作品

概要

作者ながといっく
作品名はんぶんこ
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-12-24 (金) 01:22:19

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 まもなく冬至を迎えようかという師走の朝。
 俺はいつもより少し――いや、かなり早く目覚めてしまった。別にアラームの設定時間を間違えたわけじゃない。いつもならば長針がもう三回ほど円を描いた頃にけたたましく鳴ってくれる目覚ましも、休日の今日はその役目を解かれている。
 このまま二度寝する気にもなれなかった俺は、必要最低限の身支度だけを済ませて、両親や妹を起こさないように静かに家を出た。
 夜明け前の街を、俺は見えざる何かに導かれるように歩いている――とか言えば少しは雰囲気が出るのかもしれないが、実のところはそんな大層なものではない。いつもと同じ登校ハイキングコースを黙々と歩いているだけである。
 とは言えこんな時間に歩くのは始めてだし、夜明け前独特の澄んだ空気の匂いはとても新鮮に感じられた。
「やっぱり寒いな……」
 一日で最も気温が下がるのはちょうどこのくらいの時間らしい。
 容赦なく顔面を打ち付ける冷風と、吐き出す息の白さがまさにそれを物語っている。マフラーしてきて、正解だったな。

 

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか北校前へと辿り着いていた。当然のごとく校門は閉じられているし、校舎の明かりも全て消えていて一面が真っ暗である。
 全てが、あの時と同じだった。
 そこに一人ぽつんと佇む人影までもが。
「やっぱりいたか」
 北校の制服にカーディガンだけを羽織った、あの日、あの時と同じ姿の長門有希がそこにいた。
 長門はすっと振り返り、短い問いを投げかけてきた。
「なぜ」
 暗くて表情は見えなかった。ほんの数歩、長門に歩み寄りながら俺は答える。
「別に。なんとなくな」
「……心配?」
 わたしが再び世界を改変するのが、という意味だろうか。
「いや、全然」
 そんな心配はこれっぽっちもしてないさ。仮にそうだったとしても、お前なら何か手がかりを残してくれるだろ?
 それに、今の俺なら長門が何をしても受け入れてやれるような気がするしな。
「そう」
 あくまでも淡々とした声だった。未だにはっきりと見えない表情が少しもどかしい。
「お前は?」
 聞く必要の無い問いだったのかもしれない。ただの散歩ってわけじゃないのは見ればわかるし、なんとなくではあるが――俺がここにいるのと同じ理由なのではないかと思った。
 少しの沈黙の後、長門が吐き出した回答は「回答不能」だった。
「……言語では上手く表現できない」
「そうかい」
「そう」
 なら、今はそれで十分だ。俺はまた数歩、長門へと歩み寄る。
「少し、寂しくてな」
 きっとそれが、俺がここに来た理由なのだと思う。
「寂しい?」
「あっちの世界でのこと、思い出したらさ」
 いつの間にか手が届くくらいに近づいていた長門の顔に、申し訳なさが滲んだ。
「いや、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ……」
 これを言ってしまっていいものか、少し悩む。だけど長門ならきっとわかってくれるはずだし、俺がこれを言えるのは長門しかいない。
「ただ、一人で背負うにはちょっと重くてな」
 あいつらは、あの長門は、確かに存在した。夢でも幻でもなく、確かにそこにあった。
 だけど、そのしるしは今のところ俺の中にしかない。あいつらのことを覚えているのはこの世界でただ一人、俺だけなのだ。あの世界の作り主といっていいだろう長門ですら、あの世界の事は恐らく何も知らない。それって、少し寂しいだろう?
「だから……半分、持ってもらっていいか?」
 もうあれから一年も経つんだ。そろそろ誰かと分かち合っても、いいよな。
 長門の短く不揃いな髪が、冬の風に揺れる。
 彼女の小さな口から発された二文字の言葉は、澄み切った空気を伝わって、俺の鼓膜を震わせた。

 

「じゃあ、帰るか」
 学校もないのにこんな所にいても仕方ないしな。
 長門はこくりと頷きを返し、歩を進めだす。
「あ、ちょっと待て」
 やっぱりその格好は見てられないぞ、長門。いくらなんでも真冬の朝にそれはあんまりだ。
「ほら、これ着とけ」
 そんな現地生活を舐めきった宇宙人の寒さを和らげてやるべく、自らのコートに手をかけた俺だったが、その行為は長門にやんわりと制された。
「いい」
「いい、って……それじゃ寒いだろ」
 宇宙的な力で寒くないとかいうのは無しだぞ。俺が見て寒そうなのが一番問題なんだ。
「あなたが寒い」
「俺はお前が暖かけりゃいいんだ」
「………」
 う、流石に今のはちょっと臭かったか。
「……それだと、わたしが暖かくないから」
 ん? 何だそりゃ、なぞかけか?
 戸惑う俺をよそに、長門はすっと俺の首筋に手を伸ばし、
「こっちを借りる」
 マフラーを俺の首からするりと抜き取って、自らに巻きつけた。
「これなら、暖かい」
 そう言って俺の目をじっと見つめる長門は、あくまでも無表情だった。
 少なくとも、今はそういうことにしておこうと思う。

 

 いつかどこかの光景と同じように、長門と二人並んで坂道を下る。
 少しずつ白ばみはじめる空を眺めながら、俺は一年前の自らの言葉を反芻していた。

 

 やっぱりこっちのほうがいい。
 俺にとってしっくりくるのは、やっぱりこの世界みたいだ。
 すまない"長門"。俺はあの時の長門じゃなくて、今のお前が好きなんだ。

 

 ――なんてな。
 今でもたまに夢に出てくるあいつを忘れる事はできないだろうし、忘れたくはない。だけど、俺にはもっと大切なものがあった。そして、それは今も変わらずにここにある。
「なあ、長門」
「なに」
「"お前と"今日を過ごすのは、俺にとっては初めてなんだよな?」
「……そう」
 そう、こいつとの付き合いもずいぶん長くなるが、今日からの三日間をこの長門と過ごすのは初めてのはずだ。だから、三日間かけてゆっくり話そうと思う。
 朝比奈さんに殴られたこと。
 鶴屋さんに絞められたこと。
 三人で朝倉のおでんをつついたこと。
 古泉が9組ごと漂流教室になっていたこと。
 ハルヒにいきなりヘッドバットをぶちかまされたこと。
 そして、お前にとても良く似た内気な文学少女のことを。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:47 (1921d)