作品

概要

作者ながといっく
作品名bittersweet
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2011-02-15 (火) 02:28:39

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 底冷えのする冬のある日のこと。
 俺と長門は電車に揺られていた。長門は俺の隣で文庫本を膝の上に載せて読書中、俺はそんな長門と車窓から見える景色を代わりばんこに眺めて暇を持て余していた。
 なんで長門と電車になんか乗っているのかといえば、その理由は二つ。一つ目は単純明快で、大学からの帰り道が一緒というだけの理由である。

 

 昨年、北高を卒業した俺は、めでたく長門は同じ大学に進学した。ハルヒや一学年上の朝比奈さん、ついでに古泉も一緒だ。
 正直なところ、赤点付近を低空飛行し続けていた俺が、長門やハルヒと同じ大学に入れたのは奇跡としか思えない。そりゃ、確かに三年生になった頃からは勉強に本腰を入れたし、長門やハルヒの家庭教師のおかげで少しずつ成績は上向いてはいたが、模試では一度もC判定を上回ることが無かったしな。あまりに予想外だったものだからハルヒのトンデモパワーのおかげだと内心疑っていたのだが、その点については長門が「それはあなたの実力」と明確に否定してくれた。どうやら不正入学は避けられたらしい。
 その後、ハルヒは大学でもSOS団と冠するサークルを新設し、当然のごとく俺たちも巻き込まれた。いや、この期に及んで巻き込まれたという事は出来ないだろうな。俺達はハルヒと一緒にいることを望んだのだから。

 

 そんな風に相変わらず馬鹿ばかりやってる俺達だが、もう一つだけ、変わったことがある。俺と長門の間柄だ。
 そう、俺達は付き合っている。
 もちろん、こうなるまでには様々な経緯があり、それに伴う面倒事や厄介ごとも沢山あったわけだが、今回それは割愛させて貰いたい。なんせ、長い話になるからな。
 何はともあれ、高校三年の冬に俺達は恋人同士になった。つまり長門は俺の彼女ということになる。未だに何やら恥ずかしいが、そういう事で間違いない。

 

 北口駅の改札を抜け、見慣れた駅前に出ると、
「わたしの家に来てほしい」
 長門が急にそんなことを言い出した。
 流石に「何でだ?」などとは聞いたりはしない。いくら朴念仁の俺でも、今日の日付くらいは覚えているし、それさえわかっていれば長門の意図は簡単に把握できる。
 そろそろお気づきだろう。今日は二月十四日である。
 煮干しの日だと頑なに主張する一部団体及び一部男性はおられるだろうが、世間一般にはバレンタインデーと呼ばれる日だ。そんな日に部屋に招待してくださるということは、きっと何か用意してくれているに違いないわけで、ならば断る理由などどこにもない。
 それに――彼女の家に行くのに理由なんていらないだろ?

 

 もはやお馴染みになった長門のマンションにお邪魔する。一人暮らしには広すぎる程に開放感溢れるリビングに通されると、
「待ってて」
 そう言い残して、長門はキッチンへと姿を消した。
 こたつ机に腰を下ろして待っていると、長門が小さな箱を持って戻ってきた。そのまま俺の脇にちょこんと座り、
「食べて」
 簡素な包装が施された小箱を俺の目前にそっと置いた。
「おう」
 小箱を手に取り包装を解くと、仕切りで四分割された箱の中にチョコレートトリュフが一つずつ入っていた。余計なデコレーションが無いところが長門らしい。
 一つ口に入れると、少しほろ苦いけれどクリーミーな味わいのチョコレートが舌の上で滑らかに溶けていった。きっと、甘すぎる物が苦手な俺の好みに合わせて、こういう味付けをしてくれたのだろう。
「……どう?」
 少しだけ不安げな瞳で俺の目を覗き込む長門。最近になって気づいたことだが、長門は表情よりも目で感情が現れる奴だと思う。
「うまいよ。ありがとうな、長門」
「……そう」
 長門はほっとしたように小さく息を吐くと、
「今年はお返しを期待している」
 チクリと皮肉めいた言葉を呟いた。やっぱり覚えてたか。
 実は、去年のバレンタインも長門にチョコを貰ったのだが、俺はホワイトデーのお返しを忘れてしまっていたのである。ホワイトデーから一週間ほど経った頃にハルヒに「そういえばあんた、有希にお返ししたの?」と聞かれ、ようやく思い出したという有様だ。汚物を見るような目で俺を睨みつけるハルヒにこってり絞られたのは言うまでもない。
「ああ、絶対に忘れない。期待してくれていいぞ」
 去年の分まで、しっかりと返してやるつもりだ。
「………」
 長門は無言で頷き、
「来年も、こうしていたい」
 少し寂しげに呟いた。

 

 チョコをもう一つ食べ、長門が淹れてくれたお茶を飲んで一服する。
 長門が淹れるお茶は、いまや朝比奈さんのそれを凌駕する程にうまい。それは長門の腕が上がったからなのか、それとも恋人という特別な存在に対する贔屓目が働いているからなのか、きっとその両方なのだろう。
 そんなお茶の温かみを体中に染み渡らせながら、俺は先程の長門の言葉を思い返していた。
『来年も、こうしていたい』
 俺だって同じだ。来年も再来年も、十年二十年先だってこうしていたい。
 結婚だとかそういうことまで深く考えているわけじゃないが、長門のいない人生なんてもんはハナから考えちゃいない。長門有希という存在は、既に俺の人生設計に組み込まれているんだ。ずっと一緒にいるに決まっている。
 しかし、そんな未来予想に不安がないと言えば嘘になる。
 今ではたまに忘れてしまいそうになるが、長門は宇宙人だ。いくら中身が人間と変わらないとしても、長門が宇宙人に作られたヒューマノイド・インターフェースであるという事実だけは覆すことが出来ない。そういう非常識なところも含めて、俺は長門を好きになったのだから。しかし、その非常識さが長門の存在を危ういものにしていると思える時がある。
 だってそうだろう? ハルヒという特別な存在を観測するということが長門がここにいる理由だとしたら、その理由がなくなれば長門はどうなる?
 高校時代に数々のトンデモ事件を巻き起こしてきたハルヒの力は今も健在だが、その力は少しずつ薄れていっているらしい。長門はもちろん、古泉や朝比奈さんもそれを感じているらしい。もちろん俺には全く感じ取れないが。もっとも、完全に無くなったわけではないので長門の観測はまだ続いている。だが……
 それは、せっかくお茶で温まった体を凍りつかせるような、恐ろしい仮定だった。
「なあ、長門」
「なに」
 ブラックオニキスのような双眼が俺を射る。
「もし……もしだ。お前の役割ってもんが終わったら……お前は帰っちまうのか? その、情報統合思念体のところに」
 長門は二、三度瞬きをして、言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。
「わたしは……帰るつもりはない」
 凍りついた体が一瞬だけ熱を取り戻す。しかし、それは文字通り一瞬だった。
「じゃあ、もしハルヒが普通の人間になったとしてもお前は俺たちと……俺と一緒にいれるのか? 人間として」
「それは、不可能」
「なぜだ」
「情報統合思念体との接続が途絶えれば、生命維持機能に重大な支障をきたすことが予想される」
 雪山で遭難したときみたいにか?
「そう」
「あの時みたいな状況がずっと続けば、お前はどうなるんだ?」
「…………止まる」
 やや躊躇いがちに、しかしはっきりと長門はそう口にした。止まる?
「それは……死ぬってことか?」
 長門はあくまで淡々と言葉を紡ぐ。
「有機生命体の死の概念がわたしに当てはまるかはわからない。しかし、それに限りなく近いものだと思われる」
 死。誰にでもいつかは必ず訪れるもの。しかし、長門にとっては避けられるはずのものでもある。
「どうして、この世界に残るんだ?」
 みすみす死んでしまうことが分かっていて、何故。
「………」
 長門はその問いには答えなかった。

 

 どのくらいの間、そうしていたのだろう。
「……飲んで」
 永遠にも思える沈黙を破ったのは、長門だった。
「冷めてしまう」
 長門に促されて残ったお茶を飲む。意外にもお茶はまだ温かかった。
 俺がお茶を飲み終えると、長門は姿勢を正すように背筋を伸ばし、いつもより少しだけ張りのある声で話し始めた。
「聞いて欲しい」
「ああ」
「わたしの自律行動が現在以降も連続性を保ち得る保証はない」
 いつか、どこかで聞いた台詞。しかし、あの時に感じた響きとは全く違っていた。
「わたしと共に生きることは、あなたにとってはリスクにも成り得る。わたしといることで、本来あなたが共に生きるべき存在を見失うことになるかもしれない」
 滔々と述べる長門。リスク? 本来俺が共に生きるべき存在?
「それでも、あなたはわたしと生きることを望む?」
 凛としたその姿勢とは裏腹に、その黒目がちな瞳は怯えているように見えた。
 だから俺は答える。
「当たり前だ」
 望むさ。望むに決まってんだろうが。
 誓って言えるが、俺は長門との関係をリスクと考えたこともなければ、長門以外にともに生きるべき存在がいると考えたこともない。
 それにだ。いつか長門がいなくなるとして、その後に俺が一人きりになったとして。だからってどうして、今ここにいる長門を諦めることが出来るっていうんだ?
「俺はお前といる。何があってもだ」
 そう、俺は長門と一緒にいる。
 来年も、その先も、ずっと。
 もし、いつか長門が『止まる』日が来るのだとしても、きっと答えは変わらない。
 なぜなら、そうなったとしても、俺は長門を愛さずにはいられないだろうから。
 一緒にいるさ。お前が『止まる』その日まで。

 

 小箱には、二つのチョコレートが残っている。
 俺はそれを手に取って、表情の薄い顔と感情のこもった瞳を持った宇宙人に問いかけた。
「腹いっぱいになっちまった。一つ、食べないか?」
 長門はほんの少し俺をじっと眺め、ゆっくりと頷いた。

 

 二人で食べるチョコレートは、やっぱり少しほろ苦かった。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:52 (1921d)