作品

概要

作者ながといっく
作品名おでんのない食卓
カテゴリー消失長門SS
保管日2011-12-20 (火) 00:33:25

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 十二月十九日、夜。
 何もかもが変わってしまった世界で、未だこの現状を打開する手立てが見つからない俺は、どういうわけか長門の部屋にお邪魔していた。
 無理やり押しかけたというわけではなく、長門が招いてくれたのだ。つい昨日、暴漢まがいのことをして怖がらせてしまったというのに、ずいぶんな歓迎ぶりである。
 よほど信頼されているのか、それとも単に無警戒なのか。それはよくわからないが、少なくとも、俺に敵意を持ってはいないようだった。
 これまたつい昨日、マイスイートエンジェルこと朝比奈さんに狼藉を働いてしまい、その結果、グーパンチというこの上なく明確な形で拒絶されてしまった今の俺にとっては、これほどありがたいことはない。

 

 その長門の部屋のリビング。
 ほどよい温度に暖まったこたつに両足を突っ込み、長門が淹れてくれたお茶をちびちび飲みながら、俺は、こたつ机の向こう側で何かを言いたそうに口を開けたり綴じたりしている長門を眺めていた。
 どれくらいそうしていただろう。やがて、長門が意を決したように言った。
「わたしはあなたに会ったことがある」
 付け加えるように、
「学校の外で」
 思わず聞き返す。
「どこで?」
「覚えてる? 図書館のこと」
 長門、そして、図書館。
 この二つのキーワードから導き出すことのできる"過去"を、俺は確かに覚えている。脳裏に蘇るのは、長門と初めて図書館に行ったあの日の出来事。
「あなたがカードを作ってくれた」
 ――この長門は、あの日のことを覚えてるのか?
 途切れかけた線が、僅かに繋がったように思えた。

 

 しかし、続けて長門が語り始めた"過去"は、俺の知らない物語だった。

 

 長門の話を要約すると、こういうことだった。
 五月の連休も明けた頃、初めて市立図書館に行った長門なのだが、本を借りるための図書カードの作り方が解らなかった。間が悪いことに、その日の図書館は凄く混んでいて、忙しそうにしている職員に声をかける勇気もなかった。為す術もなく館内をうろうろとしていたところを、たまたまそこにいた男子高校生に声をかけられて、そいつが長門の代わりにカードを作ってくれた。
 そして、その親切な男子とやらが、
「あなただった」
 長門の視線が俺を捉える。俺の知っている長門とは違う、温かみがあって、それでいて少し弱々しい瞳。
 一瞬だけ目を交わしたあと、長門はほんの少し顔を赤らめ、
「……ありがとう」
 控えめな声で、しかし、はっきりとそう言った。

 

 二人きりのリビングに沈黙が戻った。
 言うまでもなく次は俺のターンのようで、長門は俯いたまま、俺の反応を待っている。しかし、俺は発する言葉を見つけられないでいた。長門の問いへの決定的な解答を、俺は持ち合わせていないのである。
 長門は「覚えてる?」と問うた。
 ならば、本来その解答は、「覚えている」か「覚えていない」の二者択一である。だが、この二択に答えるのは難しい。
 まず、ここで「覚えていない」と答えることはできない。5月のあの日、俺が市立図書館で長門に図書カードを作ってやったのは確かだからだ。ストーカーもびっくりなくらいにハルヒからの着信がうるさかったし、そうでもしないと、長門はあの場所から動かなかっただろうからな。
 かといって、「覚えている」と答えるのも躊躇われる。なぜなら、さっき長門が話した"過去"と、俺が覚えている"過去"は微妙にズレているのだ。まず、俺と長門はそこでたまたま出会ったわけではないし、ましてやそれが俺と長門のファーストコンタクトというわけでもない。俺はあの日、"長門と図書館に行った"のだ。ハルヒ主催の不思議探索パトロールのサボり場所として。
 どうして食い違う。俺の記憶に瑕疵があるのか、それとも長門の記憶が間違っているのか。あるいは、この世界が異世界だとでもいうのだろうか。
「…………」
 俺の無言を否定の意味に受け取ってしまったのだろうか。
 長門は、落胆するように目を伏せ、その細い指先で急須の蓋の縁をくるくるとなぞった。その、"長門にはありえない"仕草に、俺は余計に知らない世界に来てしまった隔絶を感じ、何も言えなくなってしまった。

 

「ごめんなさい」
 居心地の悪い沈黙を破ったのは、長門だった。
「覚えていなくても仕方ない」
 わたしのことなんて、と続ける長門を、堪らずに制する。
「いや、そうじゃないんだ」
 そうじゃないんだ。決して、覚えていないわけじゃない。
 俺は、確かにあの日、長門にカードを作ってやった。それは忘れようのない、揺るぎない真実だ。
 でも、長門。
 俺の知っている"長門有希"は、お前じゃないんだ。
「うっ……」
 強烈な吐き気が俺を襲う。
 無意識に忘れようとしていた現実に、強引に引き戻されるような、そんな感覚。
 ――参った。
 今までも、散々非常識な事件に遭ってきたが、流石に今回は規格外だ。
 少なくとも、これまでは常に誰かが俺を助けてくれた。それが長門だったり、古泉だったり、大きい方の朝比奈さんだったり、その時々で違いはしたけれど、一人で何かを背負い込むことはなかった。灰色空間に閉じこまられた時でさえも、ハルヒが一緒だった。
 けれど、今回は誰もいない。ハルヒはクラス名簿から抹消されていて、朝比奈さんは俺を忘れているし、古泉に至っては教室ごと失踪ときた。そして、最も頼りにできる宇宙人……長門有希は、まるで別人の、普通の少女になってしまっている。
 もしも、このまま元の世界に戻れなかったら。
 長門が栞に残してくれたヒント――「鍵」を見つけられなかったら。
 俺は、この世界で、一人ぼっちになっちまうのか?
「大丈夫……?」
 気がつけば、向かい側にいた長門が俺のすぐ側に来てくれていた。
「顔色が悪い……」
 心配そうに俺を見つめる長門。さぞかし酷い顔をしているのだろう。
「すまん、でも大丈夫だ」
 口ではそう言いつつも、正直なところ全く大丈夫ではなかった。
 ――吐き出したい。
 心の底からそう思った。
 孤独を、不安を、絶望を、何もかもを長門にぶちまけてしまいたかった。
 躊躇いもある。クラスメイトたちの変なものを見る目、朝比奈さんの怯えた目、鶴屋さんの警戒した目が脳裏によぎる。これ以上変な話をして、長門にまで拒絶されたくはなかった。
 そうなれば、この世界で、俺の居場所はどこにもなくなってしまう。
 けれど、長門なら、何もかもを受け止めてくれる気もした。それは、俺の知っている長門への信頼感からくるものかもしれないし、俺を文芸部に誘ってくれたり家に招いてくれたりした、この長門の優しさに甘えているだけなのかもしれない。前者だとしたら錯覚にすぎないし、後者だとしたらとんだ卑怯者だ。
 それでも俺は、心の支えになってくれる人間が欲しかった。
「長門」
 自分でもわかるくらいに弱々しい声で、俺は長門に乞う。
「なに?」
「俺の話、聞いてくれるか?」
 長門はその黒い瞳でそっと俺を見つめ――こくん、と静かに頷いた。

 

 俺は長門に聞かせてやった。
 この世界が、俺のいた世界とは違っていること。俺の世界での長門は宇宙人に作られたヒューマノイド・インターフェースであること。そこには宇宙人の他に未来人や超能力者がいて、そいつらが涼宮ハルヒという女子高生を監視するために派遣されていること。
 そして、今年の春から今までに俺が体験した事を掻い摘んで話していった。俺と長門の出会いと、ハルヒによるSOS団の結成。その活動の一環として二人で図書館に行ったこと。別の宇宙人に襲撃され、長門に命を救われたこと。灰色空間への隔離と脱出。七夕のタイムトラベルと時間凍結。そして、一万回以上繰り返した夏休み。話せば話すほど、長門絡みのエピソードが多いこと、その度に長門に助けられていたことに気付かされた。
 ちなみに、俺を殺そうとした宇宙人が朝倉であることは伏せておいた。この世界での長門と朝倉がどんな関係なのかはわからないが、もし知り合いだったとしたら、殺人鬼扱いされるのは良い気分ではないだろうからな。
 それと、灰色空間からの脱出手段についても適当にぼかしてしまったが、これは単に恥ずかしいからであって他意はない。本当だ。多分。
「……と、いうわけで、最初に言った通り、俺の知ってるお前は宇宙人なんだ」
 昔、俺が想像していたタコさんみたいな宇宙人とは随分違うがな。
 ひと通り話し終えた所で、おそるおそる、すぐ側に座っている長門の様子を伺う。
「………」
 ぼうっと俺を見つめるその表情は、全てを素直に受け入れたという感じではなかったが、俺が恐れていたような拒絶の意思表示でもなかった。例えるなら、母親が読み聞かせた物語を頭の中で展開する子供のような、どこか好奇心に満ちている目。そんな目をしていたから、俺は少し意表を突かれた。
「やっぱり、こんな馬鹿げた話信じられないよな」
「ううん、信じる」
 彼女にしてははっきりとした口調で、長門がそう言い切った。
「本当に?」
 長門はしっかりと頷き、
「あなたは嘘は言わないと思う……それに」
 それに?
「小説……みたいで面白かった」
 ぽつりと、そう呟いた。
「……小説か。確かにそうだな」
 というか、小説でも、こんな突飛な設定には滅多にお目にかかれないだろうな。
 一つの部活に宇宙人と未来人と超能力者がいて、更にその三人が一目置く、世界はおろか宇宙の行く末を左右するトンデモパワーをもった女子高生がいるだなんて。更には、何故かそこに一般人が一人紛れ込んでいるというアンバランスさときたもんだ。そんな小説があるなら、ぜひ一度読んでみたいものである。
「でも、ごめんなさい……多分、わたしは宇宙人じゃないと思う」
「そりゃ、見ればわかるさ」
 どこをどう見たって、この長門は普通の女の子だ。今更、「実はわたしも宇宙人でした」などという展開は流石に望まないし、逆にびっくりするだろうよ。
 だが、次に長門が口にした言葉は意外なものだった。
「でも、そうだったらよかったのに」
 どういうことだ?
「……その"わたし"が羨ましいから」
「羨ましいって、俺の世界の長門がか?」
 長門は頷き、少し言うのを躊躇うように口ごもりながら、
「その"わたし"は、あなたに頼られているから」
 まさしく、その通りだった。
「そうだな……。確かに、長門にはいつも頼ってばっかりだった」
 結局のところ、今回、俺がこれほどまでに動揺し、混乱し、不安に駆られているのは、「長門がいないから」という、ただそれだけの理由なのだ。
 長門さえいてくれれば、例えハルヒがいなかろうが、朝比奈さんが俺のことを忘れていようが、俺はもっと余裕をもって構えていられたことだろう。古泉なんて、半年くらい帰ってこなくても何とも思わなかったもしれない。
 長門なら何とかしてくれる、困った俺を助けてくれる。そんな、半ば依存心めいた信頼感を俺は長門に抱いていた。
「ごめんなさい」
 なぜお前が謝る。
「わたしは、頼られるような人間じゃないから……いつも人に頼ってばかりで……」
 長門が、自ら無力さを憂うように呟く。
 ――俺と同じだ。
 俺の知っている長門なら、人に頼ることなんて考えられなかったかもしれない。でも、この長門は違う。俺と同じ、誰かを頼る側の人間。
 そんな長門に、俺は不思議な親近感を感じていた。
「頼ってばかりじゃないだろ。現に、いま俺はお前に頼ってるしな」
 随分とかっこ悪い台詞ではあるが、事実なのだから仕方ない。
 結局のところ、宇宙人だろうがただの女の子だろうが、俺は長門を頼ってしまう運命にあるのだろう。そう開き直ってしまうと、少し気が楽になった気がした。少なくとも、この世界にも、俺が頼ってもいい人間がいるみたいだった。
「そんなこと……ない……」
 長門が照れ隠しをするように俯く。俺の知っている長門からは決して見られないような仕草は、すごく可愛らしかった。
 ――最悪、元の世界に戻れなくても何とかなるかもしれない。
 ほんの少しだけだが、俺はそう思えるようになっていた。この長門と、互いに頼り合って生きていけるなら。
 そんな、半ば諦めにも似た感慨に耽っていると、長門が付け足すように小さな声で、
「……それに」
 それに?
「その"わたし"は、あなたと図書館に行ったから」
 それだけ言うと、長門は顔を赤く染めて俯いた。
 それに釣られるように、俺の顔面も熱くなる。……これは、やはり"そういう"意味なのだろうか。今日、ここに招かれたあたりからうっすらと気づいてはいたが……どうやらこの長門は、俺に好意を抱いてくれているらしい。
 正直言って、嬉しかった。
 しかし、気恥ずかしくてどうにも返す言葉が見つけられない。苦し紛れに耳の辺りを掻いていると、

 

 くしゅん。

 

 長門がこれまた可愛らしいくしゃみをした。
「あ、すまん」
 ここにきて、俺はようやく、長門がずっと俺のすぐ側、つまりはフローリングの床に座っていたことに気づいた。暖房が入ってるとはいえ、寒かったはずだ。まったく、家主を床に座らせて自分はこたつでぬくぬくとしやがって、礼儀知らずにも程があるぞ、俺。
「ほら、長門も入れよ」
 こたつに入るように、俺は長門を促す。
 もちろん、俺の意図は元の状態、すなわち、こたつ机に向かい合って座る形に戻ることである。
 ところが、長門はそれをどう受け取ったのか、驚いたように顔を上げると、その頬を赤く染めたまま、静かに頷き――

 

 ――すっと"俺の隣に"入ってきた。

 

 驚いたなんてもんじゃなかったね。いや、確かにこたつには入っているけどさ。
 しかも、元々そんなに大きなこたつでもないから、当然のように、肩やら肘やらが密着することになる。平均的男子たる俺にとってはなかなか厳しい状況である。まして、何度も言うようで恐縮だが、今の長門はすごく可愛いのだ。
 何の警戒もなく一人暮らしの部屋に招いてくれたことといい、あまりそういうことは気にしないタイプなのかと思えば、長門は今まで以上に顔を真っ赤にしているし、こたつの中で足が触れ合うたびに変な声を上げて身体を震わせたりするしで、奥手なのか積極的なのか、度胸があるのかチキンハートなのか、まるで解らない。
 しかし、その様子がいちいち面白かったり可愛かったりしたせいで、いつのまにか俺も妙な気分になってしまい、何度かわざと足をぶつけてみたり、身体を寄せてみたりして、長門の反応を楽しんでいた。
 ……おい、こらそこ、変態とか言うな。

 

 結局、そのままこたつでくっつきながら、俺と長門はいろんな話をした。
 長門は、俺の世界の長門の話を聞きたがった。野球大会で俺と即席バッテリーを組んだこと。文化祭で魔女ルックで映画を撮ったり、ハルヒと一緒に軽音楽部のステージに乱入してギターを演奏してみせたこと。コンピ研とのゲーム対決で超人的なハッキングを見せて、SOS団を勝利に導いたこと。どのエピソードでも主役級の活躍を見せるもう一人の自分の話を、長門はどこか羨むような表情で聞いていた。
 この世界の長門の話もいろいろと聞いた。こっちの世界の長門にはちゃんと両親がいて、両親ともに海外に出張していること。同じマンションに住んでいる友達が色々と世話してくれること(同じ北高の生徒らしい。誰だろうな?)。すごく目が悪くて、眼鏡なしでは部屋の中を歩き回ることすらままならないこと。
 こうやって話してみると、こんな高級マンションに一人暮らししているということを除けば、この長門は見た目通りの、普通の女子高生だった。そして、そんな長門と会話する俺も、やはり普通の男子高校生に過ぎなくて。
 非日常の真っ只中に置かれているはずの俺なのだが、今、この場面だけを切り取ってしまえば――それは、絵に描いたような平凡な日常だった。

 

 途中、みかんをつまんだり、長門が作ってくれたレトルトカレーを食べたりしつつ、話の種も尽きてきた頃には、時計の針は十一時を回っていた。
 普段はあまり遅くまで起きていないのだろうか、長門は眠たげな顔をしている。かくいう俺も、疲れがどっと出てきたのか、眠気をひしひしと感じていた。
「なあ、一体誰がこんなことしたんだろうな」
 正直、ハルヒ以外考えられないけどな。
「……わからない」
 やはり眠そうな長門の声。
「でも」
 でも?
「……わたしかもしれない」
 長門の返答は予想外のものだった。
「あなたの世界の"わたし"なら、それができる気がする」
 確かに、万能さについていえばハルヒ以上な長門のことだから、このくらいのことができても何もおかしくはない。
「でも、どうして長門がこんなことをする必要があるんだ?」
 長門は、二、三度瞬きをすると、じっと俺を見て、
「もしかしたら、だけど。あなたの世界の"わたし"は、わたしのようになりたかったのかもしれない」
「俺の世界の長門が、お前のように?」
「……うん」
 それだけ言うと、長門は視線を空中へと向けた。
 この長門は、俺の世界の長門が羨ましいという。しかし、俺の世界の長門は、今の長門のようになりたかったのかもしれないと、この長門はいう。単純に考えれば、隣の芝は青いみたいな話でしか無い。しかし、俺には何か引っかかるところがあった。
 長門が、この長門に――普通の女の子になりたかった?
 まさか長門に限って、と一笑に付すのは簡単だ。
 けれど。もしも、もしもだ。この世界が、長門の望んだ世界だったとしたら……
 決して答えが出ることはないであろう問いの答えを探そうとしたそのとき、

 

 ぽん。

 

 と、何かが肩に乗っかった。
「長門……?」
「………」
 見ると、長門がその小さな頭を俺の肩に寄せ、すぅすぅと静かな寝息をたてて眠っていた。
 その寝顔に、宇宙人の面影はどこにもない。あらゆるものに対して無力な、庇護してやりたくなるような寝顔だった。
「……さて、どうするかね」
 どうするも何も、いくら何でも泊まるわけにはいかないので、帰るほかないのだが、このまま長門を放置して風邪でも引かれたら大変だ。とはいえ、せっかく気持ちよさそうに眠っているのを起こすのも忍びない。
 それなら、せめて毛布でもかけてやろうと思い、それらしきものが無いか部屋を見渡していると。
 長門が、消え入りそうな声で寝言を発した。
「ここに……いて……」

 

 ――やれやれ。

 

 おふくろに「今日は国木田の家に泊まる」と適当なメールを入れ、そのまま携帯の電源を切って鞄に放り込むと、俺は、長門が起きないように右腕で長門の頭を支えながら、その場にゆっくりと寝転んだ。
 まさか、女子に腕枕してやりながら眠ることになる日が来るだなんて、想像もしていなかった。しかも、その相手が長門だなんてな。明日になって腕がしびれていなければいいが。
「どうなるんだかな……」
 小さな呟きが、二人きりのリビングに響く。
 元の世界に戻りたい気持ちは変わらない。ハルヒや古泉にもう会えないだなんて考えたくもないし、朝比奈さんが淹れてくれるお茶だって飲みたい。部屋の隅っこで無表情で本を読む長門を眺めることも、俺の大事な日課だ。もはや、SOS団は俺にとってかけがえのないものになっていると言っていい。
 だけど。
 もし、明日中に、この元の世界に戻るための「鍵」を見つけることができたとして。

 

 果たして俺は、その錠を開けることができるのだろうか。

 

 ――考えても、仕方ないか。
 とりあえず、今は全部忘れて眠ろう。
 この世界で一番、居心地がいい場所で。


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:57 (1888d)