作品

概要

作者子持ちししゃも
作品名キョンと長門さんの一日デート
カテゴリーハルヒちゃん長門SS
保管日2010-03-14 (日) 07:59:12

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

注【涼宮ハルヒちゃんの憂鬱ベースというか、設定だけ借りた感じになりました。4巻収録の「キョンとハルヒのドキドキデート回既読が前提だったりします。すみません】

 

 現在夜中の3時半。
 冬もたけなわ、どのくらい寒いかと言えば、まぁ地球がアイスピックでいい感じにカチ割れそうな寒さだが、現在進行形でひしひしと感じていることを言葉として使うとすれば、自転車で走る俺の耳たぶがちぎれて飛んでいってしまうんじゃないかと思うくらい寒かった。
 拾ったやつは悪い、ちゃんと交番に届けておいてくれ。しかし本当に寒い。寒いというよりはむしろ痛い。
 本当は耳垂れ付きの白いニット帽をかぶっていたのだが、それは長門に貸してやった。
 長門は制服にダッフルコートといういでたちでやってきた。長門が寒さをどう感じているのかはわからんが、冬の夜明け前の寒さをなめているとしか思えない。
 ダッフルコートの帽子じゃ、自転車の風を受けたらすぐに外れてしまうだろう。俺はかぶっていた帽子をかぶせ、していたマフラーをぐるぐるまいてやって、ついでに手袋も貸してやった。長門自身は「必要ない」との一点張りだったが、まぁ男の意地というべきものだろうか。
「しかしこんな真冬、しかも1月だぞ。こんな時間から並ぶ必要あるのかね」
 俺は独り言に近い感覚で呟いた。一緒に吐き出される白い息が余計寒く感じるな。
「あなたはこういったものにかける人種のエネルギーを甘く見ている。真冬の北海道で、徹夜の行列が出来た事例もある」
 こいつが「4時に並ぶ必要がある」というなら、それは絶対に必要なのだろうが、それに付き合わされる俺が、ついつい疑問視したくなってしまうのもどうか解っていただきたい。
 さて、どうして俺が早朝に長門と自転車で二人乗りをしているかを説明するには、昨日の放課後まで遡る必要がある。

 

「明日わたしにつきあって欲しい」
 昨日も寒かった。ただじっとしているだけでじわじわと何かが減っていくような寒さの中、他にすることも無いのでいつものように古泉とオセロをかじかむ手でしていた俺の前に、長門がやってきたかと思うと、開口一番そんな台詞を吐いたわけだった。
 その言葉に盛大に反応したのが目の前の古泉と朝比奈さんである。
 古泉は反射的にハルヒを見て、朝比奈さんは配っていたお茶を落としそうになっていた。
 一体なんだ、その反応。
 俺はパチリと白い石を盤面に置き、パタパタとひっくり返しては既に7割は白い領地を更に広げた。
「つきあうって言っても、明日はSOS団の集まりがあった筈だが、その後か?」
 今日は金曜日だから、順当にいけば明日は土曜日である。
 ……そんなごく全うな疑うべきことじゃないことでも、ハルヒのやつと付き合っていると、疑わなきゃいけないこともあったりするんだけどな。

 

「そ、そうですよ長門さん。明日は不思議探索の日ですよ」
 なんでお前がうろたえるんだ古泉。
「問題ない。涼宮ハルヒには既に許可をとってある。わたしの私用にあなたを同行させることに関しても」
 俺をじっとみつめて言う長門。
「それなら……だけど良く許可がおりましたね……。差し支えなければ教えていただけませんか?その私用とやらを」
 古泉は小声になって、長門とハルヒの顔を交互に見ながら言った。
「問題ない」
 長門は古泉のほうを向くと、その深く思慮深げにみえる黒い瞳を子供のように輝かせて、

 

「明日発売されるゲームソフトの限定版(18歳未満お断りの続編という位置づけのタイトルを言いやがった)、お一人様一本限りのものを二本買いたいので、朝4時にゲームショップに一緒に並んで欲しい」

 

 そう言い切った。
 いっそ清々しいまでの潔さだった。
 そもそも俺たちは、18歳になってもいないような気がするが、いいのかね。
 その途端、凍り付いていた古泉の表情は融解し、穏やかというよりは哀れむかのような表情に変化させ、俺を見たかと思えば、「頑張って下さいね」と、言って俺の肩を叩くと、薄く笑うのだった。殴るぞ、このやろう。

 

「ちなみに俺に拒否権とやらはあるのかね」
 一応聞いてみた俺に対し、長門はスーパーの前に繋がれ、主人を店の中に見送る子犬のような眼をしてから、
「権利はある。……だが履行するのは……出来れば……」
 見る間にテンションと肩を落としてぼそぼそと言うので、
「いやいや一応確認したかっただけで、誰も断るとは言ってない」
 なんて言ってしまった。
 この真冬に朝4時だぞ?俺はどれだけ人がいいんだろうな。
「そう」
 長門は小さく頭を下げて、そう言った。一応お礼を言っているつもりらしい。
「で、店が開くのは何時だ?」
「十時」
 ……そうか。
 俺は明日の俺を思って、ため息を付く。
 まぁでも長門にはいつも世話になっているような気がしないでもないので、そのくらいならいくらでも付き合ってやろう。
「そういうことで、明日の集まりは中止よ、中止」
 パソコンをカタカタいじっていたハルヒが、耳ざとく聞きつけてそう言った。
「キョン、有希たっての希望なんだから、寝坊しないのよ」
「へいへい。しかし午前中で買い物は終わるだろうに、良く丸一日休みにすることにしたな」
 ハルヒの事なら、なんとしてでも集まりそうなものなんだが。
「あたしも最初は午後から集合にしようと思ったんだけど……よっぽど楽しみにしてるみたいで、そのゲーム」
 ハルヒが苦笑いした。滅多にしない表情に、少しだけどきっとする。いや、そのなんだ。いじめっこが少し優しくしただけで、大層いい人に見えるあれだ。そうに違いない。
「まぁ団長の懐の深さってやつよ。家帰ってすぐ遊びたいんじゃないかなって」
 お前にそんな配慮が出来るなんてな。缶のコーンスープで飲みきれなかったコーンの粒程度でいいので、俺にもいただけないもんかね。その思いやりとかいうやつを。
「ただの平団員と有希じゃ、扱いが違うのは当然でしょ」
 長門も平団員だった気がするが、まぁ俺との扱いに差が出るのは当然だろう。
 なんなら団員全員で並ぶのもありだと思うが。
「有希がいうには、そのゲームは人気があるみたいで、下手に沢山並んでも迷惑になるだろうって。最初はあんたと古泉君二人で行かせようと思ったんだけど、どうしても有希は並びたいっていうし、それに古泉君のイメージを損なう恐れがあるしね」
 俺のイメージはどうなってもいいのかと反論しようとしたが、100%どうでもいいと返される自信があるのでやめておく。
「ということで、しょうがないから明日は中止。キョンは午後一人で不思議探索して、不思議を見つけておくこと。あ、日曜日はちゃんとやるわよ。いつもの所にいつもの時間で。以上」
「キョン君、明日も寒そうですし、温かくしていってくださいね」
 差し出された言葉とお茶が温かいです、朝比奈さん。願わくば、明日冷えきった俺に再度いただけると心より嬉しいのですが。
「あ、そうですか?じゃあ明日差し入れに……」
「みくるちゃん!キョンなんて甘やかすことないのよ!」
 朝比奈さんの優しい言葉を、ハルヒはあっさり否定してくれた。
 へいへい、わかってますよ。

 

 そんなわけで、結局朝三時半に俺はマンションまで長門を迎えに行き、今に至るわけである。
 まだ始発も動いていないがらんどうの駅前に自転車を適当に止めて、商店街にあるゲームショップに並んだ。
 って、嘘だろ。もう二人も並んでるぞ。並んでるゲームがゲームだけに、長門みたいなやつは場違いなんだろう。そいつらは一瞬俺らを見たが、すぐにバツが悪そうに視線を逸らした。
 まぁうん、そうだよな。解る気がするぞ。すまんが耐えてくれ。
 俺は知らない二人に心の中でエールを贈った。
「この店への入荷は限定版AとBが3本ずつの計6本。一人一本までなので、前の二人が同じ種類を購入したとしても、わたしとあなたでAとBが一つずつ買える」
 はりきった様相で長門が言い切った。
 へいへい、了解でありますよ、お姫様。
 俺だって一応男の子で、欲しいゲームの発売日に朝早くから並んだ記憶もある。気持ちはわからんでもないからな。
「しかし寒いな。俺は色んな意味で寒くてかなわんぞ」
 自転車を飛ばしてきたので、特に手先と耳と鼻が冷えてたまらん。手を擦り合せていると、
「……そう」
 長門はじっと俺を見上げたかと思うと、自分のしていた手袋を外し、そして何の迷いもなく、手を俺の耳に当てた。
「な、なにをっ」
「耳、真っ赤だったから」
 今は別の意味で赤くなっているだに違いないそれを、優しく包み込む長門。
 長門の体温で、冷え切っていた耳が急速にぬくもりを取り戻すのがわかる。急に温かくなって、むずかゆいくらいだ。
 しかし、周囲の目が更に痛くなるばかりだし、俺は俺で恥ずかしいし、いたたまれない気持ちでいっぱいです、長門さん。
「あ、うん、ありがとうな。もう大丈夫だから」
 そういうと、長門は「そう」と言って手を戻した。
 俺は照れ隠しついでに、バックから折りたたみ椅子を二つ出す。昨日百円ショップで購入しておいたものだ。
「六時間も立ちっぱなしじゃ疲れるだろ、ほら、これ使え」
 小さな椅子でも、あるとないとでは大違いだ。疲れたからといって、直接地面に座ったりすると冷えるので良くない。顔と足元では3度くらい違うことだってあるのだ。
 それからブランケットを差し出す。
「冷えるからな、腰にまいとけ」
「了解した」
 俺達は二人並んで、店先にちょこんと座った。早朝のうちはいいが、人通りが多くなったら恥ずかしいに違いない。
「しかしそんなに人気があるのか。そのゲームは」
 俺ですらタイトルを知っているから有名なのはわかる。しかし朝から並ばんと買えないという、そこら辺がわからない。
 長門は力強く頷いた。
「前作はもともと成人向けのゲームだったのが、コンシューマ用に移植されて爆発的に人気が出た。アニメ、コミックやノベライズ等のメディアミックス展開が成功、続編のアニメ化も既に企画されているという。今回の特別限定版は、完全受注数量限定で、単価が高くかつ、予約期間が短かかった為にかなりの激戦が予想されている。都心の大手販売店でも予約のみの店も多く、当日入荷がある店舗では徹夜の列だけどほぼ販売枠が終了しているらしい」
「そうかそうか。すごいんだな」
 いつになく多弁な長門を温かく見守りつつ、言葉の半分を聞き流していると、
「なら、少しプレイして見ると良い。携帯ゲームに移植されたものを持ってきた」
 長門はいそいそと持ってきていたカバンから携帯ゲーム機を出してきた。
「用意がよろしいことで。しかしプレイはちょっと遠慮しておくよ」
「……そう」
 残念そうに長門が俯く。
「しかしそんなに人気がわかってるのに、なんで予約しとかなかったんだ?」
 俺の疑問に、さらに長門は表情を暗くして
「……予約受付期間が八月十八日から三十日の間で」
 なんだか聞いたことのある日付を口にした後、
「一万二百五十九回目までは予約をしていたが、それ以降の予約を怠ってしまった」
 と肩を落とした。
 いやほんとすまなかった長門。
 いくらでも一緒に並ぶので、そんなに落ち込まないでくれ。

 

「しかしなんでそんなに恋愛ゲームが好きになったんだ」
 ゲームにはまる前は本ばっかり読んでいたから、元々性格が両極端なのかもしれないが、何故よりによって恋愛ゲームなんだ。
 大人しい文学少女というハルヒが目をつけたお前のアイデンティティはどこへ行ったのだ。
「あなた達のような有機生命体を理解するのには、まず固有のことを学ぶのが近道だと考察した」
 一応人前なので、我々と言って欲しいぞ、長門。
「情報生命と違って、有機生命体は固有の寿命が短く、それによって子孫をどうの残すかが命題となっているから」
 まるでそれで説明が済んだかのように、長門はそれきり口をつぐんだ。仕方がないので、話を続けてみる。
「それで恋愛部分にクローズアップというわけか」
 俺が補足すると長門は頷いた。まぁあながち間違いでもないのかもな。
 俺たち男が女の子にもてたいとか思うのも、そうした遺伝子のなせる業なのかもしれん。
 しかしこうした恋愛ゲームは、恋愛部分のみをクローズアップしているだけで、そこで完結してしまうのはなにか違わないかね、長門。大事なのは、その先のステップな気がするが。
「大丈夫、実践も問題ないほどに研究している。もう一息で極める筈」
「何を極めるというのだ。それにそういうことを言っているんでは」
「まかせて。この間の涼宮ハルヒとあなたのデートプランを監修したのもわたし」
 長門はVサインを作ってみせた。
 ……こいつは本当に一体何を研究し、情報統合何とかに発表しているんだろうか。
「信じてない」
 俺のため息にいささか長門は気を悪くしたようだった。
 あ、いや長門、そういうことじゃなくてだな。
「なんなら、今この状態からでもラブコメ状態に持ち込む事も可能」
 いつから俺の周りは、人の話を聞かない奴だらけになったというのだ。
 長門はいそいそとカバンからまたゲーム機を取り出すと、電源を入れた。
 そしてイヤフォンを取り出しゲーム機に取り付け、片方を自分の耳に、そしてもう一方を俺の耳に入れた。
「な、なにを」
 慌てる俺に、長門は落ち着き払って、
「早朝ゲームを買うために店先に並んだ男女が、一つのイヤフォンでプレイするゲームが恋愛シミュレーション」
 と人差し指を振った。
 ……確かに言われてみれば、こんなシュールなシチュエーションでも、ラブコメと言ってしまえばそれで収まってしまう気がしないでもない。
 すごいぞ、長門。そして、すごいぞ、ラブコメ。
「あなたは、自分の置かれている状況をもう少し自覚するべき」
「すまん。この状況を客観的に見ることは俺には高度だった」
 俺でなくても、世間一般的に無理じゃないのだろうか。
「違う、普段の状態も」
 長門は俺に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟いた後、ゲーム機を俺に差しだし、小さな体を寄せた。
 俺にプレイしろ、ということなのか。心なしか、前に並んでいる男共の視線が痛いです。長門さん。

 

 結局長門の解説で前作の知識を叩き込まれながらゲームをプレイしているうちに、お店の人が到着。
 始発後から、あれよあれよという間に増えた行列に店の人は驚いたのか、十時開店のところを三十分も早めてくれて、俺たちは予定より早く目的の物を買うことが出来た。
 長門のリサーチ通り六本の入荷だったようで、残りの野郎共の怨嗟の視線を身に受けながら(心なしかというか、確実に俺への視線が本当に痛かった。長門がいるからだろう)、店から離れたところでようやく一息付いた。

 

「それじゃあマンションまで送るか」
 自転車置き場に足を向けながら言うと、付いてきている筈の長門がいなかった。
 振り向くと、三歩程離れたところで長門がびしっと指をさしている。
「それだからあなたは朴念仁扱いされる」
 いや、そんな扱いされてること事態知らなかったが。……そうなのか?
「休日の早い時間、ようやく親密度が上がってきた頃に解散するなど、ラブコメに失礼」
 そうか、今親密度が上がっていたのか。知られざる事実に驚愕すら覚えるぞ。
「いや、長門がゲームすぐしたいんじゃないかって、ほらハルヒも言ってたし」
「あなたはわたしの要求を呑みそれを実行した事に対し、それ相応の対価を要求する権利があるし、わたしにもその準備がある」
「意味がわからんぞ。もっとわかりやすく言ってもらえるとありがたい」
 長門はじっと俺を見つめた後、いつもの喫茶店を指さすと、
「わたしのおごり」
 と言った。

 

 冷えきった体に、まんべんなく効いた暖房と、暖かなコーヒーは本当にありがたかった。生き返るとはこのことを言うに違いない。
 長門のおごりというモーニングセットをありがたく口に入れながら、俺が文明に対してありったけの語彙で、賛辞の言葉を心の中で述べていると、
「あなたはインターフェース以上に人間の心の機微がわかっていない」
 と長門に言い放たれた。
「まぁ気が利かないのは否定しないが、それで誰かに迷惑かけてるってわけでも……」
「あなたの行動一つで涼宮ハルヒの情報爆発が左右されるのは今までの結果から明白」
 長門はあの大きな閉鎖空間の発生やら、映画騒動の時やら事細かにその因果関係を説明してくれた。
 否定したいことだったが、なにせ長門さんの理ずくめである。地球上の誰に反論が出来ようというのだ。
 俺は小さくなって、はいはいすみませんと謝るばかりだった。
 そろそろ「生まれてごめんなさい」の台詞が喉元まで出かかった頃に、長門は「なので今日一日、あなたはもう少し恋愛的シチュエーションにおける行動及び積極性を学ぶべき」と告げた。
 はい?
「わたしがサポートする。これも強制ではないが、受諾することを望む」
 早口で言って長門は少しだけ目を伏せた。そういえば俺のニット帽を貸したままだったな。長門には少し大きめの帽子の先についたフリンジが、小さく揺れる。
 つまりは、なんだ。
 今日一日長門とデートの真似事をしろといっているのか。
 俺はぼんやりと長門を見つめる。
 家に帰ってゲームがしたいだろうに、わざわざ俺にそんな提案をするなんて、さすがの長門も俺の行動には目に余るものがあったのだろう。
 自覚がないだけに申し訳なさをひしひしと感じる。
 長門から積極的に提案するなんていうこともなかなかないのだし、ここは素直に頷いておくのが男というものだろう。
「それじゃあお願いするかな。出来の悪い生徒で悪いが、今日一日よろしく。長門先生」
「まかせて」
 長門はようやく顔をあげて俺を見つめた後、小さく頷いた。

 

 店を出る前、それなら今日は俺がおごると言ったが、「これはこれ」と長門が俺を押し退けて代金を支払った。
 ちゃんとしたデートをしたこともない俺は、先に出た店の前で所在なげにうろうろしていたが、とりあえず出てきた長門の荷物を持ってやろうとしたところで叱咤された。
「その心がけは評価するが、あなたも既に手荷物を持っている。今後に不具合」
 そういって、駅前のロッカーに行くことを提示された。少し大きなロッカーにいらない荷物を詰め込む。俺が用意した椅子やブランケットが入ったバックに、長門が買い求めたゲーム二本が入った大きな紙袋。どうしてこう限定版とやらはやたらとかさばるパッケージなんだろう。
「そうだな。出歩くなら荷物は軽い方がいいな」
 コインを入れてパタリとロッカーの扉を閉じ、鍵を回す。コインがどこかに落ちる音を聞きながら、俺は素直に長門に感心したが、長門はまた小さく首を振った。
「それも目的の一つだが、それだけではない」
 そこで少しだけ間をおいた。右手をわずかに体から離し、また元に戻してから、
「両手がふさがっていると、手が繋げないから」
 そう続けた。
 ……そうか、デートだから手を繋ぐのか。
 そういえば、前にこいつらが立てたハルヒとのデートプランでも、最初から手を繋がされた事を思い出す。
 さすが長門鬼教官。いきなり俺には難易度が高いです。
 俺の敗者全開な心の中身を知ってか知らずか、
「今後そういう機会があれば、そう言うといい」
 長門はそう言ってくるりと振り向き、スタスタと歩き始めた。

 

 一瞬ほっとした自分がいたことは正直に認める。
 でも、こうしたところが、長門達にははがゆいところなのかも知れないな。
 俺は早足で長門に追いつき、長門の右側に並んだ。
 そして長門の腕に自分の腕を絡ませてみる。
 すごく恥ずかしい。思わず視線は明後日の方向になるし、いつの間にか俺たちは二人とも歩みを止めていた。
 何度かの逡巡の後、その小さな手を自分の手で包み込んだ。
「……これでいいか?」
 という問いに長門は、その細くて華奢な指を俺の指に絡ませると、「問題ない」と小さな声で答えた。

 

「そういえば、次は洋服を選びに行くのがいいのかな」
 いつかのデートプランを思い出して言うと、長門は視線を俺に向けた後、こくりと頷いて、
「それは良い選択。しかし相手にも寄る。わたしには必要ない」
 と答えた。
「いや、お前にこそ必要だろう。そのコートの下は制服だろうが」
 十八歳未満お断りの物を買うのに、制服でくるとはどういう了見だ。コートに隠れて見えてなかったので助かったけどな。(店の人には訝しげに俺たちを見たが、長門が何かを呟いた後は、無関心になって代金を受け取っていた)
「これは標準服であり、健全な高校生活において着用が推奨されているものであって」
「いいから来なさい」
 ハルヒと来た時に行った店へと、長門を引きずるようにして連れていくことにした。
 女物の服は良くわからないので、暇そうにしていた店員に声をかけ、いくつか見繕ってもらう。
 その中で気に入った組み合わせがあったので、しきりにいらないと反論する長門を無視し、その服ごと更衣室に押し込んだ。
「いいから着る」
 前にハルヒが出てくるのを待っていた時は、いうなれば気力ゲージが見る間に下がっていくような錯覚を覚えたもんだが、ようやく握った主導権からか、または当の長門が嫌がっているせいか、はたまた本当に選んだ服を来た長門が出てくるのを楽しみにしているのか、気持ちは上向きでむしろドキドキしている感じだった。
 しばらくした後、静かに更衣室のカーテンが開く。
「……おぉ……」
 RPGに出てくる鎧のような名前の淡いピンクのワンピースに、裾が広がってふわっとしたエンジ色のスカートがとても新鮮だった。白くてもこもこした生地のカーディガンがまた良く似合っている。
「着たから脱ぐ」
 俺が言葉も無くして立ち尽くしていると、あっと言う間にカーテンが閉じられた。
「いや待て長門」
 慌ててカーテンを開けて、長門の手を掴む。こんな長門だからか、俺は照れもせずに、素直に言葉が出ていた。
「無茶苦茶似合ってる。だから、それを今日は一日着ていてはくれないか」

 

 店員さんを呼んで、更衣室内で値札を取ってもらう。若者向けの店だからなのか、値段はそれほどでもなかったし、無理強いしたようなものだから俺が払うつもりでいたのに、更衣室内にて長門は既に金を店員に渡していて、レジの前についた俺は、長門が着ていた制服が入った袋と釣りを受け取るだけだった。
「俺が着て欲しいといったのだから、俺が払うのが道理だろう」
「これはわたしの所有物になるもの。よってあなたが支払いを気にすることはない」
 そうなのかも知れないが、デートというものはそういうものじゃないと思うんだが。長門さん。
「デートだからといって、一方に負担を強いるのは良くない」
 その方が俺は助かるが、世の中の女がみんなそう思ってくれるとは限らないんじゃないか?
 ひたすらにまぶしい笑みを浮かべ、当然のごとくおごらせる誰かさんが脳裏に浮かぶ。
「大切なのは、相手に何かをしてあげたい、してもらいたいという気持ちと、相手に負担を掛けたくないという思いやり。それらの相反する思いが、互いに交わる時にそういったことを行えばよい」
 難しいです、長門先生。
 ええと、まぁ互いに文句のでない程度に上手くやっていけばいいってことなのか。
「ただ、人間の精神が成熟するのには時間がかかる。気持ちを伝える事自体、上手くいかない場合も多い。その場合は、気づいた方が上手く誘導していければ良い」
 俺がハルヒを思い浮かべたことに対するフォローというものなのだろうか。
「まぁそうだな。上手く教え合えて、互いにそれを反発せずに受け入れていければ一番いいんだろうな」
 長門の頭を帽子越しにわしわししてやる。
 世の中にはあまのじゃくなやつが沢山いるが、それでもきっと、諦めずに見ててやれば、少しずつ変わっていけるんだろう。
 あのハルヒだってそうだし、お前だってそうだ。
「っとすまん、帽子がずれちまったな」
 長門は「問題ない」と言って、帽子をかぶりなおした。

 

「さて、じゃあ腹ごしらえでもするか。長門は何か食べたいものあるのか?」
「美味しければ何でも」
「よし、じゃあ長門にぴったりの店があるぞ」
 一度離した手を繋ぐという行為は、とても勇気がいる行為だということを認識しつつ、俺はさも当然といった風に手を握り、長門を先導した。
 こんな小さな体でどこにそれだけ入るのかはわからないが(たぶん宇宙の神秘なんだろう)、沢山食う長門におあつらえむきの店があるのだ。
「店構えはあれだが、味は保証済みで、しかも休日ランチタイムは食べ放題。どうだ!」
 見るからに客が入りそうにない汚い店構えに、とりあえず名前に龍を入れてみましたという特徴もない名前の店だが、味はすこぶる旨い。下手すると学生であふれてしまう所だが、時間が少し早い為か、まだ人もまばらだった。
「食べ放題……」
 目を輝かせて店を見つめていた長門だったが、じっと俺の事を見ると、「しかしデート的には、あまり好ましくないと思われる。一般的な女性は、見栄えを気にするし、食べ放題を好まない場合もある」と言ってきた。
「まぁ、俺もそうは思う。で、長門は気にするか?」
 長門は「気にしない」と即答した。
「じゃあいいじゃないか」
「しかし、一般的な女性が好むデートとはなんたるかを教える義務がわたしには」
「それだって人によるだろ。今日はお前とデートしてるわけだし、個々の喜ぶことを優先するべきじゃないか?」
「……確かにそれは一理ある」
 なんだか渋っている長門の肩を押して、店ののれんをくぐる。
 みかけはオンボロだが、古いながらも丁寧に磨かれた床や机が好ましい店内に入る。古い中華店にありがちな、あぶらっぽさが見られないのが素晴らしい。
「ここは休日昼は食べ放題しかやってないんだ。この皿に盛れるだけ好きに取ってきていいぞ」
 親父に二人分を告げ、千円札を二枚を渡すと四百円の釣りと大きな皿が二枚渡された。
 その一枚を長門に渡しながら言う。
 店のカウンターに、エビチリやらザーサイやら、肉団子やらが山盛りになっていて、存在感を訴える。
「あそこにある釜のところで、飯とスープもお変わり自由だ」
 その言葉に目を輝かせて「おぉ……」と小さく感嘆の声を漏らす長門に、俺は苦笑する。
「ただ、この店は末永く開いていて欲しいから、店を潰さない程度にしておいてくれよ」
「了解した」
 そんな事をいいつつも、長門の気持ちいいまでの食べっぷりに、いつの間にか俺も張り合う用にして食べてしまっていた。
 どれもいつも通り旨いんだが、いつもより旨い気がする。
 その原因が、この店にくる度に、長門を連れてきたら喜ぶんじゃないかなと思っていて、その長門がもうしゃべる暇も惜しむ程、夢中で食べている様を見ているからだということにようやく気づいた頃、長門も一段落したようで、手にしていた箸の代わりに紙ナプキンを持って、口元を拭いている所だった。
「どうだ、美味かったか」
 お代わりの回数を見れば解る気もしたが、それでもなんとなく聞いてみる。
 長門は力強くこくりと頷く。
「夏休みに田丸さんところに行った時、お前ずっとエビばっかり黙々と食べてたからさ、エビ好きなのかと思って。だから、ここにくる度にお前を連れてきてやりたいと思ってたんだよな」
 長門は何故か少しだけ驚いたような顔をした後、「また来たい」と呟いた。
「おう、店覚えただろう。いつでも行けばいい。ただ、まぁ、店に遠慮はしてやれよ?」
 その瞬間、人差し指を突きつけられた。
「今のは減点。この場合は、いつでも連れていってやる、が適当と思われる」
「っと、そうでした。勉強中なんだっけか」
 俺は頭をぽりぽりとかく。なんかこう、ただ長門とまったりしているだけの気がしていたよ。
「重要事項なので忘れないこと」
「へいへい」
「あと、昼食代の代金を」
 財布を出そうとする長門を、今度こそ制する。
「このくらいはいいだろ、長門。モーニングおごってもらったし、今度は俺の番だ」
「しかし、あれは朝並んでもらったことへのお礼の一部であって、わたしとしては感謝を伝えるのには不足していると感じている」
「俺としてはいつも無償で振り回されるのがデフォルトなので、もうその気持ちだけで十分だがな」
 誰かさんが心の中で、俺に文句を言ってる気がするが無視する。
「じゃあ、次のどが乾いた時に、ジュースでもおごってくれ。それじゃ、混んできたからさっさと出るぞ」
 外に順番待ちの列が出来ていた。狭い上に人気の店だからな。他のメンバーを連れて来にくい理由がこれだ。基本が二人席で、四人席も奥に二つあるだけという驚きの狭さなのだ。
 足下に置いておいた長門の制服が入った紙袋を右手、まだ渋る長門の手を左手で掴んで、俺は店を出た。
 うん、だんだんと手の繋ぎ方もうまくなってきた気がするぜ。

 

「やっぱこの店は美味いよなぁ。確かにあんまりデート向けじゃないけどな」
 店の外で次の場所をどうしようかと思いながら、ぶらぶらと歩きながら俺がつぶやく。
「何度目かのデートであれば、問題ないと思われる」
 長門がコクコクと力強く頷いた。よほど気に入ったらしい。本当に良かった。
「んー、確か前の長門のプランだと、映画だよなー。でも映画というよりは、体を動かしたい気分だな」
 早起きした上に、満腹の今、映画なんてものを見たら速攻で夢の世界に行ける自信がある。
「よし、長門。バッティングセンターとゲーセンどっちがいい?」
「ゲームセンター」
 即答した後で「しかし、恐怖映画を見て密着イベントや、悲しい場面で涙を拭ってあげるイベントはかかせない」と眉を寄せた。
「お前は恐怖映画を見て怖がったり、悲しい映画で泣いたりするのか」
 正直想像がつきません、長門さん。
「しない」
 言った後で失礼かと思ったが、予想通りの即答をされたので、ちょっと安心する。
 すると言われても俺の理解を越えてしまうので困るが。
「まぁ、そうしたところも、いつかは見てみたいとは思うけどな」
 眠気に押されて頭が回らなかったのか、うっかり心の声が漏れた。
 長門は「そう」と小さく返答しただけだったのだが、それはそれで助かったような、残念なような気がしたのは、何なんだろうね。

 

 ゲームセンターに向かいながらも、特にそれが目的だという訳ではなかった俺達は、ゲームショップを冷やかしたり、ゲームやアニメのグッズ店で、長門の解説を聞いたり、本屋でゲーム雑誌を二人で立ち読みしながらのんびりとぶらついていた。
 その内空腹を主張する長門の腹を満たす為、喫茶店にも行った。さすがにラブラブドリンクは頼まなかったが、うっかり俺が頼んだチョコパフェを、長門がじっと見つめ続けるので、食べさせたりすることはしたりした。
 どうやってだって?
 それは、禁則事項ということにしておいてくれ。少なくても俺には、ラブラブドリンク並みの恥ずかしさだった。

 

 しかし喫茶店はともかく、このデートプランはゲームメインかよ!と、心の中で突っ込まなくはないが、そもそも「一般的な女性が好むデート」を主張していた長門が文句を言うことも忘れているようだし、俺もすっかり長門と遊んでいる事を楽しんでいた。
 長門も心から楽しんでくれてればいい。そんなことを俺はいつの間にか願っていた。

 

「すっかり道草くっちまったな」
 そろそろ夕焼けに差し掛かろうという頃、ようやくゲームセンターについた。
 さっそく目を輝かせて対戦もののゲーム機へとふらふら吸い込まれていった長門と対戦をして、あっさり負けた俺が両替をしているうちに、他のやつが無謀にもチャレンジを挑んでしまっていた。
 もちろん長門が負ける筈もなく、宇宙代表のゲーマー相手という運の悪いそいつは負ける度に再度チャレンジをし続け、そしてあれよあれよという間に筐体の上に設置されている連勝カウンタは二桁になっており、ギャラリーは増えるわ、挑戦者は増えていくわで、ちょっとしたイベントのようになっていた。
 さすがだぜ、長門。
 出来れば閉店前に帰ろうな?

 

 俺は仕方ないので、ぬいぐるみなんかの景品が取れる機械を冷やかしたりと、少しぶらぶら回っていた後に長門の様子を見に行くと、何か様子が違っていた。
 やかましい音楽に重なって、ざわざわと人が戸惑っているような声。最初は長門への賞賛の声かと思っていたが、そうではなさそうだった。慌てて近寄ると、最初に何度もチャレンジしていた男が、長門に懸命に話しかけているのが見えた。
「なぁ、こんなに強い子俺初めて見たよ。何でもおごるからさぁ、二人っきりでコツ教えてくんないかなぁ」
 あろうことか、いかにもナンパそうな細男が、長門を口説いていた。大学生とかだろうか。
 あいつ、やけに再挑戦してると思ったら、長門を負かせて席を立たせたらナンパするつもりだったんだな。
 長門は「ゲーム中に相手の技を盗むことが上達の常套」というような事を言うだけで、顔を見もしないでレバーをせわしなく動かしている。ちなみに今は、コンピュータが対戦相手だった。
 長門のつれない態度に、男のイライラが募っているのが目に見えてわかった。こりゃやばいかも知れない。
「長門!」
 ようやく人を押し退けて長門の名前を呼んだのと、
「いいから俺につき合えよ!」
 男が声を荒げて長門の手を掴んで立たせたのはほぼ同時だった。
「なんだよお前」
 男がものすごい顔で俺を睨む。恥も外聞もなく言えば、すごく怖い。しかし長門が居てくれるということで、俺も強気に出られた。
 守るべき相手に守られているというのは男として正直情けないのだが、背に腹は変えられないのだ。
「お前こそ、俺の彼女になんか用事あるのかよ」
 未だ長門の手を掴んだままのそいつの手を払い、長門を背後に隠す。
 男はまたすごい顔をして俺に掴みかかろうとしたが、遠くから店員がやってきた事とギャラリーが沢山いることもあって、バツが悪そうにそそくさと去っていった。
 それと同じくして、操作する人を失った長門が使っていたキャラクターが負けた事を知らせる音声が流れる。
 最初からそれが合図だったかのように、おろおろと見守っていたギャラリーも引けていった。

 

「長門、悪かった。俺がぶらぶらしてたばっかりに」
 すぐに店を出て、あいつと鉢合わせするのも嫌だったので、休憩コーナーに設けてあるベンチに長門を座らせると、俺も隣に腰掛ける。
「問題ない」
 本当に何が問題だったのかわかっていないような顔で、少し首を傾げて俺を見る長門。その手を見ると、赤い跡が残っているのが見えた。そんなに強く握られていたのか。
 あんな奴に触られたかと思うと、ものすごく腹が立つ。そばにいてやらなかった自分にもだ。だから、気づいたらその小さな手を両手で包み込んでいた。
「お前も、もうちょっと上手く相手を追い返すとか出来るだろ?」
 長門はキョトンとした顔で、
「同じゲーマー仲間として、上達の心得を教えていた。対処に問題はない筈」
 とかぼんやり答える。って、自分が何をされていたのか本当にわかってないのか。お前、恋愛のスペシャリストを謳ってたんじゃなかったっけ。
「あのな。あれはただのナンパだぞ」
「しかし、ゲームの上達法を聞かれていた」
「違う、それを装ったナンパだっていうんだ。俺を朴念仁扱いする前に、お前こそ、うっかり声かけられてしまうほど可愛いってことを自覚しとけ」
 盛大に恥ずかしい俺の言葉にも、長門は何一つ変わらない表情で少しばかり首をかしげた後、何かをひらめいた表情をして、
「こわかった、あなたがきてくれてよかった」
 と棒読みで言って、まるで子犬の様な無垢な目で俺を見つめたのだった。
 嘘つけ、と即座に突っ込もうとして、ふと映画を提案した時のことを思い出した。
 俺は、長門が怖がったり泣いたりすることをいつかは見たいと言って、こいつは「そう」と言った筈だった。

 

 どこまでわかってるんだかわかってないんだか。
 どうせなら、もうちょっと表情と感情を入れてくれると雰囲気が出ていいんだけどな。
 俺はやれやれと苦笑した後、長門に近い右手を離して彼女の背中に回すと、その小さな肩を抱いて引き寄せた。
「遅れて悪かった」
 日常降り懸かる災難の全てを簡単にあしらえそうだし、実際やってのけるだろう長門。そんなこいつに、俺にでもしてやれることがあるのだろうか。
 嫌がりもせずに俺にもたれ掛かって瞳を閉じているこの万能宇宙人を、守ることが出来るのだろうか。
 俺はそんな事を考え、でも口にしたのは軽口だった。
「はは、ほんとにカップルみたいだな」
 長門は少しだけ首を傾げる。長門が身じろぐ感覚に少しだけ意識が飛びそうになる。
 体の位置をずらして俺の目線をようやく捕らえた長門は、自分のことを指差して、珍しく疑問系で言った。
「あなたの、彼女?」
 ……さっきのナンパ男に言い放った言葉を思い出して、恥ずかしさで死にそうになる。
「さっきのは、言葉のあやというか、あの場合効果的というか……」
 傷一つないガラス球のような目で俺を見つめている長門。なんで俺が罪悪感を感じるのかわかりません。なんとか搾り出した「……今日一日はな」という言葉に、長門はこくりと頷いた。

 

 ゲームセンターから外へ出る。既に外は真っ暗だった。まだまだ日が落ちるのは早く、暖かいところに温かいやつとくっついていたものだから、余計に寒さを感じる気がした。
「そういえば、そろそろ夕飯時間だが、長門はどうする?食べてくか?」
 俺の言葉に、長門は小さく首を振って、
「家に夕飯の準備があるので帰宅する」
と答えた。
「そうか、じゃあ、マンションまで送ってくよ」

 

 密着していた状態から、手をつないだだけの状態へ。
 そして、ロッカーから荷物を出した後は、必然的に両手が塞がれるので、もっと距離が離れる。
 手をつないでいるという今日一日の基本状態だったそれがここへきてようやく解放された。
 ……あんなに恥ずかしかったのに、今はなんで、こんなに物足りないのだろう。
 今までと同じ距離に戻っただけなのに、その距離が酷く冷たく感じる。冷えた風が手に痛い。

 

 増えた荷物で、自転車の前かごにはとても収まらなかったが、長門が宇宙的パワーで大きくしてくれた。これだけでかい自転車の前かごはなかなか見ないぞ。少しみっともないが、まぁ夜だし問題ないだろう。
 長門先生の指示通り、ゲームの限定版が傷まないようになんとか詰め終えた時、
「これ」
 そう言って、長門がコートのポケットから取り出したものを突きつけた。俺が貸した手袋だった。
「いいよ、マンションまでお前に貸しとくよ」
 俺は押し返したが、頑として長門は首を縦に振らなかったので、ありがたく受け取っておく。正直手袋の有り無しは、冬の自転車には死活問題だからな。
「これも」
 後部座席に長門を乗せたところで、今度はマフラーを俺の首に巻いてきた。
「それじゃ、お前が寒いだろ」
 振り向いて背後の長門を見ると、「これがあるからいい」とでもいいたげに俺が貸したままの帽子を指差した。
「それだけじゃ寒いぞ」
 マフラーを外そうとする俺を長門が制する。そして、その手を下げると、長門は俺のコートのポケットをつついた。
「ここに、手を入れていれば寒くない」
「……そうか。じゃあ入れてろ」
 俺を背後から抱くかのように回された手が、ポケットの中に納まる。密着した背中が、とても暖かかった。

 

 長門のマンションに着いた。
 朝出かけた時より、断然短く感じたのは何故だろう。今日一日自体が長かったようでもあり、あっと言う間だったこともだ。
 そして、名残惜しく思っている俺がいることに、俺自身が戸惑っていた。
 
「ええと、あんまりゲームにはまりすぎて徹夜とかするなよ?」
 長門が降りたのを見て、俺も自転車から降りる。
 冬の夜は、すっかり深い闇で空の天幕を覆っている。星がやけに煌びやかだ。吐き出す息と共に立ち上る息が白く揺らぐ。
「了解したと言うことはたやすいが、それを実行したかどうかを報告する時に、わたしはあなたに嘘を付かないとは限らないし、またその保証もない」
「……正直でいいと言うべきか?」
 苦笑いして、長門の頭を帽子越しにぽんぽんと叩く。
「ほどほどにな?」
 こくりと頷く長門。
 ほんとにこいつは、言い回しはともかく子供みたいで可愛いな。
「それじゃあ、また明日ってことで。荷物取ったらカゴ、戻してくれ」
 名残惜しくてもしょうがないが、物事には終わりはつきものだ。こっそりと溜息を付きながら、荷物を取ろうとして自転車の方を向く俺の背中から、やんわりとした抵抗を感じて振り向く。
 長門がコートをつまんでいた。
「なんだ?」
「……」
 長門は躊躇うかのように、口を少し開いたかと思うと、俯いて黙った。
「どうした?」
 再度促すように聞くと、顔をあげて、帽子に手を当てた。
「借りたままだった」
 そういえばそうだったな。良く似合ってたし、今日一日かぶりっぱなしだったから、なんだか貸しているという意識がすっかりなくなっていたな。
「その帽子暖かいだろ。気に入ったならやるぞ」
 ぽすぽすと帽子を軽くたたきなが言うと、長門は俺を見上げた後、また視線を俯かせて、そっと帽子に手をあてた。
 これなら高いものでもないし、長門もなんとなくだが気に入っているようだし、相互のなんとかに合致するんじゃないか。
 しかし長門は帽子を取りながら、
「わたしには暖かさは必要ないし、返却する」
 そう言うと、帽子を俺に押しつけて自転車の前カゴの前へと向かい、「帰宅準備を」と荷物を取り出そうとした。
「長門」
 俺はその手を取り、こっちを向かせる。

 

 今日のこのデートまがいの申し出。
 ゲームの中になにを求めているのかは知らないが、研究だけでは飽きたらずに、実践してみたくなったということは確かなんだろう。
 その相手が俺というのもまぁ、手近な相手が他にいなかったと考えるのが妥当だが、それにしては今日一日のお前の行動は不自然な気がする。
 そして帽子。
 必要がないのなら、早々に脱いでてもおかしくはない。実際服買って着替えた時に脱いでいてもおかしくはないし、他にも機会はあった覚えがある。
 それなのに未だに被ってるということは。
 それに長門が言う通りなのなら、俺のポケットに手を入れるのだって必要はなかった筈だ。
 ただの恋愛講座ではなく、最初から今日一日一緒に過ごすことが、長門の望みだったとしたら。
 それに、温かさは誰にでも必要だろう。長門。

 

「いいからもらっとけ」
 帽子を取ったばかりで、乱れた髪を手でなでて整えてやる。
「そういえば、まだやり残したことがあったな」
 いつかのデートプランの最後にあった項目。
 目をそらしていたそれを、俺はこいつとしたいと思ったていた。
「長門」
 帽子をかぶせてやりながら長門に問いかける。
「こういうシチュエーションでキスというのは間違っているか?」
 驚かれたようにわずかに見開かれた目。それはでも一瞬だけだった。ためらいがちに口を開いた長門の回答。
「……それぞれが同意しているのなら、最適だと思われる」
「そうか。俺は問題ないんだが長門はどうだ」
 帽子に添えた手を、そのまま下ろして両頬を柔らかく包む。
 長門の口から立ち上っていた白い息が止まる。少しの沈黙の後、
「推奨は出来ない」
 と、小さく答えた。
 視線を逸らすように伏せられた目。
「それは、推奨はしないけど、問題ないって言ったと受け取るぞ」
 俺は回答を待たずに、長門の顔を上げさせる。長門なら、どうにでも回避出来る筈だ。
 しかし長門は避けなかった。
 少しだけひんやりとした体温が唇越しに伝わる。
 全身が心臓になったように脈打つ中で、俺達はしばらくただじっとそうしていた。

 

 昨日は良く眠れずに、結局俺は日曜日の待ち合わせも遅刻し、今こうして全員におごらされている最中だった。
 喫茶店の程良い暖かさと、優しい音楽に、ガウガメラでペルシア軍と戦うアレクサンドロス軍もかくやの勢いで眠気が襲いかかる。せめてもの対抗としてあくび砲を放ったが、「遅刻しといてあくびだなんて、良い根性ね」と軽く打ち返された。
 その俺の右隣で、長門が珍しくぼうっとしている。
 ティースプーンで紅茶を混ぜている姿勢のまま、固まっているのだった。
「なんだか有希も、今日はすごく眠そうね」
「……昨日は一睡も出来なかった」
「ゲームもいいけど、ほどほどにね」
 扱いが違うんじゃないでしょうか。ハルヒさん。
 そして更に俺の左隣でも小さなあくびが一つ。
「古泉、お前も眠そうだな」
「ええおかげさまで。昨日は午前中を最高に、閉鎖空間がひっきりなしに発生しまして」
 小声で俺に寄り添うようにして語る古泉。ええい近寄るな。離れろ。そして俺は悪くないからな?
「なぁに?みんなして寝不足?みくるちゃんは大丈夫でしょうね」
 ため息を付くハルヒに、うとうとしていた朝比奈さんははっとした顔をしてから、首を振った。
「す、すみません……。通信販売のテレビが終わらなくって……」
 ああ、深夜ってやたらとその手の番組やってますしね。
「なによもう。昨日を休みにしたからって、みんなたるみすぎよ!」
 ハルヒは両手をあげて首を振ると、その手を額に当てて悲しんでいるというジェスチャー大げさにしてみせた。
 それこそ朝比奈さんが好きな通信販売の外人タレントのようだ。
「それでキョン、昨日ちゃんと不思議は見つけてきたんでしょうね」
 ハルヒが俺を睨んで言う。……そういえばそんな事を金曜日に言われた気がしないでもないな。
 不思議なこと。まぁ、普通じゃないことはあったな。
 隣で未だにスプーンを持ったまま微動だにしない長門を横目で見る。
 俺は少し考えてから、
「第四種接近遭遇」
 と答えておいた。
「はぁぁぁ?!」
 ハルヒが盛大に呆れた声を上げていたが、空飛ぶ円盤に乗ってないとはいえ、宇宙人にデートと言う名目で拘束されていたのだから、あながち外れてもいないだろう。
 あるいは、俺が拘束していたのかも知れない。
 だがそれは、爪楊枝に塗られた赤い印を手にしたのが、長門と俺だったという今の事実からすれば、どちらでも良いことなのかも知れなった。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:39 (2003d)