作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 8話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-07-20 (火) 22:31:36

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 後で悔やむと書いて、後悔。
 ……俺の人生史上、類を見ないあの失言の後、何故か急にテンションを上げたハルヒとの長
電話は数時間に及び、ようやく通話を終えて電話を切った時の俺の体力ゲージは一目盛りとし
て残ってなどいなかった。
 今の自分の状態を考えると、長電話ってのは結構な割合で死亡する可能性がある危険な行為
なのではないかと思えてくる。
 通話料金的な意味も含めてな。
 嵐みたいだったハルヒの話の中で覚えている内容といえば、あんたみたいな男に有希は勿体
無いだの、あたしのチョコを有難く食べてなさいだの、本の制作は四月までに形にしておきな
さいだの、今週末は絶対に開けておけだのと……よくもまあこれだけ喋る事があるもんだと素
直に感心したね。ラジオのパーソナリティーにでもなればいいんじゃないだろうか。
 ちなみに、ハルヒの変化はよく喋る様になっただけでは無い。
 電話の途中で妹が飯だって言いに来た時だって、
「――夕ご飯? ちょっとジョン。ご飯は後でも食べられるけど、あたしと電話出来るのは今
だけなんだからこっちを優先させなさい。いいわね?」
 あまりに平然とした口調に一瞬説得されかけたが、
「……どう考えたって電話も後でも出来るだろ」
「いいから後にしなさい!」
 へいへい。
 横暴さまで取り戻してしまったらしいハルヒの命令の結果、二十一時を過ぎた今現在、俺の
胃の中にはさっきのチョコしか残っていなかった。
 まったく、SOS団の設立の時といい今回といい……俺はもう少し思慮深く行動する事を学
ぶべきなんじゃないだろうか。既に手遅れな感は否めないけどさ。
 本当ならこのまま寝ちまいたい所なんだが、何か食べてからでないとそれもできそうにない。
 やれやれ……俺は溜息と一緒に携帯電話を閉じ、ベットから降りるついでに充電器の上にそ
れを置いた。
 ――そして、また後悔する事になった。

 Be my Valentine 後編

 当然の如く冷めてしまっていた夕食以上に冷え切っていた母親の視線の中で食事を終え、つ
いでに風呂を終えて部屋に戻った時、机の上の携帯がLEDを点滅させて俺に着信を知らせて
いた。
 ……嫌な予感がする。というかハルヒか、またハルヒからなのか?
 心の中でそう問いかけてみたが、携帯は俺に何も答えてはくれない。
 下手に言葉にしてしまうと本当になってしまいそうな気がするので、無言のまま携帯を手に
とってみると……意外だな。
 そこに表示されていたのは不在着信の履歴ではなくメールの受信で、送信者もハルヒではな
く長門からだった。
 珍しいな……ん、そういえば長門からメールが来たのって初めての事じゃないか?
 そんな軽い気持ちで届いていたメールを開いてみると、
「今すぐ来て」
 タイトルなし、単刀直入な一文だけが本文に表示されていた。
 ……何故? っていうか何処へ?
 即座に浮かんだ疑問を解決すべくとりあえず長門に電話をかけてみると、電源が切ってある
のか長門の携帯は不通だった。
 単調な機械音を発し続ける携帯から耳を離し、もう一度メール画面を開いてみる。
 今すぐ来て……メールを受信したのは三十分程前、ちょうど俺が夕食を食べてた頃か。
 急な呼び出し、繋がらない電話、過ぎてしまった時間。
 元の世界の長門ならともかく、この世界の長門がそんなメールを送る状況ってのは……。
 ついさっき感じたのとは違う意味での嫌な予感に疲労も忘れ、俺は無意識の内にコートを掴
んで部屋を飛び出していた。

 疲れきっていた体に鞭を打って自転車を漕いだものの、俺が長門のマンションに着くまでに
三十分程過ぎてしまっていた。……つまり、俺が長門のメールを視認してから既に一時間近く
経過してしまった事になる。
 くそっ、何で俺は飯の後に風呂にまで入っちまったんだ?
 途中、以前俺が長門に呼び出された駅前公園やいつもの集合場所だった改札口にも寄ってみ
たが、そこに長門の姿は無かった。
 マンションの玄関口に辿り着いた俺は――頼む、部屋に居てくれよ? ――祈る様な気持ち
で708号室を呼び出した。
 小さな接続音が響き、同時に低いノイズがスピーカーから聞こえたかと思うと
「は〜い。あ、キョンくんよね? 今開けるから上がってきて」
 俺が何か答えるよりも早くヘリウムよりも軽い口調が途絶え、同時にエントランスの自動ド
アが緩やかに開いていった。
 ……言うまでも無いのかもしれんが、スピーカーから聞こえたのは長門の声ではない。
 じゃあ誰だって?
「遅いよ」
 7階に辿り着き、708号室のベルを押した俺を出迎えてくれたのは、さっきの声の主であ
る――朝倉だった。
 声で解っていたから驚きはしないが……何でお前がここに居る。
 ベージュ色のタートルネックのセーターに、タイトなジーンズというラフな私服姿の朝倉は、
「わっ、やっぱり夜はまだ寒いね……上着も着てくればよかった。ほら、部屋が冷えちゃうか
ら早く入ってドアを閉めて」
 暗い夜の空を眺めながらそう呟きつつ靴を履き、俺の横を通り過ぎる様にして長門の部屋を
出て行こう……って、お、おいちょっと待て、朝倉。
「えっなに?」
「何って、長門は部屋に居るのか?」
「もちろん居るわよ。はい、これ」
 そう言いながら朝倉が俺に手渡してきたのは、見知らぬ携帯電話だった。
 小さな茄子のストラップ付き、何だこれは。
「……一応言っておくけど、あんまり長居しちゃ駄目だからね」
 はぁ? いや、俺が聞きたいのはそんな事じゃなくて、この携帯は何なのかって……おい? 
朝倉?
「おやすみなさい」
 俺の質問に答える気はないらしく、朝倉は言いたい事だけ言い終えるとそのまま帰って行っ
てしまった。
 いったいなんなんだよこれは……長門からのメールで呼び出されたと思えば、部屋に行った
らそこに居たのは朝倉で、何故か携帯を渡され……待てよ。
 改めて見てみると、朝倉から受け取った携帯電話は電源が切ってあるらしくディスプレイに
は何も表示されていない。
 ついでに思い出してみると、朝倉はさっき俺に「遅いよ」と言った。つまり朝倉は俺がこの
部屋に来る事を知っていたって事に……おい。
 推測の果てに出た結論に、俺は頭を抱えた。
 ……勘弁してくれ。

 リビングに入り、何時もの様に制服姿でコタツに座っていた長門を見つけ、
「すまん、朝倉がドアを開けてくれたから入ったんだが……上がってもよかったのか?」
「いい」
「後これ、もしかしてお前のか?」
「そう」
 僅か数秒。
 この二つの短い会話によって、俺が夜遅く長門の部屋を訪れた理由は無くなった。
 俺はどうしてここに来たのだろう? と長門に思われても仕方ない。っていうか、俺自身が
誰よりもそう思っている。
 ま、いいさ。その件についてはいずれ朝倉を問い詰めるとしよう。
 来たばかりで何なんだが、な。
「……じゃあ、俺帰るわ」
 携帯を手渡した後、コタツに座って俺を見上げている長門に俺はそう告げた。
 朝倉が長居するなって言ってたのはどうでもいいが、今が気軽に訪問していい時間帯じゃな
いってのは確かだからな……明日も学校あるし。
 またあの寒い中を自転車で帰るのか、と憂鬱になっていると
「あの」
 背を向けようとした俺を、長門の小さな声が呼び止め……珍しく落ち着かない様子の長門は、
慌しく視線を彷徨わせたまま何も言ってこないでいる。
 ……えっと……とりあえず俺は座ったらいいのか? それとも、このまま立っているべきな
んだろうか。
 とりあえず足を止めて振り向いたものの、それすら解らないでいた俺は静寂に負けて口を開
いていた。
「あのさ……お前の携帯からさっきメールが届いたんだけど、もしかして送ったのは朝倉か?」
「そう」
 あいつだろうとは思ってたがやっぱりか。
 ったく悪趣味な悪戯しやがって……朝倉へのホワイトデーのお返しはハッピーターンの粉で
確定だ。
 俺が朝倉への不満を顔に浮かべているのに気づいたのか、
「朝倉さんは、あの……わたしの為にあなたを呼んでくれて」
 慌てた様子で長門はそう付け加えたのだが……お前の為?
「……そう」
 いや、別に俺を呼びたいだけなら普通に電話でもメールでもすればいいだろうに。
「学校で言えない用事でもあったのか」
 例えば、実は自分が宇宙人に作られた対有機生命……ないな。
 何度も否定されてるんだ、そろそろ現実を見よう。
 返答を待つ俺とコタツの掛け布団とを忙しく見比べていた長門は、
「少し待ってて」
 そう呟いて立ち上がると、そのまま台所へと入っていった。
 一人リビングに残されてしまった俺は、立ったまま待っているのもどうかと思いコタツに座
らせてもらって長門が戻るのを待っていた。
 長門の事だ、多分お茶でも淹れてくれてるんだろう。
 そう思いつつ、時々何かの物音が聞こえてくる台所をぼんやりと眺めていると、
「……」
 戻ってきた長門の手にあったのは急須と湯飲みの乗った盆ではなく、小さな白い箱だった。
 長門は、殆ど足元しか見えていないのではないかという程に下を向いたまま俺の隣へと歩み
寄ってくると、その場にゆっくりと座った。
 あと少しで膝が触れるほどの距離に正座した長門の前髪が俺の目前にあり、その下には小さ
な両手が大事そうに持っている箱が見える。
 髪の隙間から覗く、薄赤い顔をした長門の口が僅かに開き、
「……これ」
 小さくそう呟いて、数センチだけ俺の方へと白い箱を差し出してきた。
 えっと……これを俺にくれるのか?
「……」
 少しだけ前髪が下がる。多分、肯定の意思表示なんだろう。
 よく解らないが、とりあえず俺は長門の膝の上にある小さな箱を受け…………あの。
 俺が箱に手を触れても、何故か長門は箱を持つ手を離そうとしなかった。というより、むし
ろさっきよりもしっかりと掴んでいる気すらする。
「全然、美味しくなくて」
 え?
「色々試してみたけど、どうしても甘くならなくて」
 甘い? ……あ。
 俯いたままの長門の言葉と白い箱から香る甘いカカオの匂いに、俺は長門が渡そうとしてい
る物が何なのかにようやく気づいた。
「……きっと、渡したら迷惑になるから……渡せなかった」
 いや、迷惑なんて事は無いぞ。
 そう言ってやろうとした時、ゆっくりと顔を上げた長門は――驚いた事に涙目になっていた。
 緊張しているのか、震える唇が迷う様に動いた後、
「食べずに捨ててしまってもいい。でも、受け取って欲しい」
 目の前に居る俺にぎりぎり聞こえるような長門の囁きは、そこで止まった。白い箱を掴んで
いた長門の手がゆっくりと離れ、長門の顔もまた俯いていく。
 今日は昼と夜にチョコを食べた。夕飯も食べ終えている上、既に夜も遅い。
 そんな事なんて微塵も気にしないまま、俺は小さなその白い箱を開いた。
 箱の中には、何かの粉が塗された小さな丸いチョコが、茶色のパラフィン紙に包まれて一つ
だけ鎮座している。
 俺がその場で箱を開けた理由、もちろんそれは
「あ」
 決まってる、長門の作ってくれたチョコを食べる為だ。
 甘い匂いを放つチョコを口の中へと入れると同時、チョコとは縁遠いはずの苦さが口の中に
広がって……なるほど。長門が言ってた事の意味がようやく解った。
 人生は何事も経験だっていうが、まさかあんな経験が役に立つ日が来るとは思いもしなかっ
たぜ。
 突然含み笑いを始めた俺を、長門は不安そうな顔で見ている。
 長門のくれたチョコは、とても甘い香りが強く……そして、どこまでもビターだった。いっ
たいどのくらいビターかと言えば、油断すると涙ぐんでしまいそうな味だったと言えば少しは
解ってもらえるのではないだろうか。
 この一見すると相反する二つの条件を満たすチョコを、俺は過去にも食べた経験がある。
 文字通り苦い経験だったな、あれは。
「なあ、ひょっとしてなんだが……お前、このチョコを作る時に何か混ぜなかったか?」
 質問の後、一秒程固まってから長門は頷く。
「じゃあその混ぜた物を、チョコの上から塗したりもしなかったか?」
「塗した」
 だろうな、ちなみにそれは
「カカオだったりしないか?」
 俺の問いかけに、長門は不思議そうな顔でまた頷いた。
 カカオ、チョコレートの主原料の一つ。通常認識で言えば、甘いお菓子に分類されるチョコ
の材料が甘くないはずがない。
 恐らく長門はそう考えたんだろうな。そして、砂糖を味見する奴が居ない様に、長門もカカ
オが甘いと信じて疑わなかったんだろう。
 俺は指についたカカオの粉を舐めつつ、
「カカオってのは匂いこそ甘いが味は極端に苦いんだ。その苦いカカオに色々と混ぜて甘くし
た物がココアで、そいつを更に飲みやすくしたのがミルクココア」
 ま、全部中学時代の友人からの受け売りだけどな。長門は知らずにカカオを混ぜたんだろう
が、あいつは知ってて混ぜやがった。この違いは大きい。
「ま、物は試しだ。少し舐めてみるといい」
 唖然とした様子の長門に、俺は空になった箱を差し出した。
 パラフィン紙の上には、零れてしまったカカオパウダーがまだ少し残っている。
 恐る恐るその茶色い粉を指ですくい、口元へと運んだ長門は――小さな肩を急に震わせたか
と思うと、驚いた目で俺を見返すのだった。
 すまん、実はそうなるだろうと思ってはいたが……ちょっと見てみたかったんだ。

 ――その後「待ってて」と言い残した長門は再び台所へと戻り、今度は何も粉がかかってい
ないチョコが並んだトレイを持ってきてくれた。
 再び俺の隣に正座した長門の膝の上、シルバーのトレイに乗ったチョコは6つ。
「これも、食べていいのか」
 首肯。
「全部?」
 首肯首肯首肯。
 じゃあ遠慮なく。
 カカオパウダーのかかっていないチョコは、正直な所それでもまだまだ苦かったんだが
「なかなかいけるぞ」
 そう言って笑ってやれる程度の余裕は俺にもある。
 というより、長門からチョコを貰えたって事実が、少なからず味覚に影響していたのも否め
ない……すまん、妄言だ。
「……」
 次々とチョコを口に運ぶ俺を見て、長門は顔を赤くして微笑んでいる。文芸部が復活して以
来、こうやって笑顔を浮かべる事も多くなってきた長門だが……今日の長門はいつもより……
その、なんだ。側で見てると、心拍数が上がってしまうくらいに可愛かったとだけ言っておく。
 あっと言う間に空になってしまったトレイの上を、長門はじっと見つめている。
「ありがとうな」
「いい」
「作るの、結構大変だったんじゃないのか?」
 前に料理は苦手だって言ってたし。
「……お礼」
 お礼って……。
 いったい何の事なのだろうと考えていると、長門は視線を膝の上のトレーに向けたまま、
「図書館に、連れて行ってくれたから」
 ぽつぽつとした口調で、長門は続ける。
「あれは、あなたの知るわたしとの約束。でも、わたしは嬉しかった。だから……何か、お返
しがしたかった」
 そう言った時の長門の顔は真っ赤で、多分聞いていた俺の顔も同じだったはずだ。
 何故俺が赤い顔をしているのかと言えば、それは長門の言葉が嬉しかったからであり、更に
詳しく言うのであれば……あの図書館での一日が嬉しかったと、長門も思ってくれていたから
なんだと思う。
 長門。
「……」
 えっと……な。
 俺は長門に何かを伝えたかったはずなのに、少しだけ顔をあげた長門の目を見ただけで、そ
の言葉は何処かへ飛んでいっちまった……。
 眼鏡属性は所持していないはずなのに、少し潤んだ様に見えるレンズ越しの長門の眼を見て
いるだけで理性とかそれに類する物が壊れちまいそうな気すらする。実際問題、いくつか部品
は吹っ飛んでいたのかもしれない。
 不必要に心臓は回転速度を上げて、ギア比の合わない頭は空回りするばかりで……お、おい、
いったい俺はどうしちまったんだ?
 静かな部屋の中、やけに煩い自分の心音を疎ましく思いながら、
「あ、あのさ……」
「……」
 自分が息を呑んだ音が、部屋に響く錯覚がする中
「ホワイトデーに、何か欲しい物とか……あるか?」
 俺が言っていたのは、そんなどうでもいい事だった……。
 長門が勇気を振り絞って言ってくれた言葉に対、俺が返したかった言葉とはまるで違ってる
って事くらい解ってるよ。
 へたれ野郎と言いたいのなら言えばいい、誰よりも最初にまず俺が言うつもりだがな。
 返答を考えていたのか、長門は暫くの間沈黙していたんだが……シルバーのトレイに映った
小さなの口が少しだけ開き
「……また、何処かへ連れて行って欲しい」
 淡々と、でも何らかの感情を込めた声で、長門は俺にそう言ったんだ。

 サンタクロースは未だに信じられないものの、聖バレンティヌスについては何となく信仰し
てもいいように思えてきたバレンタインの翌日。
「……おはよう」
 HR前の教室で、後ろの席のクラスメイトが放つ意味深な視線も気にならない程に、俺は上
機嫌だった。今なら勉強の効率が1.5倍になってるかもしれん、する気は無いが。
「やけに楽しそうね」
 そうか?
「うん、とっても。何かいい事でもあったのかしら」
 何ていうか、解ってて言ってるみたいな口調にしか聞こえないんだが。
 ついでに顔つきも。
「そう? 気のせいだと思うけど」
 そうかい。
 っていうか、俺もお前に聞かなきゃいけない事がある。
「え〜……また質問」
 迷惑そうに口を尖らせんな。何度も聞かれるのが嫌なら、はぐらかさずにその都度ちゃんと
質問に答えればいい。
 前に聞いた「この世界でもお前は宇宙人なのか」ってのも、結局回答が保留されたままだが、
「昨日のあれは何だったんだ」
 まずはっきりさせておきたいのはこれだ。
「あれって何?」
「このメールだ」
 口で説明するのも面倒なので、俺は例のメール画面を開いて朝倉の前に突き出してやった。
「あ、それね。急いで来て欲しかったから伝えたい事だけメールしたの」
 文面を簡潔にするにしてもやりすぎだろ。
 半眼を向ける俺を気にもせずに、
「長門さんは迷惑になるから呼ばなくてもいいって言ってたけどね、せっかく何週間も前から
準備してたのに渡さないままだなんて可哀想じゃない」
 朝倉はそう続けた。
 ……まあ、お前のおかげで長門のチョコを貰う事が出来た点だけは感謝しなくもない。
 勢いが衰えた俺に顔を寄せて、
「ねえ、ところで美味しかった?」
 朝倉は妙に楽しそうな顔をしながら聞いてきた。
 長門のチョコの話か?
「もちろん。あたし好みの苦〜いチョコになるように、色々とチョコの原料分けてあげたんだ
けど味はどうだった?」
 欠片の邪気も感じさせないあどけない笑顔で、朝倉はそう言い切るのだった。
 お前か、原因は。

 その日――休み時間が来るたびに朝倉とチョコの甘さに関して討論している内に、いつの間
にか放課後になっていた。
 これ以上ない程に無駄な一日を過ごしてしまった気がしないでもないが……ま、いいか。
 部室へと向かって足を動かしつつ、溜息混じりにそう呟いた俺の隣を歩く朝倉は、
「そうね、結局は苦いチョコの方が美味しいって事も理解してもらえたし」
 満足げに頷きつつ、そんな戯言を吐いた。
 おい待て、何だかんだで甘いチョコには敵わないって事を理解したんじゃなかったのか?
「まさか。苦味があるから甘みが生きるの。まず始めに苦味ありきに決まってるじゃない」
 いや、その理論はおかしい。どこまで行っても苦味は苦味だ、好意的な味から遠ざかる事は
あっても近づく事は無い。
「可哀想……それはあなたが美味しい珈琲を飲んだ事が無いからだと思うな……。今度あたし
がとっておきの珈琲を淹れてあげるね」
 そいつはどうも。砂糖は二つ、あとクリープたっぷりで頼む。
「それじゃ意味が無いじゃない!」
「いや、あるだろ」
 その為のクリープです。
 とまあ、我ながら生産性の無い議論をしている間に部室の前に辿り着いていた。
 さて……と。今日も部活にせいを出しますかね。
 この、いつもよりは多少多いやる気の原動力は、昨日の一件である事に間違いは無い。
 扉のノブに手をかけた時、まず間違いなくこの先の部屋には長門が居るんだろうと思うと、
不意に顔が緩みそうになるんだが、
「どうかしたの?」
 間違ってもこいつにだけはそんな顔を見られるわけにはいかないので、俺は意図して表情を
隠しながら扉を開け「遅いっ!」
 ――半分程扉が開けた所で飛んできたでかい声に、にやけはじめていた顔は歪んで、ノブを
押していた手も止まった。
 今の声って……まさか。
 丸まっていた背を恐る恐る伸ばしながら見た部室の中、窓際に座ってこっちを見ている長門、
そんな長門の隣にいらっしゃる朝比奈さん――そして、北校内では見るはずがない素材からし
て高級そうな光陽園の制服。
「あんたいったい今何時だと思ってるの? もう放課後が始まって二十分も過ぎちゃってるじ
ゃない!」
 顔を上げた俺を、何故か椅子の上に仁王立ちになったハルヒが見下ろしていた。
 帰ってもいいかなぁ、俺。
 ストレスを受けるとすぐに腹痛が始まっていた小学校時代を思い出しつつ――朝比奈さんや
長門を残したまま帰っちまう訳にもいかず――俺は部室の中に入った。
 なんていうか、安全だって思ってた場所に地雷が仕掛けられてた気分だ。
「お久しぶりです」
 見慣れない学ランを着てる奴が居ると思えば。
 疲れた足取りで何時もの自分の席に辿り着いた時、対面の席に座っていた古泉の存在に俺は
ようやく気づいた。
「遅くなりましたが、クリスマスには素敵なプレゼントをありがとうございました」
 プレゼント? ……ああ、あれか。
「無理に受け取ってくれなくてもいいんだぞ」
 お前が来ない可能性も考えて、あの時選んだオルゴールは全部俺の趣味の曲だったし。
 古泉は演技っぽく肩をすくめて見せてから、
「返却して欲しいという事であれば応じたい所ですが……残念ながら、僕が受け取ったプレゼ
ントは既に涼宮さんに差し上げてしまったので」
 剛田イズム、か。
「無駄なお喋りしてないでさっさと座りなさい! ほら、みくるちゃんもそんな所に立ってな
いで空いてる席に座る座る!」
「は、は〜い」
 へいへい……で、何でお前がここに居るんだ。
 後、いい加減に椅子から降りろ。
 朝比奈さんは少し迷った後に俺の隣に座り、ハルヒは部室に居る全員が席に着いたのを見届
けてから
「大変な事に気づいたからそれを伝えに来てあげたのよ……いい? ショックかもしれないけ
ど落ち着いて聞きなさい」
 偉そうに胸を逸らし、何やら真面目な顔で喋り始めた。
 ちなみに、俺の嫌な予感センサーならさっきから鳴りっぱなしだぞ。今すぐ机の下に隠れて
ハルヒ以外の神様にお祈りしていたい。
「あのね、あたしは今年の四月から映画を撮るつもりだったの。その為の準備も着々と進んで
るし、撮影自体には何の問題もないわ」
 いや、計画自体が大いに問題なのはスルーなのか。
 そう突っ込んでみると、何故かハルヒは焦りの様な物を顔に浮かべながら
「馬鹿な事を言ってないで真剣に聞きなさい。問題なのはね、今年の四月から再来年の卒業ま
での間映画を撮ってたら、みくるちゃんや鶴屋さんは卒業しちゃってるし、撮った映像を編集
する時間が残らないのよ!」
 力強く力説されたその言葉の意味を理解するのに、数秒の時間が必要だった。
 俺達の卒業まで……って、この間は一年とか言ってたじゃねーか?
 流石に言葉を失ったのは俺達文芸部のメンバーだけでなく、ハルヒの隣に座る古泉もまた口
を開けたまま固まっている。
 いったいこの馬鹿の頭には何が詰まっているんだろうか、俺はそれが知りたい。
「昨日の夜、お風呂の中で卒業式の答辞のシーンはどうしようかって考えてた時、この事に気
づいて愕然としたわ……せっかく映画を撮っても公開出来なかったら何の意味も無い自己満足
で終わっちゃうじゃない」
 いや、むしろそれがいい。そうしよう。うん。
 誰も得をしない映画になる事だけは解ってるんだからその方がいいに決まってる。
「ん〜……撮影は続けながら、出番が無い人が編集しながら同時並行で進めるって方法じゃ駄
目なのかしら」
 馬鹿っ! 朝倉よけいな事を言うな! むしろ映画を諦めさせる方向の発言をしろ!
 無言のまま睨む俺は視界に入っているはずなんだが、朝倉は完全に無視している。
「それも考えたけど、やっぱりみんなが高校に在籍中に形にしたいのよ。うん、出来れば今年
中にね」
 大よそ二年間という長期の撮影で、尚且つ十ヶ月以内に完成か。そうか。
 そいつを実現する為には、どう考えても時間の壁を越えなきゃならない気がしないか?
 まあ、お前なら例の力がなくても平気で越えちまいそうだけどさ。
 かなり本気で相対性理論が崩壊する事を危惧していた俺だったんだが、
「だから仕方ないけど、映画の撮影する期間を短縮しようかなって」
 どうやら杞憂に終わったらしい。
「どうせ短くするんなら十分位のショートムービーってのはどうだ?」
 なんなら五分でも一分でもいいぞ、俺は一向に構わん。
「それでね? 短くするんならジョンの話のどの辺りを映画にするのか話し合おうって思って
今日は来たわけ。本の作業も、映画で撮る部分を先にまとめて欲しいのよ」
 無視か。
「みくるちゃんも本の編集をしてるのよね? お勧めはどこ」
「ふぇっ? え、あの、どこも面白いので……あ、でもわたしが色々着替える所以外がいいか
なぁって」
 突然の質問にたじたじと答える朝比奈さんから視線を移し、
「朝倉さんはどの辺がいいと思う?」
 次に指名された朝倉は、少し考えた仕草をしてから首を横に振った。
 あの顔はポーズだけで何も考えてないって顔だな。多分。
「ん〜……古泉君はまだ本を読んでないんだっけ?」
「ええ、さわりの部分だけです」
 イエスマンになって頷く古泉にハルヒが困った顔をした時、
「――おくれちゃいましたー! あれ、ハルにゃんが居る」
 選手宣誓の様な姿勢で部室に入ってきたのは、他ならぬ鶴屋さんだった。
 何時もより人口密度の高い部室の中を見回しつつ、鶴屋さんは何やら楽しそうに笑っている。
「お〜今日は全員集合だ……あ、一樹君も居る。やっほ、今日もいい男だねっ」
「ご無沙汰しています」
「それで、今は何の話をしてたのかな?」
 ハルヒは古泉の隣に座ったばかりの鶴屋さんを指差し、
「ずばり聞くわ。鶴屋さん、ジョンから聞いた話の中で一番面白いのってどこ?」
「キョンくんの話で?」
「そう」
 鶴屋さんは数回瞬きしてから、口元に指を当てて何やら考え始め
「やっぱり最初と最後。うん。キョンくんがハルにゃんと出会ってSOS団を作った頃の話か、
今の世界が変わってしまった時の話が面白いんじゃないっかな」
 既に答えは決まっていたのか、僅か数秒後にそう答えていた。
 みんなが揃った頃と、この世界に来てからか。
 さて、この場合どっちが自分にとって被害が少なくなるだろう。それが最大の問題だ。
 まずこっちの世界だと仮定すると……ふむ、特に問題らしい問題は無い気がするな。現状が
解らなくて困りはしたが、これといって厄介事に巻き込まれた覚えも無いし。
 そして元の世界だとすると……みんなと会った頃となると、ハルヒと灰色の世界に閉じ込め
られた時も含まれる……よな。やっぱり。大体の話はもうみんなにしてしまってる以上、あれ
は無かったって訳にはいかないだろう。
 結論、どうしても映画にするんならこの世界での事で頼む。
 真面目な空気の中、一応挙手して見せた俺を見たハルヒは
「……有希はどう思う?」
 天井を指す俺の手を一瞥しただけで、窓際に座っている長門の方へと振り返るのだった。
 また無視か、そうか。
「……」
 まあいい、ハルヒに文句を言うにしても長門の意見を聞いてからにしよう。
 急に指名された長門は少し迷った後、意を決したように口を開いた。
「最初からの方がいいと思う……映画を見る人はわたし達の事を知らないから、出会いから順
に物語が進んだ方が解ってもらえるはず。途中から始まる物語もある、でもそれを映画という
枠の中で表現するとなると構成が難しくなる。継続して情報を与えられる中で、蓄積した情報
を引き出す事は困難な事だから。完成した映画を面白いと思えたなら、その先の話を映画にす
る機会もあると思う。だから……あ……」
 部室に居る全員が、自分に向かって熱心な視線を向けている事に気づいた長門は、顔を赤く
して黙ってしまうのだった。
「成る程、流石は文芸部の部長さんですね。僕もその方がいいと思います」
 だな。
 拍手でも始めそうな古泉の言うとおり、それは長門にしては珍しく熱の篭った弁舌だった。
「確かに有希の言う通りね」
 ハルヒも納得してるみたいだし、これで決まりだろうと思っていると、
「……ただ、最初から映画を撮るとなると、あなたが避けたいと言っていたシーンが含まれて
しまう事になる」
 朝比奈さんに心配そうな視線を向けながら、長門はそう続けた。
「わ、わたしは、あの、大丈夫です。本当に、はい」
 朝比奈さんは長門の視線に嬉しそうに微笑みつつ、慌てて両手を胸元で往復させている。
「じゃあ決まりね! 映画はジョンから聞いた話の一番最初、高校の入学式から始めます。つ
まりクランクインは四月から! みんなそれでいいわね?」
「は〜い!」
 元気良く答える鶴屋さんを筆頭に、俺も含めてその場に居た全員が頷いていた。
「うははっ! 何だかさっ、急に現実味が出てきちゃってどきどきしてたりしないっかな?」
 ……正直に言うと、少し。
 あの文化祭の映画の時と違って、今度はみんなで作り上げようって感じがしますからね。
「撮影となると、台本を作らないといけないわよね」
「読み合わせは早い段階でしておいた無難でしょうし、まずそこから取り掛かりましょうか」
「台詞、ちゃんと覚えられるかなぁ」
 不安以上の期待が織り交ざる部室の中、俺は一つの懸案事項を抱えていた。
 というより、答えを聞くのが怖くて聞けなかったんだが……入学式から映画を撮るのなら、
いったいどこまでを映画にするのか? って事だ。卒業までってのは諦めてくれたんだろうが、
やはり入学式からとなると……。
 

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:44 (3084d)