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作者 | 輪舞の人 |
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作品名 | 機械知性体たちの輪舞曲 第4話 『あなたと過ごした日々』 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2007-01-21 (日) 13:54:48 |
キョン | 不登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
彼女が何をしたかったのかは、結局、彼女自身にしかわからないことなのでしょう。
わたしですか?
その意味を知ったとして、わたしに何ができるというのです。
操り人形は、主のたぐる糸のままに動くべきと考えます。
もしその操り糸を、自ら断ち切ろうとする人形があるとしたら、それはもはや人形ではないのです。
ではそれが何なのか、というと……それはわたしには理解しかねます。
今となっては。
我が主よ。
―ある情報端末の意見―
思考リンクの確立を要請。確立許可を確認。
(朝倉涼子へ。五〇五号室へ入室する許可を。現在、入り口前にて待機中)
(鍵なら開いてるわ。どうぞ)
(了解)
入室すると、居間のカーペットの上でうつ伏せの姿勢で寝そべったまま本を読んでいる彼女がいる。
白いシャツとジーンズという格好。視線は本に向けたまま。
彼女が読んでいるのは、わたしが読み終わったあと、自分も読んでみたいと言って持ち帰った四冊の絵本のうちの一冊だった。
「もうそんな時間?」
「規定時刻。食料品の購入と、雑貨の補充。本の買出し」
午前十一時。朝倉涼子は寝た姿勢のまま、本のそばにあるマグカップから何かを口にふくむ。
おそらくは彼女の嗜好するコーヒーと呼ばれる覚醒飲料。黒く苦い液体はもう冷えきってしまっている。視線は変らず本に向かっていた。
「わかったわ。今から支度する」
そう言って本を閉じる。
「今日はなににしようか。お昼と晩御飯」
そう言われても料理の種類はあまりにも膨大。地域、国籍、地球中のメニューが検索できたとしても、全てを把握するのは困難なこと。
当然のように、生まれて一ヶ月にしかならないわたしには難しい話。アーカイブからの検索情報と、熱と質量を持つ実際とは、違うのだから。
「以前、あなたの作成したおでん、というものはおいしかった。ああいうものを、また食べてみたい」
「ありがとう」
そう言って立ち上がった彼女の浮かべた笑顔は、なぜか精彩をかいたもののように、わたしには見えた。
彼女が閉じた絵本の表紙には日本の伝承に伝わるという、赤と青の伝説的なヒューマノイド・クリーチャーの絵。
わたしにはまだ内容がよく分からない本だった。
誕生から一ヶ月が経過。二月二十八日。
わたしと朝倉涼子との待機時間は何事もなく平穏のまま過ぎていく。
彼女の支援もあり、わたしの待機任務には大きな支障もないままただ過ぎ去る日々。
でも、それはとてもここちのよい時間。
朝倉涼子はわたしの行動に対して全面的に支援を行い、最大の障害となっているコミュニケート能力の不足を補ってくれていた。
しかし感情表現にはたいして進展は見られていないのは、とても残念なことだった。
本来不必要なはずの栄養補給活動については、そのほとんどが朝倉涼子の作成したものを摂取することで済ませている。
規定時刻になると彼女が五階からわたしの部屋へ食事を運んでくる。時には五〇五号室にも行くことがあったが、基本的には、わたしはなにも手伝うことなく、ただ黙って彼女の用意した食事を摂取している。
その際には、必ず評価を聞かれる。
「おいしい?」と。
おいしい、という評価基準はまだわかっていなかったが、何度も繰り返すうちに人間の味覚についてある程度のパターンを認識することに成功しつつあった。
やがて評価のパターンは拡大し、ひとつの"おいしい"から、意味合いの異なる、歯ごたえ、舌触り、喉越し、冷熱辛甘のバランスなど、といった複合的な情報も重要であることを発見する。
一日に三回、累計にして約八十回の、そのような彼女の支援により、今ではわたしという個体にも、食事に対して嗜好する傾向があることが判明していた。
「はい。今日は「三角食べ」を学習したいと思います」
その日の夕食時。エプロン姿の朝倉涼子は、わたしの部屋の机の上に配膳を済ませると、おもむろにそう宣言した。
そういえば三日目に「ハシの持ち方講座」というのを催した際にも同様の宣言があったと思い返す。彼女の言葉は続く。
「人間の、というかこの日本という国での食文化。食事摂取の形式のひとつです。とても重要なので、ぜひクリアしてください」
「質問がある」
「はい、長門さん」
ふたりしかいないのに、朝倉涼子は机の向かいのわたしにわざわざ指をさす。わたしは以前には感じなかったことを聞いてみる。
「その口調に、どういった意味が」
「いい質問です。前回は突っ込みがなかったので、先生、大変寂しい思いをしました。いいですか。教える人、教師、先生と呼ばれる人たちというのは、常にこういった口調で話すからです。三年後、学校に所属する予定なのですから、今のうちに覚えておいてください」
「わかった」
彼女が言うからにはそうなのだろう。どうやって調べたのかはわからないが。
わたしは頷いて同意の意を……まだ、できない。
「説明の続きを」
今回の夕食は、ご飯。味噌汁、肉じゃが、かじきまぐろの生姜焼き。全て朝倉涼子によるものだった。
「これらの品物を一口ずつ、順番に、ゆっくり、時間をかけて、まんべんなく食べてください。これを「三角食べ」と呼びます」
「質問がある」
「はい、長門さん」
「食事の品目は、確認できるだけで四品存在する。その呼び方は適正とは思えない」
朝倉涼子の動きが、少し、止まった。
笑顔のまま、眉だけがひくりと動く。だが、すぐにいつもの笑顔に回復。朝倉涼子のダメージコントロールの機能はすばらしい。
……どういったものにダメージを受けたのかは、不明。
「はい、いい質問です。ですが先生にもその理由は説明できません。保留情報としておいてください。その意味を調べる宿題とします」
「………」
「た べ て」
いつにない朝倉涼子の笑顔。また新パターン。笑顔なのだが特徴のある眉だけが角度を変える。
わたしは急いで視線を食卓に戻す。
「三角食べによる、食事の摂取を開始する」
これまでのわたしは一品目の品物を集中して効率良く摂取する。一合という単位のご飯であれば、おそらく七〜八秒ほどで摂取を完了していた。他の品物も似たようなもの。
一度の食事では、全量を摂取するのに平均して一分はかからない。
だが今回は違う。まったく新しい方法による、食事の摂取。緊張する。
開始。
ご飯を口に運び、口腔内の歯によって咀嚼、高速に分解、嚥下。
かじきまぐろ、同じく。
味噌汁、同じく。
肉じゃが、同じく。
その繰り返し。
朝倉涼子はただ黙って、じっとわたしの動作を見つめている。
それに気づいたわたしは、意図せず食事摂取を中止し、顔を上げる。
「なに」
「……ううん。なんでもない」
「評価であれば受け入れ、善処する。指摘があれば言ってほしい」
「そうね……以前よりはずっといいわ。もう少し、ゆっくり食べる事ができれば言うことないんだけど」
わたしが生まれたその翌日の買出しの際、一度だけ外食を共にしている。その時の周囲の人間の表情と朝倉涼子の態度を思い出す。
人間たちから見れば異常ととられるわたしの摂取行動。それを更正させるのが今回の目的だったようだ。
あの日以来、外食を避けていた理由が今、わかった。
「……あなたが想定するように、うまく実行できていなかったようだ」
「だいじょうぶ」
朝倉涼子はとても柔らかな声で、そう言った。
「あなたのそれが個性、と言えるものだし。以前のような「機械が燃料を補給する」ような状態よりはずっといい。あなたが思うより良くなっているんだから。だいじょうぶよ」
「……すまない」
「いいんだってば。わたしの方こそごめんなさい……少し、焦っていたのかもね」
わたしは軽く首を傾げる真似をしてみる。まだ、うまくできないが。
朝倉涼子はその後、終始無言だった。
翌三月一日。午前六時。周辺空間に圧縮率の高い高密度情報の割り込みと、それに伴う時空振動を検知。時を同じくして振動の発生源に識別ビーコンの発信を確認。我々と同種の情報端末の存在。
統合思念体により実体が現空間に構成、現出された証。予告通り増援が到着したようだ。
時空振動の消滅が確認されノイズが消失した後、一ヶ月前の通達の際には不明だった所属派閥とパーソナルネームが公開される。
わたしは統合思念体にデータリンクを確立。ダウンロード。
□パーソナルネーム:「喜緑江美里(S-03A-1003)」
※指定座標現出後、〇五秒経過時に改定。「(S-03B-1003)」へ個体識別コードを変更。
□所属派閥:「穏健派」
□生体年齢:「十七公転周期」
□性別:「女性格」
□主任務:
「最重要観測対象「涼宮ハルヒ」への直接観測計画に投入」
□配置状況:
「S-03A-1003/(改定後S-03B-1003)は、先行配備されている「朝倉涼子(S-02B-1002)」「長門有希(S-01A-1001)」の二体の端末とは別に独自の行動を取る。なお通称「北高」には、観測対象に一公転周期先行し所属する予定」
□端末個体性能緒元:「非公開」
□他情報:「非公開」
こうして涼宮ハルヒに対する特殊な観測任務に投入された情報端末は、今日配備された「喜緑江美里」を加えて計三体となった。
この新しい端末は、我々ふたりには直接関係することなく独自の動きを取るようだ。
その後の増援の通達は今のところない。おそらくこの三体で観測対象に接することになるのだろう。他の派閥から派遣される端末の存在もあるのかもしれないが、それはわたしたちに公開されることはなかった。
その後、わたしは朝倉涼子と人間と同様の生活を続けてゆく。第三の端末である喜緑江美里との接触はまったくなく、ふたりだけの生活には何の変化もなかった。
三月に入ると、わたしの読む本は絵本から児童文学書に変更される。中旬以降は少しずつ対象年齢が引き上げられ、四月に入る頃には普通書籍に移行するようになっていた。
嗜好は少しずつ変わり、やがてサイエンス・フィクションというジャンルにわたしは集中し始めることになる。
時期を同じくして涼宮ハルヒが東中へ入学。観測が形式的にではあるが開始される。精神状態を示す数値は、ギザギサの波線のようなイメージ。まだ見たこともないこの個体に対して想像を膨らませるようなデータをひたすら収集するだけ。労力はさほどに変らなかった。
五月になると食事にはひとりで作るようになる。もっとも朝倉涼子のような調理はできないままだったので、主に近くの店舗で出来合いの惣菜を購入したり、レトルトの品物を購入するなりで対応することになった。
六月以降では、降雨量の増大による居室への浸水や、慣れない公共浴場での入浴に関する騒動、下着泥棒と呼ばれる犯罪者たちとの戦闘、付近の子供との奇妙な交流など、小さな事件が続くが、平穏な状況はそのままだった。
もっとも大きな出来事といえば、七月六日の事。太陽フレアの記録的な爆発が観測された。一時的に紫外線放射、電磁波が増大した影響で、まったく対抗措置を施さなかったわたしの機能の一部が混乱し、外出後、帰宅が不可能になってしまう。
こんなあまりに初歩的なミスをこの頃のわたしは犯してしまう。自分の機能に対して完全に信頼を無くした、そんな時期だった。
そしてその時、わたしと朝倉涼子との交わした会話が、何の疑いを抱く事もなく親密にできた最後のものだった。
夕暮れ時。となりの駅の前にある、小さな公園のベンチに座っていたわたしを迎えに来た朝倉涼子は、顔を見るなり「だいじょうぶよ」と言った。
「だいじょうぶ。あなたのミスはそれほど大きいものじゃないんだから」
わたしは夕暮れのベンチに座ったまま、ずっと疑問に感じていることを朝倉涼子に伝えた。
「なぜそこまでしてわたしに配慮するのか、わからない」
「なにか、疑問があるの? わたしは当然の仕事をしているだけ。あなたのバックアップだもの」
「……そう。あなたはわたしのパックアップ。とはいえ所属する派閥は違う。これまでの行動や発言でも、明らかに任務とは関係性の薄い事をあなたはわたしに対して行ってきた」
朝倉涼子は微笑んだまま、ただわたしの言葉を黙って聞いている。
「……わたしも、わたしなりに地球の文化というものを学習しつつある。あなたの行動にも、意味があるのが理解できるようになっている。つまり……」
ここで言葉につまる。彼女は続きを促した。
「話してみて。あなたの言葉で」
「……つまりあなたは、わたしに対して人間の持つ精神性、情操というものを獲得させるように行動しているように推察される」
わたしはふと視線をそらす。
「なぜ」
「そうね……なぜかしら」
朝倉涼子はわたしの言葉をまったく否定せず、ゆっくりと隣に腰掛ける。
「……わたしはそのように、生み出されたから。それではだめ?」
「それでは、わたしにはわからない」
「あなたはとても特殊な存在」
彼女は少しだけ、低い声で言った。
「個体コードの順では、あなたの方が先に設計が開始されている。わたしはその次。にも関わらず、わたしがあなたに先行して一月に配備された理由。わかる?」
「わからない」
「わたしは、あなたというシステムのために設計され、生成された……あなただけのために生まれてきたの。それがわたしという存在」
朝倉涼子はまるで誇るかのようにそれを語った。
「そしてあなたの行動に支障が出るのは、統合思念体は最初から想定していた。だからこそ、その露払いとしてわたしが先遣した。あなたを守るため」
「わたしが、そこまでされるような存在とは思えない」
自分のこれまでの行動を思い返す。
「むしろ欠陥品に近い。そう感じることがある」
「それは欠陥じゃない」
朝倉良子の声は、静かだった。
「そのように造られた。その必要があったから。あなたは統合思念体の全ての派閥の期待を受けて造られた、特殊な目的の為の端末といえる」
「……わたしの任務は涼宮ハルヒの観測」
「それもある。でもそれだけじゃない。だからだいじょうぶ。今言えるのはここまで」
朝倉涼子は立ちあがって、手をさし伸ばした。
「帰りましょう。わたしたちの家へ」
わたしはゆっくりと彼女の手を握り返す。とても柔らかな、暖かい感触。
「だいじょうぶ。それになにがあっても、いつでも、わたしがそばにいるわ。必ず」
彼女のしていたはずの微笑みは、夕暮れの明かりの中でよく見えなかった。
そして最後に、彼女の唇は唐突に信じられない言葉をつむいだ。
「わたしは長門有希を愛する」
翌七月七日。
わたしは居室内での待機中のいつもの服、北高の制服を着て本を読みふけっていた。今日に限って朝倉涼子の姿は見えない。
もっとも、あれからあまり接触ができていない。
いや、わたしの方からしていないのかも知れない。意識せずに。
あの言葉の意味は、今のわたしにはわからない。感情の意味も理解できないはずの端末の彼女。
自分もそうだが、しかし、だからこそあのような言葉を自発的に行う意味を見出せない。
――わたしは長門有希を愛する。
どんな顔でそれを言ったのだろう。よく見えなかった。
微笑みだったような気がするが、そうでないような感じも、する。
唇の形は微笑み。ではあの目は……?
見たことがない。
思考が乱れる。
わたしたちは人間ではないのに。愛? それは何?
わからない。わたしでは、わかってあげられない。
本の内容がまったく解析できないまま、すでに時刻は九時になろうとしていた。
その時。軽い時空振動を検知。
わたしはふと顔を上げる。この時空に少なくとも二体の有機生命体が時空間シフト。タッチダウン。
まさか。
わたしは急いで思考リンクを朝倉涼子に対して試みる。異常事態。まったく想定していない待機モード中に。
しかし。
――朝倉涼子からの反応は、帰ってはこなかった。
―第4話 終―
SS集/461へ続く