作品

概要

作者PDFの人
作品名がんばれながとさん 〜しゅっぱつしんこう一日車掌編〜
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2006-08-06 (日) 18:57:09

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

PDF版

 

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TEXT版

 【がんばれながとさん 〜しゅっぱつしんこう一日車掌編〜】

 
 
 

■第一章 ゆけむりあふれる電気屋さん

 
 
 

 部室の隅っこで本を読んでいる長門をぼんやりと見つつ、俺はつい先日の「長門湯」の一件ことを漠然と思い出していた。その銭湯に行った翌日の放課後、ハルヒによって、『長門湯の問題点を指摘する会』とは名ばかりの、実質山のようなポテチと山のようなジュースをみんなで食べる会がもたれたのだった。

 
 

 掃除機のような勢いでポテチとジュースを消費していくハルヒと長門、それからポテチの成分を細かく朝比奈さんに説明しているミスタースマイルとそれをにこやかに聞き流している専属メイドさんを尻目に、俺はあの夜思いついた考えを長門に言うべきか言わざるべきか考えていた。つまり、カゴを散らかしておいたのは意図的なもので、それは脱衣所突入の口実作りだよな、と。
 おそらく、図星であろうがそうでなかろうが、あいつのことだから聞こえないフリをするかはぐらかすかのどちらかだろう。数ヶ月前の俺なら、そういう反応をされて結局なにもわからずじまいなんだろうが、しかし今の俺は日本、いや世界で唯一の、文部科学省非公認長門有希表情分析専門家である。だんまりを決め込まれたって、今の俺なら表情からイエスかノーかわかる自信がある。

 

 聞くしかあるまい。よし。

 

「なあ長門」
 そう俺が言うと、長門はポテチを取ろうとしていた手をぴたりと止め、ゆるゆるとこちらを向いた。おい、どうでもいいけど手が油でベタベタじゃないか。ちゃんと拭きなさい。
「問題ない」
 こら、こっそりスカートで拭くんじゃありません。小学生かおまえは。まあいい。
「でな、あの銭湯でのことなんだが、長門、おまえ、俺と古泉が脱衣所ではだかに──」
 なっていたとき──と言おうとしたのだが、それより前に口を塞がれた。うん、こりゃ聞くまでもなくイエスだろうね。間違いない。
「あなたの考えに間違いはない。その点に関しては謝る。でも言ってはだめ」
 おお、長門が饒舌になった。珍しい。しかしストレートに認められると拍子抜けする。もう少し言葉でいじめてやろうかと思っていたのだが……。ああいや、俺はエスじゃないぞ。むしろエムだな……って、だから俺はエロとは無縁だって何度言ったらわかるんだ畜生め。
 口を塞がれたまま、俺は二度頷いた。まるでいたずらっ子が申し訳なさそうにしているような目で、いや、今回ばかりは事実そのとおりなのだが、そんな目でじっと見られた上に「言ってはだめ」なんて言われたらどうすることもできない。ゆるゆると手を離す長門の後ろに、ポテチをもりもり食っている俺の疫病神ハルヒが見えた。気づかれていないようである。幸運だった。

 
 

 話を今に戻そう。冒頭のとおり、今長門は本を読んでいる。長門があからさまに、ノゾキといういたずらをするようになったことは、その行為の内容はともかくとして、歓迎できることである。成長したなあこいつも。
 身体能力的には長門の方が俺の数千倍も上なのだが、何故か長門に対して父性愛みたいなものを感じてしまうのはなんでだろうね。こいつと居ると、なんだか自分の子供をあやすような、妹と遊んでやっているような、そんな感じがする。それでいて、どこかこう、とてつもなく愛おしくなったりして、正直よくわからん。世間ではこれを恋愛感情と言うのかもなあと考えたりはするが、わからんものはわからんのである。わからなくても困りはしない。だからわからないままでいい。
 よし。

 

 そんなこんなでしばらく長門を呆けた顔で眺めていたのだが、やがてその長門はぱたんと本を閉じた。部活、終了。ちなみにここはわかめ高校ではないから、校長がチャイム代わりにわかめわかめと甘く囁いたりはしない。何のネタかと言えば、すごいよマサルさんというマンガだ。谷口のアホに勧められて読んでみたのだが、深夜笑い転げることになり、隣の部屋の妹に気持ち悪がられたのはついおとといの話である。こういうマンガを、長門に読ませてみたいとつくづく思う。いつかプレゼントしてみよう。
 そんな馬鹿なことを考えつつ、SOS団そろってぞろぞろと下校する。いつもはうるさいハルヒの騒ぎ声も、今は耳に心地よい。何故なら横に長門が居るからだ。誘ったわけではない。あちらさんからするすると寄ってきたのだ。
「話がある」
 おう、どうした。
「銭湯のこと」
 ああ、最初にいっておくと、まったく怒ってないぞ。むしろ楽しかった。
「……そう」
 で、どうした?
「やめることにした」
 ……銭湯を?
「そう」
「……そりゃまたどうしてだ?」
 ちょくちょく行く気満々だったのだが……。
「……私は、あなたたちに来てもらいたかっただけ。その目的は達成された」
 長門が言うに、自分が娯楽を提供したことは今までなかったので、一度提供してみたかったそうだ。休業中の書店を再構成して銭湯にしたらしい。目的は果たせたから、今では元の書店に戻っているという。
「……たのしかった?」
 長門は俺の顔をじっとみて聞いてきた。楽しかったに決まってる。おまえのイレギュラーな衣装も、脱衣所乱入も、楽しかったさ。なんだかんだ言って、非日常ってのは楽しいもんさ。ありがとな。
「……いい。私も楽しかったから」
 そう言うと前を向いて、非日常、と、ぽつりとつぶやいた。夕日が顔の右半分を赤く染めている。こういう場面こそ、写真に撮るべきだと、俺は思った。ものすごく、絵になる。
「……あのさ、長門」
「……なに」
 前を向いたまま、そう聞き返した長門に、俺はつらつらと、セリフの全てを本心にまかせることにして口を開いた。後になって思うと、このときの俺は、途中からテンパってもいたが、それ以上に自分に酔っていたな。間違いない。
「つまり、その……なんだ、なんかこうな、おまえといると、落ち着くんだよな。無性に落ち着く。会話がなくてもさ、近くにいるとそれだけで気が休まるんだよな。それでいて、こう、妹とか子供に対して抱く愛情のようなものも感じる。だからどうしてくれってことでもないんだけどさ、その、なんだ、うん。いきなりすまん。しかもだな、長門、自分じゃ気がついてないかもしれんが、おまえすごく……可愛い、んだよ。谷口のアホがさ、学年の女子全員をランク付けしてるんだけど、おまえはAマイナーだそうだ。しかしな、俺に言わせればおまえは、アレだ、トリプルAだ。うん。ごめんないきなり。なんつーか、ええと、とにかくだな、俺はおまえが好きだ。わかるか?」
 ああ、言ってしまった、と思ったね。でも後悔はしなかったぞ。しかし当の相手である長門が、たっぷり三十秒ほどだまりこんでしまったのには正直肝を冷やしたがな。で、その三十秒後、長門が発した言葉といえば、
「……そう」
 の一言である。どうにもこうにもやりきれなくなった俺は、聞いてしまった。
「……今、どんな気分だ?」
「……わからない。嬉しいのは確か。でもそれだけじゃない。今まで感じたことのない気持ち」
 ただ、と長門は続けた。
「数ヶ月前までの私ならば、そもそも人間の感情というものがよく理解できていなかったから、どのようにも感じていなかったはず。でも、あなた個人と一緒に居て時折感じるエラーが、人間が書いた本を読むうちに人間で言う感情、特に恋慕、に、該当するらしいと、最近になってわかった。だから私は、最近は心理学と恋愛小説をよく読む。この感情を、理解したいから」
 そうか、と俺は盛大に息を吐きながら答えた。空いていた手、ちょうど長門側だった右手を、そのまま長門の頭の上に持ち上げ、力を抜く。自由落下に挙動を任された俺の手は、長門の頭の上にぽすんと着陸した。猫の毛のような柔らかさに酔いつつ、そのまま俺はしばらく、長門の頭をふわふわぽすぽすと撫でつづけた。実はこのとき、俺は泣くのを堪えていた。なぜ泣きたくなったのかは、よくわからない。涙目になっていたという自覚はある。だから長門のほうは向かなかった。自分でも馬鹿だと思うがな、ただなんとなく感じたのは、とにかくこいつと一緒にいたいという、それだけのことだった。
 そのままみんなと別れる交差点にくるまで、俺は何も考えずに長門の頭を撫でたりぽんぽんしたりして遊んでいた。そうしていたかったんだ。いいじゃないか。長門も心なしかとろんとした目でぼんやりと俺にされるがままになっていたし、ハルヒは終始朝比奈さんをおもちゃに騒いだままだったから、俺の挙動は完全に視野の外だったしな。

 

 まあ、学校をでた直後から俺たちが分かれるまで、俺の後ろにミスタースマイルがいることをすっかり失念していたわけなのだが。

 

 それに気がついたのが、長門と交差点で分かれた直後である。携帯に電話をしてきやがった。
『やあ、どうも』
「……なんの用だ」
『いえ、あなたと長門さんが帰り道ずっと仲良さそうにしていたものですから、ちょっとひとつふたつお伝えしておこうと思いまして』
 ここで初めて、俺は俺たちの後ろにコイツがいたことを思い出すわけである。正直、ものすごく狼狽した。わかるだろ? わからないやつは俺の今日の帰り道の挙動をおさらいしてくれるといい。誰かが聞いているとわかっていたら絶対言わないようなことを山盛り口走っていたからな。これはまずい。思い返せば、学校を出るときは確かに古泉は俺の後ろにいた。出てすぐ長門が寄ってきてあとは長門しか見てなかったから忘れてた。畜生め。
「……正直に言う。おまえに聞かれているということを、というよりおまえが後ろにいること自体、さっぱり忘れていた」
『そうだろうと思いました。ま、僕も途中からは気がつかれないようにちょっと離れて歩いていたのですがね』
「……すまん、謝る。で、ハルヒとのことだろ? おまえが俺に言いたいことというのは」
『その通りです。こういっては失礼ですが、自覚されていないでしょうけれど、最近のあなたは長門さんを見てばかりいます。僕は今日のことを誰にも言うつもりはありませんが、おそらく、あなたの気持ちには、涼宮さんも朝比奈さんも気がついているでしょうね、言わないだけで。それから、長門さんの視線にも、彼女たちは気がついていると思います。長門さんはたしかに万能ですが、人間関係となると不器用です。自分が周りから見られているということを意識しない、というよりなんとも思わないようですから、バレバレです。あなたが僕とゲームをしている様子を、彼女はいつも、見ていましたよ』
「……つまり?」
『遅かれ早かれ、あなたたちがお互い持っている気持ちは公になる、ということです。まあ公になったところで、涼宮さんも既に気がついてはいるでしょうからそこまで大事にはならないとは思いますが、実際どうなるかはわかりません。機関としましては、あなたと涼宮さんがくっつくべきで、つまり長門さんとの仲は引き裂くという方向に進みそうなのですが、そこは僕が頑張りますよ。正直、保身のために他人の人間関係をぶち壊すなんて真似はしたくありませんからね。それも対象が他でもない、あなたですから』
「……恩に着るよ、古泉。しかしだな、俺自身よくわからん。長門に口走ったことはたぶん本心なんだが、別に付き合いたいとかそんな気はまったくないんだ。あいつが居なくなりさえしなければ、今のままで十分満足なんだよ俺は。長門と二人きりってのもいいが、SOS団全員で騒ぐのも正直めちゃくちゃ楽しいしな」
『そういうと思ってました。ま、いずれあなた自身がはっきり自覚するようになると思います。それまでは、そうですね、特に何も考えなくていいと思いますよ。今まで通りで、問題ありません。僕から見ると、僕以外の四人は、これ以上ない絶妙なバランスで釣り合ってますからね。涼宮さんのドタバタを含めて、正直、いつも見ているこっちが和みます。楽しいですよ、本当に。幸せです』
「すまんな古泉。ありがとな」
『いえ、お互い様です。さっきも言いましたが、あなたたちを見ているのは本当に楽しいんですよ。あまり喋らないから楽しんでいないと思われているかもしれませんが、これ以上ないほど楽しんでるんです。そういうことなので、お互い気にせず楽に行きましょう。では』
 そういうと、電話は切れた。古泉、こんなキャラだったっけ? しかし嘘や演技の口調じゃなかったから、おそらく本音なんだろう……。今度飯でも奢ってやるか。
 空には、星が出ている。ぼんやりと見上げつつ、電話のために止めていた歩みを、俺は家に向けて再開した。

 
 

   ***

 
 

 その翌日。放課後、部室にて。
「キョン! ちょっと有希つれて買い物に行ってきて!」
 いきなりの注文にも慣れたものだ。さて、何を買ってこいと?
「ハードディスク! デジカメの写真が入りきらないのよ、このボロパソコン」
 おいおい、コンピ研が泣くぜ、そんな最新機種をボロだなんて。ていうかおまえどれだけ写真とったんだよ、そのパソコン、二百五十ギガだぞ。
「あんたは団長の命令に従えばいいの! 余計な詮索しない! はいお金! お釣りあげるわ!」
 お、釣りをくれるのか。ならいってやろうじゃないかってハルヒさん? 五千円じゃ買えませんよ? せめて2万はくれ。買えん。
「ぶつくさうるさいわね! はいこれ、足りない分は立て替えといて。領収書くれたら学校の予算から落とすから。有希も行ってきてね、キョンが変なことしないか監視してて。それに有希パソコン詳しそうだから、ハードディスクは有希が選ぶこと。それからキョン! 有希をおそったりしちゃダメよ! 逆に有希に襲い掛かる暴漢がいたら、あんたは死んでもいいから有希を守りなさい! 有希が怪我でもして帰ってきたら殺してやるから!」
 マシンガンのごとくべらべらとまくしたてながら、ハルヒはさらに一万円出してきた。一万五千円か、まあ買えないこともないだろう。長門と一緒に動くことを他でもない団長様に命じられるとは願ってもない幸運だしな。長門もなんとなく嬉そうだし、今日ばかりはミスタースマイルのスマイルもまったく嫌味には感じられん。朝比奈さんは笑顔で手を振ってくれている。
 ハルヒは学校の予算から落とすとかなんとか言っていた気がするが、今は聞かなかったことにしよう。長門を守るというのは、言われなくてもそうするさ。もっとも、実際なにかあったら逆に守られることになる可能性のほうが高そうな気がするがな。

 
 

 というわけで、長門と二人で学校を出た。パソコンショップといったら、二つ先の駅にしかない。電車に乗る必要がある。行って選んで買って学校に帰るのに結構時間がかかるであろうことは容易に予想できたし、それならば少し早足でないと間に合わないのもわかっていた。それでも、どちらが言い出すともなく、いつもよりも歩くペースは遅くなっていた。何故かは知らん。長門も特になにも言わないから良いのだろう。そうしてそのまま心地よい沈黙に身を任せ、駅に向かった。

 

 ところは電車の中。場所は先頭車両、その一番前。長門は運転席を食い入るように見つめている。
 俺の妹は、出かけると必ず先頭車両の一番前に行きたがる。連れて行くと、目的地につくまで運転席の様子を眺め回す次第である。毎回それで飽きないのか不思議でならんのだが、運転席を眺めているうちは静かだから、妹と電車に乗る必要があるときは毎回先頭車両に乗ることにしている。そんなことを思い出したから、ひょっとしたら長門もああいうゴテゴテの機械だらけの運転席に興味を持つかもしれないと俺は考えたのだ。考えたからには実際見せてみたくなるのが俺で、だから俺は長門を促して先頭車両に乗り込んだわけである。
 そうしたら案の定で、長門はすっかり興味を持ったらしい。見ていて楽しいかと聞いたら、俺のほうを見もせずに首肯だけ返してきた。正直、頷くときくらいこっちを見て欲しかったが、俺の方を見るのももどかしいとばかりの様子で運転席の観察をしていたので良しとする。なんにでも、興味を持つのはいいことだ。真剣な顔で運転席を眺める長門の顔を眺めるのも乙なものだしな。

 

 少しばかり名残惜しい気もするが、電車は目的の駅に到着した。手すりをがっちりホールドしてしまっていた長門をどうにか引き剥がし、扉が閉まる直前に電車を降りた。やれやれだ。案外手が焼けるな、長門も。まあそれはそれで楽しいんだけどな。
「さて長門」
「……」
「ヨドバシカメラ、でいいよな」
「いい」
 いいもなにも、ヨドバシカメラしかこの駅にはない。わかった上での質問だ。特に意味はない。
「じゃ、行くか」
「行く」

 

 さて、着いたは良いものの、どれを買えばいいのか俺にはさっぱりである。ハードディスクというものが何なのかはわかってはいたのでそう迷うことはないだろうと踏んでいたのだが、甘かったらしい。まさかここまで種類があるとは思っていなかったのである。
「……」
 そうして長門よろしく沈黙する俺を見るに見かねたのか、俺のブレザーの裾をちょいとつまんだまま、長門は商品の棚の間を俺を引っ張るようにして歩き出した。
「これ」
 青いパッケージのハードディスクの前に着くと、それを指差しながら長門はそういった。えっと、これを買えばいいんだな? 正直、俺には性能もそれにあう値段もよくわからんのだが。
「これでへいき。性能も値段も問題ない。この店舗の中の商品ではこれがベスト」
 そうかい、じゃあこれにしよう。
 それにしてもさすが長門というべきか、他の商品には目もくれず一直線にここまで来てこれを買えと促す。宇宙的パワーの恩恵かね。しかし長門にしたら、こんなハードディスクなんて子供のおもちゃみたいなものなんだろうな、なあ長門。
「情報統合思念体は、データの保持に物理媒体を必要としない。このような物理的記憶媒体は我々にとって何の価値もない。それに人間も近い将来、物理媒体を使用しないデータ保持技術を開発することになる。朝比奈みくるもその技術の恩恵を受けている」
 物理媒体を使用しない記録法……というのを少し考えてみたが、俺の頭には無理だ。三秒でそう悟って、長門が示した商品の、なるべく汚れていない、つまり後ろに入っている箱を取り出した。
「それはだめ。不良品」
 ……なるほど、そこまでわかるのか。よし、じゃあどれが一番長持ちする?
「これ」
 と、長門は、一番手前、つまり最初から指し示していたものを再び示した。なんだ、最初からそういう意図で指差してたのか。
「そう。買ってきて」
 OK、そうするよ。ありがとな。
「いい」

 
 

   ***

 
 

 そのまま帰るのもなんだかつまらんと思った俺を攻めるやつはいないだろう。ヨドバシカメラの店内を、しばらくうろつくことにした。聞くと長門はこういった種類の店に来るのは初めてのようだ。この店、おまえの目からみるとどうなんだと聞くと、
「我々には価値のないものばかり」
 だ、そうだ。それでも、なにやらこの時代の人間の技術には興味があるらしい。自立進化の可能性云々、要はハルヒの能力とこの時代の先端技術が接点を持つことで、近い将来に画期的な技術革新が発生するらしく、その過程が興味深いと言っていた。俺にはさっぱりだ。ていうか、俺にそんな将来のこと言っていいのか?
「あなたになら問題はない。あなたがこの情報を持つことによって未来に何らかの影響を及ぼす可能性は十の五十一乗分の一パーセント。ほぼゼロ。万が一影響が出たとしても、時間軸特性による自然補正によって自動的に修正される」
 よくわからんが、つまり、俺には関係ないってことだな。
「そう」
 ……未来の秘密を知ったのは嬉しいが、自分にはそれをどうもできんとわかるというのは、少し哀しくもあるな。つまるところ、俺にはこの情報を生かせる能力は生涯持ち得ないってことだからな。まあいいが。将来のことなんて、考えたくないね。今楽しければそれでいいじゃないか。なあ。
「そう、そのほうが、たのしい」
 おう、わかってらっしゃる。

 

「音楽、聴いたりしないのか」
 隅から順繰りに店内をめぐってきた俺たちは、ポータブルオーディオ機器の売り場にやってきた。そういえば長門の部屋に音響機器は何もなかった。音楽とは無縁なのか? 文化祭以来。
「無縁」
 何か聴いてみたらどうだ? 案外好きになるかもしれないぞ。文化祭でのギター、結構おまえ、ノリノリで弾いてたろ。
「……わかった?」
 わかったよ。谷口なんかは、クールに弾いたねなんて言ってたけどさ、俺にはそうは見えなかったぜ。ノリノリで、こう、楽しんでます! みたいなオーラが出てたな。うん。わかったやつは俺くらいかもしれんが。
「……そう」
 そういった長門が、嬉し恥ずかしな顔をしているように見えたのは、気のせいではないはずだ。嬉し恥ずかしって顔は、たぶん初めてだよな。いいものを見させてもらった。満足である。
「……おすすめ、ある?」
 音楽?
「そう」
 そうだな……と、俺は、俺のお気に入りなんだが、と断りを入れた上で、結構マイナーなグループ名を三つほど挙げた。
「それ、買う」
 そう言うが早いか、地下にあるCD売り場へと長門は歩き出した。慌てて引き止める俺。なあ、CDだけ買っても聴く機械がないとどうしようもないぜ、と、当たり前のことを俺は言った。ひょっとしたらこいつのことだから宇宙パワーでどうにかするのかもと思ったが、
「じゃあそれも買う」
 と二つ返事でおっしゃる。即断するには高い買い物だぞ。金、あるのか? それにお前のことだからプレーヤーなんて買わんでも聴けそうな気がするが。
「お金はある。プレーヤーはなくても確かに聴けるけれど、なるべくあなたと同じ再生環境で聴きたい」
 ……なるほど。じゃあ、買うか。まず下のCDショップにCDがあるか、確認しに行こう。
「あるのはわかっている。当該情報を当該区域内から検索した」
 ……おいおい、あるかなあってわくわくしながら探しに行くのも楽しいものなんだぞ。
「……わくわく?」
 そう、わくわくだ。確かに効率を考えたら、おまえみたいに検索するのがいいんだろうがな、あるかないかどっちだろう、あったらいいな、なんて、期待に胸を膨らませ……っていうほうが、どちらかというと俺は好きだ。目的のハードディスクはもう変えたんだし、のんびり買い物、楽しむことにしないか。
「……わかった」
 ちょっと納得したような表情に俺は満足して、じゃあ行こうと長門を促してCDショップに向かった。

 

 そして長門はその入り口で立ち止まり、俺に向かってこういった。
「……目的の商品の場所の検索を中止した。視覚情報を頼りに探す必要がある」
 そう、それでいいんだ、行こう。俺はそうつぶやいて、長門の手をとって──なぜだか自然とそうしてしまっていた──CDショップへと足を踏み入れた。

 

 CDショップというものは、店舗によってモノの並べ方が様々である。俺の推薦したグループは、三つともマイナーな上にジャンルが微妙なため、天井からぶら下がっている案内はあまり役に立たない。ジャンルごとにアルファベット順に並んではいたので、隅の棚から目的のアルファベット──BとOとR──を求めて店内をめぐることにした。目的のグループ名のついたCDを求めて、右手で並んでいるCDを順に確認していく。ああ、このとき左手は、自覚はなかったが、長門の右手とつながっていた。ちなみに、買ったハードディスクは、長門が左手で持っている。怒るな、長門が持ちたいというから持たせただけだ。
 さて、店内を右往左往すること二十分、目的のCD三枚は、無事長門のものとなり、ハードディスクと一緒に長門の左手にぶら下がっている。CDショップの出口にあった自動販売機でジュースを二本買い、その横のベンチで小休止をとった。座りながら、話をする。CD買えたし、じゃあ後はプレーヤーだな。見た目の希望とか、あるか? それから、予算。
「いくらでもいい。見た目はあなたに任せたい」
 む、俺が選ぶのはかまわないが……しかしいくらでもいいと言ってもな、俺も詳しくは知らんがオーディオ機器ってのは高いのは何百万もするらしいぞ。さすがにそんなのは買えないだろ? と、半ば冗談で言ったのだが、
「買える」
 と。……まあこいつも、朝倉と同じく、あの高級マンションをニコニコ一括現金払いで買ったのだろうから金はあるんだろうが。ま、今のは冗談だ。何百万もするやつは、俺にはどれがいいのかまったくわからんからな。スピーカーもプレーヤーもセットになってるミニコンポでいいと思うぞ。数万で買えるだろうし。
「そうする」
 じゃ、行くか。そういって、俺は立ち上がった。長門が立ち上がったのを確認して、エスカレーターに向かって歩き出した……のだが、なぜか長門が動き出さない。
「……」
 どうした?
「……手」
 ……手? と、ここで俺は、そういえば、いままで、CDショップに来るとき、そしてショップの中、ずっと、左手、温かかったよなと、思い出す。ああ、手、繋いでたのかと、今更ながらに再確認した。思い出しても、不思議と恥ずかしいとは感じなかったのはなぜだろう。とにかく、長門が手と言うのだから、断る理由などどこにもない。長門のところまで戻って、右手を左手でとった。自然と長門に向かって笑いかけていた自分を、どこか客観的に『キザな野郎め』と非難する別の自分を頭の中に感じたが、長門も笑い返してくれた、ような気がしたので、それでもう俺は十分だ。行こう、と短く言って、歩き出した。
 今日、『行こう』ってセリフ、何回目だろう。まあいいか。

 
 

 結局、シルバーとブラックを基調にした、八万円ほどのミニコンポを買うことにした。デザインと値段を鑑みて、これかこれかこれかこれと、候補を四つに絞る作業が俺担当、そこからひとつを選ぶ作業が長門担当である。毎週土曜のファミレスでメニューを選ぶのと同じくらい、いやそれ以上に真剣な目つきで、四つの候補の間を何回も何回も往復する長門を、俺はものすごく和やかな気持ちで見ていた。わかるだろ? この気持ち。
 時折、「まよう……」と、およそ長門らしくないセリフをつぶやいて困り顔で俺に助けを求めてきたりもしたが、ここは、子供を自立させる親の気持ちである。つまり、自分で選んでごらん、と、頭を撫でてやるわけだ。そうすると、実に可愛らしいことに、わかった、と力強い目つきでこくんとうなづき、てとてとと候補の四つをまた見て回るのである。ああ、いいね、この光景を独り占めできるなんて、この上ない幸せだ。

 

 そんな風に、おそらくハルヒいわく『鼻の下を伸ばした』ような顔で、動き回る長門を見ていると、やがて、これにすると告げてきた。それが、先に述べたシルバーとブラック基調のミニコンポである。
 俺は近くにいた店員を呼んで、これをくださいと告げた。ありがとうございます、レジまでどうぞと促され、長門を引き連れてレジに行く。店員がそこで言うには、お持ち帰りと宅配とができますが、と。どうする、と長門に目をやると、
「すぐに聴きたい」
 と、おもちゃを買ってもらって早く遊びたくてたまらない、みたいな子供のような顔で言う。しかしな、なにぶんでかいぞ、持てるか? まあ俺が家まで運んでもいいのだが、どうする?
「……手、つなげない……」
 長門はぽつりとつぶやいた。そこかよ! て、おいおい、嬉しいことを言ってくれるが、しかし店員の前でなんてことを、と、思わず店員を見てしまう。当の店員は、ああ、俺が長門を見るときはこんな目で見ているのだろう、という感じの目で、こちらをにこやかに見ていた。こうなれば俺はもうヤケである。この店員もいい人そうだから、気にしないでくれるだろう。
「よし、長門、二つに一つだ。手を繋いで帰るが音楽はまだ聴けないのと、音楽は聴けるが手を繋げないのと、どっちがいい?」
 長門にそう聞きながら、ちらりと店員を見てみると、少し驚いたような顔を一瞬したが、そののちにはもとのにこやかな、加えて少しばかり懐かしいものを見るような顔に戻っていた。この店員、良い学生時代を送ったんだろうなと、そんなことを考えてしまう。恥ずかしげもなく、手を繋ぐだのなんだのと言う高校生二人組、おそらくカップルと見られているに違わないが、それを目の前にして懐かしそうな目をするというのは、思い出して楽しい過去がある証拠だ。俺もこんな風な大人になれるのかねと、柄でもないことを考えつつ、さて、長門を見ると、真剣な顔で俺を見つめていた。照れるから、照れるよ長門。おい。
「……手、繋ぎたい……」
 そうか、わかった。お父さんわかった。しっかり手、繋いでやるから、じゃあ音楽は数日我慢な。なんて、自分のことをお父さんといってしまったりした。当の長門は気にしたそぶりもなく、むしろ嬉しそうな顔で、頷いた。やれやれ。
 じゃあ宅配でお願いしますと店員に告げる。出された用紙に、長門を促して住所を書かせ、会計を済ませて、よろしくお願いしますと挨拶して終わりである。その場を離れ、じゃあ帰るかと言おうと思った矢先、店員がこともあろうに、背中から言ってきた。
「この商品、なにぶん重いので、設置はお嬢さん一人だと無理だと思います。だから、お兄さん、手伝ってあげてくださいね」
 ええ、そのつもりですとも。言われなくても行くし、俺が行くといわなかったら長門は俺を呼んでくる気がするし。とにかく、ありがとうございます店員さん。
 心の中でお礼をいい、振り返り丁寧に会釈すると、その店員は長門に向かって手を振っていた。俺と一緒のタイミングで振り返っていた長門は、その小さな手をぽくぽくと振り、応えていた。

 
 

 手、というから、また手を繋ぐ。店を出ると、外はもうすっかり暗い。もともと急いで行って急いで買って急いで帰らなければ下校時刻までに学校に戻れないとわかっていた今日の買い物だが、結局は終始のんびり、二人で過ごしてしまった。下校時刻はとっくに過ぎている。家に帰る以外にない。じゃあ、ハードディスクは、明日学校に持ってきてくれ。それからそのCDだけど、プレーヤーなくても聴けるからって、聴くなよ。せっかくプレーヤー買ったんだから。
「……CD、あなたに預かっておいてほしい。このまま持って帰ったら、私は必ずデータをスキャンして音として復元してしまう」
 そういって、長門はCDの入った袋を差し出してきた。そうか、わかった。じゃ、プレーヤーが届いたら、連絡くれ。設置も一緒にしよう。CD持って、行くから。
「……やくそく」
 ああ、約束な。

 

 約束を交わし、電車に乗る。行きと同じく、先頭車両の一番前だ。長門は数時間前と同じように運転席を見ることに集中していたが、同じでないことがひとつある。

 

 手は、手すりではなく、俺の手をしっかり握っていた。

 
 

   ***

 
 

 その後、マンションの前まで長門を送り、軽く挨拶をして俺は自宅への道を歩いていた。歩きながら、サイレントモードにしていた、つまり音もバイブレーションも切っていた携帯電話をポケットから取り出す。サイレントモードに設定したのは、学校を出た直後だ。その理由は……言うまでもないだろう。
 そして案の定、今この携帯の画面に映し出されているものは、俺の人生で過去最大となるであろう数の不在着信と、それの倍の数の未読メールの存在を示す表示である。

 

 やれやれ、あいつには電話しないわけにはいかないだろうね。
 それから、昨日いろいろ言ってくれたあいつにもな。

 

 それでも最後には、やっぱり今日一日一緒にいたあいつに、電話したいね、俺は。

 
 
 

■第二章 でんわにでんわ

 
 
 

 家に着いた俺は、まずはハルヒに電話をした。てっきりこっちが口を開く前にどやされるものとばかり思っていたが、予想に反して、第一声はこんなものだった。至極明るい声で、屈託のない笑顔が受話器の向こうから見えそうな、嬉しそうな声色で。

 

『楽しかった!?』

 

 びっくりしたね、心の底から。こいつの嫉妬深さは、その対象となっている俺──やや自惚れではあるが、前に古泉にも言われたことだし事実だ──が一番良く知っている。それが、自分以外の女性と二人っきりで長時間いたことを怒らず、楽しかったかと聞いているのである。古泉あたりが何かしてくれたのかもなと思いつつ、返事をした。戸惑っていたから、上ずった声になってしまったのは仕方ない。
「あ、ああ、楽しかったが……」
『なによその変な声! もっと楽しかったなら楽しそうに喋りなさい!』
「なあ、ハルヒ」
『……なによ』
「なんで、怒らないんだ?」
 爆弾を投げちまったと、気づいたときにはもう遅い。

 

「怒りたいに決まってるでしょう!!」

 

 と、電話が壊れんばかりの大声で叫ぶと、そのままどうやら泣き出したらしい。はてさてどうしよう。妹以外の泣いている女性をなだめた経験なんて無いのだ。しかも本人が目の前にいるわけではなく、電話の向こうである。妹なら頭を撫でてやればいいのだが、それもできん。泣き声がもれてくる携帯電話を片手に部屋の中をうろうろする。文字で書くと簡単なことだが、このときの俺は本当にテンパっていたさ。

 

 状況を打破したのは、当のハルヒだった。

 

 泣き声交じりの声で、ハルヒの声が電話から聞こえてきた。慌てて耳につける。
『……ごめんなさい……。怒らないって決めたのに……』
「い……いや、こっちこそすまん、あんな質問はするべきじゃないよな……すまん。あやまる」
『……』
「それとな、電話、ずっと無視してすまん。言い訳する気は無い。こっちの過失だ。本当にすまん」
『……いいのよ』
「……なにがだ?」
『……いいの、無視されるってわかってたし、そもそも邪魔してやろうって魂胆で電話したあたしが悪いの……。でもね、でも、その……やっぱり、そうなんだって……認めたくなくて……』
「……そうなんだ、ってのは?」
『……わざわざ言わせないでよもう! ……ホント鈍感なんだから……』
「ああ、わかった、すまん。すまんって言ってばかりですまん。正直、なんていったらいいのかさっぱりなんだ……」
『……』
「……」
 居心地の悪い沈黙が続く。そして、それを破ったのはまたもやハルヒだった。情けないな、俺。
『……有希と、付き合うの?』
「……いや、それは考えてない」
『……どうして? 好きなんでしょう?』
「……そう、確かに好きは好きだ。ただ、その……一緒に居たいと思うのも事実なんだが、アレなんだ、兄が妹に持つ感情とか、親が子にもつ感情とか、そういったものが強い気がする。世話してやりたいとか、頼られたいとか、そんなやつだ。それに俺自身、今の日常がすごく好きだから、五人の中で二人が区切られるよりも、まだ五人のままで居たい」
『……そう……』
「……すまん」
『ああもう! 謝ってばっかりなのやめなさい! ……まあ、とにかく、わかったわ……有希もキョンも、大事な団員だから……団員の意思を尊重するのも団長の務めよね……。ごめんなさい、キョン、取り乱したりして』
「……あ、ああ……」
『ただね……ひとつだけ言っておくわ!』
 気がついたら、ハルヒはいつもの口調に戻っていた。そして、いつかの自己紹介よろしく、こう宣言したのである。
『あたしもキョンが好きよ! だからね、有希には負けないから! じゃあまた明日!』

 

 それで、こいつとの電話は終わった。そういえば、はっきり言われたのはこれが初めてだなと、妙にさめたことを考えながら、しばらく俺は何もする気になれず、ベッドに倒れこみ、呆けていた。

 
 

   ***

 
 

 一時間ほど、そのまま倒れ付してぼうっとしていた。古泉にも、あらためて侘びと礼を言わなきゃならん。今日だけで、例の灰色の空間が何個出来たのか。そしてあいつはそれを消すためにどれだけ頑張ったのか。
 考えるだけ野暮である。今までで一番、力を使ったに違いない。
 やる気の出ない身体に鞭打って、手を伸ばして携帯電話をつかみ、電話帳から古泉を呼び出して通話ボタンを押す。
 三度目のコールのあと、さわやかな声が聞こえてきた。
『こんにちは、電話をくれると思ってましたよ。どうでした、今日は』
「……古泉」
『何でしょう』
「……すまなかった」
『……そうですね、それを含めて、少し……。まず、あなたの予想どおり、過去最高の数の閉鎖空間が発生したのは事実です』
「……」
『ですが、今回のは面白いことに……いや、面白いというのも失礼ですね、我々もいつもどおり処理に出向いたのですが、神人同士が潰し合いをはじめまして』
「……なに?」
『まるで何かのトーナメントのようでしたよ、一対一で何回も試合、といっていいのかわかりませんが、とにかく神人同士が争いを始めたんです。勝手に自分たちの数を減らし始めたわけですから、我々は下手に手を出すより最後の一体になるまで待とうということになりまして』
「……」
『閉鎖空間を隔てた移動を神人がどう移動するのか興味があったのですが、なんてことはありませんでした、簡単にいうとワープでしょうね、閉鎖空間内で潰し合いをした後、最後の一体はまだ残りが居る閉鎖空間に移動する。まあこれは、Aという空間からBという空間に移動するとしますと、Aから一体消えた時間とBに一体増える時間が完全に一致した、ということによる推測ですが……。とにかく、最後の一体が消失した閉鎖空間は、勝手に自己崩壊を始めました。ですから、我々にとっては都合よく、待っているだけで閉鎖空間は減っていきました。最後の一体を倒せば、仕事は終わりです』
「……最初の発生から、最後の消失まで、何時間かかった?」
『そうですね、六時間ほどでしょうか』
「……本当に……すまん、古泉。飯でもなんでも奢る。言ってくれ」
『では、明日の昼食でも、食堂で』
「……わかった、約束する。……ところで、どうして潰し合いを……」
『それはですね、これも推測なのですが、おそらく涼宮さんに、狂いそうになるくらいの葛藤があったのだと思います。具体的に言うと、あなたと長門さんと、涼宮さん自身の関係のことで。僕の口からは細かくは恥ずかしいので言えませんけど、とにかく彼女なりにかなり悩んだみたいです。その激しい葛藤が、そのまま神人同士の対立に反映されたのでしょう。僕がいえることは三つ。一つ目、あなたは本当に鈍感です。憎らしいくらいにね。二つ目、それでいてあなたは、非常に愛されやすいキャラクターです。三つ目、機関の意見は様子を見るということで一致しました。現時点で、先ほど電話をされたようですが、彼女の精神は安定に戻りました。安定と同時に、強い闘志が感じられて、我々としても興味深い状態です。ただ、悪い状態ではないのは確かです。このままうまくいけば、あなたも涼宮さんも長門さんも、悪い思いをすることなく、グッドエンドを迎えられるのでは、と』
「……そうか……」
『そうです』
「……しかしな、古泉」
『何でしょう』
「世界の存続がかかっているような人間に好かれるってのも、楽じゃないな」
『そうですね、客観的にはうらやましいですが、当事者の苦労はその人にしかわかりませんから。でも、まあ、それだけ冗談が言えれば、もうあなたも大丈夫でしょう。明日、学校で、会いましょう。それでは』
 本当に、こいつはこんなキャラだったっけか。しかしなんとなく、電話をする前よりも元気が出ているのは事実だ。こんな会話能力があいつにあるとは驚きだ。同級生に敬語だなんて変なヤツと思っていたが、その認識と共に、ミスタースマイルなどという失礼な呼称は、改めるべきかもしれん。一考すべきだな。うん。

 ああ、俺、今元気だ、と、スマイル野郎のことを考えている自分を再認識してそう思った。ありがとう、古泉。

 
 

   ***

 
 

 さて、最後に長門……と思ってさっきから何回も掛けなおしているのだが、すっかり出る気配が無い。正確に言うと、話中である。かれこれ三十分ほどその状態だ。本当に誰かと話をしているのか、それともまた宇宙パワーで意図的に電話を封じているのか……俺にそれを調べる術はない。
 ただ、漠然と予感めいたものはあり、それはつまり、長門はハルヒと電話をしているのではないかということだ。やや不安ではあるが、それでもなんとなく、あいつらのことだから大丈夫だろうとも思う。本当に、なんとなくだが。あの二人、普段はあまり話さないが、なんだかんだいって、仲良いんだよな。

 
 

 そういえば、俺、飯食ってねえや。

 

 母さん、なんか食うもんある? ……ああそう、こんな時間に馬鹿言うなと来たか。わかりました、コンビニに行ってきますよ。
 何、ついでに牛乳を買って来いと。はいはい。
 こら妹、便乗してアイスとか言うんじゃない。もうすぐ冬なんだからな。

 
 

 しかし、ぶつくさいいながらも、この団欒がとても心地よいのは、覆しようのない事実である。

 
 
 

■最終章 長門列車、しゅっぱつしんこう

 
 
 

 その翌日、金曜日のこと。
 少しビクビクしながら学校に行ったものの、ハルヒはつとめて元気で、朝から明日の予定について俺の後ろの席で騒いでいる。廊下でたまたま会った長門も元気そうだし、昼休みにちらりと見かけた古泉も、クラスのヤツとにこやかに談笑していた。

 

 平和である。

 

 ああ、やっぱり俺はこの日常が好きだ、と、冬になりかけたあたたかい日差しに伸びをしながら考える。今は昼休み、弁当を食い終わって、谷口のアホと国木田と馬鹿話に花を咲かせているところである。
「涼宮さん、今日はやけに元気だね。キョンとなにかあったの?」
 とは、国木田の談。俺は答えてやったよ、何もねえよ、とな。

 

 平和な日常、平和な午後、そして平和な放課後。昼休みの馬鹿話を反芻しつつ、俺はとてつもなく上機嫌なハルヒにひっぱられて部室に向かった。
 ドアの向こうには、定位置で本を読む長門、メイド姿で微笑む朝比奈さん、スマイルで片手を挙げた古泉。そして俺の襟首をつかんだハルヒが俺の横に。
 ハルヒは俺をぽんとその場に捨てる、いや単に手を離しただけなのだが、とにかく俺を放置すると、ずいずいと団長席まで歩をすすめた。そしてどっかりと腰を下ろすと、
「明日は朝から電車で遠出するわよ!」
 と、声高々に宣言したのである。

 

 なぜだろう、昨日もこの声を聞いているのに、とてつもなく懐かしい気がする。ハルヒはハルヒで懲りずに無茶を言い、俺は俺で懲りずにそれに突っ込む、いつものパターンである。ああ、やっぱり楽しい、これは。
 で、どこに行くんだ、ハルヒ。
「着いてからのお楽しみよ! あたしと有希はこれから準備だから、今日は解散! 細かいことは電話するから!」
 その隣で長門は、わかっていたかのように帰り支度を済ませていた。帰る前にハードディスクをと言おうとして、パソコンまわりを見ると、見慣れぬ銀色の箱がひとつ、白いコードでパソコンとつながっていた。なるほど、仕事が速い。
セリフを言い終えたハルヒは長門の手をつかむとそのまま、俺にウインクひとつよこし、長門を従えて大またで部室を去っていった。

 

 古泉、なにか聞いてるか?
「聞いてはいますが、明日の楽しみにしておくべきです。悪いことじゃありませんから」

 

 そうかい、じゃ、そうするよ。
 帰ろうか、古泉、朝比奈さんも。

 
 

 道中、特筆すべき事項、無し。ただ、古泉と朝比奈さんと俺だけという、普段なかなか実現しない三人組で、雑談に興じながらゆっくり歩く、それ以上でもそれ以下でもない帰り道。何度も言うが、楽しいぜ、こういう日常は、な。

 
 

   ***

 
 

 翌日。土曜日。
 前日夜、ハルヒから八時に駅前ねと電話をもらった俺は、七時には駅前についていた。遠足の前で眠れない小学生みたいな、そんな心境で昨日の夜を過ごしたのは内緒だ。ハルヒと長門が手を組んだ企画だ、楽しくないわけがないからな。
 俺はめずらしく一番に駅前到着、その三分後に古泉が来た。早いですね、と挨拶をしてくるが、早いのはお前だ、古泉。おまえはいつもこんな早く来ているのか。道理で遅刻しないわけだよ。たまには意図的に遅刻して俺のサイフを助けやがれ。
「人のお金で食べる食事って、自分でお金出すよりおいしいんですよ」
 おいおい、お前そんなあからさまなキャラだっけ。ここ数日、おまえの評価はどんどん変わってるぞ俺の中で。良いほうになのが癪だが。
「いいじゃないですか、僕だって男ですし、あなたと同じ高校生ですよ。たまには羽目をはずしてはしゃいだり、乱暴な口をきいてみたくもなります」
 お前が腹をかかえてギャハギャハ笑っているシーンは……想像、出来なくはないが、見たくないな。
「変な想像、しないでくださいね」
 こら、可愛く言うな。気持ち悪い。

 
 

 さて、その後は、朝比奈さん、ハルヒの順で到着した。長門は先に行って準備をしているらしい。よし、今日の飯はハルヒの奢りだぞ。文句言うなよ。
「ざんねーん! きょうは有希がお弁当たくさん作って待ってるのよ!」
 ……畜生め。まあ長門の作った弁当が食えるというのだから、よしとするか。あいつがどんなものを作るのか、興味をそそられているのは、隣の古泉も同じのようだ。朝比奈さんは、事情を知ってか知らずか、美しく微笑んでおられる。

 

「じゃあ、いくわよ!」

 

 そういって、ハルヒは切符を4枚買い、俺たちにずいと渡してくる。切符を分けている俺たちを尻目に、自分はとっとと改札をくぐって早くしろとわめいている。やれやれ。身勝手なやつだ。

 

 改札をくぐると、ハルヒはずんずんとホームを奥の方に進む。

 

 向かうは、先頭車両、か。

 

 ひょっとすると、ひょっとするのかね。

 

 運転席を食い入るように見つめていた長門の横顔を思い出す。

 

 これから何が起こるのか、なんとなく、読めてきた気がする。

 
 

   ***

 
 

 電車が来ますとアナウンス。

 

 段々と近づいてくる車両。

 

 その運転席にたたずんでいる少女。

 

 その制服、似合ってるぜ。俺が言うんだから間違いない。

 

 その少女が運転する電車に、俺たちはそろって乗り込む。
 あいつが運転するのなら、安全度は百パーセントだからな。

 

 一昨日、俺が見せてやった運転席。興味深そうに見ていたのは確かだが、そこに自分が本気で乗り込もうと考えるのは、長門らしいのか長門らしくないのか。思い立ってから実現するまでの時間の短さは、呆れるほど長門らしいがな。どれだけ情報操作をしたのかわからんが、怒る気なんて、さらさらない。

 

 俺の横に立っているハルヒと共に、運転席に居る長門有希を見守る。自然と頬の筋肉がゆるむ。ハルヒと顔を見合わせ、二人して肩をすくめる。運転席でちょこまかと動き回る長門の挙動は、まるで小動物のそれだ。

 

 どこへ向かうのか知らないが、目的地に着いたら、たぶん俺、ぎゅーっとかしたくなるんだろうな。ハルヒに殴られそうだけど。

 

 白い制服に身を包んだ凛々しい少女は、ボタンを操作してベルを鳴らし、ドアを閉め、
 ピシッと前を指差し、元気よく言った。

 
 

 「しゅっぱつ、しんこう」

 



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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:52 (1950d)