作品

概要

作者江戸小僧
作品名『憂鬱奇譚 霊山に潜む幻を追え』 のオマケ
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-12-26 (火) 23:27:06

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 俺は、そっと長門の両腕に自分の手を置く。そう、この柔らかい生まれたての子猫のような体を壊さないように、力を入れず、赤ん坊の頃の妹に触れるように、そっと、だ。
「長門」
「…はい」
 うう、なんて良い返事だ。今、背中に電気が走ったぞ。これは癖になりそうだ。
 いや、いかん、いかん。事態の収拾が先だ。
「あの茸、一体どんな成分が入ってたんだ」
「え…成分?」
 長門は小さな両手を胸の前で握り合わせた。
「お前ならあの茸の成分がわかるだろう。お前達の性格が変わった原因は、あの茸のどこにあるんだ」
「そんな……あの、ごめんなさい。私には何も」
 目の前の少女は白い顔を震わせながら下向けた。薄い色の髪が揺れる。
「あ、ごめん。お前を責めてるんじゃない。な」
 少女はそっと顔を上げると、再び微かな、しかし誰の心をも暖めるような笑顔を俺に向けれくれた。
 くそっ。これじゃ俺が苛めてるみたいじゃないか。
 考えたくもないが、どうやら今頼りにできるのは怪しげな無料スマイルを振りまくエスパー高校生だけらしい。
「長門」
「はい」
 くそっ、我慢だぞ、俺。
「なあ、聞いてくれ」
「……」
「俺は今は行かなくてはならん。だが、必ず帰ってくる。それまで、ここで待っててくれないか」
「え…そんな……」
 長門の瞳が揺れた。いや、その。頼む、そんな風に濡れた瞳で上目遣いにならないでくれ。俺の理性はさっきから風前の灯なんだ。
「私、ずっと……ずっと、待ってるから」
 すまん、長門! 絶対に戻ってくるからな。
 部屋を出る前に振り返ると、こっちをじっと見つめる長門とまだ鍋に箸を突っ込む朝比奈さんが見えた。あのお方の場合は、普段どういう性格だったんだろう。考えるとすごく怖くなってくるんだが。
 ええい、すぐに片付けて戻ってきてやる! 俺はマンションを出ると、ニヤケ野郎の携帯番号を呼び出した。
「今、いつもの喫茶店です。丁度良かった、こちらはもう大丈夫です」
 おいおい、いきなり大丈夫ってなんだよ。俺のこの熱い想いをどうして、いや、一体どうなってるんだ。
 とにかく俺はいつもの喫茶店に向かった。
「ちょっと、どこ行ってたのよ、アホキョン! 団長の許可なくどっかほっつき歩いてるなんて、あんた罰金だからね」
 なるほど、確かにいつもの通りに戻ってる。俺は恥ずかしいほど姦しい奴に顔を向けながら目で古泉に問いただした。
「どうやら時限性のものだったようです。とにかく、急に直りました」
 小声で言うこいつの声音に、珍しく感情が篭っている。こいつでも不安に駆られてたのか。
 結局、ハルヒはあの一時が記憶にあるのかないのか、散々俺達相手に騒いだ挙句に「お腹空いたから解散」と勝手に宣言して帰ってしまった。
「では、僕もこれで」
「っておい、いいのかよ」
 古泉はいつもの怪しげな微笑みに腹立たしい程の含みを持たせた顔を向けやがった。
「察するに、あそこにはあなた1人で戻った方がいいんじゃないですか。万が一、まだ覚めてなかった時のために」
 てめえ、何を知ってやがる。どこで見てやがった?
「何も。僕の観察対象は涼宮さんですから」
 こいつの笑顔はプライスレスはプライスレスでもそこらに放り出したい類だ。タダより高いものはないって言葉はきっとあいつのためにあるんだろう。
 俺は胸の鼓動を抑えながら急ぎ足でマンションへと戻った。
 そっと、部屋番号を押す。
「俺だ」
 扉が開くのももどかしく、エレベーターへと向かう。
 今日ほどエレベーターが遅いと思ったこともない。
 廊下を走って708号室へと向かう。
「長門!」
 しかし、扉を開けたそこにいたのは、いつもの読書好き宇宙人だった。
「入って」
「あ、ああ」
 コタツの上は、すっかり片付いていた。
「ええと。朝比奈さんはどうした?」
「帰った」
 そうか。ってことは、見た目はともかく、あの方も元に戻ったのか。
「なあ、長門」
「なに?」
「あの茸、何だったんだ?」
 ショートカットの少女は極く僅か、顔を傾けた。髪が揺れる。
「人間の理解する概念では十分な説明は難しい。しかし」
 長門は俺に無表情に戻った黒い瞳を向けた。
「原因は涼宮ハルヒ」
 そうか。正直言って、今回だけは貴重な体験をさせて貰ったぜ。
「そう?」
 そうさ。お前は覚えていないかも知れないが、あの時のお前は反則的なまでに、えーと、なんだ。と、とにかく貴重な体験だったんだぞ。
 長門は立ち上がりながら言った。
「食事?」
 そういえば、俺、朝飯以降何も食ってないんだ。改めて言われてみると腹が減ってるなんてもんじゃないな。そうだ、そこらに食いに行くか? 今日はまだ少しだけ財布に余裕があるぜ。普段から世話になってるお前になら喜んで奢るぞ。
「用意はできてる」
 そう言って、あいつはキッチンへと入っていった。ん、この匂いはカレーか?
「そう」
 この香り、前とは何か違うような。ひょっとして、自分で作ったのか?
「そう」
 気のせいかも知れないが、今度の返事は嬉しそうに聞こえた。
 長門はすぐに山盛りのご飯とそれに見合う量のルーがかかった皿を持ってきた。
「ゆっくり食べて」
 いや、この匂いはがっつきたくなるぜ。今ぱっかりは長門流の盛り方に文句はない。
「そう」
 ああ、いただくぜ! ん、この香り。何か工夫してありそうだな。
「いつもは手に入らないものが入ってる」
 ああ、この柔らかいものか? これは何だ、長門。マッシュルームに似てる・け・ど。
「幻の食材」
 って、おい待て。
 思わず腰を浮かそうとした俺は眩暈を感じて座り込んでしまった。
「大丈夫。すぐに良くなる」
 おい、ちょっと待て! お前…
 なあ、今日はとっても…いや、いつにも増して今日はかわいいぞ。
「そう」
 いつの間にか、目の前に黒い瞳があった。大抵の奴には冷たく見えるかも知れないが、こうやって間近で見ると、温かい静かな輝きが良くわかる。
 薄い色の髪が頬をくすぐる。この良い匂いは髪の匂いか?
「大丈夫。私はここにいる」
 ああ。俺は……
 なんだ。うるさいな、携帯の奴。俺は携帯の電源をオフにした。何かおっかないものを連想させる名前が表示されてたような気もするが、もう俺には何も怖いものなんてないんだ。そうだよな……
「そう」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:50 (2713d)