作品

概要

作者ながといっく
作品名古泉死す
カテゴリーハルヒちゃん長門SS
保管日2010-05-08 (土) 01:33:44

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 一月。睦月。ジャニュアリー。
 呼び方はなんでも良いのだが、ともかく一年の最初の月であることには違いない。
 始業式という、学生を正月ボケから現実に引き戻す非常に億劫なイベントを終え、いつものように文芸部室に集まり無意味な時間を過ごす。
 もはや「シーズン毎にオンタイムな行事をしめやかに実行する組織」となり果てた我らがSOS団だが、行事が無い平常運転時は至って平凡なお遊びサークルと化している。
 ハルヒはパソコンにかじりついていて、朝比奈さんは機関プロデュースの通販番組に夢中になっている。古泉は寂しく一人オセロだ。そしてもう一人の団員、オタクでゲーマーな宇宙人・長門有希はと言えば、窓際のパイプ椅子でノートパソコンとにらめっこしている。
 この様子をして「世界を大いに盛り上げる」と冠する団体と言い張るのは無理があると思うが、そんなことを言いだして自ら面倒事を呼び込むほど俺は馬鹿ではない。何事も平凡が一番なのである。

 

 とはいえ暇なものは暇なのであって。
 手持ちぶさたに部室をうろうろしていた俺は何気なく長門に声をかけた。
「またゲームやってるのか?」
「そう」
 こちらを見ずに返事だけを返す長門。どうやら相当夢中らしい。
 近づいて画面をちらりとのぞくと、ピンクの髪の幼げなキャラクターが微笑んでいる場面だった。またギャルゲーをやってやがる。これが長門の好きな「妹キャラ」って奴なのか?
「そんなに楽しいか?」
 俺には経験が無いのでよくわからんが、そういうゲームは本来男がやるものだろう。宇宙人とはいえ、性別的には女に分類される長門がやって楽しめるものなのだろうか。
「興味深い」
 やはり画面から目を離さずに呟く長門。ちょっとくらいこっちを見てくれてもいいじゃないか。
 別に相手にされないのが悲しいという訳ではないが、つい軽口を叩いてしまう。
「そんなもんばっかりやってると男が寄りつかないぞ?」
 なんてな。
 すると長門は初めてこちらを向き、
「失敬な」
 ぷくーと頬を膨らませた。どうやら効果てきめんだったらしい。
「あなたはわたしが恋愛慣れしていないと考えている」
「ああ、まぁ、それは否定しないが」
 言っちゃ悪いが、長門が恋をするということを俺は全く想像出来ない。長門はますます機嫌を損ねたようで、
 バタンと、長門にしてはやや乱暴な動作でノートパソコンを閉じ、
「証明する」
 と述べ、キッと俺を睨んだ。
「何を」
「わたしが恋愛慣れしていることを」
「どうやって」
「あなたとデートすることで」
「はい?」
 そこまで言うと長門はすっと立ちあがり、ずいっとハルヒの前に進み出てこう言った。
「明日一日、彼を私用で拘束したい。許可を」
 唐突な要求に戸惑いながらもハルヒは難色を示す。
「き、急になによ。…明日?ダメよ有希。だって明日は不思議探索が」
「 許 可 を 」
「わわわ、わかった!わかったからそんな獲って食うみたいな顔しないで!」
 俺の位置から長門の顔は見えなかったが、ハルヒがぶるぶると震えるほどだからよほどの顔をしていたのだろう。見たいようで見たくないようで。
「ひぃ…怖かった……。普段表情薄い子ほど怒ると怖いってのは本当なのね……」
 普段おとなしい子ほど、とかじゃなかったかそれって。
 それと別に長門は怒っているわけじゃないと思うぞ、多分。
「じゃあ明日の探索は中止、今日はもう解散で……」
 涙目で逃げ去るように部室から出ていくハルヒ。
 おいおい、こういう時こそ傍若無人ぶりを発揮してくれよ。俺を見捨ててくれるな。

 

 ハルヒがどこかへと消えたことで、長門を止めることのできる存在はいなくなってしまった。
 朝比奈さんはテレビに夢中でこちらの様子は気にも留めていないし、古泉の野郎は「面白いことがありそうだ」とでも言いたげな目でこちらを見ている。
 というか長門とデート? この間はハルヒとそんなことをやったばかりだぞ。今度は長門とか。何故俺がそんな面倒なことをせねばならんのだ。
「おい、ハルヒの許可を得るのは大変結構なのだが、俺の意見は無視か?」
 なるべく非難がましく聞こえるように言ったつもりだったが、長門は全く気にしない様子で、
「あなたにも拒否権がある」
 淡々と述べた。おお、あるならぜひ行使させてくれ。
「ただし、あなたがその権利を行使する場合、わたしのメモリ空間に蓄積されたエラーデータの集合が、内包するバグのトリガーとなって異常動作を引き起こす可能性がある」
 バグだのエラーだの物騒だな。要するに、断ったら怒るってことか?
「その可能性とやらはどの程度なんだ」
「99.875%」
 ……なるほど、断ったら"絶対に"怒るってことか。
「それで、その異常動作とやらが起こると一体どうなるんだ?」
「……」
 そこで黙るな、怖いから。
 しかし、怒った長門が何をしでかすかなんて想像もつかない。なんとなくだが、俺だけを残して世界ごと改変する位のことならしてしまうかもしれない。
 そうなって困るのは誰だろうか? 無論、俺だ。
「……わかった、付き合ってやるよ」
「感謝する」
 言うまでもなく、感謝の意など全く感じられない。
「それで、デートと言っても何をすればいいんだ?」
「………………」
 いつもの3倍の長さの三点リーダが返ってきやがった。さてはお前、何も考えてなかったな。
 俺の呆れたような目線をどう受け止めたのか、長門はどことなく自信ありげな瞳を俺に向け、
「一晩あれば問題ない。デートプランを考えることは慣れている」
「……そうかい」
 やれやれ。お手柔らかに頼むぜ、長門。

 

 翌日。
 朝9時にいつもの駅前公園で待ち合わせとのことだったのだが、長門はなかなかやってこなかった。普段は誰よりも時間に正確な長門ではあるが、たまに遅くまでゲームをやって寝坊してくることもある。恐らく今回もそんなところだろう。
 そんなことを考えつつ30分ほど経ったころ、10メートル程離れたあたりに長門の姿を見つけた。
 デートということで、何か変わった服装で来るかと思っていたのだが、長門はいつもの制服姿だった。まぁ、妙なコスプレで来られても困るから良いのだが。
 長門は俺と目があうと、とことこと小走りで走り出した。
「ごめん、待った?」
 なんつーわざとらしさだ。それに棒読みで言われても何の感慨も無い。
「ああ、少しな」
 ありのままに答える俺に長門は、
「今のあなたの選択肢はハズレ。これがゲームなら間違いなく好感度が下がる。この場合は嘘でも『待ってない』と言うべき」
 と言い放った。
 ハズレ? 好感度? 一体何のことだ。
「シチュエーションその一。デートが待ち遠しくて眠れず、当日寝坊した彼女」
 ――なるほど、もう始まってるのか。
 というか、遅れてきたのはわざとかよ。
「それじゃあ俺は、そのシチュエーションとやらのために無意味に待たされたのか?」
 休日の駅前なんて人通りの多い所で一人待つのは寂しいものがあるんだぞ。
 長門はほんの数ミリ目尻を下げて罰の悪そうな表情を作ると、
「……寝坊したのは本当」
 と告白した。
「またゲームか?」
「違う。デートプランを遅くまで考えていたため」
 奇しくもシチュエーションその一とやらに当たらずとも遠からずな結果になったわけか。こいつが俺とのデートを待ち遠しがっていたかどうかは甚だしく疑問だがな。

 

 長門が最初の目的地として提示したのは喫茶店だった。
 デートプランは長門に任せているので異論は無いし、寒い中待たされて体も冷えていた俺にとっても非常にありがたい提案だ。
 しかし、ウエイトレスがにこやかな笑みと共に運んできた物体は、俺の心の温度を氷点下まで下げるのには十分すぎるものだった。
「シチュエーションその二、ラブラブドリンク」
 一つのドリンクに二股に分かれたストローが刺さっていて、さらにそのストローがハート型に曲がりくねっているという、いつぞやのハルヒとのデート時もやらされたアレだ。
「飲んで」
 一片の躊躇いも見せずにストローを咥える長門。相変わらずの無表情さが妙に滑稽に感じるのは、この特異なシチュエーションのせいだろう。
 好奇心に満ちた周囲の人間の目が気になる程度には、俺の羞恥心もまだまだ残っているようだったが、如何せんデートはまだ始まったばかりだ。ここで挫けるようでは、とてもじゃないが今日一日を乗り越えられないだろう。
 なんせ、前回のデートプランは長門が企画したものらしいからな。今回も同レベルのものは覚悟しておくべきだろう。
 ええい、ままよ。

 

 じっくり味わう余裕もないままに、ドリンクが半分ほど無くなったところで長門がストローから口を離した。
 何だよ、どうせなら一気に飲んでしまいたいのだが。
「派生イベント、ストロー交換」
「へ?」
 戸惑う俺をよそに、長門はストローの向きをくいっと180度回転させた。
「飲んで」
 まるで表情を変えずに促す。
「いやいやいやいや、お前、それ、どういう意味かわかってるのか?」
 言うまでも無く、見事なまでの完全なる間接キスである。
 恥ずかしいとかいう以前に、二人の男女としてだな。
「わたしは平気」
 長門は先ほどと同じ動作でストローを咥えた。少しだけグラスの水かさが減る。
 そして、こくんと小さく喉を鳴らし、
「飲んで」
 再び俺を促した。

 

 一体なんだっていうんだ。流石に躊躇う。
 間接キスだぞ? 普通は女の方がそういうのを気にするもんなんじゃないのか?
 とはいえ既に長門が口を付けている以上、俺に拒否する理由はもはや無いと言っていい。なんせ、デートなのだから。
 長門はと言えば、ストローを咥えたまま顔色一つ変えずにこちらをじいっと見ている。
 畜生、少しは照れの一つでも見せてくれればこっちも少しはその気になるかもしれんが、これじゃあ一方的な羞恥プレイじゃないか。
 飲むしかない。それはわかっているが、ついさっきまで長門が咥えていたストローだと考えると――ええい!
 心を決めてストローを口にした次の瞬間。
「うお!?」
 目と鼻の先に長門の顔があった。
 それもそのはずで、どうやら勢い余って深く咥えすぎてしまったらしい。ストローの先端が喉に突き刺さりかけてやがる。
 慌てて咥えなおそうとする俺だったが、長門が次にとった行動に遮られることとなる。それは俺の予想の範疇を遥かに超えるものだった。
「!?」
 何を思ったのか、長門もストローを深く咥えはじめたのだ。
 ただでさえ近いというのに、更にそんなことをしたらどうなるかは言うまでもない。互いの額と鼻がくっ付いてしまった。随分アグレッシブなラブラブドリンクだな、おい。
 あまりの非常事態に、ルーデルが駆るスツーカを目撃したソ連軍の兵士もかくやの恐慌状態に陥った俺は、
「げほっ!げほっ!」
 ストローの口が喉元にあるのも忘れて思いっきり吸いこんでしまった。

 

 数分後。
「大丈夫?」
 肉体的にも精神的にも回復しきれない俺を、彼女にしては心配そうな声で気遣う長門。
 すまん、大丈夫じゃないかもしれん。ラブラブドリンクだけで十二分に恥ずかしいというのに、そのままおでこをくっつけ、鼻からドリンクを吹きだし、ついでにその様子を一般公開してしまったわけだからな。
「悪かった」
「いや、俺が悪いんだ」
 むしろ、被害を受けたのは俺より長門の方かも知れん。
 ほぼ密着状態だったので仕方ないことではあるのだが、俺が吹きだしたドリンクは長門の顔面に思い切りかかっちまったわけで。
 長門は表情一つ変えずに布巾で顔を拭っていたが、同じことをハルヒにやったらぶん殴られていることは間違いない。
「そう」
 心なしか申し訳なさげにこちらを伺う長門。なんだか悪いことをしたような気分になるな。
「とりあえずシチュエーションその1はクリアってことでいいか?」
 長門の唇を視界の端に入れつつも、状況を打破すべく話を本題に戻す。
 お粗末な結果になったとはいえ、間接キスまでしたのだから許してほしい所だ。当たり前だが、レモン味だったりイチゴ味だったりはしなかった。
「……」
「長門?」
 長門は何故かぼうっとしたように固まっていた。そしてはっとしたように、
「……クリアでいい」
 と呟き、伝票を手にとり席を立った。
 どうやら長門の奢りということらしい。
 デートなのにそれでいいのかわからなかったが、ありがたく甘えることにしよう。

 

「シチュエーションその三、ゲームセンター」
 次の行き先として長門が挙げたのは、デートに相応しいのかそうでないのかよくわからない場所だった。
「……お前がいきたいだけじゃないか、というツッコミは無粋か?」
「UFOキャッチャーのプライズを彼女に取ってあげるイベントは定番中の定番」
 誤魔化された気がしないでもないが、もっともらしい理由ではある。
 俺にやらせるより自分で取った方が確実に速いと思うがな。
「で、どれが欲しいんだ?」
「あれ」
 プライズコーナーの一角にある筐体を指差す長門。
 ガラス張りの向こうに並べられている景品は、
「超耕21ガッター……なんだこりゃ」
 何だかよくわからない人形だった。全身を覆うアーマーに金属質なベルトという外見から察するに、戦隊ヒーローもののようだが、見たことも聞いたこともない。
 長門はその大きな目をキラキラと輝かせ、楽しそうに語り始めた。
「新潟県のご当地ヒーロー。当初はお土産品としてのグッズ販売がメインだったが、最近はプライズにも進出している。主人公のガッターは新潟の米を食べつくそうとするショッタリアン帝国のエイリアンと日夜戦いを繰り広げている。柿の種型のカマであるガッター・カッターは一分間に21ヘクタールの草を刈ることができ」
「い、いや、もういい」
 いつ終わるかわからないので強引に打ちきる。
 しかしなんつー設定だ。草を刈るヒーローなんて聞いたことがない。
 だがまぁ、長門が欲しいというなら仕方あるまい。
「じゃあ、このガッターとかいうのを取ればいいのか?」
「ガッターは既に入手している」
 へ?じゃあ何を取ればいいんだ?
「ツターンカメムシ」
 よりによって悪役の気持ち悪い虫ですか。しかも顔の部分はまんま中の人じゃねえか。
 何故こんなのを欲しがるんですか長門さん。宇宙人繋がりか?
「……長門よ、悪いがとてもじゃないが乗り気になれん」
 確かに、彼女にプライズを取ってやるというのはデートっぽい行動かもしれん。だが、こんな気持ち悪い虫のオッサンを欲しがる女性は一般的には皆無だろうし、こんなもんを彼女にプレゼントしたがる男もいやしないだろう。
「これのために少ない小遣いを擦り減らすのは精神的にもキツイ。もう少し普通のものじゃだめか?」
「そう」
 残念そうな顔をすると思っていたが、長門はそんな素振りを見せることはなく、
「これ」
 すっと奥向かいの筐体を指差した。
 その先にあったぬいぐるみはまたしてもご当地ものだったが、今度は俺でも知っている。うむ、これならデートにも相応しいし、取ってやろうという気にもなる。
「ひこにゃん」
 そう呟く長門は、宇宙人でもゲーマーでもない、普通の女の子に見えた。

 

「やっと取れたか……」
 意気込んで挑戦したのはいいものの、やはり慣れないことはするものではない。
 赤い兜を被った愛らしいネコをアームで掬いあげるまでに、筐体と両替機を三度ほど往復する羽目になった。
「ほらよ」
 取り出し口からぬいぐるみを引っ張り出し、長門に手渡す。
「感謝する」
 長門は取ったばかりの景品をしばらくじいっと見つめていた。
 ぬいぐるみを両手にぎゅっと抱える姿は、同年代と比べてやや幼さが残る外見も相まって、とても可愛らしく思えた。

 

「しかし、随分と使っちまったなぁ……」
 三枚分ほど軽くなった財布を見てしみじみと思う。
 普通に買った方が安かったかもしれない。
「……貯金箱」
 長門がボソリと呟く。
 それ、地味に傷つくから辞めてくれ……
「長門はこういうのも得意なのか?」
「得意」
 即答。
 こいつに苦手なものがあるとも思えないが、そこまで自信があるのなら一度お手並みを拝見させて頂きたいものだ。
「わかった」
 長門は二、三秒ほど景品の配置を眺めると、おもむろに財布から100円玉を取り出した。
 筐体に100円玉が吸い込まれると同時に、小気味良いミュージックが流れ出す。
 距離感を測る様子も見せずに、カチ、カチと二つのボタンを迷いなく操作する長門。
 はてさて、ぬいぐるみは二本のアームにがっちりとホールドされ――排出口にあっさりと吸いこまれていった。
「……流石だな」
 正直、こうなることは予想していたが、それでもこうまであっさり取られるとやはりショックだ。
 どうにも複雑な気持ちでいると、
「これ」
 長門が取ったばかりのぬいぐるみを差し出してきた。
「あなたに」
「貰っていいのか?」
 ゆっくりとした頷き。
 取ってもらったお礼なのか、それとも二つは要らないだけなのかは分からないが。くれるというなら貰っておこう。部屋に置いておけば妹も喜ぶだろうしな。
「お揃いだな」
「……」
「長門?」
 硬直する長門。つい先程もだったが、どうかしたのか?
 長門はこれまた喫茶店の時と同じくはっとした表情を見せ、
「……なんでもない」
 ゲームコーナーへとトコトコ歩いて行った。
 なんなんだろうね、一体。

 

 その後のことは言うまでもないだろう。
 ただひたすらに、置いてあるゲームを全てやりつくす勢いで遊びまくったさ。

 

 音ゲーで長門の超絶プレイを見学したり。
 ガンシューティングで協力プレイをしたり。
 まったりコインゲームで遊んでみたり。
 格ゲーでボコボコにされたり。
 レースゲーでボコボコにされたり。
 エアホッケーでボコボコにされたり。

 

 男としての威厳なんてあったもんじゃなかったが、久々に満足に遊んだ気がする。これだけ楽しめたのは、きっと普段ゲーセンに行かないからだけではないだろう。隣で遊んでいる奴がいつもの3割増しくらいに楽しそうにしているからに違いない。
 目を輝かせて色んなゲームを楽しんでいる長門は年相応の、いや、少し幼さが残る女の子にしか見えない。普通と違うのは少々表情に乏しいことくらいで、こいつを見て一目ぼれする奴はいても、宇宙人だと看破する奴は誰もいないだろう。
 むしろ、長門の隣にいる俺を射る視線の方が多かったかもしれない。主に男からのな。

 

 夕刻。
 人波も少なくなった街をとぼとぼと歩く。
「随分遅くまで遊んじまったな」
 おかげでもうすっかり暗くなっちまった。
「うかつだった。予定していた映画鑑賞とショッピングが遂行できない」
「まあいいじゃないか」
 確かにゲーセンで遊びすぎたかもしれない。時間的にも金銭的にもな。
 だが、たまにはこういうのもいいだろう。長門と二人で思いっきり遊ぶなんてことは今までなかった気がするしな。
「しかし、用意したシチュエーションを実行できなかった」
 不服そうに呟く長門。参考までにそのシチュエーションとやらを教えてくれ。
「シチュエーションその五、ホラー映画で怖がる彼女をそっと抱きしめる」
「シチュエーションその六、ショーウインドウを眺める彼女に見とれる」
 長門さん、あなたがホラー映画で怖がるとも思えませんし、あなたが羨望の眼差しで眺めるショーウインドウの先には新作ゲームがありそうなのですが。
 それはそれで楽しそうではある。
「でも、映画やショッピングよりも楽しかっただろ?」
 無言。
 今日の長門はいつにもまして沈黙が多めだ。
 やがて、風に乗って消えそうなくらいに小さな声で答えが返ってきた。
 小さすぎてきっと俺にしか聞こえなかっただろう。
 でもそれでいい。誰にも聞かせるつもりはないからな。

 

 次に連れてこられたのは長門のマンションだった。
 てっきり部屋まで招かれるものだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしく、エレベーターの行き先階ボタンは最上階である「7」のさらに上の「R」、つまりは屋上を示していた。
「で、今日はどこまで付き合えばいいんだ?」
 長門は事もなげに、
「最後はキスで締め」
「断る」
「あなたは拒否権を行使しても構わないが、わたし内部のエラーデータが」
「いくらごねてもダメと言ったらダメだ」
 お前とキスしたくないからとかそんなんじゃない。こんなままごと遊びでファーストキスなんてことしちまったら、今は良くても後々悔むことになる。
 現に俺はわけのわからん状況で経験しちまってるからな。後悔してるかどうかは微妙なところだが。
「大丈夫」
 どういう意味だ? 既に経験済み、とかだったら割とショックだぞ。
 長門はその硬質的な瞳を俺に向け、
「ちゃんと相手を選べば後悔しない」
 いや、まぁそれはその通りだが。だったら尚更、こんな冗談みたいなデートでするのはおかしいだろ?
 しばらく沈黙を保っていた俺達だったが、やがて機械音声が屋上への到達を告げた。
 エレベーターを降りる間際に
「選んでいる」
 と呟いた長門の横顔は、なんだか寂しそうに見えた。

 

「シチュエーションその七、プロポーズ」
 ええと、俺たちがしてたのは「デート」だよな?
 随分といろんな段階をすっ飛ばしてると思うんだが。
「似たようなもの」
 どうやら理屈で納得させるのも面倒になってきたようだ。
 無機質な黒い瞳に「ぐだぐだ言わずにさっさとやれ」と書いてあるからな。わかった、プロポーズでもマヨネーズでもなんでもこい。
「で、なんでお前のマンションの屋上なんだ?」
「雰囲気重視」
 随分適当だな。だがそう言われると何も言い返せない。
「で、何をすればいいんだ」
「段取りはこう」
 どこからか取り出した台本のような紙を差し出す長門。

 

 ――マジですか、長門さん。

 

 気が付くと夜空には雪がちらついていた。
 今日は雪が降るような温度じゃなかったはずだが…
「演出」
 何も聞かないうちからあっさりと口を割る長門。
 なるほど、ロマンチックな演出だ…じゃなくて。
「局地的な環境情報のなんたらは後遺症をもたらすんじゃなかったのか」
「……時と場合による」
 随分いい加減だな、おい。地球の未来を何だと思ってるんだ。
「それでは始める」
 俺の抗議を聞く耳は持っていないようだ。
 やれやれ。まるでハルヒが二人いるみたいでかなわん。

 

 長門が用意した台本に記された設定は以下のようなものだった。
 ある日の夜、彼女にマンションの屋上に呼び出されたというシチュエーション。長門は名家のお嬢様、俺は売れない小説家。二人は相思相愛だが両親の反対で引き裂かれようとしている――とかいう三文小説のような設定である。
 黙っていれば美少女に見えなくもないルックスを持つ長門は「お嬢様」に相応しくないとは言えないだろう。だが如何せん、北高の制服がどうしようもない安っぽさを醸し出している。
 演出というのなら服装を何とかするところから始めてほしいものだ。

 

 ええい、ぐだぐだ脳内文句劇場を演じても仕方ない。とっとと終わらせちまおう。
 まずは、向かい合って名前を呼ぶ、だったな。
「長門」
「……」
 ほんの一瞬だけ咎めるような目で俺を見つめたあと、俯く長門。
 どうやら下の名前を呼ぶべきだったらしい。なるほど、プロポーズするほどの間柄の男女ならば、苗字より名前の方が自然だろう。
 一度も呼んだことのない名前を言うのは中々躊躇われるし、勇気がいる。それでも、俯いたままの長門を見ていると、何故だか言わなければならないような義務感に駆られてしまう。
「……有希」
 顔をあげ、まじまじと俺を見つめる長門。
 いつになく真剣な表情に、顔面が熱くなるのを感じる。
 そんな俺にかまわず演技を続ける長門。
「わたしの結婚が検討されている」
「誰がそんなことを?」
「わたしの両親」
「……」
「わたしの両親は、自分達が望む家の男性とわたしを婚姻させようとしている。その方が家の利益になり、わたしも幸せになれると考えている」
 いわゆる政略結婚ってやつだな。今時こんな話があるのかどうかは定かではないが、確かにそれっぽい設定ではある。
 家の事情に阻まれて、愛を引き裂かれる二人って訳だ。
「くそったれと伝えろ!」
 怒りに震える男。そりゃそうだろうな。
 俺だって、長門やハルヒや朝比奈さんが家の都合で好きでもない相手と結婚させられるとしたら怒り心頭にもなるだろう。しかし、演技だから仕方がないが、怒っている自分を俯瞰で見ている感じはどことなく違和感がある。
 長門の頭の雪を払い、コートを脱いで着せ、フードを被せてやる。
「お前の両親に言ってくれ。お前がどこかに行っちまったら、いいか? 俺は暴れるぞ。何としてでもお前を取り戻しに行く。俺には何の能もないが、お前を奪って逃げることくらいはできるんだ」
 瞬きもせず、上目づかいでじっと俺を見つめる長門。
 目を逸らすわけにもいかないから、こちらも見つめ返す。
 改めて見ると本当に綺麗な瞳をしているな、こいつは。他はともかく、瞳の美しさではハルヒも朝比奈さんも叶わないだろう。
 最後に長門の両手を手に取り跪く。欧米のドラマなんかで良く見る「プロポーズ」の格好だ。
「世界中を敵に回してでも、必ずお前を守り抜く。お前の両親にそう伝えろ」
 これがプロポーズなのかどうかはさておいて、恥ずかしい台詞の割には不思議と違和感なく口に出すことができた。
 両親に伝えろだとかプロポーズだとかはともかくとして、世界中を敵に回してでも長門を助けてやりたいという気持ちはあながち嘘ではないからかもしれない。
「伝える」
 長門はそう呟くと、少し俯いて何かを考えるような仕草を見せた。
 やがて顔を上げ、再び俺と目線があう。
「ありがとう」
 あくまで平坦な声で、表情もいつもと変わらないものだった。
 長門のお礼の言葉を聞いたのは初めてではない。
 それなのに、今までに無いほどドキリとさせられたのは何故だろう。ほんの一瞬だけだが、コートごとこいつを抱きしめてしまいたい衝動に駆られてしまった。

 

 いつの間にか雪はやんでいた。
 どうやらプロポーズ限定の演出らしい。地球の生態系に爪痕を残さないためにも、ありがたい配慮と言えよう。
 そんなことを考えていると、目の端に写る長門がブツブツといつぞやの高速言語を呟いていた。
 突如として屋上に現れるテーブル一式とグラス、そしてボトルに詰まった赤い液体。
「シチュエーションその八、深酔いしてしまった彼女を家まで送る」
 プロポーズで終わりじゃないのかよ。
 というか俺達は未成年だぞ。ワインとか飲んでいいのか。
「飲んで」
 もはや言い訳すらせずにごり押してくる長門。
「……まぁ一杯くらいなら」
 こうなればヤケだ。多少酔っぱらっても長門なら何とかしてくれるだろう。アルコールを抜くことくらいきっと朝飯前に違いない。
「それはともかく、一杯くらいで深酔いできるのか?」
 ちびちびとワインを飲みながら問いかける。
 長門が酒を飲んでいるところは見たことが無いが、何となくいくら飲んでも酔わないイメージが。
「って、うわっ」
 ――長門さん、なんでニコニコしていらっしゃるんですか。
「………………」
 いつもの三倍の三点リーダと共に、紛れもない微笑みを投げかけてくる長門。
 しまった、どうやらこいつは酒に弱いらしい。
「…………寒い?」
 唐突な質問に戸惑う。そりゃあ、この時期のこの時間となると流石に肌寒い。コートはお前が羽織ったままだしな。
「…………そう」
 長門は納得したかのように頷くと、トテトテとおぼつかない足取りで俺の近くに歩み寄り、
「こうすれば暖かい」
 ぎゅっと腰に両腕を巻きつけてきた。
「お、おい長門……」
 確かに暖かいけどさ。急に抱きつかれても困るんだよ、色々と。
「……シチュエーションそろきゅう、おもちかえり」
 おいおい、呂律が回らなくなってるぞ。
 それにお持ち帰りはしないからな。お前の部屋に送ってやるから。
「しない?」
 首を傾げ微笑む長門。正直言って、かなり可愛い。
 しかし、酒に弱い上に絡み酒とはな。正気に戻ったら、男とは絶対に酒を飲まないように注意せねばなるまい。今のこいつは本当に誰にでもお持ち帰りされちまいそうだ。
 そうなれば、俺はこの歳で前科持ちにならないといけないかもしれない。
 ……何故だ?

 

 巻きついて離れない長門を引きずるようにしてエレベーターに乗り込み、長門の部屋の708号室前へと辿りつく。どうやら鍵は開いているようだった。
 自分の靴を脱ぎ、長門の靴を脱がせて玄関マットの上に座り込む。
 おい長門、そろそろ離れてくれないと…
「やだ」
 嫌だと言われても。
「………はなれたくない」
「馬鹿なこと言うな」
 世の中には、そういうのを本気にしちまう奴だっているんだぞ。
「わたしはほんき」
 長門はそう言うと、ふっと腰元から両腕を離し、今度は首に巻きつけた。
 そして、
「ながっ、何を…」
 下方から勢いよく俺の唇を塞いだ。
 喫茶店でしたほうな間接キスではない、文字通りのキスだ。
 頭が真っ白になる。何も考えられない。
 永遠にも思えた一瞬の後、再び唇が孤独を取り戻す。
 温もりを惜しむ間もなく、長門は微笑とともに呟いた。
「だいすき」

 

 ――何かが切れる音がした。

 

「ながとっ!」
 強烈な衝動に支配された俺は、長門の両肩を掴み、床に押しつける。
 それでも長門は微笑を崩さず、それどころか両腕をさらに強く首に巻きつけてきた。
 あたかもそれが規定事項であったかのように、今度は俺から唇を重ねる。
 最初こそ驚いたように目を見開き、体全体を硬直させた長門であったが、すぐにそっと目を閉じ、体も委ねてきた。
 そしてやがて、口の中に長門の舌が――

 

 もう駄目だ、辛抱ならん。
「いいんだよな?」
 俺は長門の胸元に手を伸ばす。
 無言のまま、ただ微笑みを返す長門。OKサインと受け取るからな。
 制服のシャツのボタンを3つ目まで開けたところで、上着の向こうに――

 

「何をやっとんじゃーーー!!!」
 ――見えたのは星だった。
 そういう柄だったという意味では無く、文字通りの星。
 それと同時に、頭を固い何かでぶん殴られたかのようか感覚が俺を襲う。なんだこれ、いってえ……
 甲高い叫びと慌てた声が聞こえる。
「ここであったが百年目! 長門さんに手をかけた報いは死で償いなさい!」
「ちょっと!落ち着いてくださいよ朝倉さん!フライパンで殴ったら死んじゃいますって!」
「何言ってるんですかキミドリさん! 死なすために殴るんですよ!」
 なんだ、人形と風船が喋ってる…?
 ああ、なんだ、夢か……
 どうせならもう少しだけ続きを見せてくれ………
 今はちょうどいいところなんだか……ら…

 

 なが……と………

 

 

「離してくださいキミドリさん! 今がチャンスなんです!」
「待ってくださいよ! そんなことしたら長門さんが本気で怒りますよ!」
「その長門さんが見事に襲われてるじゃないですか!」
「いや、襲われてるようには見えないですって! 見てくださいよこの顔。今もこの人間に頬ずりしてますし」
「……確かに、なんだか幸せそうですね。いや、でも急進派として……そうだ!」
「朝倉さん、何でポケットを漁ってるんですか?」
「携帯電話です。……あった。あとはこうして」
「ちょっ、なんで長門さんを脱がせてるんですか! はっ……まさか朝倉さん、長門さんを……だからその人間が邪魔で……」
「馬鹿なこと言うと刺しますよ?」
「ひいっ!冗談です、冗談ですから!」
「ええと、このくらいでしょうか…」
「長門さん、下着見えちゃってますけど……何をするつもりですか?」
「彼の目線で長門さんを撮ったように見せかけてるんです。よし、良く撮れました」
「はぁ……」
「こうすれば、大きな情報爆発が観測できるはず……」

 

宛先:涼宮ハルヒ
件名:無題
添付:pic20100109.jpg
本文:ごちそうさま

 

 

〜翌朝、古泉宅〜
ワルイコトニハナラナイデショウー
「……ん」
「はい、古泉です」
「え、閉鎖空間? こんな朝に?」
「え、新川さんがタクシーごと踏みつぶされた!?」
「ちょ、森さん、遺書書いてから来いってどういう……」
プツッ ツーツーツー
「…………」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:41 (1805d)