彼女に届かないのだろうから。
ふと顔をあげ、マンションの5階に視線を移す。
何も、なかった。
わたしはマンションを出て、まぶしい朝の光の中を学校へと向かって出発する。
彼が、待っていてくれと私に願った、あの文芸部の部室に行くために。
戦いはもう、始まっている。
―第6話 終―
SS集/463へ続く