作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 4話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-07-20 (火) 22:27:22

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「えっジョン。あんた文芸部に入るの?」
 ああ。
 驚いた様子のハルヒの問いかけに、俺はあっさりとそう答えていた。
 ずいぶん物が減って寂しくなっちまったし、SOS団も無い。ついでに、部員も足りないか
らいつまでこの部室が使えるのかも解らないが……それでも、俺はここが好きらしい。
「そうじゃなくて、あんたはこれから元の世界に戻るんじゃ」
 決心まで随分時間がかかっちまったが、今は自分でも不思議な程に落ち着いている。
 自然と伸びていた手が長門の頭を軽く撫でた後、
「悪い、長門。俺はお前の作ってくれたプログラムを使わない。今までの日常に未練が無いと
言えば嘘になるが……俺には、こうする事が正しいんだって思えるんだ」
 意味が通じない事は解っていたが、入部届けを手に俺を見上げている長門にそう告げた後、
 Ready? ――NOだ、すまん。
 俺はキーボードに指を伸ばし、デリートキーを押し込んだ。

 消失アナザー 

 その直後──それまで明滅を繰り返していたカーソルが不意に途切れ、そのままモニターの
画面は電源が切れたみたいにブラックアウトしてしまった。
 消えてしまった文字列の代わりに、今は俺のまぬけな顔が映っている。
 どうやら本当に電源が落ちてしまっているらしく、試しにいくつかキーを押してみたが何の
反応も無かった。
「……あ、あれっ? 文字が消えてる」
 そう声をあげたハルヒが見ていたのはモニターではなく、手に持っていた例の栞だった。
 差し出しされた栞には、そこに書かれていたはずの長門の文字は無く、まるで最初から何も
書かれていなかった様な白紙の紙片になっている。
 長門のくれたヒントは、これで全部無くなってしまったって事……だな。
 自分の選んだ選択を即座に後悔してるって訳じゃないが、これであの日常に戻れなくなっち
まったという現実はやはり軽くない。
 今だから言える事だが……俺は、あの非日常な毎日を楽しいと感じていたんだと思う。
 でも、これで良かったんだよな。
 俺はハルヒの手から何も書かれていない栞を受け取り、またポケットへと入れた。
「……ねえ、本当に良かったの?」
 多分、な。
 今はそうとしか答えられない。
「でも…………まあ、あんたがそれでいいならいいんだけど」
 気まずそうに俺から視線を外すハルヒの向こうでは……何だよ、反応無しか。
 長門の隣に立つ朝倉は、特に変わった様子も無く俺を見ていた。
 中庭で事の真相を告白された時『プログラムをどうするかは俺の意思に任せる』朝倉は俺に
そう言った。エンターを押すな、とも。押せとも言わず、俺の判断に任せたいと。
 結果として俺が選んだ選択はあいつの予想通りだったのか……それとも。
 朝倉の表情からその真意を読み取ろうと努力していた時、俺を見ている視線がある事に気づ
いた。
「何か言いたい事でも」
 その視線の主は、俺に意味深な笑みを向けて見つめている――古泉だった。
「ええ。あなたの選択が意外だったもので」
 何の事だかさっぱりだな。
「僕としても、貴方は元の世界へと戻る選択肢を選ぶと思っていたんです」
 ……随分軽く言ってくれるじゃないか。
 人の葛藤も知らないでよ。
「っていうか、俺が元の世界に戻る選択肢を選んだら、この世界が消えてしまうんじゃないか
って言ってたのは確かお前じゃなかったか」
 それともあれは俺の聞き間違いか。
「ああ、その事ですか。あれは冗談です」
 冗談?
「正直に言いますと、まずあなたの話が全て嘘である可能性が半分。残りの半分は……そうで
すね、先程喫茶店でも少し説明しましたが、あなたがパラレルワールドに迷い込んだのである
と仮定するのであれば、あなたが選択肢を選ぶという行為によって、あなたがこの世界に残る
現実と、残らない現実の二つが生まれるはずだからです」
 ……お前のその説明口調はいいとして、だ。もう少し解り易く説明できないのか?
 自分の考えを人に解りやすく伝えるってのも、知識の内の一つだと思うぞ。
 頭を抱える俺に残念そうな笑みを向けてから、
「つまり、世界は無限の選択肢の連続であり、その選択肢の数だけ世界が存在する。……簡単
に言ってしまえば、パラレル理論とはそんな理論なんですよ」
 そんなあやふやな理論で安心できてるお前の頭が俺は心配だ。
 だいたいその考えで言えば、お前が言ってたみたいに世界が消えちまう可能性だって、やっ
ぱりあったって事じゃねぇか?
「ええ、確かにそうですが……僕は自分がこれまで生きてきたこの世界が、パソコンのキーを
一つ押すだけで消えてしまう可能性を信じられる程、ロマンチストではありませんので」
 ……そうかい、つまりお前は最初っから可能性の前半部分しか信じてなかったんだな。
 久しぶりに聞いた古泉の薀蓄話に俺が頭を抱えていた後ろで、
「――あっそうだ、ひらめいたわ!」
 突然大声をあげたハルヒに、少しも驚かない自分が少し悲しい。
 誰も何も反応しないから、一応聞いておく。
 何をだ。
「ジョンが元の世界に戻らないんなら、この文芸部をSOS団に改名するってのは」
「断る」
 突然意味不明な事を言い出したハルヒの言葉を、俺は最後まで聞く前に否定した。
 ああ否定させてもらうとも。
「何で?」
 何でじゃねぇよ。
 心外そうな顔をしたいのはこっちだ。
 勢いを増した頭痛に溜息をつきつつ、
「そもそもお前はこの学校の生徒じゃないだろ。どうしてもSOS団を作りたいんなら、自分
の通ってる学校でやれ」
 元の世界ではお前という防波堤があったからまだいいような物の、こっちの世界の長門にそ
んな恥ずかしい名称の団体を押し付けさせてたまるか。
「……何よ、つまりあんたはもうSOS団に興味が無いって事?」
 何でお前が怒ってるのかは解らんが、
「そうは言ってない。ただ、やるんならちゃんと自分の居る学校でやれって言ってるだけだ。
その上で休日の活動に参加しろとかなら、頭数くらいにはなってやるよ」
 額で眉毛を接近させているハルヒに、俺はそんな妥協案を提示してみた。
 それじゃあ駄目か? 駄目だろうけどな。
 正直なところ、俺が説得した所でハルヒは聞き入れないだろうと思っていたんだが
「ん〜……うん。ま、とりあえずはそれで勘弁してあげるわ。い〜い、あたしが呼んだら絶対
来なさいよ? 絶対だからね?」
 意外な事にハルヒはあっさりと笑顔を取り戻し、俺に指先を突きつけながらそう言った。
「発言を厳粛に受け止め、前向きに検討する方向で調整しておく様に伝えておく」
「来〜な〜さ〜いっ!」
 へいへい。
 この時ついでに、俺は一度火がついたハルヒの行動は無駄に早いって事を、壁際で聞き役に
徹していた古泉に伝えておいてやるべきだったのかもしれない。
 俺の曖昧な返答を承諾と受け取ったらしいハルヒは、即座に俺に背を向け、古泉へと向き直
ると
「古泉君! さっそく学校に戻ってSOS団を立ち上げるわよっ!」
 そう自分が言い終える前に古泉の襟首を掴むと、当たり前の様に出口に向かって引っ張り始
めたのだった。
 ま、そうするだろうって思ってたよ。
 そんなハルヒの通常行動を知らないであろう、他のメンバーが唖然とする中、
「えっ? あの、い、今からですか……? もう下校時間は過ぎてしまっていますが」
 古泉は気弱な声でそう指摘していた、無駄だろうがな。
「職員室に行けば教師の一人くらい残ってるでしょ。部活動の申請なんて、教師が一人居れば
問題ないじゃない。ほら早く、急いで!」
「わ、わかりました。わかりましたから、まずは手を離して頂けないでしょうか?」
 ――なるほど、ハルヒが部活を作る事を思いついた時の俺はあんな感じだったのか。
 部室中の視線を集めつつ、古泉がハルヒに引きずられる様にして部室を出て行き、ようやく
部室に静けさが戻
「ねねねね! ぶちょーさんっ、あたしも文芸部に入れてくんないっかな?」
 ……ったと思ったら、今度は鶴屋さんが突然大声を上げ、顔の前で両手を合わせ長門に頼み
込み始めたのだった。
「え……あの」
 訳がわからないといった顔の長門だが、それは俺も同じだ。
「SOS団じゃなくて、文芸部に……ですか」
「あ、うん。そっちももちろん参加してみたいんだけどさっ。あたしとしてはさっきのキョン
くんの話がすっごい気になってるんだよね〜」
 はぁ……。
 そう言われても、今の話が文芸部への入部とどう繋がるのかが謎なんですが。
「あのね? キョンくんの話をゆ〜っくりまとめて、それを一冊の本にしたいなって。それっ
てかな〜り文芸部っぽくない?」
 俺の話って、あの世界の話をですか?
「そう! 今日は時間とか気にしてダイジェストって感じだったけどさっ、お姉さんもうドッ
キドキでわくわくだったんだもん。っていうか今でも! これって本にまとめたら素敵かな〜
って思うんだけど……どうにょろ」
 えっと、その。俺に聞かれましても。
 俺から視線を離そうとしない鶴屋さんに代わって、文芸部の部長である長門に視線で意見を
求めてみると、
「わたしも……もっと聞いてみたい」
 長門は俺に向かってゆっくりと頷いて見せ、机の引き出しから白紙の入部届けを取り出した。
「あんがとさんっ!」
 差し出された小さな紙を鶴屋さんが受け取った時、
「あ、あの」
 それまで、鶴屋さんの後ろでじっとしていた朝比奈さんが声を上
「鶴屋さんナイスアイディアー!」
 部室のドアが弾けるように開いた音を聞いて、俺が一瞬、自分が元の世界に戻ったんじゃな
いかって錯覚してしまったのは無理も無いだろう。
 涼宮ハルヒ、呼ばれてもいないのに再登場。
 ……っていうかこのタイミング、こいつ盗み聞きしてやがったな。
 半眼で見る俺の視線を無視しつつ、したり顔で腕を組みながら、
「そっかぁ……うんうん、別世界のあたしの話を本にねぇ。確かに、SOS団を作るにしても、
不思議探索ってのをやるだけじゃ物足りないな〜ってずっと前から思ってはいたのよ」
 納得するように頷くハルヒの後ろで、古泉が疲れた笑顔で笑っていた。
 ……ずっと前からも何も、お前がSOS団を作ろうとしたのは、ほんの数時間前のはずなん
だがな。
 それと、本にするのは俺の体験談であってお前の話じゃないらしいぞ。
「安心しなさい? 本のタイトルならもう決めてあるから!」
 そんな事は誰も聞いてない上に安心しようも無い。
 ……でもまあ、一応聞いてやるから言うだけ言ってみろ。
 期待値ゼロ。溜息混じりにそう促すと、ハルヒは胸を張って肩幅に足を広げて立ち、向日葵
の様な笑顔を顔に浮かべてこう言った――
「いい? タイトルはね〜……涼宮ハルヒの憂鬱!」
 全世界が停止したかと思われた。
 いや、むしろ止マレと言いたい。
 ……お前が馬鹿な事を言い出すのは解っていた、解ってはいたんだが……まさか、実名でき
やがるとは想定の範囲外だぜ。
 威風堂々とタイトル案を言い終えたハルヒの顔には、一片の迷いも無かった。
 やっぱり真性のアホだ、こいつ。
 100Wの笑顔を浮かべているハルヒに対し、俺が今感じている感情を言語にするのは難し
いのだが……ま、態度で示すだけならそれ程難しくは無いよな。俺はいつもそうしていた様に
肩をすくめ、小さく首を振りながら顔を横に振りつつこう言った。
 やれやれ、と。
 脱力する俺の隣で鶴屋さんはポンと手を打つと、
「涼宮ハルヒの憂鬱かぁ……うん、あたしはいいと思うなっ! だって、どうしても話の中心
は涼宮さんになっちゃうだろうし、名前を使えたらいいな〜って思ってはいたのさ」
 鶴屋さん。
 あの……一応聞きますけど。本気じゃないですよね、それ。
「うん本気本気。それに涼宮ハルヒの憂鬱ってさ、何となく映画のタイトルっぽくていい名前
じゃないかぁ」
「待って?! ひらめいたわ!」
 頼むから、お前はもうひらめくな。
 ハルヒは背後に居た古泉へと振り返ると、
「その本を原作にSOS団で映画を撮るってのはどう? 古泉くん」
「え、映画ですか?」
「そう!」
 おい古泉、はっきり嫌だと言ってやれって。
 言うなら今しかないぞ、言ってもどうせ無駄だが。
「それは……そうですね、えっと」
 古泉の顔に浮かんでいるかなり引きつった笑顔が、果たして目の前に居るハルヒには見えて
いるのだろうか。
 おいハルヒ。お前、この上また映画を撮るつもりなのか。
「またって……ああ、あたしは初めてだからいいの。じゃあさっそく機材を調達してこないと
いけないわね〜。ジョン、あんたはちゃんと本を作っておきなさいよ? ああもう、楽しくな
ってきたわ〜!」
 いや、そうじゃなくて。俺の話の中でお前が映画を撮る事になるから、お前は映画の中でも
映画を撮るつもりなのか……って聞いてねー。
 再び古泉を引きずりながら――ついでに何やら不吉なうわ言を繰り返しつつ――今度こそハ
ルヒ達は部室を出て行った。多分な。
 ようやく静かになってくれたか……ん、
「そういえば。朝比奈さん、さっき何か言いかけてませんでした」
 ハルヒが再登場する前に何か言おうとしていた様な気がするんですが。
「……あのぉ、わたしも文芸部に入れてもらえないでしょうか」
 朝比奈さんも、ですか。
「はい」
 いやまあ、俺としては朝比奈さんの入部が大歓迎なのは間違いないんですが……でも、どう
して?
 ついさっき、俺は元の世界でハルヒが朝比奈さんにしてきた悪戯の限りを、概略だけとはい
え話したばかりだ。
 あの話を聞いた上で、何故朝比奈さんはハルヒと係わり合いになる道を選ぶ気になるんだろ
うか……今の朝比奈さんには、未来人としてハルヒを監視しなくちゃいけないなんて背景は無
いはずなのに。
 返答に困ったらしい朝比奈さんの表情に、俺が無意味にどぎまぎさせられていると
「あの……駄目でしょうか」
 いえいえいえ、そんな。
 っていうか、こういう話は入部届けを出したばかりの俺じゃなくて、そこに居る長門に頼ん
だ方がいいと思いますけど。
 鶴屋さんの時といい、何故俺を見るんでしょうか。
 そんな俺の内心に気づかないらしく、朝比奈さんは俺の顔をじっと見つめている。
 何となく、いや、かなり気恥ずかしい雰囲気の中で立ち尽くしていると
「……おんやぁ……へ〜……これはこれは……」
 楽しみを堪えきれないといった声の先には、三日月の様な円を描く口元を、両手で隠しなが
ら笑っている鶴屋さんが居た。
 全然、隠せてませんでしたが。
「ね〜部長さんっ、みくるも入れてあげてくれないっかな? お願い!」
「……よろしく」
 鶴屋さんと朝比奈さんに頷いて見せながら、長門は白紙の入部届けを机から取り出した。
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
 朝比奈さんが丁寧にお辞儀をしつつ、その紙を受け取る中、
「じゃあ、あたしも入部させて貰おうかな」
 これまでずっと長門の背後で黙っていた朝倉までもが、突然そんな事を言い出しやがった。
 鶴屋さんに続いて朝比奈さん……おまけに朝倉。何なんだろうなぁこの流れは。
「……おい、朝倉」
「何かしら?」
 長門が承諾する前に、お前が勝手に机の引き出しを開けて入部届けを持っていくのはまあい
いとしてだ……何で急に文芸部に入ろうなんて思い立ったのか聞かせてもらおうか。
 建前じゃなく、本音でな。
「あら、文芸部は今まで休部状態だったけど、あなたと鶴屋さん、朝比奈さん。そしてあたし
が入れば五人になるでしょ? これで顧問が付けば正式に部活として活動が再開出来る。あた
しは文芸部の部長である長門さんを助けようって思っただけよ」
 言ってる事は正論だが、お前が言うと建前にしか聞こえない。
 半眼を向ける俺に余裕気な笑みを浮かべた朝倉は、
「……ふ〜ん、キョンくんはあたしには文芸部に入って欲しくないのかな? 部活動が再開し
て予算がつけば、この寒〜い部室にストーブだって買う事も出来るんだけど」
 ぐ……やけに現実的な路線で攻めてくるじゃねぇか。
 いまいちいい反論が思い浮かばないでいると、
「ねねねっ……もしかして、朝倉さんってキョンくんの元カノさんとかなのかなっ?」
 そんな意味不明な事を長門に聞かないでやってください。
 鶴屋さんとしては小声のつもりなのかもしれませんが思いっきり聞こえてます。
 ……ま、いいさ。
「別に、ただ理由を聞いただけだ。反対も何も無い」
 文芸部の事は長門が決める事であって、俺がどうこう言う事じゃないからな。
「そ、じゃあ決まりね? 今後ともよろしく」
 朝倉は手早く自分の名前を書きいれると、長門に入部届けを渡しながら俺に向かって微笑ん
で見せるのだった。
 だから、どうしてここで俺を見るんだよ。
 

 ――こうして、紆余曲折の果てに俺は元の世界へと戻る事を止め、光陽園学院にSOS団と
いう名の不吉の影をもたらし、何故か北高の文芸部が復活を果たした所で、長かった俺の一日
がついに終わ
「うっわー! すっげー! なーんにもないんだねっ! これが文芸スタイルって奴なの?
ははっかっこいー!」
 ……らなかった。
「お、お邪魔します」
「もう、また冷蔵庫の中が空じゃない。たまには買い物に行かなきゃ駄目よ」
 長門の部屋のリビングや台所を、思い思いに歩き回る文芸部の新入部員達。そんな部員達の
姿を、俺と長門は壁際に立って眺めていた。
「あ、コタツに座って待ってて? すぐにお茶を淹れるから」
 どうぞお構いなく、というより朝倉。ここは長門の部屋であってお前の部屋ではないと思う
んだが気のせいか。
 今朝見た時と同じ、カーテンもカーペットも無い長門の部屋だが、こうして大勢人が詰め掛
けていると、何だが違った風に見えたりする。
「部長さんっ! 部長さんっ! こっちの部屋も見ていい? だめ? いい?」
 そう言いながら鶴屋さんが手をかけているのは、以前俺と朝比奈さんが世話になったあの和
室への襖だった。
「いい」
 長門の返答と同時に心地よい音を立てて襖が開いた。
「あんがとさんっ! わーっ! 和室だっ! ここも何もなーい!」
 ……えっと、確か鶴屋さんって俺達より一つ年上だよな。
 何と言うか、家の妹を見てる気分なんだが。
 落ち着きの無い鶴屋さんとは対照的に、朝比奈さんはコタツに座って静かに部屋の中を見回
している。
 あの七夕の時と同様、朝比奈さんは長門の前だと何となく緊張しているみたいに……って、
この朝比奈さんは殆ど初対面なんだから、これが当然の反応なのか。 
 ――さて、どうして文芸部員がこうして長門の部屋に集まっているのかと言えば、鶴屋さん
提案による新人部員歓迎会と今後の文芸部の活動方針について語り合う為、らしい。
 部室じゃ寒いし、ファミレスではお金がかかる。じゃあちょうど近くて広い場所があるから
と長門の部屋を推薦したのは、
「おまたせ、お茶が入ったわよ」
 今は嬉々として給仕係を務めている朝倉だったりする。
「待ぁってましたぁ! ……ふ〜熱くて美味しいねぇ」
「ありがとうございます〜」
 ちなみに、お前の部屋も同じマンションなんだから同じ間取りなんじゃないのか? と突っ
込んだのだが「うん、それ無理」長門と違って物で溢れてるから五人も入れないとの事だった。
 朝倉が住んでる部屋って……駄目だ、想像できん。
 まあ、長門が迷惑そうだったらどこか外に出ようとも思ったが、
「……」
 今のところ、長門に不満そうな様子はない……というよりむしろ、少しだけ楽しそうにして
いる様な気がする。
 朝倉に手招きされて、ゆっくりと壁際から離れてコタツへと歩いていく長門を見守っている
と、
「ほらほら、キョンくんも早くコタツに座って」
 朝倉。そのコタツ、どう見ても四人用だよな。
 コタツに入らずテーブルとして使うならまだしも、足を入れるんなら四人が限度だ。
 俺は適当にその辺に座ってるから、話を始めてくれ。
 話し合いをするにしても、俺は特に意見も持ってないんだから気にしなくていい。
「そんなの駄目。そうねぇ……この中だと長門さんが一番小柄だし、そこに一緒に座るっての
はどうかしら?」
 お前は何を言ってるんだ。
 自分の隣を見てみろ、長門が意味不明な提案に困ってる。
「あ、じゃあお姉さんの所に来るのはどうかなっ? おいでませ〜」
 申し訳ないんですが、鶴屋さんもからかわないでもらえると助かります。
 ……これはもう、とっとと話を始めさせてしまったほうが良さそうだ。
 俺は無言でコタツへと歩いていき、問答無用で朝倉の座っていた座布団を奪い取り、コタツ
の近くにそれをひいて座った。
「ほら、暖房器具はどんなのを買うとか、本を作る時の役割分担とか話し合うんだろ」
「あっ……そういえばそうだったっけ。ん〜それじゃあせっかくだし、話し合いましょうか」
 何の為に来たんだ、お前は。
 ――思わず半眼で朝倉を睨んでしまった俺だったが、そこはやはり元クラス委員って奴なん
だろうな。
「灯油の方がコスト対効果で見るといいんだけど、部室棟は火気の申請が厳しいし、朝比奈さ
んの提案した電気式ストーブがいいと思うな。乾燥はお肌に良くないし」
「とりあえず、一度キョンくんの話を切りがいい所まで聞いた上で、読者の視点で知りたいと
思った事を後で聞いて見るのはどうかしら」
「鶴屋さんが言う様に聞き役は長門さんが適任よね。あたしじゃどうしても途中で口を挟んじ
ゃうもの」
 とまあそんな感じで、他の部員達が思い思いに提案する内容を、朝倉は無難かつ適切に処理
し、次々と文芸部の方針を決定していくのだった。こうして離れて見ていると、殆ど初対面の
メンバーを相手に大した社交性なんだと思う。
 っていうか、何で長門と朝倉はこうまで違うんだろうな。
「…………」
 この話し合いの中、やはりというか長門は一言も口を開いていない。
 時折朝倉が了承を求めるたびに小さく頷いてみせるだけで、それ以外はじっとみんなを伏せ
目がちに見ているだけだ。
 知らない人が見れば、朝倉が部長で長門が新入部員に見えるだろう。
 それでも、表情だけで言えば元の世界の長門より感情表現豊かだとも言えなくも無いんだが、
長門にも……こう、もう少しくらい社交性があってもいいんじゃないか?
 たまにでいいから、こう遠慮がちに手をあげて何か言うとかさ。
 コタツに座る長門の横顔見ながら、そんな妄想に耽っていると
「――じゃあ、キョンくんもそれでいいわよね」
 不意に振り向いた朝倉は、当然の流れの様な口調で俺に同意を求めて聞いてくるのだった。
 あ、えっと……すまん。完全に聞いてなかったんだが……みんな結構真面目に話してたみた
いだったし、ここで『何の話だっけ』とは言いにくい。
 かといって、正直に長門を見てました何て言えるはずもない。
 突然の事態に固まっている俺に、四人の視線が集まる中――ここはそう、あれだ。
「まあ、いいんじゃないか」
 肯定とも曖昧な否定とも取れる万能言語。
 日本人らしい曖昧さを残した返答で俺は逃げる事にした。
 しかし、
「うんっ、じゃあ決まりね」
 俺の返答に何故かとびっきりの笑顔を浮かべている朝倉……ん、待てよ。笑っているのは朝
倉だけじゃない。
「へへ〜キョンくんふとっぱらっさ〜。よっお大臣!」
 鶴屋さんや、
「楽しみにしてます。あ、でも無理はしないでくださいね?」
 朝比奈さんまでもが、それぞれに意味深な笑みを浮かべながら帰り支度を始めるのだった。
 その上、何故か長門は一人真っ赤な顔で俯いていたりする。
 お大臣? それに無理って……何だ、いったい俺は何を承諾してしまったんだ?
「じゃあ部長さんお邪魔しましたっ! あ、また遊びにきてもいいっかなっ? ――やった! 
そいじゃあまた明日部室でねっ!」
「お邪魔しました〜。おやすみなさい」
 えっあの……おやすみなさい。
 朝比奈さんと鶴屋さんが笑顔のまま部屋を出て行った後、
「じゃあ、あたしも帰るね。……あ、そうだ。キョンくん、ちょっとだけお話しない?」
 コタツから立ち上がりながら朝倉は、そう言って俺に手招きしてくるのだった。

 ――少し、長門と話したい事があった様な気もするんだが……まあ、いいか。
「じゃ、また明日な」
 見送りに玄関まで来てくれたまだ赤い顔をした長門にそう言って、俺は朝倉と一緒に暖かな
部屋を後にした。
 下手に長居をして、また一泊お泊りなんて事になったら笑えないからな。
 ドアの向こうは真っ暗な街が広がっていて、雪は降っていないものの冷え切った大気がそこ
にある。慌ててコートのボタンを閉める中、熱を急速に失った体は早々と震えだしていた。
 ええぃくそっ今日はやけに冷えるな……さっさと家に帰らないと、谷口じゃないがマジで風
邪を引いちまうかもしれん。
 そう思って足早にエレベーターへと向かう俺を、
「あっねえ。少しお話ししようよ?」
 朝倉の声とコートを掴む手が引き止めた。
 ああ、そう言えば何か話す事があるんだって言ってたな。
「用件は何だ、寒いんだから手短に頼む」
 この寒さの中、俺より薄着な癖に平気そうな顔をしている朝倉は、自分の口元に両手の指先
を添えつつ
「ん〜……じゃあ、あたしの部屋に来る?」
「また明日な」
 お前の部屋までここから徒歩五分も無いんだろうが気をつけて部屋に帰れよ。
「あ、もう! 冗談よ。……話ってのはね? 長門さんのプログラムの事」
 やっぱりその事か、聞かれるんじゃないかとは思ってたよ。
 帰られないようにと俺のコートを掴み直した朝倉は、
「あのね? キョンくんは……本当にこれで良かったの? 後悔とか……してない?」
 俺の視線を気にする様に顔を伏せながら、今更そんな事を聞いてくるのだった。
 っていうか、
「長門のプログラムがどんな物だったのかは今となっては解らないが、この世界を創ったお前
が何でそんな事を聞くんだ」
 結果として、世界はお前が創ったままになったんだからお前には何の不満も無い。そうだろ?
「それは……うん、そうなんだけどね。ただ……キョンくんはどう思ってるのかなって」
 ……俺の気持ちねぇ。
 そんなもん、自分でもよく解らん。
 みんな悩んで学んで生きてるんだ、そいつがはっきり解ってる奴なんてそれ程多くは無いと
思うぜ。
 仮に、自分の気持ちが完全に解っていたとしてもだ。あの選択はイエスかノーだけで返答で
きる問題じゃなかった。
「ま……少しも後悔してないって言えば、それは嘘になるだろうな」
 溜息と一緒に答えた俺を、朝倉は神妙な顔で見つめている。
「ハルヒと出会い、SOS団が出来てみんなと会って……半年以上が過ぎてたんだ」
 そうさ、これまで笑える位に色んな事に巻き込まれてきたし、これからもきっとそうなんだ
ろうなって本気で思っていたさ。ハルヒの思いつきに付き合わされるってのは、はっきり言え
ば迷惑な事ばかりだった。
 だが、それでも俺が毎日放課後にあの部室へ通っていたのは、朝比奈さんの事が心配だった
ってだけじゃなくて……そうだな、そろそろ認めちまってもいい頃だろう。ハルヒに連れ回さ
れ、宇宙人の親戚と戦い、未来人にお茶を淹れて頂き、超能力者とボードゲームに勤しむ毎日。
 日替わりメニューの様に非日常が降り注いでたあの日々を――楽しいと感じていたのだと。
 でも、な。
「朝倉」
「……うん」
 何故、今お前が寂しそうな顔をしてるのか俺には解らんが、
「お前が言った様にさ、俺があの世界に戻る事を選べば……また、ハルヒの力のせいで、みん
なを苦しめちまう事になるかもしれないだろ」
 立て続けに巻き起こる異常の連鎖に、疲弊した顔で下らない冗談を吐いた古泉。
 突然未来に帰れなくなってしまったと泣いている朝比奈さん。
 そして……終わらない夏の日に、空ろな目をしていた長門。
 騒がしい毎日の裏側で、俺もハルヒも知らない所場所でそれは起こっていた。
「無意識の内にやっちまってる事とはいえ……だ。俺はそんな事を、もうハルヒにさせたくな
いんだ」
 宇宙人、未来人、超能力者――そして、願望を実現する能力。
 その全てをハルヒに打ち明けてしまえばいいんじゃないのか? ずっと前から俺はそう思っ
ていて、実際に言ってしまった事もある。ハルヒは全く信じなかったけどな。
 説明する事は危険だから、禁則事項だから、監視が任務だから。三者三様の理由があり、結
局はハルヒだけが何も知らず、止める事もしないままここまできてしまった。
 それはハルヒの為にではなく、自分達の事情がそうさせるから。
 でも、俺はただの一般人でしかない。
「思い出はまた作れるだろ。でも、ハルヒの力を止めてやれるチャンスは今しかない。そう思
ったから、俺は長門のプログラムを使わなかった……これでいいか」
 一般人の俺だからこそ、ここであいつを止めてやらなきゃいけない。
 朝倉は何かを言おうとして……結局何も言わないまま、満足した様にゆっくり頷いてから俺
のコートを掴んでいた手を離した。
 時間の経過で寒さに馴染んできたのか、それ程苦痛でもなくなってきた寒さの中。無言のま
まじっと俺を見つめている朝倉は、いったい今、何を考えているんだろうか。
 何となくその答えが気になりつつ、再び俺は口を開きかけて――ま、これは蛇足だから言わ
なくてもいい事か。
 俺がプログラムを使わなかったもう一つの理由を口にする代わりに、
「じゃ、またな」
 その「もう一つの理由」の張本人に向かって軽く手を上げた後、俺は家に帰るべくエレベー
ターへと向かって歩き始めた。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:43 (2711d)