作品

概要

作者江戸小僧
作品名無時代伝奇劇 西に災い降りし女房ありつること
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-09-21 (木) 18:58:01

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

  <<西に災い降りし女房ありつること>>

 

 何時とも知れないが、闇が都をも跋扈していた時代の話である。

 
 

   <壱>

 

 その邸は門の外から芒の穂が伺えた。まるで破れ寺のようだが、ここが稀代の呪術師の住まいである。
 そんな剣呑な邸に、一人で入っていく男があった。供も連れず、狩衣を少々だらしなく着ている。
男は門をくぐると左に足を向けた。
「さて、ここで誰も出てこないとなると、長門は留守かな」
そんなことを言いながらも、足を止めない。余程親しい仲なのか。
 と、男の前方の叢が動いた。
 茶色いものが躍り出て、男の足元に現れる。
「猫か」
 そのものが顔を上げて男を見つめた。
 尖った耳。柔らかそうな肢体。しなやかに動く尾。しかし、その顔は邸の主の顔であった。
「これは…式神か?」
 そのものは、奥へとゆっくり歩いてゆく。
 男は戸惑いながらもそれに続いた。
 獣は縁側まで来ると、ひょいと上がりこみ、男をじっと見つめた。
まるで、上がれと誘っているようである。
 男は沓を脱ぎ、縁側に座り込む。
「なあ、お前の主はどこにいるんだ」
 それは何も答えず、男の膝に上がりこむと再び男を見つめた。主と同じような、吸い込まれそうな黒い瞳だった。
「やれやれ」
男は少し躊躇しながら自分に体を預ける獣の頭をゆっくりと撫でてみた。
 それは目を細めて体を男に擦り付ける。大きさの割には重い体の柔らかい感触が男をくすぐった。
「困ったな。長門に相談があったのに。おい、あいつはいつごろ帰ってくるんだ」
 その時、家の奥の方で何か物音がした。
「長門、いるのか?」
振り向いて家の奥を伺った男が顔を戻してみると、今、男の膝にいるのはこの邸の主であった。
 色の薄い髪と白皙の肌が透き通った清水を思わせる稀代の呪術師長門が、男物の水干を涼しげに着て、見上げるように顔を向けている。
「にゃ、にゃがと?」
驚き慌てて手を頭から離す男の顔を黒檀の瞳が見つめ続ける。
「お、お前だったのか? そ、それともあれとすり替わったのか?」
 呪術師は平然とした顔で、男の膝から降りてすぐ横に座った。
「長門?」
 いつの間に用意されていたのか、女は黙って盆を差し出す。そこには湯気を上げる湯呑があった。
「おい、長門」
 呼ばれた方は黒い瞳で男を射抜く。
「さっきは、にゃがとと呼んだ」
「そそ、そんなこと言ってないぞ」
隣を無視するかのように庭の一点を見つめて言い張る男の顔は赤かった。
「にゃがとと言った」
「い、言ってない」
「言った」
 男は湯呑の中身を一気に飲み干した。
「お、お代わりくれ」
 風が庭の芒を撫でていく。男は暫く感触を思い出すかのように自分の右手を見つめていたが、やがて長門に向き直った。
「ところで、相談があるんだが」
「なに」
「うむ、実はな」
 男の話はこうだった。
 帝から呼ばれ、行ってみると人払いがされた。
 都の西に住まう高位の貴族の娘の身に怪異な事が起きているという。娘のことなので騒ぎにしたくないが、さりとて放っておくこともできない。
「きょん。あんたこういうこと得意でしょ。大きな騒ぎにしないで解決しなさい」
「待て。得意なのは長門だ」
「いいから! 解決してみせたら、そうね。今度の歌合せで特別に私の隣の席を用意してあげるわ」
 いつでもそこに座らされているのだが、それを指摘すればどうなるか、きょんと呼ばれる男は良く知っていた。
 時の帝、はるひの目が箒星のように不吉に輝いた。
「ただし! できなかった時は罰として『緑色の鵺が襲ってくる』って叫びながら都大路を十往復!」
 男は仕方なく、件の貴族に話を聞いた。
 都の西に住まうこの貴族、ある夜、何故か夜中に目が覚めた。
 起きてしまったついでに、月を愛でようかと庭に面した濡縁に出る。
 十六夜の、わずかに歪な月が自慢の庭を照らしていた。
 と、庭の一隅、影の中に動くものがある。人ほどもありそうな大きさだが、地面を這うようにゆっくりと進んでいる。
 誰ぞ、と声を上げようとした時、動くものが影から出てきた。
 それは、女物の衣を纏っていた。見覚えのある衣である。それを見て、凍りついたようにその場から動けなくなった。これはもしや。
 やがて、頭と思しき場所が持ち上がった。いや、まさか。
 月に照らされるその横顔は、娘のものであった。口からは先が二つに割れた舌が出て上下に揺れている。
 男は声も出せず、四つん這いになって必死に自分の部屋に辿り着き、朝まで震えていた。
 翌朝、自分の目で確かめるのが怖くて娘の様子を家の者に聞いてみると、普段と変わりないと言う。
「とまあ、そんな話なのだよ。長門」
「なにをするの」
「うむ。これだけではお前に頼むべき話かどうかもわからない。しようがないので、俺が行って一晩様子を見てくる」
「知り合い?」
「ああ。翠に輝く長い髪の美しさが評判の女性だ。で、本当に妖異な事だったら困るんで、何かお守りを…」
「行く」
「なに?」
「邸に行く」
「一緒に来てくれるのか? しかし、まだお前の専門かどうかわからんぞ」
「いい」
「しかし」
「行く」
「…そうか」
 そういうことになった。

 
 

   <弐>

 

 夜風が長門の髪を揺らし、それが男の頬をくすぐる。髪を伝って来る和えやかな香りに男は身じろぎした。
「長門、髪がくすぐったい。もうちょっと離れて…」
「声を出さないで」
 今、二人は庭の岩陰に隠れて娘の部屋を見守っている。まだ月の明かりは衰えていない。
 と、部屋から女が現れた。月明かりが黒髪を深い緑色に染めている。
 女は、ゆっくりと裸足のまま庭に下りてくる。その顔はこの世の極上の景色を見ているかのように微笑んでいる。
「そう」
「長門、何か判るのか?」
男が小声で聞いた時。
 厠に行った帰りに偶然おかしな雰囲気に気がついたのか、女童が濡縁を歩いてきた。
「あなや!」
 その声に、女が後ろを振り返った。
「誰ぞやおるか。わが姿、見つるか!」
空気の漏れるような音を伴う、聞く者の髪が逆立つような声だった。
「こはげに小さき者よ、一呑みにせん」
「いけない」
長門は懐から何かを取り出し、放るように手を振った。
 それは庭に落ちる前に淡く輝くと、やがて人の形となった。
「みくる、頼む」
「あれは…式神か?」
 裸足の女が今度は長門が放ったものに顔を向ける。その目の中には緑色の光が灯っていた。
「おのれ、人でない者までもが」
 長門が岩陰に隠れたまま口の中で何かを呟いている。
 輝きが薄れると、そこには珍妙な姿の女がいた。茶色い髪は二つに分けられ、服はまるで野良仕事をする農民のように手にも脚にも短く、まるで端切ればかりををいくつも繋げたように襞ばかりある。
 髪の長い女は両手を上に掲げ、みくると呼ばれた女に迫る。
「長門!」
「大丈夫」
 みくるが片手を上げ、指を突き出して自分の顔の横に置いた。
「み、み、み、みくるびいむ!」
「うぉっ、まぶし!」
男の目を白光が灼く。まるで陽を直接見たような眩しさに、目が眩んでいた。
 ようやく男の目が慣れると、そこに先ほどのみくると呼ばれた女の姿はなく、髪の長い女は目を閉じて庭に静かに横たわっていた。
「仮に封じた」
「大丈夫なのか」
「暫く寝たままになる」
 男は邸の者達を呼び、女を部屋に寝かせつけさせた。
「さて、どうする」
「会いに行く」
長門は、まるでもうここに用はないという風に歩き出した。
 男も訳がわからないままに後を追う。
 二人は、件の邸の前で変わった服装の女に行く手を立ち塞がれた。異国風の白い上着は胸を強調するように赤い飾り紐が揺れている。腰に青い布を巻いているが、脚を隠す用には全く足りず、微妙な曲線を描く二本の白い柱が露わであった。長く黒い髪が、男と共にある女と対照的である。
「こんな事に関わってるの、長門さん」
「そう」
 男が尋ねるように長門を見る。
「彼女は朝倉」
「何? 朝倉って、あの呪術師の朝倉か? 帝の前でお前と呪術合戦をしたという」
「そうよ。あの時は負けちゃったけど」
「その朝倉が、何故ここにいるんだ」
 女は上目遣いに男を見やった。
「そんな風に脚ばかり見られると恥ずかしいな」
「み、見てない!」
 長門が男の前へと出る。
「そんな怖い顔しないで、長門さん」
「あれはあなたの仕業」
 朝倉と名乗る呪術師は目を細めた。凛々しい眉が前髪から覗く。
「きっかけをあげただけ。知ってる? あの娘さん、とっても厳しく躾けられてて、自分を出すことができずに苦しんでたの」
 男は朝倉を睨んだ。
「何をしたんだ」
 女は男の敵意を弾くように輝く笑顔を向ける。
「彼女は悩んでた。だから助けてあげたの」
「あれが、か」
「彼女、どうしていいかわからなかったのよ。だったら、何でもいいからしてみるべきだと思わない?」
 男は前に出たままの長門に尋ねた。
「何をされたんだ」
「彼女の魂は幻の中に囚われている」
 朝倉が声を上げて笑った。
「都の人間なんて、皆、幻の中に束の間の幸せを求めて暮らしてるだけよ。長門さん、あなたは私と同じ。こんな人間達の中にいると寂しいだけ」
「寂しくない」
「ふう…相変わらず頑固ね」
「彼女を助ける」
「言ったでしょ。無駄。あれは彼女の望みなの」
朝倉は真っ直ぐに長門の瞳を見つめる。
「どうしても助けるの?」
「そう」
 男は無意識に右手を腰の太刀にかけた。汗が額から垂れる。
「そう。わかったわ」
朝倉は視線を外すと、溜息をついた。
「じゃ、私は見物させてもらうね。あなたがどうやって彼女を助けるのか」
踵を返すと長髪の呪術師は闇の中にゆっくりと溶けていった。
「長門! 奴はきっとお前の邪魔を」
「大丈夫」
「しかし」
「彼女は約束した。見ていると。手は出さない」
白皙の呪術師は男を見た。
「頼みがある」
「任せろ」
 男は長門の話を聞き、首を傾げながら後ろの邸へと戻っていった。

 
 

   <参>

 

「なあ、長門。そろそろ教えてくれないか」
 昼である。この二人は変わらずに徒歩で都の大路を歩いている。
 呪術師の手には、包みがあった。中はわからないものの、なにやら不思議な匂いが漂っている。
「彼女を治すもの」
「しかし、宮中で占いをする時はいろいろな飾り物を使うじゃないか。ああいうのは要らないのか?」
「あれは見せかけ」
「何?」
「相手に相応しい壮麗さを出すためにある」
「それだけなのか?」
「料金も高くできる」
 男は長門の口の端がわずかに持ち上がったのを見逃さなかった。
 二人が件の邸に着くと、すぐに家人が出迎えに現れた。娘が庭で倒れてから既に一日以上経っているが、目を覚まさないという。
「大丈夫なのか?」
「まだ平気」
 二人は娘の部屋へと入った。
 娘は床に寝かされている。その寝顔は苦しそうに眉を顰めていた。
 長門は女の頭の方に周り、腰を落とした。ゆっくりと持ってきた包みを解き始める。
 先ほどから男が感じていた匂いが強くなった。
 娘の眉が広い額の上で更に動く。
 包みが開かれたとき、そこには男が見たことのない茶色く円いものが厚手の板の上にあった。傍らに細身の包丁があるので、あるいは食物なのかもしれない。
 長門は包丁を手に持つと、男を見た。
「あなたも」
「どうすりゃいい?」
「持って」
 男は言われるままに小柄な呪術師の小さな手の上から包丁の把手を握る。少し冷たく、柔らかい手の感触に男の顔が赤くなった。
「…入刀」
長門は小さく呟くと、ゆっくりと円いものに刃を入れた。
 2回刃を入れて薄い一片を切り取り、長門は切り取った一片を女の鼻に近づける。
 女の反応が激しくなり、僅かに口が開いた。
 開いた口に、その一片を押し込む。
 夜具の下で、女の体が跳ね上がった。
 思わず男が膝をついたまま後ろに下がる。
 女の目が、開いた。
「めがっさ! めがっさおいしいにょろよ!」
 男が呆気に取られる中、女は起き上がり、すぐ傍にあった茶色く円いものに目を向けた。
「もっと欲しいにょろ! ちょっとでいいから分けて欲しいっさ!」
 瞳を輝かせる女に、長門は呟いた。
「いい。全部あげる」
「本当? めがっさ嬉しいっさ〜!」
そのままかぶりつくように間合いを詰め、手で一部を毟り取ると口に運ぶ。
 男はようやく口を開いた。
「長門。これは…」
「彼女はもう大丈夫。自分を出すことができたから」
「ん? あれ〜 そこにいるのはきょん君じゃないか。やあ、元気かい?」
 きょんと呼ばれた男は再び呆然とした。
「……あ、ああ。元気です。鶴屋さん」
言いながらも顔が青い。
「どうしたにょろ? やっぱり帝が傍にいないと元気が出ないにょろか?」
言いながら、円いものを手で崩しては口に運んでいる。
 男は長門に顔を向けた。
「どうなってるんだ? ひどく物静かな人だったのに」
「これが本来の彼女」
長門は満足そうに言った。
 女は飽きずに頬張り続けている。
 女をそのままにして、二人は邸の主と三人だけで対面した。
「彼女は大丈夫」
「そうですか。それはありがとうございます。では早速…」
「ただし、今後彼女の自由を奪ってはいけない」
「え? それはどういうことでしょう?」
「彼女は自由になりたくて、欲望を満たすためだけの自分を己の中に作ってしまった。それが半ば鬼となり、まつろわぬものを取り込み、本人も知らぬまま暴れていた」
「では?」
「自由がなくなればどうなるか、保障しない」
 主は肩を落とした。
「せっかく良い縁談話があったのですが…」
「問題ない。行動で気持ちを表す女が好きな男も多い」
 男は、いつも見慣れている横顔が今日はやけに満足気に上気していると思った。
 二人が邸を出ると、既に陽は傾きかけていた。
「なあ、長門」
「なに」
「あれは何だったのだ」
「牛の乳を硬く搾り、発酵させ、燻したもの」
「…そんなもの、本当に食えるのか?」
「渡来品。食べ物」
「ふーん。しかし、何故あれで鶴屋さんは治ったんだ?」
 長門は空を見上げた。
「あれは彼女を最も刺激するもの。でも、これまで想像することも許されなかった」
「で?」
「理想のものが実際に世にあることを知り、逝きかけた魂がこの世に帰ってきた」
 男はまだ悩むような顔を続けている。
「ううむ。で、どうしてあれが良いとわかったんだ」
「あなたが聞いてくれた」
「え? 俺があそこの家人達から聞いたのは鶴屋さんが幼少の頃どんなだったか、だぞ。確か母親に懐いてたって話とか、男友達と遊びたがったとか、そんな話ばっかりだった気がするが」
「そう」
「で?」
「後は秘密」
 珍しく饒舌な稀代の呪術師の横顔に、男は微かな、しかしはっきりとした微笑みを見た。

 
 

   <四>

 

 男は帝の前にいた。
「…という訳だ」
「ふーん、何か面白そうなことだったんじゃない。よし、今度は私も行くわよ!」
「な、何言ってる! 帝がふらふら出歩いちゃ駄目だろうが」
「えー、つまんない!」
そう言って頬を膨らませたはるひの顔が、次の瞬間には満面の笑みとなった。
「きょん、ちゃんと感動するような歌を考えてきなさいよ。私が納得するまで何度でも詠んで貰うからね」
「頑張りゃいいんだろ」
「頑張るんじゃないの、やるのよ。わかってるの? きょん」
「はいはい、わかってますよ」
小さく呟きながら、男は早々に退出した。
 きょんと呼ばれる男が頼みとする呪術師の邸は、珍しくこの男以外の客を既に迎えていた。
 長い黒髪を縁側に垂らした女が、秋に咲いた梅を見るような目を男を向けた。
「お前か」
「そう、あなたがきょん君だったのね。ふーん、なるほどね」
 長門は尋ねるような男の視線をわざと無視しているのか、ずっと朝倉を見ている。
「彼を狙うことは許さない」
 朝倉は髪を手で漉いた。何やら良い香りがきょんと呼ばれる男にまで漂ってくる。
「噂は聞いてたわ。都に変わった漢がいるって。歌は苦手、楽もあまりたしなまない。そのくせ帝と近しい。で、あなたが長門さんと仲良しなんだ。人であるあなたが」
 呪術師二人はお互いの目を見つめ合った。
「あなたはきっとここでの暮らしが虚しくなる。大地の声も知らず、天を読むこともできず、偽りの世界に現をぬかして真実から目を背けた連中に囲まれていることに耐えられなくなる」
「違う。ここにも真実はある」
「ふーん。そう…」
 長髪の呪術師は、いきなり強い視線を男に向けた。
「真実、か。良い仲間を持ったわね、長門さん」
 楽しそうな笑い声と共に、朝倉は門へと向かった。
「確かに、暫くは退屈しないかな。またね」
 いつものように二人となり、きょんと呼ばれる男はいつもの場所に上がりこんだ。
「お前達の話は難しくて良くわからん」
「そう」
「真実か。俺にとってはここにあるもの全てが真実だ」
「あなたは良い漢だから」
「なんだ、そりゃ?」
 風が、長門の髪から男の元に香りを運んだ。先ほどの朝倉のそれとは違う、男が安心する香りだった。
「あれ」
 庭に、男がいつか見た獣が走ってきた。しかし、目を凝らすとそれは猫の顔をし、猫の体を持つ獣だった。
「あれがどうした?」
「……」
「長門?」
 呪術師は、猫に目を向けたままで言った。
「何に見える?」
「猫だろ」
「私は?」
「長門」
「そう?」
 男は慌ててしっかりと横を見る。
やはりそこに見えるのは、男が信頼する長門という名の女だった。
「そう。私。あなたの知る私」
 薄い色の髪を持つ白皙の呪術師は近寄ってきた猫を膝に抱き上げた。

 
 
 
 
 

「どうでしょう。これでも結構苦労したのですが」
 だから何度言わすんだ、耳に息を吹きかけるな! ところで、今回はお前の出番が限りなく地味だな?
「今回? ああ、映画の時の事ですか。あの時申し上げた通り、僕は裏方の方が性に合っているんです」
 ……しかし、またこの日を繰り返すとは。そういや、あの時のハルヒはやたら嬉しそうだったからな。
 翌日皆から
「え? シナリオですか? 申し訳ありません、もう少々お待ちください。一度アイデアを思いついたのですが、その後何故か頭から消えてしまったんです」
「え〜と、あの、あの、知らないですぅ」
「春眠暁を覚えず、ね。夢じゃないの?」
「あなたの錯覚」
と言われても、あいつのことだから無意識では全然納得いかなかったんだろう。
そう考えると、この日がループするのはわからなくはないんだが、なんでニヤケ野郎のシナリオの中身が変わってるんだ? 長門。俺が全て覚えているのはお前のお陰なんだろうけど。
「世界の改変を察知した時、古泉一樹の意識の一部を操作した」
「私達が困らないような操作を、ね」
 グッジョブ、長門。ナイス、朝倉。それにしても、春休み中とはいえ、あいつ今日だけでこれ書いたのか。俺の役周りじゃなくて良かった。
「古泉君。第一章だけは私が直しておくわ。いくらなんでも有希の顔した猫なんて、現実的じゃないもの」
 ま、俺としてもこれなら我慢してやる。『仕事』とはいえこんなに頑張っている無料スマイル野郎のためにも。
 ハルヒは嬉しそうに帰っていった。どうせ、もっと自分の出番を増やす方法でも考えるんだろう。
「俺達も帰ろうぜ」
「あなたはかえることを希望する?」
「ああ」
「あーあ」
 ん? どうした、朝倉。
「ううん、なんでもない」
 長門の表情専門家を心の中で名乗る俺が、不満そうな顔をした万能宇宙人に気が付きながら釘をさしておかなかったことを、初めから全力を尽くさなかったデスラー総統のように深く後悔したのは翌日の事だった。

 

   終

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:28 (3088d)