作品

概要

作者ながといっく
作品名長門さんの酩酊
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-05-15 (土) 03:59:47

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

(作者まえがき)
本作は、SS集/999を加筆修正したものです。
本来であれば編集で済ますべきなのですが、加筆修正の結果、SS集/1002の後日談に繋がらない部分ができたので、独立した作品として改めて投稿させて頂きます。

 

 

「ギョン!だいたいあんらはねぇ!いっつもいっふもだらひないのよ!」
 見苦しい所をお見せして済まない。
 ぐでんぐでんになりながら俺にくだを巻いている馬鹿女。
 誰かと言えば、我らが団長様、涼宮ハルヒに他ならない。
 おい、夏の合宿でもう飲まないと誓ったんじゃなかったのか?
 それに俺は、次期主力量産機への採用を見送られた哀れなモビルスーツのようなあだ名は持っていない。
「あによ!おひょうがつくらいのんらっていいひゃないのよ!」
 顔を真っ赤にしながらも、俺への説教は忘れないあたり、ハルヒはどこまでいってもハルヒなのだと実感させられる。

 

 ――やれやれ。
 ここは長門のマンションで、ハルヒは見ての通りのていたらく。朝比奈さんと古泉は既に潰れてしまっている。
 盛大な溜息を尽きつつ、俺はなぜこんな事態になってしまったのかを思い出していた。

 

「初詣に行くわよ!」
 という団長様の鶴の一声により開催が決定されたSOS団主催・大初詣大会は、市内の神社を無駄に五件ほど廻ったあたりでお開きとなった。
 その帰り道に立ち寄ったいつもの喫茶店でのこと。
「有希の家で新年会をしましょう!」
 などとハルヒが言いだした。
 どうせ暇な正月。家に帰っても妹の世話くらいしかやることがないのだから、みんなで新年会を楽しむのも悪くない。そう思った俺を誰が責められよう。
 長門の家で騒いだら迷惑じゃないかとは思いつつも乗り気だったさ、悪いか。

 

 さて、毎度お馴染みとなるくじ引きの結果、ハルヒと朝比奈さんと古泉が買いだしに行き、俺と長門が部屋の片づけをするという組み分けになった。
 ハルヒはまるで露出狂を見るような目つきで俺を睨み、打って変わって優しい表情で長門を見やったあと、
「二人きりだからって有希にエロいことしたら殺すわよ!」
 と捨て台詞を吐くと、猛然と席を立ち、大股でずんずんと外へ歩き去っていった。
 その後ろを朝比奈さんと古泉がついていく。なんだかいつか見たような光景だ。
 古泉、荷物持ちは頼んだぞ。ハルヒはともかく、朝比奈さんにジュース一本持たせたら許さんからな。

 

 残されたのは、長椅子に隣り合って座る俺と長門。
 当然のように伝票が俺の前に置かれているのは、今朝の集合も俺が最後だったからであることは言うまでもない。新年早々手痛い出費だ。
 ちびちびとオレンジジュースを吸い上げる長門を横目で見つつ、溜息をつく。
 しかし、谷口お墨付きのAランク美女である長門にエロいことか。
 俺も年頃の男子だ、そういうことを考えたことが無いと言えば嘘になる。
 なかなか魅力的な甘言ではあったが、如何せん俺にそんな度胸はない。
 まぁ、決行したところで長門にボコボコにされるのがオチだろう。せっかく長門に救ってもらった命だ、大事にせねばなるまい。

 

 そんなわけで俺たちは部屋の片づけを担当することになったのだが、長門の部屋は相変わらずきれいで、片付けるものなんてほとんどなかった。
 それでもカーテン一つ無かった頃と比べたら、ずっと生活感が出ている。他人事ながら、なぜだか嬉しい気持ちになる。

 

 当然だがエロいことも何一つなく片付けは終わり、ハルヒたちが戻るまでの間、俺と長門はこたつテーブルで本を読んでいた。
 長門が俺のために書庫から選んで持って来てくれた短編小説は存外に面白かった。こんな面白い本があるなら俺も読書を趣味にしてもいいと思わせられるほどに。
 しかし、ひょっとしたらこいつには司書の才能があるんじゃないだろうか。本好きのこいつにとっては天職かもしれない。

 

 雲行きが怪しくなってきたのは、ハルヒたちが買い出しから戻ってきたあたりからだった。
 夕食の材料やお菓子、お茶やジュースに混じって、明らかに二十歳未満お断りな液体が大量に紛れ込んでいたからだ。
 ビールにチューハイにカクテル、日本酒に焼酎にワイン、挙句の果てにウイスキー。
「お酒がない宴会なんてつまらないわ」と、まるで遊び盛りの大学生のようなことをのたまうハルヒ。
「どうやって買ったんだ」
「古泉くんに買ってもらったわ」
あっけらかんと言うハルヒ。
「もちろんみくるちゃんは無理だし、あたしでも微妙だからね。古泉君なら背も高いし、私服ならハタチくらいに見えなくもないし」
 古泉、お前もたまには反抗しろ。いくらハルヒのイエスマンでも法律に触れることやってんじゃねえ!

 

 さて、三人娘特製の和洋中折衷おせち料理(言うまでもないが美味かった)を堪能し、お菓子をつまみながらの各種ゲームも終わりを迎えた頃。
 ついにハルヒがアルコールに手を出した。
 しかし、その時に至ってもまだ俺は甘く考えていた。
「買ってきてしまったものは仕方ない」
「まぁ少しなら大丈夫だろう」
 …そんな考えはまさしく甘かった。巷で話題のロールケーキくらいに甘かった。
 この時の俺はすっかり忘れていたのだ。夏の孤島で俺とハルヒが晒した醜態と、何事に関してもこいつが"少し"で済むような性格をしていないことを。

 

 そのわずか一時間後、冒頭お伝えしたような惨状となるわけだ。
「あんらはらんいんとしてのこほろがまえがらってないろよ!」
 目が据わるを通り越して、もはや目の焦点すら定まっていないハルヒ。
 もはや呂律も回っておらず、完全に泥酔状態だ。頼むから長門の家で吐くなよ。
 しかしなんつーはしたない格好だ。スカート履いてるんだからそんなに大股開くな。見えちまうぞ。
「悪いが何を言ってるのかさっぱりわからん。それに今のお前に説教されたくはないぞ」
「うっひゃい!バガギョン!」
 俺への罵倒の言葉を最後に、床に突っ伏し撃沈するハルヒ。
 ようやく潰れてくれたか…と、少しほっとしつつ部屋を見渡す。

 

 朝比奈さんはチューハイ一杯でフラフラ状態となり最初に潰れてしまった。今は部屋の隅で熟睡している。どうやら長門が毛布をかけてやったらしい。紅潮する顔が色っぽいです、朝比奈さん。
 古泉の野郎は日々のイエスマンぶりが災いしたらしく、ハルヒに次から次に飲ませられ、早々とノックダウンした。ざまあみやがれ。まさに自業自得、因果応報というものだ。こいつに長門の毛布を使うのは非常に勿体ないので、適当に窓際に転がしておいた。風邪引いても俺は知らん。
 ちなみに俺は、ハルヒの相手をなるべく古泉に任せてちびちびと飲んでいたので、今のところはそれほど酔ってはいない。

 

 さて、ハルヒをこのままにしておくわけにもいかないな。
 長門に手伝ってもらいハルヒを朝比奈さんの隣に寝かせてやる。仕方ないから毛布くらいはかけてやるか。
 さっきまでとは打って変わって安らかな寝顔を見せるハルヒ。
 こいつは黙っていれば可愛いのにな。だが、何もせずに黙っているようなハルヒは、それはもはやハルヒではないであろうこともまた事実だ。
 少し酔っていたのか、悪魔的な思考が俺の脳裏をよぎる。今ならハルヒの奴にいたずらしてもバレないんじゃないか?
 積年の恨みだ、ちょっとくらい、厚着の上からでもはっきりとわかるその膨らみを揉んでも罰はあたらないんじゃないかなどと不埒なことを考えていると、
「……」
 すぐ横で長門が見ていることに気付く。
 暗殺実行直前のスナイパーのような鋭い目つきがちょっと怖い。
 おい、冗談だぞ?

 

「……そう」
 こいつは全く酔っていないな。相変わらずの無表情で、言動も平静としているし、まるで正座の見本とでもいうような姿勢を崩しもしない。
 そういえば、孤島のときもあれだけバカスカ飲んだのにケロリとしていたな。
「体内でアルコールを完全に分解している。そのためエチルアルコールによる脳の抑制作用も、アセトアルデヒドによる中毒作用も起きることはない」
 いくら飲んでも絶対に酔わないってことか?
「絶対というわけではない。特別な情報操作を行わなければ酔うことは可能」
「情報操作無しなら酔えるのか」
 頷く長門。それを聞いて、この万能宇宙人が酔うとどうなるんだろうという疑問が浮かんできた。
 そのちょっとした知的好奇心を晴らすべく、俺は長門にある提案をしてみた。
「少し酔ってみないか?」
 長門は考えるように数秒静止した後、
「わたし自身も酩酊状態に対する興味はある。しかし、わたしが酩酊状態に陥った場合の行動はサンプルが無いため予測不可能。もしかしたら、あなたに迷惑をかけるかもしれない」
 そう淡々と述べ、一拍置いてから、
「それでもいいなら」
 構うもんか。こんなちっこい女の子が酔っぱらったところで、そんな大きな被害は出ないだろう。もし潰れても、ちゃんと風邪ひかないように毛布かけてやるから。
 長門は少し悩むように首を傾け、5秒ほど俺の目をじっと見つめたのち、
「わかった。アルコールの分解能力を平均的な有機生命体の水準に設定する」

 

 結果から言おう。
 俺の考えはまたしても甘かった。わたあめくらい甘かった。

 

 なんだかんだ言って、俺も酔っていたらしい。
 宇宙人という属性を除けば、長門は同年代と比較しても、小柄で華奢な女の子であること。
 アルコールの許容量は、少なからず身体の大きさに比例すること。
 そして、既に長門が何本もの酒を空けているということ。
 それらについて、俺はまったく考慮していなかった。

 

 突然、長門がフラつく。
 瞬間的に手を差し出す俺だったが、長門はどうにか自分でバランスを取った。
 先程までの不動の姿勢はどこへやら、微妙にゆらゆらと揺れている不安定さだ。

 

「長門?」
「………なに?」
 なんだかいつもより三点リーダが多いような気がする。大丈夫だろうか。
「どうだ、酔ってきた感じは」
「………あつい」
 そう言うと、長門はおもむろに上着を脱ぎはじめた。
 とことん希釈したような薄青のノースリーブ。無地でシンプルなところがいかにも長門らしい。
 真冬だけあって、一、二枚脱いで即下着姿とはならないのは少々残念かもしれないが、それでも普段の長門からは考えられないほど露出が増える。なかなか見る機会のない彼女の肩や二の腕は、余計な肉付きは一切なかったが、女性的な柔らかさを十分に感じられるものだった。
 肌の露出が増えたことで、嫌がおうにも長門の変化に気付かさせる。
 普段は冷たさを覚えるほどに真っ白な肌にはほんのりと赤みが差し、いつもは張りつめたように硬質的な瞳も、今はとろんとしている。頬が赤く染まっているところなどは、どことなく"あの長門"を思い出させるな。
「そ、そうか」
「………そっけない」
 そっけないだと? 耳を疑う。
 まさか、長門の口からそんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった。それに、いつもそっけないのはどちらかというとお前じゃないか?
 内心動揺を隠せない俺に構わず長門は喋りつづける。
「あなたは………いつもそう……なんで………気付いてくれない…」
 いつもそうって言われても。そんなに長門にそっけない態度を取ってたか?
 それに気づくって何にだ。俺は何か見落としていたか?

 

「………わたしに魅力がないから?」
 あまりにも唐突かつ、予想外な台詞にむせそうになる。
「………確かに、私には涼宮ハルヒや朝比奈みくるのような豊満な肉体はない…」
 長門、お前、そんなことを気にしてたのか?
 そういうことには無関心だとばかり思ってたが……。
 ハルヒや朝比奈さんに比べるとどうしても寂しく思える胸を、密かにコンプレックスにしていたと思うと、なんだか微笑ましくなる。
「………でも、わたしは着痩せするタイプ……だから…………」
 だから?
「………脱いだら……あなたが思うより……あるよ?」
 そうか、長門は着やせするタイプなのか…というか長門さん、なんか口調が変わってませんか?
 おい脱ごうとするな! 流石にもう一枚脱いだらヤバいぞ!
 慌てるばかりの俺にはお構いなしに、長門はぷくーと頬を膨らませ、
「おっきいほうが好きなら情報操作でおっきくする」
 むくれている長門なんて初めて見た。こいつは酔うと感情が溢れ出るタイプなのか?
 とりあえず、そんなことに情報操作を使われても困る。
「長門よ、大きい胸についつい目が行ってしまうのは男の性ってやつだ。いわば反射的な行動だ。だからな、目が行くからって胸が大きい女にしか興味はないってことはないんだぞ。それに、長門は今のままでも十分に可愛い」
 我ながら恥ずかしいセリフだ。だが嘘ではない。本心だ。
 本心だからこそ恥ずかしいわけであって。今は多少なりとも酔っているから言えるが、きっとシラフじゃ無理だな。

 

「………ほんと?」
 長門よ、その上目遣いは反則だ。
「………ほんとに可愛い……かな?」
 首を傾げ、嬉しさ半分、不安半分といったような表情で俺を見つめる長門。この長門を見て、可愛くないなどと言える奴がいたら出てこい。
 今の長門には朝比奈さんに匹敵する――いや、朝比奈さんすら敵わないであろうほどの可憐さがあった。なんというか、庇護欲をくすぐられるというか。
 このちっこい身体を小脇に抱えて家に持ち帰りたくなる衝動を必死に堪えながら、俺は長門に笑みを向ける。古泉のように上手く笑えているかどうかは知らんが、なるべく長門を安心させたい。
「ああ本当だ。長門は可愛いぞ」
「………そう」
 優しく微笑み返す長門。
 その光景は俺の胸を熱くさせた。
 なぜかって? ずっと密かに願っていたからだ。

 

 "俺の長門"の笑顔を。

 

ふらっ

 

 突然長門が体が揺れた。
 膝立ちのまま、ゆっくりと崩れ落ちるように俺の方へと倒れ込んでくる。流石に限界が来たのか?
 とっさに両手を広げて受け止める態勢を整える俺だったが、

 

ちゅ

 

「!!!???」

 

 まさかのフェイントだった。
 長門を受け止めようとした俺の隙を突くかのように、長門は俺の唇をそっと塞いだ。
 通俗的な表現を使用すると、キスに該当する行為。って、物真似してる場合じゃない
「な、ながと!?」
 紛れもなく、長門は俺にキスをした。
 もしかすると、いや、もしかしなくても、長門のファーストキスだろう。おい、いくら酔ってるからって後で後悔するような真似はよせ――

 

ドクン

 

 その瞬間、身体の内側で地震が起きたような激しい揺れが俺を襲った。
 なんだ、これは、急にガクっときたぞ…
 いや、違う。揺れてるのは、俺? やばいぞ、明らかにおかしい。鼓動が速いし体も熱い。何なんだ、一体。

 

「………あなただけずるい」
 長門?俺に何かしたのか?
「………酔わせてあげた」
「それはどういう……」
「わたしと同じ量のアルコールを摂取してもらった……」
 長門らしくもない、どことなくぼうっとした口調でそう言うと、
「………口移し、だよ?」
 何だか会話としておかしい気がする疑問形を述べ、再び首を傾げた。
 その姿がやはり愛らしいのは言うまでもないが、それはともかくとして。
 どうやら、さっきのキスで長門に何かをされたらしい。いま長門は何て言った? 同じ量のアルコール?
 少しずつ歪んでいく視界と戦いながら、長門の近くに綺麗に並んでいる缶の数を数える。チューハイにビールに、カクテル。そういえば缶の他にワインも飲んでたな……いや、ウイスキーと焼酎もだ……
 やばい、頭が回らなくなってきた。

 

「………よそみしないで」
 長門の両手が俺の顔を挟み、強制的に視線を長門の真正面へと戻される。
「………わたしを、みて」
 つい先程までの幼げな雰囲気と口調はどこへやら、急に艶やかな、女性的な雰囲気を漂わせている長門。
 不揃いなショートカットは彼女の整った顔をむしろ際立たせ、雪のように白い肌にさす赤みとのコントラストが美しい。
 そして、俺をじっと見つめる漆黒の瞳には、何もかも吸い込んでしまうかのような深みがあって、気を抜くと吸い込まれてしまいそうだった。

 

 ……あれ? 長門ってこんなに綺麗だったか?
 ちょっと酔ったっていう、ただそれくらいのことで、こんなにも印象って変わるものなのか?

 

 ――抱きしめたい。

 

 強烈な衝動が俺を襲う。
 俺の中に残る僅かな理性がけたたましい警告音を発していたが、今やそれも、アルコールの作用だけとは思えない心臓の鼓動に打ち消されてしまいそうだった。
 そしてやがて、その衝動は俺の内側から飛び出していった。

 

 幸いだったのは、長門も同じ気持ちを抱いていたらしいということだ。俺は長門を求め、長門もまた俺を欲しがっていた。
 心の同調とでも言うのだろうか。まるで磁石のプラスとマイナスが互いをひきよせるように、俺たちは互いの胸を重ねた。
 互いの背中に回された二本ずつの腕に圧縮され、今度は体まで一つになったかのような錯覚を覚える。
 心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。いや、感じる。
 それが俺のものか、それとも長門のものかすら、もうわからなかった。
 異なるテンポで刻まれる心音が混ざり合ったそれは酷く不規則で、御世辞にもハーモニーなどと言えるものではなかったが、何故だかとても心地よい響きだった。

 

「長門……」
 耳元で、彼女の名を囁いてみる。
 深い意味はない。ただ、雰囲気と本能がそれをさせた。
「………ゆき」
 微かな吐息とともに、左耳が彼女の声を受け取る。
「………ゆきって、呼んで」
 それは、懇願だった。
「今だけで、いい……」
 羽化したての蝶のように儚げで消え入りそうな声。
 これ以上ないほどにきつく抱きしめあっているというのに、未だ拒絶を恐れ、不安の色を隠せない囁きに、どうしようもなく胸が痛む。
 ずっと、そう呼んで欲しかったのか、お前は?
 何も考えていないような表情で窓際に座るこいつと、困ったような顔でパソコンの前で立ち往生する"あいつ"を順番に思いだす。ひょっとしたら、こいつは"あいつ"よりも臆病なのかもしれない。
 こいつは、俺に拒まれることを極端に恐れている。何故だ?

 

 ――何故だも何もあるか。いい加減気付け馬鹿野郎が。

 

 ぼんやりと感づいてはいたが、自ら否定していたその事実、つまりは長門の本心を、俺はその時ようやく受け入れることができた。
 何のことはない。臆病ものは俺だったということだ。
 安心しろ、長門。
 俺は"お前"を拒絶することはないから。

 

 可愛いという字は愛することができると書くんだなあ、などというようなことを考えながら、何よりも愛しいその名を呼ぶ。

 

 有希。

 

 荒く、不規則に、長門の吐息が乱れる。
 はぁ、ふぅという声とともに左耳が感じる風は暖かく、それでいてこそばゆい。
 時を同じくして、長門の体が小刻みに揺れだす。
 以心伝心とはこういうことを言うのだろうか? 長門が何を求めているのか、俺にはわかった。
 更にぎゅっと強く抱きしめ、もう一度彼女の名前を囁く。
「有希」
「…………」
 言葉にならない言葉を漏らす長門。
 まるでそれが合図だったかのように、俺たちは見つめ合い、二度目のキスをした。

 

 つい先程の、小鳥が嘴を触れさせるような軽いキスではなく、互いを貪りあうような激しい口づけ。
 さっきのお返しとばかりに、長門の口腔に舌を侵入させる。
 びくっ、と驚いたように体を震わせる長門。しかし拒む様子はない。
 やがて、長門の方も舌を絡ませてきた。初めて知る人の舌の柔らかさ。今までに体感したことのない感覚に脳が痺れる。頭が真っ白になるという表現は、こういう時使うものなのだろう。

 

 いつまでそうしてのいただろうか。
 永遠にも思える至福の一瞬を終えた俺が見たのは、仄かに目を潤ませ妖悦な笑みを浮かべる長門だった。
 初めて見る表情にドキリとさせられる。それにしても、今日一日で、随分といろんな顔を見たな。
「………こっち」
 長門は唐突にそう言うと、おぼつかない足取りでリビングを出て、マンションなのに俺の家よりも遥かに広い廊下へと向かう。
 言われるがままについていくと、長門はリビングと正対する位置にあるドアをゆっくり開き、中へと入って行った。俺も入れということだろう。
 そこは初めて見る部屋だった。俺の部屋と同じくらいの広さの洋室。シングルベッドだけがポツンと置かれていることから、寝室であることがわかる。
「………閉めて」
「ん、ああ、すまない」
 長門に言われ、後ろ手でドアを閉める。
 途端に暗くなる。外の街灯の光のお陰で、かろうじてどこに何があるか判別できるが、これじゃ長門が見えない。電気はどこだ?
「いらない」
 長門? どこにいるんだ?
 暗い部屋を見わたしていると、
「………ここ」
「うわっ」
 袖をぎゅっと思い切り引っ張られ、何かの上に思い切り突っ伏してしまう。
 同時に、先程味わったばかりの柔らかい感触が上体を包む。
 そこがベッドの上で、うつ伏せで倒れる俺のすぐ下に長門がいることに気付くのに、そう時間はかからなかった。

 

「………きて」

 

 俺の首に手を回し耳元で囁く、宇宙人の彼女。
 それは、あまりにも甘美な誘惑の言葉だった。

 

「………あなたがほしい」

 

 抗える、わけがない。

 
 

 翌日のこと。
「全部話せ」
 ドスのきいた声をきかすのはもちろんハルヒ。もはや口調がおかしくなっている。
 ちなみに現在の俺は、フローリングの上にパンツ一枚で正座させられているという、死にたくなるくらい屈辱的な状況だ。しかし事情が事情なので仕方ない。むしろパンツだけでも履かせて貰えただけありがたいかもしれない。
「すまん、全く覚えていない」
 ハルヒの追及にしらを切る作戦をとる俺。
 もちろん嘘だ。いくら酔っていても忘れることなど出来るはずがない。
「ふざけんな!殺すわよ!!」
 眉間に皺を寄せ、青筋をぴくぴくとさせ、本気でブチ切れていらっしゃる我らが団長様。もはや顔芸の域だな。
 しかしながら、そのような変顔を前にしても、俺は一切笑う気にはなれなかった。下手したら世界が崩壊するかもしれないという危機的状況だ。まさに絶体絶命である。
 なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。

 

 泥酔した長門の誘惑に抗えなかった俺は、あのまま長門と一夜を過ごした。
 いつぞやの時間凍結の時とは違い「寝るだけ」とはならなかったことは言うまでもない。ちなみにこの件についてのソースを問い合わせても無駄である。本件はトップシークレット、俺と長門だけの秘密だ。
 まぁ、敢えて一つ二つ述べるとするならば、本人の自己申告通り、長門はそれなりに着痩せするタイプだったということと、彼女はあらゆる意味で万能だったということくらいである。

 

 さて、ここからは俺の想像なのだが、翌朝ハルヒが起きると俺と長門がいなかった。玄関の靴はそのままだから、外出している訳ではないことはすぐにわかる。当然、ハルヒは家のどこかにいる俺たちを探そうとするわけだ。
 いくら長門のマンションが広いと言っても、寝ることが出来るスペースは数少ない。いま俺が正座させられているリビングと、そこから襖で区切られた和室、廊下を挟んだ洋室くらいである。
 そう、二人がいるとすれば和室か洋室のどちらかでしかないのだ。

 

 こうしてハルヒは洋室に辿りつき、俺と長門を発見する。
 素っ裸で抱き合ったまま寝ていた俺達を。

 

 ハルヒはその光景を、俺が酔った勢いで長門を襲ったと解釈したらしい。長門はおとなしい子だから抵抗できず…という如何にも解りやすく、なおかつ実際にありそうなシナリオだ。
 激昂したハルヒはいきなり寝ている俺の髪の毛をつかんで無理やり引き起こし、ノンストップで俺の顔面に強烈な一撃を喰らわせた。もちろんグーで。
 しかしそんなものでハルヒの怒りが納まるわけはない。強烈な痛みで目が覚めたものの、未だ状況が理解できない俺に構わず、全身にくまなく殴る蹴るの暴行を加えた。それはもう、格ゲーの超必殺技を彷彿とさせるような激しさだった。
 ……いや、本当に怖かった。俺のトラウマランキングで朝倉と同率首位を与えてもいいくらいだ。
 どこをどう殴られてどう蹴られたか覚えていないが、ともかく股間のあたりだけは念入りに蹴られまくった気がする。
 怒り狂うハルヒを古泉が文字通り体を張って必死に止めてくれたため、なんとかこの程度で済んだものの、下手したら本当に殺されかねない勢いだった。スマン古泉。今度はちゃんと毛布かけてやるから。
 しかし、あれだけ殴られて口の中が切れたくらいで済んだのは奇跡だな。
 それに、最初の一発以外は思ったほど痛くなかった。あれだけ執拗に股間を蹴られたら気絶してもおかしくないであろうに。
 むしろ、巻き添えであちこち叩かれた古泉のほうがよほど痛そうな顔をしている。
 ……きっと、長門が宇宙パワーでこっそり守ってくれたのだろう。

 

 さて、怒り冷めやらぬまま、物凄い形相で俺を怒鳴りつけるハルヒ。
「この大馬鹿キョン!! 覚えてないで済むと思ってんの!? あんた、有希に何したと思ってんのよ!? 強姦よ! 犯罪よ! ああ、もう恥ずかしいわ! あたしの団からこんな凶悪犯罪者が出るなんて!!」
 嘆いたり怒ったり頭を抱えたりと大忙しのハルヒ。
 いや、どちらかというと長門が誘ってきたような感じだったし、少なくとも無理矢理だったってことはないだろうが……まぁ、そんなことを信じてもらえたら苦労はしない。

 

「涼宮さん、今回は彼も反省していることですし……それにお酒を買ってきた僕たちにも責任がありますから……」
 そのハンサムな顔を青白くさせながら、必死でハルヒをなだめる古泉。きっとこの後のバイトは大変なことになるだろう。
 スマン古泉。風邪引いてないようでなによりだ。
「そうですよお。キョンくんもお酒のせいで狼さんになっちゃったんですよう」
 朝比奈さん、フォローにならないフォローをありがとうございます。悲しいのでそんなケダモノを見るような目で見ないでください。

 

「ふんっ」
 ハルヒはまるでゴミ虫でも見るような目で俺を睨みつけた後、
「有希、大丈夫? この馬鹿に酷いことされて辛かったわよね? 痛くなかった?」
 優しげな声で長門に問いかける。なんだこの差は。
「大丈夫。乱暴なことはされていない」
 淡々とした声、落ち着いた表情で答えるのは長門。
 どうやら二日酔いはしていないようで、いつもの長門に戻っている。
 酷いことはしていないつもりだが、もしかしたら長門は痛かったかもしれない。なんせ、俺も長門も初めてだったからな。男として、本当はもう少し気遣ってやるべきだったのだろうが、そんな余裕がなかったのも事実である。
「本当? この馬鹿をかばうことないのよ? 有希が嫌なら今すぐにキョンをクビにしてもいいんだから!」
 クビは勘弁してくれ。放課後の居場所がなくなる。
 しかし、前々から思っていたことだが、ハルヒの長門に対する気遣いは尋常ならないものがある。ハルヒの目には長門はどのように映っているのだろうか。お気に入りの子分か、数少ない女友達か、あるいは年の近い妹のような存在か。何はともあれ、その気遣いを他の団員、特に俺にも分け与えて貰えるとありがたいのだが。
「わたしも悪い。自分の許容量を超えて飲んでしまったり、彼の目の前で無防備な格好をしたりとわたしにも落ち度があった。それに、彼は本当にわたしに対して乱暴な行為をしていない。だから、あまり彼だけを責めないで欲しい……心配をかけてすまない」
 ところどころに真実を交えて、フォローを入れてくれる長門。
 全て本当のことを言えば、俺を庇っているように聞こえるだろうから、この方が良いのかもしれない。
「まぁ、有希がそういうなら…」
 誰の意見にも耳を貸さないこいつも、長門の意見だけは割と素直に聞く。
 普段しゃべらないと言葉の重みが違うのだろうか? いっそ俺も無口キャラになってみようか。
「あんたが無口になったらただの根暗じゃないの。誰も相手にしないわよ」
 一蹴するハルヒ。
「大体、そんな無駄口叩くなんて、あんた本当に反省してるの?」
 やばい、せっかく静まりかけた火山を噴火させちまったかもしれん。
「しているとも。長門、この通りだ、すまんかった」
 長門に土下座する俺。情けないことだが背に腹は変えられない。
 そんな俺を申し訳なさそうな目で見る長門。俺だけが責められることに負い目を感じているのかもしれないな。

 

「パンツ一枚で土下座なんて、末代までの恥ね…」
 誰がそうさせてると思ってるんだ。
「そんなのあんたの自業自得じゃないのよ」
 あっけらかんと言うハルヒ。
「そうだ、有希、キョンに何かしてもらいたいことある? なんでもいいわよ。一年間くらい有希の奴隷になってもらう?」
 怒りを収めたと思ったら、今度は物騒なことを言いだした。
 一方の長門は、
「………」
 考えるように頭を傾けている。その仕草がまた可愛らしい。

 

 長門のことだ。奴隷にするとか無茶なことは言わないだろう。出来れば軽めの罰ゲーム程度で済ませてくれるとありがたいのだが。
 でも、長門の奴隷になら、別になってもいいかもしれない。
 長門が普段どんな生活をしているのかは気になるし、飯くらい作ってやってもいい。
 それに、奴隷になればいつも一緒にいれる――やれやれ、こんなことを考えている時点で、もう長門の奴隷になったようなものかも知れない。

 

 酒の勢いっていうきっかけが良いものなのかどうかはわからない。
 一般的にはあまり良くないものとされるだろう。だけど、俺のことだからこんなことでもない限り、自分の気持ちに一生気付かなかったに違いない。
 彼女の酔った姿を見て、彼女の感情の片鱗を見つけ、彼女の体の温かさを知り、彼女の本心を理解し、彼女の唇に触れて、彼女の全てを感じ。俺はこの一晩で長門の本当の姿を見ることができた。
 そして、初めて気付かされた。
 白状しよう、俺は長門が好きだ。

 

 俺がいろいろ考えている間に考えがまとまったのか、
「では、彼に責任を取ってもらう」
 と宣言する長門。

 

 責任、か。
 いったい何をすれば責任をとったことになるのだろうか。
 いずれにせよ、この雰囲気では何を言われようと従うしかないのだろうな。
「わかった。なんでも言ってくれ」
 長門はこちらに顔を向け、澄み切った夜空のような瞳で俺を見つめる。

 

「責任をとって、わたしをお嫁に貰ってほしい」

 

 今日はまだまだ長い一日になりそうだ……

 

 

 また、彼に迷惑をかけてしまった。

 

 わたしは昨日の出来事を思い返す。
 飲酒により感情の開放が行われ得ることは知識としては知っていた。
 そして、わたし自身もまた、それを望んでいたということは否定できない。

 

 だが、あれほどとは。

 

 あの、全身を埋め尽くすような多幸感は何だったのだろう。
 本の中で良く見かける表現だった「心も体も満たされる」。その意味を初めてわたしは理解することができた。
 だが、わたしはどう行動し、あのような結末に至ったのだろう。
 わたしのメインメモリに詳細な記憶は残っていない。

 

 そう、わたしは何をした?
 彼とあのような行為をすることになった経緯は?
 皆が帰りマンションで一人になった後、わたしは記憶の再生を試みる。
 記録用サブメモリから当該情報を検索、再生。

 

『………わたしに魅力がないから?』
『脱いだら……あなたが思うより……あるよ?』
『おっきいほうが好きなら情報操作でおっきくする』
『………ほんとに可愛い……かな?』
『………口移し、だよ?』
『………よそみしないで』
『………わたしを、みて』
『………きて』
『………あなたがほしい』

 

 ――なんだ、これは。

 

 脳内で再生される昨夜の出来事。
 これは、わたしか。
 お酒を飲み、無意味に着衣を脱ぎ、彼に身体のコンプレックスをぶつけ、彼を強制的に酩酊状態に陥らせ、彼の唇を奪い、抱きしめ、最後は寝床に誘い……性行為までしてしまった。
 わたしと彼はそのような関係ではない。
 同じ部活内に所属する一男子と一女子でしかない。
 いや、それ以上の信頼関係は保っているとは思うけれど、それでも肉体関係を結ぶほどの関係ではない。
 にも関わらず、わたしは半ば強引に彼を……これでは、痴女ではないか。

 

 ――エラー。
 体表温度の上昇と思考能力の低下を確認。

 

 こんな時、人間ならば飲酒による健忘で都合よく記憶を消去できるのかもしれない。
 だがもちろん、わたしにそのような現象が起こるわけもない。
 今日ばかりは、自らがヒューマノイドインターフェースであることを恨めしく思う。

 

 記録用メモリには、その先のこともまた、詳細に記録されてあった。
 でも、今のわたしに見る勇気はない。これ以上見てしまえば、わたしは自我を保っていられる自身が無い。
 そうかと言って消すことはできないし、消したくない。わたしにとってこのデータ、いや、思い出は、決して忘れたくない大切なものだから。
 当該記憶に何重ものロックをかけ、記録スペースの奥深くに保存する。

 
 

 保存を完了したちょうどその時、部屋のチャイムが鳴る。
 来訪者のようだ。一体誰だろう。
 検索範囲を拡大――――彼だ。

 

 何故?
 もしかして、昨夜のことを糾弾しに来たのだろうか。
 ……そうかもしれない。
 彼はわたしに酩酊状態にさせられ、自分の意思とは無関係に、わたしと肉体関係を結ばせられた。そのうえ涼宮ハルヒたちに痴態を晒し、一方的に非難された。

 

 どうにか場を和ませようと一生懸命に考えたわたしの冗談――
『責任をとって、わたしをお嫁に貰ってほしい』
 あれも完璧に逆効果だった。
 そのせいで彼は一時間四十三分二十五秒も余計に正座を続けなければならなくなった。

 

 ――嫌われたら、どうしよう。

 

「なんてことしてくれるんだ」
「信じた俺が馬鹿だった」
「インチキはするなっていったよな?」
「お前なんか大嫌いだ」
「人の心を弄んで楽しいか?」

 

 あらゆる非難の言葉、罵りの言葉、否定の言葉を想定し、備えようとする卑怯なわたし。そしてやがて、そんなことをしても、無駄であることに気付く。
 そのどれか一つでも彼が口にしたら、わたしは文字通り、壊れてしまうだろう。
 そんな、底知れぬ不安と恐怖を抱きながら、わたしは玄関へ向かう。

 

 ――この高鳴る気持ちはなんなのだろう。

 

 彼の言葉が不安で、恐ろしくて堪らないというのに。
 それでも、彼がわたしに会いに来てくれるという、その事実だけでわたしは……

 

 

 まったく、天国と地獄の両方を味わった新年だった。
 さて、そろそろほとぼりも冷めた頃であろうし、少し後日談を語ろうと思う。

 

 俺と長門は付き合うことになった。
 あの後、俺はその日のうちに長門に告白し、無事にOKを頂いた。
 順番が違うだろうとの指摘はもっともだが、この際、気にしないで頂きたいところである。先にも述べたが、あんなことでもない限り、俺は一生気付かないままでいただろう。長門の気持ちにも、自分の気持ちにもな。

 

 あの日、玄関で俺を出迎えた長門は、間違いなく怯えていた。
 恐れていたんだ。俺に口汚い言葉で罵られ、責めたてられ、拒絶されるのこと。
 もちろん、俺にそんな気がさらさらなかったことは言うまでもない。告白しに来たんだからな。
 ……全く、ここまで可愛いとむしろ狙ってるように思っちまう。

 

 さて、俺が告白したときの長門の顔ったら、もう一生忘れられないだろうな。
 なんせ無表情のまま口を開けてポカーンってなって、そのまま泣きだすんだからな。
 その様子がまた愛らしくてな。つい思わず抱きしめて……またキスしてしまった。
 まぁ、何はともあれ、俺と長門は無事相思相愛の仲となったわけだ。

 

 さて、ここで問題となるのが、ハルヒにどう説明するかである。
 SOS団は恋愛禁止!とか言っていた気もするから、もしかしたら反対されるかもしれない。
 かといって、ハルヒの陰でこそこそ付き合うような真似をするのは嫌だからな。
 もちろん、仮に反対されたとしても、それで諦めて別れるなんてことは絶対にないのだが。その時は許してもらうまで土下座でもなんでするさ。

 

 そんなわけで、直接ハルヒの家まで出向いた俺と長門だったが、意外なことにハルヒはあっさりと承諾してくれた。
 ハルヒは「恋愛は精神病だと思うが、他人の恋路は邪魔をしない」という、いつだか自分自身が言っていた言葉を引用し、
「だからあんたたちの事を許さない理由が無いじゃない」
 と、当たり前のように言ってのけた。
 ついでに、長門を恋人にできることが如何に幸せなことかを延々と説示され、
「有希と泣かせたら百回殺すからね」
 という、ありがた恐ろしい言葉まで頂いた。
 何となく、ハルヒが無理に元気を装ってるような気がしたが、きっと二日酔いのせいだろう。人の事は言えた義理じゃないが、今度はあまり飲みすぎるなよ?

 

 こうして、俺達はSOS団公認カップルとなった。
 もはや、俺たちの仲を認めない奴は地球上のどこにもいない。ひょっとしたら宇宙にはいるかもしれないが、そんなもん知ったこっちゃあない。
 遠い宇宙の統合思念体さんとやら。長門は貰って行くからな。

 

 そういえば、ハルヒに報告している間ずっと、長門がなんだか申し訳なさそうな顔をしていたことを覚えている。
 あとで理由を聞いたのだが、じっと咎めるような目で見つめられて教えて貰えず、それでもしつこく聞いていたら、何故かだんだんと不機嫌になっていった。
 女ってのはよくわからん。果たして俺にも女心がわかる日がくるのかね。

 

 ああ、これは後で古泉に聞いた話だが、驚いたことに閉鎖空間は小規模なもので済んだらしい。
 これは古泉たちも拍子抜けだったそうだ。そりゃそうだろうな。俺だって今回ばかりは、夜中に灰色空間ツアーに招待されることを覚悟していたわけだし。
「相手が長門さんだったからですよ」
 と述べる古泉の微笑みは、なんだかいつもと少し趣が違っていた。

 

 ハルヒはきっと、長門のことを大事な女友達だと思ってるんだろう。
 良く良く考えれば、ハルヒが下の名前を呼び捨てする女子なんて、長門くらいだ。
 それだけ大切に思っているからこそ、あれほど激昂したのだろうし、その長門の決断だったからこそ、閉鎖空間も小規模なもので済んだのかもしれない。

 

 しかし、人間ってのは変わるもんだな。
 出会ったころのハルヒは、人のことをジャガイモくらいにしか思ってなかった。
 それが今や、人一倍の優しさを見せるようにまでなったんだからな。できれば、俺にもその優しさを少しふりかけて欲しいものではあるが。
 SOS団は、ハルヒをいい方向に変化させてくれた。
 もちろん、変わったのはハルヒだけじゃない。長門や朝比奈さんや古泉もそうだし、言うまでもなく俺だってそうだ。

 
 

 次の日曜。
 俺は駅前の、いつもの待ち合わせ場所にいる。
 いつもと違うのは、今日は俺がビリじゃないということと、やってくる相手が一人ということ。
 そして、向こう側から歩いてくる無口な少女がいつもの制服ではなく、可愛らしい私服に身を包んでいるということだ。

 

 俺はそいつに告げる。
「……似合ってるぞ、有希」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:41 (1984d)