作品

概要

作者江戸小僧
作品名無時代伝奇劇 川に緑なすもの通りけること
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-09-27 (水) 19:19:09

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

無時代伝奇劇

  <<川に緑なすもの通りけること>>

 

 何時とも知れないが、闇が都をも跋扈していた時代の話である。

 
 

   <壱>

 

 秋も深まった季節。都の北東にある一風変わった邸は、今日もまた、供の一人も連れずに徒歩で行き着いた貴族らしき男を迎えた。
いつものように男は邸の門をくぐり、そのまま前には進まずに叢を掻き分けるようにして左に曲がる。
 手入れがされていないように見える庭は、木々の落葉で半ば覆われていた。
「むう、留守ではなさそうだが」
男の経験では、そろそろ何かしらが自分を出迎えるかのように現れる筈だが、今は何もない。その代わり、奥に複数の人がいる気配がある。
男は少しだけ逡巡した後、足を進めた。
「遅かったわね」
「なに」
男の目の先には、二人の女の姿があった。
「これは、朝倉か……」
男がそこに見たのは、奇妙な衣装を着る長髪の呪術師と、この邸の主である小柄な呪術師であった。主は男が見慣れた水干姿で背を伸ばして座っている。長髪の女は奇妙な異国風の白い上着と、腰に丈の短い青い布を巻いていた。縁側に完全には上がりこまずに脚を下に垂らしており、露わな脚が男の注意をひきつける。
「こっちに来たら。 待ってたのよ」
 男は息を吸い込むと、ゆっくりと枯葉を踏みながら縁側へと近付いた。
「これは……果たして入り込んでよいものかな」
引き返したそうな男の言葉を、小柄な方の女が切り捨てた。
「いい。座って」
「う、うむ」
邸の主である長門の隣に腰を着ける。いつもであれば言われずとも沓を脱いで上がりこむのに、今日は朝倉と同様に足は縁側に上げていない。
「すぐに用意する」
何を用意するかも言わず、主は腰を上げて奥へと入っていった。
 縁側には人一人分の間を空けて、朝倉と男が残された。
「なぜ、ここにいるのだ。かつて呪術の勝負をした相手の邸に」
「あら、私達は昔からの知り合いだもの」
 女は口の端を吊り上げた。
「ね。あの二つの木、ああやって枝をふりかざしてお互いに威嚇しているみたいには見えない」
まるで話の続きのように、朝倉が男に話しかける。
「言われてみれば、あるいはそうかもな」
 朝倉は手を上げて右手を指した。
「で、同じ二つの木を今度は向こうから見たら、どう見えると思う? まるで親子か夫婦が抱き合ってるように見えるかもね」
「……」
「納得できないかしら」
「俺が初めてこの庭に来た時からあれはここにあった。正直なところ、ここから見ても俺にはお互いに手を差し伸ばしているように見える。争ってるように見えたことはない」
 長髪の呪術師は、目を細めて男の横顔を見つめた。
「そっか。 なるほど、と言っておくわ」
「彼はここが好き」
 邸の主が盆を手に戻ってきた。
「そのようね。どうして好きになったかは知らないけど」
 場の空気をも飲み込むように、男は差し出された湯呑を一気に飲み干した。
「それより長門、俺を待ってたのか」
「彼女が待っていた」
 二人の視線を受けた朝倉は、両手を顔の前で組み合わせた。
「早く聞きたいな、今日は何をしにここへ来たのか」
「うむむ」
「ただ長門さんに会いに来るなら、文でも届けさせてから夜にこっそり来るものね」
「な、何を言うか。俺はそんな……」
「彼を困らせないで欲しい」
「はいはい。で、何があったの」
「うむ」
 男の話はこうだった。
 時の帝は狩をするための一頭の犬を持っている。これは先代達に比べるとひどく変わった事であるが、はるひが風変わりなのはこれに限ったことでなく、宮中の者達は今更気にすることもない。
 この犬を世話する、阪中という男がいる。犬の世話といっても帝に仕えるからには貴族である。男は年老いてから娘に恵まれ、この娘も犬の世話を良くすることで帝の覚えめでたい者達である。
 娘は毎日、犬を散歩させている。都の南、門の近くの邸より都を出て川へ至り河原沿いに川下へと歩き、帰ってくる。娘は犬に懐かれる性質らしく、犬は娘の言うことには逆らわない。
 それが数日前から、犬が時々娘の言うことを聞かなくなったというのだ。と言っても娘に対して殊更に逆らうという風ではない。
 初めは夕刻の河原での事だった。いつものように、ある橋の上手まで歩いたところで犬を暫く河原で遊ばせようとしたが、自分の傍からから離れようとしない。しようがないのでその日はそのまま再び河原沿いに上流に戻り、いつもの道筋で帰った。
 次の日の朝、河原沿いに歩く途中で犬が娘の着物の裾に噛み付き、元来た方へと引っ張ってゆく。叱り付けたが全く言うことを聞かず、それどころか低く唸りすらしていた。
 更にその日、娘が用向きがあって出かけようとすると、足の向かう先に自分の体を置いて、娘が出かけるのを邪魔しようとする。
 今、犬は厳重に繋がれているが、一日中鳴き止まないらしい。
「それでな、話が帝の耳に入る前にどうにかならないか、と相談されたのだよ」
「で、あなたが助けてあげようっていうの?」
「ただ放ってはおけん。どうも損な性分でな、こんな時に相談されることが多いのだ」
「熊が降りてきただけかもしれない。熊はね、秋も深くなると広く動き回るのよ」
 男は朝倉に向かって首を振った。
「狩に連れて行く犬だ。気性の荒くなった熊や猪に怯えることはない」
「そうやって、人ばかりでなく獣である犬の本性も無理に変えてしまうのね」
「やめて。彼のせいではない」
 長髪の呪術師は剥き出しの脚を組んだ。
「犬を連れて河原を歩く娘なら知ってるけど、歳も若いし、かわいい顔立ちよね。そういえばあの邸の男、娘に早く良い縁をって頑張ってたけど、相手は見つかったのかしら」
 聞いている長門の瞳が硬くなった。
「おい、宮中に顔を出すわけでもないお前が何故そこまで知ってるんだ」
「私は邸なんて持ってない。だから、いつもいろいろなところに居るのよ」
 朝倉は楽しそうに笑うと横目で長門を見つめた。
「たった数刻を大事にするあまり、都の中に邸を持つなんて、私には無理」
「ここにはいいこともある」
「そうでしょうね」
 長門はついと立ち上がった。
「行く」
「そ、そうか。一緒に行ってくれるか」
 小柄な呪術師は鋭い眼差しを男に向けて、微かにわかる程度に首を傾けた。
「行く」
 そういうことになった。

 
 

   <弐>

 

 二人は犬を預かる邸には行かず、南の門を出て河原へ向かった。
 夏前には見えなかった岩がところどころ顔を出している。辺りに魚の匂いがあるのは、力尽きて息絶え、流れに運ばれてきた魚が岸辺に打ち上げられるためだろう。
「俺には特に変わったことがあるようには見えんな」
 長門は黒い瞳を川に向けながら、口の中で何かを呟き続けていた。
「むう、やはり娘に話を聞くか……」
 そこへ。
「きょん。何してんの」
 男は慌てて振り返った。
 見ると、土手の上に帝が徒歩で供の者達を連れていた。貴族でも都の外では徒歩が珍しくないが、帝となれば話が違う。奇行で知られるこの帝にしても、恐らくは供の者達の説得にさぞかし時間がかかったのではないか。
男はそう思いながら、供の者もいるので深く頭を下げ、腰の太刀を河原に置く。
訝しげな声も上がらないので、恐らくは長門も同じように頭を下げているのだろうと判断し、きょんと呼ばれた男はゆっくりと帝に近づいた。
「あなた達はここに」
「帝」
「古泉君、いいから」
そう言って供の者達を置いて帝も男に近づく。
「で、何やってんの」
小さな声で、時の帝、はるひが男に呼びかけた。
「いや、まあちょっとな」
きょんと呼ばれた男は嘘が苦手なようで、口篭る。
「こんな時間に一人で河原にいるなんて、誰との逢引なのよ」
 男は驚きが顔に出ないようにしながら振り返った。
 そこには、小柄な呪術師の姿はどこにもない。
「そっちこそ、徒歩で出歩いたりして、何してるんだ」
「時には己の眼で見ることでわかることもあるの」
そう言った帝の声は、宮中で聞くより張りがあった。
「子連れの猪でも出たらどうする。太刀で切りつけても怒れる猪は止まらないぞ」
「弓矢を持つ者も一緒にいるわ。で、河原で何探してたの」
 男は諦めたように溜息をついた。
「ここらで怪異が起きているかもしれんと聞いた」
「何それ、鬼でも出たの。 だったら、あんた呪術師と仲良しじゃないの」
「だから、一緒に来たのだ」
はるひは辺りを見回した。
「どこにもいないじゃない」
「空から探してるのかもしれん」
「あ、そ」
はるひは目をすがめた。
「後で教えなさい、本当の事。必ずよ。言わなきゃ磔だから」
 帝の一行が姿を消すと、男は川辺に戻りながら、小柄な呪術師を探す。
川の上流を見つめ、下流を見つめる。振り返って土手の方に目を凝らす。
「そういう子犬みたいな動き、かわいいわね」
「うわっ」
男は数歩後ずさりながら声の主を確かめる。
 先ほどと変わらず脚を露わにした呪術師、朝倉がいつのまにか男のすぐ右にいた。
「な、なんでここにいるんだ」
「言ったでしょ。いつもいろいろなところに居るのよ」
朝倉は当然のように言う。
「そうだ、長門はどこにいってしまったんだ。先程までは一緒にいたのに、急に……」
「あなた、私が怖いの」
「怖くなんてあるか」
きょんと呼ばれる男は腰の太刀を叩いた。
「そう。じゃ、長門さんがいないと寂しいの」
「そ、そんなことない」
 朝倉は声に出して笑った。
「大丈夫」
 ふいに、男の袖が引かれた。
「長門」
 吸い込まれそうな瞳が、男の両目を捉えた。
「対岸の茂みの奥を見に行っていた。大丈夫。私はここ」
そう言う長門の表情は、しかし男が辛うじてわかる程度に曇っていた。

 
 

   <参>

 

 その日の夜である。都から西へ抜ける小さな門の下で、二人は言い合っていた。
「危険。推奨しない」
「お前が行くのに、相談した俺が行かずにどうするのだ」
「構わない」
「夜盗が出たら危険だ」
 前に垂れた薄い色の髪の下から、月明かりを映すように光る瞳が男を見据えた。
「行こう、長門」
「……」
 男は振り返らずに門の外へと歩き始めた。
出たところで、後ろを窺う。
 白皙の呪術師は、足音をさせずに男の後ろにいた。
「なあ、長門」
「……」
「俺は役に立たぬか」
「……」
 きょんと呼ばれる男は左手の松明を見つめた。
「俺はお前と一緒に行きたいのだ」
「…あなたは良い漢だから、優しい事を言う」
「俺にも刀を抜く位はできる。それだけだ」
 それからは二人とも黙って歩いた。やがて、川のせせらぎが聞こえてくる。
 昼間辿った、南の方にある河原沿いの道ではない。もっと川の上流にある橋を通って都から山へと至る道だ。
 やがて、黒々とした橋が僅かな月明かりの中に見えるまでになった。
「待って」
 男の袖が引かれる。
「む、早速出たのか」
 小柄な呪術師は首を僅かに振って、懐から人の形に切り取った紙を取り出す。その紙に息を吹きかけると押し出すように前に放った。
 紙は暫く舞うように夜の闇の中淡く輝きながら漂うと、やがて人の大きさとなった。
 そこに現れたのは、茶色い髪を二つに分け、野良仕事をする農民のように手にも脚にも短い上に端切ればかりををいくつも繋げたように襞がついた服を着た女であった。
 次に長門は男と女を囲うように四隅に何かを書き付けた紙片を置き、口の中で何かを素早く呟いた。
「みくる。結界を守って」
 みくると呼ばれた女がうなづいた。
「頑張りますぅ」
 男は長門を見つめた。
「近い筈。でも気配が読めない」
「気配って、この怪異の気配のことか」
「あれだけ強い痕跡を残すのに、どこにいるかわからなかい」
「むう」
「ここから出ては駄目」
 男は、長門の瞳の奥に緊張を見て取った気がした。
「わかった。お前の言う通りにする」
 それきり白皙の呪術師は再び黙りこんだ。
 月明かりの下、黒々とした河原と橋。月明かりを反射する川面だけが目に入る。いくら目を凝らしても、男には他には何もわからなかった。
 やがて、男の耳に微かな音が響いてきた。
 それは、単調な楽のようでもあり、静かに笑う声のようでもあった。声だとしたら、女の声だろう。
「聞こえるか」
男は傍らの女に問うが、女は首を振った。左右の髪が男の頬を叩く。
「何が聞こえるんですかぁ」
「微かな楽のようなものが聞こえる。聞こえないか」
「あのぅ、私そういうのってあんまり得意じゃなくて」
「そうか、いいんだ。……では、何か見えないか、川の方に」
「えーと、緑色の髪をした人が見えます。異国の人でしょうか、髪が川面のように波打ってます」
「それは今どこにいるんだ」
「えーと、川の上っていうか、水面を歩いてるというか。もうすぐ、橋の下ですぅ」
 男は自分の知る稀代の呪術師の方を窺い見るが、黒々とした叢との区別がつかない。
 楽のような、声のような音が、ますます近くなる。
 その刹那。
 男の背中を汗が伝った。
 見られた。
 そんな感覚に、男は捕らわれた。何も見えないのに、声が自分を探っているように思われた。それは男の髪を撫で、体を探り、心を覗き見た。
 どれほどの刻が経ったのだろう。
 気が付いてみれば、男の目の前に白皙の顔に浮かぶ黒檀の瞳があった。
「もう、大丈夫。と思う」
「長門…」
 きょんと呼ばれる男は、何者をも虜にするようなその透明な黒い瞳に、初めて不安の色を見たような気がした。
「何があったんだ」
「力あるなにかが川伝いに上がってきた」
「それは、今は…」
「…わからない。でも、都には向かわなかった」
「長門でもわからない、か」
 長門は男から視線を外し、呟くように口にした。
「もしかしたら……緑の恐怖」
「聞いたことがないな」
「古き、荒ぶるもの。私達では敵わない」
 小柄な呪術師は、男の眼前より腰を上げた。
 いつの間にか、先程の式神もいなくなっている。
「私は何もできなかった」
長門は男を見ないままで、口にした。
それは、男が常に信じて止まない白皙の呪術師とは思えない台詞だった。
「何を言ってる。俺を守ってくれたじゃないか」
「守っていない」
「守ったのだ」
 怒ったような口調で言うと、きょんと呼ばれる男は長門の前に足を進めてから振り返った。
「もしお前が昼に関心を持たなかったら、俺は今夜一人でその凄いものに出会っていたかも知れないのだぞ。今夜も、俺はお前のお陰で無事だったのだ」
 長門は男の顔をじっと見つめた。小さく呟く。
「あなたは良い漢だから」
「俺はあそこで茶を飲むのが好きな男だ。それだけだ」
 小柄な呪術師の口の端が微かに上がった。
「今からでも湯は沸かせる」
 男は笑った。
「あの庭で朝露が輝く様は、まだ見たことがなかったな」

 
 

   <四>

 

 長門と呼ばれる呪術師の邸である。
 男と呪術師の二人が縁側に揃っているが、呪術師の髪は長い。白皙の呪術師は一人、帝に呼ばれて出かけていた。
「二人で庭を照らす朝日を仲睦まじく愛でていた、とはね」
「お、おい。変な言い方をするな。昨夜はどうやら大変なものに出会い、邸に帰る気にも眠る気になれなかったのだ」
「恐れ多いものだったそうね」
「結局俺には見えなかった。だが、なにやら楽のような、女が小さく笑う声のような、不思議な声音を聞いた気がする」
 朝倉の目が鋭くなった。
「そのことは長門さんに話したの」
「む、そう言えばどうだったっけな。何しろその時、何も見えないくせになにやら見つめられている心持になってな、朝までずっと、何とか忘れようとしていたのだ」
「あなたは特別なのかも知れないわね。人として、という事だけれど」
「長門のような事を言うな。俺は俺だ」
長髪の呪術師は、隣に座るきょんと呼ばれる男を真っ直ぐに見つめた。
「あなたは、もしかしたら大きな因果を廻す鍵となるかも知れない。因果は、その渦中にあってただ流される限りは自らその先を見出すことは叶わない。でも、それは人の役目。それを見出す者がいるとしたら、あなたかも知れない」
「朝倉。俺にはさっぱりわからんぞ」
「それはあなたがそうあるべきだからよ。とにかく、正しい錠を選ぶことね」
「錠だって」
「鍵とは錠と対にあるもの。それは縁を生む。因果は縁が生まれることによって廻る。あなたが開ける錠はどれかしら」
「俺が鍵なら、錠ってのは何だ。天とか地とか言われても俺は困るぞ」
「歌を判じるつもりで考えたら。鍵が人なら、錠も人なんだけど」
 男の頬にゆっくりと朱が差し、朝倉は声を上げて笑った。

 

 都の中心、帝が住まう宮は、白皙の肌を持つ呪術師を奥へと迎え入れた。
 人払いがされ、他に誰も姿が見えない場で長門は帝と相対する。
「こうして二人で会うのは初めてよね」
「そう」
「で、何があったの、この世ならぬものをも見る呪術師の目から見ると。本当の事が知りたいのよ」
「歪みが南から西の地へと通った。今はもうない」
 はるひは体を乗り出した。
「ふーん、評判通り。まるで何だかわからないわ」
 薄い髪の呪術師は黒檀の瞳を真っ直ぐに帝へと向けた。
「私達は天地を観て道理を知る。それは人の世の道理とは別。人の作った理は人の世でのみ因果を為す」
「で、あなたはどういう世に住んでるの」
「理に流される人は善悪、表裏、左右、あらゆるものを分け隔てる。一度分けるとそれに名をつけねば我慢できない。私達は分かたれる前の太極を観る者。それだけのこと。違うものを見ているだけ。私は人であることを拒まない。私を拒まない人の事も」
「やっぱり、自分の事はそれなりに話すのね。それにしても、あなたの話って面白そうだわ。今度はもっとゆっくり話しましょ」
「そう望むなら」
 長門の姿が消えると、帝は一人の男を呼びやった。
 呼ばれた男ははるひの前に平伏す。
「古泉君。すぐに高野の僧を呼びなさい。この都で一体何が起きているか、すぐに知りたいの」
「謹んで承知致しました。ところで、彼は如何なさいますか」
「見守るのよ。どこでも、いつでも」
はるひは立ち上がった。
「私の知らないところでは、何も起こさせない。誰が相手でもね」
都を統べる帝は、瞳に意思を込めて呟いた。

 
 
 
 
 

「どう? 私のり・き・さ・く」
 耳に息を吹きかけるな! って言うか、実はこんな才能まであったのか。
「そ、意外でしょ」
 宇宙人未来人超能力者が見て心奪われるような劇のシナリオなんざ、普通の人間が書ける訳がねえ、そんなものは宇宙人や超能力者にお任せだ。
それにしても、有機生命体の事がわかってきたんじゃないか? ま、長髪の呪術師の描写はもっと顔の特徴を書いた方がわかりやすいと思うがな。
 ん? 今、朝倉のトレードマークがピクリと、まるで生きてるかのように…
「ふーん……ねえ、いつもそんな風にじっくり脚を見られると、私でも恥ずかしいんだけどな」
 バ、バカ言え、見てないぞ! たとえお前の太ももが描く曲線がサモトラスのニケみたいに躍動感に溢れていようが、その質感がミロのヴィーナスと張り合う程直截的であろうが、男の想像力を駆り立てることガラを描くダリの情熱に匹敵しようが、そんなじっくり見てなんかないぞ、本当だ。
「あんた達、何騒いでんの? どーせまたアホキョンが何かやらかしたんでしょ? 今度は何? コケた振りしてスカートの中でも覗いたの?」
「違う。朝倉涼子の太ももを見ていた」
 あの〜長門さん? 俺に晴らせぬ恨みでもあるんでしょうか?
「こ、このエロキョン! 見るなら私……と、とにかくあんたは罰金よ、罰金!」」
 しかし、またしてもこの日を繰り返すのか。俺はそろそろ2年生になりたいんだがな。せっかく、期末テストだってデス・スターに挑む若きXファイター乗りのような見事な低空曲芸飛行でクリアしたってのに。
「ま、いいんじゃない」
「ふふ。ありがと、涼宮さん」
「じゃ、明日は朝から練習始、9時集合よ。遅刻したら死刑だから、キョン」
 さすがループした時間の中。こいつが言いたいことだけ言ってさっさと帰るのは毎回同じだな。
 その刹那。俺の自己保存本能の外辺を何かが揺さぶった。
今、そこに……いや、まさかな……この部室の窓の外なんて、鳥か虫でなきゃ通る訳がない。
「おや、どうしました?」
 何でもない。だからそんなに顔を近付けるな!
 宇宙人特製の異世界シナリオを読んばっかりだから、つい錯覚したんだよな? 今、海草みたいな緑色のうねうねした、瘴気溢れるモノが窓の外に一瞬見えた気がしたんだが。
 長門が突然立ち上がった。
「帰る」
「わ、私も! じゃ、もし明日があったら、またね」
 なんだ、そりゃ。アンゴルモアがようやく地球に到着するのか? 俺的には去年から毎日のように会ってる気がするがな。
「う、ううん、なんでもない。さ、長門さん、早く。今のうちに!」
「了解した。遮蔽準備。カウント、−10」
 おいおい、自分達の本分を忘れないためのSFごっこか?
 2人は俺達を残してそのまま素早く部室から消えていった。遮蔽というより加速装置を使った感じだったが。
「2人とも、一体どうしたんでしょう。キョン君」
 マンションが断水になるとか……いや、あいつらなら別に困らないか。一体なんでしょうね。
 これだけの予兆があったのに、どうして次の展開を読めなかったのかって?
 そうさ、俺は相変わらず抜けてるんだろうよ。何しろ、どうして地上最強の美女2人があんなに慌てたのか、翌日になってやっとわかったんだから。

 

   終

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:31 (3088d)