作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 9話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-07-20 (火) 22:33:04

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 春の陽気に誘われ、冬眠中だった動物が空腹と共に目覚めるが如く、俺の認識からすれば大
人しく見えていたハルヒもまた活動期へと突入してしまったらしい。
 映画について具体的な話をしたあの日を境に、平和だった俺の日常は大きく変貌してしまっ
ていた。
 まず第一に、
「じゃあお昼にここで集合ね! 解散!」
 ハルヒ主導による、休日恒例不思議探索が再開されてしまった事。
 遅刻の有無に関わらず、最後に来たものは罰金というあの鬼の様なルールが無いだけマシな
んだけどな。
 ちなみに、文芸部のメンバーの参加については任意という事なのだが、現在までの所俺だけ
は毎回強制参加させられている。何故だ。
 第二に、
「遅いっ! ……ちょっとジョン、もっと早く部室に来れないの? あんたと同じクラスの朝
倉さんはとっくに来てるじゃないの」
 放課後、毎日の様にハルヒが部室に顔を出すようになった事。
 文芸部とSOS団との共同活動が学校から公認されたおかげで、人目を気にせず来れる様に
なったのが余程嬉しいのだろうか。ここ最近で言えば、俺よりハルヒの方が出席率が良かった
りする。
 俺か? 俺はあれだ。小テストの点に不具合があったから、放課後に岡部の保守対応を受け
てたりしてた。どうでもいいが。
 第三に、
「どうです? 一局。貴方のお話の中に出てくる僕の様にはいかないと思いますよ」
 ハルヒと一緒に、古泉までもが頻繁に部室へ顔を出すようになった事。こっちの古泉もボー
ドゲームは激しく弱かった事……ま、これもどうでもいいか。
 ついでに、例の映画に関してはまだ具体的な動きは無いものの、ハルヒの気分次第で明日に
も始まってしまうのだと解っているだけに懸念は消えないままだ。
 かくして、平穏だった日常は再び終わりを迎えてしまったのか……また元の非日常に逆戻り
しただけなのか、今の俺には判断できそうに無い。

 一つ雨の下

 三月に入って最初の休日。今日は珍しく不思議探索の予定が無かった事もあり、日頃の疲れ
を取ろうと惰眠を貪っていた俺だったが、
「――ジョン――ジョン。さっさと起きなさい――起きろってんでしょうが!」
 何故かベットの上に直立し、俺を見下ろして睨んでいたハルヒの怒鳴り声によって、安息日
として存在していたはずの俺の休日は眠っている間にあらゆる意味で終わってしまったらしい。
 灰色の世界……じゃない。って事は現実か、どっちにしろ最悪な目覚めだが。
「ようやくお目覚め? まったく、このあたしが起こしに来てあげたのに何様のつもりよ」
 そう言って溜息をつくハルヒは、どんな気紛れなのか知らないが今日はポニーテールだった。
 不満そうな顔で見下ろすハルヒの後ろで揺れる触り心地が良さそうな髪の束。ま、そこだけ
は悪くなかったって事にしておいてやらなくもないかもしれん。
 とりあえず体を起こしてみたものの、どうにも現実感が無い。
 ……っていうか夢だろ、これ。夢って事にしよう。うん。
 脳内会議はほんの数秒で終わり、再び布団に潜り込もうとしていた俺の視界の隅で、家主の
許可も得ないまま部屋の中を物色しているハルヒの姿が目に入ってしまった。
 何か投げつける物は無いかと周りを探してみたが、残念な事に枕しか見当たらない。
 ま、何でもいいか。
 俺はスナップを効かせて横回転を与えつつ、枕をハルヒの後頭部へと放り投げてやった。
 見える……そこぉ!
 緩い放物線を描いた枕は、そのまま本棚を物色していたハルヒの頭に命中。落下。
「痛っ?! なにすんのよ!」
 それはこっちの台詞だ。
 冴えない頭をかきつつ、俺は二度寝を諦めてハルヒを問い詰める事にした。
「えっとだ……まず、何でお前が俺の部屋に居る」
 それと人の部屋を勝手に漁るな。
「あんた何寝ぼけた事言ってるの? 今日も不思議探索するって昨日の夜メール送ったのに、
集合時間になってもあんたが来なかったからこうしてわざわざ迎えに来てあげたんじゃない」
 いや、そこは普通に欠員一名でいいだろ。
 何で毎回毎回俺が参加する事に拘るんだ? どうせ何も見つからないんだから俺が居ても居
なくても変わらないってのに。っていうか電話で起こせ、マナーモードにしておくから。
 言いたい事はまだまだ山の様にあるんだが……どうせ反論しても無駄か。
「とにかく……着替えるから下で待ってろ」
 ハルヒがよからぬ物を見つけてしまう前に、俺は自己主張を諦めるという選択肢を選んだ。

 
 着替えを終えてリビングに降りてみると、何処から持ってきたのか俺の子供の頃のアルバム
を広げ、
「――これって幼稚園の時のですか? 泣いちゃってる〜……あ? ちょっとジョン、何よ?」
 何故か家の家族と馴染みまくっていたハルヒを無言のまま連れ出し、駅前で談笑していたみ
んなと合流した後、
「ふ〜ん、ここが大森電気店か。……案外普通ね」
 電車に揺られて俺達が向かったのは、元の世界でハルヒが映画のスポンサーとして見つけて
きたあの電気店だった。
 久しぶりに訪れた店内は、俺の記憶の中と比べて特に変わった様子は無い。……というより、
今日は休日だってのに客足はすこぶる鈍い。
 普段からそれ程活気がある商店街じゃないんだろうが、果たしてこれで生活していけるんだ
ろうか。俺が気にする事じゃ無いのだけは解るが。
「ねえおじさん! あたしの事覚えてたりしない? それか、あっちの鈍そうな奴の事でもい
いんだけど」
 店長さん相手に意味不明な質問を連発してるハルヒは放置しておくとして、だ。
 俺達がこの店を訪れた理由は、
「さ〜て、お値打ち商品はどこかな〜っと」
「アロマポットはこれかしら。朝比奈さん、あたしじゃ解らないからオイルを選んで貰っても
いい?」
「あ、は〜い。えっと……これからの時期はやっぱりユーカリかなぁ……」
 どうやら、今日は部室で使う備品の買出しらしい。
 さて……と。特に買いたい物が思い浮かばないし、ここは一つ商品ではなく朝比奈さん、鶴
屋さん、長門、あとついでにハルヒと朝倉の私服姿でも眺めているのが得策ではないだろうか。
 商品棚に顔を向けつつそれとなく視線を向けた先では、自分の期待する返答を得られなくて
不満気なハルヒと「そろそろいいかな?」と言いたそうな店長さんの姿が見える。
 営業妨害だぞ。いつもならそう言って止めに入るべき状況だとは思うんだが、店長さん相手
に身振り手振りで何を伝えようとする度に揺れるハルヒのポニーテールが、俺のその言葉を飲
み込ませていた。
 が、
「何かお探しですか?」
「い〜や」
 いつもの営業スマイルを浮かべつつ、店員みたいな台詞と共にやってきた古泉にそう生返事
を返しながら、俺は対して興味も無い電化商品へと視線を戻した。
「おや? もう涼宮さんを眺めなくてもいいんですか?」
 何の事だかさっぱり解らんね。
「努力には当然報酬があって然るべき、とは思いませんが。涼宮さんの今日のあの髪型には、
一時間程かかっているそうです」
 一時間だと?
「ええ」
 ちゃんとするのは面倒だとか言ってたが、そんなにかかるもんなのか。
「僕個人としては普段のストレートの方が趣向にあっていますが、ポニーテールもいい物だと
思えてきました」
 その内やみ付きになるぞ。
 すっかり閲覧モードに入った古泉を残し、店内をぶらついてみると
「……あ」
「何か探してるのか」
 同じ様にして店内を歩いていた長門を見つけた。
 珍しく私服姿の長門は首を横に振って
「見てるだけ」
 そっか。
 ちなみに、今日の長門が着ている私服は俺が見た事が無い物だ。元の世界の長門と同じ様に、
今の長門も休みの日でも制服姿でやって来る事が多いのだが、実はそれなりに私服も持ってい
るのかもしれないな。
「……」
 自分の服へと向けられた視線に気づいたのか、長門はどことなく落ち着きが無い様子でその
場に立ち尽くしている。
 あ、俺が何か言うべき何だよな。これは。
「えっと……似合ってるぞ。その服」
 我ながらもう少し他に言いようが無かったんだろうか。
 自分の中でそんな自己評価を出している間に、長門は静かに俯いてしまって
「……」
 そのまま背を向けて店の奥へと歩いていってしまった。
 ――その後はというと
「あの、キョンくん。キョンくんは好きな匂いってありますか?」
「そうですね……ラベンダーとか好きです」
 俺の中の朝比奈さんのイメージがそれなので。
「あ、わたしもラベンダー好きなんです!」
 といった感じで、ふわふわとした御様子の朝比奈さんとお話している間に買い物は終わって
いたらしく、
「――はい、まいどありがとうね。随分な量だが、持って帰れるかい?」
 ええまあ、二人居ますから大丈夫だと思います。
 女性陣が商品を選び、俺と古泉が荷物を運ぶ。ま、適材適所って奴だろうな。ハルヒがわざ
わざ俺を起こしに来た理由が何となく解った気がする。
 結局、大森電気店で購入したのは電気式ケトル、ハロゲンヒーター、アロマポットにオイル
といった内容だった。
 既に春先だし、ハロゲンヒーターは必要無いのでは? と一瞬思ったんだが、
「年度末だし、暖かくなってきたこの時期が一番暖房器具がお値打ちだからね。先行投資先行
投資!」
 なるほど、良く解っていらっしゃる。
 予め買う物は決めてあったらしく、買い物を終えて店を出るまでにそれ程時間はかからなか
った。
 さ、後はこいつを運べばお役御免だな。
 ストーブの箱を抱え、安堵の息を
「じゃあ次はあの店ね? すみませーん! 誰か居ませんか〜」
 ――付く間も無く、二店目。
「わぁっ! 可愛い小物が一杯……あの、ちょっとだけ見ていってもいいですか」
 三店目。
「ねねね、コロッケ屋さん見つけちゃったんだけどみんなで買わない?」
 四店目……。
 商店街の店を次々と連れ回される間、そろそろ休まないか? という俺の意見は主にハルヒ
によって黙殺され続け、増えていく荷物の重さに反比例して俺の口数は少なくなっていった。
 何ていうか……何で女ってのは買い物の時だけ無限の行動力を発揮するんだろうな。
 ――買い物が始まってから数時間後、正午近くになってようやく入った喫茶店の中で、俺は
革張りのソファーと背中を同化させつつ人体の神秘について思考を巡らせていた。
「流石に疲れましたね……大丈夫ですか?」
「見ての通りだ」
 営業スマイルを半減させている古泉に顔を向けないままそう答え、俺は暖かなおしぼりを瞼
の上に乗せた。
 やれやれ、疲れすぎて食欲すら湧かない。砂糖水でも舐めていたい気分だ。
「同感です」
 あれだけ勇ましい体型のくせにカブトムシが樹液に集まるのは、実は夏バテが原因なのでは
なかろうか? 等と、俺が虫の王様の悩みについて思いを馳せていると
「ハムカツサンドとイチゴショート!」
「えっとね〜。これっ、みくるパフェ下さいなっ」
「サンドイッチをお願いします〜」
「アイス珈琲と〜モンブラン下さい」
「……アプリコットを」
 単純な体力で言えば女性に勝っているはずの俺や古泉がダウン寸前だってのに、旺盛な食欲
を隠す事無く注文を終えた女性陣は、
「でさ、午後はどの辺から回ろっか」
 恐ろしい事に午後の買い物の予定を話し始めるのだった。
「おいハルヒ」
 ご機嫌な所悪いんだがな。
「え、何。ジョンも行きたいお店があるの?」
 ねえよ。
 強いて言うなら、このままここで涼んでいたい。
「お前、まだ買い物をしたいみたいだが、見ての通りこれ以上荷物は持てんぞ」
 ソファーの一角を占める荷物を指差してそう指摘してやると、
「ん〜……じゃあ一回荷物を置いてきてよ。その間にお店見て回ってるから」
 置いてくるって、まさか。
「文芸部の部室に。あ、部室で使わない物はまた持って帰ってきてよね」
 あっさり言いやがった。
「……一応聞くが、タクシー代は出るんだろうな」
 ストーブだけならまだしも、これだけの荷物をまさか歩きで運べってんじゃ
「何贅沢な事言ってんの? せっかく節約して買い物してるのにそんな無駄なお金使うはずな
いでしょ。徒歩よ徒歩、あんたの足はその為に付いているといっても過言ではないわ」
 鬼だ! 鬼が居る!
「ハルにゃんハルにゃん。午後は下着のお店も回りたいから男女で別れるってのはどうかな? 
キョン君や古泉君も男同士で見て回りたいお店とかあるだろうし」
「え? う〜ん……そうねぇ」
 古泉と行きたい店なんてありませんが、鶴屋さんナイスフォローです!
 心の中で拍手を送り、荷物はコインロッカーにでも押し込んでどこかで休んでいよう……な
んて浅はかな事を考えていた俺だったんだが、
「あ、でも荷物を運ぶのはお願いしちゃってもいいっかい? 片付けも出来たらなんだけど。
ねねっ駄目かなぁ〜……駄目?」
 ハルヒに背を向けつつ、何故か俺にだけ見えるようにとっておきのスマイルを向ける鶴屋さ
んがそこに居た。
 ……さっき、俺は鬼が居ると言ったが訂正しておこう。
 ここには鬼と、頼み上手な鬼が居る。

「……古泉。今日ほどお前が居てくれた事を感謝した事は無い」
 割り勘は未来に引き継ぐべき人類の英知だ。
「それはそれは、光栄です」
 俺と、営業スマイルを浮かべた古泉を乗せたタクシーが学校までの坂道を登る中、俺は世の
無常について嘆いていた。
 何が悲しくて休日に荷物持ちをさせられ、しかも自腹でタクシーまで使ってそれを運ばなく
てはならないのか……その答えは考えたくもないが、初乗り料金+窓に貼られた料金表から導
き出した距離の運賃を二分した料金は、俺にかなり切実な結果を導く事だけは間違いない。
 ったく、何でよりにもよって金が必要な時に……。 
「どうやら、金銭面でお困りの様ですね」
 まあな。
 ご覧の通り、タクシー代を払ったら紙幣は全滅、残るは硬貨と使う当ての無い図書カードだ
けだ。
「よかったら、僕の知っているバイト先を紹介しましょうか?」
 遠慮する。
 こっちのお前は普通の人間だって事は解ってるつもりだが、俺の勘がそれだけは止めておけ
って全力で言ってるんでな。
「それは残念です。同じバイトになれば、あなたからもっと涼宮さんの事が聞けると思ったの
ですが」
 そんなもん聞いてどうする。
「もちろん、参考にします」
 何の参考にするつもりだ、とは聞かなかった。
 また、あの惚気としか言い様の無いハルヒ賛美を延々と聞かされたらたまったもんじゃない
からなぁ……。
 無言のまま窓の外を眺めている間もタクシーは休日の街を軽快に進み、やがて北高の校門に
向かって緩やかに滑り込んで行った。
 乗車中、古泉がハルヒの今日の服装が素敵だったのどうのと言っていた様な気もするが、多
分空耳だろう。

 まだたまに寒い日もあるし、一応ヒーターも出しておくか。
 ――文芸部の部室に荷物を運び終えた後、ハルヒと合流したいから戻ると言った古泉と別れ、
俺は一人、部室の中で運んできた荷物の整理をしていた。
 部室で使わないの荷物は古泉に押し付けたし、これが終われば俺はお役御免だ。
 しっかし……好き好んでまたあの買い物地獄に付き合う気になれるってんだから、恋は盲目
とはよく言ったもんだぜ。
 仮に、俺に好きな奴が出来たとしても、古泉と同じ様な行動に出るとは到底思えん。
 次は……ん、何だこれ。ああ、アロマポットか。
 箱から取り出した陶器の鉢を手に、コンセントの側で邪魔にならなさそうな場所を探してい
た時、ふと脳裏に浮かんだのは――俺が、長門と二人で買い物をしている姿だった。
 どうでもいい事を喋る俺に、ぽつぽつと返事を返す長門。想像の中の俺は不快な顔はしてお
らず……まあ、そう考えてみると古泉の行動も理解できなくも無いかもしれん……か。
 普段、長門が座っているパソコンのある机にアロマポットを置き、何となく俺は携帯を取り
出していた。
 えっと。今、何してる――と。
 いや、このメールに関して特に他意はない。
 一人で荷物の片づけをしてるのも暇だし、何となく長門が今何をしているのかが気になった
だけに過ぎな――あ、返って来た。
 ポケットに戻しかけた所で震え始めた携帯には『買い物をしている』と一文だけ。
 なんていうか、何ともあいつらしい返信だな。
 簡潔なその返信に対し苦笑いを浮かべていると、再び携帯が振動を始めた。
 再び届いたメール、相手はやはりというか長門で……じゃねぇな、これは。
『キョンくん居なくて有希寂しい! 早く戻ってきてね☆』
 送信先こそ長門の携帯だが、このメールを打ったのはあの御節介な方の宇宙人に違いない。
『505号室の住人と別れた所でまたメールしてくれ』
 次にメールが返ってきたのは、それから三十分程経ってからの事だった。

 例えば、自分が誰かと会おうと考えた時、その相手がタメ口で話せる様な親しい同性でも無
い場合はそれ相応な理由という物が必要だと、俺は思う。
 具体的に言えば、何か話したい事があるとか、妙な空間に連れ込みたいとか、三年前への時
間遡行に付き合って欲しいとか……とかまあそんな感じだ。
 しかし、そんな理由の一つも持ち合わせていた訳でもないのに、とりあえず相手を呼び出し
てしまった俺が選んだ言い訳とは、
「どうせ俺が持ってても財布の厚みにしかならないから」
 予めそう前置き、財布の中に長年居座っていた数枚の図書カードを進呈する事だった。
 入学や卒業の記念に図書カードを渡されたからって、それを嬉々として本に変えるほど俺は
読書好きではない。仮にも文芸部員としてはまずいのかもしれんが。
 駅近くの書店で待ち合わせた長門は、俺には不要な物だと聞いてもまだ遠慮している様子だ
った。
 表面に多少の擦り傷があり、年月の経過を感じさせるカードと俺の顔の間で視線を彷徨わせ
る長門。不要って訳じゃないんだろうが……理由も無く物を貰う事に抵抗があるんだろうか。
「まあ、無理にって訳じゃないんだ」
 迷惑になってるのではと思い手渡したカードへ手を伸ばすと、長門は慌ててカードを胸元に
引き寄せ
「ありがとう」
 多少俯きつつも、白紙の入部届けをくれた時の様な笑顔を俺に向けてくれて――谷口は以前、
長門の事をA−だと評価した。だが、もしあいつがこの笑顔を見たらいったいどんな評価をつ
けるのだろう?
 勿体無いから見せてやるつもりは無いが。 

 買い物をするかどうかは別として、せっかく店の前にいるのだから――と言う事で、休日の
夕方、それ程客の姿も見えない書店の中を、俺と長門は他愛も無い会話をしつつのんびりと歩
いていた。
 聳え立つように並ぶ本の壁の間の通路を、平積みで並ぶ旅行雑誌を何となく目で追いつつ、
「そういえば長門。お前、あれから何も買い物しなかったのか」
 俺はふと足を止め、長門にそんな事を聞いていた。
「え?」
「いやほら、手ぶらみたいだからさ」
 昼からは見てるだけだったのか?
「買い物はした。朝倉さんが、先に帰るから一緒に持って行ってくれるって」
 おお、朝倉にしては気が利くじゃないか。二重の意味で。
「あいつもたまには役に立つな」
「……」
「でもなぁ、長門。俺が口出しする事じゃないとは思うが、あまり朝倉に携帯を貸さない方が
いいと思うぞ」
 どうせ悪戯にしか使わないだろ。
 主に、俺相手に。
「悪戯?」
 俺の溜息に対し、長門は何の事か解らないといった顔をしている。あ、もしかして朝倉は送
信したメールを消したんだろうか。
 ほら、これだよ。
 顔に疑問符を浮かべていた長門に、文末に☆マークのついた例の迷惑メールを見せてやると、
「これはわたしが送ったメール」
 携帯の画面を見た長門は迷わずそう答え、世界が静止したかと思われた。
 っていうか止まった。
「…………」
 訂正、無し。
 えっと……長門? お前、今何て。
「――朝倉さんに、そう言ってみて欲しいって頼まれて」
 二段仕込みかよ。随分とまあ手の込んだ真似をしてくれるじゃねぇか……。
 ホワイトデーが数日先に迫っているが、奴へのお返しはハッピーターンの粉からハッピータ
ーンを包んでいる袋に格下げだな。
 ――朝倉についてはそれでいいとして、だ。
 問題は長門に頼まれた「何処かへ連れて行って欲しい」という提案の方だよな。
 今年のホワイトデーは平日だから、場所はまあ近場になるとして――別に日付に拘らなくて
もいいのなら遠出でもいいのかもしれんが。
 さて、長門はどんな場所が好きなんだろう。
 時期的に春休みが近いだけに、眼下に並ぶ旅行雑誌には「卒業旅行」の文字が並んでいる。
 店の壁に貼られた新刊の発売予定表を見ている長門に気づかれないように、適当に旅行雑誌
を一つ手に取ってページを捲ってみ……る手も思わず止まっちまった。
 理由? ……雑誌に掲載されていたツアーの料金だよ。
 今更だが、無駄に予算に対して拘っていたハルヒの判断は正しいのかもしれない。貧すれば
鈍するってのはこの事だろう、多少違うかもしれんが。
 タクシーの中で古泉が言っていたバイトの事を検討しつつ、俺は雑誌を棚に戻し……いや待
てよ。俺は別に長門と付き合ってるって訳じゃないんだし、いきなりこんな場所に誘ったりし
たらおかしいのか。
 前に谷口が「まあ見てろって、俺の調べた情報じゃ成功率80%の告白方法だからよ!」と
か言いつつ、千葉にある某テーマパークのチケットを手に告白した所、返答以前の問題で完全
に相手に引かれてたいのを見た覚えがある。
 ちなみに、その告白の結果は……言うまでも無いか。
 長門が楽しめて、安価であり、かつ相手に変に思われない場所となると……図書館以外に思
いつかないよなぁ……。
 俺の知ってる長門が他に興味を惹かれていた物となるとパソコンくらいなんだが、俺はその
方面にそれ程詳しい訳でもないし……等と考えていると、
「……」
 袖を引っ張る小さな力に振り向くと、そこには既に清算済みらしい茶色の紙袋を抱えた長門
が居た。
 あ、すまん。待たせちまったみたいだな。
「いい。でも――」
 でも? ああ、なるほど。
 長門が口ごもった理由は、店の出口の先へ視線を向けただけですぐに解った。
 店に入る前は曇りだった天気はいつの間にか悪化していたらしく、通りに面したガラスの向
こうではこの状態が基本とでも言いたげな安定した勢いで雨が降り続いている。
 通り雨……って感じじゃないな。これは。
 出入り口まで来てみると、見上げた空は厚い雲に覆われていて、すぐに天気が回復しそうに
は見えない。
 長門も俺も手ぶらで傘なんて持ってないし、
「やれやれ、これは雨が止むまで待つしかなさそうだな」
 空を見上げたまま呟いた俺の隣で、長門は小さく頷いた。
 
 
 店先で雨が止むのを待っていられても邪魔だろうし、あまり需要がなさそうな専門書のコー
ナーへと移動した時、ふと長門が目を留めている本がある事に気が付いた。
 表紙に様々な生き物のシルエットが描かれたその本のタイトルは、
「動物占いか、なんか懐かしいな」
 流行にはかなり疎い方だと自負しているが、これは結構前に流行っていた気がする。
 確か、この本がきっかけで色々な占いが出たんだよな。寿司占いとか。
 血液型占いもあれだが、出版社ごとに結果が違うこの動物占いのどこに信憑性があるのかは
解らんが……ま、どうせ時間もあるし。
 時間潰しになればと思いその本を手に取ると、俺は最初のページに書かれた解説に従って自
分が動物だと何に当てはまるのか検索してみる事にした。
 え〜何々、苗字の画数だと? ……面倒だな……。
 指で折りつつ数字をカウントする俺を、長門は興味深そうに見上げている。
「長門は動物占いってしてみた事ってあるのか?」
「ある」
 そっか。
「ちなみに何だったんだ?」
「猫」
 なるほど。何となく納得できる。
 長門の返答に、恐らくこうしている間も休日を持て余した妹の相手をさせられて疲労困憊で
いるのであろうシャミセンの事を何となく考えつつ、俺は検索結果に書かれたページを捲って
み……おい。
 開いたページに掲載されていたのは、縁日の光景と思しき写真の中で、青いビニールの水槽
で這う小さな緑の亀の姿――俗に言う、ミドリガメがこちらを見つめていた。
 やけに分厚い本だと思えば、随分マイナーな動物までカバーしてやがるじゃねぇか。
 っていうか動物占いで亀ってどうなんだよ。
 とまあ色々と言いたい事はあったが、自分とミドリガメの共通点に関しては否定しきれない
様な気もした訳で、俺は黙したまま本を閉じ……あれ。
 理由は不明だが、長門はそのミドリガメが写ったページを熱心に覗き込んでいた。
「ミドリガメが好きなのか」
「割と」
 頷きながらそう答えた後、
「貴方は、好き」
 長門はそう聞いてきた。
「ん〜……ミドリガメは好きでも嫌いでも無いな」
 夏祭り位でしか見る機会も無いし。
「違う」
 違う?
「猫」
 ああ、なるほど。長門は猫だったんだよな。
「猫は好きだぜ。たまに話しかけたりもする。前にも話したけどさ、家で飼ってる猫なんかは
本当に俺の言ってることが解ってるんじゃないかって思う時もあるくらいだ」
 ……というか、この世界でも本当にそうであってほしかった。
 口を開けば小難しい事ばかり話していた頃のシャミセンの事を思い出しつつ、苦笑いと共に
そう告げると
「見てみたい」
 静かな長門の返答に、俺は意図せず固まってしまっていた。
 いや、ほら。つまりだ。
 シャミセンを見たいって事はつまり、シャミセンが飼われている俺の家に来たいって事なん
だよな。多分。長門のマンションはペット禁止だって言ってたし。
「……」
 じっと俺の返事を待っている長門の顔を見る限り、そこに特別な意図は感じられない。長門
の部屋に行った事は既にあるんだし、俺の部屋に入る事に対しても特に問題は無いとでも考え
ているのだろうか。
 でもやっぱりまずくないか? 何がまずいのかって聞かれても答えられはしないんだが、そ
の色々と……あ、そっか。
 シャミセンを見るだけなら、別に俺の部屋じゃなくてリビングでいいのか。
「いいぜ。人見知りしない奴だし、顔を見に来てやってくれ」
 俺の返答に対し、長門は口元を僅かに綻ばせた気がし……ん、本当に笑顔になってないか?
 目の錯覚だとばかり思ったが、眼下で俺を見上げている長門の顔は間違いなく笑顔に類する
表情で……というか、色々とやばかった。具体的に言えば俺の両手が無意識に動きそうだった。
 ――時間にして数秒後。
 その笑顔を維持したまま長門は顔を赤らめて俯いてしまい、その反作用って訳じゃないんだ
が、長門を見ている内に自分まで顔が赤くなってしまった俺は天井を見上げ――
「長門、そういえば朝倉は動物占いだと何になるんだろうな」
 内面に突如噴きあがった感情を隠しつつ、俺は平静を装ってそう言った。
「え?」
 眼鏡のレンズの向こうで瞬きが二回。
 ま、急にそんな事を聞かれても困るのが普通だ。
「えっと。朝倉、朝倉っと……」
 まともに検索するつもりもないので適当にページを捲ってから
「あった、朝倉涼子。動物占いだとカメムシらしいな」
 俺は天井に取り付けられた防犯ミラーに映る、本棚の向こう側で聞き耳を立てていた不審者
にも聞こえるように、多少大きな声でそう教えてやった。
「なっ?!」
 棚越しにあがった抗議の声、さて……と。
 役割を終えた本を棚に戻しつつ、
「朝倉。この場合さっさと出てきた方が心象がいいと思うぞ」
 今ならまだ弁明を聞いてやらんでもない。
「……ニャー」
 書店の中で猫の鳴き真似に何の意味がある。
「長門さん、傘持ってきたよ。……あれ? キョンくんも居たんだ」
 どこぞの超能力者を彷彿とさせる笑顔を浮かべつつ、傘を手にした朝倉がやってきたのはそ
れから数秒後の事だった。
「盗聴ってのはあまり褒められた趣味じゃないな」
「えっ盗聴? そうね、わたしは概念でしか知らないけど、よくない事みたいね」
 とぼける気ならせめてそれらしい顔を作れ。
 ……まあいい、今回に関しては許してやろう。お前の存在はどうあれ傘は助かる。
「でも困ったなぁ……長門さんしか居ないと思ったから傘は二本しか持ってきてないのよ」
 言葉とは裏腹に、朝倉はちっとも困ってない顔で俺にそう言った。
 所詮はカメムシか。っつーか店内まで傘を持ち込むな。
「別に困りはしないさ。お前と長門の分があればそれでいい」
 俺は雨が止むまで待ってるさ。
「天気予報では今日は深夜まで雨だって。このお店の閉店時間までには止まないと思うよ」
 ……朝倉、何でお前がそんなに嬉しそうなのか聞いてもいいか。
「聞きたい?」
 いや、いい。
 俺のストレスが増えるだけな気がする。
 ――朝倉のにやけ顔に押されるようにして店から出た時、天気予報に配慮でもしてるつもり
なのか知らないが、外には止みそうにない雨が降り続いていた。
 梅雨にはまだ早いはずだが……最近の地球は季節の前倒しにはまってるみたいだし何とも言
えないな。
「はい、どうぞ」
 ありがとよ。
 俺に傘を手渡しつつ、自分の持っていた傘を広げて先に店を出た朝倉は――おい待て。
「え?」
 店先から数メートル離れた先で振り向いた朝倉の傘の下には朝倉しか居ない。一緒に居るは
ずの長門は、俺と店先に残されたままだ。
「お前と長門で一つの傘じゃないのか?」
 体の大きさ的に考えてそうするべきだろ。
「なーにー? 雨の音が大きくて聞こえないみたい」
 そうか、俺にはお前のからかう様な声がはっきりと聞こえてるんだがな。
 ちらちらとこちらを振り返りつつ離れていく朝倉は、どうやら引き返すという選択肢は持ち
合わせていないらしい。
 ……最初っからこれが狙いか。
 溜息をついた所で、聞こえる距離にその対象は既に居ない。
「長門、俺と一緒でもいいか?」
 すぐ隣で俺の様子を見守っていた長門にそう尋ねると、腕の横に見えていた前髪が小さく下
に揺れた。

 思ったよりも大きかった傘の下で長門と一緒に歩き始めてすぐ、言語では表現しようの無い
表情を浮かべた朝倉はあっさりと引き返してきた。
「……」
 人の顔をじろじろ見るな。
「何か言いたい事でも」
「別に〜」
 そうかい、だったら前を見て歩け。転ぶぞ。
「あたしの事より、長門さんの事を心配してあげた方がいいんじゃない?」
 朝倉の指摘に従うって訳じゃないが、すぐ隣を歩く長門へと視線を向けてみると、歩道側を
歩く長門は、自分の名前が出たからなのか俺の顔を見上げていた。
 気を使わせない程度には傘を寄せてるつもりだが、
「長門、雨で濡れたりしてないか」
「大丈夫」
 そっか。
「もうちょっとゆっくり歩いた方がいいか」
「大丈夫」
 さっきと同じ返答を返す長門は、どこか嬉しそうに見える。というより、さっきからずっと
楽しそうだ。
 そして俺自身もまた、長門とこうして歩いている今、楽しいのかと聞かれればそうだとしか
言いようがない。数メートル先で後ろ向きに歩いてるクラス委員が多少悪影響を及ぼしていは
いるが、まあ許容範囲内だ。
 自分が鈍い事くらいは自覚している。自覚してはいるが、長門と居る時に度々感じるこの不
思議な感情は……やはり「あれ」なのだろうか。
 ハルヒに対してつい口走ったあの一言、あれが俺の本心って事なのか? 
 長門の事は好きだ、というか嫌う理由なんて無い。それは俺の知るどちらの長門でも変わら
ない。だが、これが友人として好きという感情なのか、異性として好きなのかと考えると途端
に思考がフリーズしてしまう。
 いくら類義事例を検索してみても、俺の脳髄の中には谷口の告白失敗談くらいしか恋愛に関
する情報は蓄積されてないんだから仕方ない事だとは思うが。
 やれやれ……今度古泉に会った時にでも相談してみるか。冷やかされるだけかもしれんが、
多分あいつならこの手の経験地は豊富だろう。
 不思議そうな表情を浮かべる長門を見つめつつ、そんな事を考えていた俺に
「……あ〜あ。あたしも彼氏欲しいなぁ」
 やけに大きな独り言を呟いてから、ようやく朝倉は前を向いて歩き始めるのだった。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:44 (2713d)