作品

概要

作者江戸小僧
作品名湯煙奇譚 謎の館に潜む秘密を暴け
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-12-03 (日) 11:31:02

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 俺はいつものように寝不足の体を引き摺って、蜃気楼のように一向に近づかない北高に、黙々と登っていった。
 こんな日に呼び出されるとはね。
「いよいよ温泉の出番よ」
 何だって?
「あんた耳悪いの? 温泉よ、温泉。肌に良く、神経痛に効き、あんたの頭にも効くかも知れない日本人の癒しの伝統、温泉よ」
 陽のあるうちは暖かさを感じるこの時期、唯一宿題などという無粋なものがない春休みに、なんで地元の商店会の慰安旅行先の相談みたいな事を古臭い部室でしなくてはならないのか。それは、いつものように天衣無縫な我侭娘から呼び出しがあったからである。
 別に団活が嫌とは言わないが、今日は暁どころか昼まで寝てるつもりで昨日遅くまでゲームを進めてたんだ。ちょっと位頭がぼんやりしていても見逃して欲しいものである。
「素晴らしいですね。新学年の前にリフレッシュですか」
 例によって、忠実な僕がすぐに反応する。
「僕にお任せください。普通なら今から宿を取るのは難しいでしょうが、ちょっとした知り合いがいるんです」
「さすが副団長。頼むわよ!」
 ハルヒは早春の陽を圧倒するような満開の笑みを古泉に向けると、早速、当日持っていく物をあれこれ言い出した。
 はいはい。ここまで来たらもう誰もこいつを止めることができない。こいつだけが勝手に行ってくれるならシベリアだろうが地球の内核だろうがノンストップで暴走したって一向に構わないが、朝比奈さんや長門が巻き込まれる以上、俺もせいぜいブレーキ役を頑張るさ。
 というわけで、窓外を流れる風景を横目にしているんだが。
 思うに、女と男のグループ旅行で、男同士で並んで座る虚しさって、一体何に喩えることができるだろう。いや、できない。絶対にできない。俺は認めんぞ。
「いいじゃないですか、涼宮さんにとって思い切り不本意な組合せになって電車の中で妙な騒ぎが起こるよりは」
「そりゃ、そうだがな。だからってお前と2人か……」
 これ以上文句を言ってもしようがない。俺はカードで古泉を負かせ続けた。
 俺達の横では、4人席に仕立てた中にSOS団の見るだけなら全員文句なしの美少女達が座っている。大口で笑っている一方で獲物を探すような輝く目が怖いハルヒ、甲斐甲斐しくミカンを剥いている朝比奈さん、そして珍しく薄い文庫本を読む長門。表紙には背中を向ける猫と扉が描かれている。
 げっ、ハルヒがこっち睨んでやがる!
「何よ?」
「別に」
 さっきまでご機嫌だった恐怖の大王は鼻を鳴らして窓に目を移した。
 何か知らんが今朝は気味が悪いほど機嫌が良かったのだ。大体、待ち合わせの時もギリギリに着いた俺に「罰金!」と騒ぐのも忘れたように、他の2人の服装チェックをしていた。
「みくるちゃん。相変わらず可愛いわね〜 胸のアクセントが素敵よ!」
「有希、あんたこんなシックな服も持ってたのね。ねえ、いつ買ったの? 誰かと一緒に買ったの?」
「……」
「涼宮さん、もう時間がありません。ホームに向かいましょう」
「もう、キョンが来るのが遅いから息つく暇もないわ。行くわよ!」
 長門の視線の先に誰がいるか、こいつが気が付かなくて本当に良かった。いや別に俺が買ってやった訳じゃない。いろいろな偶然が重なった挙句に結果として長門が私服を買うことになり、それに付き合っただけなんだが、あいつには理屈は通用しないからな。
 そんなこんなで電車は目的地の駅へと着いた。この先は送迎バスで旅館まで送ってくれる。
 マイクロバスに揺られること数刻。前方の山の間に煙が見えるようになった。
「いかにもって感じだな。俺はこういうところは初めてだ」
「えっ、この時代……ううん、日本人って毎年1回は温泉に湯治に行くんじゃないんですか?」
 そりゃ、暇持て余したOLや引退したご隠居の他は温泉好きな人だけだと思いますよ。なんか、朝比奈さんがこの時代をどうやって理解したのか想像がつくな。まさか毎週崖の上で愁嘆場が演じられるなんて思ってなけりゃいいが。
 俺達は古式豊かな風格ある旅館の玄関へと足を進めた。
 おい古泉、ホントに大丈夫だろうな。明日になって1人当たり3万円なんて言われたら、俺は皿洗いするしかなくなるぞ。
「お任せください。機関の御用達ですから」
 温泉が御用達って、どういう組織だよ、全く。
「冗談です。実は、鶴屋家が関係してるんです」
 やっと安心した。じゃ、訳のわからん事件が起こることは心配しなくて良い訳だ。まさか「実は宇宙から飛来した鬼の血が」なんてオチもないだろう。
 俺達は和服のオバさ、いや女性に案内されて部屋に向かった。
 おい、寝る場所は別だよな?
「ええ、僕らは少々狭いですが、2部屋とってあります」
 俺達は部屋で着替えて浴衣に半纏という格好で外に出る。まだ風呂に入ってないんだから着替える必要はないんだが、やはりこれは気分という奴だ。周りも同じような格好が多い。
「あんな熱そうなところで、釣りですか〜」
 釣り? またこのうっかり天使は一体何を……ああ、温泉卵ですか。
 道端に、柵で囲まれた小さな小さな池があり、半纏を着た人達が湯気越しに糸を垂らしている。どうやら自分達で温泉卵を作る仕組みになっているようだ。
「丁度いいわ、みんな、温泉卵食べましょう。キョン、あんた今日も一番最後に来たわよね。ここは奢りなさい」
 はいはい。どうせそう来ると思った。しかし、温泉卵は白身が柔らかないから意外と食べにくいって知ってるか?
 俺はバカ高い卵を買い、紐がついた籠を受け取った。湯温はそれほど熱くない筈だが、外気との違いのせいで湯気が立ち込めている。
「ここに漬ける?」
「そうだ。ほら、皆やってるだろう」
 長門は、湯を凍らせようとするような瞳で見つめた。
「表水温67℃。調理には非効率的」
 ああ、30分位かかる。でも、黄身が固まりかけで白身が半熟っていう状態になるんで、人気があるんだ。
「そう」
 長門は籠の卵を一個手に取り、腕を捲くると−−やにわに柵越しに卵を浸した。自分の手と一緒に。
 この時の連携プレーはなかなかだったと思う。
 古泉はすかさずハルヒに向かって向こうの山に見える何かを嘘っぽく説明しだし、俺は長門の腕を両手で掴んで湯から上げさせた。
 良かった。湯気のせいか、誰にも見られてない。ま、朝比奈さんは自分の手を突っ込んだみたいな、実に痛そうな顔をしていらっしゃるが。
 火傷してないか? ほら、ちゃんと見せてみろ。
 掴んだ腕を目の前に持ってくる。特にどこも火傷してはいないようだ。
「問題ない」
 長門。人間はこんな温度でも火傷するんだぞ。
「……迂闊」
 そう言いながら口の端がナノm単位で持ち上がったような気がするのは、俺の気のせいだろうか。
 勿論、あのハルヒが30分もの時間、のんびり卵を眺められる訳がない。マイエンジェルを連れて不思議探索に行ってしまった。連れて行くなら古泉にしろよ……
「さて、ここでちょっとした問題があります」
 できれば無視してやりたいが、そうするともっと顔を寄せてくるからな。
「なんだ?」
「急すぎて、何も用意できていないんです。不思議な事も、事件も」
 いいよ、たまには。のんびりしようぜ。
「それで済むとお思いですか?」
「うーん、奴も人並みに温泉でノンビリしたいだけじゃないか?」
「そうだといいのですが」
 心配性な奴だ。ここには射的とかスマートボールとか卓球とかあいつが熱中しそうなものが沢山あるじゃないか。いざとなったら季節外れの肝試しでもすりゃいいさ。
 俺はそれ以上古泉の相手をするのを止めて長門と一緒に卵を見守った。こういう静かな時間を過ごすのも、たまにはいいじゃないか。普段は絶対零度から数えた方が早そうな長門の瞳の温度も、今はマイナス記号が必要なさそうな位暖かい。これも温泉効果か?
「キョン! 何あんた有希に見とれてるのよ! しっかり卵を見てなさい!」
 急に耳元で落雷のような凄まじい音がした。
 顔を上げると、そこには歩く核弾頭が笑顔を引きつらせて立っていた。
「なんだ。探索は終わったのか」
「当たり前よ」
 我らが団長様は思い切り胸を張った。どうでもいいが、今浴衣を着てるって事実を忘れるなよ。そうやってると襟の奥がすごく良く見えるぞ。
「ちょっと歩いただけで、この地のすっごく怪しい建物を発見したわ。あれが怪しくないならバミューダトライアングルもイラクの大量破壊兵器も死海文書もみんな怪しくないって位に怪しい建物よ! ね、みくるちゃん」
 朝比奈さんは素直に頷いた。とりあえぜ朝比奈さんにも不思議なものに見える何かがあったらしい。
「わかったら遠慮なくこの団長様を称えなさい! 有希、卵なんてキョンに任せときゃいいわよ」
 じゃ、お前は温泉卵いらないんだな。
「ちょっと! あんた卵割ったら死刑よ!」
 この欲張りめ。
「さ、行くわよ! 我がSOS団がこの地に巣食う秘密を究明するのよ!」
 俺は卵を池からあげ、籠を返す代わりに貰ったビニール袋に卵を落とし込んでからハルヒ達の後を追いかけた。
 ん? おい、こら! お前、どこに入ろうとしてやがる。
 ハルヒは朝比奈さんと長門を両側に従え、古ぼけた建物の前に仁王立ちをしていた。入り口の上に、これも古ぼけた木製の看板がかかっていた。
『秘宝館』
 こら、そこは駄目だ。おい、古泉! ここはお前だけが頼りなんだぞ、早く適当にフォローしろ!
 俺が連中の声が聞こえる辺りまで近づい時には、係員らしき親爺がハルヒを文字通り押し返していた。
 そりゃそうだ。
 俺と古泉が2人だけで入ろうとしたならともかく、明らかに高校生か中学生にしか見えない女の子3人が入ろうとしては、さすがに止めざるを得ないだろう。
「あったま来るわね。あの親爺! 他の客からは金だけとって中に入れてるのよ!」
 そういう事を大声で言うな。合流しちまった俺が恥ずかしい。
「絶対何かあるわ。あたし達には見せたくない何かがあるに違いないわ」
 まあ、そうだな。今時なら珍しい程のモノじゃないだろうが。
「さすが涼宮さんです。まさか実際に謎めいたものがここにあるなんて」
 おいおい。お前だけは一般世間の常識があると思ってたのに。いいか、『秘宝館』っていうのはな……
 俺は三人の女子高生から離れて古泉に小声で説明した。1キロ先で針の落ちた音を聞き分けるであろう長門イアーには効果ないだろうが、せめてマイエンジェルの純真な耳を汚すことだけは避けられる。
 俺の説明に、古泉はやがて実に微妙な笑みを浮かべた。
「なるほど。一介の高校生であるあなたがその分野の碩学の徒であることを失念していました」
 この野郎。経験するのが先だったので無修正本なんて今更興味ありませんみたいな顔しやがって。たとえ今晩俎板ショーがあっても誘ってやらん。いや、実際には俺だって尻ごみするけど。
「ちょっとキョン、温泉に入りに戻るわよ! その卵、早く寄越しなさい!」
 ハルヒは殻を乱暴に割り、盛大に白身をこぼしながら温泉卵口に入れ、早足で宿へと向かう。
「これは危険な兆候です」
 言われんでもわかってる。
「何か娯楽を提供しないと」
 お湯から上がったら皆で卓球でもすりゃいいだろ。
「それで収まれば良いですが」
 ま、それはそれ。俺達は温泉で体を大いに温めた。女風呂で何があったか、それは推測するしかない。ただ、大いに想像力を逞しくする物音が延々と響き続けたという事実を指摘するに止めておく。
 結局、それぞれ温泉で体を温めた後は卓球で汗をかく事なく食事にした。勿論、万年元気女がお腹が空いたと騒いだからだ。
「これよ、これ! 温泉と言ったら部屋で食べる小鍋よね」
 済まねえな、庶民の俺は部屋で食べること自体が初めてだ。しかし、本当に大丈夫だろうな。部屋まで食事運んでくれる上、その食事も随分高級っぽいぞ。
「こういうのは珍しいんですか。申し訳ありません。僕も知りませんでした」
 5人の中で現代日本に生まれ育ったのは3人。その2人がセレブじゃ、庶民の俺は大ピンチだ。長門、くれぐれもあいつらを日本人の基準にするなよ。
「…そう」
 隣の長門は例によって俺にだけわかる程度に頷いた。
 って、だから金属製の鍋を手で触るな!
 慌てて長門の手を掴んで鍋から引き剥がそうとする俺に向かって、ハルヒがいきなり立ち上がってその指を突き出した。
「ちょっと、キョン! わかってんの、あんた」
 なんだよ、急に。
「さっき何もしないでただ見てたでしょ。私達が果敢に謎に立ち向かっていた時に」
 …おい、まさか秘宝館の事を言ってるのか?
「当たり前でしょ。あんなにあからさまに怪しい場所、どうして見逃せるのよ!」
 古泉、なんだその「だから言ったでしょ」って目付きは。
「今晩、探索に行くわよ。皆、打合せ通りに用意してきてるわね!」
 用意?
「このアホ、変態、すっとこどっこい! 会議で言ったこと聞いてなかったの?」
 すっとこどっこいって、お前、里はどこだよ。
 無理が通れば道理が引っ込む。どこで聞いた言葉だっけ。とにかく、ハルヒはどうしても秘宝館に忍び込まなくては気が済まないらしい。これがもっと深刻な場所であれば何をしてでも止めるのだが、下手に刺激すると世界を崩壊させる奴だ。忍び込んだのがバレても怒られるだけで済みそうな場所なら、放っておくのが大人の判断という奴だろう。
「何言ってんの、あんたも来るのよ」
 待て。俺にとっては別にあそこは不思議でもなんでもない。
「じゃ、言ってみなさいよ。あそこには何があるの」
「……」
「じゃ、決まりね」
 諸君。変装した事がおありだろうか。俺はない。そりゃ、トナカイの着ぐるみやらカエルの扮装からはしたことはる。国木田が中学時代に学園祭の打ち上げで女の子っぽいメークをさせられた場にも居合わせた。しかし、自分が変装をしたことはなかった。
「なんだ、そりゃ」
「黙ってなさい。ちょっと髭を付けてあげるだけよ」
 どこで手に入れたのか、ハルヒはスプレーで俺の顎に髭を生やしやがった。古泉はニヤニヤしながら眼鏡を掛ける。
 女性達は……迂闊にも、見惚れてしまった。見た目がどうだろうとその正体を知っている筈なのに、なんてこった、俺。
 ハルヒはアイラインを強調し、見事に20歳位に見える。朝比奈さんは、何だろう、分からないがとにかくいつもよりは顔が細っぽく、大人びて見える。ルージュのせいだけじゃないと思うんだが、俺には良くわからん。そして、長門……いつもよりも少しだけ口唇が紅く、横髪をアップ気味にしているだけの筈なのに……どう言えば良いのだろう、大人っぽくなったかどうかではなく、長門の隠された本質を表面に浮かび上がらせたような……どうも良い表現が浮かばないのだが……
「いつまで口開けてぼんやりしてるんよ! 行くわよ」
 いきなり後頭部をグーで殴られた。
 古泉の顔つきは露骨なまでに自業自得ですよと言っている。大きなお世話だ。
 俺達は浴衣の上に半纏という姿で、再度ハルヒ曰く「謎と諸悪の根源」へと向かった。日が落ちて、結構寒い。
 館の前に陣取る親爺はおらず、入口脇のチケット売り場に人影があるだけだ。
 俺達は、難なくチケットを買って中へと入った。
 この時間ともなれば大人達が足を向けるのはもっと刺激の強い所だろう。中はガラガラだった。
「!」
 女子高生と言っても個人差はかなりあるんだろうが、恋愛を病気だと断言したSOS団の悪の首領にはあまりにも刺激が強かったらしい。
 まだ入ったばっかり。色も剥げかけた男女の人形が目の前にあるだけなんだが。
「これは……」
 おい、古泉までそんな反応はないだろう。
「な、なによこの人形。こんなもので脅かそうったって、そうはいかないわよ」
 そう言って先陣を切るハルヒが、またも立ち止まった。
「なに、これ」
 いきなりハルヒが振り向いた。顔が真っ赤に染まっている。釣り上った目といい、まるで南国の精霊の仮面みたいだ。
「こ…このエロキョン! こういう場所ならそうと、なんで初めにちゃんと言わないのよ!」
 ちょっと待て。俺だってこうして入るのは初めてだ。ただ、男子高校生の情報収集能力によって何があるかを知ってただけだぜ。
「やかましい! キョンは罰として明日の昼驕りよ! さ、みくるちゃん、有希、こんな場所はさっさと出るわよ」
 いてっ! あの野郎、俺の足を踏んずけていきやがった。
 散々な温泉旅行だったが、どうにか無事に家まで帰りついた。あの後ハルヒはずっとニホンザルのような赤い顔のまま部屋に入っていったので寝付くまででどれだけ暴れたかはわからないが、きっと2人に大いに迷惑を掛けた末に自分だけさっさと眠っちまったんじゃないか。帰りの電車? 聞かないでくれ。とにかく閉鎖空間が発生しなかったらしいのが不幸中の幸いと言ったところだ。
 常識を宇宙の果てに投げ捨てるような奇怪な事件が起きなかったとはいえ、凄まじく気疲れした。夕食を食う元気もない。ベッドでの快楽に全身を委ねようとする俺を、これ以上はないタイミングで携帯がインターセプトしやがった。
 あーあ、どうせ……ん、長門か?
「来て欲しい」
「どうした」
「上手く言語化できない」
 いつでも俺を助けてくれる無口な宇宙人の依頼はベッドの誘惑よりも大事な数少ないものの1つだ。
 俺はすぐさま自転車に跨った。
 俺を部屋に入れた長門は、いつものコタツに俺を導くと、真っ直ぐに瞳を向けた。
「どうしても理解できなかった」
 長門が理解できない…まさか昨夜、ハルヒに変なことを吹き込まれたのか。
「先日の建物に設置されていた展示物の意義」
「意義?」
 白皙の顔が顕微鏡サイズで動いた。
「あれらの意味がわからない」
 あれですか。そうですか、あなたもすっかり年頃になって。
 じゃなくて、だな。3歳の奴にはちょっと早いと思うんだが、ま、もうちょっと大人になったら…
「あれらが何を意味するかは把握している。何故あのようなものに価値を見出すのかがわからない」
 うーん、男のロマンについて、だな。よし、わかった。長くなるが、とにかく説明してやろう。
 ……どうだ、長門。わかってくれたか? 男のロマンって奴を。
「恐らく情報の伝達に齟齬が生じている。実演を交えて説明することを推奨する」
 待て。実演ってのはちょっと。だから、男ってのは孤独な笑みを浮かべながらも背中で泣いて……
「もっと具体的に」
 頼む。俺の理性よ、踏ん張ってくれ。
 どうにか長門に開放して貰うのに、深夜までかかった。納得したかどうかはわからないが、理解はしてくれたと思いたい。
 次の朝、妹の襲撃よりも早く俺を起こしたのは、やっぱりと言うべきか、奴からの電話だった。もういつもの通りだ。一方的に時間を指定され、俺は眩暈を起こしそうな坂を上って部室のドアを開けた。
「キョン、覚悟しなさい!」
 何のこった。
「あんたの悪行を全て暴いてやるわ! あんたがわざと黙ってたあの変な建物。一体何なのか、じっくりと説明してもらうわよ。ね、みくるちゃん、有希」
「私は不要」
 おいおい、珍しいな。お前が口答えするなんて。
「なんでよ、有希だって、あれが何だかわからないって言ってたじゃない」
「今はわかる」
 長門はいつものように表情を変えず、しかし俺にはとっても自信ありげに見える顔で答えた。
「な、なんで今はわかるの? 何、本にでも書いてあったの?」
 無口な読書好き少女はノギスで測ってもわからない程度に首を横に振った。
「教えられた」
 ハルヒは威勢よく立ち上がった。
「ちょっと! 誰に教わったのよ。まさか、変なことなんてされてないでしょうね」
 長門は黙って白皙の顔を俺に向けた。
「言葉だけではわからなかった。だから協力してもらった」
 あのー、長門さん? あなたは何を企んでおいでなのでしょうか?
「ふーん……キョン。あんた……覚悟はいい?」
 古泉! 携帯なんて気にする前に気の聞いたフォローを考えろ!
 ハルヒの凍りつくような笑顔が目の前一杯に拡がり視界を遮る前、長門の顔に優越感のようなものが見えた気がしたんだが……いや、まさか、な。

 

合掌

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:47 (3087d)