作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 5話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-07-20 (火) 22:28:16

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 その後の数日というもの、俺の日常は不可思議な程に平然としていた……ってのは日本語と
して変だと自分でも思うんだが、その言葉通りの変化が起きていたとしか言いようが無い。
 学校内を歩いている時、常に感じていた不特定多数の男子生徒による殺気の視線も殆ど感じ
なくなり、何となく余所余所しかったクラスメイトの対応も、まるで何事も無かったみたいに
戻っていた。
 まあ、岡部には早退の事で注意されたが。
 朝倉とのいざこざもあった事だし、てっきり暫くの間は変人扱いされるのだろうと覚悟して
いたのだが
「しっかし意外だよな〜まさか、キョンに文芸なんて趣味があるなんてよ。あ、もしかしてオ
タクっぽいから隠してたのか?」
 昼休み、一緒に弁当を食べていた谷口の口から出た世間話によって、その謎は大体解決した。
 谷口の話によれば、俺は休部状態の文芸部を助ける為、部長である長門に協力していたとい
う事になっているらしい。
 そして、俺がハルヒを探していた事についても、
「でもよ、これは良かれと思って言ってやるんだが……涼宮に関わるとろくな事にならねぇぞ、
マジで。あいつの奇人ぶりは常軌を逸してる。あんな奴をメインにして映画を撮るなんて正気
の行動じゃねぇよ」
 映画のキャスティングの為に探していた、という話が広まっているらしい。
 この事を俺は誰かに言った覚えは無く……というか、そもそもこんな噂を広げられる奴なん
て俺は一人しか知らない、っていうか間違いなくあいつだ。
 今はクラスメイトと談笑しながら弁当を食べている朝倉涼子。
 いったいあいつが何を考えてるのかは知らないが……まあいいさ、考えるだけ無駄だ。
「映画かぁ、凄いね。光陽園学院から正式に交流活動の依頼があったって、生徒会で噂になっ
てたの聞いたよ。どんな映画を撮るつもりなの?」
 知らん……っていうか、もうそこまで話が進んでたのか。
「俺は新入部員だから解らん。……あ、そうだ。お前達にも、もしかしたら映画に出てもらう
事になるかもしれないんだが」
「お、おいおいマジかよ?!」
 顔が近い、飯を飛ばすな、鼻息が荒いんだよお前は。
 自分の弁当を体で守っている俺に、
「いや〜涼宮には近寄りたくねえし、映画なんてもんにはこれっぽっちも興味は無いんだが、
キョンにそこまで頼まれたんじゃ断れね〜な〜」
 谷口、光陽園学院の女子とお近づきになるチャンスだって顔に書いてあるぞ。
「本当に僕も出ていいの」
 ああ、というか頼む。
 あいつの事だから、多分その辺のキャスティングには拘るんだろうし。
「へ〜楽しみだな、どんな役なのか教えてよ」
 そいつはまだ言えないが……ま、折を見て伝えるよ。
 お前らが逃げられない様なタイミングでな。
 

 サンタ イズ ユー

「――とまあ俺の聞いた話では、光陽園学院と文芸部の間で既に映画の話が着々と進んでるっ
て事だったんだが……」
 放課後。今日も部室で一人本を読んでいた長門に、谷口達から聞いた話しをしてみると
「…………」
 あっけにとられた様子で、長門は小さく口を開けたまま固まっていた。
 やっぱりハルヒの暴走だったか。
 一度決めたら目的達成まで止まらない奴だって事は解ってたが、この世界の古泉はブレーキ
役として不適格らしい。リコールは何処に申請すればいいんだ?
 ……まあ、俺も一度としてあいつを止められた事はないんだが。
「ま、とりあえずハルヒの事は放っておいて、だ。俺達は小説の方を進めるとするか」
 頷いた長門が本を閉じてパソコンを起動させる間に、俺は今日はどの事を話そうかと考え始
めた。
 昨日は確か朝比奈さんが連れてこられた所まで話したから、今日は古泉が転校してきた辺り
だな、まあここは適当でいいだろう。
 俺が記憶を辿りながら断片的に話す内容を、長門は興味深そうに話を聞きながらタイプして
いく。こっちの長門はブラインドタッチが出来ないらしく、視線はキーボードと俺の顔の間の
移動で大忙しだ。
 そんな長門の様子を目を細めながら見守っていると、
「お待たせしちゃってごめーん!」
 突然部室の扉が開き、制服姿に赤いサンタ帽子を被った鶴屋さんがやってきた。
 ……ああ、そういえば明日はクリスマスイブでしたっけ。
「あっはっは! あたし、今年はかな〜り良い子にしてたから。プレゼント楽しみにしてるか
らねっ!」
 等と言いつつ、鶴屋さんはサンタ帽子を脱いで俺の頭に被せてくるのだった。
 本当にハルヒに似た人だよな、この人。
 そのまま長門の席へと歩いていった鶴屋さんは、モニターを覗き込むと
「お、結構進んでるねぇ……ちょいっと読んでもいいかな?」
「どうぞ」
「やたっ! お〜……なるほどねぇ……ふむふむ」
 黙々と話を聞いていた長門とは違い、モニターの上を視線が動くたびに鶴屋さんの表情は活
き活きと変わっていく。
 ……よく解らんのだが、長門だと話を聞いてもらってても恥ずかしくないのに、鶴屋さんに
それを読まれていると思うと恥ずかしくなるのは何故だろう。
「――なるほどなるほど〜、こうやってみんなは出会ったって訳かぁ……ってキョンくん!」
 は、はいっ。
 鶴屋さんはいきなり大声をあげると、
「ねぇ〜これってあたしが全然出てきてないんですけどっ!」
 パソコンのモニターを指差しつつ、本気で悲しそうな声でそう訴えてくるのだった。
 ああ、その事ですか。
「えっと、俺が鶴屋さんと最初にあったのはハルヒが野球大会に参加するって言い出した時で、
今はまだSOS団が出来たばっかりの所ですから」
「野球大会っていつ頃?」
 確か……六月でしたね。今読み終わった所からだと、あと三週間くらい後の事です。
「ん〜そっか、じゃあ大人しく待ちます……」
 いや、そんなにしょげ返らなくても。
 実はその大会の後、次に鶴屋さんと会うのは数ヶ月先、文化祭の映画撮影だと言う事はまだ
言わないでいた方が良さそうだ。
 あ、そういえば。
「鶴屋さん、ハルヒから何か聞いてませんか」
「え? ん〜特に何も聞いてないよ」
 そうですか。
 となると、予想通りあいつが一人で何かをやってるだけなんだろうな。
 まっ映画について任せていいんなら、とりあえず放っておけばいいだろ。
 途中で面倒になって、撮影が無期延期になってくれればさらにいい。
 ――その後、朝倉と朝比奈さんが部室にやってきて、文芸部の平常活動が始まった。
 具体的な活動内容はと言えば、さっきもやってたみたいに俺の話す事を長門がまずタイプし
ていく。次に、その文章をコンピ研にデータで持ち込んでプリントアウトしてもらい、朝比奈
さんと鶴屋さん、後朝倉の三人で内容の確認と本にする為の修正作業という流れだ。
 自分の体験談を人に読まれるってのは正直かなり恥ずかしかったりするんだが、まあそこは
我慢するしかないだろうな……文芸部に入るのを決めたのは、他ならぬ自分なんだし。
「あ、キョンくんちょいっといい? このハルにゃんが部活を作る事を閃いた時なんだけど、
この時のハルにゃんってどんな顔だった?」
 あの時ですか……なんていうか、白鳥座α星くらいに目を輝かせてましたね。
 直視したら、失明は免れない感じでした。
「ははっそれいいねっ! えっと、じゃあここは……『白鳥座α星くらいの輝きを見せる両眼
をまっすぐ俺に向けていた』っと」
 プリントされた紙の上に、鶴屋さんは書道部らしい達筆な字を書き入れていく。
 こうやって色々と状況が書き加えられていくうちに、俺の独白でしかなかった文章がそれな
りに読める物になってくるのだから不思議だ。
 とまあ、俺が平和な日常に和んでいると、
「あ、そうだ。みくる〜ちょっといい」
「はい、何ですか?」
 鶴屋さんは席を立つと、不吉な微笑みを浮かべながら朝比奈さんの背後に回り、後ろからい
きなり抱きついた。
「わひゃああ!」
 叫ぶ朝比奈さん。お構いなしに鶴屋さんはセーラー服の上から獲物の胸をわしづかみ。
「どひぇええ!」
 一頻り朝比奈さんが悲鳴を上げた所で、鶴屋さんは満足そうな顔でその手を離した。
「な、ななな何なんですか?」
「ん〜いい感触だったぁ……じゃなくて、みくるがハルにゃんにエッチな悪戯されてた時の悲
鳴にリアリティーが欲しくってさ〜ご協力感謝です。あ、また必要になあったらよろしくね?」
「い、いやですっ!」
「お、そのリアクションもいいねぇ」
「うううぅ」
 そんなやり取りをしている二人の隣では、まるで何事も無かったみたいに朝倉が読書を続け
ていた。長門は長門で、何て言って止めていいのか解らないらしくおろおろしているだけ。
 どうやら、この部室に鶴屋さんを止められる人材は居ないらしい。
 俺? 俺はその、あれだ。朝比奈さんに失礼のないよう、ちゃんと視線を逸らしていたぞ。

 とまあそんな感じで、文芸部による本作成は順調に進んでいた。
 ここ二日で進んだ分を考えると、多分三学期が終わるまでにはある程度形になるじゃないか
と思う。
 だが、本が完成してしまえばハルヒによる映画の撮影が始まってしまう事に……まあいい、
とりあえず今は本を完成させる事だけを考えよう。
 黙々と作業を進めるには、この部室棟の静けさは好条件なのだが、
「……あぁ〜もう駄目……手がかじかんできちゃったよ」
 日が暮れると同時に、一気に冷え込んでくるこの寒さだけは何とかならないものだろうか。
 息を吹きかけながら手を擦り合せたり、暖を求めて朝比奈さんに抱きつきに「ひゃあっ!」
行ったりする鶴屋さんを見ながら、長門がパソコンの電源を落とした事により今日の文芸部の
活動は終了した。
 その日の帰り道、文芸部総勢で帰り道を歩いていた時の事だ。
「ねえねえ長門っち、明日は終業式だけど部活はどうするのかな?」
 鶴屋さんの質問に、長門は予め答えを決めていたのか、
「明日は、お休み」
 あまり時間をおかずそう答えていた。
 そっか、明日が終業式って事は明後日から冬休みか。
 年明けには初詣だの書初めだの何だのと、イベントに便乗して妹の相手を命じられる事が解
っているだけにあまり素直に喜べそうにないな……。お年玉は中学までだって今年の初めに明
言されてるし、真面目に楽しみが何も無い。
 そんな先の事を考えて憂鬱になっていた俺なのだが、
「了解っ! そうだよね、夜からサンタさんには大事な大事なお仕事があるんだし、夕方くら
いは休んでおかないと」
 鶴屋さんとしては、その前にあるクリスマスの方が懸念事項らしい。
 ん、でも文芸部が休みだとサンタの休憩になるってのは……あ。
「もしかして、鶴屋さんはクリスマスにサンタを演じる予定とかあるんですか?」
 子供会とか……まあ趣味でもいいですけど。
 ハルヒの思いつきじゃないが、朝比奈さん同様に鶴屋さんもサンタルックが似合いそうだ。
 失礼にならない様気をつけつつ、それとなく鶴屋さんのスタイルに視線を送っていると
「え? 違う違う。サンタさんはあたしじゃなくてキョンくんだよ〜も〜」
 鶴屋さんは俺の胸の辺りを指で押しながらそう言った。
 俺、ですか。
「うん、はい、イエス、ユー」
 当たり前の様に頷く鶴屋さんの隣では、朝比奈さんまで楽しそうに笑っていたりする。
 その天使の様な笑顔を前に表情筋が緩みそうになっている内に、
「そいじゃあみんな、また明日!」
「さよなら〜」
 ちょうど帰り道が分かれる交差点に辿り着き、鶴屋さんと朝比奈さんは手を振りながら帰っ
て行ってしまった。
 俺が、サンタ?
 何だか知らないが嫌な予感がするんだが……。
「長門。お前、何か知らないか」
 俺の後ろを歩いていた長門にそう聞いてみると、
「……」
 お、おい。長門?
 俺の質問に、何故か長門は顔を赤く染めて俯いてしまっている。
 いや、別にそんな変な事を聞いたつもりはないんだが。
「こ〜ら。長門さんを困らせちゃだめじゃない」
 そんな意図は微塵も無い。
 朝倉は長門に後ろから軽く抱きつきつつ、
「何でキョンくんがサンタさんなのか、聞きたいでしょ?」
 無駄に楽しそうな顔でそう聞いてくる。
 聞きたいも何も、お前が言いたそうな顔に見えるぞ。
「ふ〜ん……そう。聞きたくないなら別にあたしはいいんだけどなぁ」
 そうか、奇遇だな。俺も別にそこまでして聞きたい訳じゃない。
「長門、また明日な」
 俺は朝倉を極力無視しつつ、顔を伏せたままの長門にそう言った。
「あっ! もう、しょうがないから教えてあげるわよ」
 へいへい。じゃあしょうがないから聞いてやるよ。
「この間、長門さんの部屋で新入部員の歓迎会をしたわよね」
 ああ。
「その時、キョンくんに一つ頼み事をしたのって覚えてる?」
 ……そういえば、これが頼み事なのかどうかは知らないが、何か承諾を求められたような覚
えはある。
 嫌な予感が膨らむにつれて顔色を悪くする俺とは対照的に、朝倉は無意味に楽しそうな笑み
を浮かべながら。
「あの時約束したじゃない。……長門さんを見るのに夢中で全然話を聞いてくれてないキョン
くんには、クリスマスにサンタさんになってもらって、みんなにプレゼントを贈ってもらうっ
てのはどうかしらって。みんなも賛成してくれたし、キョンくんもそれでいいよって言ったわ
よね?」
 赤面する長門の顔に頬を寄せつつ、朝倉は嬉しそうにそう言った。
 ……こいつ、確信犯か。
「あ、ちなみにパーティーは学校が終わった後に長門さんの部屋でやるから。はいこれ、マン
ションに入る為のIDタグと暗証番号。みんなで待ってるから早く来てね? サンタさん」
 押し付けられた黒いタグと、数字が書かれたメモ。
 絶対確信犯だ。

 
 一、二、三……一、二、三……一、二……三。
 駄目だ、何度数えても三枚しかない。
 長門と朝倉と別れた後、俺は一人駅前へと歩きながら財布の中身を確認していた。
 そこに入っていた紙幣は三枚、当然ながら券種は万円券ではなく千円券。何処まで行っても
野口英世。この資金で、いったいどうやって四人分ものクリスマスプレゼントを準備すればい
いってのか。俺は今、それが知りたい。
 ま、記憶の中では違っているにしても、だ。朝倉と長門以外は殆ど初対面みたいな物なんだ
し、別に高価な物を買う必要は無いとは思うんだが……それにしても予算三千円ってのはなぁ。
 ちなみに次の小遣いまでには半月以上ある。
 その間にある年末年始を所持金無しで過ごすってのは、いくらなんでも寂しすぎるだろ。
 街を流れる軽快なクリスマスソングに、俺の溜息はすぐに紛れて消えた。
 さて……みんなが喜びそうで、かつ値段は安い物っていうと……何だろうな。
 駅近くの自転車置き場に向かう前に、駅前に建ち並ぶいかにもクリスマスといった飾り付け
のされた商店街を眺めながら歩いていた時
「やあ、どうも」
 光陽園の学ランの上に、暖かそうなコートを着た男が声をかけて……なんだ、古泉かよ。
 見慣れない服装だから誰かと思ったぜ。っていうか、
「古泉。お前一人なのか」
「ええ」
 意外な事に、そこに居たのは古泉一人でハルヒの姿は無かった。
 ……いやまあ、別にお前らが常に一緒に行動してるって訳じゃないんだろうが。
「涼宮さんでしたら、今も学校で先生方を相手に論戦中です。僕は不要との事で、先に帰るよ
うに言われました」
 俺が自分の背後を見ている事に気づいたらしく、古泉は苦笑いを浮かべながらそう教えてく
れた。
 おい。あの馬鹿また何か問題でも起こしたのか。
「まさか、その反対です」
 反対?
「ええ。貴方のお話の中の涼宮さんはどうなのかは知りませんが、この世界の涼宮さんはとて
も優秀な人ですからね……」
 言葉の節々に、俺の話は信用していないと言いたげなニュアンスを含ませながら、古泉はそ
う言った。 
 ま、別にそれはどうでもいいんだが……優秀ってのはどんな意味だ。
「言葉通りの意味です。学年テストでは常に成績上位に名を連ね、運動や芸術面でも涼宮さん
は卓越した才能をお持ちだ。そんな彼女が、突然SOS団等という不可解な団体を作りたい等
と言い出せば、教職に就いている者であれば誰だって止めに入ります」
 なるほどね。
 確かに、ハルヒがSOS団を作ってさえいなければ……人付き合いが絶望的なレベルだとし
ても、学校から見る限り優秀な奴に見えるかもしれん。ついでに、この世界には俺とは違う優
秀な付き人が居るみたいだしな。
「で、俺に何か用なのか?」
 俺の知ってるお前の性格からすれば、そんな無駄話をする為にわざわざ声を掛けたりはしな
いと思うんだが。
 含みのある笑顔を浮かべた後、古泉は
「率直に言います。……涼宮さんと、どこかで会ってあげてはもらえませんか? 彼女はここ
数日の間、学校の先生達との交渉が続いていて、口には出しませんが疲れきっています」
 そんな事を言い出した。
 ……なんていうか、意外だな。
「そうですか?」
 ああ。
 今の話の流れで言えば、だ。
「もう二度とあいつに近づくな、とか、SOS団を作る事を諦めさせろって言うと思ってたぞ」
 そうすれば、ハルヒはこれまで通りの優等生で居られる。そうだろ?
「まさか。僕にとって、それは理想だと言えなくも無いのですが……彼女は、それを望んでい
ませんので」
 どこか疲れたような顔で、古泉はそう言った。
 何でお前がそこまでハルヒの事を気にしているのか、俺には解らんね。
 今のお前は世界を守る超能力者でも何でもないんだろ? っていうか、気晴らしならお前が
どこかへ遊びに連れて行ってやればいいだけの話じゃないのか。
「そうしたいのは山々なんですが……。残念ながら、僕にはまだその役割は果たせない様です」
 ……まだ、か。
「言いたい事は解ったんだが……なんていうか、お前の気にしすぎだと思うぞ? もしあいつ
が俺を相手に気晴らしを望んでるんだったら、例え授業中だろうが何だろうが気にせず呼び出
してるはずだ」
 まあ、それは自重して欲しいんだけどな。
「それは無理ですよ。彼女はあなたの携帯番号を知りませんから」
 あ。
 そういえば俺の知ってるハルヒの携帯番号は繋がらなかったんだっけ。
「……あの日、涼宮さんは貴方に対して光陽園学院にSOS団を作ると宣言しました。ですが、
それはまだ形になっていません。それもあって、自分からあなたへ連絡を取る気になれない様
ですね」
 変な所で真面目な奴だからなぁ、あいつ。
 ……今考えて見ると、SOS団を作る前のハルヒの行動も、ある意味真面目だと言えなくも
無いのか。自分の求める部活を探して、ありとあらゆる部活に参加してみる。自分で作ればい
いと気づいたら、誰であろうが利用する。それは一見すると迷惑な奴でしかないのかもしれな
いが、目的の為に一生懸命なだけだと言えなくも無い。
 そして、今も頑張ってるんだろうな……俺の居ない学校で。
「先日、涼宮さんに頼まれて北高文芸部との共同活動の申請をしてきたんですが……このまま
SOS団が認可されないと、それも頓挫してしまうのではと頭を抱えている様です」
 何だ、北高に来てたってのはお前だったのか。
 元の世界でのSOS団はハルヒの趣味でしかなかったが、学校間の交流活動ともなると公認
団体になる必要があるんだろうな。
「あなたも、今の彼女を見れば僕と同じ行動に出ると思います。彼女がSOS団設立の交渉を
初めて以来、僕は彼女の笑顔を見ていません。いつも顔に皺を寄せて――」
「不満そうに黒板を睨んでるのか? あいつ」
 古泉は少し驚いた様な顔をした後、頷き
「……ええ、その通りです。今の涼宮さんには、僕やクラスメイトが話しかけても会話にすら
応じてもらえません」
 だろうな。
 SOS団を作る前のあいつは、いつもそんな感じだった気がする。
「やはり、涼宮さんに笑顔を取り戻せるのはあなたしか居ない様ですね」
 別に、ただ単に俺はあいつと付き合いが長いだけだ。
 それ以外の何者でもない……んだけどなぁ……ったく、せっかくハルヒと距離を置けたって
のに。いったい俺は何を考えてるんだか。
 でもまあ、今のハルヒは真面目に目標に向かって頑張っていて、何も悪い事はしていないん
だろうし
「古泉。明日の夕方から文芸部のみんなでクリスマスパーティーをやるから、この時間に駅前
に来るようにハルヒに伝えてくれ。ついでに、お前も暇なら来ればいい」
 そんな奴には一応、何かプレゼントをしてやる必要があるんだろうな、サンタさんには。

 偶然街で古泉と会った翌日――つまりはクリスマスイブ。式を執行している教師達も含め、
ただ退屈なだけの終業式を終えた後、
「駅前で涼宮さん達を待ってればいいの? うん、いいよ」
 帰り支度をしていた朝倉にハルヒの道案内を頼み、俺は一人駅へと向かって急いでいた。
 いったい何故、俺がこんな事をしなくてはならないのか? 多分その答えを知ってる奴はこ
の世に一人も居ないだろう。
 理由らしい理由と言えば、俺が意図しない間に交わしてしまった約束を守る為であり、そし
て俺の居ない場所で頑張っているらしいハルヒの為でもある……といっても、別にこれが重要
度の高い懸案事項ではないのも事実なんだが……。
 軽くブレーキをかけながら坂道を走り降りていた俺は、上がり気味の呼吸で溜息をつきつつ
思考を放棄した。
 ま、いいさ……いつか本物のサンタに会った時にでも聞いてみるとしよう。
 きっと、愚痴や不満が大量に聞けるだろうな。
 駅に辿り着いた俺はまず、コインロッカーの中に制服を適当に押し込み、予め準備しておい
た私服姿に着替えて向かった先は――駅前のビルに入っている大型の百貨店。
 ここで普通に買い物をするだけの予算があれば良かったんだけどな……クリスマス当日に嘆
いても手遅れだが。
 赤や緑で覆われてクリスマス一色に染まった店内に足を踏み入れた俺は、そのまま真っ直ぐ
バックヤードへと向かった。
 ――十二月二十四日、晴れ。
 呆れるくらいの快晴だった日中が終わると、放射冷却によって冷え切った夜の街が俺を待っ
ていた。
 それでも、自分の隣に恋仲の異性が居てくれるなら、この凍て付くような寒さも気にならな
いのかもしれない……そんな経験は残念ながら一度としてした事が無いが。
 無駄に澄み切った冬の星空は、一人で見るには勿体無い様な眩さで……真っ赤な服を着込ん
だ俺を頼まれもしないのに照らしてくれている。
 赤い帽子、赤い服、赤い長靴。その全てが白い毛で縁取られ、百聞は一見に如かずを体現し
た姿の俺がそこに居た。
 さて、と……行きますかね。
 地面に降ろしていた重いプラカードを肩に担ぎ上げ、俺は夜の街を歩き始めた。
 

 俺が708号室のベルのボタンを押すと、
「はいはーいっ! どちらさ……あ、サンタさんおっそーい!」
 インターホンから聞こえてきた声は鶴屋さんだった。
 その後、すぐに玄関に複数の人間が集まっている気配がしたかと思うと、扉の向こうで鍵が
外れた音が響く。
 開きかけた扉に対し、俺が言うべき挨拶はこれしかないだろうな。
「メリークリスマ……」
 年に一度しか出番が無いであろう、この台詞を止めたのは、
「サンタさんいらっしゃ〜い!」
「こんばんわ〜メリークリスマス」
「……」
 玄関に詰め掛けていた友人達の――口元についた髭だった。
 満面の笑みで俺を迎えてくれたのは、鶴屋さんに朝比奈さんに長門。その三人全員の口元に
は、何故か白い髭の姿があった。
 えっと……どうしたんですか? それ。
「え? ああ、これ? あははっ! これはもちろんサンタさん対策さ〜」
 嬉しそうに髭を撫でながら、鶴屋さんはそう教えてくれた。
 サンタ対策、ですか?
「はい。涼宮さんが、サンタさんが来た時に驚かす為につけようって買ってきてくれたんです」
 はぁ……。
 まあ、あの馬鹿が何を言い出しても今更驚きませんが。まさかサンタの衣装まで準備したの
にインパクトで負けるとは思いもしませんでしたよ。
「……」
 ハイテンションな鶴屋さんと朝比奈さんとは違い、未だに沈黙を守っている長門は恥ずかし
そうに顔を伏せていた。髭の付いた顔で。
「長門、メリークリスマス」
 軽く手を上げて改めてそう言ってみた俺に、長門はじっと見ていないと解らない程度に頷い
てみせるだけだった。
「似合ってるぞ、その口髭」
 本当にな。
 俺の感想を聞いても長門は無反応……いや、顔が更に赤くなってしまったような?
「さささっサンタさん中へど〜ぞ〜。涼子ちゃんも古泉くんもハルにゃんもお待ちかねだよっ」
 いえ、そうしたいのは山々何ですが……。
 部屋の中へと手を引く鶴屋さんに頭を下げつつ、俺は用意してきた白い袋を彼女の前に差し
出した。
「これ、クリスマスプレゼントです。大したものじゃないんですが、人数分あるのでみんなに
配ってもらえませんか?」
「え? いいけど……キョンくんは上がっていかないの?」
 はい、残念ながら。
「え〜どうして〜ねぇ、どうしてさ〜」
 どうしてと言われましても、ねぇ。
 我が家の妹みたいに俺の手を離さない鶴屋さんに、
「実は、今バイト中なんです。この衣装もそのバイト先のでして」
 俺は自分の着ている衣装を指差しながら釈明した。
 あ、そういえば妹の分は何もプレゼントを準備してなかったな……まあいいか。
「あの……じゃあキョンくんは今、サンタさんのアルバイトをしてるんですか? もしかして
トナカイさんとかも居るんですか?」
 そう訊ねてきた朝比奈さんの顔は、何て言うか本気だった。
 ……朝比奈さん、あなたにはずっとそのままで居て欲しいです。
 出来ればこのままずっと、穢れを知らない無垢なままのあなたで居て下さいね。
「えっ? あの、はい」
 そうしたらまた来年もサンタとしてお邪魔しますから、次は出来れば朝比奈さんの部屋に直
接……っといかん、あまり長居はしてられないんだった。
 何せプレゼントを揃える為にバイト代を前借しちまってるんだし、せめて仕事はちゃんとや
らないとな。
「じゃあ、俺はこれで」
「あっ待って! アルバイトが終わった後に遊びに来れそうっかな?」
 それは……多分、無理です。すみません。
 俺はそう謝りつつ玄関の先を覗いてみたんだが、そこにハルヒの姿は見えなかった。
 ちょっとだけでもあいつの顔を見ておきたかった様な気もするんだが……仕方ない、時間切
れだ。
「次の子供が俺を待ってますので、プレゼントを配りに行って来ます」
 そんな適当な嘘を残し、友人達のエールを背中に受けつつ俺は長門の部屋を後にした。

 ――曰く、この世の全ては等価交換。
 俺がみんなへのクリスマスプレゼントを手に入れる代償に支払ったのは、この寒空の下を歩
く労働時間である。
 手にしたプラカードに書かれた広告を見ている歩行者がどれ程居るのか知らないが、少なく
ともこのサンタの格好は混雑する歩道を歩くのに都合が良かったのは確かだ。
 何が悲しくてクリスマスの夜に、こんな格好で繁華街を練り歩かなくちゃならんのか……と
最初は思っていたんだが、街を歩く人の表情を見ている間に、その不満はいつの間にか消えて
いた。
 カップル、家族、一人、友達連れ、その誰しもという訳ではないものの、多くの人の顔に幸
せそうな表情が浮かんでいる。
 なるほど、確かにこいつは聖夜かもしれないな。
 出来れば彼女と一緒に過ごしたかったが、まあこんな聖夜ってのも悪くないのかもしれない。
 そんな事を考えながら歩いていた時、たまたますれ違った小さな子供に、
「あっ! サンタさんだ〜」
 突然纏わりつかれてしまっても、だ。
「メリークリスマス――おや、そろそろ良い子は寝る時間だなぁ。もうすぐサンタさんは良い
子にプレゼントを配りに行くんだが……」
 老人風に声をくぐもらせ、こんな適当な言い訳をするだけの余裕が今の俺にはあったりする。
 ついでに『君は良い子なのかな?』とで言いたげな視線を送ってみると、
「パ、パパ? 早く帰ろ! ね? ね?」
 子供は慌てて父親らしき男性男性の手を引き、人込みの中へと消えていった。
 やれやれ、サンタさんってのは大変だよな。
 俺は無数の笑顔が溢れる夜の街を、苦笑いを浮かべながら歩いて行った。
 
 
 クリスマスイブが終わり、クリスマス当日――になったばかりの深夜。
 ようやくアルバイトが終わった俺は、コインロッカーの荷物を回収して自転車置き場へと向
かって歩いていた。
 まったく、アルバイトをして財布の中身が少しでも充実するってんならまだしも、逆に減っ
てたりするんだから笑えないよなぁ。
 このまま行くと、今年は寂しい年越しになりそうだ。
 金銭的に考えると、去年みたいに友達とカラオケで新年を迎えるなんて事は出来そうに無い
どころか、初詣に出かけても買い食いすら出来ないかもしれん。 
 となると、今年はあの味の薄いベビーカステラは食えないのか、毎年楽しみにしてたんだが。
 自転車の籠に荷物を載せると同時、俺の肩を押す様な重い溜息が自然と漏れていた。
 いかん、考えが暗くなってきた。
 こんな時はさっさと家に帰って寝るのが一番だな。
 俺は間違いなくそう考えていたはずなのに、何故か向かっていたのは自宅ではなく長門のマ
ンションの方だった。
 時刻は零時過ぎ、いくらなんでもみんなもう帰ってしまったはずだ。
 それに、部屋に長門しか居ないのであれば、それはそれで余計に訪問する事は躊躇われるん
だが……ま、窓の明かりだけでも見ておくか。 
 それで諦めが付けばと思って人気の無い夜道を通り抜けて行くと――視界の先に、ここ最近
よく通っているあのマンションが見えてきた。
 今日はクリスマスという事もあってか、通りから見えるそのマンションにはいくつも窓の明
かりが付いているのが見える。
 っていうか、そもそも長門の部屋ってどこだろうな。確か七階のあの辺りだと思ったんだが。
 つい先日もそうした様に、星空を遮るように建つマンションの壁面を眺めていると……ひょ
っとするとこれは、俺へのクリスマスプレゼントなのかね。
 窓からの光を背にベランダに立つ、白い口ひげを付けた二人の少女の姿を俺は見つけていた。

「……あんた、有希と付き合ってるの?」
 数日振りに会って第一声がそれか。
 今日二度目になる長門の部屋への訪問、インターホンを押した俺を出迎えてくれたのは、ま
たしても家主の長門ではなく、ハルヒだった。
 玄関の扉を少しだけ開けて俺を睨んでいるハルヒ。さてこいつはいったい何を怒ってるんだ
ろうな。っていうか、俺と長門が付き合ってるだと?
「そんな事実は無い」
 そもそも、仮に俺に彼女が居るのであれば、クリスマスイブの夜にバイトなんか入れたりす
る訳が無いし、お前をパーティーに誘う事も無い。
 ありのままに事実を告げる俺を、ハルヒは暫くの間不満そうな顔で睨んでいたが、
「ふん……まあいいわ、入りなさい」
 そういい残して扉を大きく開けると、自分はそのまま部屋の中へと戻っていってしまった。
 どうやら、中に入れという事らしい。
 ……っていうか時間も時間だし、俺としてはここで少し話したら帰るつもりだったんだが。
 ハルヒの後ろに居た長門は、俺の姿を見るなり玄関先にスリッパを一組並べると、じっと俺
の動きを見守っている。
 これはつまり、お前も俺に上がっていけって言ってるん……だよな?

 ――あれ、みんなは?
 長門に連れられてリビングにやってきた俺が見たのは、それなりにパーティーを楽しんだら
しい痕跡が残った室内だったんだが……そこには、ハルヒと長門の姿しか見えなかった。
「あんたは戻って来ないって言ってたけど、少し前までみんな残ってたのよ。でも、みくるち
ゃんは眠っちゃいそうになってたから鶴屋さんが連れて帰って、朝倉さんも軽く部屋の片づけ
をしてついさっき帰ったとこ」
 なるほど、ハルヒに鶴屋さんまで揃っていただけあって朝倉一人で片付けられる騒ぎじゃな
かったらしいな。
 そうだと知っていれば少しは急いで来たんだが。
「で、何でお前は残ってるんだ」
 しかも一人で、部屋の片付けもせず。
「何。あたしがここに居たら都合が悪いわけ?」
 別に、ただこんな時間に一人で帰るつもりなのかと思ってな……あ、そういえば。
「古泉はどうしたんだ」
 買出しか? それとも、もしかしてあいつは来なかったのか?
「ああ、古泉君なら鶴屋さんとみくるちゃんと一緒に帰ったわよ。二人を家まで送って、その
まま帰る様に言っておいたから」
 なるほどね……せっかくのクリスマスだってのに、可哀想な奴だ。
 ごく普通の認識で言えば、鶴屋さんや朝比奈さんを家まで送るなんてのは幸せなイベントで
しかないんだが、クリスマスの夜に自分の好きな相手から先に帰れと言われたとあっては同情
してやらざるを得ない。
 自分の服の袖を誰かが引いている感触に気づくと、その先では長門が小さな箱を持って俺を
見ていた。
 あ、それは。
「ありがとう」
 長門が大事そうに持っているその箱は、俺がみんなへのクリスマスプレゼントに買ってきた
オルゴールだった。
 ちなみにオルゴールといっても、アンティークな作りの値段が高そうな物ではない。俺のバ
イト代に財布の中身を足しただけで、5個も買えてしまう様な程度の品なんだが、
「……大事にする」
 両手に持ったオルゴールを、長門は大事そうに見つめている。
 どういたしまして。
 こんなに喜んで貰えるとは予想外だったな。長門の部屋にはテレビも何も無いから、何か音
の出る物をって思っただけだったんだが。
「あたしも貰ったんだから一応礼は言っておくわ」
 そうかい。
 オルゴールの螺子を無理矢理回して早送りとか、子供みたいな事をやって壊すなよ。
「しないわよ。そんな子供っぽい事」
 とか言いながら早速試すな。
 ハルヒの手の中で早送りのクリスマスソングが悲鳴に似た音を立てる中、
「あっそうだ。ハルヒ、古泉から聞いたんだが、SOS団の設立申請をしてるんだって?」
 立っているのに疲れた俺がコタツに入りながらそう聞くと、オルゴールの螺子に負荷をかけ
ていたハルヒの手が止まった。
「……笑いたければ笑いなさいよ」
 何をだ。
 まだ鼻の下に付いてるその口髭をか、似合ってるぞ。
「部活の申請一つまともに通せないって笑えばいいじゃない」
 何の事かと思えば。
 ごく普通の見識のある教師なら、SOS団なんて意味不明な団体の設立を見過ごすなんてあ
りえん。それが普通の対応だ。
「あ〜もうっ! いったいどうすればいいのよ! ……ジョンの元居た世界で、あたしはどう
してたの?」
「別に、特に何も」
 ハルヒは部活として認めさせたいみたいだったが、特にこれといって何かしてたって訳じゃ
ない。
「……それじゃあ、予算が出ないじゃない」
 それについては長門の許可を得て文芸部の予算を――何て事は秘密にしておくべきだろうな、
うん。元の世界はともかくとして、こっちの文芸部にはちゃんとした活動があるんだし。
 何となく、じっと黙ったまま話を聞いている長門に視線を送りつつ、
「特に予算が居るような事はしてなかったな」
 映画の時は商店街の店にスポンサーになってもらってたし、それ以外の活動は自費だった。
 市内探索の時はたいてい俺が奢らされてたが。
「じゃあ、SOS団はあくまで私的な団体だったって事?」
 そうさ。
 知名度と近づいてはいけないって意味では北高一の非承認私設団体。多分、SOS団はそん
な認識を持たれていたはずだ。
 っていうか、その辺はこれに書いてなかったか。
 コタツの上に置いてあるコピー紙の束、これって例の小説だろ。まだ読んでないのか?
 俺が指差す紙の束を、ハルヒは何とも言えない目で見つめている。
「……読んだわよ」
 一応聞いておくが、感想は?
「何て言ったらいいのか解らないけど…………びっくりするぐらいあたしだったわ」
 だろうな。
 俺にとってそれは当たり前の事なのだが、当事者であるハルヒにはやはり複雑な事なのだろ
うか。
「宇宙人、未来人、超能力者かぁ……。大体の流れは聞いてるのに、次にどうなるのか全然想
像がつかないのよ。本当、これは本にして大正解だったわ」
 手に取った紙面を目で追いながらハルヒは満足気にそう言ったが、すぐに顔を顰めて
「……だからやっぱり予算が居るのよ! 来年の春にはもうクランクインなのよ? ここじゃ
ない世界のSOS団の活動を一年を通して撮影するこの一大プロジェクトに、予算が一円も付
かないなんて絶対に認められないわっ!」
 誰もお前に許可は求めてないと思うが。
 っていうかお前、一年も映画を撮るつもりだったのかよ。来年は朝比奈さんと鶴屋さんは受
験生なんだって解ってるか?
 っていうか予算予算って、具体的に何に使うつもりなんだ。
「え? そりゃあみくるちゃんの衣装とか、後は海に合宿に行く時の渡航費用とかよ」
 夏合宿まで再現するつもりだったのか……。
 久しぶりにやってきた頭痛に頭を押さえていると、
「あの……」
 小さな声をあげて、長門がおずおずと手を上げていた。
「有希、どうしたの?」
 ハルヒのでかい声が近所迷惑なら俺から言ってやるぞ。
「まだちゃんと決まってないけど……文芸部の活動再開が認められたら部費が貰えるはずだか
ら、よかったら映画にそれを――」
 長門、ちょっと待て。ついでにハルヒも顔を輝かせるな。
「えっ何で? 有希がいいって言ってくれるなら何も問題は無いじゃない」
 本気でそう思ってやがるな。
 北高の部活動に割り当てられた予算を、光陽園の部活の為に使って問題が無い訳ないだろ。
 モラル以前の問題に、見つかった時に長門の責任問題になるかもしれん。
「う……それは」
 ま、学校を通して共同活動するって事なんだから完全に駄目って訳じゃないんだろうが……
映画の為だけに使うってのはやはりまずい気がする。
「それに長門だって、部費が出たら購入したい本とかあるんじゃないのか? みんなも暖房器
具を買いたいって言ってたし」
 ついでに、仮に部費を提供してハルヒが言う映画を撮ったって、文芸部の財産にならない事
だけは断言してやれるぞ。むしろ負の歴史だ。
「…………」
 困った顔で長門は俯いてしまい、
「……まあ、確かにそうだけどさ」
 予算の当てが無くなってしまったせいか、ハルヒも不貞腐れた顔をしている。
 ま、そんなに落ち込むなって。予算が多いからいい映画が撮れるって訳でもないだろ?
「でもあったほうがいいじゃない」
 そりゃまあ、そうだが。
 文芸部の部費を使わせてもらうって案は一先ず保留って事にしておいて、SOS団を部活と
して認定してもらう方を考えてみたらどうだ。
「思いつく限りの事はもうやったわよ。部活動設立に必要な部員の数も集めたし、顧問の教師
もちゃんと用意したわ」
 勧誘方法は説得……じゃないんだろうな、やっぱり。
「でも教頭の奴「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」何て部活は認められないと
か言うのよ! 何様のつもり?」
 いや、普通だぞ。それ。
 俺が学校側の立場だったらそうする、誰だってそうする。
 光陽園学園はどうなのか知らないが、北高の場合で言えば新しく部活をを作る場合は『活動
内容は創造的かつ活力ある学校生活を送るに相応しいものに限る』と制限されてるんだ。
 涼宮ハルヒの……何て個人名を名称に入れてる時点で、一次選考の書類審査すら通らな――
「あ」
「何よ、変な声を出して」
 そっか、だから俺はあの時一案を講じたんだったな。
「すまんハルヒ、お前にまだ言ってなかったと思うんだが……SOS団の申請をする時、俺は
そのままの名前じゃ通るわけが無いから名称を変えて申請したんだ」
「……はぁ?!」
 えっと、あれは確か……。
「生徒社会を応援する世界造りのための奉仕団体、略してSOS団ってな。活動内容の方も、
学園生活での生徒の悩み相談、コンサルティング業務、地域奉仕活動への積極参加とか、そん
な感じの名目にしたはずだ」
 うろ覚えだが、多分。
「こ……この馬鹿ジョン! それを先に言いなさいよ?」
 言いながらハルヒはコタツから立ち上がり、立ち上がるついでに俺の手を掴んでいた。
 ……おい、まさかとは思うが、お前
「さっ、今から教頭の家に行くわよ」
 やっぱりか。
「いったい今何時だと思ってるんだ?」
「えっと……もうすぐ一時ね。急ぎましょう」
 そこは急ぐんじゃなくて、訪問を後日にする方向で頼む。
「いいから一緒に来なさい! じゃないと有希を連れて行くわよ」
 笑顔のまま怒るという器用な真似をしながら、ハルヒは俺にそう言った。
 我侭を言うのもいい加減にしろ、行くんなら一人で行け。
 ……と、ここはそう強く怒ってやるべき所だったのかもしれなかったんだが。
「ほらほらっ。も〜急ぎなさいよ」
 古泉じゃないが、久しぶりに見たハルヒの笑顔にはそんな苦言を押し留める何かがあって、
俺は諦めと共にコタツから抜け出していた。
 やれやれ……ま、こんな事で長門に迷惑をかけたくはないし、一人で帰るよりは誰かと一緒
の方が気が紛れるだろ。

 ――それからの事を少しだけ話しておこうか。
 俺とハルヒは長門の部屋を出た後、駅前に居たタクシーを捕まえて本当に光陽園の教頭とや
らの家に押しかける事になってしまった。
 後から聞いた話によれば、ハルヒ自身、最終手段として教頭宅に直談判する事も考えにあっ
たと言うのだから笑えない。
 閑静な住宅街の一角にあった教頭宅に響くインターホンの連打、そしてハルヒのでかい声。
 パジャマ姿で玄関から出てきた疲れた顔のおっさんは『部活動の名称と内容を変えるから部
活を認めて』というハルヒの脅迫にも似た説得の前に、渋々承諾してくれたのだった。
 というより、世間体を気にして頷かされたと言った方が正しいのかもしれないな……。
 何せ、深夜に突然女子生徒が家に押しかけて来て、玄関前で大声で喚いてるんだ。ご近所に
あらぬ噂を立てられてもおかしくはない。
「本当! ちゃんと聞いたからね? 後でやっぱり駄目とか言わせないからっ! ここにいる
ジョンが証人よ」
 おい、さりげなく人を巻き込むな。
 どちらかと言えば、俺は近所の家を心配そうな顔で見回してるこの人の方に同情したい位な
んだ。
 ともあれ、こうして無事にSOS団は設立されてしまったらしいぞ。
 ハルヒは最高のクリスマスプレゼントだとか言って喜んでいたが、俺としてはまたしても余
計な面倒事を増やしてしまった気がしてならない。
 やれやれ……俺には学習能力ってもんが無いんだろうかね?

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:43 (2711d)