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| 作者 | 輪舞の人 |
|---|---|
| 作品名 | 機械知性体たちの輪舞曲 第5話 『すべてを失う日』 |
| カテゴリー | 長門SS(一般) |
| 保管日 | 2007-01-21 (日) 14:22:31 |
| キョン | 登場 |
| キョンの妹 | 不登場 |
| ハルヒ | 不登場 |
| みくる | 登場 |
| 古泉一樹 | 不登場 |
| 鶴屋さん | 不登場 |
| 朝倉涼子 | 登場 |
| 喜緑江美里 | 不登場 |
| 周防九曜 | 不登場 |
| 思念体 | 不登場 |
| 天蓋領域 | 不登場 |
| 阪中 | 不登場 |
| 谷口 | 不登場 |
| ミヨキチ | 不登場 |
| 佐々木 | 不登場 |
| 橘京子 | 不登場 |
「もう、あきらめた方がよろしいのでは。すでに手遅れかと」
「彼女と約束したの。だから、それ、無理」
「何度やっても同じことだと思うのですが……お付き合いはしますけど」
―ある情報制御空間における、情報端末たちの会話―
誕生して五ヶ月後。七月七日。想定しない事象が発生する。
朝倉涼子は完全にその存在を消失していた。これまでにそんなことはあり得なかったのに。
何度走査しても反応が検知できない。
可能性としては現空間に彼女の存在そのものが消滅しているということ。まさか。
わたしはやむなく第三の端末である、喜緑江美里にコンタクトを取る。
結果、こちらも反応消失。
……どういうこと。
支援を受けられる望みはなさそう。わたしは単独での哨戒任務に移行。
意識を時空間シフトしてきた二体……いや、さらに一体のシフトを確認。女性。
先にシフトしてきた女性の異時間同位体。状況はさらに混乱の様相を呈している。
わたしは意識を三体の有機生命体に集中させる。反応は三体のうち一体が男性、二体は女性(同個体)。
いずれも生体年齢は若い。そのうちに女性一体の意識が消失。
その後、男性が意識を消失している女性と共に移動を開始。
その方向は――。
涼宮ハルヒの通う、東中。
わたしは自分のミスを自覚する。涼宮ハルヒの動向を完全に見失っていた。迂闊だった。涼宮ハルヒの反応を再度走査。
その結果は驚くべきもの。
まさか、東中に涼宮ハルヒがいるとは。
さらなる観測で、異時間よりの来訪者たちは涼宮ハルヒと接触を果たしている。その時の精神状態に観測開始後、初めて見られる波形も検出された。
いったいどういった目的で、彼らは涼宮ハルヒとの接触を図ったのか。
今の状況からでは推測しかできない。未来からの来訪者の目的も、その意図も、何もかもが不明。データがあまりにも少ない。
判明しているのは、まったくの未知の因子が突然紛れ込んできたという事実だけ。
こんな時に、朝倉涼子も喜緑江美里にも、誰とも連絡が取れない。わたしは最終手段として統合思念体への直接支援要求を開始。コンタクトを試みる。
しかし、その返答はただ一言だけ。
『独自の判断により行動せよ』
それだけだった。
気がつくと、わたしは完全に孤立無援の状態に置かれていた。
インターホンの音が室内に響き渡る。
わたしは結局、何ら有効な手段を講じることができないまま、彼らがここに来るのを許してしまっていた。独自判断による行動などこれまで一度もしてきていない。
すべて朝倉涼子の支援があったらこそ、ここまで人間のように偽装して生活できていたに過ぎない。あまりにも不完全な存在だったのに。
なぜ今になってこの困難な状況にひとりで対処することになったのか。わたしは混乱していた。
最大の混乱の要因は、彼ら異邦者が明らかにここを目的地として、まったくためらうことなく移動してきたという事実。彼らはわたしという存在を知っている。
そして涼宮ハルヒのことも。
わたしが派遣された際に受け取ったデータにある「地球人の能力者の機関」がそれに該当するかもしれないが、その裏づけをとることもできない。
事態は切迫していた。
「長門有希さんのお宅でしょうか」
インターホンから知らない男の声。まったく初めて聞く声だった。わたしは返答のしようがない。
なぜこの男は、わたしのパーソナルネームを呼ぶのだろう。
「…………」
「あー。なんと言っていいものか俺にもわからんのだが……」
「…………」
「涼宮ハルヒの知り合いの者だ――って言ったらわかるか?」
わたしはその言葉に、全身の身体機能が停止したような感覚に陥る。
この男は、完全に涼宮ハルヒとわたしたちとの関係を知っている。
なぜ。
返答に窮する。この事態をわたしはひとりで解決しなければならない。
依然として朝倉涼子との接触は絶たれたままだった。
決断する。
直接接触を、図る。情報制御空間の構築も視野に入れて。
「入って」
わたしは玄関の鍵を開ける。
ドアが開くと、その向こうには見たこともない男と女がひとりずつ立っていた。
わたしと同じ北高の制服を着た、男女。
その後、彼らの説明を聞く。
涼宮ハルヒのこと。彼のこと。隣に座る朝比奈みくるのこと。能力者である古泉一樹のこと。閉鎖空間。神人。
そして、わたしのこと。
ふたりは、自分たちが三年後の時間平面からやって来たと主張している。
黙って彼らの話を聞いている。話自体には、真偽はともかく矛盾になるような事項は含まれていない。しかしそれを立証する証拠、裏付けるための情報が完全に不足していた。
彼らの口頭での主張しかない。完全に信用はできなかった。
「……で、だ。三年後のお前はこんなものを俺にくれたんだ」
それは一枚の紙片にしか見えない。普通であれば。
しかし、そこには圧縮された情報が書き込まれている。わたしはごくかすかな逡巡のあと、指をその上に滑らせ、スキャニングを開始する。情報の読み込みはスムーズに行われた。
そこには「三公転周期後、現在の時間平面に存在する我と同期せよ」という、"わたし"からの指示が書き込まれてあった。
未来の"わたし"からの指示。虚偽情報ではない。他の何者か、一番恐れられるのは広域宇宙存在のトラップデータというものがあるが、それではなさそう。
同期。異時間同位体との情報平均化とでもいうべきもの。実行すればその時間に存在する自分がそのまま自分に上書きされるというイメージ。
人間には観測ができないであろうごくわずかな時間で、わたしは"わたし"からの同期指示を検討する。
どうする。しかしこれが実行されれば彼らの主張は立証できるのだろう。
今、この局面を打開するのはそれしか方法はないと思われた。
異時間同位体への当該メモリへアクセス許可申請。許可が下りる。
ただちに時間連結平面帯の可逆性越境情報のダウンロードを開始。
現時刻から三年後の七月七日。彼らがやって来たという時間平面から"わたし"をわたしへと同化。
『ダウンロード、開始』
瞬間的に次々と時間が流れていくようなイメージ。めまぐるしく状況が過ぎ去っていく。
――この後の朝倉涼子との会話。
――その直後から始まる、孤独な待機時間。
――北高への入学。
――文芸部の部室。
――彼との再会と、涼宮ハルヒとの出会い。
――古泉一樹。
――栞のメッセージ。
――彼の訪問。
――探索ツアー。
――くじびき。
――図書館。
――貸し出しカード……。
そして。
――手に握るナイフ。
これは。
――わたしの手から滴り落ちる血液。
なに。
――わたしの胸から伸びる、体液にまみれた槍。
やめて。
――わたしが知るあの声が死を告げる。
違う。これはあの人の声ではない。違う。
――光るあの人の腕。貫かれる、自分の体。
違う。違う。違う。
――光輝く情報の粒子が、舞う。
――……じゃあね。
――…………。
――………………。
『ダウンロード終了。個体識別コードS-01Aは、以後S-01Bへとコード変更される』
"わたし"からわたしへ。すべてが書き換えられる。
そして、わたしはここへ「戻ってきていた」。
三年前に。
ただちにエマージェンシーモードに移行。彼と朝比奈みくるを、本来の時間に帰還させるべく時間凍結作業を行う。
そしてこの後にもう一度来訪者が来ることは、今のわたしにはわかっていた。
三年と五ヶ月後、十二月十八日に起こる未来を告げるために。
来訪者がすべて立ち去る。
隣の部屋には、彼と朝比奈みくるが三年後の覚醒の時まで時間凍結されている。
今のわたしはこれまでのわたしではなくなっていた。全てを知った後、ゆっくりと立ち上がると、今夜、最後に会話を交わすべき相手の元へと向かった。
すでに反応を取り戻した彼女のいる五〇五号室。
そこまでの足取りは重いものだった。
「長門さんね」
朝倉涼子の声。
知っている。あなたは五〇五号室のドアの向こう側で、そうつぶやく。
「入れて欲しい」
あなたに要請するが、それは無意味な発言。
なぜならそれは、拒否されることがわかっているから。
「だめ」
「なぜ」
「今後、あなたとの接触は最低限度に抑えられる」
そう。だがあなたはその理由を教えてくれない。
「急進派の方針が変更されたのか」
「そうじゃない」
そして、聞きたくないあなたの言葉。
「あなたと、会いたくない」
「理解できない。あなたのバックアップは必要とされる。今後も」
生まれて初めて沸く疑念。
突然の事態にあなたも喜緑江美里も反応を消失していた。
派閥間の対立が突発的に発生したために起こった、計画の方針変更ではないのか。
「違う」
「理由が明確ではない」
「もう疲れちゃったの。あなたの面倒をみるのが」
あの時の公園の、あなたの言葉を思い出す。そう。この時に思い出す。
虚偽、嘘だったのか。わたしを混乱させるためだけの。
あの言葉のために、わたしは適正な判断をくだせないまま、緊急事態の対応にも遅れた。
何より肝心なときにあなたはわたしの側にいてくれなかった。
機能の混乱。判断能力の低下。なぜこの時に。
これまでのあなたのしてくれたことをすべて振り返ってみる。
情操を与えるつもりのあなたの支援行動。
本来、我々端末群に無意味なはずの食事、睡眠、入浴。「人間らしい生活」。
そのおかげでわたしは戸惑い、自身の機能に対する信頼を失い続けてきた。
これは急進派の仕組んだサボタージュなのではないか。
「これは計画されたことではないのか」
「違う」
「もう一度訊く。これは計画されたことではないのか」
「……違う」
二度訊き、二度否定される。これも規定事項。何も変らない。
そしてわたしはこれ以上の言葉を交わすことなく彼女の部屋を後にした。
たぶん、もう行くことはないのだろう、と考えながら。
部屋に戻るとわたしは隣の寝室に目を向ける。
そこで眠っている。三年の時を経るまで。
その彼が機能停止する。わたしが制止行動を取らなければ。確実に。
欺瞞だったのか。すべて、混乱に陥れるためだけの。
主流派と急進派。ふたつの派閥がひとつの任務に対してそれぞれの端末を送り込む。
想定されていたのかもしれない。その思惑にわたしは踊らされていたのだろうか。
データの個別削除を実行する。すべての記憶を保持したままではわたしの機能低下は免れないから。
ただ重度の高い情報のみを個別選択し、メモリに残す。
消失する涼宮ハルヒと、彼。わたしが送るメッセージ……七月七日までの記憶。
その中で、彼女が振るうナイフの鈍い光がの印象がわたしの中で強く残る。
なぜ。
あなたはなぜ、彼を。
――涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こす。
――またとない機会だわ。
それが、あなたたち急進派の最大の目的だったのか。
わたしたち主流派の意向を無視し、五ヶ月もの時間をかけて、わたしの機能低下をしかけてまで。信じられない。
今のわたしには十二月十八日に至る、その過程までわかる。
朝倉涼子との生活でも感じられた困惑。つまり処理しきれない解析できない情報群。
蓄積され続けるエラーデータ。
これがわたしを狂わせていくことになる。
すべて、最初から、そのつもりだったのか。
照明を消した暗闇の中、床に座り込むと膝を抱く。
そして静かに目を閉じ、本来あるべきである姿の待機モード。冬眠状態への移行を開始した。
涼宮ハルヒのデータを拾い続けながら眠りにつく。あと二年と六ヶ月。
……すべてが一瞬にして失われてしまった。そんな感覚だけがあった。
完全にシステムを切り替える前に、ひとつだけ実行することが残っていた。
それを実行したら――眠りにつこう。
データを検索する。
その言葉。
最後にもう一度だけ、再生してみる。
――わたしは、長門有希を愛する。
『当該音声情報を消去』
『確認』
『終了』
―第5話 終―
SS集/462へ続く