作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名ロストマン 1話
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-07-20 (火) 22:22:34

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 

 消失アナザー I
 

 それは、状況だけで言うのであれば、とあるご家庭での夕食の一幕の事だった。
 現在、俺の視界に入っているのは、食欲を誘う匂いと共にうっすらと立ち上る湯気の向こう
から、
「……」
 時折こちらを気にするように顔を上げてはまたはんぺんを噛む作業へと戻る長門。
 そしてそんな寡黙な長門とは対照的に、
「ねえ、おでんは味噌派? からし派? 両方持ってきてあるから遠慮なく言ってね」
 妙に甲斐甲斐しく俺に話しかけてくる朝倉の二人だった。
 さて、俺は何故この二人と鍋をつついているのだろうか……。
 その答えを聞くべき相手が思いつかなかった俺は、鍋の淵より明らかに多く積まれたおでん
ダネを上から順番に食べ進めていった。
「ねえ、所でどうしてあなたがここに居るの?」
 俺が卵を探して鍋を覗き込んで居ると、向かって左隣りに座っている朝倉が、俺の皿にちく
わぶを入れながらそんな事を聞いてきた。
 質問はまあいいとして、何でちくわぶを俺に渡す。
「美味しいからよ」
 そうかい。
 ……って、さっきの説明じゃ不満なのか。
 文芸部に興味があるからだってさっき説明しただろ。あれはあれで、完全に嘘って訳でもな
いつもりだ。
「もちろん不満。長門さんは拒否しないから、本当は強引に上がりこんでるんじゃないかって
可能性を疑ってるの」
 本人を前に率直な意見をどうも。
 あと、ダシの染みてる食べかけのちくわぶもどうも。
 突っ込みを入れつつちくわぶを口に運んでいると、
「ご、強引じゃない……」
 慌ててか細い声で弁護してくれる長門の発言を無視して、朝倉は俺に興味の視線を投げかけ
てきている。
 ったく、いったいこいつはどんな返答を聞けば満足するんだ?
 実はお前らは宇宙人だとでも言えばいいのかよ、それならさっき学校でやって空気を凍らせ
ちまったばかりだから遠慮願いたい。
「朝倉。俺もお前に一つ質問してもいいか」
「何かしら? おでんのダシ?」
 いやまあ、それもまあ気になってるがその事じゃない。
 聞く体勢の朝倉に対し、思わず箸を向けてしまったもの……長門の前で「俺を殺そうとした
記憶があるか」何て聞く訳にはいかないよな。
 一番聞きたい事は聞けないとなると、やはり
「お前は何でそんなに長門の事を心配してるんだ」
 同じマンションに住んでるだけの友達、って感じには見えんぞ。
「そうかな」
 ああ。
 夕飯を作りすぎたからついでに、ってのはまあいいとしてもだ、何でそこまで長門の心配を
するんだ?
 こう見えても長門は一応高校生なんだろうし、過保護過ぎじゃないか。
「あれ〜? やっぱり、本当は二人っきりで何かしたかったけどあたしがお邪魔なのかしら?」
 別に。
「あ、視線逸らしたね」
 い〜や。
 湯気のせいでそう見えるだけだろ。
「本当かなぁ」
 ……ええい、付き合いきれん。
 こいつはいったい何が狙いなんだ。
 楽しげに俺をからかう朝倉から視線を逸らすと――えっと。
 ついさっき、玄関からおでん鍋を抱えた朝倉が部屋に入ってきた時以上に俺は固まってしま
った。何故だって?
 俺の対面の席に座っていた長門が、朝倉から見えないようにコタツテーブルの陰にそって手
を伸ばしてきていたんだよ。
 その手に持った箸の先にあるのは、はんぺん。
 どうやら長門は俺の手元にある皿の上にそのはんぺんを乗せようとしているらしいのだが、
そもそも長門の腕の長さではかなり前傾姿勢にならなければ俺の皿まで箸の先は届かない。
 必死に腕を伸ばしつつも、朝倉に気づかれない様に平静を装っているらしい長門と、俺は目
があってしまった。
 ……えっと。
 動きを止める長門の持つ箸の先で、真っ白なはんぺんが揺れる。
 そしてそれ以上に視線を揺れさせている長門は、腕を戻す事も出来ず俺と朝倉の事を交互に
覗き見ているのだった。
 そんな挙動不審な事をすれば、
「あれ? 長門さんどうかしたの」
 この目敏い朝倉が気づくのも当たり前の事であり、湯気という頼りないフィルターだけでは
長門の伸びきった腕が隠しきれなくなるのも時間の問題だろう。
 ……長門。お前が理解できない行動を取るのは慣れてたつもりだが、こっちの世界でもやっ
ぱりお前はお前なんだな。
「え……あ、あ」
 切なげな目で何かを訴える長門に、俺は左手で箸をつかんで鍋の中から大根を取り出し、
「朝倉。底に入ってた大根に火が通ってるか味見してくれ」
 返事を聞かないまま朝倉の受け皿にそれを乗せ、反対の手では長門の箸の下に自分の受け皿
を差し出していた。
「さっきあたしが食べた時は大丈夫だったよ」
 箸で大根を分割しながら、朝倉はうんうんと頷いている。
 そ、そうか、それならいいんだ。
 朝倉へ適当な返答を返している間に、俺の右手の皿の上に僅かな重みが加わった。
 対面の席へと視線を戻すと、長門はまた俯いて新しいはんぺんを食べる作業に戻っている。
 湯気越しに見える長門の顔は、鍋をつついているだけでは説明出来ない程度に赤くなってい
る気がした。
「……また長門さんの事見てる。あ〜暑いな〜」
「窓でも開けたらどうだ」
 そう言い返しつつ差し出していた右手を手元に戻すと、そこには長門が置いた食べかけのは
んぺんが乗せられていた。
 朝倉といいこの長門といい、食べかけの食材を人に食べさせるのが流行りなのだろうか。
 聞く訳にもいかない疑問を胸に抱きつつ、俺はそのはんぺんを口に――あれ。
「どうかしたの?」
 え、あ。いや。
「このはんぺん美味いな」
 普通に驚いてしまった。
「ん〜、既製品を褒められてもあんまり嬉しくない」
「え、これ既製品なのか?」
「そうよ。夕方に練り物コーナーで値引きされてたの」
 それにしては、妙に柔らかくて美味しい気がするんだが。
 ――意外な程美味しかったそのはんぺんを眺めている俺の向こうでは、何故か長門の顔がま
すます下降していくのだった。
 

「い〜い? 長門さんに遊びで手を出しちゃ駄目だからね?」
 去り際にそんな意味不明な事を言っていた朝倉と別れてマンションを出た時、すでにそこは
夜の帳が下りていた。
 明るすぎたマンションの出口で目が闇に慣れるまで待っていると、体内に籠っていた熱が気
忙しく外の大気へと逃げ出していく。
 うう、寒い。せっかく暖まったってのに。
 思わずコートの端を合わせて歩き始めた俺は、暫く歩いた所で何となく振り返っていた。
 夜の闇に浮かびあがる様に建つマンション、そこに見えるいくつかの光の中のどこかに長門
と、後ついでに朝倉が居るのだろう。
 長門の部屋は……708号室だっけ。
 数ある光の中からそれがどれなのかを探してはみたものの、外から夜のマンションを見て部
屋を特定するのは、俺には難易度が高過ぎたらしい。
 足を止めてから数分後、無駄に体温を失ってしまった事に溜息をつきつつ、俺はまた駅へと
向かって歩き始めた。
 ――しっかし、この世界は何なんだろうなぁ。
 何故か居なくなっているハルヒ、古泉。
 居るはずがないのに、当たり前の様に居た朝倉。
 俺の事を覚えても居ない朝比奈さんに鶴屋さん。
 そして……長門。
 解らない事だらけでどこから考えればいいのかすら解らないが、あの栞を見る限り制限時間
は迫ってきているはずだ。
 かといって、あれを残してくれたはずの長門は何も知らないみたいだし……俺はいったいこ
こで何をすればいいんだ?
 誰にも相談できないこの状況だが、それでも何かをしなくてはいけないという焦りだけが募
っていく。
 そんな時、俺が思い浮かべていたのは――おいおい、嘘だろ?
 普段はあれだけ迷惑だって思ってたってのに……でも否定する事も出来そうにない。
 思わず顔を上げると、溜息が薄らと白く夜空を染めていく。
 ――なんてこった、俺はハ
「ぃい〜しやぁ〜き芋〜お。おいもっ」
 ……えっと、なんだったっけ。
 野太いおっさんの声が路地を埋め尽くすような音量で響いて行く中――思わず立ち止まって
いた俺の背後に、迫ってくる奴が居た。
 
 
 後ろから聞こえてきた足早な足音に振り返ると、
「あーっ! ちょうどいい所に居たっ!」
 制服の上にコートを羽織り、何故か足はサンダル。
 そんな不可思議な服装の朝倉がこちらに走って来ている所だった。
 ……携帯もあるし、財布も自転車の鍵もあるな。
 特に忘れ物をした覚えはないんだが、
「何か用か」
 立ち止まるのも惜しいと考えているのか、その場で足踏みを続けながら
「もちろん! ねえ、今の声聞いたよね?」
 朝倉はそんな事を聞いてきた。
 声?
 誰の。
「ほら? 焼き芋販売の!」
 ああ、さっきのあれか。
「聞いた覚えはあるが、それがどうかしたのか」
 まさか、焼き芋を買いたいとか言い出すんじゃ……
「やったぁ! ついに今日こそ買えるかも? ね、ねえそれってどっちからだった?」
 当たりかよ。
「も〜、急がないと逃げられちゃうじゃない」
 ……焼き芋屋に逃げられるインターフェースってどうなんだ。
 長門曰く、朝倉は優秀な奴らしいのだが……このサンダル姿で焦っている姿を見る限り、そ
れは過大解釈なのではないのだろうか。
 ま、それはどうでもいいとして、どうやら朝倉は本当に焦ってるらしい。
 必死な顔で周りの路地と俺の顔を見比べる朝倉に、
「販売車を直接見た訳じゃないから何とも言えないが、多分あっちの方だったと思うぞ」
 うろ覚えな知識を頼りに、俺は通りの向こうを指差した。
「本当? ありがとう! じゃあ行ってくるね!」
 焦って転ぶなよ。
「うん! あ、キョン君の分も買ってきてあげようか?」
 いらん。
 焼き芋はあんまり好きじゃないんだ。
「そっか、じゃあ長門さんと後から来てね!」
 そう言い残し、朝倉は通りの先へとサンダルの音を鳴らしながらかけていった……って待て。
 おい朝倉、お前最後に何て言った?
 呼び止める声は届かなかったらしく、そのまま朝倉の姿が夜の闇に見えなくなった頃。
「……あ」
 再び後ろから聞こえてきた足音と小さな驚く声に振り向くと、そこにはついさっき別れたば
かりの長門の姿があった。
 ――よほど慌てて出てきたのだろうか、長門はコートも羽織らず制服姿のままで左右の靴は
ばらばら。両手で大事そうに財布を持っている長門は、そこに居た俺の姿を見つけて小さく口
を開けたまま固まっている。
 なるほど、長門よりは優秀って事か。
 多分違うんだろうが、違う意味では正解な様な気もする答えを前に、なんとなく俺の顔は笑
っていた。
「焼き芋を買いに行く所か」
「……」
 何故か一瞬否定しかけたものの、諦めたように頷く長門。
 やれやれ、どうやら俺はまだ家に帰れないらしい。
 
 
「いつも……その、マンションの窓から聞こえる声だと、どうしても外に出るまでに時間がか
かってしまって」
 ふむふむ。
「……えっと……だから、まだ」
 その焼き芋を食べた事はない、って言いたいんだよな?
「……」
 俺のコートを羽織り、俯いたまま歩く長門は恥ずかしそうに頷いた。
 ――しきりに遠慮する長門に殆ど無理やり俺のコートを羽織らせた後、俺達はのんびりと朝
倉の後を追って歩いている。
 コートを取りに戻らせるにはマンションから結構離れてたし、朝倉は追いかけて来いって言
ってたからなぁ。
 正直な所を言えば俺も寒いんだが、この長門を前に自分だけコートを着ている事は出来そう
にない。
「……あの、朝倉さんは……その」
 たどたどしく、それでも積極的に話しかけてくる長門は、
「わたしの事をいつも心配してくれてて、だからその……色々変な事とか……聞いたりするか
もしれないけど」
 解ってるって。
「え?」
「朝倉の質問は、別に悪意があっての事じゃないって言いたいんだろ」
「そう! あ……うん」
 どうやら朝倉の事を本当に信頼しているらしく、まるで自分の事の様みたいに俺の言葉に顔
を明るくさせている。
 あ、そういえば。
「ところで、部屋で俺にはんぺんを渡したのって」
 あれっていったい何だったんだ?
 美味しかったけどさ。
「……あれは、その」
 余程言いにくい事なのか、長門は暫くの間言葉を選んだ後、
「朝倉さんが、同じ様にしてたから……」
 朝倉がやってたから、か。
「そう」
 長門はそれで説明は出来ているといった顔つきだが、残念ながら俺にはさっぱり理解出来な
かった。
 ――もしかしたら、元の世界でも長門と朝倉の関係はこんな感じだったんだろうか。
 ここまでか弱くはないものの、日常生活では頻繁に変わった行動をする長門。
 そんな長門の事をフォローして回る朝倉の姿は、今の俺には想像に難くはない。
 色々と教えるものの、いまいちずれた解釈をする長門。それはこの世界の長門だけではなく、
元の世界でも同じだったのかもしれない。 
 元の世界に戻れたら、いつか聞いてみるとするか。
 長門にとっての朝倉は、どんな存在だったのか――を。
 それにしても、帰る当てはまだ見つかってないってのにやけに落ち着いてるな。俺。
 何となく苦笑いを浮かべていると、そんな俺の顔を長門が不思議そうな顔で見上げていた。
 あ、そうだ。
「長門、ちょっと聞いてもいいか」
「何」
 元の世界に戻る前に、こっちの長門にも聞いておかないとな。
「お前にとって、朝倉ってどんな奴なんだ」
「朝倉さん」
 ああ。
「今ならここに朝倉は居ないし、本音を言ってもいいんだぞ」
 この長門とは会ったばっかりのはずなんだが、外見は長門なだけにどうにも初対面って感じ
がしないな。
 暫く考えた後、長門の第一声は
「……お姉ちゃん」
 あれ、長門と朝倉って姉妹だったのか。
 それにしては名字が、
「そ、そうじゃない。けど、凄く優しくて……頼りになって」
 男物のコートの袖から指先だけを横に振って否定した後、長門は嬉しそうに朝倉の事を語り
始めた。
「料理も勉強も出来て。わたしも、あんな人になりたい」
 長門は料理とかしないんだっけ?
「……」
 あ、なんていうか、すまん。
 今のはつい。
「……前に」
 え?
「前に、朝倉さんに料理を教えて貰った事なら」
「へ〜」
 あいつに料理を教わるねぇ……。
「ちなみに、何を習ったんだ」
「カレー」
 なるほど、初心者向きだな。
「でも、調理の途中でわたしが怪我をしてしまって……」
 長門が料理で怪我? しかもカレーで? ……いやまあ、この長門ならあり得るか。
 この長門は、万能元文芸部員として見てはいけないんだったな。
「それ以来、彼女の前では料理をしてない」
 どうして?
「心配……させるから」
 まあ、気持ちは何となく解るけどな。
 この長門じゃ、一人で買い物に行かせるだけでも不安かもしれん。
「朝倉の前でって事は、一人で練習とかしてるのか」
「……してる」
 絆創膏でも貼っているのだろうか、こそこそと左手を後ろに回しながら長門はそう言った。
 その仕草に気づかない振りをしつつ、
「ま、長門ならすぐに上達すると思うぞ」
 それは、元の世界の長門を知っている故の発言だった。だが、
「が、頑張る。あの……もし、あの、美味しく……作れる様になったら……」
 口元を綻ばせつつ何かを言えないでいる長門を前に、何故か急に鼓動が早まっていく。
 ま、待て。落ち着け、俺。
 こいつは長門であって長門じゃないが長門なんだ……って、俺は何が言いたいんだ?
「その……あの、やっぱり」
 慌てた様子の俺を見て、長門の顔が少しだけ悲しそうに歪む中、
「その時は俺も呼んでくれよな。朝倉も一緒でいいから」
 ……俺は、そんな守れそうもない事を言ってしまっていた。
 今ばかりは、長門の言おうとしている事がある程度解ってしまう自分が恨めしい。言い終え
たと同時に感じていた軽い後悔は
「……」
 俺をじっと見上げる儚げな笑顔を前に、あっさりと消えてしまっていた。
 まるで、すぐ傍に居る長門以外何も目に入らなくなる様な錯覚を感じて、思わず足を止めた
俺の隣で長門も立ち止まった。
 街灯に照らされた長門は手を伸ばせばすぐに届いてしまう程近くに居て、俺はそんな長門の
事を――
「おっ待たせ〜焼き芋買えたよ!」
 狙っていたとしか思えないタイミングの登場だが、この時ばかりは感謝したね。
 長門に向って伸び始めていた自分の腕を適当に誤魔化しつつ、俺は通りの先から戻ってきた
朝倉へと視線を向けた。
 両手で新聞紙に巻かれた何かを抱えている朝倉からは、独特な甘い香りが漂ってきている。
 ……っていうか、
「幸せそうだな、お前」
 すぐ傍まで来た所で気づいたんだが、朝倉の顔は正に満面の笑みって奴だった。
 途中でいくつか零れてるんじゃないかってくらいに幸せ一杯の朝倉は、
「もちろん! あ〜もう凄く楽しみ、前から一度食べてみたかったのよね〜」
 思ったよりも小さな新聞紙の包みを嬉しそうに抱きしめている。
 ……そこまで喜んでもらえたら芋も本望だろう。俺には理解できん事だが。
「じゃ、帰るか」
 朝倉が戻って来た以上、俺はここで別れてもいいような気もするが……まあここまで来たん
だから最後まで付き合うか。
 そう思いながら来た道を戻り始めた俺の胸元に、何故か朝倉は焼き芋を一本押しつけてくる
のだった。
 おい。
「ほら、熱いから早く?」
 熱いなら新聞紙に包んで渡せばいいだろ。
「新聞紙は一枚しか貰えなかったの」
 だったら半分に破るか、ここで出さなければいい。っていうか俺は要らないって先に言って
おいただろ。
「いいからほら〜、もう。それはあなたの分だけじゃないわよ」
 俺だけの分じゃない?
 って、だからなんでここで俺に渡すんだ。
「焼き芋って言えば、歩きながら食べる物でしょ」
 どこの世界の常識だ、それは。
 押しつけられた焼き芋を受け取りつつ、俺は溜息で不満を伝えた。
 基本的に俺の質問に答えるつもりはないのか、
「じゃあ、あたしは先に帰るから。変な事されそうになったら大声をあげるのよ?」
 朝倉は俺を無視して長門にそう告げた後、一人で先に帰って行ってしまった。
「え、おい朝倉? なあ!」
 ……駄目だ、無視してやがる。
 ったく、歩きながら食べる物だって言ったのは誰だよ。
 結局、その場に残されたのはほかほかの焼き芋と、俺と長門だけだった。
 これからどうしていいのか解らないらしい長門は、朝倉が去って行った路地と俺の顔とを不
安そうに見比べている。
 朝倉がいったい何を考えているのかは解らんが……まあいいさ。
 俺は掌に熱を伝えてくる焼き芋を長門に差し出しながら、
「長門。朝倉は歩きながら食べろって言ってたが、お前はどうしたい?」
 家に帰ってからゆっくり食べてもいいんだぞ。
「……歩きながら……」
 そうかい。
 朝倉が俺だけの分じゃないって言ってたのは、多分これは長門の分だって事なんだろうな。
 俺は熱くない様に羽織らせてやったコートの袖で包むようにして、長門に焼き芋を渡してや
った……のだが。
 何故か、長門は受け取った焼き芋を俺に向かって差し出してくるのだった。
 さて、これはいったいどんな意思表示なんだろうか。俺に何かを伝えたいって事だけは解る
んだが。
「あ、皮の剥き方が解らないのか」
 別に正式な皮の剥き方とかはないから、好きに剥がしていけばいいと思うぞ。
「……あの、半分」
 え? ああ。
 半分にしてくれって事なのか。
 再び受け取った焼き芋を適当に半分に分けてやると、長門は二つに分かれた焼き芋の小さい
方を選んで受け取った。
 俺の視線を気にしつつも、焼き芋を口へと運ぶ長門。
「美味しいか」
 首肯と一緒に上下する焼き芋に目を細めていると、長門の視線は焼き芋から俺へと移動して
くるのだった。
 その視線の先にあるのは……俺の手の中で甘い匂いを放っている焼き芋。
 ちゃんと持ってるから安心していいぞ。
「あの、あなたも」
 へ?
「……一緒に」
 ああ、俺にも食べろって言いたいのか。
 二人で居る時に、一人だけ食べ歩きする事に抵抗があるってのは解るんだが……俺、焼き芋
って苦手なんだよな……。
 なんていうか、あの独特な甘さが好きになれない。
 かといってここで不満そうな顔をするのもどうかと思いつつ焼き芋を見つめていると、
「凄く、美味しいから」
 真剣な眼差しでそう告げてくる長門を前に、俺は焼き芋を口に運んでいた。
 未だに湯気を放つ芋の身に歯を立てると同時、あの独特な甘みが口の中へと――あれ。
 苦手だと思い込んでいたその甘みは、
「美味いな、これ」
 意外な程自分の趣向にあっている事に気づかされてしまった。
 食わず嫌い、というより食べ物の趣味が変わってきたって奴なんだろうか。
 それとも、
「……よかった」
 嬉しそうに息をつく長門が隣に居るから、そう感じるのだろうか。
 その答えは出せそうにないが、まあいいさ。
 ようやく歩き始めた俺のすぐ隣を長門はゆっくりと歩き始める。
 その小さな歩幅に合わせて歩調を緩めながら、俺達は甘い香りを漂わせつつマンションまで
の帰り道を歩いていった。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:42 (2711d)