作品

概要

作者十六夜
作品名長門有希の… 閑話3
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-12-17 (日) 21:52:41

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

すっかり秋も深まり、この我が身に受ける風も日に日に冷たくなっていて、今となってはやっかいものだった夏の日差しが恋しく、そして懐かしく思う。
あのイヌもネコも動物園のライオンさえも日陰でだらしなくなる八月…。昨日ほど、切に慕い思ったコトはなかった。もし昨日が夏であれば、笑ってすんでいたかもしれない上に、今の俺がこのような状態にはなっていなかったであろう。
しかし、晩秋の最中に真夏日が訪れるなんてコトがあれば、またハルヒがいらんコトを考える前ぶれ、もしくはすでに考え付いた後というコトになり、それはそれでロクでもないようなコトが起きるのはわかりきっている。
そもそもそれ以前に、俺がこのような目にあっているのはあのバカ野郎のおかげである。アイツがあんなアホなコトさえしなければ、夏でも秋でもましては冬でも俺はこんな目に会わずにすんだ。
あのアホ…、月曜日になったら覚えてやがれ…。
さて、そろそろ何のコトかわからない人のために長くなるが説明してやろう。先に謝っておくが、ちょっと苛立っているのは今の俺の状態に関係しているのでカンベンしてくれ。
…俺は今、休日というのにベッドの上で横になっている。
朝はとうの昔に過ぎ去り、すでに昼を過ぎているにもかかわらずパジャマのままで横たわる俺…そう、風邪をひいていた。

 
 

これは昨日のコトである。
掃除当番であった俺は、谷口や国木田たち他多数で教室の掃除を行っていた。
俺がバケツに水に汲んで教室に入ろうとしたとき、中から谷口のふざけた声とそれを注意する国木田の声が聞こえてくる。
「あ〜、だりぃ〜、こう寒くなってくると掃除もやる気が起きないぜ。…ちょっと俺、トイレに行ってくるわ」
「だめだめ。そういってサボるつもりだろう? 後もう少しなんだからしっかりやりなよ」
「後もう少しってことは人手もそんないらんということだ。つまり俺一人が抜けてもそう大差はでない、そうだな? じゃあ、ちょっとサボ…じゃなくてトイレに行ってくるわ」
あの野郎…、俺がわざわざ寒い中、水汲みというこの寒さに拍車をかける仕事に行っていたというのにサボるつもりとは…。これは一言、言ってやらないと気がすまん。
「おい! 谷口」
ガラッ、と扉を開けるとちょうど谷口がそそくさと逃げ出そうとしていたらしく、俺と正面衝突してしまった。…持っていたバケツがひっくり返るぐらいに。
もうわかるだろう?
そのバケツに入っていた水が俺に降りかかったのだ。
この冷え冷えとした寒い中、限りなく0度に近い水が俺に降りかかったのである。

 
 

これで俺が風邪をひいた理由をわかってもらえると思う。
あの後、アホバカマヌケ谷口に掃除を任せた俺は、SOS団の巣窟になっている文芸部室で団長・ハルヒを中心に陣を構えている皆に事のあらましを説明し、冬用メイド姿と変身した朝比奈さんの入れてくれたお茶を一気に飲みしただけで帰らせてもらった。
帰り道は濡れた制服から体育ジャージへとチェンジしたものの、限りなく0度に近い水に一度さらされた体へと降りかかる冬の訪れが近い北風。これを家に帰るまでずっと受け続けていた俺は夜の時点ですっかり体調を崩してしまい、ベッドに横たわる破目になってしまった。
そして、
「もしもし、ハルヒか? イヤ、もうすでに体調が悪くなってきて明日の市内探索は参加できそうに無い。すまないが明日は四人で行ってくれ」
『何言っていんの!? 風邪なんて気合で治しなさい、明日までに! 気合よ、気合!』
「それは無理というものだ。俺としても実に参加できないのは悔しい。しかし、この体が横になったまま言うコトを聞かなくてな。イヤ、実に残念だ」
この俺のウソ偽り無い言い訳を聞いたハルヒはしばらく沈黙を決め、
『…しょうがないわね、SOS団の一人が欠けるなら明日は中止にするわ。その代わり、来週はしっかりやるんだから早く治しなさいよ!』
とハルヒに連絡をすまし、休日をベッドに過ごすというコトになった。

 
 
 

……こんなものかな、昨日の出来事は。
「キョンく〜ん、げんき〜?」
がちゃりと開けられた部屋の扉から三毛猫を抱き、顔を出したのは我が妹である。
…元気じゃないから横なっているんだよ、お兄ちゃんは。そして、この部屋にいると風邪がうつるから入ってくるなと言ったはずだぞ。
「どうした? 何かあったのか?」
「うん、お腹すいてきたんだけどお昼は〜?」
あぁ、そうか、もう昼を過ぎていたのだったな。風邪のせいで食欲が無かったから飯のコトなんて忘れていた。
ちなみに両親はというと、遠縁の親戚か何かのお通夜で俺と妹とシャミを置いて今日の朝から出かけてしまった。帰ってくるのは明日の夕方から夜になるとのコトだ。
「わかった、ちょっと待ってくれ。すぐ用意するから…」
と立ち上がったものの熱を帯びた俺の体は酔いの回った千鳥足のようによろめき、ベッドに倒れ伏すという体勢になってしまい、さらにいきなり立ったせいか割れるような頭痛も俺に襲い掛かった。
…これはずいぶんとタチの悪い風邪にやられたな。これもあの谷口のせいだ。
「むりしちゃだめだよ〜、キョン君」
そうは言っても、このまま状況だと相当まずくないか? 俺はこのようにちょっと動くだけでクロスカウンターを喰らったみたいにダウンだ。
かといって、妹には期待できない。一人で買い物に行かせようにもこの年齢にあっていない精神年齢だ。果たして店まで行けるかどうかも不安でもあるし、アメをちらつかせただけでも軽々誘拐されそうだ。逆に心配で俺の頭痛のタネが乾燥ワカメを水に浸けたように増えるだけだ。
これは誰かに助けを求めないと両親が帰ってくる前に全滅してしまう。

 
 

机に放置されている携帯をフルマラソン後のような足取りと手で取り、さて誰に助けを求めるか…。
まず、ハルヒ。
イヤ、これは論外だな。確かに様々な状況においてもハルヒが取る行動は常にポジティブシンキングで何でも即行動に移す積極性を持つ、が今の俺にとってはとても耐えるコトができないであろう。昨日も電話で言っていたがきっと、「風邪なんて気合で治せ!」とか言って、庭でパンツ一枚による寒風摩擦大会とかやらされそうだ。
次に朝比奈さん。
部室にあるナース服にて看病してくれるなら罰があたってもかまわないというものだ。しかし、朝比奈さんに風邪を移しくたくはないし、もう一つの問題として最近ハルヒが望んでいたドジっ子属性がパワーアップしているコトだ。この力を発揮して運んできてくれた熱々お粥を何も無いトコでつまずき、そして飛んだお粥が俺の顔へとダイブしてくる光景が簡単に目に浮かぶ。
…古泉。
一応真面目だし一通りのコトはやってくれそうだがこの風邪の頭に、まっすぐ進めば着くゴールを反対方向へ進んでゴールを目指すという遠回りの口調で話されると余計に頭が痛くなりそうだ。さらに機関から渡された謎の薬なんかを飲まされかもしれん。と、これは建前で本音としては、何が悲しくて男に看病されなければいけない。
最後に長門。
というより最初から長門しかいないだろう。長門なら全てにおいて信用できる。また迷惑をかけてしまし、お礼を考えておかなくてはならないな。

 
 

ッ…ゴホッゴホッ、…ふむ、どうやらノドまでやられてきたようだ。これは早く長門を呼んだほうが良さそうだ。
「…すまないが、お兄ちゃんはノドが痛いから代わりに長門に電話してくれないか?」
ノドを押さえながら、携帯に登録している長門の電話番号を選択し妹へと手渡す。妹は抱いていたシャミセンを降ろすと「ニャア」と一声鳴き足早に部屋から出て行ってしまった。シャミセンは風邪が移るのはイヤらしい。
妹がそんなネコを残念そうに目で追いながら電話を耳にあてる。するとすぐに繋がったのか、
「あっ、有希ちゃん? え〜っと…」
妹がベッドに横になる俺のほうへ向き、何を言えばいいかを目で訴えてきた。声を出すのにも一苦労なので、ここはジェスチャーで伝えてなくはならない。
ベッドから上半身だけを起こし、まず本を読む仕草の後、マンションがあるほうを指さし、その指先から放物線を描いて俺の真下を指さす。『長門のマンションからこの家に来て欲しい』という意味だぞ。
そして次に、左手で茶碗、右手でハシを持つような手つきをし、右手のハシを茶碗の中に入れそれを口に中に持っていきモグモグとする。これは『食べ物』を示す。
繋げると『長門にこの家に来て欲しくて、その際に食べ物もお願いします』というコトだ。
我ながらわかりにくくかったかもしれないが、俺と妹は血が繋がっている兄妹なのだ。100%は無理にしても、少しはわかってくれたと思う。
妹はしばらくクエッションマークを三つほど頭の上に回し考えていたが、電球が浮いたようで算数の問題が解けた満面の笑みを見せどうやら理解してくれたようだ。
さすが、我が妹。さぁ、長門に俺の言いたかったコトを伝えてくれ。
「有希ちゃん、キョン君が話せないから代わりに伝えるね。『有希ちゃんをベッドの上で食べたい』だって。…でも、どういう意味かな?」
それはないだろう…、我が妹よ。

 
 

俺はベッドから這いずり出て妹から携帯を奪いとる。今はノドが痛いとか言っている場合ではない、このままにしておくと長門にいらぬ誤解を与えてしまう。…もう手遅れかもしれないが。
「ゴホッ、長門、先ほどの妹の言葉は忘れてくれ。…用件というのは昨日の一件ですっかり風邪をひいてしまってな。朝から両親が出かけてしまって、俺も体が思うように動かせない上、妹はまだ色々危なっかしい」
隣の妹がフグみたいにプーっと膨れ顔をしているが事実なんだから認めろ。さっきも俺の品格を下げたというのに。
「それで迷惑かと思うのが、何か食べ物を持って俺の家に来て欲しいのだが」
もちろん礼は後日させてもらう、と言いかける前に、
「了解した。すぐに行く」
こう返事が入り、俺は感謝の言葉として、ありがたい、待っているぞ、と伝える前に電話が途切れてしまった。…なんだが長門らしくない落ち着きのなさというか急いだ様子だったが、とにかく助かるコトに了承してくれた。
妹にもう少しだけ昼飯は待っていろ、と伝えるとインターフォンが鳴った。
まったくこんな時に誰だ?
パジャマ姿で外に出るわけにもいかないので、ここは妹に任せるコトにして俺はベッドの中で長門を待つコトにしよう。言っておくが『ベッドで待つ』といっても長門がベッドに入り込むのを待つ、という意味でない。
一時間もあれば来るだろうし、痛み出した頭を休めるにはちょうどいい時間だ。
……そう思っていたのだが、俺の予想は大きくはずれるコトになった。

 
 

あのインターフォンを鳴らしたのは先ほど電話の相手で長門であった。
俺も妹もシャミセンが「ワン!」と鳴くぐらい驚いていたが、長門の顔はいつもの本を読んでいる時と同じく無表情のままであった。もちろん息も切らしていない。
あまりにも早かったので俺が理由を尋ねると、
「すぐ行く、と言ったから」
の一言で終了。
相変わらず、不可能を可能にする長門だが、とにもかくにも早く来てくれるコトは助かる。
その長門はというと、持って来てくれた食材でお腹をすかせた妹への昼飯を作った後、一緒になって遊んでいるのが二階のこの部屋まで聞こえてきた。妹が一方的なのは言うまでもない。
しかしこれでひとまず、安心だな。俺も安心して養生できるというものだ。

 
 

こうして俺はベッドで横になっていた所、扉を叩くノックが聞こえてきた。
「……」
三点リーダーと共にやってきたのは湯気が出ているお椀を手にした長門であった。
「…どうかしたのか?」
「おかゆ」
そのままベッドの横に座った長門の手には確かにおかゆが注がれたお椀がある。
「それは見たらわかるが…」
「食べて」
「イヤ…今は風邪で食欲がなくてだな…」
体を起こして長門に否定の言葉を言うと、長門の眼に冷たい炎が宿ると同時に威圧を感じさせる返事が俺へと届く。
「食べないと良くならない」
「わかりました。ありがたくいただきます」
新入社員がいきなり社長から頼まれ事をされたように素直に従う。俺の言葉使いが変わったのは意識してではない、本能がそうさせたのであり、それほどの威圧が今の長門にはあった。
「はい」
そして俺の前に差し出されたのはお椀に入ったおかゆではなく、スプーンに入ったおかゆである。
「…これをどうしろと?」
「病人に食べさせるときはこうするものだと、あなたの妹から聞いた」
というコトはだ、新婚ホヤホヤの夫婦がやるような、
妻「ハイ、あ〜ん」
夫「あ〜ん」
とかいうのをしろというコトか。…さすがに恥ずかしいが俺も一人の男である。こういうのを夢見た日がなかったわけじゃあない。この機会を逃したらもしかしたら一生来ないかもしれない、けど…やはり恥ずかしいのはまだまだ俺が若いのだろう。
俺が長門にも想像できないぐらい葛藤していると、
「忘れていた」
…何を? と葛藤を中断した俺が長門を見ると自分の口に手に持つスプーンを近づけたではないか。まさか自分で食べるのか、と思ったのだが次に長門が取った行動は…、ふーふーとスプーンにのっかったおかゆに息を吹きかけているではないか。
「熱いものは自分の息で冷ましてから食べさせる、これもあなたの妹から聞いた事」
こうして再び差し出されたおかゆは俺の口にと飛び込んだ。
そして俺は、風邪が治ったら妹に何でも好きなおもちゃを買ってやるコトをこの命に誓った。お前はそれぐらい、イヤ、それ以上の価値があるコトを長門に教えてくれた。

 
 

長門が作ってもらい、その息で冷ましてくれたおかゆはたいそうおいしく、風邪の体にもすんなり受け付けた。これを否定していた三十分前の俺にバックドロップでもしてやりたいと共に愚かさも懇々と説いてやりたい。
「おいしかったよ、長門。わざわざ作ってくれてありがとよ」
すっかり空になったお椀を見た長門は俺にだけわかる喜怒哀楽の『喜』の部分をかすかに表し、食器の片付けのためか部屋の扉へと進んでいった。
そこで長門が思い出したように一言しゃべった。
「あなたの妹から聞いた『わたしをベッドの上で食べたい』というのはどういう意味?」
せっかく胃におさまったおかゆが噴出しそうになるぐらいの猛打だった。…それは忘れてくれと言ったはずだぞ、長門。
「…機会があれば教えてやるから、また今度な」
「そう」
音もなく扉を閉めた長門。
その長門はどうやらこの場合の『食べる』という意味をまだ理解していないみたいだな。というコトはだ…俺は今後、次からどういった言い訳をしようと考えなくてはならない。俺の口から本当のコトを教えるわけにはいかないが、長門相手に言い訳もいつまで持つかわからん。
できれば今の妹と同じく知るコトのない純粋な一生を送って欲しいが、どうしたものか……。

 
 

思考と風邪のダブル使用によって熱がこもった頭。額に冷却シートを張りつつ、天井を見つめながら苦悩にまみれていた三十分後、またもやノックが鳴り響く。
「……」
三点リーダーを引き連れてやってきた長門。今度は手に洗面器とタオルを持っている。
「そのタオルは額にのっけるのか? すまないが、今しがた冷却シートを張ったばかりでそれには及ばないのだが…」
そう言うと長門はちょこんとベッドに横付けし、手元にタオルと洗面器を置く。洗面器にはお湯と思われるものが湯気をゆらゆら立てながら注がれている。
「違う、あなたの体を拭くためのもの。病原菌が感染した原因であなたは体調を崩し、平常より体温が高まるその影響によって温度刺激・体温調節による汗腺から、相当量の分泌液が排出された。これを衣類に付着したままにしておくのは衛生上好ましくない上、また体調に悪影響を及ぼす可能性も考えられる。」
……つまり、『汗をかいたままじゃダメだから体を拭け』というコトか。
確かに一晩中熱もあったから、寝ているときにだいぶ汗をかいていたと思う。自分ではわからないが、かなり汗くさいのかもしれん。
「そうだな、汗をふいて少しでもさっぱりするか。…長門、妹に頼んで俺の着替えを部屋に持ってくるように言ってくれないか?」
「わかった」
面倒見てもらって助かるよ。じゃあ、よろしく頼む。

 
 

そう言ってから三分経過したが、状況はまったく変わっていない。
俺は汗を拭いてもいないし長門も元の位置に居座っているという、三分あればお湯を注いだカップラーメンも変化するというのに変わらないこの空間である。
あのー長門さん? いつまでもそこにいらっしゃると服が脱げないので、体が拭けないのですが…。
「わたしが拭く。だから早く脱いで」
イヤイヤ、そこまでしてくれなくても…。そもそも上半身裸を見られるのは正直恥ずかしい。そりゃ、プールとか海では海パン一枚でそうだったが、今とそれでは状況が違う。
「違わない。またあなた一人では背中など拭きにくい部位が存在するため、わたしの手で行うことにより効率が良くなる。だから脱いで」
……わかった。

 
 

こうして頑なに自分で拭くコトを妥協しなかった長門によって、俺の背中から胸、脇の下まで汗のかいていそうな場所はしっかり拭かれてしまった。長門は顔色一つ変えなかったが、俺は非常に気まずい・恥ずかしい表情が出ていたと思われる。
「もう十分だ、ずいぶんとさっぱりしたよ。妹に言って着替えをよろしく頼む」
バシャバシャと洗面器でタオルをゆすぐ長門に声をかけるとすぐに返答がくる。
「まだ」
「まだ…ってもう全部拭いてくれたと思ったんだがまだのトコがあったのか?」
しぼったタオルを手に取り、アゴを少しひく長門流の肯定だが…、俺は確かに全部拭いてもらったと思ったんだが。顔も拭いたし首周りも拭いた。後、どこか残っていたかな…。
「した」
…した?
「そう。上半身は全て拭いたが下半身はまだ」
……下半身というコトはズボンも脱げというコトですか?
「そう。脱いで」
待て! さすがにそれは色々マズイ!
いくらなんでも嫁入り…じゃなくて婿入り前の俺の体にそこまでされた日には太陽の下でまともに歩けん! これは断固として拒否する。ベッドの墨に逃げ去り、今度は俺が妥協しない番だ。
しかしこの抵抗は長門にとってまったくの無意味だった。風邪で多少で霞む眼で、俺は長門の口が早口言葉をさらに十倍以上早くした高速速度で呪文を唱えるようなものを見た。
その瞬間、俺の体は動かなくなる。あの教室で朝倉に襲われたときにされたみたいに…。
長門が俺のズボンに手をかけ、脱がそうとすると、
「キョンく〜ん、お友達連れてきたよ〜」
妹が扉を破り、連れてきたのはあのミヨキチである。
「どうもおじゃまします。風邪をひかれたそうですが、大丈夫で…」
今の状況。俺が一人の女性(長門)に襲われています。
「あれ〜有希ちゃん、何してるの〜? キョン君と遊んでる…」
会話の途中でミヨキチに口を塞がれた我が妹はそのままズルズルと部屋の外に連れて行かれる。そして、少しだけ開けられたドアからミヨキチの声がささやく様に聞こえる。
「失礼しました。私はあなたの妹と一緒に二時間ほど外で遊んできますので、どうぞ安心してごゆっくりしてください。それでは…」
妹と同じ、また小学生とは思えない気配りを見せるミヨキチであるが、これはあきらかにそちらの勘違いである。ところがそれを伝えようにも時は遅く、俺の耳には階段を下りる音のみが聞こえる。
ここで長門はというと、二人が来てもまったくの無関心だったようで黙々と俺のズボンを脱がしていた。長門には人の目を気にするとかいうのは無いのだろうか?
って長門。
さすがにパンツだけは、パンツだけは止め…、アッー!!

 
 

本当に体の隅々まで拭かれた俺は、返ってきたテストの全てが名前書き忘れで0点だったというぐらいの放心状態で夕方になった今でもベッドの上で横たわっている。
それにしてもまさかあの長門があそこまで強引であったとは…。ハルヒよりも強引な一面が垣間見られた瞬間かもしれない。
その長門は妹と二人で買い物に出かけている。ミヨキチは相変わらず勘違いしたままの大人びた表情で帰ってしまい、次に会うときには誤解を解いておくとしよう。
とりあえず今はそれを置いておいて、十分ほど前に遊び疲れた妹がこんなコトを言った。
「晩ご飯も有希ちゃんが作った料理が食べたい」
そんなわけで二人して夕飯の買い物に出かけたというわけだ。
出かける前まで常に長門が俺の隣にいて、助かるといえば助かる状態であった。俺は長門と二人きりの時間は嫌いではない。むしろ好きである。
しかし、先ほどにあんなコトがあったばかりで、非常に落ち着かなかった。
それが今は一人となり、気もずいぶんと楽になった俺は長門と妹が返ってくる時間まで眠るコトにした。

 
 

……ん…今は何時だ…? 外は…もう暗い…な。
最近は日が暮れるのがめっぽう早くなり外からの様子からでは判断はできんが、俺の腹時計によると…八時や九時にはなっていないと思う。しかし風邪という状態では普段に増して誤差が大きくなるのは自明の理で、携帯でも見るか…っと…なんだ、すぐ隣に長門がいるじゃないか。
外の暗さや俺のアナログ腹時計で判断するよりも長門に聞いたほうがよっぽど有意義で正確だ。
「長門…、今何時だ…?」
「現在の時刻は午後六時五十八分三十二秒」
秒単位までありがとよ。…それにしても、もうすぐ七時か……というコトはもう妹が腹を空かせる時間だな。いくら風邪といっても、三年寝太郎みたいにいつまでも寝ていて妹に心配をかけるのも兄として失格だ。
一日寝ていたし、飯を食べに行く体力ぐらいは回復しているだろう。
「…起きるか」
とその前に長門。……パジャマから手を離してくれ。

 

ベッドから半身を起こし軽くノビをして、長門がベッドから出るのを見計らい俺もベッドから出る。…ちょっとフラフラするが朝と比べるとずいぶんとマシになった。これも長門のおかげだな。
「当然の事をしただけ」
その当然の事が俺にとって、イスラム教信者が聖地エルサレムに訪れるぐらいありがたいんだ。さしずめ今の長門がマホメットといったところだな。
「じゃあ、下に行くか」
そう長門に声をかけると一つ頷きを見せ、俺の後ろから着いてきて、階段を一つ一つ下りて……待て。
ギギギというぴったりの擬音を発しながら俺の頭は後ろから着いてくる長門に向けられる。
俺のほうが下の段差にいるため長門からの視線は上から届く珍しい構図。その長門の視線は『どうかしたの?』という無表情をしている。
「えっとだな、ちょっと頭を整理する。……長門、さっきお前はドコにいた?」
「あなたのベッド」
…やっぱりか。それ以前に気付くのが遅いよ、俺。
「なぜ布団の中にいた?」
「あなたを晩御飯に呼ぶため」
「それはわかった。…でもなんで布団の中なんだ?」
長門はからこの俺の質問を答えるのに一呼吸おいて、
「誤作動」
誤作動って…、もう少しわかりやすく教えてくれ。
「部屋に入った後、あなたの布団に入るまでの間、わたしの意識はなくほとんど無自覚のうちに行動したと思われる。本来ならあなたに声をかけて起こすつもりだったが、この行動予定は実行されなかった。布団に入った時点で意識は戻ったと思われるがそれは一瞬であり、その後も情報処理が鈍ったままの状態であなたが声をかけるまで続いた。
わたしはこのことから誤作動と判断した」
わかりやすい説明をありがとう、長門。
「…まぁこの件に関してはもういいさ。それよりも妹も夕飯を待っているだろうし行こうか」
「わかった」
こうして階段を降り、リビングの戸を開けるとテレビを見ていた妹のちょっと不機嫌気味にこう話した。
「もぉーおそいよー、有希ちゃん! キョン君を呼びにいってから三十分もたってるよー」
長門…、三十分もいたのか…。

 
 

そして以下、俺と長門と妹の夕飯のときにあった会話である。
「なぁ長門。今日一日世話をしてくれてとても助かったんだが、家に帰らなくて大丈夫なのか?」
「大丈夫。あなたの風邪が完治するまでいる」
「じゃあ今夜、この家に泊まるつもりなのか?」
「迷惑?」
「迷惑なわけがない。体調が万全でない俺としても、夜に頼れる人がいるというのは非常に助かる。ただ、そこまでしてもらってはお前に迷惑かけっぱなしだから…」
「いい。わたしがしたいからしている」
「そうか…。なら長門のお言葉に甘えるとするよ」
「有希ちゃん、今日泊まるんだ〜。やった〜!」

 
 

というワケで長門が我が家に泊まるコトになったのだが、翌朝、起きるとまたもや長門が布団に入り込んでいるのはなぜだろう。
「おはよう」
「…あぁ、おはよう」
昨日、俺が貸した母親のパジャマ姿である長門と反射的に朝のあいさつを済ませるが、その前にこの状況を説明してくれないだろうか。
「長門、また俺の布団に入り込んだのか?」
「違う。今回はあなたがわたしの布団に入ってきた」
…確かに見渡すと、今いる布団は長門が寝ていた物で俺のベッドが隣に置かれている。
昨日、長門はベッドの隣、部屋の真ん中に布団を敷いて寝たはずだ。その布団に当然のようにいるというコトは、俺が長門の布団に入り込んだというのは正しいのだろう。でもいつ入り込んだか記憶が無い。
「深夜、あなたが一度起きた後」
そういえば、ノドが乾いたので一度起きたという記憶がプールに沈んだ塩素が溶解していくように頭に染みてきた。しかし、記憶という塩素をいくら溶かしても、俺は確実に自分の場所に戻ったはずと伝えている。
そう本棚の反対の壁に寄せられたベッドの場所に入って……なんでベッドと長門が寝ていた(今は俺もいるが)布団の位置が変わっているんだ?
「朝食の準備をしてくる」
長門は平然としているし俺の勘違いなのか? 元々、ベッドは部屋の真ん中にあって、長門は壁際で布団を敷いて寝ていたのか? そしてベッドがあると思っていた場所に俺が入ったというコトはやっぱり俺が長門の布団に入り込んだというコトに…。

 
 

頭がクエッションマークで満たされながら朝食をすまし、部屋に戻ると…ベッドが部屋の真ん中になくちゃんと壁に寄せられている。
やっぱりお前の仕業か…長門。
「嘘はついてはいない」
確かにお前はウソをついていない。俺がお前の布団に入り込んだのは事実だと認めよう。だが俺が深夜、部屋から出たときにどうやったか知らんが場所を交換したのはお前の仕業だな?
「……」
怒らないから顔をこっちに向けなさい、長門。

 
 
 

…まぁこんな様子でも看病もしてくれたのは間違いなく、夕方になる頃にはすっかり風邪は治ってしまった。
両親が家に帰ってくるとなんとも言えない笑顔を俺に向け、夕飯に長門を招待してしばらく団欒した後、長門は自分のマンションへと帰ってしまった。
この後、母親からやけに詳しく長門のコトを聞かれたがとりあえず無視する方向で決めた。

 
 
 

休日を風邪でベッドの上で過ごして潰れたものの登校日というのは振替休日をくれるわけもなくやってくる。あの病み上がりには厳しい坂道を登る途中、バカ面をぶら下げてきた谷口には一発ボディブローをお見舞いし教室に入る。
市内探索が中止になったツケが授業中、不機嫌ハルヒのシャーペンちくちく攻撃としてなって俺に襲い掛かるという災難に見舞われて、時計はもう放課後を指している。
もちろん病み上がりだからといって帰るコトは許されるコトもなく、俺は部室へと連行された。
そこには本を読む長門、お茶を煎れる朝比奈さん、詰将棋にいそしむ古泉の姿がある。朝比奈さん、そんなに心配しなくてももう大丈夫ですよ。古泉、お前に心配されても嬉しくもなんともないから顔を近づけるな。
こうして決して有意義とは言えないが、いつもの変わらぬ部室と空気に身を置いていた。ここまではいつも通りだったのだが、長門がこの一言によってここは地獄と化すコトになる。

 

「二日前、あなたから聞いた『わたしをベッドの上で食べたい』というのはどういう意味?」

 

この後の展開はご想像にお任せする。
俺はもう生きてはここから出られないと思うから…。

 
 
 

…終わり。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:49 (2732d)