作品

概要

作者輪舞の人
作品名機械知性体たちの輪舞曲 第3話        『100万回のいのち』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2007-01-21 (日) 13:26:34

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 
 

 百万回生きたねこ?
 それはあなた? それとも彼女?

 

 ―ある情報端末の疑問―

 
 

 地球に生み出されたその翌日、二月二日。
 わたしは朝倉涼子と共に活動を開始する。
 最初の目標は昨晩の最大の議題であった、わたしの居宅で使用する家具の購入。本来の任務、涼宮ハルヒの観測とデータ収集は少なくとも彼女が東中へ入学してから、ということのよう。
 時間はまだ、ある。 
 なお三月一日に、わたしたちの増援として新たな情報端末の派遣が決定したとのこと。パーソナルネームは知らされていない。その派閥も不明。睡眠中に得た統合思念体からの通達だった。

 

 翌朝、彼女の部屋で目覚める。布団の隣には熟睡する朝倉涼子の寝顔があった。
 ……情報端末がここまで人間のように睡眠をとる必要があるのか、不明。
 かなりユニークな個体なのだろうと改めて評価。
「……おはよう、長門さん」
 いつの間に目覚めたのだろう。至近距離。わずか十cmほどの距離の先からの、発音のはっきりしない声。半開きのまぶた。あまりに人間らしい。
 たった一ヶ月でここまで人間らしくなれるのか、どうも釈然としない。
「……よく眠れた?」
「リフレッシュ機能に問題はない。活動はすぐに再開できる」
「よかった。無理やり泊めたかいがある」
 にっこりと微笑み布団から起き上がる。さらに大きなあくびまで。そしてまだ寝た状態のままのわたしの手を取って言った。
「さ、起きて朝ごはんにしましょう。何がいい?」

 

 自分が最初に来ていた制服のポケットから出てきた一枚のプラスチック製のカードを朝倉涼子に見せる。この国で使用できる金融機関のカードということらしいのだが。
「ああ、それそれ。それさえあれば後はどうとでもなるわ」
 視線をカードに一瞬だけ走らせた彼女は、わたしに着用させる為の衣類をドレッサーという収納庫から選び出す仕事に戻る。
 情報操作で作り出せばいいのに。だが彼女はそれも許さない。理由は不明。
 食事という、本来端末には不要なはずのエネルギー摂取作業後のことだった。最初はせっかく生成されたこの北高の制服で良いと提案したのだが、それは昨日の話の通りの道理で、あえなく却下されていた。
 やむを得ない。これは自室で待機時に着用する事と決定する。
 こうして簡単な朝の栄養補給と着替えを済ませたわたしたちは、ふたりそろって玄関から出て、人間たちの社会活動の基盤となるシステム「街」への移動を開始する。 
「うん。そのコート……えーと、よく似合うわ」
 五〇五号室の玄関のドアの前で、しかし朝倉涼子の声には言葉の内容にそぐわない、かすかな動揺の気配が漂う。
「……そう」
 わたしは視線を下に向ける。
「はは……」
 自身の動揺を補強するような、彼女の微笑が視界の端に映る。なぜ視線をそらすのか。
「…………」
 到底しっくりくる、とは言いがたい。
 何しろ朝倉涼子と自分とでは、体格からしてすでに違う。コートはだぶつき、わたしの両手はわずかに指先を覗かせるのみ。ハーフコートと呼ばれる分類の衣類のはずだが、明らかにあるべき位置に裾がない。長すぎる。
 ……十六周期の生体年齢。
 同じ生体年齢のはずだが、なぜこうも差異が認められるのか。
 その理由は相変わらず不明のままだった。
 朝倉涼子は「ほ、ほら、今日は長門さんの服も買いにいけるんだし」と言うと、わたしの「わずかに裾から出ている指先」をその細い手で保持し、歩き出した。
 わたしは黙って従う。

 

 ふたりで並んで出ようとすると、マンションのオートロック・ドアの直前で声がかけられた。
「お出かけかね、朝倉さん」
 人間の男性の声は初めて聞く。予想よりずいぶんと高い声だった。
「あ、おはようございます、管理人さん」
 朝倉涼子の手馴れた対応。何度見てもこの動作と言葉使いの巧みさは感心するに値する。
「おや、この子は……」
 管理人と呼ばれた男性がわたしをじっと見る。
 この至近距離で人間と対峙し、コミュニケーションを図るのはこれが初めてのこと。
 緊張が走る。もしもわたしの対応のミスによって正体が露見してしまったら、と考える。
 言葉、仕草、どれをとっても、今の自分には朝倉涼子のそれを上回ることを期待できない。
 慎重に対応を……。
「ふむ? あー、確か……」
「あ……」
 完全に対応が遅れる。システムに異常があるわけではない。シミュレートももちろん行っている。だが、わたしには致命的なハンディが存在した。
 感情を偽装することが、できない。朝倉涼子のような、笑顔。それができない。
 どうする。
 その時、横からすっと影が入り込む。
「はい。そうなんですよ」
 朝倉涼子だ。視線誘導。わたしの前に出る。ごくわずかな、そうと意識していなければわからないほどのスムーズな動作。最小限の動きで管理人の注意を自分へと引き付け、わたしの対応のミスをかばってくれていた。
「今度こちらの七〇八号室に引っ越してきた長門さんです。わたしの友達でこれから一緒に買い物に行くところなんです」
 ……ともだち。朝倉涼子はわたしをそう紹介した。
 友達。その概念の正確な部分は不明。外見を記憶している対象? 社会的に関係性の高い人物? よく理解できない関係性。 
 わたしは守られると同時に、完全に会話の輪に入る機会を逸した。朝倉涼子はちらりとわたしに視線を向け、軽く片目をつむる。
 これはサイン。直後、思考リンクの確立要請を受信。承認。
(ここはわたしに任せて)
 言われるままに視線を落として返答の代わりとする。ここは彼女に全てを委任するべきと判断。
 朝倉涼子のそつのない話術に、管理人は顔をほころばせ「そうかいそうかい。じゃあこれから楽しくなるねぇ」などとうなずいている。
 完全に対応手順を停止していた(他に何もできなかった)わたしはただ会話の端々で軽く同意の動作を実施。
 対人コミュニケートの実地研修練習を受けているような、そんな妙な時間。
 長引きそうな挨拶を折りを見て切り上げ「礼を失しないように」わたしたちは早々にその場を離れた。

 
 

 外はまだ昨夜の雪が降り積もったままだった。晴れてはいたが、気温はあまり上がっていない。
 すでに踏みしめられた雪の歩道の上にふたりで並び、街へと向かった。
「少し緊張した? ヒトと接触してみて」
 朝倉涼子がわたしと肩を並べて雪道を歩きつつ、話しかけてくる。
「……緊張というわけではない」
 その時、今の出来事に対する自己の評価に、少し肩を落としていたのかもしれない。この感覚は……落胆、というべきものだったろうか。
 実際、何が起こったのか正確に判断のしようがなかった。
 わたしは得られた回答を発言するため、顔を上げた。
「だがやはり、この個体に搭載されたシステムは改善の余地があると考える。このままではこの先のコミュニケートに不安が残る。自分自身、このままでは情報収集に専念できるか、わからない」
 まさか毎回毎回、情報操作によって記憶の改変を行うわけにもいかないだろう。情報統合思念体のエリア規模の支援があるとしても、人の多く集まる学校なる施設へと潜入するのだ。個別に対応を繰り返し続けては、とても持たない。
 周囲への影響が多すぎるし、きっと混乱を招く要因となるだろう。これは無視できない懸案事項だと言える。シリアスな問題。
「うーんとね」
 わたしの意見に対してなにかを検索しているのか、朝倉涼子は目だけを上に向けている。
 ほんの数秒。結論に達したようでまたあの笑顔。
「そうだ、長門さん。無口キャラで行きましょう。それがいい」
「……むくちきゃら……? で、いこう……?」
 またわたしの語彙にない単語だ。だいたい"こすぷれ"という単語の疑問も解決していない。
 おそらく先行配備されている期間中に、独自に現地のスラングを収集していたのだろう。もともと対人コミュニケートに特化している個体というのだから、それは充分可能だと思われる。
 しかし補足説明は欲しい。要求する。
「それは、なに」
「要するに、あなたの人格傾向の設定。対外的にそういうものなのだ、とアピールすることで効果を持つ。非常に効率のいい偽装だわ。つまり長門さんはそのままでいい、ということよ」
「……そう」
 ほんとうだろうか。素直に同意しかねる自分がいる。
「じゃあ、やっぱり外見から行かないとね」
「外見? 服飾であれば、これから販売店舗での購入を……」
「うふふふ……」
 口を手で覆い隠し、くぐもった声での初めて見るタイプの笑み。これまでのものと雰囲気が違う。いったい笑顔だけで何種類のパターンを保有しているのだろう。
 しかしそれはそれとして声色にも、脅威……とまではいかないが、なにかを感じる。
 いったいこれは……。
「あなたは、なにを……」
「うん。だいじょうぶ、だいじょうぶ。わたしに任せて。じゃあ、こっちね」
 問答無用で再びわたしの手を握ると、楽しさという感情表現を体全体で表すように、朝倉涼子は歩く速度を上げた。

 
 

「こっちの方がいいんじゃない」
 候補のフレームはすでに六種類。また新たに七つ目のフレームモデルを持ってくる。
 朝倉涼子はこの店舗に入って以来、目を輝かせ、わたしにつきっきりで助言を提供している。
 眼鏡という視力補正器具の販売店という説明だった。
 しかしいくら個体の能力に不満を表明しているとはいえ、わたしの光学センサ能力には何の不具合も発生していない。
 そのことを告げると、彼女は偽装のためにこれは絶対に欠かせない装備である、と偽装計画立案者としての立場と共に、強く主張した。
 わたしは真剣に朝倉涼子の声に耳を傾け、そのプランの詳細を黙って聞く。緊張を感じる。
 彼女がわたしに施すという、偽装のプランによれば……。

 

 他人の注意を惹くような派手な外見を避け、
 自分からは必要以上の意見表明を行わず、

 

 眼鏡という視力補正器具を装着し、
 ひとり図書室の窓辺で、

 

 本という紙で構成される情報媒体を読みふける、
 対人関係の構築が不得意で、
 
 とても寡黙な、純文学をこよなく愛好する、
 けっしてため息をかかさない、

 

 儚げなで可憐な、
 つかみどころのない美少女

 

 ……という、あまりにもすさまじく限定化されたパーソナリティを確立することにあるという。
「これだけの完璧な計画が、その思惑どおりに完全に実施されれば、今後あなたは人目をはばかる事なく安心して活動ができるっていう……まぁ、そういう感じかな」 
 説明しながら朝倉涼子は後ろに立ち、わたしの頭を抱えるような姿勢でゆっくりと手を伸ばす。彼女の手がわたしにかけた七つ目のフレームは、鏡の向こうにある、ただでさえ表現能力のない顔から表情を完全にくなくしてしまっていた。
 銀縁のアルミフレーム。しかしそれを装着した途端、朝倉涼子は感嘆の声をあげた。
「これ、雰囲気出てるわね。これにしようか。もちろんダミーレンズだから、視力には何の影響もないわ。安心して」
「……わたしには判断できない。計画立案者であるあなたに全てを任せる」
 朝倉涼子の満足そうな笑みを見つめつつ、わたしは思った。
 ……本当にこれでよいのだろうか。
 根拠は不明だが、何かが違うような気がする……。
 これで、いいの?

 
 

 その後、日常の雑貨、家具の買出しと配送の手続き、服飾の購入。そして昼食などのスケジュールをこなし、あっという間に日没時刻へ。
 とにかく朝倉涼子の言う「人間らしい生活とその居住空間」への第一歩は無事に終了したということになる。
 どうしてそこまでこだわるのか、よくわからないのだが。
 帰宅途中、わたしたちは駅前の大型書店の前を通りかかった、その時だった。
「あ、そうか……ここで……」
「?」
 朝倉涼子は両手にいっぱいの雑貨の詰まった紙袋を持ったまま、その書店の内部に視線を移す。
 わたしはわたしで両手で大きな茶色い紙袋を抱えていて、あまり前方の視界がひらけていなかったため、彼女の背中に衝突しそうになる。
「なに」
「うん。ちょっとね。そうか……」
 ひとりでなにごとかを確認している様子。妙な反応。
「計画の為のアイテムがまだ不足してたっていうこと、かな。純文学を愛する少女には、本は必須アイテムよね。うっかりしてたわ」
 彼女は、顔を少しだけ振り向かせて「寄っていくよ?」と小さく尋ねてきた。
「異存はない」
 とにかく右も左もわからないのだ。
「あなたが行くというなら、同行する」 

 
 

 夕方の時刻という事もあり、駅前の書店の中はそこそこに盛況だった。わたしと朝倉涼子は多くの書籍が並ぶコーナーへ移動し、なにかを探すわけでもなく、本をめくったり眺めたりをしていた。
 しばらくして色彩の鮮やかな本の並ぶコーナーへと辿り着く。
「きれいな絵ね……あ、これは見たことがあるな」
 いくつかの本の中から、彼女は一冊の絵本を手に取る。
「……百万回生きたねこ?」
 わたしはそのタイトルに注意を惹かれた。朝倉涼子はそんなわたしを見て微笑むと、内容の説明をしてくれる。

 

 本当に簡単に言えば、ある猫が百万回の人生(?)を生き、そのたびに機能停止と再構成(これは正確な表現ではなかった)を繰り返す。
 しかし、愛する(愛とは?)猫が死んだ時、百万回泣いたら二度と再構成しなかった。そういう話だという。 

 

「人間たちの機能停止の概念の捉え方。面白いと思わない? とてもユニーク。どう?」
 彼女の物語の説明を自分なりに解析してみる。しかし完全には理解できない。
 とはいうものの、どう評価を下すのか、彼女なりの試験なのかもしれない。
 ほかの派閥の端末に、無能と評価されるのは避けたい。そんなことを考え、自分なりの解答を言葉にしてみる。
「……この地球での有機生命体の機能停止という概念は、形式的には理解している。一度機能停止すれば、ただちに肉体は腐敗の過程へと移行し、バクテリアによって分解され、土壌に還元される。そのような状態からの肉体の復元は我々のような情報操作能力によって、再構成が施されなければ不可能。しかし現在の地球の科学技術力ではそういった再構成は実現できない。つまりこの本の内容は現実的にあり得ない。この情報を解析する者を混乱させる、虚偽の情報物……」
 朝倉涼子はそれを黙って聞いていた。
 困惑の表情……ではなかった。似ているような印象だが、違う。
 また初めて見る、顔。
 目の周囲は「困惑」のようでいて、口のあたりには「微笑」。その時のわたしは、パーツごとの組み合わせでこれほど多様な表現ができるという事実に、ただ感心しているだけ。
 しかし。いったいなんだろう。
 わたしの意見は、そんなにも不適正なものだったのか。
「……違うようだ」
 確認のための小さな声。
 それに対して彼女は軽く息をついて、ふっと笑う。
「……んー。寓話っていうか、そういうのわかる……はずないよね。まだ」
「理解できない」
 心なしか声に力が入らない。ただでさえ発声もうまくできていないから、本当にボソボソとした声にしかならない。
 視線が自然と下を向く。彼女のあの表情を見るのに、なぜかためらいを感じてしまう。
「でも、理解できるように、努力したい」
「気落ちしないの。有機生命体の死の概念なんて、ほんとうはわたしだって理解できてないんだから」
 彼女はくすりと笑う。
 そうだろうか。これまでの会話で生命や感情などを、彼女はかなり正確に把握しているような印象を受けるのだが。
「今日は手始めにこのあたりから買いそろえましょう。まずは簡単なところから。基本は大切。じきに、もっといろんな種類の、たくさんの本をあなたは読むことになるんだしね」
 わたしは軽く頷き……実際は、まだできないのだが、したつもり。
 同時にその言葉に不自然なものをごくわずかに感じる。違和感。だが、すぐに本を選ぶ作業に終われ、メモリの中の検討すべき情報の優先順位を下げてしまっていた。
 そして慣れない環境への対応に追われるうちに、この朝倉涼子の言葉はとうとう検討されることなく、記憶領域の奥底へと沈んでいってしまう。
 ともあれ、こうしてわたしの文学少女として読むべき最初の本が決定する。それは彼女の「基本は大事」という主張に基づく強い勧めもあって、いずれも絵本ということになった。
 今回選ばれたのは「百万回生きたねこ」「ごんぎつね」「泣いた赤鬼」「だいじょうぶ、だいじょうぶ」という、四冊の絵本。
 朝倉涼子がカウンターで会計を済ませたあと、来た時と同じようにふたりで肩を並べ、マンションへと歩いて帰る。
 すでに周囲の雪は解け始め、空は暗くなりつつあった。

 この時から五ヶ月後。七月七日のことになるが、書店の中でとうとう理解できなかった朝倉涼子の表情の意味を、わたしは知る。

 

 それは「哀れみ」と呼ばれるものだった。

 
 

 ―第3話 終―

 
 

 SS集/460へ続く

 
 
 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:55 (2732d)