作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 7話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-07-20 (火) 22:30:49

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 季節は冬を滞りなく終了して立春を迎え、コタツに入って蜜柑を食べて手を黄色くしている
間に冬休みは終わっていたらしく、いつしか三学期が始まっていた。
 高校一年の最終学期、やり残しの無いように精一杯頑張れ……等と始業式の日に岡部は熱弁
していたが、受験にはまだ多少の間があり、たかだが三ヶ月程度で終わるこの学期にいったい
何をしろと言うのだろう。
 もともとやる気といった概念に乏しいと自覚している俺は、惰性とでも言うのが相応しい程
度の気力で学校へと日々通っていたのだが……そんな俺とは違い、目的に向かって直向に努力
していた奴が、俺のすぐ近くに居たらしい。

 Be my Valentine 前編

「おっ。キョン、い〜所であったな」
 その日、普段と変わらぬ登校路を上り終えた俺に声を掛けてきたのは、いつにもましてへら
へらと笑っている谷口だった。
 いい所? どこがだ。
「下駄箱何て毎日通ってるだろ」
 むしろ、靴を上履きに履き替えると、これから授業を受けなきゃならないって念を押されて
るみたいで気が重くなる。
 いったい何をどう曲解すれば、そんなポジティブシンキンを維持出来るのか教えて欲しいね。
「まあまあ、そうカリカリすんなって? へへっ、世の中にはお前みたいに普通な奴でも好き
だって言ってくれる物好きもいるかもしんねーからよ」
 等と意味不明な事を呟く谷口は、調子外れな鼻歌を歌いながら下駄箱の蓋を開けている。
 俺の事を好きだって言ってくれる奴……?
「……谷口、お前変な物でも食ったのか」
 まだ寒い時期だからって、消費期限には気をつけた方がいいと思うぞ。
 なんとなく消毒用アルコールが何処にあったかと視線で探していると、
「おいおい、食うのはこれからだっつーの。それに変な物でもないぜ? ……なあキョン、こ
れが何だか解るよな?」
 そう言いながら谷口が鞄から取り出したのは、白い小さな長方形の箱だった。綺麗にラッピ
ングされて、リボンまでかけてある。
 ……ん、そういえば。
「今日はバレンタインか」
 テレビや広告なんかでそろそろだって事は覚えてたんだが。
「まーまーまーまー! そんなに悔しがるなって? な? いつかお前にも春が来るかもしん
ねーからさっ」
 春ねぇ……。
 むしろお前の頭の中で秋桜辺りが満開なんじゃないのか。
 とまあ、そんな皮肉の一つも言ってやろうかとも思ったんだが、谷口を喜ばせるだけな気が
して止めておいた。
「おめでとう、谷口」
 皮肉の代わりに適当な謝辞を言い、自分の下駄箱を開けると――ま、そうだよな。
 いつもと同じ様に、薄暗いスペースの中には上履きだけが入っていた。
 少しだけ……ほんの少しだけだが期待していた自分が寂しい。
「いやー悪い! 俺一人だけ幸せになっちまってよ! 本当に申し訳ない! ま、世の中見て
る奴はちゃーんと見てるって事だよな!」
 あーそうかい。
 正直に言うと、この時俺は谷口に対して多少なりとも嫉妬に似た感情を抱いていた事は否定
出来ない。同じ赤点仲間に色々と先を越されるんじゃって不安にもなったさ。
 延々と喜びと妄想を語る谷口に対し、本来であれば憮然とした顔をしていたであろう俺なの
だが、
「そうかもしれんな」
 平常心を維持したまま、適当にあしらってやれる程度の精神的余裕が俺にあったのには……
実は、それなりの根拠があったりする。

 ――それは今から一ヶ月近く前、冬休みが終わり三学期が始まった日の事だった。
 日程表は始業式が終われば課業も終わりのはずだったんだが、一年生の男子には体育館の片
付けという作業が待っていた。ちなみに、終業式の時もそうだった。
 男尊女卑? 概念は聞いたことはあるんだが見たことは無いね。ついでに、間近に迫った二
年に進級する日が待ち遠しい。
 ただ疲れるだけの単純作業を終え、そのまま帰るのも何だと思って文芸部によってみると
「……」
 そこには、一人で本を読んでいる長門の姿があった。
 俺の姿を見た長門は読んでいた文庫を慌てて閉じると、窓際で座っていたパイプ椅子から立
ち上がりパソコンの電源を入れるのだった。
 あ、いや、俺としてはちょっと寄ってみただけのつもりだったんだが……ま、いいか。
 やる気になっている長門に水を差すのもどうかと思い、俺は苦笑いを浮かべながらパソコン
のある机の向かいに座った。
 長門と二人で本の制作作業をする、ここまでは普段と変わらない放課後だったんだろうな。
 その日俺が長門に話したのは、俺がハルヒと変な世界に閉じ込められた時の事で、異変が起
きる数日前に大きな朝比奈さんから聞いたヒント等を記憶を辿りながら話していた。
 そんな時にふと思い出した事があり、ちょうど部室には俺と長門しか居ない事もあり、我な
がら記憶力には自信が無かった事もあり……まあ、その、なんだ。
「……なあ、長門」 
「何」
 キーボードから顔を上げた長門が
「近いうちにさ、一緒に図書館に行かないか?」
「……」
 この脈絡の無い誘いに、口を小さく開けたまま固まってしまったのも無理は無いだろう。
 俺は説明した。
 ――あの灰色の世界に閉じ込められた時、俺は長門から難解すぎて理解できない論文の様な
説明と、元の世界へと戻る為のヒントを貰った。
 だが、その時長門が俺に伝えたのはその二つだけではなく、
「また図書館にって、その時のお前に誘われたんだ」
 俺が覚えている限りで言えば、長門にから頼み事をされたのはあれが最初で最後だ。
 結果としてプログラムを使わなかった俺には、あの頼みに完全な形で応える事は出来ないん
だが……でもまあ、長門は長門だ。多分図書館は好きな場所だろうし。
「お前さえ良ければなんだが」
 口元をかきながら尋ねた俺に、長門は慌てて二度頷いた。
 次の週末にその約束は実行され、俺と長門は市民図書館でのんびりとした一日を過ごした。
 そしてその日の夕方、帰宅した俺を出迎えた妹の第一声。
「キョンくんおかえりー。デート楽しかった?」
 当たり前の様なその問いかけに、俺は始業式の日の発言から今日一日の行動までを含めた行
為が何だったのかを今更ながら理解してしまったんだ。
 ――静かな図書館の中、黙々と本を読む長門を眺めたり、長門に勧められた本を読んでみた
り、館内にある食堂で一緒に食事を取ったりと……つまりその、何だ。
 高校生の男女が二人で休日を過ごす。俺の誘いから始まったこの出来事が何なのかと聞かれ
れば、デートに類する何かだったと答えるしかないだろ……多分。
 恋愛経験に該当する経験地なんて、ゼリー状のクリーチャー一匹分すら持ち合わせていない
俺には断言出来ないが、仮に俺がもしそんな状況を目撃したとすれば、確信をもってそう思う
のは間違いない訳で……。
 ま、つまりだ。話は長くなったが……俺は長門からチョコを貰えるんじゃないかって期待し
てるって訳なのさ。
 結果としてデートと言われても仕方が無い誘いに応じてくれて、あの日の長門は一日中楽し
そうにしてたし、それほど的外れな期待ではないと思うんだが……さて、どうだろう。
 

 教室に着いた所で谷口がチョコであろう包みを開けると、そこに『谷口君へ、このチョコを
国木田君に渡して下さい』という残酷なメッセージカードが入っていたのを見つけて谷口が燃
え尽きたのは……まあいいとして、だ。
「おはよう」
 自分の席に鞄を置いた俺に、既に後ろの席に座っていた朝倉は、普段と変わらぬ挨拶をしな
がら小さな箱を差し出してきた。
 何だこれ。
「見て解らないの?」
「いや、推測はできるが」
 朝倉が持っているのは、さっき谷口が持っていたのとよく似た長方形の薄い小さな箱だ。
 今日が二月十四日で、朝倉が性別上で言うと女性に該当するであろう事を考えれば、
「もしかして。これ、チョコか」
 俺は差し出された包みを受け取りつつ、疑問系でそう聞いた。
 とりあえず、爆発はしないらしい。
「もちろん、今日がバレンタインだって事くらい知ってるでしょ?」
 宇宙人から製菓会社の作ったイベントについて解説されるってのもどうなんだ。
 正しくは聖バレンティヌスの……まあいいか、俺も詳しくは知らないし。
「知ってはいるが、お前からチョコを貰えるとは思ってなかった」
 製造元は……書いてないな、メイドインテラ?
「キョンくんって甘い物は苦手なの?」
 いーや。
 俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……もし俺がチョコを貰えるとしたら、それは多分
長……ま、いいか。
 せっかくくれるって言ってるんだし、ここは大人しく受け取っておこう。
「義理でも一応感謝しておく、ホワイトデーは期待するな」
 予め来月に訪れるイベントに対しての念押しをしてから、俺は朝倉に貰ったチョコを机の引
き出しに入れた。
 ただより高い物は無いっていうが、甘い物に罪が無いのもまた不変の事実だろう。
「味わって食べてね? 市販品だけど」
 俺の背中に向かって語りかける朝倉は、何だか知らないがやけに楽しそうだ。この様子だと、
クラスの男子にも配るつもりなのかもしれない。
 肩を落として椅子にもたれている谷口を見ながら、俺はそんな予想を立てていたんだが……
「えーまず最初に。今日はバレンタインだが、学校内でのチョコの受け渡しは禁止する事が職
員会議で決まった。先生も時代遅れな発想だとは思うが、没収されたくなければ放課後に学校
を出てからに渡すよ」
「ぃよっしゃー!」
 岡部の言葉を遮るように、何故か谷口が歓声をあげていた。
 本当に馬鹿だ、あいつ。

 弁当を食べ終わった昼休み、久しぶりに日差しが暖かかった事もあり、俺は食堂の屋外コー
ナーへ足を伸ばしていた。
 自販機のコーヒー片手に食べるチョコは、メーカーの刻印が入った市販品ながらもそれなり
の味で、ここは素直に朝倉に感謝しておくべき所なのかもしれない。
 ……しかし、家族以外から貰うチョコか。
 今更ながら思い返してみると、こうやって他人からチョコを貰うのは久しぶりの事の様な気
がする。
 ここ数年で言うと……ああ、前にミヨキチから貰ったのがあったな。朝比奈さんとは違う意
味で、尚且つ朝比奈さんに近いレベルで将来が楽しみな子だったが……さて、今はどうしてい
るんだろうか。
 記憶の中で恥ずかしそうに笑っている彼女も、そろそろ好きな異性の一人も居る頃かもしれ
ない。
 次に思い出したのは中学の頃、同級生から貰ったチョコだったんだが……まあ、あれは異性
からのチョコという意味でカウントしていいのかは保留しておくべきだろう。
 なんせ、俺はあいつの趣味であるお菓子作りの実験台として選ばれていただけであって、た
またまこの時期だからって事でチョコを作ってきていただけなんだろうしな。
 イベントの時期だけで言うと、バレンタインにはチョコ、ホワイトデーにはクッキー、クリ
スマスにはケーキ……イベントの時期を除けば和洋問わずの日替わりメニュー。
 ……我ながら、運動系の部活をしていた訳でもないのによく太らなかったと思う。
 あいつとは高校が別になっちまったが……さて、今頃は別の実験台を見つけているんだろう
か。少しだけ、気になる気もする。
 あ、そういえば。
 無駄に回りくどい言い方が好きだったあいつは、こんなチョコの食べ方もあるって教えてく
れたんだっけ。
 コーヒーとチョコを交互に食べるのに多少飽きが来てたし……ま、失敗してもいいか。
 俺はカップの自販機へと向かい、飲みかけのコーヒーがあるのにまたコーヒーを買った。
 ホット、しかも苦手なブラック。
 受け取り口の横のランプが消えた所で、俺はそのカップを取り出す前に、残っていた数個の
チョコをカップの中へと入れた。
 さて、上手くいけばいいんだが。
 他に自販機を使おうという人も居なかった事もあり、じっくり数分待ってから取り出したカ
ップからは……ふむ、これは上手くいったかもしれん。
 立ち上る湯気から香るのはコーヒーとカカオの香りで、恐る恐る口をつけてみると……お、
確かこんな味だったな。
 この時期によくあいつが作ってくれたのと同じ、苦味と甘みが混ざりきっていない曖昧な味
が口の中に広がった。
 確か、このコーヒーの飲み方を俺が始めて聞いた時、何故ちゃんと掻き混ぜないのかと聞い
た様な気がする。
「――あえて曖昧にしておくからこそ、そこに予測出来ない幅を持たせる事が出来る。そして、
徐々に甘くなっていく過程を楽しむ事に、僕は喜びを見出している……だったか」
 その途中で、俺が雑だとか、風情を楽しむ余裕が無いとか言われてた様な気もするが……ま
あそこは忘れてしまってもいいだろう。
 思い出の中でまであいつに苦言を言われたいとは思わない。
 自然と苦笑いが浮かぶのを我慢しないでいると、遠くから予鈴の音が聞こえてきた……そろ
そろ戻らないとな。
 カップにはまだ数センチのコーヒーが残っていて、手で持った感触はそれ程熱くは無い様だ。
 既にコーヒーは十分飲んだんだが、だからといって捨てるってのもどうかと思うし。
 少しだけ考えた後に俺はカップの残りを飲み干した。そのコーヒーは、予想していたよりも
遥かに苦かった。

「やあ、どうも」
 放課後、俺が文芸部の部室を訪れた時に最初に見てしまったのは古泉の顔で、俺はその笑顔
を遮る為に開けたばかりの扉を閉めた。
 ……まあ、どうせまた開ける事になるのは解ってるんだが。
 それでも多少の心構えにと、深呼吸をしてから俺は扉を開けた。
「やあ、どうも」
 お前はゲームの世界の住人か。
 さっきと変わらぬ営業スマイルを浮かべている古泉にそう突っ込みつつ、俺は渋々部室の中
へと足を踏み入れた。
 部室の中には古泉と長門が居るだけで、朝比奈さんと鶴屋さん、朝倉の姿は見えない。
「長門さんから、もうすぐあなたが来る頃だろうとお聞きしまして、ここで待たせて頂いてい
ました」
 そうか、俺の方は特に用事は無いぞ。
 古泉がここへ来るって事は、まあ考えるまでもなくハルヒ絡みで何か言いに来たんだろうな。
 いったいどんな事を言いに来たのかは知らないが、どうせ面倒な事だって事だけは聞くまで
もなく想像がつく。
 色々な意味で溜息をつきながらいつもの席に座ると、対面の席に居た古泉は懐から何かを取
り出して――おい。
「ハッピーバレンタイン」
 古泉が俺に差し出してきたのは、今朝朝倉から貰ったのとよく似た小さな包みだった。
「……まさかとは思うが、お前はこれを俺に渡す為に来たのか」
「ええ、そうです」
「あの無駄に長い坂道をわざわざ登ってか」
「はい」
 ……そうか、解った。
「色々と言いたい事はあるが……まあ一言で言えば要らん。二言で言えば、俺はいたってノー
マルだから要らん」
 俺は古泉の目を見ないように視線を真横に外しつつ、左手の掌を向けて拒否を示した。
 悪いな、古泉。俺とお前は進む道が違うらしいぞ。どんな道を歩こうが個人の勝手だとは思
うが、その道は一人で歩いていってくれ。出来るだけ早足で。
「何か、誤解されている様ですね。安心してください、これは義理チョコです」
 そんな事を朗らかな笑顔で言われても全く安心出来ん、むしろ不安が増した。
 今までとは別の意味での身の危険を感じていると、
「僕も、本来であればこれは涼宮さんが直接渡した方がいいと思うのですが……何分、彼女は
難しい所がある人ですので」
 一度立ち上がった古泉は俺の手元にチョコを置いて、またパイプ椅子へと座り直した。
 ……あのなぁ……。
「ハルヒからだったら最初にそれを言え」
 無駄に人を怖がらせんな?
「おや、言いませんでしたか」
 聞いた覚えは無い。
「これは失礼」
 わざとらしく頭を下げた後、
「実は、僕もこれと同じチョコを戴いたんですが、とても美味しかったですよ」
 古泉は意味深な笑みを浮かべてそう言った。
 ここでお前にそんな事を言われても、俺には「そうかい」としか返答しようが無い。
 ……あ、そういえば。
「クリスマスを最後にハルヒとは会ってないんだが、SOS団を作るのは諦めたのか?」
 あの気の毒な教頭先生の自宅前で別れて以来、ハルヒからは何の連絡も無いままだ。
 それはそれで、まあ悪くは無いんだが……。
 不意に古泉は笑顔を曇らせると、
「……三学期の始業式の最中の事です。校長先生のお話の途中で、涼宮さんは教頭先生を連れ
てステージの上に登り、SOS団の設立を名言させていました。……学校生徒全員が証人だと
も仰っていましたね」
 溜息混じりにそう教えてくれた。
 はぁ……あの馬鹿、何も聞こえてこないから大人しくしてるかと思えば。
 元の世界でハルヒが暴走した場合、俺と朝比奈さんが主な被害者だったが、この世界では無
差別爆撃になってるらしいな。おまけにお目付け役は古泉一人。
「なあ古泉、たまにはあいつを叱ったほうがいいんじゃないか」
 もしかしたら、あいつ自身もそれを待ってるのかもしれん。
「確かに、涼宮さんの行動は時に恥ずかしいと思う事もあるのですが……そうですね、正直に
言うと、その恥ずかしさよりも彼女が笑顔で居てくれる事の方が、僕には大事なんです」
 ……お前、よくそんな台詞を平然とした顔で言えるな。
 長門を見ろ、お前がハルヒへの思いを語ってるだけなのに真っ赤な顔をしてるじゃないか。
「そう言われましても……僕の素直な気持ちを言っただけ何ですが」
 もういい、お前の心情論はそこまでだ。
 これ以上語るつもりなら俺は逃げる。
「解りました。ではまたの機会に」
 そんな機会が永久に訪れない事を切に願う。
 ……ん、待てよ。
「SOS団が出来たって事は、もう不思議探索とかもしてるのか」
 俺に連絡が来てないって事はつまり、お前と二人で。
「一度だけお供しました。その後も何度か開催の予定は立ったんですが……いつも前日、ある
いは当日の朝に中止になっています」
 あの、一度決めた事は何を言われても止めない奴が、か。
「はい」
 そりゃまあ、あいつにだって都合って物はあるんだろうが……予定変更で別の何かをやるん
じゃなくて、ただ中止ってのは珍しいな。
 もしかして一回目で飽きたのか?
「不思議探索をすると涼宮さんが言い出す時、決まって彼女はあなたも誘うと言っていたので。
てっきり僕は、あなたの都合が合わないのだとばかり思っていましたが」
 何故そこで俺が出てくる。
「そもそも、不思議探索とかそれ以前に、あいつから携帯がかかってきた事は無いぞ」
 前にも言われたが、あいつが俺の携帯番号を知らないだけなんじゃないのか? 教えた覚え
は無いんだし。
「おかしいですね。貴方の携帯番号は僕が涼宮さんにお伝えしたんですが……この番号であっ
ていますよね?」
 そう言いながら見せられた古泉の携帯には、ジョン・スミスという名前の先に見慣れた自分
の携帯番号が表示されて……おい待て、何でお前が俺の携帯番号を知ってるんだ?
「番号が間違いでないのだとすると、涼宮さんは電話をかける事を躊躇っているのかもしれま
せんね」
 ねえよ。
 あいつに遠慮や躊躇、それに類する概念があるとは到底思えん。
 となると考えられるのは……そうだな。
「ま、どうせ何か他の事を思いついて計画中とかそんな所だろ」
 元の世界のハルヒと違って自分で不思議探索を思いついた訳じゃないから、他にもやりたい
事がありすぎて考えがまとまらないとかじゃないか。
 ハルヒかららしいチョコの箱を眺めつつ、俺はそんな結論に行き着いたのだが、
「……さて、本当にそうでしょうか?」
 顎の下で手を組んで笑う古泉は、何か言いたそうな顔で俺を見つめていた。

 用件を終えた古泉が帰り、俺と長門はいつもの様に本の製作に取り掛かっていたんだが。
「……」
 今日の長門はいつもと少し様子が違っていて、時々キーを叩く指を止めて何かを考え込んだ
りしていた。
 考え事をしている時の長門は、決まってキーボードの置かれた机の上を見つめていて、俺の
視線に気づくたびに慌ててタイプを再開するのだが……
「長門、どうかしたのか?」
 何か他にしたい事があるんなら、無理に作業を進めなくてもいいと思うぞ。
 いつもお前は真面目に作業をしてるんだし、たまには息抜きをしたっていいんだ。
 長門は首を横に振り、
「大丈夫、何でもない」
 いや、そうは言ってもだな。こうして俺と話している間もお前の注意は机に向けられてるし、
何もないって事は無いと思うんだが。
 いったいさっきから長門は何を気にしているのだろうと考えていると、
「遅れちゃってごっめーん!」
 鶴屋さんを先頭に、朝比奈さんと朝倉が部室へとやってきた。
 突然この部屋に誰かが入ってきても、いちいち警戒しなくていいってのは楽でいいな。
 俺と長門の姿を見るなり、
「はいこれっ! バレンタインチョコをどーぞ」
 鶴屋さんは鞄からチョコを二つ取り出し、俺と長門にそれぞれチョコを手渡してくれた。
 ちなみに俺のチョコには『今はまだ義理』と書かれたメッセージカードが挟まれていて、長
門へのチョコには『準本命』と書かれたメッセージカードがあった事については追求しない方
がいい気がする。参考までに、朝倉の手には同じ筆跡で『愛人候補』と書かれたチョコがあっ
たぞ。
 えっと……色々と聞きたい事はありますが、
「ありがとうございます」
 とりあえずは頭を下げて、俺は鶴屋さんから受け取ったチョコを鞄に入れた。
 この鞄がこんなに甘い匂いを放つ日が来るとは思いもしなかったな、本当に。
 既に至福な状態だった俺に
「あの、わたしからもバレンタインチョコです。……よかったらどうぞ」
 鶴屋さんに続き、そう遠慮がちに告げてきたのは朝比奈さんで、その瞬間俺の目尻が筋肉の
緊張を放棄したのは言うまでも無い。
「ありがとうございます」
 今日何度目かのその感謝の言葉と引き換えに、俺は朝比奈さんからのバレンタインチョコを
受け取った。朝比奈さんからのバレンタインチョコを受け取った。
 大事な事だからあえて二回繰り返しておく。
 俺に天使の様な微笑を見せてくれた後、
「いつもお世話になっています」
 朝比奈さんは俺に渡したのと同じチョコを長門にも渡していた。
 そんな朝比奈さんの御姿を目で追っていると、
「ねねねっキョンくん、今日はいくつチョコ貰えたのかな?」
 たまたま開けたままだった俺の鞄の中を覗き込みながら、鶴屋さんはそう聞いてきた。
 えっと、朝比奈さんから貰った分を入れて四つです。
 もう朝倉から貰った分は食べてしまいましたが。
 鶴屋さんは部室の中に居る俺以外のメンバーを順番に眺めた後、
「ふ〜ん……そっか、じゃあ文芸部の外にライバルは居ないって事だよね。了解」
 謎の発言を残しつつ、うんうんと頷きながらいつもの自分の席へと歩いていった。
 文芸部の外? ……あ、そうか。
 発言の意図は謎だが、多分鶴屋さんは文芸部の四人が俺にチョコをくれたのだと思ったんだ
ろうな。
 鶴屋さんに長門からは貰ってないって事は……まあ、わざわざ言う事でもないか。
 かえって長門に気を使わせてしまうかもしれないし。
「ちなみにあたしは七個! しかもなんと……今年はみくるから手作りチョコをゲットしちゃ
いました〜!」
 勝鬨の様な声を上げる鶴屋さんの両手には、明らかに本命と思われるラッピングのチョコが
大量にあった。
 女性である鶴屋さんが何故バレンタインにチョコを貰えるのかは……まあ、何となくですが
解る様な気もします。
「あたしも今年は……うん、さっき鶴屋さんに貰ったのを含めて五つかな」
 お前もか。何がとは言わないが、お前もなのか朝倉。
「おお〜涼子ちゃんも隅に置けないねぇ」
「でも、お返しがちょっと大変かも……どうしようかなぁ」
 困り顔の朝倉が持っているチョコには、何やら分厚い封筒が一緒にラッピングされている物
がいくつか含まれている。
 そこに何が書かれているかについては詮索しない方が身の為だろう、世の中には知らない方
がいい事もあるのだろうから。
「ねねね、みくるはあたしからのお返しは何がいい?」
「あの、そんなに気を使わな」
「やっぱりあたし自身? …………それしかないよね、うん」
 口元に指を当てて考えていた鶴屋さんは、返答を待つ様子も無くそう結論付けて無意味に力
強く頷いている。
「えっ? えっ? あの、鶴屋さん?」
「となるとホワイトデーは何着ていけばいいのかなぁ……。ねえ涼子ちゃん、マシュマロで服
って作れると思う?」
「そうねぇ……お菓子の家があるくらいだし、頑張れば服も作れるんじゃないかしら」
「だよねっ!」
 至ってふざけた内容の会話だが、鶴屋さんと朝倉の顔は真面目だった。残念ながら。
「あ、あの……いったい何の話をしてるんですかぁ?」
 とまあそんな具合に、部室の中が多少世間の常識からは外れたホワイトデーの話題で埋まっ
ている間も、長門は静かにパソコンのモニターを見ているだけだった。
 俺は何時もの様に長門の机の隣に座っていて、その距離は一メートルにも満たない。もし長
門が俺に何かを渡す意図があるのなら、申し分の無い場所に俺は居るはずだったんだが。
「……」
 俺の話が止まっているのを見て、長門は壁に掛かった時計を見てからパソコンの電源を落と
し、この日の文芸部の活動は終わったのだった。
 まだだ、まだ慌てるような時間じゃない。
 HRの岡部の発言じゃないが、もしかしたら長門は下校途中にチョコを渡すつもりなのかも
しれないだろ?
 ――焦りに似た感情の中でそんな虚勢を張っていた俺の期待は空しく外れた。
 

 期待過剰……いや、俺の勝手な思い込みだな。
 俺がその現実を認めたのは、自分の部屋のベットに倒れこんで暫くしてからの事だった。
 ハルヒに朝倉に鶴屋さん、更には朝比奈さんからまでチョコを戴いておきながら残念がるっ
てのは身の程を知らない思い上がりだって事は解ってる。解ってはいるさ。
 もし谷口がこの事を知れば、本気で憤死しかねない程の奇跡なんだって事もな。
 ついでに言えば、元の世界の長門同様、この世界の長門もバレンタインにはそもそも関心が
無かったって可能性だってある……はぁ。 
 手探りで鞄を引き寄せ、中から甘い香りを放つ三つの包みを取り出してみても……何故だろ
う、不思議と気分は重いままだった。
 もうすぐ夕飯だけど……まあいいか。
 俺は適当にチョコを一つ選び、寝転んだままその包みを開い――ん?
 顔の上で開けていた包みから落ちてきた何か、それは小さなカードだった。
 片面は白紙で、もう片面には携帯番号らしい数字の列が並んでいる。
 番号だけで名前も何も無し。
 鶴屋さんに貰ったチョコには違うメッセージカードが挟んであったから、これは朝比奈さん
かハルヒからのチョコって事だよな。
 確立は二分の一、っていうか残ったチョコの包みを見れば特定出来なくもないんだが……ま
あそこまでする事でもないか。
 深く考えないままその番号に電話をかけてみると、
「もしもし」
「……いくらなんでも出るのが早すぎないか」
 ワンコールも終わらない内に、そいつは電話に出た。
 っていうか、やっぱりお前だったか。
 俺は片手に持っていたチョコを置いて、ベットの上で体を起こした。
「遅いよりはいいでしょ」
 ま、そりゃそうだ。
 携帯から聞こえてきた数ヶ月振りのハルヒの声に、苦笑いとともに俺はそう答えた。
「ハルヒ、古泉からチョコ受け取ったぞ」
 この番号にかけてる時点で解ってるだろうけどな。
「そう」
「なあ、あんまりあいつに面倒事を押し付けるなよ」
 どうせ頼むんなら女友達に頼んでくれ、俺は男にチョコを渡されて喜ぶ趣味は無い。
 でもま……こいつにこんな事を言っても、どうせ脊髄反射の様に文句が返ってくるだけなの
は解ってるけどな。
 うるさい、バカ、黙れ、どうでもいいでしょそんなこと。さて、今日はいったいどれが返っ
てくるのかと苦笑いを浮かべていると、
「……そうね、そうする」
 ……嘘だろ。
 電話越しに聞こえたハルヒの返答に、俺はまず自分の耳を疑った。
 ハルヒが俺の苦言に、そうする……だと?
「お前、今何て言った」
「だから……古泉君に色々と用事を頼むのはやめようかなって言ったの」
 ……驚天動地だ。
 っていうかお前、本当にハルヒか? 声が似てる家族とかそんなんじゃないよな?
「何言ってるのよ? あたしはあたし、それ以外の何者でもないわ」
 そ、そうか。それならいいんだが。
 聞こえてくる声は間違いなくハルヒだ、そこは疑いようも無い。だからといって受け入れら
れそうもないが。
「なあ、何かあったのか?」
 家族に不幸があったとか、飼っているペットが死んでしまったとか。
「別に……何も無いわよ」
 吐き捨てるようにそう言ったっきり、ハルヒは携帯電話の向こうで沈黙してしまった。
 ……おいおい、マジでいったい何があったんだ? 自分では何も無いって言ってるが、こい
つがここまで落ち込んでるってのは多分初めての事だと思うぞ。
 高校に入学したての頃や、七夕の時だってここまでじゃなかったはずだ。
「……」
 何があったか知らないが、元気出せよ。
 そう言ってやるのは簡単だし、ある意味この場に適した言葉だとも思う。
 だが、俺の知る限りハルヒは自分の事を詮索されるのは好きではないんだ。というより、自
分だけでこの世の全てが解決すると思ってる所が往々にしてある。
 汎用人形最終兵器ってのを作ろうとしたら、多分出来上がるのはハルヒだろうってくらいに
自己完結してる人間だからな。運動も音楽も出来るし、何の因果か勉強まで優秀と来ている。
 多分、歴史も得意だろう。 
 だから他人に助けてもらうとか、あるいは協力するって概念がこいつには元々備わってない
んだ。
 ま、ハルヒみたいに自分で何でも出来る奴なら、それは悪い事じゃないのかもしれんが……。
「ハルヒ」
「……何」
 今、お前が落ち込んでる理由は知らないし、お前に出来なくて俺には出来る事なんて殆ど無
いってのも知ってる。でもな、
「俺でよければ、長電話くらいなら付き合ってやるぞ」
 お前が喋り担当で俺が相槌担当になるってのは想像がつくが、たまにはそれも悪くないさ。 
 背もたれ代わりに壁に枕を押し付け、俺が長期戦の体制を準備していると
「い、いいの? ……彼女に怒られるんじゃない?」
 意味不明な返答が返ってきた。
 彼女って……誰の?
「あんたの。他に誰が居るのよ」
 いやまあそれはそうだろうし、お前に彼女が居るって言われても困るだけなんだが……でも
待てよ。
「お前が言ってる彼女ってのはいったい誰の事だ」
 少なくとも、俺に彼女と呼べる様な相手は居な
「……長門さんよ」
 ハルヒは長門の事を有希と呼び捨てではなく、何故か苗字で呼んだ。
「……先月、古泉君と不思議探索してた時に偶然見たの。あんたが長門さんと一緒に図書館で
デートしてる所をね」
 思わず絶句した俺に、ハルヒは呆れたような声でそう付け加えた。
 何て偶然だ。あ、そういえば……学校で会った時に古泉は一度だけ不思議探索に行ったとか
言ってたっけ。
「別に、あんたが誰とどんな付き合いをしてようとあたしには……関係ないけど。もしあたし
に彼氏が居たなら、あたし以外の女と長電話はして欲しくないから」
 そう言ったハルヒはまた黙秘を始め、そのまま電話を切られるんじゃないかと俺は思ったん
だが
「…………」
 ハルヒは沈黙したまま、携帯の向こうで俺の返事を待っているのだった。
 さて、いったい俺は何て答えればいいんだ?
 勘違いするな、長門は俺の彼女じゃない。俺はともかく長門に迷惑だ。
 現実だけを言うのであれば、それが一番現状に即しているのは間違いない。勘違いを正すん
なら早いほうがいいのも確かだ。
 しかし、いったい何をどう間違えたのか――それとも、不意に出てしまったその言葉には何
か深い意味でもあったのかなかったのか、
「いや、まだ片思いだ」
 言い訳にすらなってない。どう考えても余計過ぎる一言を、俺は言ってしまったんだ。
 

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:43 (2711d)