作品

概要

作者おぐちゃん
作品名夕焼けのひと
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-08-28 (月) 22:30:56

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 夕焼けに染まった、SOS団部室。
「痛い? ここが痛いのね、長門さん」
 ……朝倉涼子の声とともに、わたしの肉体を激痛が駆け抜ける。
 せめて痛覚を遮断できればいいのだが。彼女に注入された因子のため、それさえ不可能。
「   痛    は、  た腸     」
 激しい痛覚が思考を阻害する。音声情報に集中できない。
 わたしは部室を見渡した。
 涼宮ハルヒ。古泉一樹。朝比奈みくる。彼らは糸の切れた人形のように動きを止めたままだ。
「さて、次はどこを   ほしいのか ら?」
 彼女がそう言って獲物を振り上げたとき──わたしの耳に、耳慣れた足音が届いた。
 彼だ。彼が、部室に向かって歩いてくる。
 朝倉涼子も、彼の気配に気づいたようだ。動きを止め、部室の扉をじっと見つめている。……ターゲットを見つけた肉食獣の目で。
 だめ。ここに来てはいけない。せめて彼だけでも、ここから遠ざけないと。
 なのに、声が出ない。逃げろと言う一声が、どうしても言えない。
 ──だって。不公平だ。
 どうして、わたしたちだけが、こんなめに。
 だから──あなたも、いっしょに──

 

 その日。長門有希は、悪魔に魂を売り渡した。

 

 

 掃除をまじめにやっていたら、ずいぶん遅くなっちまった。多分、俺以外のSOS団員はとっくに来ているだろう。
 扉の前に立った俺は、ふと違和感を感じて、しばし立ちつくした。
 なんだろうか、このぴりぴりした感覚は。緊張感? それとも……
 嫌な予感がして、俺は勢いよく扉を開いた。
 ──何のことはない。目の前に広がるのはいつもの光景だ。パソコンをいじるハルヒ、カセットコンロで湯を沸かす朝比奈さん、詰め将棋を前に長考する古泉、そして無心に本を読む長門。
 いや。一つだけ違ってた。
 朝倉涼子。セーラー服を着た朝倉が、椅子に座ってお茶菓子を食べている。
「おじゃましてるわね、キョン君」
 邪魔するのはいいんだが、なんで北高の制服なんだ? おまえは転校した(事になってる)身だろう。
「ごあいさつね。OGが遊びに来ちゃいけないわけでもあるの?」
 こいつの言うことはごもっともだ。しかし俺は、こいつに一度は殺されかかったのである。そのことをさらっと水に流せるほど俺は大人ではない。
 ともあれ俺は、空いている椅子に座った。そのうち朝比奈さんがお茶を運んできてくれるだろう。
 しかし。俺のところに真っ先にやってきたのは、古泉の野郎だった。
「すみません」
 古泉はそう言って、俺をいきなり羽交い締めにした。
「……なんのつもりだ古泉。冗談にしちゃ笑えないな」
 どうせ抱きつかれるなら、メイド姿の朝比奈さんがいい。いや、長門が積極的にしがみついてくるというのも捨てがたいな。ハルヒがしおらしく寄り添ってくるなんてのは可能性が低すぎる。だが、古泉に熱く抱擁されるなんてのは想定の外だ。
 いい加減にしろ、と振り払おうとした俺の手を、朝比奈さんが握った。
「ご、ごめんなさい、キョン君……」
 朝比奈さんは目尻にうっすら涙を浮かべている。
「こ、こうしなきゃ駄目なんですっ、ごめんなさい」
 朝比奈さんに気を取られている隙に、ハルヒが近寄ってきていた。
 ハルヒはぎくしゃくとした動きで俺に歩み寄ると、俺の下半身に体を投げ出し、足を押さえてきた。
「な、なにすんだハルヒっ!?」
 俺の言葉に、ハルヒは地の底から響くような声で答えた。
「──やっと来たわね。次はあんたの番よ、キョン──」
 何があったんだ!? 狼狽する俺の目の前で、朝倉涼子がゆらりと立ち上がった。
 夕日に照らされた部室。太陽を背にした朝倉は、シルエットしか見えない。
 そしてその右手には、無骨な武器が握られていて──!!
「長門っ!」
 俺は恥も外聞も捨て、長門に救いを求めた。
 だが。長門は俺と目を合わせると、ゆっくりと首を横に振った。
「長門、一体何が──」
 その言葉を、最後まで言うことはできなかった。
 俺の全身を苦痛が貫いた。

 

 なにが、あったんだ。
 痛い。イタイ。なにもかんがえられない。
「ふふふっ……あはははははは!!」
 笑っている。朝倉が笑っている。いや、朝倉だけじゃない。
「くくっ……」「うふふふふ」「はははっ」「…………」
 SOS団のみんなも、俺を見て笑っている。あの長門さえ、何かをこらえるように身をすくめている。
 いったいこれは──!
「キョン君、ここが痛いのね……
 ということは、膀胱が悪いんですって」
「ぶふ、ぎゃはははははは!!」
 朝倉の言葉に、ハルヒが大笑いする。
 そのとき、長門が読んでいた本のタイトルを見て、俺は全てを理解した。

 

『〜あなたにもできる足ツボ健康法〜』

 

「はーいそんじゃ次、尿管のツボ行ってみましょー」
 朝倉はそう言って、右手に持ったマッサージ用の棒を俺の足裏に突き立てる。
 いっでえええええええええ!!
「あはははは! 膀胱に尿管って! キョン、あんた尿関係全滅じゃんっ」
 年頃の女の子が尿とか言うなハルヒ! あと朝倉、ちっとは手加減しろこの馬鹿力め!
「さて次は、肛門のツボなんてどう?」
 ノリノリの朝倉は止まらない。だから痛い! ホント勘弁してくれ!
「だめですね、肛門は大事にしないと」
 古泉が不気味な感想を漏らす。頼むから、俺に抱きついたままでそういうことを言うな。
「んじゃ、次はお待ちかね、生殖器のツボ行くわよ?」
 下ネタばっかりかよ! せめて目とか肩とかのツボにしてくれよ!!
 朝倉がツボを突く。だが、今度は平気だ。
「あら、痛くないの?」
「……痛くないと言うことは、その場所は健康」
 長門が律儀に解説してくれる。ああそうかい。
「いやーん、そっちばっかり健康なんてキョン君のえっちー!!」
 朝倉の言葉に、部室がどっと沸く。朝比奈さんはちょっとほほを染めてうつむいていた。
 長門。この眉太女、ぶっとばしていいか?
 結局その後もしばらく、足裏による俺の健康診断は続いたのだった。

 

 んで。けっきょくその本はどうしたんだ。
「本棚から出てきた。文芸部のものだったらしい」
 暇だったんだな、文芸部員。
 で、その本に興味を持った朝倉によって、SOS団員は一人残らず血祭りにあげられた。
 そんな惨劇の巷に、俺はのこのこやってきたというわけである。
 なるほど。みんな俺を逃がすまいとして、足ツボ攻撃後の痛みをこらえて演技していたわけだ。
 ……正直、みんなを責めたくはなかった。立場が逆なら、俺だってそうしていたろう。
 だから、俺たちがやるべき事は、あと一つしか残っていない。
 朝比奈さんがお茶を持ってきた。よし、標的は完全に油断している。
 ハルヒのアイコンタクトを合図に、俺と長門が同時に動き始めた。ここでは聞こえないが、おそらく長門は例の呪文を呟いているんだろう。
 俺が朝倉の体を羽交い締めにする。その瞬間、古泉は朝倉から例の本を、ハルヒはマッサージ棒を取り上げていた。さらに長門が、朝倉の下半身に覆い被さる。
「……え? 何?」
 朝倉は、パニックに陥ったもの特有の凍り付いた表情で俺たちを見た。
 マッサージ棒をもてあそびながら、ハルヒが嬉しそうに言う。
「さて朝倉さん、最後はあなたの番よ。まずどこのツボから突きましょうか?」
 朝倉の表情がみるみる変わる。朝倉の能力ならこの程度何でもあるまいが、おそらく長門がそのへんを押さえているのだろう。
 ハルヒはおもむろに足裏を突いた。朝倉の体がのけぞる。
「んー、今のは小腸のツボ、と。次はどこにしようか?」
「膀胱か肛門あたりだろ」
 俺は先ほどの恨みを込めて言った。
「ちょ、下ネタだけは! 下ネタだけはやめて!!」
 今更何を言うか。因果応報という言葉の意味を、このマユゲ星人に嫌と言うほど教えてくれる。

 

 日はとっくに沈んでいた。
 俺と長門、そして朝倉は、長門のマンションの屋上に来ていた。
「んー、まあまあ楽しかったわ、今日は」
 朝倉は足をこすりながら言う。まあハルヒの馬鹿力でマッサージ棒をねじ込まれたんだ、そうとう痛かったんだろう。同情する気はさらさら無いが。
「じゃあ長門さん。この本はもらっていくけど、いい?」
 朝倉が持っているのは、もちろん『〜あなたにもできる足ツボ健康法〜』である。あんなもん宇宙人が持って行ってどうするんだ?
「うん、ちょっとおじさまに試してみようかなーって」
 おじさまって誰だ。興味はあったが、なんか禁則事項っぽいので聞くのはやめた。
 朝倉はスカートの裾をつまんでお嬢様のように挨拶すると、
「それじゃまたね。キョン君、長門さんをよろしくね」
 ……ゆっくりと溶け、光の粒になって消えていった。
 朝倉が消えたあとも、長門はしばらくその場に佇んでいた。俺もなんだかこの場を去りがたい雰囲気になっていた。
 ああ、そう言えば。俺、いつの間にか朝倉と普通に話せるようになっていたんだ。
 やがて長門はゆっくりと振り返ると、階段に向けて歩いていった。
 その背中に向かって、俺は問いかけた。
「長門。お前、宇宙に帰りたいと思うことはあるか?」
「…………」
 長門はゆっくり振り返ると、空を仰いで言った。
「そんなことはない。この惑星も含めて、宇宙全てがわたしの故郷」
 そう言い残し、長門は階段へと消える。
 俺は夜空を見上げると、小さく言った。朝倉なら、俺の言葉をちゃんと聞いてそうだしな。
「また長門のとこに来てやってくれよ……朝倉」

 



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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:16 (2711d)