作品

概要

作者109
作品名ミヨキチが長門とキョンの娘だったら…?
カテゴリーその他
保管日2006-12-23 (土) 01:29:10

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

『もしもしぃ…あっミヨちゃん!?………にゃははっ!いいよぉ〜ちょっと待ってねぇ』
 おば様の明るい声に続いて、ゆったりとした保留音が受話器から鳴り響いた。
 あっ、おば様っていっても、この時間平面上では私と同い年なんだけど。
『もしもし』
 機械的なメロディが途切れ、少し怪訝そうな声が返ってくる。
「あの…わたしです、吉村美代子です。こんにちは」
 心の準備はしておいたのに、ひと息継いだらまた心臓がバクバクしてきた。
「いま大丈夫ですか?お忙しくないですか?」
『あー……』
 返ってきたのは困ったような呟き。
 …やだ、おば様ってば、なにも言ってくれなかったのかしら?
『ああ、キミか。うん、全然忙しくない。めっちゃヒマ』
「よかった」
 憶えてくれてたみたい。もし『誰?』なんて言われてたら、泣いちゃうとこだった。
「明日か明後日、暇ですか?一日付き合って欲しいんです」
『俺が?キミと?』
 怪訝そうな声にズキリと胸が痛む。そう思うのも無理ないけど…でも…。
「お願いです、四月に入ったら駄目なんです。出来れば…いえ、二人きりがいいんです」
 断る口実を思いつく暇をあたえないよう、一気にたたみ掛けた。
 少しずるいけど、だってこれは、わたしにとって重要なイベントだから。
『いいさ。明日でいいかな?』
「はい、ありがとうございます」
 小躍りしたくなるのを必死に抑えながら、電話と一緒に何度もお辞儀をする。
『かまわん、どうせヒマだ』
 愛想の無いぶっきらぼうな返事。こんな言い方のときは照れ隠しだってこと知っている。
 クスリと声に出さないで笑った。お父さん――中学生のときから全然変わってないんだ。
『じゃ、そろそろ俺、風呂だから』
「あ、はい。明日、よろしくお願いします」
 プツリと通話が切れてもしばらく受話器を握り締めたまま、明日を心待ちにしてた。

****

 翌日の朝、待ち合わせの駅に約束の一時間前に着いた。指定の場所でお父さんを待った。
 冬休み中だからか、辺りには平日と思えないほど人が多い。カップルも沢山居る。
 自分のファッションを改めて見返す。手持ちの服の中から、なるべく大人びた服装を
選んだつもりだった。お気に入りのミッフィーのポシェットは子供っぽいから今日は諦め
て、白い無地のものを肩にかけている。大丈夫、これなら小学生に見えない。
 そんなことを考えてると、こちらへ近付いてくる人影が目に映った。
「おはようございます」
「やあ」
 軽く手を挙げたお父さんは何度会っても、やっぱり若い。
 この時間平面上では、わたしより5つしか年上でないから当然だけど。間違っても親子
には見えないはず。同級生くらいでつり合うかな?
 わたしが希望した映画館へ向かう。
 電車の中では、腕を組みたくなる気持ちを我慢しながら並んで座った。
 駅を降りて劇場が近付くにつれ、少し緊張してきた。今日最初の関門。
「学生二枚」
 お父さんはさり気なく切符を差し出した。窓口のおばさんはちらりとわたしを見たけど、
何も云われずに済んだ。薄暗い劇場に入れてやっと、ふぅと息を吐いた。
 この映画はR-12指定なので、本当ならわたしは観れない。これが今日、お父さんに来て
もらった理由のひとつだった。
 映画が始まった。内容は血のりでべとべとしそうなスプラッタホラーで、正直わたしは
こういうのが嫌いだった。出来れば目を閉じていたいけど、この映画を選んだのもわたし
だからガマンしなきゃ。両手を握り締め、じっとスクリーンに見入る。
 ところどころ顔を背けてながらも、ほぼ全編視る事が出来た。それでも一度だけ本当に
嫌なシーンがあって、
「やっ!いやぁっ!」
 思わず叫びながらお父さんにしがみついた。ひとりでなんて、絶対観れない。
 お父さんがいてくれて良かった。

****

「ずいぶん熱心に観てたじゃないか」
 映画が終わったあとお父さんに言われたので、好きな俳優がいたからとごまかした。
「お昼ごはん、一緒にいいですか?行きたいお店が近くにあるんです」
 食事に誘うと快く承諾してくれた。あんな映画を観た後で断られたらどうしようと
思ってたから、ほっとした。
 予定の時間に喫茶店に到着。お父さん、店の前で入り辛そうにしてたけど、わたし
の視線に気付いてドアを押した。
 店に入って席まで案内してくれたウェイトレスさんがメニューを持ってきて、ニコ
リとわたしに微笑みかけてきた。
「ちょっと外しますから、先に選んでて下さい」
 そうお父さんに云い残し、わたしは化粧室へ入った。鏡の前でポシェットから新品の
DVDを取り出す。映画のあらすじを思い浮かべながら、DVDのデータ面へ手をかざす。
記憶にある映画の内容をほぼ忠実に書き込んだ。
 化粧室のドアが、コンコンッと二度、三回ノックされた。
「どうぞ」
 と返事すると、入ってきたのはさっき席へ案内してくれたウェイトレスさんだった。
「御苦労さまです」
 その表情から笑顔は消え、事務的に挨拶した。
 実はこの人、わたしと同じ『機関』に所属している。ただし、彼女はあくまで現在の
時間平面上で生活する人間なので、その点、わたしと異なる。
「これが例の映画です。日時を申し上げますので、その時間帯だけハルヒさんのテレビ
に映像を流して下さい」
 わたしは焼いたばかりのDVDを差し出し、将来起こりうる事象、つまり未来の規定事項
となる予定を告げた。そう遠くない未来、ハルヒさんは偶然この映画を観たことが引き金
となり、お父さんやお母さん達と映画を撮影する。
 この事実が変わってしまうと、わたし達の未来まで大きな影響を及ぼす恐れがある。
わたしの知りうる未来の記録では、いまDVDにコピーした映画は全く人気が出ないまま、
レンタルショップに並ぶことなく消えてしまった。
「…以上です。あの…少し映像が途切れてる箇所があるんですけど、支障は無いはずです」
 言うまでもなく、わたしが目を逸らしたところ。すみませんと謝りながらDVDを差し出した。
「了解しました。後の処理はこちらにお任せ下さい」
 受け取ったDVDをエプロンのポケットに納めた彼女の表情に、最初の笑顔が戻った。
「お役目ご苦労さま。ここのお店、なんでも美味しいけど特にケーキが絶品よ。彼氏とふたり
ゆっくりしていってね」
「…は、はい…」
『彼氏』という言葉がなんだかすごく気恥ずかしく、まっ赤になってうつむいた。

****

 任務を終えて化粧室を出て席へ戻る間、さっき言われた言葉が頭の中を飛び回ってた。
 彼氏…彼氏かぁ。いままで考えたことなかったな。クラスにいいなと思うコも居ないし。
 向かい合ったお父さんの顔を見つめる。明後日高校生になるお父さんはまるで『お兄さん』。
 わたしはひとりっ子だから兄妹とか羨ましい。できたらお兄さんが欲しかったなあ。こんな感じの…。
「ミヨキチ?」
 …こういうお店に二人で来てるから、彼氏って思われたのかな?でも、傍からそう見える
のなら釣り合わない訳じゃないよね?実際、歳も近いし。腕とか組んでもそんな変じゃな…。
「おい、ミヨキチ、どうかしたか?」
 …ミヨキチ…誰だっけ?みよきち……美代子……わたし?わたしの名前は………あッ!
「は、はいっ!なんでしょうっ!御用でしょうか?」
 いけない、この時空ではわたしはミヨキチ、吉村美代子なのだ。
 こんなミス、したこと無かったのに。
「いや……用事っつか、注文まだだろ?ほら、メニュー」
「え…あ、ありがと…じゃなくて、恐れ入ります」
 うっかり地のままで返事しそうになったのをごまかすように、メニューで顔を隠した。
 グラタン、パスタ、ハンバーグ…どれも美味しそう。でも結局、ケーキセットを選んだ。
「なあ、それだけじゃお腹空くだろ?」
「大丈夫です。…わたし、少食なんです」
「あれ、そうだっけ?」
 お父さんが意外そうな表情をした。なぜ?こっちで一度も、食べるところを見せてない。
「いや、前に妹がランチバイキングを一緒したとき凄い食べてたって…
…あれ、ミヨキチじゃなかったっけ?」
「わ、わたし……そんな大食いじゃありません」
 やだ、おば様……そんな話しなくていいのに。
「や、スマン。おおかた自分のことだろ。ちっこい割にあいつ、よく食うからな」
 確かにあのとき、セーブするのを忘れてつい手が出ちゃったけど…
…思い出すと恥ずかしくて下を向いた。
「やっぱり、たくさん食べるコって、おんなの子らしくないですか?」
「いや、そんなことないさ。ミヨキチなんかもっと食べてもいいくらいだ」
「でもわたし、クラスの男の子より大きいし…」
 それはわたしの悩みだった。10歳なのにもう、お母さんの身長を追い抜いてしまってる。
「ミヨキチはデカいとかじゃなくてモデル体型っていうか、スラッとして手足も細いし、
大人びてるから似合ってるよ。ヘタしたら俺の方が年下に見られそうだよな」
 お父さんより年上に見られるって…それはちょっと、イヤかも。
「あっ、そんな意味じゃなくてだな、ミヨキチはそのままで充分可愛いけど、どっち
かっていうと美人顔なんだ。鼻筋も通ってるし顔も小さいし…いやほんと、モデルを
やってても充分通用するよ」
「一緒に歩いてて、嫌じゃありませんか…?」
「嫌なもんか。こんな可愛い子を連れて歩けるなら、むしろ自慢したいくらいだよ。
背だって俺よりかは低いし、大丈夫、全然おかしくないって!」
 そうか…全然わたし、変じゃないんだ。お父さんとこうしてても…。
 注文したケーキを、なるべく時間を掛けて食べた。
 ゆっくり味わって食べたモンブランは、本当に美味しかった。

****

 代金を支払ってお店を出た。ウェイトレスの格好をした機関の人が、笑顔で見送ってくれた。
 駅までしばらく並んで歩いた。どうしても今日、行かないといけない場所がある。
「お願いがあるんですけど、あと一ヶ所だけ、付き合っていただけませんか?」
「ああ、いいよ」
 わたしは有難うございますと言っただけで、目的地には何も触れなかった。

 駅の改札を出て、記憶した住所へ向かった。今度は私が、少し前に立って歩いた。
「なあ、どこへ行くんだ?」
「知り合いのところです」
「知り合い?俺がついてってもいいのか」
「ええ、是非。一緒に来て下さい」
 お父さんはまだ、この辺りを知らない。この道を通うようになるのはもう少し後…。
「こっちです」
 案内する振りをして、そっとお父さんの腕をとった。

****

 駅前の公園を抜けて、目的のマンションにたどり着いた。
 玄関の前でパスワードを入力。ガラス戸が開いた。
「どうぞ」
 振り返って、扉の前で立ち止まってるお父さんを招き入れた。
「お前の家、じゃないよな?」
「ええ。今はまだ」
 お父さんは何か言いたそうだったけど、わたしは知らないふりでエレベータに乗った。
 チーンと音が響いてエレベータが開く。部屋の前に来た。708号室。チャイムを鳴らす。
「………」
 インターフォンを通して、無言の返事が返ってきた。
「こんにちは、美代子です」
 インターフォンに向かって名乗ったのは、お父さんに聞かせるため。
 向こうはまだ、わたしを知らない。
 人間の可聴範囲を超える周波数の高速言語を織り交ぜた。カチャリ、と扉が開く。
「ご無沙汰しています。突然お邪魔しちゃってごめんなさい」
 まばたきしない瞳がわたしと、お父さんを凝視した。
「………」
 表面的な表情の変化はないけど、こんなに驚いたお母さんを、わたしははじめて見た。
 よく知ってる姿より若干背は低いけど、顔立ちはいまとほとんど変わらない。
 一番の違いといえば、眼鏡を掛けてること。
「お客さんを連れてきたんですけど、宜しいですか?」
「…入って」
 お母さんは一言だけ答えると、くるりと背を向けた。
 及び腰になっているお父さんの手を取って、懐かしい我が家(?)の玄関をくぐった。

****

 お母さんはわたし達をリビングへ通し、座るよう促した。
 わたしは正座して部屋を見廻した。同じ間取りでも、まるで引越先に荷物を送った後の
ようにからっぽな部屋。唯一、目の前にある机が記憶よりも真新しい姿でそこにあった。
 お父さんがやや遠慮がちに脚を組んだのを見届けて、お母さんは真向かいに正座した。
「ご紹介します。この方は有希さん、長門有希さんです」
 お母さんが何も喋らないので、代わってお父さんに紹介した。
「あ、どうも、初めまして」
 軽く会釈したお父さんに向かって、お母さんはあごを〇.七三ミリ引いた。
 照れてるのかもしれない。
「それから、こちらは…」
「知ってる」
 お母さんは表情をまったく動かさずにわたしの言葉を遮った。
「ええと……どっかで会ってましたっけ?」
 お母さんは困惑した表情のお父さんから目線を外し、わたしの方を向いた。
《先ず、あなたの素性を明確にしたい》
 わたしに向かい、高速言語で話しかけてきた。
《わたしの知る限り、あなたはどの情報統合思念体にも属さない》
《厳密にはわたしはTFEIじゃありません。WHERE条件にAD=(&NOW+7844000.00)を加えて
再検索して下さい》
《検索完了。条件に合致した。しかし…》
 眼鏡の奥の決して閉じない瞳が、一瞬、戸惑ったような瞬きを返したように見えた。
《あなたと彼がいま、この時点でわたしの部屋に訪れたという記録は、一切ない》
《ええ。今日はわたしの一存、自由意志でここに来ました》
《自由意志…?》
 今度ははっきりと、困惑の色が混じった。
 その言葉をわたしに教えてくれたのは、他ならぬお母さんなんだけど。
《何のため?》
 お母さんの問いが終わるか終わらないかのタイミングで、お父さんが口を開いた。
「ゴメン、本当に思い出せないんだ。悪いけど、ヒントだけでも教えてくれないかな?」
 いまのお母さんとの会話はお父さんには聞こえない。それに唇の動きも通常の人間の
目に映らないから、てっきりお母さんが気を悪くしたと思ったのかもしれない。
 お母さんはすっと立ち上がって、眼鏡を軽く指で押した。
「待ってて。お茶を淹れる」
 くるりと背中を向けて、キッチンへ行こうとする。
「じゃあ、あたしもお手伝います」
「ちょ、ちょっと待てミヨキチ。俺は…」
 腰を浮かそうとしたお父さんの裾をひっぱって、耳もとに小声で話しかけた。
「あのひと恥かしがり屋でどう話そうか迷ってるだけなんです。大丈夫、任せて下さい」
 お父さんを安心させるためにニコッと微笑みかけて、お母さんの背中を追いかけた。

****

 湯呑みが三つ。お茶菓子は無し。
 電気ポットに注いだ水が沸く間、お母さんはじっとポットを見つめていた。
「さっきの話ですけど…」
 視線を上げようとしないお母さんに、通常速度で話しかけた。
「この後お父さんはハルヒさんと出会い、SOS団を結成します。ご存知ですよね?」
 お母さんは無言で肯定した。
「約二ヶ月後、お父さんはハルヒさんと一緒に、彼女の造りだした閉鎖空間へ閉じ込め
られることは?」
「知ってる」
「そして、お父さんがどうやってその場所から脱出するかも」
「……」
 短い沈黙の後、お母さんは顔の角度を十四度だけこちらに傾けた。
「あなたの目的は?」
「わたしの個人的なお願いなんだけど…」
 お願いごとを云おうとしたとき、自然と言葉遣いがふだんの口調に戻った。
「お父さんがハルヒさんとそうなる前に……その、キスして欲しいの」
 改めて言葉に出すと恥かしくなって、お母さんの視線を避けるように俯いた。
「なぜ?」
「明後日、お父さんはハルヒさんと出会ってしまう。だから、今日か明日だけなの」
「わたしが質問しているのは…」
 ちらりと上目で覗くと、いつの間にかお母さんは身体ごとわたしの方を向いていた。
「あなたの意図」
「さっきも言った通り、わたしの個人的なお願い…ううん、わがままかもしれないけど、
けど、お母さんの初めての相手がお父さんなのに、お父さんは違うって、不公平だもん」
 つい甘えるような言い方になったけど、お母さんの反応はそっけなかった。
「…目的に対する原因の根拠が薄弱。不公平の基準が不明。論理に不純物が多過ぎる。
仮にあなたの主張が正しいと仮定した上で考察しても、彼とそうする必然性は感じない」
「必然性とかじゃなくて、お母さんだってイヤでしょ?お父さんが他のひとと…」
 ハルヒさんのことが嫌いなわけじゃない。けれどお父さんには、お母さん以外のひと
とキスなんてして欲しくない。本当はあの閉鎖空間の出来事を無いことにしたいけど、
それを行うとあまりにも未来への影響が大きすぎる。
「本来であれば、彼とわたしはまだ出会う予定ではない」
「もう会ってるでしょ?隣の和室に誰が寝ているのか、知ってるんだから」
「……」
 わたしの言葉にお母さんは押し黙った。今度は論理的にわたしが勝ったみたい。
「ね?この程度の改変なら大した影響は無いわ。ちゃんとシミュレーションしたもん」
「規定事項としてコミットされた未来を意図的に改竄する理由もメリットも見つからない」
「だからメリットとかじゃなくて……」
 まるで耳を傾けてくれないお母さんに文句を言いかけたとき、お父さんの気配を感じた。
「スマン、なんか取り込み中だったか?」
 お父さんがキッチンにひょっこり顔を出す前に、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「あ、いえ。別に」
「悪いがミヨキチ、俺、先に帰るわ」
「え!…な、なぜですか?」
「やっぱお邪魔みたいだし、そのコも迷惑がってるようだしさ」
 じゃあと軽く手を上げて踵をかえしたお父さんの、ジャケットの裾を掴んだ。
「待ってください、まだ話は終わってません」
「いや…。別に俺は話なんか…」
「ダメです!」
 キッチンから出て行こうとするお父さんの右手をぎゅっと引っ張って引き止める。
「…さよなら」
 温かみのまるでない、お母さんの言葉。もう!お母さんのわからず屋っ!
「いいもんっ!お母さんの代わりにあたしがキスしちゃうんだからっ!」
「ミヨキチ!?なに言っ――」

パシッ

 左頬に痛みが走る前に、乾いた音が響いた。
「……お、おい?キミ、いったい……」
 抗議しかけたお父さんにお母さんが左手をかざす。お父さんの身体がゆっくり崩れ落ち、
お母さんが受け止める。スローモーションのようなその光景を、わたしは呆然と見ていた。

 ぶった…。お母さんが……わたしを……。

「あなたの行動はただの身勝手。何も知らないで見知らぬ女性の部屋に引っ張られる彼の
気持ちを、少しは考えた?」
 頬よりも、胸のほうがズキンと痛む。
「初めて出遇う相手と、意味もなく、口づけするひとだと思った?」
 顔を上げなくても、お母さんがどんな目をしているのか分かった。
「……御免……なさい……」
 堪えてたものが、ぽろりと零れた。一粒落ちると、ぽろぽろ流れた。
 涙はぜんぜん止まってくれなくて、だから止むまで、謝りながら泣いた。

****

 わたしが泣いている間に、お母さんは意識を失ったお父さんをリビングへ抱えていった。
 ようやく治まった涙をハンカチで拭ってキッチンを出た。お母さんは机の傍で正座して
いて、その真向かいには、お父さんが机にうつ伏せで寝たような格好をしていた。
 恐る恐る近付いたわたしを一瞥すると、お母さんは立ち上がり、キッチンへ向かった。
お父さんの右隣に正座したわたしは、お母さんがお茶を持ってきても、手を出さずにいた。
 ややあって、お母さんが口を開いた。
「彼の記憶に部分的な操作を加える。彼は今日、この部屋へ来なかったことにする」
「…はい」
「わたしの記憶からも、あなたに関する情報を削除する。今日がという日が終わって翌日
の0:00:00には、あなたのことを忘れる」
 無言で、わたしは頷く。
「あなたは、未来へ帰った方がいい」
 わたしは俯いたまま、何も言わなかった。それっきり、お母さんも口を閉ざした。
 このまま沈黙を通したかったけど、わたしの方が耐え切れなくなって、
「…迷惑かけてしまって、ごめんなさい」
 と謝った。
「いい」
 簡潔にお母さんが答えた。
「あなたの行動に対する責任の一端は、わたしにもある」
 その言葉に、思わず左頬を押さえる。痛みはとっくにひいていた。
 すっと、お母さんの手が頬に触れる。
「痛む?」
 小鳥の羽のように軽く触れた指先を、わたしは両手で包み込んだ。
「…ううん、へいき」
 お母さんの手のひらに頬を押しつけて、ゆっくりと笑顔をつくった。
 私が手を離すまで、お母さんはその姿勢でいてくれた。
「彼を、家まで送ってあげて」
 そう言って、お母さんは立ち上がった。外はもう夕暮れだった。
「ねえ、お母さん。お母さんもイヤだった?……その、キスするの」
 射し込んだ西日が、振り返ったお母さんの眼鏡に反射した。

****

「それじゃミヨキチ、気をつけて帰れよ」
「はい。今日は本当にありがとうございました」
 お父さんの家の前で別れぎわの挨拶を交わす。すでに日は暮れ、辺りは真っ暗だった。
 あの後お母さんの家から、機関のタクシーでお父さんの家まで送ってもらった。
 お父さんの目を覚ますとき記憶の一部をすり替えた。喫茶店を出てから、わたしは
お父さんの家に行ったことになっている。事実を作るため、おば様を交えてゲームで
遊んだあと、晩ごはんをご馳走になった。
「一人で大丈夫か?なんなら家まで送っていくぞ」
 その申し出は嬉しいけど、受けるわけには行かない。やんわりと遠慮した。
「大丈夫です。今日はいろいろ付き合って頂いてすみませんでした」
「いや、俺もけっこう楽しかったよ」
 ……ごめんね、お父さん。…でもわたし、本当に楽しかった。
「じゃーねーミヨちゃん。また遊ぼーね」
 笑顔で手を振るおば様にバイバイと小さく答え、最後にもう一度、二人に会釈した。

 自宅へ帰りながら、別れぎわのお母さんの顔を思い出していた。
「……そっか……。つまり、お父さんがその気になればいいんだよね」
 ハルヒさんとお父さんが出会っても、閉鎖空間が出来るまでまだ二ヶ月は余裕がある。
 それまでにお父さんとお母さんが親密になってもおかしくない…はず。
 それに、お母さんには悪いけど、やっぱりまだ未来へ帰るつもりはない。
「また明日、頑張ろっと」
 星がきらきら輝く夜空を見上げながら、軽い足取りで家に帰った。

(Fin)

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:49 (1834d)