作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 12話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2011-09-01 (木) 22:19:24

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「最近、よく来るじゃないか」
 そこそこ客の入った夕方の店内で、ようやく見慣れてきた学制服を着た男に、俺はオーダー
された珈琲を出しながらそう言った。
「どうも」
 軽く会釈してカップを手に取ったのは言うまでもなく古泉で、その一挙一動に反応する女性
客が居るのも最近では珍しい事でもない。
 カップを口に運ぶ途中、ふと動きを止めると
「もし、僕が来ることが貴方のアルバイトのお邪魔になっている様でしたら、遠慮しますが」
 顔を上げた古泉は、神妙な顔でそう言った。
 まさか。
 俺はともかく、マスターはお前の来店を心待ちにしてるぞ。売り上げ的な意味で。
「そう言っていただけると助かります」
 古泉、俺に営業スマイルを向けても無意味だぞ。
 どうせなら、ほれ。窓際の席でこっちを見てる女子にでも振りまいてやれ。
 俺が店内を見回す姿が目に入ったのか、オーダーを決めかねていた客の一人が手を挙げた。
 さて、仕事仕事。
「ま、ゆっくりしていってくれ」
「ええ」
 絵になる仕草でカップを上げて見せる古泉に、また女性客の歓声が上がる。
 ……しかし、いったい何をしにきてるんだろうな。あいつ。
 古泉が俺のアルバイト先に顔を出す様になって暫く経つが、その目的は謎だった。
 店に来るときはいつも一人。毎回オーダーが違う所を見ると、マスターには悪いがこの店の
珈琲に惚れ込んだという事ではないらしい。
 マスターが言うには、古泉は俺がシフトに入っていない時は顔をみせないそうだ。
 しかし、別に俺に話しかけて来るわけでもない。
 ついでに、女性客の反応も気にしてない様だし、話かけられたり相席を求められても低調に
断っている姿を何度か見かけている。
 誰かと話す訳でもなく、ただ一人でのんびり珈琲を飲んでいるだけ。
 仕事の合間に見た古泉は、今日も普段通り静かに珈琲を飲んでいた。
 ……次に手が空いたら、おかわりを持って行くついでにでも話しかけてみるか。
 もしかしたら、それを待ってるのかもしれないし。
 そう思いながらアルバイトに勤しんでいると、いつの間にか帰ったらしく古泉の居た席は空
席になっていた。
 まあ、別にいいんだけどな。

 学校、撮影、アルバイト。
 以前の俺の日常には無かった後半の二つも、何事も無く日々を過ごす間に、当たり前の様に
受け入れられている自分が居た。
 よくよく考えるまでもなく、以前の俺の非常識な日常からすれば、この程度の変化は許容範
囲内なのだろう。
 宇宙人、未来人、超能力者と行動を共にしてきたのも、免疫というか、環境適応能力の向上
には繋がっていたのかもしれん。
 そんなどうでもいい感慨に耽りつつ、俺は放課後の廊下をハルヒに上着の袖を引かれながら
のんびりと歩いていた。その後を、ビデオを構えた鶴屋さんがついてきている。
 目的はもちろん映画の撮影で、目的地は
「今日からここがあたし達の部室よ!」
 ノックなしで開けられた扉の向こうに広がったのは、自室よりも見慣れている様な気もする
文芸部の部室だった。
 室内の中央に置かれた、撮影の都合でパソコンを一時撤去した長テーブルとどうみても安物
のパイプ椅子、壁を隠すように並ぶスチール制の本棚、掃除用具入れの隣に移動してビデオを
構えている鶴屋さんの姿が見える。
 演技に自信など無いのだが、一応初めてここを訪れた振りをしつつ、室内を見回していくと
「……」
 窓際でパイプ椅子に座り、膝の上で広げた本を読んでいる、眼鏡をかけた髪の短い少女がそ
こに居た。
 突然部室にやってきた不審者としか言いようがない俺達を完全に無視して、お前はそうやっ
て読書を続けてたっけ。
 瞬きとページをめくる時以外は、静止画の様に動かない人形の様な雰囲気を持った少女。
 やはり、眼鏡は無い方がいいと思う。
 いつの間にか止まっていた視線を、また室内へと戻し横に移動していくと
「どう? いい部屋でしょ。気に入った?」
 ちょうど部屋を一周した所で、正午近くの太陽みたいな笑顔を浮かべているハルヒに辿り着
いた。
 いい部屋なのは解ったが、
「で、ここは何処なんだ?」
 今は撮影を進めるべきだろう。
「文芸部の部室よ」
 なるほど。つまり、お前は文芸部に入部する気になったって事か。
 経験者として言うが、文芸活動ってのも案外悪くないぞ。
 マジで。
「……あんた何を馬鹿な事言ってんの? あたしが文芸部に入るはずないじゃない。いーい? 
ここは、あたし達がこれから活動の拠点にするの」
 おい待て、拠点にするも何もここは文芸部なんだろ。自分で言ってて矛盾を感じないのか?
「今年の春に三年生が卒業して部員ゼロ、新たに誰かが入部しなかったら休部が決定していた
唯一のクラブなのよ。で、あの子が一年生の新入部員」
 ちょっと考えてしまったが、
「って事はつまり、休部になってないんじゃないか」
「似たようなものよ、一人しか居ないんだもん」
 演技なのか本気なのか、ハルヒは当然と言いたげな顔つきでそう言い切った。多分、本気で
言ってるんだろうな。
 お前がここを使いたいってのは解ったが、
「あの子はどうするんだ」
「別にいいって言ってたわよ」
 本当か?
「昼休みに会った時に、部室貸してって言ったらどうぞって。別に、本さえ読めればいいらし
いわ。……変わってると言えば変わってるわね」
 確かめるまでもなくお前程じゃないけどな。
 俺とハルヒの視線を感じたのか、長門は本から顔を上げてこちらへ顔を向けると
「長門有希」
 一言、そう呟いた。どうやら自己紹介だったらしい。
 瞬きを数回する程度の時間、長門の視線は俺の顔に向けられていたが、そのまま何も言わず
読書へと戻っていく。
「長門……さんとやら」
 呼び捨てはまずいよな。初対面のシーンなんだし。
「話は聞こえてたと思うが、こいつはこの部屋を何だか解らん部の部室にしようとしてるらし
いぞ、それでもいいのか?」
 無意味に得意げな顔をしているハルヒを指さして忠告してみたが、
「いい」
 膝の上の本から視線を外す事もなく、長門は答えた。
「多分、もの凄く迷惑をかける事になると思うぞ?」
 っていうか間違いなく。
「別に」
「その内追い出されるかもしれんぞ?」
「どうぞ」
 淡々とした口調で即答を繰り返す長門に
「ま、そういう事だから」
 体ごとハルヒが割り込んできた。俺と長門との間に立ったハルヒは、無駄に楽しそうに笑っ
ていやがる。
「これから放課後、この部室に集合ね。絶対来なさいよ、いい? 来ないと死刑だからね!」
 そんな嬉しそうな顔で死刑を求刑するんじゃねぇ。
 溜息と共に渋々頷く俺の後ろで、
「……はーいオッケーです!」
 鶴屋さんのオーケーが出た。
 長いシーンだったから一回で通って助かったぜ。
「じゃあ、ハルにゃんとキョン君は一回退場! このまま次のシーンだからね」
 そういえば、今日はこのまま朝比奈さんとの初対面のシーンも撮るんだっけ。
 

 次のシーンの打ち合わせが終わるまで、俺とハルヒは廊下で待機になったのだが……。
 何故だか解らないが、妙にハルヒは落ち着かない様子だった。
 ここ最近、妙にハルヒのテンションが安定していないとは思ってはいたんだが……いったい
どうしたんだ? こいつ。
 ストレスを溜めた檻の中の熊のように廊下をくるくると歩いていみたり、急に立ち止まって
窓に走りよって外を眺めたり、携帯を開いたかと思ったらすぐに閉じたりと、常時慌ただしく
動き続けている。止まったら爆発でもするんだろうか?
 なんていうか、まるで家の妹を見ている様で落ち着かない。
 この後は、朝比奈さんが拉致されてきて、SOS団の名前が決まる所だよな……別に、お前
が緊張する様なシーンでも無いと思うんだが。
 少しは落ち着いたらどうなんだ?
 ふと目が合った時、俺はそう言おうと口を開くと、
「あっ」
 慌ててハルヒは目を逸らし、
「えと……も、もうすぐみくるちゃんの出番だから連れてくる!」
 そう言い残し、走り去っていった。
 ……これはいったい何の予兆だ? 何かアドリブでも考えてやがるとか。
 結果として、俺のその予想はある意味で正解だったのだが……まあいい、とりあえず話を先
に進めよう。
「おまたせっ! キョンくん入ってきていいよー」
 鶴屋さんの声に従い、俺はもたれていた部室の扉を開いた。

 部室の中では、さっきと同じ窓際に長門が座っていて、鶴屋さんはその長門の隣にしゃがん
でいた。
 俺が部室の中に入ってくるのに合わせて、鶴屋さんは俺と入れ替わる様にして部室の入り口
へと移動していく。
 ……あ、なるほど。こうやって位置関係が解るように撮影すれば、俺が部室に入った時にカ
メラを見てしまっても、その位置に長門が居る事で目線的におかしくなくなる訳か。
 いったい、鶴屋さんはどこでそんな撮影方法を覚えて来るんだろう? 等と思いつつ、俺は
長机に備え付けられたパイプ椅子の一つに座った。
「……」
 そうしている間も、読書を続けている長門に動きらしい動きは無い。
 沈黙は苦痛では無かったが
「何を読んでるんだ?」
 多少の興味もあって、俺は自分に用意された台詞を口にした。
 長門は返事をする代わりに、膝の上から読んでいたハードカバーを持ち上げて背表紙を俺に
見せる。
 あ、その本か。
 それは、この部屋にある本の中で俺が唯一タイトルを覚えているハードカバー、元の世界の
長門が栞のメッセージを残してくれたあの本だった。
 内容は覚えているが、
「面白いか?」
 まあ、台詞だから一応聞いておこう。
 長門は眼鏡の向こうで視線を少し迷わせた後、
「ユニーク」
 この静けさの中だからこそ聞こえるような小さな声で、そう答える。
 実は俺もその本を読んだ事があって、何てアドリブを始めるつもりは無い。
 ……まあ、ちょっと言ってみようかとは思ったけどな。
「どういう所が?」
「……全部」
 色々と考えていた後の返答だった。もしかしたら、長門もアドリブで本の解説をしてみよう
かと思ったんだろうか。
 それはそれで聞いてみたくもある。
 ゆるゆるとハードカバーを膝の上に戻し、長門は次の俺の台詞を待っている。
 ん……何だろう、俺は前にもこんなシーンを見た事があるような気がするんだが……。
 元の世界の長門と初めて会った時じゃない、もっと最近に。
 ――記憶を辿る作業はすぐに終わった。
 忘れるはずもない、あれは俺がこの世界の長門と会った翌日だ。放課後、行く宛の無かった
俺がこの文芸部を訪ねた時、俺は例のメッセージを見つける前、長門は今みたいに本の背表紙
を俺に見せてくれたんだった。
 ここにある本は、全部お前のなのか。そう聞いた俺に、
「これは、これは借りた物。……市立図書館、から」
 長門の緊張した表情を今でも思い出せる。
 俺は、何で長門がそう付け加えたのか解らなかったんだが……事情を知った今なら何となく
解る気がする。
 あの時長門は、市立図書館という言葉を聞けば、俺が図書カードの一件を思い出すんじゃな
いかって考えたんじゃないだろうか。
「……」
 その事を聞いてみるべきなのか、聞くべきではないのか。というか、聞いてみるにしても今
はまずいだろ、等と無言で俺を見ている長門の顔を眺めながら考えていると
「ごめんごめん遅れちゃった、捕まえるのに手間取っちゃって!」
 選手宣誓でもするかの様に片手をかざしてハルヒが登場した。
 後ろに回されたもう一方の手は別の人間の腕を掴んでいた、無理矢理連れて来られたらしい
その人は、困った顔も愛らしい朝比奈さんだった。
 部屋の中まで入った所でようやく解放された朝比奈さんは、
「あのぉ……あたし、何で連れてこられたんですか?」
 脅えた様子で、部室の中を見回している。素人目にもそれは真面目に不安そうな顔にしか見
えず、正直驚いた。
 か細い声の問いかけを無視して、当たり前の様に部室の鍵をかけるハルヒ。朝比奈さんはそ
んなハルヒの事を、おどおどとした様子で見つめている。
 まさか、朝比奈さんにこんな演技が出来るとは
「今日はあたし台本貰ってないんですけど……今から何をするんですか? どうして何も教え
てくれないんですか? な、何で鍵をかけるんですか?」
 ……ああ、演技じゃなかったのか。
「黙りなさい」
 ハルヒの声にビクッと体を震わせた朝比奈さんは、慌ててビデオを持つ鶴屋さんへと救いを
求める視線を投げかけたが……ダメだ、ビデオ越しに見える鶴屋さんの顔が笑ってる。
 長門は朝比奈さんの事が多少気になっている様だが、今が撮影中という事もあって動けない
らしい。
 俺が助け船を出すより早く、
「紹介するわ。この子は朝比奈みくるちゃんよ」
 ……それだけ言って、ハルヒは黙り込んだ。
 最近は自己紹介を簡略化するのが流行っているのだろうか。
 朝比奈さんは自分の肩に置かれたハルヒの手を気にしつつも、それを振り払う事は出来ない
らしくじっとしている。
「どこから拉致してきたんだ」
「拉致じゃないわ、任意同行よ」
 嘘付け。
「二年の教室でぼんやりしてるとこを捕まえたの。あたし、休み時間には校舎の中を隅々まで
歩くようにしてたから、何回か見かけて覚えてたわけ」
 そうかい。
「って事は、この人は上級生なんじゃないか?」
 少しでも安心して貰おうと、俺はあえてわざとらしくその台詞を口にした。
「それがどうかしたの?」
 不思議そうな顔でハルヒは俺を見ている。
 多分、真面目に俺の台詞の意味が解らないのだろう。
「まあいい、それはそれとして……ええと、朝比奈さんか。何でこの人を連れてきたんだ?」
「まあ見てごらんなさいよ」
 ハルヒはそう言いつつ、
「ひっ」
 朝比奈さんの鼻先に指を突きつけた。
 言われなくてもさっきから見てるんだが。
「めちゃめちゃ可愛いでしょ?」
 視界の外で、鶴屋さんが大きく頷いた気配がした。
 朝比奈さんが可愛い、それは誰だって見ればすぐに解るごくごく当然の感想だとは思うが、
やはりほぼ初対面の女性を部屋に監禁して言う内容としては間違っていると思う。
「あたしね、萌えって結構重要な要素だと思うのよね」
 ……すまん、何だって?
「萌えよ萌え! いわゆる一つの萌え要素よ。基本的にね? 何かおかしな事件が起きる様な
物語には、こういう萌えでロリっぽいキャラが一人は居る物なのよ!」
 残念だったなハルヒ。お前は知らないだろうが、今はまだ一見すると中学生に見えてしまう
事もある朝比奈さんは、近い未来にミス太陽系にノミネートされる様な、ロリなんて表現とは
対局に存在する大人の女性に変身する事になるんだよ。とは言えないか。
 って……そういえば、未来の朝比奈さんが来る時ってどうするんだ?
 大人の朝比奈さんの代役が務まるような人に心当たりなど無い、というか地球圏のどこを探
しても存在しないだろう。
 魅惑のベビーフェイスに、完璧なスタイルを兼ね備えた大人の朝比奈さんの姿を思い浮かべ
ていると、
「それだけじゃないのよ!」
 ハルヒは自慢げに邪悪な微笑みを浮かべつつ、朝比奈さんの背後へと回り
「えっ? ……ひっひえええええぇ!」
 獲物を狙う肉食動物のそれを思わせる様な躊躇いの無さで、ハルヒは朝比奈さんの胸を鷲掴
みにしやがり、同時に朝比奈さんの悲鳴が部室に轟いた。
 朝比奈さん、こうなるのは知ってたんですが……その、すみません。
 鶴屋さんはというと、何とも言えない顔でその様子を撮影している。あの顔は多分、ハルヒ
を止めたいのと録画したいという欲求の間で揺れているんだろう。
「ちっこいのにほら! あたしより胸でかいのよ?」
 感想何て聞いてねぇよ。
 慣れた手つきで朝比奈さんの胸を蹂躙していたハルヒの手が、セーラー服の中に進入を開始
するまでそれ程の時間はかからなかった。
「やっだ、ダメ?」
 流石に止めたけどな。
「その辺にしておけ」
 鶴屋さんが怒る前に俺が怒るぞ。
 俺に手を捕まれた痴漢女は、不満というより説得でも試みるような顔で
「でもめちゃでかいのよ? ほら! あんたも触ってみる?」
「えええ!?」
 朝比奈さん、そんな脅えた顔で見なくても大丈夫ですよ。あと鶴屋さん、そこで手を挙げな
いで下さい。
「遠慮しておく」
 それが本心なのかどうかについては、コメントを差し控えさせて貰う。
 ちなみに、こうして部室の中で騒いでいる間も、長門は顔を上げる事も無く読書にふけり続
けていた。
 途中からずっと赤い顔をしていたのは、気づかなかった事にしておこう。
 安全を確保するため、朝比奈さんからハルヒをある程度引き離した所で
「すると何か、お前は朝比奈さんが可愛くて小柄で……む、胸が大きいからってだけの理由で、
ここへ連れてきたのか」
 多少台詞を噛んだが、撮影を続ける事にした。
「そうよ」
 何ていうかさ……人生楽しそうだな、お前。
「こういうマスコット的キャラも必要だと思って」
 思うのと実行に移すのは別だって知ってるか?
 この現場において、ハルヒの暴走を止められるのは俺だけだと誤認したのか、朝比奈さんは
救いを求める様な上目遣いを俺に向けている。
 いやまあ、助けてあげたいのは山々なんですけどね。
「みくるちゃん、あなた何かクラブに入ってる?」
「え? あ、あの……あ、はい、書道部に入ってます」
 まだ書道部に入ってる事にして、そう書かれた鶴屋さんのカンペを見つけて、朝比奈さんは
ほっとした様子でそう答えた。
「じゃあそこ辞めて。我が部の活動の邪魔だから」
 横暴にも程があるハルヒの台詞だが、
「あ……はい、解りました。書道部を辞めてこっちに入部します」
 鶴屋さんが頷いているのを確認してから、朝比奈さんはハルヒの指示を棒読みで承諾した。
 カンペ代わりのスケッチブックに鶴屋さんが次の台詞を書き終わるまで、部室の中は沈黙が
続いた。別に口頭でで指示してもいいんだろうが、そこは監督の気分なのだろう。多分。
 マジックペンが紙の上を撫でる音が止まった後、
「えっと……でも、わたし文芸部って何をする所なのかよく知らなくて」
 いろんな意味で朝比奈さんらしい問いかけに、
「我が部は文芸部じゃないわよ」
 ハルヒが即答し、朝比奈さんの視線は再び鶴屋さんのカンペへと戻った。
「この部室は一時的に借りてるだけなんです。あなたが入らされようとしてるのは、そこの涼
宮がこれから作る活動内容未定で名称も不明の同好会ですよ」
「え? ……え?」
 俺と鶴屋さんの間で視線をさまよわせる朝比奈さんに、
「ちなみに、あっちで座って本を読んでるのが本当の文芸部員です」
「はぁ……」
 まだ少し顔の赤い長門の顔を、俺と朝比奈さんはぼんやりと眺めていた。
 さて、ここまで自分の記憶を沿って思い出していけば、次に何がくらいは解る。
 というか、忘れ様もない。
「大丈夫! 名前なら、たった今思いついたから!」
 誰もそんな心配などしてないし、そもそも名前を付けて欲しいなんて思っていない。
 そんな思いを込めた俺の半眼の視線を、ハルヒは無責任なまでの笑顔でスルーしている。
 思いついた事を言いたくて言いたくて仕方がない、小学生みたいな顔に
「……言ってみろ」
 渋々俺はそう言ってしまった。
 ハルヒが何て言うのかは解っていただけに、それ程躊躇いはしなかったのだが……。
「世界を大いに盛り上げる為の涼宮ハルヒの団! 略して、SOS団!」
 所信表明演説でもするかの様な自信に満ちた声で、ハルヒは高らかにそう宣言した……後、
「……あっ」
「おやぁ〜」
「……」
 朝比奈さん、鶴屋さん、長門の視線が向けられたのは、たった今妄想発言を終えたばかり
ハルヒではなく、俺にだった。
 正確には、ハルヒの腕が当たり前の様に絡んだ……俺の腕に。
 集まったまま動かないみんなの視線、自分の腕にかかるハルヒの重み。どうやら、これは
夢って線は無いらしい。
 ……おい。
「え? 何」
 いや「え? 何」じゃないだろ。
「この手は何なんだ」
 まさかとは思うが、お前の台本にそうしろと書いてあるんじゃないだろうな。
「ああ、こっちの方がいいのね」
 何やら納得した様子のハルヒは、俺の腕に絡ませていた自分の腕を放し……今度は手を繋
いでくるのだった。
 その変化に合わせて、朝比奈さん達の視線が更に強くなった気がする。っていうかビデオ
を止めてもらえないでしょうか?
「だから、何なんだよこの手は」
 無理矢理振り払うのもどうか思い、抗議の声を上げた俺に、
「何って……SOS団が出来た時から、あたしとジョンは付き合ってたんでしょ?」
 ハルヒが平然と口にした言葉に、全世界が停止した気がした。
 実際問題、数秒程度は本当に止まっていたかもしれん。
 ハルヒ……お前が意味不明な発言をするのは、もう慣れていたつもりだったんだけどな。
 流石に今のは想定外だ。
「お前が何でそう思ったのかは知らんが、少なくとも俺とお前はそんな関係じゃ」
「台本の元になってる小説の中で、SOS団が出来て少ししてから、ジョンはあたしの事を
名字じゃなくて名前で呼ぶ様になってたんだけど……あれって嘘なの?」
 俺の言葉を遮るように、というか実際に目の前に立って物理的に遮りながら、ハルヒは真
面目な顔でそう聞いてきた。
「詳しくは覚えてないが……多分、その頃だったんじゃないか」
 っていうかハルヒ、近い。距離が近い。
「それに、教室でも仲良く二人で話すようになってた。これはどう?」
「楽しそうにしてたのはお前だけだったと思うぞ」
 俺はその横で毎日溜息ばっかりついてた気がする。
「後、放課後も休日も殆どいつも一緒に居たって。これは本当? それとも嘘なの?」
 一緒に居たのは俺だけじゃないし、理由が合っての事だが……まあ、
「……嘘ではないな」
 殆ど密着するような位置まで来ていたハルヒから視線を逸らしつつ、俺は曖昧な返答を返
した。
 こんな状況でも、長門は窓際に座ったまま読書を続けていた。
 ただ……さっきから全然ページが進んでいない様な気がするんだが。
 背中を伝う嫌な汗が腰の辺りに接近した所で、
「そっか……つまり、この頃のあたし達はまだ正式には付き合ってなかったけど、実質的に
は付き合ってたって事よね。それならいいわ」
 何がいいのかまるで解らない俺を取り残したまま、ハルヒは満足そうに頷き、ようやく俺
の手を解放してくれた。
 ――その後
「それじゃ、明日から毎日放課後ここに集合ね」
 その日最後の台詞を口にして、ハルヒは部室を出ていった。
 何で、ちゃんと否定しなかったんだろうな、俺。
 確かこの頃、谷口にも俺とハルヒが付き合ってるんじゃないかって言われた覚えがある。
 詳しい事情を知らない他人から見れば、そう見えなくもなかったのかもしれん。
 ……ま、映画の中だけの事だし、そんなに深く考えなくても
「鶴屋さん! 今のシーンあれでオッケー?」
 再び部室に戻ってきたハルヒの声。
「え? あ、うん。オッケー、です」
 慌ててビデオを確認して、鶴屋さんは頷いた。
 ハルヒ。
「お前、帰ったんじゃなかったのか?」
 今日の撮影はもう終わりだろ。
「もちろん帰るわよ。じゃ、みんなまた明日ね!」
 笑顔で手を振り、今度こそハルヒは部室を後にした。
 ……俺の手を掴んだままでな。無駄に馬鹿力なのはこっちのハルヒも同じらしく、抵抗する
間もなく部室から俺は連れ出されていた。
 が、廊下に出てすぐ、
「あ」
 朝倉と擦れ違った。
 確か、今日は放課後にクラス委員の集まりがあるとかで遅れるって言ってたっけ。
「また明日ね、朝倉さん」
 立ち止まる気配すら見せず、実際立ち止まる事無く笑顔で手を振るハルヒ。
「え? う、うん。またね」
 そのハルヒに連行されていく俺を、朝倉は部室の前に立ったままずっと見つめていた。

 ……おいハルヒ。
「何?」
「そろそろ、何のつもりなのか聞いてもいいか?」
 部室からノンストップで歩き続け、げた箱についた所でようやく止まったハルヒに、俺は荒
い息をしながら聞いてみた。
「帰るのよ。授業が終わって、もう放課後なんだから当たり前でしょ?」
 来客用のげた箱から自分の靴を取り出したハルヒは、当然の様な口調でそう言った。
 それは間違いじゃない。だが、俺が聞きたいのはそうじゃなくてだな。
「何で俺を連れてきたんだ」
 また何かさせるつもりなのか? っていうか今日は聞いてばっかりだ。
「まあそんな所ね」
 何やらご機嫌のハルヒは、さっさと自分だけ靴を履き代えて校舎を出ていった。
 いったい何なんだ……?
 あまりいい予感はしなかったが、他に選択肢もない。
 ハルヒを追って外に出てみると、
「はい、これ」
 カラカラと音を立ててハルヒが引いてきたのは、真新しい自転車だった。
 はいこれって。
「今日は古泉君来てないでしょ? だから、あんたが漕ぎなさい」
 帰りは下りだから一人でも帰れるだろ。
 そもそも、ここまで上ってこれたんだし。
「自転車には二人乗れるのに、一人で帰ったら非行率じゃないの。ぐだぐだ言ってないでさっ
さと乗りなさい」
 へいへい。
 駅に自分の自転車を止めてるから、そこまでだぞ。そう前置き、俺はハルヒの乗ってきた自
転車に乗った。
 ……おお、これ電動自転車なのか。どうりでこの嫌がらせの様な立地にある北高まで上って
来れる訳だ。確か映画の予算で買ったって聞いたが、果たしていくらだったんだろう。
 そんな現実的な事を考えつつ、俺がサドルの位置を調整し終えると、
「さ、行きましょ!」
 ハルヒは俺の肩に手を乗せ、後部車輪の横に取り付けられたステッパーに立った。
 あ、おい待てハルヒ。
「忘れ物でもしたの?」
 そうじゃないが、とりあえず降りろ。
「何で?」
 この時間帯に、通学路で堂々と自転車の二人乗りをする訳にはいかないだろ? しかも二人
とも制服じゃ言い逃れのしようもない。
「ああ、それなら古泉君にも言われたけど大丈夫よ。見つかっても、自転車なら逃げきれるわ」
 そういう問題じゃねぇよ。
 っていうか、逃げる前提ならそもそもやるな。

 自転車に二人乗りで停止したままという妙な状態のままで続いた説得は、それからしばらく
の間続き、最終的にハルヒが通学路から外れた道を知っているので、そこまでは歩きで移動と
いう事で決着した。
 普段、古泉と来る時にいつも使っているという通学路から外れたその道は、駅まで多少遠回
りになるが、確かに学生は一人も歩いて居なかった。
「古泉君が見つけてきたの、この道なら大丈夫でしょ?」
 そうだな。 
 ここまで手で押してきた自転車に乗り、ハルヒが後ろに乗るのを待っていると……あれ?
 てっきり、ハルヒはさっきみたいに後ろに立ち乗りするのだろうと思っていたのだが、何故
か荷台に横座りで座っていた。
「……何よ」
 いや、別に。
 ちょっと意外だっただけだ。
 腰に回されたハルヒの手が落ち着いた所で、俺はゆるゆると自転車を漕ぎ始めた。
 下り坂で加速を始める自転車は、歩くよりは多少早い程度のペースで見慣れない道を滑るよ
うに走っていく。
 一瞬、俺も電動自転車を買おうかとも思ったが、確か北高の駐輪場は教師専用だったっけ。
「ねえ、ジョン」
 背中を伝わって、ハルヒの声が聞こえる。
「ん」
「その……迷惑、だった?」
 何の話だ?
 風の音に負けないように、大きな声で聞いてみたが
「……」
 聞こえなかったのか、ハルヒは何も答えなかった。
 迷惑と言われて心当たりは……多すぎて解らないってのが本音だ。
 あえてハルヒの言葉の意味を考えない様にして、俺は黙々と自転車を運転していた。事故は
起こしたくないからな。
 ようやく、薄赤く色づいた視界の悪い夕方の道を走るのも慣れてきた頃、
「ねえ、ジョン」
 それまで静かだったハルヒが、口を開いた。
「あたしね? ……ずっと前から、あんたと手を繋いだり、学校に通ったり、一緒に授業を受
けたりしたかった。だから、撮影の間だけでもそれが出来て、今は凄く毎日が楽しいの」
 背中にハルヒの額が当たり、腰に回された手に力がこもる。
「凄く楽しくて……でもね? 映画の撮影が進むって事は、それだけ終わりに近づいてるって
事だから……。ごめん、あたし訳わかんない事言ってるね」
 お前が意味不明な事を言うのはいつもの事だ、とは言わなかった。
 そして、ハルヒが今が楽しいと思う理由についても聞かなかった。
 何事にも鈍いと自覚している俺でも、ハルヒが何を言いたいのかを想像するくらいは出来る。
 ……多分、ハルヒが言いたい事と、俺の抱えている悩みは同じなんだろうから。
 

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:55 (1834d)