作品

概要

作者rain
作品名涼宮ハルヒの追憶 第一章
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-08-21 (月) 17:48:29

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

俺は二十五歳で、新幹線に乗っている。
現在暮らしている東京から下り、かつて通っていた高校に向かっている。
文明の進化は停滞しているようで、所要時間も分単位の短縮でしかないし、
シートの座り心地も改善されていない。
最も変わっていないのは新幹線の中にいる人なのだが。
視線を右側の窓へと移す。
灰色の雲が空から垂れていた。
山を縁取る稜線と緑、点在する民家が厚みのあるガラスを通して、
視界から一瞬で通り過ぎる。
しかしまた同じ風景が切り取られた視界を満たした。
変わりのない風景は俺を安心させた。

 

左側の座席には彼女が座っている。
深い眠りに落ちているようで、髪の毛一つ動かない。
細い首筋の透き通るような白い肌は俺の目を満足させるには十分だった。
膝の上にある手は閉じた分厚い文庫本を押さえていたが、
どうやら気持ち程度であるらしく、膝から滑り落ちた本を俺は何度も拾い、
彼女の膝の上に戻した。

 

こんな風に彼女が眠れるようになるには時間が必要だった。
だから、俺の横で気を緩めることができることが嬉しくもあった。
最高級のベッドだろうが、この座り心地の悪いシートに負けることもあるのだ。
眠れない彼女のために安眠グッズを集めていたことを思い出した。
結局、安眠グッズは役に立たなかった。
迷走していた俺に、
「一緒に寝て」と彼女は言った。
彼女に必要だったのはウォーターベッドでもなく、低反発の枕でもなかった。
本当に必要だったのは人に対する安心だった。
その日、俺と彼女はゆっくり交わった後、深い眠りにつくこととなった。

 

さて、話を戻そう。
俺はなぜ今さら高校に向かっているのか、それが問題だったな。
十年前の今日、学校の文化棟、旧文芸部の一室。
そこで始まった奇妙な団体のことを覚えているだろ?

 

――世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団

略、SOS団。
そう、今日でSOS団は設立十周年を迎えた。

SOS団設立十周年記念パーティーのお知らせ。

団長様が実家に送ってきたハガキに書いてあった。
ハガキの内容はこうだ。

『このたびSOS団は十周年を迎えました。
 みなさんいかがお過ごしですか?
 集合場所、時間は五周年の時と同じです。
 今回は五人だけで行います。
 それでは、あの部室で。
       SOS団初代団長 涼宮ハルヒ』

秀逸な筆運び―ボールペンだが―で書かれていた。
中高生が書くような丸っこい字ではない、女性の字だった。
ハガキで送ってきた理由は、そのほうが大切にしてもらえるから、
と五年前にハルヒが言っていた。

 

そうか、と俺は思う。

 

ハルヒも長門も朝比奈さんも古泉も、そして俺も。
十年という月日を経て、みんな変わっていった。

 

変わらないことを望むのは愚かなことで、
あの日々はもう戻ってくることはなかった。
記憶の中だけに残り、そして俺の身体を構成していった。

 

あの部室から見る、部室に差し込む西日は変わってしまったのだろうか。

 

俺は目をつむり、あの日の部室を、SOS団を思い出す。
それはひどくぼやけていて、不鮮明なものだった。
真剣になればなるほど、理想からは遠ざかっていった。

 

おっと、感傷的になっちまったな。
実はやることはパーティーだけじゃないんだ。
むしろこっちのがメインといっても言い過ぎじゃない。
さて、このやっかいごとを済ませる前に一眠りといこうか。
説明は駅に着いてからでも間に合うからな。

 

「そう思うよな、長門」と俺は隣に座る彼女に小さく言った。

 

返事はない、ただの屍のようだ。
ではなく、寝てるだけ。

 

俺は長門の曲線を描くまつ毛を見つめ、
「お前も、そう思うだろ?」と心の中で繰り返した。
そして、シートを倒し、浅く、しかし深い眠りへと落ちた。

 
 
 

「キョン、駅に着いたよ」と長門は言って、俺の肩を優しく揺すった。
俺はぼんやりとした意識の中、感謝の言葉を述べた。
「もう、私が寝ていたらどうするのよ」
「その時はその時だ」
長門は柔らかな笑顔で、降りよといって俺のシャツの袖を引っ張った。
俺はシートを直し、忘れ物がないかシートの下を確認して、
袖を引っ張る長門の後を追った。
これから乗り換えて、もう少しで地元に到着する。

 

「久しぶりね、SOS団で集まるの。
 五年ぶりか。何だか懐かしいわ。そう思わない?」と長門はこちらを見て言った。
俺たちはローカル電車の横並びの座席に並んで座っている。
平日の二時過ぎということもあって電車は空席だらけだった。
ローカル電車からの風景は新幹線の窓を流れるそれとは違ってゆっくりと流れていた。
昼下がりという時間が与えてくれる、ゆったりとした時間がそう思わせてくれた。
「思うよ。古泉とは時々会ってるからそうは思えないけど、
 ハルヒと朝比奈さんには五年も会ってないからな。
 けど、驚くだろうな。今じゃ長門もこんなに饒舌になったって知ったら」
「饒舌まではいかないわよ」と長門は不満そうに言った。
続けて、ゆっくりと懐かしいアルバムをめくるように大事に話してくれた。
「でも、何にも縛られず、素直に話せるようになったのは五年前に
 キョンと付き合いだしてからよ。それまで、私は一人だった。
 あなたを思う一人だった。そして、少しずつ私は変わっていった。
 記憶を重ねていったの。安心できるように。
 だけど、能力は失われていて完璧には覚えていられない。
 不安で仕方がなかった。なんで人はこんなに不鮮明でも生きていけるのって。
 でも、キョンと一緒にいて分かったの。
 それは私の身体の一部になっていたんだって。
 雨の日の帰り道のこと、けんかしたこと、まずい料理を作ってしまったこと、
 一緒に旅行にいったこと、初めて一緒に寝た夜のこと。
 これはもう私になってしまったのよ」
俺は少し間をおいて、ありがとうと言った。これぐらいしか言える言葉がなかった。
「どういたしまして」と長門は微笑んだ。

 

地元の駅に着いた。
切符を入れて改札口を抜ける。
駅前の風景は変わっていなかった。というのも、正月には実家に帰省しているからだ。
「ここにいるはずなんだけど」
「誰が?」と長門は尋ねた。
「朝比奈さんの大人バージョン。もう、三十歳は過ぎてるはずだけど」
仕方がないので、俺たちは自販機で飲み物を買い、駅前のベンチで並んで飲んだ。
俺は昔からあるコーヒーで、長門は新発売のミルクティーだ。
ここ十年飲料業界はこれといった発展を見せてないのは
現代人の味覚が変わっていないからだろうか。
時々、吹き抜ける春風が顔に当たって心地良い。
左側に座るのがお決まりになっている長門のショートカットの髪が揺れた。

 

長門は時間の合間に本を読むことはなくなった。
本好きなのは変わらないが、周りの風景を見たりすることも好きみたいだ。
隣でまだ咲かない桜の木をじっと見つめている。

 

「キョン君だよね?」
突然呼びかけられ、声のするほうを向く。
笑顔の朝比奈さんが俺の前に立っていた。
三十歳を過ぎているのに、抜群の曲線美を維持していた。
俺と同い年といっても通用する童顔だった。
長門のあどけなさとは違った、優美さが身体を包んでいた。
「そうです。お久しぶりです」
「キョン君も大人になったわね。一目見ただけじゃ分からなかった」
「驚いてる場合じゃないんだった」と朝比奈さんは小さく言った。
「もう余り時間がないから移動しましょう。場所は以前の長門さんのマンション」

 

俺たちは駅に程近い長門が住んでいたマンションに向かった。
途中、長門と朝比奈さんは昔からの友達のように語り合っていた。
短い移動を済ませ、長門が住んでいた部屋に入った。
あの部屋を長門はまだ所有していた。
エントランスの暗証番号は変わっておらず、
部屋の鍵も長門が持ってきていたので、簡単に入れた。

 

ドアを開け、リビングへと続く廊下を並んで歩いた。
リビングの内装は無機質なままだった。
ここには未だに高校を卒業した時のままの時間が保存されていた。
「キョン君、この後にやることは覚えているわよね?」と朝比奈さんは尋ねた。
「ええ、しっかりと」
このあと行わなければいけないこと。
それは、九年前のあの日に時間遡行をして辻褄を合わせることだ。
これが最後のSOS団の活動である。

 

長門は部屋の隅々を見回って、置いてあるこたつに手を触れてみたりしていた。
「懐かしい。東京の大学に行って以来ここには入っていないから」と長門は言った。
朝比奈さんは目を閉じ、壁に寄りかかって、何かを待っている様子だ。
「キョン、私この部屋を出て正解だったわ。
 一人で住むには広すぎるもの」と長門は窓の外を見るのをやめ、振り返って言った。
俺は頷くと、朝比奈さんを見た。そろそろ時間だ。

 

「時間よ。帰ってきたら本当のさよならね。時間を飛ぶのも今回で最後よ。
 もう、タイムジャンプできるほどの時間の揺らぎは消えてしまったから。
 それじゃあ、目を閉じて。時間酔いするといけないから」
「分かりました」

 

「いってらっしゃい」と長門は笑顔で手を振った。
大きくじゃなく、小さく肘から先を振る感じだ。
「ああ」
俺は目を閉じ、あの時のことを考えた。

 

九年前に起こった出来事のことを。

 

「じゃあ、いくわよ」

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:02:09 (2705d)