作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 13話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2011-09-22 (木) 00:46:49

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

  
  
 ビデオのモニターに映る窓際に座った長門と、その手前に見える机の上のパソコン。
 俺がビデオの位置を微調整するたびに、二つの被写体は交互にピントがあったりぼやけたり
を繰り返している。
 確か、両方にピントを合わせる方法があったと思うんだが……まあいいか。
 どこにあるのかも知らない説明書を探す気にもなれず、最後にピントがあっていた長門の位
置で、俺はビデオを動かすのを止めた。
 これで準備よし、後は……なんだっけ。
 ビデオを眺めたまま次にしなくてはいけない事を思い出していると、ふとビデオのパネルに
ズームと書かれたボタンがあるのが目に入った。
 何となくそのボタンを押してみると、モニターの中に小さく映っていた長門の姿がゆっくり
と大きくなっていく。
 どこまで拡大できるんだ? これ。
 そう考えている間にモニターの中は俯いている長門の顔だけしか見えなくなり、その口元が
アップになった所でズームは止まった。
 ……って、何をしてるんだ俺は。
「長門、撮り始めてもいいか?」
 俺の問いかけに小さく頷く長門を確認した後、俺はズームを解除して、本棚の隙間に置いた
ビデオの録画ボタンを押した。

 ロストマン 13話 涼宮ハルヒの憂鬱 Episode04

 今日の撮るのは、俺がハルヒによってSOS団のサイトを作らされた時のシーンだ。
 本当ならカメラマンをやるはずだった朝倉は用事が出来たとかで、部室には俺と長門の二人
しかいない。つまり、部室の中は静寂に包まれている。
 しかし、俺と長門だけだと本当に静かだよな……ここって。
 普段、部室を埋め尽くしている喧騒が想像出来ない程、部室の中には何も音が無い。
 耳を澄ませば長門が捲るページの音すら聞こえそうな中、俺は持参した弁当片手にパソコン
の前に座り、電源スイッチを入れて弁当の包みをひらいた。
 カリカリとシャミセンが飯を食うような音を立てながら、旧式のパソコンは起動プログラム
の処理に追われている。機能は少ないし動作も重いが、これはこれで味があっていいんじゃな
いだろうかと、俺は思う。
 ネットに繋がってないから、巨大カマドウマと面談する危険も無いしな。
 弁当を半分ほど胃に収めた所でパソコンのビジーランプが落ち着いてくれたので、俺は予め
用意しておいたサイト作成用のCDをディスクドライブに入れた。
 ちなみに、このCDの持ち主というか作成者は、お隣さんであるコンピ研有志による物だっ
たりする。
 ――以前、映像の加工や技術面で協力してもらえないかと頼みに行った時、
「ああ、映画を作るんだってね? 僕らで出来る事なら喜んで協力させてもらうよ」
 好意的にそう言ってくれたのは、元の世界で色々と迷惑をかけてしまった、あの不幸な部長
氏ではなかった。
 コンピ研の部室には、元の世界でハルヒが強奪したあのパソコンはあったが……その席には、
俺の知らない部員が座っていた。
 もしかしたら、もう卒業してしまったのかもしれないな。
 そんな事を考えている間に、単調な作業は一応の終わりを迎えた。
 ……こんなに簡単だったっけ? まあ、二度目だしな。
 時計を見ると、どうやらまだ昼飯を食う時間は残っているらしい。
 作成したデータを保存し、俺は中途半端に残っていた弁当へと箸を延ばし……って、これで
終わりじゃなかったな。
「長門、何か書きたいことはあるか?」
 黙々と読書を続ける長門に聞いてみると、
「何も」
 本に視線を落としたまま、小さく首を横に振りながら長門はそう言った。
 そっか。
 後は、長門が俺に例の本を貸してくれてこのシーンは終わりだ。
 暫く間を開けた後、長門は立ち上がろうとし、
「あ」
 俺が見ていると思っていなかったのだろうか、小さく声を上げて固まってしまった。
 そんなに驚かなくてもいいと思うんだが……その、すまん。というか、長門。お前の驚いた
顔は反則だ。色々な意味で。
 慌てて視線をパソコンに戻すと、窓際でパイプ椅子ががたつく音が響いた。そして、視界の
端を通って背後に誰かが立つ気配がする。
 その全てに気づかない振りをしつつ、俺はモニターを凝視していた。
「あの……これ」
 小さな声が聞こえてから振り向くと、そこには俺に向かって本を差し出す長門の姿があった。
 反射的に受け取る、長門は両手で持っていただけあってずしりと重い。
 タイトルには見覚えがあるし、内容も多少は記憶に残っている。
「貸すから」
 俺の手に本の自重が移ったのを確認すると、長門は返事を聞く素振りもみせず、部室を出て
いった。
 これでこのシーンは終わりか。
 特に台詞の忘れもないし、鶴屋さんに確認してもらった訳じゃないが多分大丈夫だろう。
 何となく、今長門から受け取った本をぱらぱらとめくってみると、中央辺りのページに挟ま
っていた栞を見つけた。
 栞にはやはりワープロの様に綺麗な長門の字で「午後七時。光陽園駅前公園にて待つ」と書
かれている。
 えっと、確か俺がこれを見つけたのは……本を受け取ってから何日も経ってからだったんだ
よな。
 何となく栞の裏と表を交互に眺めている間に昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り始め、俺は
本の間に栞を戻した。

 その日の夕方
「あ! キョン君早いねぇ。うんうん解る解る、おねーさんは解ってるよ」
 俺が部室を訪れた時、そこに居たのは鶴屋さん一人だった。
 適当に会釈をし、いつもの座りなれた席に着く間も、鶴屋さんは俺に何やら意味深な視線を
送っている。
 何となく、聞くと藪蛇になりそうな予感がするが
「あの……どうかしたんですか?」
 聞くのを躊躇う以上に「聞いて欲しい!」というオーラを放つ鶴屋さんに、俺は負けた。
「どうかしたって、そりゃあ……ねぇ? キョン君も若い健全な男子高校生なんだし? つい
つい身体をもてあましちゃったりなんかもしちゃっても仕方ないっさ」
 ……は、はぁ。
 真面目に意図が解らず相槌を返した俺に、鶴屋さんは口の端に犬歯を覗かせて笑みを浮かべ
「だから安心していいよ? キョン君が、ハルにゃんとみくるのバニー姿が見たくて見たくて
しょうがなくっても、お姉さんは気にしたりしないからっさ」
 俺の肩を叩きつつ、何故か親指を立てていた。
 ああ、その事ですか。
 この場合、同意するのと否定するのでは、どちらがイメージを損なわないで済むのだろうか
と迷っていると、
「おっまたせー!」
 紙袋を抱えたハルヒを先頭に、朝比奈さん長門が部室に入ってくるのを見て
「待ぁってましたー!」
 ビデオ片手に鶴屋さんが椅子から立ち上がった。
 もちろん、全力の笑顔で。

 ――そして今、俺は廊下に一人立っている訳だ。
 理由は言わなくても解るだろうし、
「ああっ! だめえ! せめて……自分で外すから……ひぇっ!」
「うりゃー! ほらー後はみくるちゃんだけなのよ? 抵抗しないでさっさと脱いだ脱いだ!」
「ねね、ハルにゃん……そっちも、脱がしちゃってもいいんじゃないっかな?」
「えええっ? あの、つ、鶴屋さん?」
「え、そう? ……じゃあ、ついでだし脱がしちゃおっか」
「だ、だめー! それは、あの本当にだめですっ?! ああ、だめー! せ、せめてビデオを
止めてから?!」
 部室の扉越しに聞こえる、ハルヒと鶴屋さんの声が聞こえるたびに響く朝比奈さんの悲鳴を
聞けば、だいたいの状況は理解して頂けるだろう。
 何て言うか……すみません、朝比奈さん。ハルヒだけでも止めようがないんですが、鶴屋さ
んまで揃ってるとなると、正直もう俺の手には負えません。
 っていうか、現在撮っているであろう映像は、果たして何の為に撮っているんだろうか。
 間違いなく映画には使えないと思うんだが……。
 撮影開始前の鶴屋さんの言葉もあり、交渉次第では個人的にデータをコピーさせてもらえな
いだろうかと考えていると
「入っていいわよー」
 あっさりとしたハルヒの声に、俺は多少時間を置いてから部室の扉を開けた。
 まず目に入ったのは
「ふふ〜ん……どう?」
 長机の上に座って網タイツに包まれた足を組み、見下ろすような視線を向けるバニー姿のハ
ルヒだった。
 っていうか机に座るな。
 タイツと同じ黒の生地のバニー服の下は、相変わらずスレンダーなくせに出ている所はしっ
かり自己主張していた。相変わらず無駄に似合ってやがる。
 大きく開いた胸元は、以前より成長している様な気もしたが、指摘するのは止めておこう。
 俺も命は惜しい。
 恥ずかしさもあって視線を逸らした先で、
「……あっ」
 俺同様に恥ずかしそうな顔でこちらを見ていた、真っ赤なバニー姿の朝比奈さんと目が合っ
てしまった。殆ど反射的に胸元を隠そうとした朝比奈さんの手を、
「どうだいキョン君、みくるのバニー姿は? めがっさ色っぽいと思わないっかな?」
 制服姿の鶴屋さんが、さりげなく掴んで阻止している。
 結果、遮蔽物も無く閲覧可能になっている朝比奈さんのバニー姿は、数時間見物していても
飽きが来そうに無かったのだが、確実に人間性を否定される事になりそうだったので止めてお
いた。
 ……でも、目には焼き付けさせて頂きました。一言感想を言わせてもらうなら、確実に大人
の朝比奈さんに近づいてます。急速度で。
 どこを見ていても問題になりそうな部室の中で、仕方なく天井を眺めていると
「ねねね、キョン君的にはどう? みくるバニーとハルにゃんバニーのどっちがお好み? あ、
もしかして〜、おねーさんにも着て欲しいとか思ってるのかなー?」
 えっと、いや、それは……。
 ハルヒと朝比奈さんの視線を感じつつ、何か適当な言い訳がないかと考えていると、
「それともぉ〜。うさ長門っちがお気に入りなのかな?」
 ……え?
 鶴屋さんの発言に、俺の思考は停止した。
 意識するまでもなく、動いて行く視線。その先に見えたのは
「……」
 いつものように窓際に座り、本を読んでいる――頭に付けられたウサミミが、小さく揺れて
いたのを覚えている――白の生地のバニー服を着た長門有希がそこに居た。
 ……長門さん、あなたはそんな格好でいったい何をしていらっしゃるんでしょうか?
 いやまあ、見れば読書中なのは解りますが。
 一見すると服装以外はいつも通りの見える長門だったが、レザーの生地が隠せていない肌の
部分は全て薄赤く色づいていた。どうやら、恥ずかしいらしい。
 長門は、自分にみんなの視線が集まっている事に気付いている様だったが、網タイツに包ま
れた膝の上に置いた本から視線を上げる事は無かった。
「……何で、長門まで着てるんだ?」
 衣装を持ち込んだであろうハルヒに聞いてみると、
「ネット通販で、3色フルセットだとセール価格だったの」
 当たり前でしょ? とでも言いたげな顔で、ハルヒは答えた。
 いや、そういう問題じゃないと思うんだが。
「そうね〜本当は5着欲しかったんだけど、セットの3着で予算ぎりぎりだったし」
 だったら自分の分だけ買えよ。
 そう指摘しておこうかと思ったが、心のどこかでハルヒに拍手を送っている自分を否定しき
れず、俺は何も言わないでおいた。
「さ、それじゃあこれからみんなでビラ配りに行くわよ〜」
 ようやく机から飛び降りたハルヒは、
「……」
「え、あの、本当にこの服で外に出るんですか?!」
 長門と朝比奈さんの手を掴んで俺の前へと歩いてきて、止まった。
 ……何だ、その顔は。
 とっくに台本外の展開だから、俺に台詞を期待しても無駄だぞ。
 何かを企むような顔でハルヒは、
「ねえジョン、あんたも来る?」
 ぐ……どうする、俺。
 一男子高校生として、この三人の姿を一秒でも長く見ていたいというのは紛れもない本心だ、
だがそれを素直に言ってしまうのには勇気以外の何かが居る。しかし、こんなチャンスは度々
有るわけもなく、というか、この時を逃せばあるいは永遠に? ……ええい!
「遠慮しておく」
 なるべく急いで返答したつもりだが、正直、かなり迷った。
「あっそ。じゃあ片づけお願いね」
 そう言い残し、3人のバニーとカメラマンの鶴屋さんは部室を出ていき、扉が閉まった瞬間、
俺が自分の選択を後悔したのは言うまでもない。

 その日の夜――
 普段よりもかなり早く夕飯と風呂を終えた俺は、一人夜の街を自転車で走っていた。
 ちなみに外出の理由はというと、映画の撮影の為でも、特に誰かと約束をした訳でも、何か
を買いに行くのでもなく……まあ、念の為って奴だ。
 帰宅ラッシュの時間も過ぎ、大通りを外れた道には歩行者の姿も殆どなく静まり返った道を
のんびりと走っていると、腰程の高さの木で囲われた公園が見えてきた。
 光陽園駅前公園、そう書かれた看板を横目に、自動車止めの杭の間を避けつつ自転車に乗っ
たまま通っていくと――居た。
 公園の中央辺り、街灯の下に集めるようにして並んだ木製のベンチの一つ座る、長門の姿が
あった。
 制服姿のまま、本を読んでいる訳でもなく、一人で何かを考えるように俯いたままでいる。
 俺が自転車から降りたの音に気付いたのか、長門が顔を上げてこちらを向いた。
「よう」
「……」
 何て答えていいのか解らない、これは多分そんな顔だな。
「どうして」
 自転車を押して自分の前まで来た俺に、長門はそう聞いてきた。
 まあ、俺としてもお前にそれを聞きたいんだが……質問を質問で返すのは止めておこう。
「もしかしたら、ここにお前が居るんじゃないかって思ってな」
 取りあえず自転車のスタンドを立てていると、
「わたしも」
 ん?
「わたしも、ここに居ればあなたと会える気が……したから」
 俯きがちでそう言った長門の顔は、上から照らす街灯の影になって殆ど見えなかった。
 でも、その声に楽しそうな響きがあったのは、多分気のせいじゃなかったと思う。
 ――その後、またベンチに座った長門の隣に、俺も座った。
 まだ夏には遠く、虫が勢力を拡大する時期ではないだけあって、夜の公園は不思議な程に静
まりかえっている。
 何か話したい事があるのか、長門は時々俺の方を見ては、慌てて自分の膝へと視線を戻すの
を繰り返していた。
 まあその内話しかけてくるだろうと思って待っていたんだが……結局、待ちきれなくて話し
かけてしまったのは俺からだった。
「……そういえば、長門。撮影以外でお前と二人になるのって、久しぶりだな」
 顔を上げた長門が、頷く。
「俺が居ない時、ハルヒに無茶な事されてないか?」
 朝倉が居れば大丈夫なんだろうけど、あいつも時々あてにならないからなぁ……。
「大丈夫」
 その言葉を信じてやりたいが、
「また、今日みたいに無理矢理着替えさせられそうになったら断っていいんだからな」
 直接言いにくいなら、俺が言ってやるから。
 長門は眼鏡の向こうで数回瞬きした後、小さく首を横に振った。
「あの服は、嫌じゃなかった」
 ……え?
「とても、恥ずかしかった。でも、着てみたいと思ったから」
 自分がバニー服を着ていた時の事を思い出しているのか、長門の顔は薄暗い街灯の明かりの
下でも赤くなっているのがはっきり解った。
「そっか。まあ、お前がいいならいいんだ」
 これ以上、この話題を続けない方がいいか。そう思って他の話題を考えていると
「あの……どう、だった?」
 視線を泳がせながら長門が聞いている、会話の流れから察するに……バニー服の事だよな。
 どうだったと聞かれて答えられる質問でもないんだが、聞かれている以上は答えないといけ
ないんだろうし
「……」
 じっと俺を見つめている長門に、
「その、何ていうか……可愛かったぞ」
 ようやく俺が答えたありふれたこの返答は、単純に本心でしかなかった。もうちょっと何と
かならなかったのかと、自分でも思う。
 俺の返答に満足したのか、長門はほんの少しだけ微笑んで、また自分の膝の上へと視線を戻
した。
 そんな長門の顔を見ていると、何故かその顔が少しずつ近づいてきて……って待て!
 手を伸ばせば届くどころか、息が触れそうな距離になってようやく気づいた、近寄ってきて
いるのは長門じゃなく、俺の方だ!
 慌てて止まったものの、急に側に来ていた俺に気づき、長門は目を丸くしている。
「……」
 この沈黙はお互いの物だ。
 長門は長門で俺の行動の意図が解らないのか、呆然としている。当然だろう、俺も自分で解
らないんだから。
 何はともあれ、この状態はまずい。
 別に他人の目があるわけではないが、今はそれがかえって危ない。
 とりあえずベンチから立ち上がり、俺は慌てて口を開いた。
「えっと……長門? 明日また、この時間に来てもいいか? その、撮影の為に」
 長門とここで会うのは本当ならもう少し後の事なんだが、別に前倒ししてしまっても問題は
無い……よな、きっと。
 ついさっきまで目の前にあった長門の顔が頭から離れず、俺は一人減速しない心拍数と孤独
な戦いを繰り広げていた。深呼吸したい所だが、突然目の前で深呼吸を始めるってのはどうか
と思うし。
 ええぃ静まれ! 頼む、静まってくれ、静まりたまえ!
 心の中でいくら念じても、祈りは天に届いてはくれず動悸は早まるばかりだった。
 そんな挙動不審な俺の顔を見つめながら
「ありがとう……待ってる」
 長門は小さな声でそう言った。
 その時、街灯の淡い光に照らされた長門の顔は――確かに、微笑んでいたんだ。

「へい、お待ち! 一年九組に転校してきた即戦力の転校生、その名も」
「古泉一樹です。……よろしく」
 よ、ご苦労さん。
 公園で長門と話をした翌日の放課後、部室にやってきたハルヒと古泉に、俺は朝比奈さんと
対戦中だったオセロに視線を向けたまま肯く事で熱烈な歓迎の意を示した。
「ここ、SOS団! あたしが団長の涼宮ハルヒ、そこのちっこくて胸がおっきい子が朝比奈
みくるちゃんで、あっちに居る眼鏡っ子が有希、そこに居るのは異世界人のジョン・スミス! 
で、古泉君は四番目。みんなで仲良くやりましょう!」
 おい、何か俺の説明だけ変だぞ。
 ハルヒのアドリブにはもう慣れたが、果たしてアテレコにどれだけの時間がかかるのかと思
うと気が重い。
 今日はちゃんとカメラマンをしている朝倉も、総監督と書かれた腕章を付けた鶴屋さんも、
カットの声をかけるつもりはないらしい。
 ……あの腕章、どこから持ってきたんだろう。
 監督に動きがないのを確かめた後、
「入るのは別にいいんですが、ここは何をするクラブなんですか?」
 古泉がした質問に、部室に来た時点で一人だけ無駄に高かったハルヒのテンションが最高潮
に達したのが解った。
 思わず足払いしたくなったくらいだ。
「教えてあげるわ。SOS団の活動内容、それは――」
 台詞を止めて息を吸い、偉そうな態度と笑顔を三割り増しに増加させてから
「異世界人と! あと宇宙人、未来人、超能力者を探し出して、一緒に遊ぶ事よ!」
 扉を閉めてるのに廊下にまで響きわたりそうなハルヒの大声が、部室の中を埋めつくした。
 後、また何か一つ多かった気がしたが、多分気のせいだろう。
 オセロの対戦者である朝比奈さんは、石を手に口を開けたまま可愛らしく固まっていて、窓
際でいつもの様に読書中だった長門もハルヒへを顔を向けて制止している。
 古泉は見慣れた営業スマイルを浮かべて、朝比奈さんと長門に視線を送った後
「よく解りました、流石は涼宮さんですね」
いかにも日本人らしい曖昧な返答を返して……ん。
「古泉。お前、その制服どうしたんだ」
 今気づいたが、今日の古泉はいつもの学ランではなく、北高のブレザーを着ていた。
「ああ、これですか。北高の先生方にお願いして、映画用に借りたんです」
 ようやく学ラン姿に慣れてきた所だったが、やっぱりそっちの方がしっくりくるな。
「そうですか? 僕としては、いつもの光陽園の制服の方が落ち着くんですが」
「こらそこ、私語を慎みなさい!」
 ビデオには入らないように小声で話していたつもりだが、あいつの耳には聞こえるらしいな。
「いいでしょう、入ります。今後ともどうぞよろしく」
 そう言って目を細め、古泉は白い歯を見せて微笑んだ。
 その顔は女子から見ればパーフェクトな笑顔だったのかもしれんが、向けられていた相手が
俺だったのでどこまでも無意味だった。
 ――その後はと言うと、
「あの、みなさん。よかったら、お茶を飲みませんか? 涼宮さんが茶器セットを揃えてくれ
たので」
 我が家の妹に似た笑顔を浮かべた朝比奈さんがポットの前に立ち、
「みくる〜。あたし番茶で! 濃ぉいのお願いね!」
 どうやら録画中らしいビデオを本棚に置いた鶴屋さんが、さりげなく椅子の一つに座り、
「あ、じゃああたしもそれちょうだい」
 ハルヒは鞄から取り出した茶菓子と雑誌を自分の机に広げ始めた。
「は〜い」
 愛らしい声で返事をする朝比奈さんの向こうでは、
「……」
 いつもの様に、長門が読書をしていて
「ねえ、長門さん。今夜の話なんだけど、どっちの部屋で準備しよっか? あたしはどっちで
もいいよ」
「じゃあ、わたしの部屋で」
 窓際に座る長門に朝倉が話しかけ、それに長門は小さな声で答えているようだった。
 ……まるで、元の世界に戻ったみたいだな。
 記憶の中と違うのは、長門が眼鏡をかけている事と、ハルヒの髪型、後はまあ朝倉の存在く
らいか。
 一気に騒がしくなった部室を、何となく眺めていると、
「お暇な様でしたら、一局お相手願えますか?」
 空席になっていた俺の向かいの席に、古泉が座った。
 ……なあ、古泉。
「何でしょう」
「お前、やけに嬉しそうだな」
 朝比奈さんとの試合途中だったオセロの石を片づけつつ聞いてみると、机の向こうでは古泉
が声を殺して笑っていた。
 何だよ。
 言いたいことがあるんなら口に出して言え、どうせ誰も聞いちゃいない。
「いえ、実は僕も、あなたを見てそう思っていた所なんです」
 ……。
 いまいちいい反論が思いつかないでいる俺の向こうで、
「正直な感想を申し上げますと……。あなたのご指摘通り、僕は今のこの状況をとても楽しく
思っています。こう言っては何ですが……ようやく、皆さんと仲間になれた、今はそんな気持
ちです」
「古泉。お前敵だったのか?」
 何となく、そんな気はしてたが。
 半眼を向ける俺に、
「あなたが僕をライバルと認識して頂けているのでしたら、嬉しいのですね」
 古泉はくすぐったそうな笑顔を向けてそう言った。
 時々思う、こいつは俺にどんな反応を求めているのだろうか……。
「ん、あれれ? 古泉君、白だよね……これは敗色濃厚かも。色で言えばブレンドコーヒーく
らいに」
 古泉の隣に座っていた鶴屋さんが、対局中のオセロの盤を見るなりそう言った。
「え、そうなんですか? まだ序盤だと思いますが」
 古泉が言うように、盤の上にある石の数はまだ十数個で、現在の状況だけで言えば白の石が
領地を広げている。
 参考までにだが、俺も鶴屋さんと同意見だ。
 古泉はとにかく大量に陣地を広げたがるから、まだまだ俺の相手ではない。
 というか、家の妹にも勝てるか怪しい。
「キョン君かな〜り強そうだから助言したげるけど、序盤は数を取るより、相手の選択肢を減
らす様に置くといいんだよ。ほら、この辺とか」
「……な、なるほど。参考になります」
 意識してなのか、無意識でなのか、体を密着させて指導してくれる鶴屋さんに、古泉はハル
ヒの視線を気にしながら苦笑いを浮かべていた。
 視線で助けを求めているのは解ったが、
「お茶が入りました〜。熱いから、気をつけて飲んでね?」
「ありがとうございます」
 朝比奈さんのお茶が到着したので、俺はそれに気づかない振りをした。どうせハルヒも見て
なかったしな。
 ――しかし、こうしてまた朝比奈さんのお茶を飲める日が来るとはな……世界が変わってし
まって、朝比奈さんに人違いとまで言われた時は全てが終わったと思ったが、人生捨てたもん
じゃない。これまでの全てに感謝しておこう。
 暖かいお茶に身も心も癒されつつ、鶴屋さんの指導を受けても、なお初心者レベルを脱しな
い古泉の相手をしていると、
「……あ、そうだ。みんな聞いて! 今週の土曜日、つまり明日ね。朝九時に北口駅前に集合
だからよろしくね」
 それまで何やら雑誌を眺めていたハルヒが、明日は資源ゴミの日だからとでも言うような口
調で宣言した。
「集合って……何をするつもりなんだ」
 聞かなくても想像は出来るが。
「決まってるでしょ? 市内をくまなく探索するの! ここで遊んでるだけで、不思議な出来
事に遭遇出来るとでも思ってたの?」
 週末に街をぶらついた所で、結果は同じだと思うぞ。
「そんなの探し方次第よ。みんなで手分けして探せば、謎の現象の一つや二つくらい見つかる
に決まってるわ! いい、絶対来なさいよ? 来なかったら許さないからね!」
 へいへい。
 ま、気軽に「死刑」と言わなくなった分だけ成長してると言えなくもないか。
 どちらにしても横暴な命令だという事実には目を伏せつつ、
「あっ」
 俺は対戦者の声を無視し、四つ目の角に黒石を置いた。

 この頃の俺には、何の不満も無かったと思う。
 内容は別としても、スケジュールの上での撮影は順調に進んでいる。偶然が積み重なった結
果だが、かつての日常に近い生活に戻る事も出来た。バイトもそれなりに大変だが楽しいし、
不満らしい不満も無い。
 そう、俺は心の底から今の日常が続けばいいと思っていたんだ。
 ――だから忘れていたんだと思う、映画の撮影には完成という結末がある様に、物事には全
て終わりがあるのだという事を。
 いくら先延ばしにしても、例えそれを望んでいなくとも――いずれ、その時は来てしまうん
だって事を。
 
 

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:56 (1984d)