作品

概要

作者rain
作品名涼宮ハルヒの追憶 第二章
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-08-23 (水) 23:33:57

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

――age 16

 
 

俺を待っていたであろう日常は、
四月の第三月曜日をもって、妙な角度から崩れ始めた。

 

その日は、憂鬱な日だった。
朝目覚めると、すでに予定の時刻を過ぎ、
遅刻は確定していたので、わざとゆっくりと学校へ向かうことにした。
週明けの倦怠感がそうさせたのかもしれない。
風は吹いていないものの、強い雨の降る日だった。
ビニール傘をさし、粒の大きい雨を遮った。
昨晩からの雨なのか、地面はすでに薄暗いトーンを保っており、
小さな水溜りからはねる水が俺のズボンの裾を濡らした。
急な上り坂は水を下にある街へと流し、留まるを拒んだ。

 

学校に着いたのは一時間目が終わった休憩時間だった。
雨で蒸しかえる教室はクラスメイトで満たされ、
久しぶりの雨音は教室を静穏で覆った。
俺の席――窓際の後ろから一つ前――の後ろを見た。
ハルヒは窓ガラスの外側を眺め、左手をぴたりとガラスにくっつけていた。
進級したことで、階が一つ下がり、窓からの景色は変わった。
外では、グラウンドが水浸しになり、小さな川を作っていた。

 

一年前のあの日。
ハルヒの表情は怒りで満たされていた。
無矛盾な世界への怒りなのか、自分自身への怒りなのかは分からない。
だが、SOS団の活動を通して、少しずつ感情を取り戻していった。
取り戻すというのは、ハルヒが持っていたであろう――抑えていたであろう――
感情を開放していったというのが正しいだろう。
引っかかっていたのは、ハルヒがなぜ普通の人間を嫌うのだろう、ということだ。
谷口と国木田たちと俺はどこが違うのだろうか。
おそらくそれはハルヒにしか知りえないことであった。
しかし、一つの推測を述べたい。
ハルヒは普通の人間を嫌っているのではなく、
人と仲良くなることを避けているように見えるということだ。

 

今、ハルヒは陰鬱な表情であやふやな視線を泳がせていた。

 

椅子に座ると、ハルヒに倣い、窓の外を眺めることにした。
雨は激しさを増し、窓ガラスに伝わる水滴が水へと変わった。
特別変わったことはない。変わったことはなかった。
世界の普通さに慣れ、そしてSOS団にも慣れた。
日常と非日常を繰り返す毎日が日常になってしまった。
かつて望んでいた非日常が日常へと変わってしまっていた。
そんな憂鬱な世界とハルヒ、そして俺を崩していったのは谷口の一言だった。
そうそれは、本当に妙な角度からの一撃だった。

 

「おい、長門有希が転校したってよ」

 

「へ?」と俺は間抜けな声を漏らした。
「本当だよ。さっき六組のやつがいってたぞ」と谷口は語気を強めていった。

 

ガタンという音ともに後ろに座っていたハルヒが立ち上がった。
「谷口!本当なのそれ?嘘だったらただじゃおかないわよ!」とハルヒは怒鳴った。
「そんなに怒るなって。言ったことは本当だよ」と谷口はなだめるように言った。
「ちょっと、キョン」とハルヒは後ろから異常な力でネクタイを掴んで言った。
「隣のクラスに確認に行くわよ!」

 

ハルヒはネクタイが引きちぎれそうな勢いで俺を連行した。
隣のクラスに入るやいなや壇上に上がり、
「有希が転校したって本当なの?」と大声で尋ねた。
「本当ですよ。朝、ホームルームで先生が言ってましたし」
と近くにいた委員長らしき人がおずおずと言った。
ハルヒは礼も言わず教室を飛び出し、
「職員室に行くわよ」と低い声で言った。
「とりあえずネクタイから手を離してくれ。
 大丈夫逃げたりしないから。長門のことだしな」
ハルヒはネクタイを思い切り下に引っ張った。少し苦しい。
そして、職員室のあるほうへ一人で走っていった。
俺は必死にそれを追いかけた。

 
 
 

俺とハルヒは教室の席に着いた。
結果は同じだった。それに朝倉の時とは違い、行き先も不明だった。
カナダにいると分かれば、泳いででも行くつもりだった。

 

打つ手はない。
おそらく長門のことだろうから、情報操作をしているはずだ。
しかし、なぜ? 唐突過ぎた。

 

「なんで有希は転校したんだと思う?」とハルヒは言った。
振り返ると、ハルヒはバンっと机を叩き、
「なんで有希は言わないのよ!あたしたちってその程度の仲だったの?」
「そんなことはないだろ。何かしらの理由があるんだろ」
「キョンもよく落ち着いてられるわね!
 何かしらの理由って何よ!」とハルヒはヒステリックな声を張り上げた。
「それは俺にも分からん。放課後、朝比奈さんや古泉にも聞いてみよう。
 なにか分かるかもしれない」
ハルヒは何も答えなかった。
ただ、聞き取れないほど小さな声で「もう失うのはいやなの」と呟いた。
そしてハルヒは机に突っ伏したまま放課後まで起きることはなかった。

 

授業はいつにもまして、手がつかなかった。
上の空というのをこれほど実感したことはなかった。
昼食を一人で済ませ、あてもなく学校をうろついた。
そうでもしないと落ち着いていられなかったし、
どこかに長門が隠れているかもしれなかった。
無意識に歩いたのに、行き着く場所は一つだった。
部室棟、通称旧館の文芸部部室。
ドアをそっと開け、部室を眺めた。
パイプ椅子に腰掛け、分厚いハードカバーをめくり、
陶器のように佇む長門有希を期待したが、いるはずがなかった。
パーツを失った部室は空回りをしているように見えた。

 

これ以上見ていることはできず、教室へと逃げ帰った。

 
 
 

放課後、部室には長門を除く全員が揃っていた。

 

今日の古泉は笑ってはいなかった。
沈痛な面持ちで、心ここにあらずといった様子だ。
なぜこんなありきたりの表現かといえば、意識的な表情に感じられたからだ。
葬式の時に笑って手を合わせてはいけないのと同じだ。
ハルヒは団長椅子に浅く座り、教室の時と同じように机に突っ伏していた。
朝比奈さんは健気にもお茶の準備をしていた。

 

部室内に流れる異様な空気に気づいたのか、
朝比奈さんは困惑しているようだった。
「あのぉ、みなさんどうなされたんですかぁ?」
と朝比奈さんは耐え切れずに言った。
ハルヒも古泉も答えなかった。仕方がないので俺が教えることにした。
古泉は『機関』とやらから情報が流れているだろうが、
朝比奈さんは上級生であり、なにも聞かされていないのは明らかだった。

 

「長門が転校したんですよ。理由もいわずにね」

 

「ひぇ?」
朝比奈さんは驚きとも悲鳴とも取れない声をあげた。
「な、長門さんがですか?いっ、いったいどうして?」
「それは分かりません」と俺はいい加減に答えた。
もう、朝比奈さんのかわいらしさを堪能している余裕はなかった。
メイド服を着た朝比奈さんでも無理なら、何がこの動揺を抑えることができるか。
俺はひどく追い詰められていた。
すぐにでも自分の部屋のベッドに身をうずめ、長門のことを考えたかった。

 

それからどれだけ時間が経ったのだろうか、
突然ハルヒは立ち上がり、俺たちを見つめた。
「明日は学校を休んで、有希を探すわよ。
 まだ、何か手がかりがあるかもしれないわ。
 時間はいつもと同じ九時だから」とハルヒは言った。
いつものような勢いは感じられない、淡々とした語り口だった。
「そうだな。マンションとかに行ってみるのもいいかもしれない」と俺は同意した。
ハルヒはそれだけを言うと、部室から早足で出て行ってしまった。

 

「古泉」と俺は呼びかけた。
「なんでしょう」
「お前はなにも知らないんだな?」
「もちろんです。前に約束したように、
 長門さんには危害を加えることはありません。
 というより、不可能でしょう」と古泉はいつものハンサムスマイルを見せた。
「じゃあどうして長門は転校、いや長門のことだから
 たぶんこの世界から消えてしまっているんだろう。
 理由は分かるか?」と俺は尋ねた。
「分かりません。
 ただ、長門さんの転校は上が決定したことでしょう。
 それに長門さんは従った、推測ですが、おそらく正しいでしょう」

 

それは分かっていた。
俺は、なぜ長門が消えなくてはならなかったのか、その理由を知りたかった。
古泉とはこれ以上話しても無駄だろう。
俺は鞄を肩にかけ、部室を後にした。
朝比奈さんにかまっている余裕はなかった。

 

帰りには雨はやんでいた。
それにかわって、蒸発した水によって街は蒸しかえっていた。
家に着くと、妹が出迎えてくれたが、無視して階段を上がった。
一刻も早くベッドに身をうずめたかった。
部屋に入ると、鞄を投げ、ベッドに飛び込んだ。
そして身体を丸め、もがいた。

 

長門はなぜ転校したのか、考えることは断念した。
しかし何も考えないでいると、長門との思い出がフラッシュバックしてきた。
それを断ち切ろうと、また、もがいた。

 

まだ、長門は消えたとは決まってはいない。
明日には見つかるかもしれない。
長門だって風邪を引くんだぜ。休みたい日だってあるに決まってる。
長門だって週明けの倦怠感がいやになることだってあるだろうさ。
長門だって落ち込んで、ブルーな日だってある。
長門だって生理で腹が痛める日があったっていいはずだ。

 

その日、俺はそのまま。

 

俺は満たされない気分のまま眠りについた。

 
 
 

次の日。
予定より一時間も早く起き、一時間も早く家を出た。昨夜は浅い眠りだった。
ママチャリをとばし、集合場所の駅前へ向かった。

 

駅前に到着すると、SOS団の面々は揃っていた。
ハルヒの『遅い!罰金!』の定型句はなかった。
それでも、俺たちはいつもの喫茶店に行った。
俺はコーヒーを、ハルヒはアイスティーを頼んだ。
ハルヒによる爪楊枝くじ引きは無言のまま行われた。
組分けは俺とハルヒの組と古泉と朝比奈さんの組に決まった。
アイスティーを飲むハルヒの顔はいつになく真剣だ。
古泉の言う、葛藤とやらが今回は存在しないようだ。
不思議を探すのではなく、現実を探さなければならないからだ。

 

一度駅前に戻り、二手に別れた。今回は範囲の指定はなかった。

 

別れ際に、
「真剣に探すのよ!でないと全裸で市中引き回しの刑だから」
とハルヒは朝比奈さんに向かって言って、それから俺のほうを向き、
「さあ、いくわよ。キョン。絶対見つけてやるんだから」
とハルヒはいつになく真面目な顔で言った。
「分かってるよ。今回は俺も本気だ」と俺は宣言した。

 

俺たちはまず、長門の住むマンションに向かうことにした。
ハルヒは怒っているのか不安なのか、
初めてみる表情でややうつむきながら大股で歩いた。
俺も自然と早歩きになっていた。
一秒でも早くマンションに着いて、何か手がかりを得たかった。

 

俺とハルヒは無言のまま。

 

長門のマンションは駅から近く、気まずくなる前に到着した。
中から出てくる住民を待ち、閉じかけの自動ドアを通り抜け、長門の住む階へ向かった。
もちろん、ドアは開かず、鍵がかかっており、仕方が無いので管理室へ向かった。
管理人のおっちゃんによると、まだ708号室からの届出は出ておらず、
未だに長門名義の家になっているとのことだった。
おっちゃんとの会話を終了させ、708号室の鍵を借り、また七階へと向かった。
部屋に入ると、そこは変わらずに無機質なものだったが、本やら缶詰カレーやら、
その他いろいろなものが残されており、本当に長門は消えたのかと感じさせた。
結局何の手がかりも見つからず、その場を後にし、マンションから出た。

 

その間、終始ハルヒは俺に対して無言を通し、俺も同様だった。

 

俺たちはこれ以上に行くあてもなく、意味も無く歩き続けた。
ハルヒの大股歩きについていくのは堪えたが、
それ以上に立ち止まっているのは苦痛だった。
住宅地をぐるぐると徘徊していると、
『駅前の公園に行きましょ』とハルヒが言ったので、それに従うことにした。
あの日、長門が長々と電波話をし続けたあの夜、
七時に待ち合わせたあのベンチに俺たちは並んで座った。

 

俺の左側にハルヒが座った。
なにかぼんやりとした表情で、斜め下を見つめていた。
覇気のないハルヒはあまりにも不自然だった。
そして唐突に不似合いな言葉を吐露した。

 

「ごめんなさい」

 

そして、なにかにとりつかれたように続けた。
「あたし、有希が転校したって聞いたとき、それは驚いたわ。なんで?ってね。
 でも、一瞬、あたしは楽になった気がしたの。
 そして、そう感じた自分に失望した」
俺はハルヒの方を見ることができず、空を仰いでいた。
「なんでもない。忘れて。
 忘れないと、あんたもみくるちゃんと同じで全裸で市中引き回しの刑だから」
とハルヒは強がった。
俺にはハルヒの言っている意味が理解できなかった。
楽になる?SOS団の団員がいなくなるってのに。

 

そのまま俺たちは三十分ほどそのまま座り続けた。
隣に座るハルヒは甘美な匂いがした。
横から眺める真っすぐとした黒髪と、整った目鼻立ちは俺を緊張させた。
誰もいない公園は、自らの存在価値を失い、泣いているようにも見えた。
俺たちがいることで存在の瀬戸際を保っていた。
そして、俺たちがいなくなることでまた価値を失うのだ。

 

俺とハルヒは公園を後にして、駅前に戻った。
すでに、朝比奈さんと古泉はいて、二人でなにかを話し合っていた。

 

「こちらは何も収穫なしです」と古泉は残念そうに言った。
「そう。あたしとキョンは有希の家に行ってみたんだけど、
 誰もいなくて、手がかりなしね。ホント、どこいっちゃったのかしら」
「残念です」と古泉はさも残念そうに言った。
「すみませんが、午後からはバイトが入ってしまったので捜索には
 参加できそうにありません」
ハルヒは少し考えた後、
「それじゃあ、仕方ないわね。
 どうせもう探すところなんてないから、これで解散でいいわね?」
と俺と朝比奈さんにむかって言った。
「しょうがないよな。一度帰って、各自で探す方法を考えてみるか」
と俺は言った。
「そうですね。わたしもそれがいいと思います」
と朝比奈さんは頷いた。
「それじゃあ、解散ね。明日の放課後話し合いましょう」
とハルヒはそれだけ言うと、駅に向かって歩き出した。

 

「それでは僕はこのあとバイトがあるので」
「バイトって、閉鎖空間か?」と俺は尋ねた。
「そうです。この件で涼宮さんの精神状態は悪化していますからね」
「そうか」
俺は朝比奈さんが手を振って帰るのを見送ると、
「頑張れよ」と古泉に言って、帰宅した。

 

家に着くと、すぐにベッドに横になり、また長門のことを考えた。
なにか手がかりはないのか、必死に求めた。

 

今まで、長門はどんな時でもヒントを出してくれていた。
根拠は無かったが、今回もあるはずだということを確信していた。
そして、俺は今までの長門との思い出をめくった。

 

そして気づく。

 

ははっ、なんだ簡単じゃないか。
昨日は気が動転していて気づかなかった。

 

俺と長門をつなぐもの。

 

そう、あの本だ。

 

そしてそれは栞という形をとって俺に伝える。

 

そう思う前に、俺は駆け出していた。
学校をサボったことを忘れ自転車で、全速力で学校に向かった。

 

息が切れた。

 

全速力といっても自転車の最高速度はせいぜい四十キロ。
速く、もっと速く。
ペダルは空転し、それ以上を拒んだ。

 

学校に着くやいなや、部室棟に向かった。
階段を駆け上がり、勢いよく部室のドアを開けた。

 

すぐに『あの本』を探した。

 

――――あった。

 

素早くページをめくり、栞を探した。
はらりと足元に落ちた、長方形の紙。
それを慌てて拾い上げ、読んだ。

 

『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』

 

あの時と同じ、ワープロで印字されたような綺麗な手書きの文字が書いてあった。
俺は栞をポケットに入れると部室を後にした。
そしてそのまま、今日ハルヒと座った、あのベンチへと向かった。
長門を待たせたくなかったからだ。

 

公園につくと、俺はベンチに座り、辺りを見回した。
公園の時計は三時をさしていたが、それでも遅すぎる気がした。
そのあと俺はじっと長門が来るのを待った。

 

夜風が肌に凍みた。
こういうときの時間は永遠にすら感じるものだ。

 

「来たか」
日が沈み、辺りが暗くなった頃、長門は現れた。
時計を見ると、七時一分をさしていた。

 

無機質な表情のまま、俺の前で立ち尽くしていた。
そして一言だけ。
「こっち」

 

長門は無言のまま歩き出し、マンションに向かっているようだ。
足音のしない、忍者のような歩き方は変わっていない。
歩き出した長門の横を歩いた。
夜風に揺れるショートカットが鮮明に映った。
マンションに着くと、手押ししていた自転車を適当に止め、
今日三度目のガラス戸を抜け、エレベーターに乗り込んだ。
エレベーターの中で俺は長門を見つめていたが、
無表情のまま立っている以外のことを発見することできなかった。
708号室のドアを開けると、
「入って」と長門は俺をじっと見つめ、言った。
「ああ」
玄関で靴を脱ぎ、リビングへと歩いた。
年中置いてあるこたつを指差すと、
「待ってて」と長門は言った。
「いや、お茶ならいいぞ。話を聞かせてもらおうか」
「そう」

 

長門がこたつの前に座ると、俺も座った。
「それじゃあ、聞かせてもらおうか。なぜ転校することになったのかをな」

 

長門は俺を真っすぐに見つめた。
「情報統合思念体はわたしの処分を決定した」
「そうか。思ったとおりだ」

 

「ただし、今回の決定は私自身の過失に起因するものではない。
 涼宮ハルヒの情報を生成する能力が収束に向かっていることが主な原因。
 情報統合思念体は失望した。
 現在の涼宮ハルヒの能力は
 かつて弓状列島の一地域から噴出した情報爆発の十分の一にも満たない。
 大規模な情報改竄は不可能になり、
 情報統合思念体の無時間での自律進化の可能性は失われた」

 

ハルヒの能力が収束?

 

「これからのことは最近になって明らかにされたこと。
 わたしのような端末には与えられていなかった情報」

 

長門は一呼吸おいて続けた。

 

「わたしはわたしの存在理由を涼宮ハルヒを観察して、
 入手した情報を情報統合思念体に送ることだと考えていた。
 しかし、それだけではなかった。
 そもそもそれだけでは矛盾が生じるのは明らかだった。
 情報生命体である彼らは宇宙中の情報を無時間で入手することができるからだ」

 

長門はまた間を空けた。

 

「彼らは情報生命体である以上、時間という概念を持つことはない。
 それゆえに、人間でいう死の概念、そして記憶というものを持たない。
 わたしが十二月に異常動作を起こしたのもこれに起因する。
 記憶は彼らの中に本来的に存在しないため、
 情報として置き換えるのには曖昧さが残った。そのため、バグが溜まっていった。
 十二月に実行された世界改変は、
 インターフェースのなかでわたしが最も長い時間を生きているために発生した事故」

 

「それゆえに、わたしの処分は決定的なものとなった」

 

「で、結局なんで処分は決定されたんだ?」

 

「涼宮ハルヒの能力の収束に伴い、地球上で活動する、
 インターフェースの絶対数を減らす必要がある。
 それに加え、記憶によるバグは危険を伴う。
 だから、最も時間を経たわたしから順に処分を開始する。当然の処置」

 

「だとして、いなくなることはないじゃないか」

 

「……仕方がない」

 

「仕方がなくなんかない!」

 

俺は憤慨していた。思わず声を張り上げた。

 

「長門、お前はどう思ってるんだ?」

 

「わたしはこの世界に残りたいと感じている」

 

「なら!」

 

「わたしには決定権がない」

 

「なんでお前の意思は尊重されないんだ!」

 

「……仕方がない」

 

「ハルヒに俺が『俺はジョン・スミスだ』だということを明かすと
 情報なんたらやに伝えてくれ!」

 

「涼宮ハルヒにはもう時間を改変するほど力は残されていない」

 

「くそっ。どうすればお前を助けられる?
 俺にできることはないのか?」

 

「ない」

 

「……仕方がない」と長門は呟いた。

 

「……どうすればいいんだ」

 

「……仕方がない」

 

俺は立ち上がると、長門に近づき、抱きしめてしまった。
それがいいことなのかは分からない。

 

ただ、強く抱きしめた。
細い身体は今にもサラサラと砂になりそうだった。

 

長門は抱きしめ返すことはなかった。
ただ、正座したまま動かなかった。

 

無機質な有機アンドロイド、長門有希。
寡黙な文学少女、長門有希。

 

そして俺たちはそのまま。

 

しばらくすると長門は俺の胸を押し、離れようとした。

 

「あ、すまん。つい勢いで」と俺は長門から離れ、謝った。

 

「帰って」

 

「へ?」と俺は間抜けな声を出した。

 

「帰って」と長門は俺を強く見つめた。これ以上はできないぐらいに。

 

「帰らないと言ったら?」

 

「あなたのわたしに関する記憶を消すことになる」

 

「そうか」

 

俺はしぶしぶ同意し、リビングを出ることにした。
去り際、長門は言った。

 

「あなたがわたしのことで本気になってくれたことを嬉しく思っている」

 

「でも、もう時間がない」

 

そして最後に、

 

「ありがとう」と長門ははっきりと言った。

 

俺は何も言わず、玄関を飛び出た。
エレベーターを待てず、階段で降りた。
マンションの前に放置してあった自転車に乗り、走り出した。

 

輝かない空を見上げ、自転車を全速力でとばした。

 

「くそっ。どうして俺は何もしてやれないんだ」

 

そして俺は逃げ出したのだ。仕方がなかったでは済まされない。
だが、自分を責めることはできず、長門を責められるわけでもなかった。
俺は圧倒的な暴力の瀬戸際に立たされていた。

 

忘れていたのだ、自分が何もできない普通の人間だということを。

 

揺らぐ意識の中で、長門のことを思った。

 

せめて、

 

長門がバグだというその記憶が、

 

幸せで満たされていることを、ただ、祈った。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:11 (3087d)