作品

概要

作者net
作品名分裂β-x
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-04-24 (土) 14:07:33

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 
 「なんだ、これは」
  学校を出てすぐ、ハルヒがつかまえたタクシーへSOS団全員で乗り込み、
 長門のマンションへ向かっていたはずの俺は、一瞬思索にふけったその瞬間を
 境に、薄暗い闇の中に一人で立っていた。
 「閉鎖空間・・・・いや」
 違う。この気配は微かに覚えがあるような気がする。
  周囲はまったく無の空間であり、足場である平面を己の周囲のみ視認できる
 程度の情報しか俺には与えられていないが、これはアレだ。あの雪山の・・・・!
 「天蓋領域・・・・九曜だか周防だかって奴の仕業か」
  長門が熱を出して伏せっているってのは、今まさに奴と交戦中かなにかなの
 ではないかと踏んでいた訳だが、この分だとどうやらアタリだ。
  長門を除けば、唯一奴らに干渉できそうなのはSOS団員ではハルヒだけで
 あり、どうやらそのトリガー役を(望む、望まぬにかかわらず)任じられたの
 は俺らしいと、近頃ではある程度自認せざるを得ない様になってはいたが、そ
 れでもこうしてハルヒと切離されたところを見るとやはりそうなのか、と改め
 てダメを押された気になる。
  それが嫌と言うわけではないし、そうだとしての覚悟もある程度は持ちつつ
 あったつもりだったが、実際こうやって仕掛けられてみると正直不安が総身を
 侵食してくる。はっきりいって恐慌に飲まれる寸前だ。
 「くそっ!!どうする!?」
  雪山の時は、現実と切り離された時空間だかに精神だけが飛ばされ、生身の
 方はそれよりもゆっくりと流れる時間の中、直前までの行動の続きを惰性で継
 続していた様だったが、今もそうなのだろうか?
  ほんの一瞬・・タクシーの後部座席に座ってる俺の自意識が、数秒から数十秒
 もっていかれている・・この僅かな間に、事態の趨勢が決する事になるのか?し
 かも、俺一人だけの判断で、それらに対処しなければならないとなると・・。
  梅の実が鈴なりの梅林の情景を浮かべても、まったくおっつかない程喉が乾
 いている。三国平定を天に求められた偉人のプレッシャーを、今の俺なら理解
 できるんじゃないか、などという四方山な思考がノイズの様に脳裏を走る。
 「やばい・・これは気が変になる・・なが」
 と、と言いそうになった自分の口を閉じ、歯を食いしばる。
  そうだ、あいつは今も戦っている最中かもしれないんだ。
  例えば、俺がここで正気を保ってい続ける事が、敵の能力をほんの僅かでも
 こちらに割かせる事になるかもしれない。というか是非実際そうであってくれ
 て、耐えて待ち続ける事位しか俺にできる事は無いかもしれない。
  少なくとも、長門に助けを求めて心乱し、わめき叫ぶ事だけはすべきで無い
 と思えるし、俺自身の矜持として絶対にしたくない。
  ハルヒを・・ハルヒの力を求める言葉は、やはりそれこそが敵の思惑かも、と
 いう可能性を上げた、先程の古泉の言葉に相応の共感を持った以上は、これも
 ギリギリまで禁じ手だ。
  なにしろこれは単発装填一回こっきりのブラックホール爆弾みたいなもので
 そのうえ事態がどう転ぶのかもまったく見当がつかない、まさに諸刃の剣だ。
 俺自身がよほどの納得と確信を持ってのみ、使用が許される最終兵器だ。
 (耐えろ)
 俺は俺自身を叱咤激励する。
 (耐えて待つ事に可能性を見出したなら、其処に力を尽くすんだ)
 安易に切り札に頼るわけにはいかない。
 (信じろ)
 (長門の言葉を思い出せ)
 そうだ。あいつはハルヒを・・俺達を守るといってくれた。それを信じろ。
  だが甘えるつもりも無い。長門の戦いには俺など、情け無いのを通り越して
 ミドリムシ位に無力なのは間違いないがそれでもミドリムシにしか出来ない事
 がある様に、俺は俺しかできない事に全力を尽くすべきで、せめて長門の脚を
 引っ張らない程度の事はやりとげなければ、俺は俺を許さん。今まで一体どれ
 だけ世話になってると思ってるんだ。
  耐えろ、やり遂げろ。長門の勝利を・・信じるんだ!

#br
  どれ程の時間が過ぎたのか。
 数時間か、それともほんの数分しかたっていないのか。まったくわからない。
  しかしとにかく、俺の精神が無の圧力に軋み続け、いよいよ限界域に達する
 のではと感じ始めたその時、突然眼前の闇空間がひび割れ、弾けとんだように
 眩い光が俺を身体ごと飲み込んだ。
 「!」
 思わず閉じた眼を、すぐに開いて正面へ向ける。
 眩んだ視界が少しずつ回復し、辺りはまた暗闇に戻っている事を確認した俺は
 しかし同時に、喜び、安堵、そして希望を体現した存在を眼前に捉えていた。
 「長門・・・・!」
 いつもと同じセーラー服姿の長門有希が、俺を見つめて立っていた。

#br
 「私が涼宮ハルヒから連絡を受けた事で、敵は私と涼宮ハルヒとの合流を回避
  するための方策に能力を割いた。そこに隙が発生し均衡が崩れたため、私は
 此処に飛ぶことができた」
  長門は、俺の顔をいつもの澄み切った雪解け水の様な瞳でみつめたまま解説
 してくれた。するとハルヒ達も俺みたいな状態に陥ってるのか?
 「違う。敵によって私は既に異相空間に隔離されていた。先程の通信は、涼宮
 ハルヒの能力によって空間の断絶を越え、私まで届いた。しかし彼女が単独で
 空間断絶を飛び越え、私と接触する事までは困難と思われる。」
 いつかのカマドウマ空間みたいなものか。そこにいるのに姿は無い…次元の狭
 間に閉じ込められてるわけだ。
 「そう。私の本体はいまだそこにある。ここにいる私は・・電子・・情報・・精神体
 のようなもの。ここにいるあなたもそう」
 俺に解り易い言葉を選びながら説明してくれる。という事は、やはり俺の本体
 はタクシーで長門のマンションに向かっている最中か。
 「あなたと涼宮ハルヒが一緒に私の部屋を訪れた場合、高確率で敵の発生させ
 た次元断裂を正常化するだろう。あなたの精神体をここに閉じ込めて、それを
 防ぐのが狙いの一つ」
  ちくしょう、やってくれるぜ。そうやって俺と長門をハルヒと切離してから
 ハルヒにちょっかいかける算段てワケだ。
 「そうはさせない」
  長門が強い意志をこめて言った。
 「私が守る。涼宮ハルヒも。・・・・そしてあなたも」

#br
 『!!』
  突然だった。俺達は水中・・どうやら海中の様だ・・にいた。
 「・・息は、できるな・・」
 長門は答えない。見ると瞳にはMAXレベルの警戒色が見て取れる。どうやら
 全方位に索敵の網を展開している最中らしい。そんな緊張感が俺にもびりびり
 と伝わってくる。
 『・・ごきげ・ん・・よう・・・にん・ぎょ・・・ひめ・・』
  長門の声ではない。それは直接俺の頭の中に浮かび上がった。
 (九曜か)
  しかし声にしたはずの言葉は俺の声帯を振るわせない。いや、それだけでは
 なく、身体が一切自分の自由にならない。
 『・・あ・なた・・・は・・』
  その声は、周囲の水と共にまるで染み込むように、俺を侵食してきている様
 に感じられた。
 『・・だれ・の・・お・うじ・・・さ・ま・・なの・・?』
 (長門…!)
  やはり声にはならない、がとにかく俺は全身全霊の気力を振絞り、心で絶叫
 した。
 「・・・・」
  長門が振り仰ぎ俺をみる。その瞳に理解と・・・・決意の色が瞬いた気がした。
 
 (敵のもう一つの狙い・・・・それはあなたを通して涼宮ハルヒの情報に触れる事
 だと思われる)
 熱い、と感じる。が、実体の無い今の状況でそれは本来おかしな事のはずだ。
 (そのためにあなたと同化しようと、構成情報に直接浸入、侵食してきた)
 それに、今までの俺の記憶の・・・・これは普段のイメージから捻じ曲げられた、
 後発的記憶なのかも知れないが・・・・中にある、長門と直接触れた数少ない機会
 のどれも、これ程に熱さを感じたことは無かったはずだ。
 (精神体で存在するこの空間ではナノマシンによるシールド展開の様な物理的
 対策が取れない。よって直接あなたにプロテクトを書き込む必要がある)
 両腕を俺の背にまわして、強めに抱きしめる長門の身体と触れる全ての部位が
 その長門の温もりを感知している。
 (私を構成するオリジナル情報を元にした自立プログラムによるプロテクト)
 そして、ひときわ熱さを感じるその長門の唇は・・・・とても柔らかい。
 (絶対に守る)
 強い意志が俺を包みこむのがわかる。
  長門のキスは、俺に長門自身を深く浸透させるかの様に深く、熱かった。

#br
 「ながとっ・・・・」
  叫びかけた俺の視界に飛び込んできたのは、今まさに長門のマンション前に
 停車しようと減速を始めたタクシーの車内だった。
 「なに・・びっくりさせないでよ。・・・・どうしたの?」
  隣から俺を覗き込むハルヒ。長門を案じ心配そうな表情のその上に俺の様子
 から感じとったらしい不吉さを更に上塗りした、不安げな様子で聞いてくる。
 「いや・・・・大丈夫だ。大丈夫に決まってる。」
 ハルヒに答えるでもなく、自分に言い聞かせるでもなく。ただ、襲いくる不安
 を振り払うために口を開く。
 「着きました。涼宮さんと朝比奈さんは、管理人室で事情を話して鍵を借りて
 きていただけますか。」
 助手席で支払いをしながら古泉が言った。
 「我々男子ではいらぬ誤解や問題が発生しかねませんので。」
  女子でも、たとえ知り合いだ、クラスメートだと言ってもそう簡単に貸して
 はくれないのが普通だと思うが、ちらとこちらに目配せした古泉の様子からす
 ると、ひょっとしたら管理人も機関の人間なのかも知れない。TFEIの監視
 目的という事でそうなっていても不思議は無い。がそれも今はどうでもいい。
 「急げ。」
 そう古泉に言うと、俺はハルヒ達と一緒にタクシーから飛び降りた。

#br
  長門の部屋の鍵を借りてきたハルヒは、先に玄関前で待っていた俺と古泉を
 扉の前から押しのける様に駆け込むと同時に鍵を開け、そのまま靴を脱ぎ捨て
 ざま、室内へ飛び込んでいった。一足、いや三足位は遅れてこちらへ走ってく
 る朝比奈さんを待たずに俺もハルヒに続く。
  中はどういった状態なのだろう。俺が閉じ込められたあの精神世界での長門
 のキスで、俺はおそらく正常化されてこちらに復帰できた。では、長門は?
  あの後もあの世界に留まり、未だ敵と交戦中なのだろうか。だとすれば長門
 の本体はどこかの空間に隔離されたままなのだろうか。
  もしもここに長門がいないとなれば、その事をハルヒにどう説明すればいい
 のだろう。古泉は慎重にと言ったが、現状からハルヒが不審を抱く様なら状況
 悪化は変わらないし、やはり切り札の出番ではないのか。
  使うべきタイミングで迅速に使わねば、切り札が切り札でなくなる恐れも無
 いとは言えない。しかしその見極めを、どの様に判断したものだろうか…。
  だがその懸念は、リビングに敷かれた布団に横たわる長門と脇にしゃがみ込
 むハルヒを視界に捉えた事で杞憂と終わった・・・・かに思えた。
 「・・ゆき?・・・・有希っ!」
  ただ静かに眠っているかに見える長門が・・脈も、呼吸も無い事に、ハルヒが
 気付くまでは。

#br
 「キョン、119番!早く!!」
  鋭くも悲鳴混じりの声でハルヒの指示が飛んだ。俺は携帯電話を取り出し、
 アドレスのか行を呼び出すと、ある人物の電話番号を入力し、耳にあてた。
 「古泉君はAED!あるかどうか管理人に聞いてきて!!」
 「はい!」
 まったくらしくない、簡潔な返事を返しざまに駆け出していく古泉。ハルヒが
 そう言わなくともそうするつもりだったかの様な俊敏さで。
 「みくるちゃん、有希のあご上げて!気道を確保させて!」
 「は、はいっ」
 「電話は!?」
 「まだ・・今繋がった!」
 俺は電話の向こうに、状況やここの所在等を伝えて電話を切ると長門へと目を
 向けた。
 「キョンはこっち見んな!みくるちゃんそっち座って!!」
 どうやら心臓マッサージのために、ハルヒがはだけた長門の胸に目線があって
 しまった俺はあわてて顔をそらす。形の良い乳房が一瞬目に飛び込んできた。
 「いい?鼻を押さえて胸がふくらむように息を吹き込むの!合図するから。」
 しかしそれに心奪われる精神的余裕は、今の俺には無い。そしてハルヒには、
 間違いなくその比じゃなく何倍も、何十倍も余裕など無い。
 「あたし達が学校を出て何十分も経った訳じゃないわ。」
  長門の胸に両手をあて、肘を伸ばした姿勢で自らに言い聞かせる様に言う。
 「あたしの電話を・・ハイッみくるちゃん!ふーッ・・ふぅーッ・・ハイよしッ!」
 朝比奈さんに自らタイミングを促して人工呼吸をさせた後、続いて規則正しい
 テンポで心マに移るハルヒ。
 「切って、からすぐ・・ふッ・・ふッ・・ん!・・ふッ・・この状態にッ・・んッ・・ふッ・・
 なった訳じゃない・・ふッ・・ハズだしっ・・!」
 十数回の心マの後、人工呼吸を挿み、また心マ。二人の少女が息の合った連携
 で心肺蘇生法を施行する。
 「それ、にッ・・有希ッ・・なら・・百面ダイスで・・十回連続で一をだせッ・・なんて
 要求したってッ・・」
 長門が意識を取り戻す気配は無い。ハルヒの話す声に水っぽさが増してくる。
 「きっと・・みくるちゃんハイッ」
 フーッ
 「そう、なんて言って涼しい顔してやってのけちゃうわ。そうでしょキョン」
 グスッ
 「ああ、そうだ。そうにきまってる。」
 「そうよね、そうよ、絶対そうだわ。」
 ハルヒの肩が、小刻みに震えている。続けざまの心マからくる疲労・・だけでは
 ない。
  ハルヒが言っているのは、長門の心肺停止が一次救命処置から遡って何分も
 たっていたらどうしよう、という恐怖への反問に他ならない。
 確か、心肺停止後無処置で五分経過した場合の蘇生率は四分の一以下だった筈
 で、十数分を超えた場合、できる事は奇跡を願う以外になくなってくる。
  俺だって、長門がただの人間だと思っていたら今頃ハルヒと同じか、もっと
 絶望に打ちのめされているに違いない。
  しかしそうではないからこその、ハルヒが感じているのとはまた違った恐怖
 に、俺は今急き立てられている。
 (ハルヒが、長門が失われた〔と信じ込んだ〕世界に絶望を覚えたら?)
  俺は、ハルヒ程ではないというだけであって、勿論長門の事は心配だ。が、
 それも、長門が人間ではないと知っているだけで、その何倍も根拠のある自信
 と信頼で打ち勝つ事ができる。
  だがハルヒには、根拠薄弱な希望的観測を拠り所にする、虚勢のような信心
 しか与えられていないのだ。
  これは、ハルヒパワーの発動を目論む連中の計算づくの、幾重にも織り込ま
 れたワナなのか、たまたまこうなったのか・・何れにせよ、最早タイムリミット
 までロスタイムを残すのみなのは間違いない。やはり切り札の時間だろうか。
 「ここにはAEDは無いそうです。あと救急車は到着まで後五、六分で」
 「何で無いのッ!?住人の多い高級マンションで!救急車だって遅すぎッ!!
 これだから日本は!!有希に何かあったら・・・・」
 だめだ、もう猶予は無い。古泉がなぜ救急車の到着予想を持ってこれるのか、
 その矛盾にまったく思い当たらない程テンパっているばかりか、自分の言霊で
 自爆寸前だ。勿論俺が先程電話したのが119番ではなく古泉の携帯で、古泉
 が普通の病院に搬送させるわけにいかない長門を受け入れるべく、機関の息の
 かかった病院と救急隊を手配したからなのだが、もうそんなのどうでもいい。
 「有希に何か・・・・有希・・・・ゆきいぃっ・・・・」
 心マの手こそ止めないものの、ハルヒは決壊寸前のダムのごとく、涙を溢して
 泣きだした。
 「何でッ、どうして・・起きてよ、ねえ、有希・・有希・・」
 ハルヒだけが、長門の真実を知らない。故に絶望に打ちのめされる。そして、
 そうたらしめているのは当の長門も含めた、ハルヒ以外のSOS団員、つまり
 俺達だ。
 「・・涼宮さん・・ぅ・・」
 ハルヒとはまったく角度の違う理由で、しかし同じ位に悲痛な面持ちで、うな
 だれる朝比奈さん。俺も古泉も、ここにいたならきっと長門も同じ気持ちだ。
 「・・助けてよ・・お願いだから、誰か・・有希を助けて・・・・」
 遂に手を止めて泣きじゃくるハルヒ。こんなハルヒを見たのは初めてだった。
 「・・・・ハル」
 そして見てはいられない。いられるはずが無い。
  決めた。今言う。いいか、ハルヒ、泣くのはまだ早いんだ。長門はまだ戦・・
 
 『・・キョン・・有希に、人工呼吸して」「ハルヒ、俺は実はジョン・・』

#br
 「え、なんだって?」
 「人工呼吸。・・あたし、心マ続ける、から。・・あんたが、有希に」
 人工・・呼吸。俺が。長門に?なんだ、それはどういう心理状態なんだ?
 ハルヒはまるで虚心坦懐といった声音で・・いやそんなはずは無いが(もしそう
 なら、心がぶっ壊れちまってるとしか思えん)その位、迷い無くそう言った。
 「早く・・いいからはやく!!・・お姫様の眠りを覚ますのは、昔ッから王子様の
 口づけと相場は決まってるんだから!」
 口調に勢いが戻った。それに、瞳が明らかに特筆大書の色に立ち返っている。
  でも・・なんだって?コイツはいったい何をトチ狂った事を言い出して・・・・。
 王子だと?・・・・俺が、長門の?
  ハルヒの言葉に、去年の今頃・・もう少し後か、あれは・・ハルヒと一緒に閉鎖
 空間で、改変世界のアダムとイブに成りかけた事件を思い出した。あの時も、
 仲間の女子二人(正確には、一人は大人になった、かつて仲間だった女子、だ
 が)に
 「姫を眠りから覚ます王子の口づけで万事解決」
 と言わんばかりのメタファーをヒントに与えられた。・・そそのかされた、とも
 言うかも知れん。
  そして、さっきまで俺が精神体とやらの状態で閉じ込められていた空間で、
 攻撃を仕掛けてきた天蓋の手先、九曜の言葉。
 『・・あ・なた・・・は・・』
 『・・だれ・の・・お・うじ・・・さ・ま・・なの・・?』
  誰のって、知るか。俺は、誰の物でもないぞ。いまさら反論を思いつきつつ
 もう一つ、何か言っていたな、と思考を廻らせる。
 『・・ごきげ・ん・・よう・・・にん・ぎょ・・・ひめ・・』
  あれは長門に言ったのか。人魚姫だと?長門がか。いったいなんの暗喩だ。
 SOS団の仲間達も含め、普通じゃない所の多い連中だから、比喩表現や例え
 話が多くなるのは解らないでもないが、解りやすくする努力はして欲しいぜ。
 もっとも敵・・少なくとも、いくら旧知の知人とのカラミがあったとしてもだ、
 手放しで味方とは絶対に呼ぶつもりの無い相手・・にそれを要求するのもこちら
 の身勝手かもしれんが・・。
 
 ━ふいに、朝倉涼子の最期を思い出した。静かに笑い・・光の粒になり、そして
 拡散して消えてしまった、長門と同じ有機インターフェイス。
  そして、王子のそばにいたいからと、人間になる引き換えに声を失い、次に
 王子を失うと消えてしまうため、自らその望みである王子を消す選択を迫られ
 結局できず、最期は泡となって消えてしまった人魚姫。
  改変世界の、眼鏡をかけた、儚げな長門の微笑が脳裏に浮かぶ。そして俺を
 殺してその長門を守ろうとした殺人鬼朝倉と、俺を守って、その長門と朝倉を
 消した、今ここにいる長門━
 『・・だれ・の・・お・うじ・・・さ・ま・・なの・・?』
  ハルヒが【白雪姫】だか【眠り姫】だとして(俺自身が同意するかしないか
 は置いといて、だ)
  長門が・・【人魚姫】・・か・・?
  変だ。妙な具合に符号が一致するかの様にみえて、逆に誰かの陰謀か差し金
 くさく感じる。実はハルヒの無意識無自覚思い込み実現パワーが、また発動中
 なんじゃないのか。それともこれは天蓋、九曜の仕掛けた罠かなにかなのか。
  攻撃を仕掛けられた長門。精神だけ切り離された俺。海に模した精神攻撃。
 ・・長門の、キス。・・目が覚めた、ハルヒの傍の、俺。そして目覚めない長門。
  
 「・・キョン!!」
  長門へのキスを・・違う。人工呼吸だ、救命行為だっ・・を急かすハルヒ。
 
 『・・だれ・の・・お・うじ』
 
  ええい、うるさいっ!!長門は、長門だ。そして俺は俺だ。俺は王子なんか
 じゃないし、長門だって・・ハルヒだって!!
  俺は長門だから信じたし、長門だから大切なんだ。そしてハルヒだって長門
 だから泣いてるし、必死なんだ・・・・大切なんだ。
  人魚姫なんか知らん。白雪姫も、眠り姫も知らん。
 
 「これで、いいのか?」
 「そうよっ・・ふッ・・んッ・・ほら、準備いい?ハイッ」
  長門の唇を、自分の唇でしっかりと塞ぎ、息が漏れない様に吹き込む・・て、
 しまった、鼻も塞ぐんだっけ。これじゃあ本当にただの口づけでしかないじゃ
 ないか。
  あまり効果の程の期待出来なさそうな人工呼吸に申し訳無い思いで、長門の
 顔を覗き込む。清流の川面の様に澄んだ瞳。白い頬。そして、柔らかい唇。
  そういえばさっき(といっても実体はなかったが)も長門と・・キス、したん
 だっけか。あの時の、あれはとても熱くて・・・・瞳?
 「・・・・長門!!」
 「・・・・有希!!」
 その場にいた全員が、その唐突さにあっけにとられたままなのもお構いなしと
 いった風で、突然務めを思い出し目覚めたガーゴイルの様に、上体を起こした
 長門は一言
 「もう大丈夫」
 そう言うと、今度こそ堰を切った様に泣き出したハルヒに抱きつかれ、諸共に
 再び布団に倒れ込んだ。・・よかったなハルヒ。でもまずは長門の上着の胸元を
 元通りに閉め直してやってくれ。でないと俺の視線が定まらず、いつまでも宙
 を漂ったままなんだ。

#br
  翌日の放課後。古泉に〔ハルヒにいらぬ不審を呼び込まぬ様〕と説得され、
 同意した俺の進言もあって検査入院中の長門の病室。SOS団全員での見舞い
 の後、俺は一人だけで、今回の顛末を聞こうと改めてそこを訪れた。
 「敵の狙いは推測どおり。だがその言質をとる事は出来そうにないため、証明
 は不可能。また、私が生命活動を停止したと涼宮ハルヒが思い込み、その事で
 彼女が力を発現させようとした事までは想定外だった。」
  想定外か・・長門よ、いい機会だから言っておくが、お前は自身の存在を軽視
 しがちだ。俺はもちろん、ハルヒも、他のSOS団団員も、予備団員も、多分
 お前のクラスメート達や学校の皆も、お前を大切に思っているんだぞ。それを
 忘れないでくれよ。
 「・・・・わかった。」
  で、実際どうだったんだ。大変だったり、危なかったりはしなかったのか。
 まあ、したに決まってるよな、でもどんな具合だったんだ?
 「あなたにプロテクトとして分けた私の一部が無くとも、互角に渡り合えると
 計算はできていた。だが決め手もなかった。長期化の危険はあった。」
 そうなれば、ハルヒはお前が死んだ、と思って世界を作り変えちまったりした
 かもな。まあ、その前に俺が真実を話すつもりだったけどさ。けどそれが、俺
 の人工呼吸でお前の本体に、俺の中に分けた構成情報・・だっけか?が戻れて、
 一気に優勢になり、決着がついたって訳だ。
 「・・・・」
 ん、なんだ?なにか、うっすらと、俺に訴えたい事でもある様な・・無い様な、
 そんな目をしてないか?
 「想定外、だったが」
 さっきの・・ハルヒがお前を失いそうになった際のショックの大きさ・・て話か。
 「あなたは、わたしが戻らなかったら・・心配すると、思っていた。」
 もちろんだ。さっき言ったろ?お前が大切だ、って。
 「・・心配して・・でも、わたしが何者か理解してくれていて」
 ああ。
 「そして、わたしを・・わたしのことを、信じてくれていて」
 「だから、気付いてくれると、思っていた。」
 気付くって・・?
 「あなたの中のわたしが・・わたしの元へ戻れば・・と、気付いてくれると。」
 ・・うん、そうかもな。ひょっとしたら古泉辺りのヒントは必要だったかもしれ
 ないが、決して諦めたりしなかったと断言しておくぞ。だからきっと、その答
 にも辿り着けたハズだ。
 「だから、そうした。」
 どういう事だ?

 

 「・・あなたが」
 ふいに西日が差し込み、病室を染める。
 「目覚めのキスをしてくれると」
 そして、室内の俺と長門も
 「・・・・おもったから」
 夕日色に染まっていた。

#br
 fin

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:40 (2708d)