作品

概要

作者ながといっく
作品名ほしふり(後編)
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-08-08 (日) 19:24:17

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

(SS集/1120の続きです)

 

 陽が傾き、暑さも幾分か和らぎはじめた夕刻。
 俺と長門は黙々と坂道を下っていた。他の真っ当な部活も活動を終える時刻らしく、下校する生徒をちらほらと見られる。中には見知った顔も何人かいて、好奇心に溢れた目で俺達を眺めながら追い抜いていった。何がおかしいってんだ。
 長門の急なお誘いの理由はわからない。当の本人が何も語ろうとしないからな。まあ、部屋に着いてからでもゆっくりと聞けばいいだろう。
 時折吹く風に揺れる、不揃いなショートカットを横目に見ながら、俺は少し昔のことを思い出していた。こうして長門と肩を並べて下校するのは、俺の記憶では二度目になる。つい先程、長門が俺に言ったのと同じ言葉、そして微妙に異なる仕草で、"彼女"は俺を部屋に誘ったのだった。冷たい風が吹きすさぶ坂道を俯きがちに歩く"彼女"の姿を今でも覚えている。あの時も今のように無言だった。この長門はきっと覚えていないのだろうけれど。

 

 長門宅、通称・宇宙人マンション。
 おふくろに聞いたところによると、この辺りは地価も高く、高級マンションの最上階の部屋ともなるとウン千万円の値が付くらしい。あの朝倉はこのマンションを一括払いで購入したことになっていたから、恐らく長門もそうなのだろう。弱冠高校生ながら既に家持ちとは羨ましい限りである。
 リビングに通され、いつものようにこたつにあぐらをかいて座る。初めてここに来た日はまだSOS団が結成されて間もない頃で、確か古泉が転校してきた日だった。栞のメッセージによってこの部屋に招待された俺は、当時の長門の不気味な雰囲気や「誰もいない」という言葉に内心ビクつきながらお茶をご馳走になったり、長門の正体を聞かされたりしたっけ。あの頃はこの机以外に何も無かったこの部屋も、入口にはスリッパが並べられ、木目の上にはカーペット、窓には落ち着いた色調のカーテンと、それなりに生活感を感じられるようになっていた。
 長門は壁のパネルを操作して空調を動かすと、机の横に鞄を置いて俺の向かいにちょこんと座った。
 さていよいよ本題かと思い身構えると、
「食事を用意する」
 それだけ言い、再びすっと立ちあがる。
 食事?
「待ってて」
 意外な展開に声が出ない俺をよそに、長門はキッチンへと引っ込んでいった。
 ひょっとして、そのために俺を招待してくれたのだろうか。俺にとって七夕は非日常の象徴だったし、長門の部屋に来るのも厄介事が起こった時ばかりだったので、今回もてっきりそっち方面の用件だと思っていたのだが。
 まあ予想外ではあるが大歓迎でもある。面倒事に巻き込まれるよりは、長門に飯を食わせてもらう方が断然いい。家で夕食を用意してくれているであろう母親には悪いが、今回は長門の好意に甘えてみることにしよう。長門の料理には希少価値があるし、何より素直にうれしかったからな。

 

 長門が冷房をきかせてくれたおかげで、リビングはえらく涼しかった。
 あまりの快適さに危うく眠ってしまいそうだったが、流石にそれではキッチンで熱と戦っているであろう長門に申し訳ない。皿洗いでも皿運びでも、何か手伝うことはないかと腰を上げようとしたその時、長門がお盆を持ってキッチンから出てきた。
 長門はいつの間にかエプロンを着用していた。余計なフリルなどが付いていない、長門らしいシンプルな空色のエプロン。その上、制服の上にエプロンという、好きな人が見たら泣いて喜ぶような組み合わせだ。
「……おかしい?」
 どうやら俺も"好きな人"に該当するらしく、配膳を手伝うのも忘れ、気の抜けたように長門を眺めてしまっていた。この場にハルヒがいたら「このマヌケ面」と言われるような顔をしていたに違いない。
「いや、そんなことないぞ。すごく似合ってる」
「……そう」
 まじまじと見られたのが恥ずかしかったのか、長門は配膳し終えるとエプロンを脱いでしまった。かなり似合っていただけに少し残念だ。
 脱いだエプロンを畳んで鞄の脇に置き、再び机を挟んで俺と正対する。以前の山盛りカレーの件があったので、ひょっとしたら今回もまた常軌を逸した量を作るのではないかと内心戦々恐々としていたが、机に並んでいるのは一般的かつ良心的な盛り付けの料理の数々だ。献立はクリームシチュー、鮭のムニエル、手羽先の唐揚げ、ほうれん草のおひたし、そして白米。以前のレトルトカレーとキャベツの千切りから比べると、物凄い進歩だ。というか、我が家の夕食よりもよっぽど豪華である。
 目を丸くする俺に、長門は平坦な声で言った。
「涼宮ハルヒにいくつか料理を教わった」
 長門がハルヒに料理の手ほどきを受けていたのは知っていた。春に長門の食生活を目の当たりにしたハルヒが、缶詰や弁当に頼らないちゃんとした食事を作らせるべく、朝比奈さんも交えて長門宅で料理教室を開催していたからだ。残念ながら俺と古泉は見学を許されなかったが(台所は女の戦場らしい)、料理教室が開かれた翌日には決まってハルヒが「有希は飲みこみが早い」「みくるちゃんに負けないくらい良いお嫁さんになる」と、出来の良い教え子を鼻高々に自慢していたので、その上達の早さが並大抵ではなかったことが伺える。
「……彼女のように上手く作れたかわからないけれど」
 そう述べる長門の表情は、起伏の無い声とは対照的にどこか張りつめていた。ひょっとしたら緊張しているのだろうか。心配いらないと思うぞ。ハルヒのお墨付きが出てるんだからきっと大丈夫だ。
 数秒の後、長門は覚悟を決めたように「食べて」と俺を促した。
「ああ、いただきます」
 クリームシチューをスプーンで掬い、口に運ぶ。
「……おいしい?」
「ああ、うまいよ」
 偽らざる本心だった。本当にうまい。
「……そう」
 イタリア軍の捕虜となったイギリス人将校のようにがつがつとシチューを平らげていく俺を見て安心したのだろうか。長門はようやくその張りつめた表情を和らげた。
 長門のこんなに柔らかい顔を見るのは初めてのような気がする。何となく、もうひと押しすれば微笑んでくれそうだった。そんな長門がたまらなく可愛らしく思えたのも、気のせいってことはないだろう。
 だが、直後に長門が漏らした言葉は、俺を更に驚かせた。
「……よかった」
 驚いた。
 机を挟んだ目の前で、ちまちまと手羽先にかぶりついている長門。果たして彼女は気付いているのだろうか。自分が安堵の言葉を漏らしたことに。「よかった」という、たった四文字の言葉に込められた感情に。
 初めて他人に振る舞った手料理を褒められて喜ぶ。そんなものは、傍から見ればたいしたことではないかもしれない。だが、それは今までの長門には見られなかったものであり、そして多分、長門が望んでやまなかったものでもあるはずだ。そういった「人間らしさ」を、長門は少しずつ手に入れようとしている。
 やはり、長門は確実に変わりつつあるんだ。それも良い方向に。

 

「ごちそうさま」
「……お粗末さまでした」
 完食。本当にうまかった。
 謙遜の意味を持つ慣用句であることは重々承知しつつも、とてもお粗末などとは言えない料理であった。シチューだけではなく、魚も唐揚げもほうれん草も、その全てが俺の味覚を十二分に満足させてくれた。正直言って、師匠のハルヒと比べても甲乙付けがたいだろう。この場合、先生のハルヒと生徒の長門のどっちをより褒めてやるべきなのだろうかね。心情的には後者で間違いないが。
 せめてもの感謝の気持ちに片づけくらいは手伝おうと申し出た俺だったが、長門の「お客さん」の一言で制されてしまった。今は長門が淹れてくれたお茶を飲みながら食後の一服というわけだ。お茶をすする音と、空調が部屋を冷やす音だけがリビングに響く。
 何杯目を口にした頃だろうか。
「続きを」
 心地よい沈黙を破ったのは長門だった。
「続きって?」と俺。
 長門は身動きせずに唇だけを動かし、
「部室での話」
 そういえば、ハルヒの茶々が入ってうやむやになってしまったが、話の途中だったな。ええと、何を聞かれてたんだっけ。どうして俺が長門の体調を気にするかだったな、確か。
 何故気にするかと言われれば、もちろんそれはあの悪夢のせいなのだが……果たしてそのことを長門に言うべきなのだろうか。夢の中の話をしても仕方がないような気もするし、できればあまり口にしたくない。したくないのだが――
「………」
 ――水晶のように透き通った瞳の前では、嘘などつけそうもなかった。
「……実は、最近変な夢を見るんだ」
 洗いざらい白状する。夢の中で危ない目に合うこと、いつも長門が助けてくれること、そして、長門が俺を庇って消えてしまうこと。……何だか言っているうちに恥ずかしくなってきた。頻繁にお前の夢を見てると告白しているようなもんじゃないか、これって。
 黙って聞いていた長門だったが、全て聞き終えると表情を変えずに言った。
「大丈夫。あなたはわたしが守る」
 この上なく頼もしい言葉だった。長門が男で俺が女だったら一発で惚れていたに違いない。たとえ世界中の核ミサイルが俺を目がけて飛んできたとしても、長門ならきっと何とかしてくれるだろう。
 でも違うんだ、長門。
 俺が恐れているのは自分が危ない目に合うことじゃない。長門、お前が居なくなることなんだ。
 もちろん、単に部活仲間や友達だからってわけじゃない。そういった言葉で片付けられないくらい、こいつとの思い出は多すぎる。それくらい、俺にとって長門はかけがえのない存在なんだ。それに俺は、二度もお前が消えるところなんて見たくない。夢や記憶でしか会えない存在なんてのは、眼鏡をかけた気弱そうな文芸部員だけでいい。
 だからこそ。
 長門には、自分を犠牲にしてまで俺を助けるなんてことはして欲しくない。 
「なあ、夢みたいなことはしないって約束してくれないか?」
 意を決して放った言葉は、自分でも驚くほど弱々しい声だった。俺がどれほど「それ」を恐れているのか思い知らされる。
 しかし、長門は首を縦に振らなかった。
「……約束はできない」
「なぜだ」
 長門はゆっくりと、しかし決意めいたものを感じさせる口調で、
「もしもあなたが言うような、わたしが犠牲になればあなたを助けられるような状況に直面したならば、わたしは間違いなくあなたを助けることを選択するだろう」
 真摯な瞳が俺を射る。
「どうして、そこまで俺を?」
 ほんの一瞬、長門の顔に戸惑いの色が浮かんだ。次の瞬間、長門は何かを言おうとするように口を僅かに開き、
「………」
 しかしすぐに閉ざしてしまった。
「………」
「………」
 二人分の三点リーダが場を支配する。
 長い沈黙に耐えきれなくなった俺が、返答を諦めて別の話題を振ろうとしたその時、
「―――――い」
 長門が小さな声で何か呟いた。何だって?
「……星が、見たい」

 

 エレベータで屋上に昇っている間、俺はずっと長門の後ろ頭を見つめていた。そうすれば、彼女の不可解な行動の理由がわかる気がしたからだ。
 普段から変わった奴ではあるが、今日の長門は明らかに変だ。いきなり家に招待して夕食をご馳走してくれたかと思えば、今度は唐突に星を見たいとか言いだした。もちろん嫌なわけじゃない。長門の頼みなら料理の試食だろうが天体観測だろうがいくらでも付きあってやるさ。だが、何の目的もなしに長門がこんなことをするとは思えなかった。そして、その目的が一体何なのか解らないことが俺を戸惑わせる。今までに長門がこれほどの積極性を見せたことはなかっただけに尚更だ。
 結局、何もわからないまま階数表示は最上階を示し、俺と長門は屋上へと降り立った。

 

 ひんやりとした風が心地よい、昼間の熱気が嘘のように涼しい夜だった。
 ここで星を見るのは今日が二回目だ。一回目はエンドレスサマー真っ最中のSOS団天体観測大会で、ハルヒは古泉が持参してきた天体望遠鏡で火星人探索に励んでいたし、朝比奈さんは文字通り"未来が見えない"状況に疲れ果てて眠りこけていた。長門は棒のように突っ立ってずっと星空を眺めていたっけ。今になって思えば、何度も何度も同じ星空を見せられて飽き飽きしていたのかもしれないな。
「空気が澄んでいる」
 すぐ横で星空を眺めていた長門が、小さくも良く通る声で言った。
 長門の言葉通り、珍しく星がはっきりと見える夜だった。頭上では眩いばかりに輝く星達が見事な天の川を形成している。時折天の川を横切るようにして流れる箒星は、さながら荒れ狂う川の渡し船のようだった。
 以前ここに来た時は星なんて数えるほどしか見えなかった。月も濁ると形容されるように空気が汚れきった都会で、これだけ綺麗な星空を見れることは滅多にないだろう。もしかしたら、長門は今日の夜空が綺麗なことを知っていて俺を呼んだのかもしれないな。
 せっかくの星空なので、夕方書いた短冊の送付先であるベガ、アルタイル、デネブを探してみようと思った俺だったが、あいにく天体なるものには詳しくない。
「なあ、どれが夏の大三角なんだ?」
 ご教示を求めると、長門はゆっくりと東の空の上方向を指さした。
「こと座の一等星ベガ、等級は0.03」
 次に、ベガの右下の位置に指先と目線を下げ、
「わし座の一等星アルタイル。等級は0.77」
 最後に、ベガの左下、アルタイルの左上に位置する星を指し、
「はくちょう座の一等星デネブ。等級は1.25」
 なるほど、言われてみればその三つが際立って明るいことがよくわかる。天の川の両端にいるのがベガとアルタイルで、ちょうど天の川に飲み込まれている位置にいるのがデネブってわけだ。
「アルタイルが彦星で、ベガが織姫なんだったよな?」
「……そう」
「こうみると、本当に織姫と彦星は天の川で分断されているんだな」
「……そう」
「年に一度しか会えないってのも気の毒なもんだ」
 その上、強欲な人間どもの願いを叶える義務を負わされるのだから神様も大変だ。ましてや2個とか3個とか欲張る奴もいるからな。
「……それでも、彼らは結ばれる運命にある」
「え?」
 意外だった。
 長門がこんなロマンチックなことを言いだすなんてな。朝比奈さんあたりならわからんでもないが。恋愛小説にでも影響されたのだろうか。
「長門は、運命を信じるのか?」
 長門は信じるとも信じないとも言わず、
「結ばれることを運命づけられた人間という概念は実在すると考えている」
 とだけ答えた。
 いわゆる『運命の人』ってやつか。まるで夢見る女の子みたいなことを言うあたり、やはり今日の長門はちょっと変だ。まあ、これはこれで悪くないかもしれないが。
「俺にもいればいいんだがな、そういう人が」
 微笑ましくなったせいか、つい冗談を飛ばすと、
「いる」
 予想外の即答だった。
「誰だ?」
 反射的に聞き返してしまったが、長門なら本当に当ててしまいそうな気がして怖い。去年の文化祭では占いと称した予言をしていたし、長門なら何でもありだ。古泉一樹とか言われたら俺は真っ先に屋上から飛び降りるぞ。
「………」
 天の川を見上げたまま黙りこくる長門。
 ひょっとして、禁則事項的な何かなのだろうか?
 まさか本当に古泉だったりしないよな?
 やっぱり聞かない方がいいのではないかと思い始めた頃、長門はようやく星空から俺に目線を俺に移した。そして、何故か一瞬、躊躇うような顔を作り、
「涼宮ハルヒ」
 と答えた。

 

「……は?」
 口に何か含んでいたら間違いなく吹きだしていただろう。
 そのくらい、突拍子もない話だった。俺とハルヒも結ばれる運命にある? ホワイ、何故?
 長門は再び目線を星空へと向け、淡々と答えた。
「涼宮ハルヒとあなたは、時間という天の川を越えて七夕の夜に出会った織姫と彦星だから」
 ……頭が痛い。
 長門は重度の突発性乙女心症候群にでも罹患してしまったのだろうか。俺とハルヒが織姫と彦星だと?
 ひょっとしてからかわれているのかと思い、長門の横顔を覗き込んでみたが、
「………」
 至って真面目な無表情だった。
 そりゃそうだ。長門が冗談なんて言うはずがない。ハルヒとはまた違う意味で、こいつもいつでも本気なのだ。
 長門が言うように、確かに俺とハルヒは時間を超えて七夕の夜に出会っている。
 俺にとってのハルヒとの初対面は、言うまでもなく高校の始業式の日なのだが(あの奇天烈な自己紹介は生涯忘れることはないだろう)、ハルヒにとってはそうではない。
 去年の七夕、朝比奈さんに連れられて今から四年前の七夕に時間遡行した俺は、ジョン・スミスを名乗って当時中学一年生だったハルヒと一緒に中学の校庭に落書きをする羽目になった。つまり、ハルヒにとっての俺との初対面は四年前の七夕ということになるわけだ。もっとも、ハルヒはジョン・スミスが俺だということは知らないはずだが。
 まとめると、「ハルヒが俺と出会った三年後に、俺がハルヒと出会う」というヘンテコなことになる。時間移動のせいで生じた矛盾だが、もはやそんな非常識にも慣れてしまった。これは喜ぶべきか、それとも悲しむべきことなのかね。
 それはともかくとして、
「長門よ、七夕伝説になぞらえるからには織姫と彦星は想い合ってなければならないんじゃないか? ハルヒがジョン・スミスに惚れてるとは到底思えんぞ」
 あっちの世界で俺がハルヒにカミングアウトした時、あいつはいきなりヘッドバットをかましやがったからな。ずっと待っていた彦星に頭突きをぶちかます織姫なんていてたまるか。せいぜいが軽犯罪行為を手伝ってくれた謎の高校生って認識で、良くて秘密の共有者ってとこだろう。
 長門は抑揚のない声で、
「涼宮ハルヒがあなた――ジョン・スミスに抱く感情が恋愛感情かどうかはわからない。しかし、彼女にとってジョン・スミスが特別な存在であることは間違いない」
「俺がハルヒの特別な存在?」
「そう。あなたは、彼女の初めての理解者だった」
 理解者?
「あなたはあの日、彼女の言動や願望を否定せずに一定の理解を示したはず」
 まあそうだな。少なくとも宇宙人、未来人、超能力者を否定することはしなかった。
「恐らく、当時の彼女の周囲にそのような人間はいなかったと思われる。それは彼女にとって耐えがたい苦痛だったはず」
 谷口曰く、中学時代のハルヒは屋上に落書きしたり、教室の机を全部廊下にぶん投げたり、学校中に変なお札を貼りまくったりといった奇行ばかりしていたらしいからな。そんなトンデモな奴に理解を示せる人間は――まぁ、いないだろうな。ハルヒがストレスまみれの中学生活を送っていたであろうことは想像に難くない。
「そのような時に現れたあなたの存在が、彼女の中で大きくなるのは必然と言える」
 なるほどな。ハルヒの初めての理解者がジョン・スミスなのだとしたら、ハルヒがジョン・スミスに特別な感情を抱いてもおかしくはないだろう。周りの人から理解されない孤独っていうのは、周りに人がいない孤独よりも辛いことかもしれんからな。大げさに言えば、俺はハルヒを孤独から救ってやる役だったのかもしれない。
 そして多分、その役目は俺にしか出来なかったことなのだと思う。なんせ俺は既にハルヒと出会っていたし、そればかりか宇宙人の襲撃を受けたり、超能力者と異次元ツアーに出かけたり、更には未来人とタイムトラベルしたりと、不可思議・非常識な経験を嫌になるほど積んでいた。ハルヒが望むもののほぼすべてが、俺の周囲に存在していたのだ。俺がハルヒに理解を示すことができたのもそういった経験があってのことであって、もし何の予備知識もなしに、夜の校庭に落書きするトンデモ中学生に出くわしていたら、俺は間違いなく回れ右で退却していたことだろうよ。
 入学当初のあれこれを思いだし、思わず苦笑いしてしまう。
 長門はそんな俺を横目にも入れず、目線を上空に留めたまま、
「あなたも涼宮ハルヒのことを憎からず思っているはず」
 直球ど真ん中をぶん投げてきた。
 これ、どう答えりゃいいんだ?
 ハルヒのことが好きじゃないと言えば嘘になる。傍若無人で迷惑千万だが、仲間思いだし意外と優しいところもあって、短所と同じくらい長所もある奴だ。ルックスに関しては今更言うまでもない。顔もスタイルも一級品で、朝比奈さんと並べても決して見劣りはしない。正直言えば、あいつを可愛いと思ってしまったことは何度もあるさ。
 そして何より、あいつはこの世界を面白いものだと思わせてくれた。あいつがいなかったら、俺は長門や朝比奈さんや古泉と出会うこともなく、平凡な高校生活を過ごし、それをつまらないと思うこともなかっただろう。
 古泉じゃないが、俺がハルヒを魅力的な異性として見ていることは確かだった。それに、いくら世界の崩壊を防ぐためとはいえ、好きでもない女にあんなことをできるほど俺は軽い男ではないとも思う。
 だが……
 沈黙を肯定と受け取ったのか、それとも別に興味が無いのか、長門は俺の返事を待たずに話を続けた。
「そして、三年という年月を超えてあなたと涼宮ハルヒは再び出会った」
 瞬き以外の動きがない長門の横顔。黒目がちな瞳に映る星が眩しかった。
「……運命」
 聞こえるか聞こえないかというくらいの微かな声で、長門が呟いた。

 

 英語では天の川のことをミルキーウェイというらしい。牛乳を夜空にぶちまけたような星空という意味だそうで、なるほど上手い例えだと思う。そんな真っ白な夜空を見上げながら、俺は長門の言葉を反芻していた。
 俺とハルヒが彦星と織姫で、想い合う俺達は結ばれる運命だとかいうトンデモ話。「想い合う」の部分はともかく、一応筋は通っていたし、ハルヒの心理考察などは見事なものだった。少なくとも形としては七夕の物語に似ていると言えるだろう。
 その運命とやらを信じるとするなら、近い将来ハルヒと結ばれることになるらしく、それはそれで大問題なのだろうが、今はそのことを考える余裕はなかった。もっと気になることが目の前にあったからだ。
 何かというと、今日の長門の行動すべてだ。
 もしも、長門の目的がさっきの運命論を俺に聞かせることだったとすれば話は早い長門が俺とハルヒがくっ付くことをことを願っているという、ただそれだけの話だ。
 だけど、そうだとしたら今日の長門の行動はますますおかしい。謎だらけだ。

 

 なんで家に招待してくれたんだ?
 なぜ手料理なんて作ってくれたんだ?
 ハルヒとくっ付いて欲しい人間に、そんなことする必要はないよな?

 

 夜空を見たがったのは、さっきの話をするためだけか?
 最後の呟きが、自分を納得させるように儚かったのは何故だ?
 なんだって、そんなに寂しそうな目をするんだ?

 

 ――なんてな。
 わざとらしい自問自答は辞めておくことにしよう。
 本当は、ここで考えに考え抜いてようやく気付くってのがお約束のパターンなんだろうが、俺の場合はわからないふりをするには少々遅すぎたようだ。
 そう、考える必要なんてどこにもなかった。だって、俺はわかっていたんだから。
 "それ"に気付いたのはいつだろう。ついさっきでもない。夕食を作って貰ったときでもない。正直にいえば、もっとずっと前からだった。
 最初はお前が眼鏡を辞めた時だったと思う。「無い方が可愛い」なんて口走った俺も俺だが、俺に言われてすぐに辞めちまうお前にも驚かされたよ。
 ハルヒと灰色空間に閉じ込められた時にお前がくれたメッセージだってそうだろう。今になって思えば、長門から情報統合思念体の意思ではなく、長門自身の意思を聞いたのはあれが初めてだった。……そういえば、あれから一度もちゃんと図書館に連れてやってなかったな。
 それからも、カマドウマ退治だとか、嵐の孤島だとか、映画撮影だとか、コンピ研とのゲーム対決だとか、とにかくいろんな面倒事があったけれど、何故かお前は俺の言うことは素直に聞いてくれたよな。
 そして、忘れようもない冬の事件。何もかもが変わってしまっていた長門に唯一残された思い出。長門がどうしてあの記憶だけ中途半端に残しておいたのかなんて、いまさら考えるまでもないよな?
 ここまでされたら、どんな朴念仁でも気付くさ。
 長門が、俺のことを好いてくれてるってな。

 

 今日の長門は、そのことを俺に伝えたかったのだと思う。何だか自惚れているようで恥ずかしいが、気付いてしまったのだから仕方ない。だけどお前は不器用だから、上手く言えないのを通り越して、本心と真逆のことを言ってしまうようなちぐはぐな結果になってしまったんだ。
 きっと、長門はあの言葉を俺に伝えたかったのではなく、自分自身に言い聞かせていたのだ。その証拠に、長門はあの話をしている間、一度たりとも俺と目を合わせなかった。お前は本当に伝えたい話をする時は、ちゃんと人の目を見て話すからな。こっちが逸らしたくなるくらいに。
 なあ、長門。
 本当は、七夕伝説にこじつけた話なんてしたくなかったんだろう?
 運命にかこつけて、自分の気持ちを閉じ込めたかっただけなんだろう?
 もう、そんなことしなくてもいいんだ。
 いつだったかお前は言ってたじゃないか。同期機能を失って自分は自由になった。未来に束縛されることなく、自分の意思だけに従って行動するって。先の知れた未来が嫌だったから、未来を知っていたことが苦しかったからそうしたんだろう?
 それなのにお前は、今度は自分で自分を束縛しようとしている。確かにそれは楽な方法かもしれない。だけど、きっと後で後悔するし苦しくなるんだ。人間ってのはそういうもんなんだ。
 だから、長門。
 運命なんて言葉で、自分を縛らなくていいんだ。

 

 長門のアンビバレンツな感情。その気持ちは十二分に俺に伝わった。
 順番からいえば、今度は俺が答える番なのだろう。
 長門の気持ちに俺はどう答えればいい。俺は長門をどう思っているんだ?
 気付かないふりしてやり過ごす、なんて選択肢はもうないぞ。今まで散々そうしてきたんだからな。もう逃げるわけにはいかない。気付いてやれなかった昔の俺とは違うんだ。運命なんていう鎖から長門を解放してやるためにも、俺は答えを出さなければならない。
 なあミスターマイセルフ。本当はこれも考える必要なんてないんだろ?

 

 長門が変わったと俺は言った。
 しかし、変わったのは長門だけじゃなかった。俺の長門を見る目もまた、この一年と少しの間に、いや、正確にはここ半年あまりの間に確実に変化していたんだ。
 完全無欠の万能宇宙人という、長門への従来の認識が音を立てて崩れ去った昨年冬の事件。原因不明の苛立ちを覚えさせられた旧友からのラブレター事件。吐き出された弱音から彼女のコンプレックスを垣間見ることができた春の分裂事件。何か事件が起こる度に俺は新しい長門有希を知り、同時に俺の中の彼女の存在も少しずつ大きくなっていった。だが、その変わりようがあまりにも大きかったが故に、自分にとって長門がどんな存在なのか、俺にはわかりかねていた。長門の好意に気付いていながらも、何の反応も返せなかったのはそのためだ。
 見つけ兼ねていたその感情の正体を教えてくれたのは、皮肉にも例の悪夢だった。何度も何度も目の前で長門が消えて行く光景を見せられ、飛び起きたら泣いていたことすらあった。長門が居なくなるという現実を疑似体験させられて、俺はようやく気付いたってわけだ。
 そりゃあ、これ以上ないほどのナイトメアだったさ。
 好きな女が目の前で死ぬなんて夢、悪夢以外の何物でもない。そうだろ?

 

「長門」
 長門の視界を遮るように目の前に立つ。
 星を映していた長門の瞳が、今はしっかりと俺の顔を映していた。憂いを帯びた瞳は超高密度のブラックホールのようで、危うく吸いこまれそうになる。だが、決して目は逸らさない。逸らしたら負けのよう気がした。
「自作の七夕物語はよくわかった。だが、お前は大事なことを忘れてるぞ」
 仮に、お前が言うようにハルヒがベガで俺がアルタイルだとしてもだ。そこにはもう一つ、長門が触れなかった重大な事実がある。
「あの日、アルタイルに出会ったのはベガだけじゃないはずだ」
 そう、ハルヒの他にもう一人、あの日初めて俺と出会った人物がいる。そして、三年という年月を超えて俺が再び出会ったのもハルヒだけじゃない。
 だからこそ、長門は"今日"俺を呼んだのだ。手料理を振る舞ってくれたのも、長門が今日を特別視していたからに他ならない。ハルヒと同じくらいに、いや、ひょっとしたらそれ以上に、長門も今日という日を大事に思っていたんだ。
 俺にはそう確信できる。だって――
「忘れてないよな? アルタイルはデネブにも出会ってるんだ」
 ――今日は、お前が俺と初めて出会った日だからだ。

 

 長門は一瞬はっとするように目を見開いたが、その目線は徐々に下がり、やがて顔を伏せてしまった。
「……デネブは、ベガやアルタイルよりも暗い」
 絞り出すような小さな声。
「……ベガは地球から二十五光年、アルタイルは十七光年しか離れていないが、デネブはおよそ千八百光年も離れている。とても遠い存在」
 要するに、自分には魅力が無くて、更には人間である俺やハルヒからは遠い存在だと言いたいのだろう。
 声はますます小さくなっていき、次第に消え入りそうになる。
「……七夕の物語に、デネブが関わることは、ない」
「関係あるか」
 長門の両肩を強く掴む。びくっと身体を硬直させた長門は、恐る恐るといった感じで顔をあげた。珍しいことに、その瞳には不安と動揺の色がはっきりと浮かんでいた。
「そのアルタイルはな、ベガに引っ張り回される毎日に追われて、遠くて暗いデネブのことをあまり意識していなかったんだそうだ」
 最初のうちはそうだった。何も長門のことをわかってなかったし、わかろうともしなかった。あの冬の日までは。
「だけど、ふとしたことでデネブに近づいたことで気付いたんだ。デネブが暗いのは遠かったからで、本当はアルタイルやベガなんかよりもずっと大きく光り輝く星なんだってことにな」
 お前は大人しいし自己主張も激しくないから、ハルヒなんかと比べたら目立たないかもしれない。だけど、お前の新しい一面を知る度に、俺はお前に惹かれていった。そして気がつけば、俺にとってお前はハルヒよりも、朝比奈さんよりも、もちろん他の誰よりも、一番魅力的な存在になっていたんだ。
「今じゃもうデネブのことを遠い存在だなんて思っていないし、もっともっと近づきたいと思ってる」
 以前はどうであれ、今の俺は長門を人間としてしか見れなくなっている。インターフェースだろうがアンドロイドだろうがロボットだろうが、長門は人間のように生きているし、人間のように喜んだり怒ったりもすれば、人間のように悩んだり苦んだりもしているんだ。そんな長門を人間扱いしない奴がいるとするなら、そいつの方がよっぽど人間味に欠けている。
「だからさ、長門」
 まったく、何でお前はこんなに不器用なんだ? あれだけうまい料理をつくれるのにさ。
 だけど、今はその不器用ささえも愛おしく思える。
「アルタイルがデネブを好きになったって、いいだろう?」
 そうだ。俺は、そんな長門が好きなんだ。
「………」
 しばらくの間、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた長門だったが、やがて小さく、しかしはっきりと頷いた。
「……いい」

 

 まさか、初めての告白がこんな回りくどいものになるとは思ってもいなかった。
 アルタイルだのデネブだのといったメタファーを多用してしまったせいで、もしかしたら上手く伝わっていないのではないかとちょっと不安になる。相手が表情に乏しい長門有希だから尚更だ。
 念の為、単純明快な告白文句(「好きです付きあってください」とかそういうのだ)も合わせて言っておくべきかなどと考えていると、
「あなたに、言わなければならないことがある」
 長門が意を決したように言葉を発した。
 どうやら、次は長門のターンのようだ。
「わたしは臆病だった」
「今もそう。あなたに受け入れられることを知って、初めて自分の気持ちを言うことができる」
「本当は今日、あなたにわたしの気持ちを伝えるつもりだった」
「あなたと一緒に帰りたかった」
「あなたに料理を食べて貰いたかった」
「あなたに料理を褒めて貰いたかった」
「あなたと星空を見たかった」
「今日という日を、あなたと二人で過ごしたかった」
 それはあくまで淡々とした言葉だったが、そこにはしっかりと長門の感情が込められていた。しかし、なんつー赤裸々な告白だろうか。わかっていたこととはいえ、ここまで面と向かってはっきり言われると流石に恥ずかしい。嬉しいけどな。
 あまりの嬉しさに血迷っていたのだろう。今になって思えば恥ずかしいことを聞いてしまった。
「なあ、お前はどうして俺を?」
 好きになってくれたのか、とまでは流石に言えなかった。
 それでも長門は理解してくれたらしく、
「あなたがわたしを必要としてくれたから」
「必要?」
 思わず聞き返す。もちろん必要としていないという意味じゃない。俺に必要とされたことがそんなに嬉しかったのか?
 長門はこくりと頷き、
「初めてわたしを必要としてくれたのがあなただった。待っていろとも言ってくれた。ずっと一人で待機していたわたしにとって、それはとても嬉しいことだった――のだと思う」
 語尾が曖昧なのは、恐らく当時の長門にはその感情が解らなかったからなのだろう。今になってようやく、長門はあの時の自分の感情を理解し始めているのだ。
「眼鏡をかけない方が可愛いと言ってくれたときも、コンピュータ研究部に行くよう勧めてくれたときも、友人からの手紙を代読してくれた時でさえも、わたしは嬉しいと感じていたはず」
 どうにも恥ずかしい言葉を続ける長門。まるで、今まで貯め込んでおいたものが堰を切って流れ出ているかのようだ。この際全部吐き出してしまえ。
「あなたはそのままのわたしでいいと言ってくれた」
 ええと、その言葉は確かお前ではなく、あっちの長門に言ったはずなのだが――ああ、そうか。こいつ、世界を修正しに行った際にこっそり聞いてやがったな。俺にはあっちの長門に何も喋るなだとか言っておいて、ちゃっかりしてやがる。
 ……まあ、長門のちょっとした嫉妬心だと思えばそれも可愛いのだが。
「わたしがいなくなったら取り戻すと言ってくれた」
 ああ、言ったさ。その言葉に偽りはない。ハルヒを焚きつけてでも、朝比奈さんや古泉を巻き込んででも、どんな手段を使っても必ずお前を取り戻してやる。お前がいない世界なんて、俺は絶対に認めない。
「わたし自身が知らなかったわたしの生きる意味を、あなたはおしえてくれた。あなたはわたしが存在する意味を教えてくれた。だからわたしは、あなたのために生きたいと思った。いつしか、わたしの行動原理の最上位にあなたがいた。わたしはあなたが……あなたが……」
 声を震わせ、言いよどむ長門。水面のように揺れる瞳は、彼女の感情の揺らぎを示しているかのようだった。
「……あなたが、好き」
 小さな唇から発せられたそれは、長門が最も伝えたかった言葉であり、俺が最も聞きたかった言葉だった。
「………」
 まるで表情を見られたくないかのように、長門が頭をポンと胸にうずめてきた。思わず抱き寄せてしまう。こいつが生きていることを感じるには十分すぎるほどの温かさが、そこにはあった。
「……だから、許してほしい。デネブの横恋慕を」
 不揃いなショートカットを撫でると、ふわりと甘い香りがした。

 

 並んで壁際に座り、二人で星を眺める。
 流れ星も何度か見ることができたが、願い事を言うほどの時間は無かった。大体、あの一瞬に三回も願い事を言うなんて不可能ではないだろうか。「金、金、金」とかなら何とか可能かも知れないが、金をどうして欲しいのかまで言わないと、金なんか要らないという意味にとられる可能性もあるからな。
 そうだ、願い事といえば……
「なあ、長門」
「なに?」
「俺の三つ目の願い事なんだが……叶えてくれるか?」
 ポケットに放り込んであった短冊を差し出す。団長様曰く非公開の短冊だが、こいつになら見せてもいいだろう。というかこいつにしか見せられない。
 短冊にはこう書いてある。
『長門とずっと一緒にいれるように』
 雰囲気ってもんは恐ろしい。こういう恥ずかしいことが平気で出来るんだからな。バカップルと呼ばれる輩の心理が少しわかる気がする。
「可能。……ただし、条件を付したい」
 そう言うと、長門は制服のポケットから短冊を取り出した。
「あなたが、この願いを叶えてくれるなら」
 差し出された短冊には、綺麗な明朝体でこう書かれてあった。……いや、わざわざ読み上げる必要もないか。同じ願い事だったとだけ言っておこう。
「ああ、叶えてやるさ。約束だ」
 できるだけ力強く答えると、長門がそっと肩を寄せてきた。
「……ありがとう」

 

 はくちょう座の一等星デネブさんとやら。
 もうすぐ七月七日も終わってしまうが、願い事の変更はまだ可能だろうか?
 部室で書いた三つ目の願いは、俺のゼロセンチ横にいるデネブさんが叶えてくれることになったんでな。千八百光年先にいるデネブさんには是非とも別の願い事をお願いしたい。
 今夜は良い夢を見せてくれ。
 出来れば、長門のピンチに俺が颯爽と現れてハッピーエンドみたいなのがいい。世界一頼りになる恋人を持ってしまったんだ。夢の中でくらいカッコつけさせてくれたっていいだろう?

 

 眩しく煌く天の川の下で、俺はそんなことを思った。
 右肩に、確かなぬくもりを感じながら。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:45 (1921d)