作品

概要

作者変拍子
作品名ゆきになったゆき
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2010-02-12 (金) 00:20:29

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 むかしむかしあるところに、有希ちゃんという女の子と、キョンくんという男の子が
おりました。
 二人の両親は早くに亡くなってしまい、兄妹二人仲良く暮らしておりました。
 彼らが住む小さな村はとても平和な村で、優しい神様がこの村を守っているという言
い伝えもあるくらい、何も起こらないような所でした。
 そんな静かな村で、二人は幸せに生きていたのです。

 

 ある日、キョンくんは山へ山菜を取りに行きました。
 有希ちゃんはキョンくんを見送った後、二人の洗濯物を洗いに川へと赴きました。
 有希ちゃんが川でゴシゴシと一生懸命服を洗っていると、川上からおかしな臭いが流
れてきました。
 それは今まで嗅いだことのないような臭いで、あまり感情を表に出さない有希ちゃん
でも思わず顔をしかめてしまうような臭さでした。
 流れてくる方向へと顔を向けてみると、そこには大きな山がそびえ立っていて、その
山はこの村の言い伝えに出てくる、優しい神様が住んでいるという山でした。
 有希ちゃんはおそらく上流で動物が死んで腐っているのだろうと思って、我慢しなが
ら洗濯物を洗いました。

 

 全ての洗濯物を洗い終える頃、その臭いはとても強くなっておりました。
 それもとても我慢出来ないくらいに。
 さすがにおかしく思った有希ちゃんは急いで家へと帰りました。
 家にはもうキョンくんが帰っていて、走ってくる有希ちゃんを見て驚いたような顔を
しました。
 いつもはおっとりとしている有希ちゃんが、息を切らしながら走ってきているからで
す。
 有希ちゃんは荒ぐ息を何とか抑えながら、キョンくんに事の次第を話しました。
 川上からおかしな臭いがすること。それは山の方角から流れてきているということ。
そして、だんだん臭いが強くなっているということ。
 キョンくんは有希ちゃんの話を聞いて、最初は有希ちゃんと同じように動物が死んで
るのではないか、と思いましたが、有希ちゃんの表情を見ているとどうもそのような感
じではないということに気がつきました。
 キョンくんは有希ちゃんに「家で待っていろ」と告げると、川の方角へと走っていき
ました。
 有希ちゃんはとても心配でしたが、キョンくんの言葉を守り、家でじっと待っている
ことにしました。

 

 キョンくんはとても驚きました。
 まだ川に着いてもいないのに、おそろしくひどい臭いが立ち込めているということに

 こんな離れた場所でこんな臭いなら川や、そしてその臭いが流れてきている場所はど
れほどひどいことになっているのか、とキョンくんは戦慄しました。
 そしてこれは動物が死んでいる臭いではない、ということも再確認出来ました。
 キョンくんはこのままこれ以上先に行くと、臭さでおかしくなってしまうと判断し、
すぐに踵を返しました。
 そしてその足で村長の家へと報告に向かいました。

 

 話を聞いた村長はとても暗い顔をして、黙ってしまいました。
 そしてぽつぽつと、話し始めました。
 今よりもむかしむかし、この地は悪い神様によってひどいことになっていました。
 そこで、近くの村を統治していた長が立ち上がり、その神様を倒したのです。
 倒された神様は儀式によって、悪い心と良い心を離されてしまいました。
 そして良い心だけを持った神様が、この地の平和を長の代わりに守っていたのです。
 悪い心だけを持った神様は地下深く、とても深くに封印されました。
 そこまではキョンくんも知っている、村に残る言い伝えの内容でした。
 しかし、そのお話には続きがあったのです。
 悪い心を持った神様と良い心を持った神様が近づくと、儀式による術が解けてしまい
、二人は一緒になってしまうということ。
 そして良い心を持った神様は悪い心に全て吸収されてしまうということ。
 だから、悪い心の神様を地下深くに封印したのです。
 しかしその封印が今になって解けかかっているらしく、そしてあの臭いがその悪い神
様の臭いということなのです。
 キョンくんは村長に詰め寄りました。何かいい手立ては無いのかと。どうにかするこ
とが出来ないのかと。
 村長は少しの間黙っていましたが、「一つだけある」と呟きました。
 キョンくんはホッとしました。有希ちゃんを守ってやることができるからです。
 しかし、村長の口から出た言葉はキョンくんにとって、ちっとも笑えないことでした。

 

 その方法とは村の若い女の子を一人、人柱に捧げるという方法でした。

 

 この村には若い女の子は有希ちゃんを含め、三人おりました。
 春日ちゃん、未来ちゃん、そして有希ちゃんという女の子たちでした。
 その三人はとても仲が良く、小さい頃はいつも三人で遊んでおりました。
 春日ちゃんは村長の娘。未来ちゃんはたくさんの土地を持ったお金持ちの娘。
 身分は違えど、いつでも三人は仲良しでした。
 しかし村の寄り合いで人柱を決めるといっても、有希ちゃんが選ばれるということは
明らかでした。
 身分の違いというのは、とても残酷でした。
 キョンくんは目の前が真っ暗になってしまいました。
 そして村長に掴みかかりました。もっと他の方法は無いのかと。
 しかし、村を救う方法はそれしか無かったのです。

 

 衝撃で呆然としたキョンくんはふらふらとした足取りで、家路につきました。
 辺りはすっかり暗くなっていました。
 有希ちゃんはなかなかキョンくんが帰ってこないので、とても心配していました。
 あの臭いにやられて、どこかで倒れてるのではないかと。
 意を決して、探そうと立ち上がったとき、家の扉が開きました。
 キョンくんが帰ってきたのです。
 有希ちゃんは走ってキョンくんに飛びつきました。
 キョンくんは有希ちゃんの頭を撫でてやり、「遅くなって済まなかった」と謝りまし
た。
 目に涙を一杯貯めた有希ちゃんは、キョンくんから離れようとはしませんでした。
 離すと、また帰ってこないのではないか、ととても不安になったからです。
 キョンくんはそんな有希ちゃんの気持ちを汲み取り、「どこにも行かないよ」と言っ
てやりました。
 その言葉を聞いて、有希ちゃんはゆっくりと離れました。
 そして二人で有希ちゃんの作った夕食を食べました。

 

 夕食を食べ、落ち着いたあと有希ちゃんはキョンくんに「どうして遅くなったの」と
聞きました。
 キョンくんは言いたくありませんでした。
 言ったら、有希ちゃんは必ず自分が人柱になると言うからです。
 キョンくんはそれがよくわかっているからこそ、言いたくなかったのです。
 だからキョンくんはこう言いました。
「この村を離れないか」
 有希ちゃんは大層驚きました。
 キョンくんがそんなことを言うだなんて、思いもよらなかったからです。
 キョンくんはこの村のことを愛していると、有希ちゃんも知っていたからです。
「何故?」有希ちゃんは尋ねました。
「あの臭いは毒なんだ。だからこの村にいると、毒に感染してしまう。だからこの村を
離れよう」
 キョンくんは嘘をつきました。それはとても優しく、残酷な嘘でした。
「村にいる人たちはどうするの」有希ちゃんは聞きました。
「村にいる人たちも出ていくらしい。だから俺たちも早く避難しよう」
「でも、春日ちゃんや未来ちゃんとは離れたくない……」
「友達よりも命の方が大事だろう!?」
 キョンくんはつい怒鳴ってしまいました。
 この村から早く離れたい一心で、イライラしてしまっていたのです。
 有希ちゃんはビクっと身体を震わせると、泣きそうな顔になりました。
 キョンくんが有希ちゃんに怒鳴るだなんて、初めてだからです。
 有希ちゃんの表情に気づいたキョンくんは、ハッとしてすぐに謝りました。
 キョンくんのいつもと違う様子を見て、頭の良い有希ちゃんは何かおかしいというこ
とに気がつきました。
 そしてそれはあの臭いのことなのだということにも。
 有希ちゃんはもう一度聞きました。
「どうして、遅くなったの」
 キョンくんは見抜かれていることを悟り、嘘をつく力も無くなってしまいました。

 

 全てを聞いた有希ちゃんは何も言えませんでした。
 全てを話したキョンくんは有希ちゃんの手を取り、言いました。
「俺はお前を失いたくない。だからこの村から離れよう」
 有希ちゃんは黙っていました。
 けれど、自分たちがこの村を離れた場合起こることについて、気がついていました。
「私がここを離れたら、春日ちゃんか未来ちゃんのどちらかが人柱になってしまう……」
 キョンくんももちろん、そのことについて気がついていました。
 しかし、有希ちゃんの命と天秤に掛けると、そんなことはどうでも良かったのです。
 けれど優しい有希ちゃんは決してそれを望みませんでした。
「お兄さん。私が人柱になる」
 キョンくんは有希ちゃんがそう言うことを分かっていました。
 だから、キョンくんは優しい有希ちゃんの心につけ込んで、とっても意地悪なことを
言いました。
「有希、残された俺はどうなる。頼むから俺を置いていかないでくれ」
 有希ちゃんはとても困ったような顔をしました。
 けれど、有希ちゃんの心の中はもう決まっていたのです。
「私はただ春日ちゃんや未来ちゃん、そしてお兄さんを守るために人柱になりたい。
……だから、だからそんなことを、言わないで」
 キョンくんは耐えきれず、大声を上げて泣きました。
 有希ちゃんはそんなキョンくんの頭をゆっくりと、ゆっくりとずっと撫でてあげまし
た。

 

 あくる朝、有希ちゃんは村長のところに行き、自分が人柱になる旨を伝えました。
 村長は何度もすまない、すまないと有希ちゃんに謝りました。
 そして有希ちゃんは村長に二つのお願いをしました。
 このことは春日ちゃんや未来ちゃんに内緒にしていて欲しいということ。お兄さんを
村で助けてあげて欲しいということ。
 村長は何度も頷き、絶対に守ると約束をしてくれました。
 キョンくんのことが心残りだった有希ちゃんは、これで安心することが出来ました。
 春日ちゃんたちはいつか気付くけれど、今は隠しておいた方が良いという有希ちゃん
の判断からでした。
 春日ちゃんたち、特に春日ちゃんはそのことを知ったら大暴れするだろうからです。
 村長もそれは良く分かっていました。

 

 そして、その次の日。
 有希ちゃんは人柱になるために、山に登らなければなりません。
 そしてそれはたった一人で行かなくてはならないという厳しい決まりだったのです。
 最後までキョンくんは有希ちゃんに着いていくと言っていましたが、有希ちゃんの説得
により、キョンくんはとても悔しそうにしながらも納得しました。
 そして出発する直前、なんと春日ちゃんたちが有希ちゃんの元へとやってきたのです。
 走ってきた春日ちゃんの顔は鬼のような形相で、未来ちゃんの顔はとても悲しそうな
表情でした。
「どうして私たちに何も言わなかったのよ!」春日ちゃんは怒鳴りました。
「……何故、分かったの」有希ちゃんは聞き返しました。
「父さんの様子がおかしかったら、締め上げて聞き出したのよ!」
「あの、山に人柱になりに行くって本当ですか……?」未来ちゃんがおそるおそる聞き
ました。
「…………本当」
「だから、どうして何も言わなかったのよ!」
 有希ちゃんは本当は二人に余計な心配をさせたくなくて、言いたくなかったのです。
 でもこんなことになってしまって、有希ちゃんは決心しました。
「私は今まで仲良くしてくれたあなた達を守りたかった。何も言わず、あなた達を守り
たかった。言ってしまえば、春日ちゃんは怒ってくれるだろうし、未来ちゃんはとても
悲しんでくれるから。でも私はそれを望まなかった」
「どうしてよ!」
「だって、あなた達も人柱になるって言うと思ったから」
 今まで怒鳴っていた春日ちゃんも何も言えなくなりました。
 未来ちゃんも俯いてしまいました。 
 有希ちゃんの予想は当たっていました。
 二人はそれを言うためにここまで来たのです。
 しかし、有希ちゃんにこう言われてしまっては二人とも何も言えません。
 もしもそんなことを言ってしまえば、有希ちゃんの心を踏みにじる結果になってしま
うからです。
 春日ちゃんはゆっくりと、ハッキリ聞こえる声で言いました。
「必ず、帰ってきなさいよね。帰ってこなかったら…………死刑だから」
 有希ちゃんは頷きました。
 けれどそれは嘘であるということに、お互い気付いていました。
 それでも二人は何も言いませんでした。
 未来ちゃんも顔を上げ、涙を拭き、言いました。
「私たちは友達ですから、お願いですから、その、ちゃんと帰ってきて下さいね……」
 有希ちゃんはもう一度頷きました。
 そしてそれも嘘だということも、同じでした。
 三人ともちゃんと分かっていました。有希ちゃんはもう帰ってこないということに。
 しかし、それでも言わなければならなかったのです。
 三人が友達である限り。
 三人が親友である限り。

 

 そして有希ちゃんは立ちつくしているキョンくんの元へと歩いていきました。
 キョンくんの顔は涙と鼻水で濡れそぼり、グシャグシャでした。
 有希ちゃんはそんなキョンくんの顔を手拭いで拭いてあげました。
 そして、有希ちゃんは言いました。
「私のことを忘れないでいてほしい。私はこの地にずっと留まることになる。だからお
兄さんとはずっと一緒。だから、私のことをずっとずっと覚えていてほしい。それが私
の最後のお願い。聞いてほしい」
 キョンくんはもう一度、有希ちゃんの手拭いで顔をぐっと拭き、こう言い返しました。
「当たり前だ! 絶対に忘れない! 何があっても有希のことは忘れない! ……だか
ら、だから有希も俺のことを、ずっと、覚えていてくれな」
 有希ちゃんは力強く頷きました。
 キョンくんもそんな有希ちゃんを見て、すこしだけ微笑むことが出来ました。
 そして最後に、キョンくんはギュッと有希ちゃんを抱きしめてあげました。
 小さな小さな身体を、抱きしめてあげました。
 勇気が沢山詰まった身体を抱きしめてあげました。
 そしてキョンくんはゆっくりと離れました。もう涙は出ていませんでした。
 そして有希ちゃんは、山へと登っていきました。

 

 またその次の日。
 臭いは完全に無くなっていました。
 有希ちゃんが人柱になった結果なのでしょう。
 村の人たちも、皆安心そうな顔をしています。
 そしてキョンくんはいつも通り、山菜を取りに山へと登りました。
 すると、山菜を取っていると、鼻の頭に何か冷たいものが降ってきました。
 それは真っ白な、真っ白な雪でした。
 キョンくんが空を見上げてみると、はらはらと雪が降ってきていました。
「有希……お前なのか?」
 返事はありません。
 しかし、キョンくんは聞かずとも分かっていました。
 この雪は、有希ちゃんだということに。
 この地に留まり続ける、有希ちゃんだということに。
 だから一言だけ、キョンくんは言いました。
「俺はここにいるよ。有希」
 雪はいつまでも、いつまでも振り続けていました。

 
 
 

「カーット!」
 ハルヒの声が響く。顔を見る限り、どうやらリテイクはなさそうだ。
 去年の文化祭と同じく、俺たちは今年の文化祭のための映画を撮影していた。
 今年の映画はどうやらにっぽん昔ばなし的なお話らしい。
 去年は全く出番の無かった俺だが、今年は主役級に抜擢され、長門の兄という役を務
めさせて貰った。いやはや、なかなか演技とは難しいもので、泣くシーンなんか何度撮
り直したことか。改めて、自由に涙を出せる女優の凄さが分かった気がする。
 それにしてもさすがハルヒというか。好きなときに好きなことが出来るのはやはりチ
ートだと思う。「雪が振らないと意味無いわよ!」と言った後、すぐに雪が降り出した
のだから。
 色々と恥ずかしいものもあったが、なかなか良い経験が出来た。
 そして何より驚いたことは、去年大根演技で通した長門が、これほどまでに気持ちを
込めて演技をしていたということだった。
 最後のお願いのシーンなんか、真に迫る演技だった。これもあいつが成長した証なの
だろうか。そう思いたいね。
 ま、それにしても一番笑えたのは村長役の古泉だな。なかなか髭面が似合っていた。
 手持ち無沙汰だった俺は、近くでブルーシートに座って本を読んでいる長門に声
をかけた。
「よう、長門。お疲れ様」
 長門は言葉はなく、コクリとだけ頷く。
「演技なかなか上手くなってたな。凄いじゃないか」
「……そう」
「最後に有希ちゃんが振らせた雪、あれはどういう意味を持ってたんだろうな」
「……それは」
 長門が顔を上げ、雪を掴もうと手を差し出す。
「私は、ここにいる」
 ポツリとそれだけ言い、顔をまた本へと戻す。
「……そうだな」
 俺もそう思うよ。長門。
 雪はいつまでも、いつまでも振り続けていた。

 
 

 終わり

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:38 (2708d)