作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 11話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2011-08-03 (水) 01:19:26

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 
  
 映画の撮影が開始されてから数日が過ぎた頃、高校入学当初のハルヒ的活動を再現するらし
く、放課後に色んな恰好で部活動に勤しむハルヒの姿を見かけるようになっていた。
 朝倉によると、運動系に文化系、音楽系からサブカルチャーに至るまで、北高にある、あり
とあらゆる部活に仮入部しているらしい。
 ある意味、それは俺が去年見て来たのと同じ光景なんだが……違う部分が二つある。
 一つは、ハルヒの側にはビデオを手にした鶴屋さんか朝比奈さんが常に居る事。
 そしてもう一つはというと……
「キョン。また来てるよ、涼宮さん宛に」
 放課後――グランドで跳ねまわるハルヒのポニーテールと、それを追ってあわあわと走る朝
比奈さんの姿を教室の窓枠にもたれて眺めていると、封筒を手にした国木田がやってきた。
 また……か。
「うん、また。これどうしたらいい?」
 シュレッダーに投函って訳にもいかないだろうし。
「そこに置いといてくれ」
 俺は机の上うず高く積まれた手紙の山を指さし、国木田がその上に白い封筒を重ねるのを視
線の端で見送った。
「もしかして、これって全部涼宮さん宛?」
 多分な。
 俺宛の手紙が混じってなかった事だけは確かだ。
 映画の撮影が開始された入学式の翌朝、俺の下駄箱の中に入っていたハルヒ宛の手紙は三通、
机の中にあったのが五通。昼休みまでに二十を超えた所で、俺は枚数を数えるのを止めた。
「凄い人気だね」
 毒の無い笑顔を浮かべる国木田に溜息で答えつつ、俺はまたグランドへと視線を戻した。
 ハルヒ宛に届く大量の手紙、その差出人の殆ど全てが男――書かれている内容は想像するま
でも無いだろう。
 ま、気持ちは解らなくもないんだぜ? ある日突然、近くの進学校から映画を撮る為に現れ
た男性誌のグラビアを飾ってそうな女子高生。そいつが口内のあちこちで色んな服装に着替え
ては万能振りを思う存分発揮しまくってるんだ、男子の間で話題になるのも無理は無い。
 ……しかし、だ。いくらハルヒに手渡そうとしても無視さえるからって、俺の所に持ってく
るってのはどうなんだ。
 俺はハルヒのスポークスマンでも何でもないってのに。
「ん〜余程親しないと女の子には頼みにくいからね。それに、涼宮さんがまともに話してるの
ってキョンくらいだもん」
 待て。
「古泉も居るだろ。ほら、あいつだ」
 ハルヒ程じゃないにしろ、あいつも北高に入り浸っている。
 現に今も、撮影中のハルヒを少し離れた場所で見守っている古泉の姿があり
「それは……まあ、色々と事情があるんじゃないかな」
 古泉と、古泉の後方に立つ女子の取り巻きを見た後、国木田は苦笑いになって言葉を濁した。
 言われなくても答えは解ってるさ。
 俺だって、自分よりルックスがいい配達員にラブレターを託したりはしない。それが解って
いるだけにより不快だ。
 個人的な意見を言えば、紙媒体を用いた告白、つまりはラブレターってのは自分の思いを伝
えるのに適した手段だと思う。
 だが、こちらのハルヒも「そういう大事なことは面と向かって言いなさいよ!」という主観
の持ち主らしく……これまで届いた手紙の送り主には、今撮っている映画の割引券だけがもれ
なく返信されている。ちなみに割引券の発案者はハルヒで、作成者は古泉だ。
 興味の無い相手には徹底的に無関心なハルヒ相手に告白するのが難しい事だってのは解る、
俺もこっちのハルヒに会った時は色々と酷い目にあったからな……だが、それしか可能性が無
い以上、やはり面と向かって告白してみるべきなのではないだろうか。
 そう、ちょうど今ハルヒに向かって真っ直ぐグランドを横断している奴みたいに……って。
 映像の確認中だったのか、朝比奈さんと一緒にビデオのモニターを覗き込んでいたハルヒの
前に立ち、
「す……涼宮っ!」
 目の前に居るハルヒの名前を、周りが軽く引くくらいの大声でそいつは呼んだ。
 ハルヒはそいつに何か答えたようだが、その声は聞こえない。
 ただ、露骨なまでに不快な雰囲気だけは伝わってきた。嫌って程にな。
 それから暫くの間、そいつは全く日本語が通じない外人相手に道を聞いているかの様な、至
極難解なボディーランゲージを交えての説得を続けていたのだが
「――だからっ……その、おおっ俺とまた付き合ってみないか?!」
 ギャラリーの注目を集める中、再び聞こえて来たそいつの上ずった声。遠めにも解かる程に
ハルヒの顔が険悪に染まっていくのを見て、俺はそっと目を伏せた。
 数秒の間すらなく――
「普通の人間の相手してるヒマはないの。……だいたい、あんたには前にも言ったじゃない、
もう忘れたの?」
 どこかで聞いた気がする否定文の後、誰かが地面に膝をつく音が聞こえ、
「あ〜あ……」
 慰めと呆れが半々で混ざったような呟きの後、国木田が教室を去っていった。
 数秒後、俺が目を開けた時。グランドには既にハルヒと朝比奈さんの姿は無く、一人その場
にへたり込む――谷口の姿があった。

 固形と液体の中間点みたいなペーストの中に、クッキーの破片らしき黒片が所々に混じった
シェイクをスプーンで撹拌しつつ、
「でも谷口って勇気あるよ。うん、見直した。僕なら、声をかけた時のあの怒った顔を見ただ
けで引き返してただろうしさ」
 国木田はフォローと言っていいのか解らない感想を、テーブルに突っ伏したままでいる谷口
の背中に告げた。
 その声が聞こえているのかどうかは解らないが、
「……」
 谷口はノーリアクションで……帰宅途中の学生で溢れるファーストフードの店内を、壊れた
人形みたいな虚ろな目で見ている。
 もしかして頭でも撫でて欲しいのか? いや、やってくれと言われても断るが。
 まあ、あれだ。
「俺のポテトもやるから元気出せって」
 いつも人の分まで欲しがってるだろ? ほれ、今日は遠慮しなくてもいいぞ。
 口先まで赤い紙の容器を差し出してみても、
「……」
 揚げたてのポテトの匂いにすら反応無し、か。
 ちなみに、こうやって谷口の残念会をするのは今回が初めてでは無い。というか、大体月一
くらいのペースである。だが、今回はかなりの重症らしいな。
 さて、この谷口をどうやって慰めてやればいいのかと国木田と顔を見合わせていると
「……なあ、キョンよ」
 ん? クーポンならもう無いぞ。
「嫌になるくらいそこら中にカップルは居るってのに、何で俺には彼女が居ないんだろうな」
 何を言い出すかと思えば。
 そんなもん、彼女が居ない俺や国木田に聞いても仕方ないだろ。ステーキを食った事が無い
相手に、ステーキの味を聞いてるようなもんだ。
 なあ、国木田。
「そうかもね。あ、でもさ。谷口は昔涼宮さんと付き合ってたんでしょ? さっき、また付き
合ってくれって叫んでたし」
 国木田のその発言に、谷口の体が揺れてテーブルが音を立てた。
 図星、か。
「え……あ、ああ」
 俺の知ってる記憶の中で言えば、北高で谷口がハルヒと付き合っていたという話は聞いた事
が無い。
 って事は、高校に入る前の事なんだろうか。
「だったらさ、谷口は僕達より先に行ってるって事じゃない?」
「ま、まあ、そうかもな……」
 ようやく元気を取り戻したらしく、谷口はテーブルに残っていたポテトを食い始めた。
 食え食え、そして忘れちまえ。
 あの告白を目撃した奴は暫く忘れられないだろうが、お前なら出来るさ。
「谷口と付き合ってた時の涼宮さんってどんな感じだったの」
 お、それは俺も気になるな。今と比べて、少しは大人しかったのか?
「どうってそりゃあ、その。まあそれなりだよ」
 なんだそれ。
「今より優しい感じだったとか?」
「だから、あ〜……えっと」
 谷口が国会答弁さながらのしどろもどろな返答を繰り返す間に、俺は思いだしていた。
 以前、他ならぬ谷口自身がお節介にも教えてくれたんだったな。
 中学時代のハルヒは、告白されると何故か断ろうとしなかったらしく一時期は取っ替え引っ
替えで彼氏を変えていたと。
 一番長く続いて一週間、最短では付き合いだして五分後に破局してた……だったか。
 この様子からすると、かなり短い期間の彼氏だったのかもしれないな。
 傷口に塩を塗り込む趣味は無いし、ここは違う話題に変えてやろうかと考えていた時、
「あれ、そういえばさ。キョンって中学の時に彼女居たよね」
 傍観者に徹していた俺の至近距離で、ナチュラルに国木田が地雷を踏みやがった。
「……なっ? 何だとおい! キョン今のはマジか?! なあ!」
 谷口、とりあえず落ち着け。油だらけの手で制服を触るな、親が怒る。
 掴みかかって来る谷口から制服と食べかけのナゲットを守りつつ
「国木田、お前の言う彼女ってのはいったい誰の事だ」
「覚えてないの? ほら、佐々木さん」
 ああ、やっぱりか。
 予想通りの名前が返ってきて、俺は溜息で返した。
「何度も言うが、それはお前の勘違いだ」
 俺が勘違いされる分はまあいいとして、佐々木に迷惑だぞ。
 大体、何でお前はそう思うんだ。
「え? だってキョンと一緒に塾に通ってたよね。一台の自転車で」
「んだとぉ!」
 谷口、声がでかい。あと態度も。
「あの塾の駐輪場が生徒数に対して狭かったんだよ」
 ついでに、一台の自転車で行くってのは佐々木の発案だ。
 自転車を提供するのは佐々木、漕ぐのは俺。あいつらしい合理的な発想だろ?
「それにさ、お昼ご飯もいつも一緒だったし」
 いや、それはお前も一緒だったじゃねぇか。
「そうだったっけ? あ、あと週末はいつも二人で遊んでたじゃない」
 それは、単に勉強を見てもらってただけだ。
 淡々と否定を繰り返す俺の横で、
「お、おいキョン!? てめぇ何一人で抜け駆けしてやがんだ!」
 何故か完全復活を果たしたらしい谷口が、店の外まで聞こえそうな大声で叫んでいた。
 落ち込んでても元気になっても鬱陶しい奴だな……まったく。

 
 とまぁ、映画撮影が始まって以来、色々と面倒事が増えてしまった俺だったのだが、変わっ
たのは嫌な事ばかりでもなかったりする。
 その一つが、映画の撮影に必要だからという事で、窓際後方二番目という良ポジションを再
び確保できたって事だ。
 教師の目からは遠く、グランドで女子が体育をして居れば目の保養も可能。レクター博士で
なくとも、男子なら誰もが羨むこの安息の地の問題点を強いて挙げるとするなら
「おはよう」
 ……朝倉涼子が、またもや俺の後ろに座っている事ではないだろうか。
 ちなみに、朝倉が後ろの席になったは偶然ではない。
 ハルヒが来た時にこの席を使うから、映画に関係してる自分が座りたい。席替えの時、朝倉
が自分でそう提案したからだ。
 二年連続のクラス委員であり、社交性だけなら鶴屋さんに匹敵するであろう朝倉の発言だけ
に、反対意見のひとつすら出ずその提案はあっさりと了承されてしまった。
 ……一応、誤解の無い様に言っておくが、俺は朝倉が嫌いって訳じゃないんだ。
 まったく知らない奴が座っているよりは、知り合いが座っててくれたほうが気が楽だっての
は多少ならずある。
 だが――去年も同じクラスだったから解るのだが、朝倉は授業での発言率が高い。というか、
難しい問題が出題されると途端に沈黙してしまう我がクラスでは、暗黙の内に朝倉と国木田が
高難易度の問題担当になっていると言っても過言ではなかったりする。
 結果、教師の視線は窓際最後方へと常時向けられる事になり、俺の授業態度は不本意ながら
改善されたんじゃないだろうかね。女子の体育で目の保養? 出来るわけが無い。
 さらば俺の安息の日々。フォーエバー。

 ――その日も、教師の視線の端に晒され続ける授業が終わり、休み時間を迎えた俺が凝り固
まっていた背筋を伸ばしていた時
「ねえ、キョンくん。もう読んでくれた?」
 肩をつつかれる感覚と共に投げかけられた問いかけ。当然質問者は朝倉だ。
「何をだ」
「台本。昨日、部室に来なかったから貴方の机に入れておいたんだけど」
 朝倉は席に座ったまま身体を前に乗り出しつつ、俺の机の中を指差しながらそう言った。
 ああ、一応読んだぞ。
 綺麗な字だった。自分で書いた字より読みやすかったのは覚えてる。
「で、どうだった? ちゃんとあなたの記憶とあってる? 正直に言うと、この頃の事ってあ
んまり覚えてないの」
 そう朝倉は控えめな態度で言ったのだが――平凡な日常に対するハルヒの不満に、無意味な
薀蓄をたれてしまった俺――今回の台本の中身も、笑えない程に俺の記憶と一致していた。
 まさかとは思うが、ボイスレコーダーでも仕掛けられていたんだろうか。
 半眼を向ける俺に朝倉は無害を装った笑顔を向けている。
 ま、それはとりあえずはいいとして……だ。台本を見る限り、今日の撮影は俺がハルヒに要
らぬ知恵をつけてしまった時を撮るらしい。
 何ていうか、思い出すだけで後頭部が痛い。早退してもいいだろうか。
「もし、これは違うなって思うところがあったらアドリブで差し替えちゃっていいよ。鶴谷さ
んもそう言ってたし」
 へいへい。
 好きに台詞をいじっていいんなら、俺の台詞は全部サイレントって事でお願いしたい。つい
でに、出番そのものも無しに……あ。
「なあ、朝倉」
「どこか気になるの」
 いや、そうじゃなくて。
「提案というか、ちょっと増やしたいシーンがあるんだが……一度鶴屋さんと相談してみてく
れないか」
 俺が話すより、台本担当のお前から話した方が話が早いだろ。
「へ〜。どんな?」
 実は出番が欲しいって言ってる奴が居るんだ。そいつは、ハルヒと中学が同じで――
 

「涼宮ねぇ……ま、俺の知る限りあいつ以上の奇人はいねぇな」
 昼休み。俺と国木田、谷口の三人で囲んだ机の上に乗っているのは人数分の弁当、そして録
画中のランプが点いているハンディビデオ。
 レンズに映る自分を意識しつつ、
「高校に行けば少しは大人しくなるんじゃねぇかって思ってたが、全然変わってねぇ。むしろ
悪化してるかもしれんぞ、あれは」
 谷口は箸を片手に、活き活きと熱弁を振るっている。
「中学の時の涼宮さんってどんなだったの?」
 事前に頼んでおいた台詞通りの質問に、谷口は苦笑いで首を振り、
「わけが解らん事を言って、わけの解らん事ばっかりやってたぜ。有名なのはあれだ、ほら。
校庭落書き事件」
 谷口、待て。
「あ? 何だよ、俺は犬じゃねぇぞ」
 すまん、悪いがその事件の話は無しで頼む。
 俺がお前からその話を聞くのはこれで二度目なんだが、何ていうか、すまん。
「なんだそりゃ? ……まあいいさ、あいつのやった奇行なら他にもまだまだある。朝教室に
行ったら机が全部なくなってて、どこにいったのかと思ったら体育館に机で作ったピラミッド
があってよ。どうやって作ったんだか知らねぇが、中に入れる通路まで再現してあったらしい。
あと、校舎裏に一度落ちたら上ってこれなさそうな深い穴を掘ってたり、屋上に変な記号を描
いてたなんて事もあったな」
 片手間に弁当を口に運びながらも、谷口の口は止まらない。
「最初はまあ、方向性がずれてるだけで単なる目立ちたがり屋なんだって思ってたんだが……
いくらなんでもやる事が斜め上過ぎる。しかもよ、教師に問い詰められれば全部自分でやった
って認めるくせにその理由は絶対白状しないってんだから意味が解らねぇ。いったい何が目的
なんだ?」
 以前聞いたのと少し違ってる様な気もするが、まあ普段のあいつを見てれば予想範囲内の行
動だな。
 特に感慨を抱く事も無く昼食を取り続ける俺とは対照的に、国木田は口を開けたまま箸を止
めていた。この顔は驚き3に対し呆れが7って所だろうか。
「でもなぁ……あいつモテるんだよ」
 谷口の話はまだ続くらしいぞ。
「何せあのツラにスタイルだろ? おまけにスポーツも勉強も優秀ときてやがる。いくら頭の
中身がアレだからって、ぱっと見じゃそんな事わかんねーしよ」
「ふ〜ん……それで谷口もひっかかっちゃたんだ」
 ふと口から漏れたらしい国木田のアドリブに、一人で頷いていた谷口の顔が歪んだ。
「だっだからそれは! ……何ていうか、あれは麻疹とか水疱瘡とかそんな感じだったんだよ、
マジで! 何でか知らねぇけど、あの頃の涼宮はコクられて断るって事をしなくってよ、みん
なが我先にってコクってたから、俺もそれに便乗しただけなんだって!」
 はいはい、解かった解かった、ありがとさん。
 これだけ撮ればハルヒについての説明はもう十分だろ。どれだけ使える内容があるかは甚だ
疑問だが。
 口から唾液と、唾液以外の物まで撒き散らして叫ぶ谷口から食いかけの弁当を避難させつつ、
俺は録画を止めようとビデオに手を伸ば……あ。
「つまり、別に俺は本気で涼宮を好きだったとかそんなんじゃ……あ?」
 口を開けたまま固まる俺の視線を追っていき――谷口は、自分の後ろに立つ無表情のハルヒ
の姿を見つけた。
 谷口の手から落ちた箸が、床で乾いた音を立てる。
「あ、そろそろ授業だから僕行くね」
 国木田が席を立ち、俺も便乗して弁当を手に立ち上がったのは言うまでも無い。
 昼休みも残り僅かとなり、徐々に人口を増してきた教室の中――
「ねえジョン。あたしの台本って持ってる?」
 ハルヒは何事も無かったかの様な顔で、席に戻る俺についてきていた。
「いや、預かってないが……意外だな」
「何がよ」
「さっきの谷口の話、聞いてたんだろ?」
 よりによって最悪の部分を聞かれたとばっかり思ったんだが。
「聞こえたけど。別に気にしないわ、あれくらい。……そりゃあ少しはムカツクけど、気にす
るだけ時間の無駄じゃない」
 食堂にでも行っているらしく、まだ不在だった朝倉の席に当たり前の様に座ったハルヒは、
淡々とした口調でそう言った。
 何ていうか、まさかハルヒに対し「人間的に成長した」なんて感想を抱ける日が来るとは思
わなかったぜ。
「……ジョン、一つ言っておくけど」
 ん?
「別に、何も無かったんだからね」
 何の話だ。
「だから、その、谷口が言ってた話よ」
 珍しく歯切れの悪い口調でそう言うと、ハルヒは俺から視線を外して朝倉の机の中を漁り始
めた。いつものことだが、自分の台本を探しているのだろう。
 谷口が言ってた事って……あ、お前が学校で色々と無茶をやってたって話の事か?
「違う」
 教師に何度も呼び出しをくらってた事か。
「それじゃなくて、その、あたしが……えっと……色んな男と付き合ってみたって話」
 ああ、その話か。
 人の恋愛感に関してどうこう言うつもりも、そもそも言えるだけの知識や経験なんて俺には
存在しないのだが……。
「なあハルヒ。お前、何で告白されたら断らなかったんだ?」
 素直にそれは疑問だった。
「付き合ってみなくちゃ、そいつが面白い奴かどうか何て解らないって、あの頃はそう思って
たの」
 ……それだけか。
 ハルヒは手を止めると、退屈そうな顔で頷く。
「そ、それだけ。でも、結局くだらない男しか居なかったんだから単なる時間の無駄だったわ。
まったく、あれだけ居るなら一人くらい面白い奴が混じっててもいいのに」
 この暴君の理想に叶わず、無残にも散って行った勇敢な戦士達に黙祷しておこう。一応、そ
の中に谷口も含めておく事にする。
 ああ、そういえば。
「ハルヒ。お前にとって面白い奴ってのはいったいどんな奴なんだ」
「どんな奴って?」
「有体に言えば、好みのタイプだよ」
 前に聞いた時は確か、宇宙人でも何でもいいから普通じゃない奴がいいとか言ってたと思う
んだが。
 俺としては、以前と同じ返答が返ってくるのだろうかと思っただけの質問だったんだが
「そっそれは……えっと……」
 ……。
 何だ、この沈黙は。
 ハルヒは何も答えないまま、暫くの間俺の顔とネクタイの辺りで視線を彷徨わせていたが
「まあ、それはもういいのよ」
 話はこれで終わり、とでも言いたげな口調でそう言い切り、再び台本の捜索へと戻った。
 さて……いったい今の間は何だったんだろうか。
 ついでに、今のハルヒの口から零れている隠しきれていない笑みも謎だ。まあ、追求しない
方がいいって事は経験則で解ってるけどさ。
 その後、ハルヒは教室に戻ってきた朝倉から台本を受け取り、午後の撮影が始まった。
 

 危険を予知する能力――文字だけで見れば便利そうだが、現実にはあまり使い道のなさそう
な能力など、当たり前だが俺は所持してなどいない。しかし、過去の経験から現在の危機を予
測する、所謂学習能力なら俺も持ち合わせている。そう思っていた。
 昼飯も食い終え、授業を進めるべく喋る教師の声も子守唄にしか聞こえない午後の授業中。
 俺は目前……いや、背後に迫った危険に備えるべく意識を集中させようとしていたのだが、
暖かな午後の陽射しと難解で退屈な授業の内容を前に既に陥落寸前だった。
 いかん、普段はともかく今日だけは寝るわけにはいかんのだ。
 窓際に設置されたビデオカメラを睨みつつそう意気込んでみても……駄目だ、瞼が重い。
 考えてみれば、学習能力なんてのはテストの出題範囲を教師に言われても予習をする訳でも
ない俺からすれば一番縁遠い能力だよな。
 満腹、平穏、退屈。三つも条件が揃ってるんだ……もう、ゴールしてもいいだろ?
 誰に対して聞いているのか解らない問いかけも、眠ってはいけないはずの理由も薄らいでい
く意識の中に消えていき、瞼が降りるのに合わせるようにして自分の頭部が下がっていくのを
何処か遠くから感じていると――朝比奈さんと過去に行った時みたいなブラックアウトに似た
感覚の直後、勢いよく背後に引き寄せられら俺の後頭部が後ろの席の机に叩きつけられた。
「……」
 いてぇじゃねぇか!
 そう叫ばなかったのは今が授業中だからでも、これが撮影中だからでも、ここが世界の中心
じゃなかったからでもなく、ただ単に苦痛の前に声を出せなかったからだった。
 激痛の発信源となった後頭部を抑えつつ、体を起こそうとして失敗し、椅子から床に転げ落
ちた俺が見たものは――席を立ち、床で転がる俺を見下ろす、フレアを繰り返して太陽風を撒
き散らしている様な輝きを放つハルヒの笑顔だった。
 何ていうかもう、あれだ……尽く痛い。
「気がついた!」
 床で唸る俺に、浴びせられるハルヒの声。
 ハルヒ。何だか知らんが、お前がこの映画の撮影に情熱を注いでるのは知ってる。知っては
いるがな、このシーンでは本当に引っ張るなよって念を押して言っておいただろうが!
 ……とかまあ他にも色々と言いたい所だが、とりあえず撮影を先に終わらせちまおう。
 テイク2だけは何としても避けないと危険が危ない。
「閃いたって何がだ」
「ふふーん。聞きたい?」
 知識的にも興味的にもまるで聞きたくないんだが、聞かなきゃならんのだろうからさっさと
聞かせろ。
 欠伸ではなく痛みによって涙目になっている俺に、ハルヒは罪悪感など微塵も感じられない
輝かんばかりの笑顔を浮かべて俺を見下ろしている。
 ああ……なんていうか懐かしいな。お前のその顔。
 記憶の中で笑うあの時のハルヒと違うのは、俺が見ているアングルと髪の長さだけ、か。
 そう、あの時もあいつはこんな笑顔を浮かべてこう言ったんだ。
「ジョン、あんたが光陽園に転校してくればいいのよ!」
 ないんだったら……は?
 思わず、次の台詞も忘れて固まってしまった俺を誰が責められよう。予想外すぎる発言に、
一瞬痛みも忘れていた。一瞬だけだったが。
 授業中に撮影をするという事以外は何も聞かされていないクラスメイト達や教師同様、リア
クションすら忘れて立ち尽くす中
「だ〜か〜ら、あんたが光陽園学院にくればいいの。もう! 何でこんな簡単な事に気付かな
かったのかしら?」
「……おい、ハルヒ」
「何よジョン、そんなつまんない顔して」
 この顔は生まれつきだ。いいからとりあえず落ちつけ。
「何言ってんの? 今は落ち着いてる場合じゃないわ、むしろ興奮すべき時よ。ほら、あんた
もこの発見を共に喜びなさい」
「お前がいったい何を言ってるのかはまるで解らんが……ほれ」
 溜息と共に、俺は窓際に固定しておいたビデオカメラを指差した。
 ったく、撮り直しは勘弁してくれよ? 授業の邪魔は本意じゃない。
 教壇に立つ教師に軽く頭を下げ、俺はビデオを止めて席に座った。
 流れ的には台本通りと言えなくも無いし、後でアテレコすれば何とかなるか?
 教師の目につかないよう、手元で隠しながら録画された内容を確認していると、
「あ、そっか。……じゃあもう一回ね」
 再び俺の襟首を掴んだ手が、勢いよく俺の身体を後方へと引っぱっていった――

 次の休み時間、続きのシーンを撮る為に屋上へと続く踊り場へと移動し
「で、さっきのあの発言は何だったんだ」
 壁際にあったダンボールの上にビデオを置いて、俺は未だに痛む後頭部をさすりつつ、何故
か自慢げな顔で腕を組むハルヒに聞いてみた。
「だから、あんたが光陽園に転校してくればいいの。簡単でしょ?」
 ……一つ聞いていいか。
「何?」
「何故だ」
 この場合、5W1Hで大事なのはWHYだ。他も大事だが、何より理由が不明過ぎる。
「あたしが北高に来ると、せっかく二つの高校から貰えてる部費が減っちゃうじゃない。古泉
君一人だけじゃ、部活として存続させるのは難しいし」
 頼むから、質問に答えようぜ?
「そうじゃなくて、何で俺が……というか、俺かお前のどちらかが転校しなきゃいけない何て
話しになってるんだ?」
 少なくとも、これまでそんな話は一度も出てなかったと思うぞ。それに、そうしなきゃなら
ない理由も思いつかん。
「それは……」
 それは?
「それは、その……えっと」
 ハルヒは視線を躍らせながら沈黙してしまい、俺はどうしていいのか解らず手狭な踊り場に
立ち尽くしていた。
 相変わらず狭いな……ここ、一度美術部の連中を連れてきて整理させればいいのに。
 やる事もなく美術部の不法投棄らしい作りかけの石膏像や、描きかけのカンバスを眺めてい
る間も、ハルヒは何か言いたげな顔で俺を見たり、口を開いては固まったりしていた。
 こいつがここまで口にするのを躊躇う事……駄目だ、まるで想像がつかない。
 初対面の人間で溢れる教室であんな自己紹介が出来て、大勢の人が見てる前であっさり谷口
の告白を切り捨てる様な奴が、こんな人気の無い場所ですら言えない事ってのは何だ?
 そもそも、ハルヒに羞恥心に類する感情が存在したって事が驚きだ。
 結局、休み時間の終わりが近づいてるのを俺が気にしだした頃になって
「……まあいいわ。とりあえず今は」
 ハルヒはそう不満そうな顔で言った。いったい何がいいんだろうか。
 不満そうな顔のまま、ハルヒは俺を暫く見た後、
「じゃあ、また放課後ね」
 そう言い残し、一人で階段を降りて行った。
 ……ハルヒの奴、いつになく情緒不安定だな。
 映画の撮影だって、今のところスケジュール通りに進んでるってのに……いったい何が不満
なんだ? 考えるだけ無駄って事は解ってるつもりなんだが。
 まあいい、とりあえず授業だ。
 録画中になっていたビデオを止め、鳴り始めた予鈴に押されるように俺もその場を後にした。

 

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:53 (1888d)