作品

概要

作者江戸小僧
作品名憂鬱奇譚 霊山に潜む幻を追え
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-12-24 (日) 15:43:10

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 俺はいつものように寝不足の体を引き摺って、蜃気楼のように一向に近づかない北高に、黙々と登っていった。
 暖冬と言われていたが、結構寒い。ついつい背中が曲がってしまう。
「鍋の季節よね!」
 ああ、寒いよな全く。
「ちょっと! アホキョン、わかってんの?」
 眠いんだ。頼む、起こすならファーストクラス担当のフライトアテンダントみたいに頼む。
「あなたは眠い?」
うおっ!
 視界一杯に長門の顔が現れ、思わず顔を引くとバランスを崩して危うくパイプ椅子から転げそうになった。頼むよ、長門。気配なしに目の前ゼロ距離は止めてくれ。俺の心臓がアイドリング中の単気筒エンジンのようになってるぞ。
「どれ?」
 だからそうやって胸に手を置くのは…いてっ!
「このアホ、スケベ、エロキョン! 有希に何させてるのよ!」
 いてーな、この野郎。ようやく目の覚めた俺はあたりを見回した。
 不動明王像みたいに目を剥いている北高一有名なな一年生、顔を真っ赤にしてオロオロするマイスィートエンジェル、今日も笑顔が嘘っぽい超能力少年、星見の井戸みたいに漆黒な中に光が輝く瞳を俺に向ける読書好き宇宙人。
 あれ? いつの間に団活始まったんだ?
「どうかされたんですか?」
 あ? こら、顔が近いぞ。いや、大した事じゃない。
「ちょっと! ハッキリ言いなさいよ。何があったの、朝からずっと変じゃない」
 今度は襟を掴まれた。おい、く、苦しい! 首を絞めるな。
 ようやく息がつけるようになった俺は、しようがなく口を開いた。そうでないと、目の前で一子相伝の拳の使い手みたいに闘気を紅く染めたハルヒに経絡秘孔を1グロスほど突かれてしまいそうだったからだ。
「本当に大した事じゃない。昔のゲームがたまたま手に入って、ここんとこ、ちょっと熱中してるだけだ」
 我らが団長は俺を突き放すと腕を組んだ。
「あーっ、嘆かわしい! あたしのSOS団に、ゲームのせいで寝不足になる奴がいるなんて! だから、今こそ鍋が必要なのよ」
 おいおい、さすがに古泉でさえお追従の言葉を失ってるぞ。
「しょーもないことばっかり言ってないで、たまには有希を見習って文字だけの本も読みなさい」
 大きなお世話だ。お前は知らんだろうが、これでも時々長門に勧められて本なら読んでるさ。ま、週末の団活で長門とペアになった時だけだけどな。
「何ブツブツ言ってんのよ。とにかく、聞きなさい。前にあたし達が探索をした山があるでしょ。やっぱりあそこは只の山じゃなかったのよ。どう? あたしを褒めていいのよ?」
 あたし達が探索した山じゃなく、俺と古泉が穴掘りした山だけどな。誰か、こいつの謀略をわかるように説明してくれ。
「涼宮さん、ひょっとしてそれが鍋と関係あるのですか?」
「さっすが副団長。その通りよ、あの山には何と、究極の食材が眠ってんの」
 そこ、笑っていいぞ。
 団長様の言う事をどうにか普通の日本語に直すと、こうだ。
 古い文献には不思議に繋がる何かがあるに違いないと踏んだハルヒはこの地の郷土資料を集め、その中でもなるべく古そうで誰も目を通しそうにないようなものを読み漁っていた。そして、内蔵された不思議レーダー(まさか、その黄色いリボンのことじゃあるまいな)に導かれるようにして、幻の食材の存在に行き当たった、というのだ。
「で、その食材とやらは、そもそもこの寒い季節に取れるのか?」
「この季節じゃなきゃ駄目なのよ! だから、幻なんだわ。普通、こんな時期に茸があるなんて思わないものね」
 キノコ?
「そ、聞いて驚きなさい。究極の茸よ」
「はぁ〜 すごいですねぇ」
「そうでしょ、そうでしょ! みくるちゃんはわかってるわね」
 ハルヒはそう言って机の上に立ち上がった。
「じゃ、土曜日は各自スコップ持って集合よ。鶴屋さんには許可貰ってあるから。それと有希、鍋パーティー会場、あんたのトコでいいわよね」
 一晩明けて土曜日。俺は今日も寝不足だった。いや、クリアはしたんだ。したんだが、クリア後のおまけが面白くて、つい、な。
「遅い! 罰金よ、アホキョン」
 はいはい。もう好きにしてくれ。
「何よ、その態度! しかもあんた、勝手に先週からノートPC持って帰ってるでしょ。全く、そんな暇あったら少しはウェブサイトをなんとかしなさいよ!」
 ハルヒがスコップと朝比奈さんの腕を振り回して先頭をきって歩き始めると、ニヤケ野郎が寄ってきた。
「お願いしますよ。あなたがゲームに熱中しすぎて無関心な態度をとるせいで、また機嫌が悪くなってきてます。このままでは遠からず閉鎖空間が発生します」
 俺にだってたまには休暇をくれ。何たって無償奉仕なんだぞ。
「それでは、僕が腕によりをかけてあなたに褒章を…」
 前言撤回。お前のご褒美なんてない方がマシだ。朝比奈さんや長門が何かしれくれるんなら、それが水道水だろうとロシア語の長編小説だろうと喜んで受け取るがな。
 とにかく俺達はいつものように無意味な会話を時折交わしながら、えっちらおっちら鶴屋家の山へと登っていった。
 幸いにも天気は良く、まだ葉のない木々の下、つつましい陽の光がハルヒに腕を引かれる朝比奈さんの髪を明るい銅色に輝かせる。長門も俺の隣を歩きながら、いつもより目を輝かせているように見える。宇宙人もハイキングは好きなようだ。
「さあ、競争よ! 茸が取れなかった奴は幻の味もお預けだから」
 ハルヒは例によって楊枝を右手にして天にかざした。お前、そんなものまで持ってきてたのか。
 先ずは朝比奈さんが目を瞑って一本。印無しか。次はニヤケ超能力者。くそっ、こいつも印無し。次は長門か。
「……」
 印有り、か。えーとだな、長門。そんなにじっと見つめても楊枝は曲がったりしないと思うぞ。
「次はあなた」
 長門に背中を押されるように俺はハルヒの右手から楊枝を抜いた。
「印有り?!」
 あのー、なんでそんな目で俺を睨むんでしょうか、ハルヒさん。親の敵に顔が似てますか?
「ちょっと、わかってる? デートじゃないんだからね!」
 ……こんな季節に山にスコップ持って登るのをデートとは思わんだろうよ、普通。
 ハルヒは地響きが聞こえそうな歩き方で朝比奈さんと古泉を引き連れて上へと登っていった。あんな歩き方をしたら啓蟄前なのに蛙やら虫やらを起こしちまうんじゃないか。
 ま、しょうがない。俺も長門と一緒に一応木の根元とかを見て回る。
「あれ」
「ん?」
 長門が白い指を伸ばした先には、僅かに地面から顔を出す土筆があった。
「土筆か。もう春もすぐだな」
「あなたは春が好き?」
 俺はちょっと考えてみた。
「春は一年の節目にもなるし勿論好きだが、実は、冬も嫌いじゃないぞ。寒いからつい文句を言っちまうが、冬は気が引き締まるんだ」
「そう」
 長門はいつも通りだったが、微かな風に揺れる髪の向こうに見えるその横顔は俺の目にはどことなく嬉しそうに映った。
 こいつも随分表情豊かになった。勿論、俺以外は殆ど気が付かないだろうが、今日もいろんな表情を見せてくれている。この読書型宇宙人に、本とコンピュータ以外の趣味を見つけてやれる日も案外近いのかも知れない。
「このエロキョン!」
 ! ハルヒ、いきなり驚かすな。さっき二手に分かれたばっかなのに、何しに来やがった。
「何言ってんのよ、キョンのくせに。あんたずっと有希の事やらしい目で見てたでしょ。さ、何を企んでたの、おとなしくゲロしなさい!」
 お前、どこの横暴警官だ。実は眉毛太いんじゃないのか。
「うるさい! 罰として肉はあんたの財布で買いなさいよ!」
 買い物なんてまだ早いだろ、茸探しを始めたばかり…あれ?
「あの〜、キョン君」
「太陽の位置を見てください。もう昼近くです」
「全く。どうせやらしい妄想に耽ってたんでしょ。さ、有希、こんな危険人物と一緒にしたあたしが悪かったわ。行きましょ」
 ハルヒは長門の腕を取って歩こうとしたが、長門は動かなかった。
「いい」
「ち、ちょっと、有希。自分を大切にしなきゃダメよ。あ、わかった!」
 うぐ! おい、完全にお前の腕が俺の首に…く、苦し…
「さ、こいつはあたしが抑えてるから大丈夫。どんなネタで脅されてるの?」
「脅されてなど…」
 長門! 頼む、今は何も言わないでくれ! 俺の呼吸のために。
 無言の訴えが通じたのか、長門は口を閉じた。相変わらず俺にしかわからない程度に思い切り不機嫌そうではあるが。
 俺は不本意ながら古泉と並んで山を降りた。
「で、見つかったのか?」
「ええ。涼宮さんだけが茸を見つけました」
「まさか、作り出したのか?」
「それはわかりません。しかし、見た目には普通の茸でした」
 街に戻り、俺達は再びハルヒの右手に握られた楊枝を見つめていた。
「キョンがいる方が買出しに行くこと。さあ! 今度はあんたが先ず引きなさい」
 はいはい。お、今度は印無しか。
「さ、有希。印無しを避けなさい。危険だから」
 何とでも言え。で、組合せが決まった。
 俺を睨んだって知らねえぜ。ハルヒ、お前の言う通りの順番で引いたんだ。
 長門から鍵を借りてマンションに向かうハルヒと朝比奈さんを見送り、俺は長門と古泉と共にスーパーに向かった。このメンバーなら今後の対策の打合せができるな。
「で、毒茸じゃないのは確かか?」
 古泉は珍しそうに肉のパックを手に取りながらいつものニヤケ顔を見せた。
「僕の知る毒茸ではありませんでした。しかし、勿論こんな時期に見つかる食用の茸を僕は知りません」
「長門」
「……」
「マンションに戻ったら、毒があるかどうか調べてくれないか。せめて、致死性の毒があるかどうかはわからないとシャレにならん。マズいようなら教えてくれ」
 長門は黙って頷いた。なんか、山から下りてから口数が減ったような気がするんだが。やっぱり腹が減ってるせいか?
 俺達は肉と野菜に加えていろいろ買いこみ、マンションへと向かった。そういや、スーパーだとキノコもひっくるめて季節に関係なく大体のものはあるんだよな。
 マンションの708号室ではハルヒが大口を開けて仁王立ちしていた。
「さ、ついに幻の味を食べつくすわよ!」
 ハルヒは鍋を火にかけた瞬間から食べたそうにしているが、さすがに煮えるまで我慢する必要は感じているようだ。
 ハルヒと長門が息を詰めるようにじっと見つめる中、ようやく土鍋から湯気が立つようになった。
「さ、みくるちゃん。勝者の権利よ。たっぷり食べなさい」
 ハルヒは体で俺を鍋から遠ざけながら宣言する。
「い、いいんですか〜 皆さんで一緒に食べた方が…」
「いいのよ。役に立たないキョンの事なんて気にしなくて」
「で、でも、私も見てただけだし…」
「いいから! 早く食べてみなさい」
 俺はハルヒのその声音に覚えがあった。とっても嫌な思い出と共に。
「おい、ハルヒ。その茸、なんて名前なんだ」
 振り返ったハルヒは、太陽のような笑顔というよりも、むしろ正体がバレた悪魔のように口の端を上げて見せた。
「聞いて驚きなさい。なんと、その名もセイカクハンテンダケよ!」
 世界が静止した。
 というのは嘘ピョンだが、俺の背筋は凍りついた。今朝まで熱中していたゲームが現実とオーバーラップする。まさか、こいつもあのゲームを知ってるのか?
「朝比奈さん、ちょっと待った!」
「へ? な、何でしゅか」
 遅かったか。しっかり飲み込んじまってる。
「どういうことでしょう」
 俺は小声でニヤケ野郎に説明した。
「なるほど。成人向けゲームのネタと同じ、と。しかし、涼宮さんは古文書で発見したと自信を持っていましたが」
 こら、成人向けゲームとか言うな。ん? 待てよ。まさか。
 俺は朝比奈さんをじっと観察するハルヒに目を移した。
「おい、ハルヒ」
「何よ、さっきからうるさいわね」
「幻の茸だがな。それが載ってた古文書って、どこで見つけたんだ」
「何よ、そんなこと? 鶴屋家にあったに決まってるでしょ、鶴屋家の山の事が書いてあったんだから」
 ありうる。鶴屋さんの家系なら、ただ一回きりの冗談のために古文書っぽいものを作る位、十分ありうる。
「どう、みくるちゃん。おいしい?」
「はい。とっても美味しいですぅ」
 ハルヒは朝比奈さんの普段と同じ様子に明らかにガッカリしたような顔をした。やっぱり、その本に書いてあったのはあれだったのか? ということは、あの茸はハルヒが作り出しちまった、性格が反転しちまうトンデモ茸じゃない。本当にあの山には早春にとれる茸があったんだ。
「あーあ、あたしも食べよ。ほら、もう皆もいいから食べなさい」
 俺は念のために長門を見てみた。特に反応がないということは、恐らく毒茸ではないのだろう。
「本当、これ美味しいわね! もっと沢山取ってくれば良かったわ」
 そう言ってハルヒが……急に赤くなった。
「あ…え、えと。一緒に食べない?」
 な、なんだ? おいハルヒ、熱でもあるのか?
 俺が額に手を乗せようとすると、
「え? う、うそ。そんな、あたし、あの、ご、ごめんなさい。さ、さよなら!」
 なんだ、何があったんだ? ハルヒは急に立ち上がると、ゼウスに誘惑されるレダみたいに顔を真っ赤にしたまま駆けるようにして外へと出て行ってしまった。
「おい、ハルヒ!」
「待ってください」
 何がどうなってるんだ、古泉。あいつ、放っといて大丈夫なのか? 酒に酔ったみたいにおかしかったぞ。
 古泉はいつものように人差し指を立てて口上を始めた。
「彼女の身辺には機関の者がついていますから心配ありません。それに彼女は今とても恥ずかしがっていて、あなたが後を追うと却って混乱しかねません」
 なんでそんな事になるんだ。
「それは……やはり、茸が効いたとしか。性格が反転したとは言えませんが、普段とは全く変わっているのは確かです」
「思いっきり反転してたぞ」
「いいえ、もし完全に反転していたらあなたにハッキリと…いや、それよりも…」
 俺と古泉の目が、今もコタツで鍋をつつく朝比奈さんに注がれた。
「あ、あの〜 私が何かしたんでしょうか」
「……」
 これは俺と古泉だ。
「そ、そんなに見つめられると恥ずかしいですぅ」
「これは。まさか」
「残念ながら、他の可能性は大変薄いでしょう。僕が昔朝比奈みくるについて言った事を覚え」
「うるさい、黙れ」
「皆さん、食べないんですかぁ、とっても美味しいですよ」
「そう」
 っておい! 長門、それは食べたら駄目だ!
 おい古泉、何で携帯なんか眺めてるんだ。この状況を一緒に何とかしろ。
「申し訳ありません。思ったより涼宮さんの精神は不安定になったようです。僕は行かなければなりません。ここの事はお任せします」
 そう言うと、古泉はニヤケ顔を作るのを忘れちまったような固い表情で出て行った。
「おいおい、どうすんだよ」
 戸惑う俺の腕に、羽毛のようにやんわりとした力が加わった。
「ん?」
 そこにあったのは、とても小さくて、透き通るように白い手だった。
「また…会えた」
 長門は、ゆっくりと下向けていた顔を向けた。微かだが、春の日差しのように柔らかい笑顔を添えて。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:50 (2730d)