作品

概要

作者ながといっく
作品名長門さんの動揺
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-09-05 (土) 21:02:35

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる不登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

*この作品はお題をいただいて書いたSSなのですが、書くのに半年近くかかったせいでお題レスが何スレ目にあったかすら覚えておりません。せっかくですのでこの場を借りてお礼を申し上げます。

 
 

 最近、長門の様子がおかしい。

 

 もともと無口で感情を表に出さない奴だけれども、最近は妙によそよそしい気がする。
 目が合っても逸らされるし、会話もまるで春先に戻ったかのように続かない。週末の不思議探索でも、意図的に俺の近くに来ないようにしているようだ。
 あれだけ自信があった長門の表情判別も、今じゃさっぱりわからなくなった。怒ってるのか、それとも悲しいことがあったのか、それすらわかりゃしない。

 

 普通に考えれば嫌われているのだろう。客観的に見ればそうなる。
 だが、嫌われるようなことをしたかと言われれば、正直言って全く心当たりがない。だからこそ、俺は酷く動揺し、戸惑っているのだが。
 俺にとって、長門に嫌われるなんぞ悪夢以外の何物でもない。朝比奈さんに嫌われることの次くらいに……いや、もしかしたらそれ以上に俺にとって堪えることだ。
 今まで積み重ねてきた長門との信頼関係が少しずつ崩れていくような感覚に、俺は何とも言えない息苦しさを感じていた。
 いや、信頼関係だけでなく、長門有希そのものを失ってしまったかのような気すらしていた。

 

 一夜にして世界が様変わりした、12月の消失事件。
 ハルヒ達がいないことで気が狂いそうになったり、刺されて死にかけたりとえらい目にあったが、俺にとっては嬉しい面もあった。
 無表情・無感情・無口と無い無いづくしで何を考えているのかわからない長門が、初めて見せてくれた強い意思表示だったからだ。
 ハルヒみたいなトンデモ少女の監視を義務付けられ、あらゆる問題を即座に解決し、夏休みは600年間も待ち続けた長門。
 その長門の"普通の世界で普通の人間でありたい"という望み。長門有希が望んだ"長門有希"の存在。
 普段滅多に自己主張をしないだけに、そして長く耐え続けた故に、その望みは強く、何としても叶えたいものだったのだろう。

 

 だが、その世界の存在を、願いの成就を決める選択権を、長門は"俺に"委ねてくれたのだ。
 あの世界は長門が作った世界だ。長門がそうしようと思えば鍵だとかの世界脱出のヒントなど残さず、俺の記憶も消してしまうことさえ出来たはずだ。
 だけど長門はそうしなかった。自分が壊れてしまうほど望んだ世界であっても、最後の選択肢は俺に委ねてくれたのだ。
 どういう意図かははっきりとはわからない。それでも長門が俺を特別に思ってくれてることだけははっきりとわかった。

 

 そして、俺はあの世界を否定し、今の世界を選んだ。それは今でも間違っていたとは思わない。
 思わないが、しかし。俺はあの世界が嫌いだったわけではないんだ。今の世界でやり残したことがあった、今の世界で会いたい奴らがいた。ただそれだけのことだった。

 

 だが、話はそれだけでは終わらない。
 あれ以来、俺が長門有希に抱く印象は大きく変わった。
 あらゆる困難を解決する完全無欠のスーパー宇宙人だと思っていた長門が、人並み以上に思い悩み、今にも崩れかけそうな危うい面を持っていると知ったのだから当然と言えよう。
 そして、その事実は俺の心境に大きな影響を及ぼしたようだった。
 具体的には、俺はあの事件以来、前と比べられぬほど長門を気にかけるようになっていた。

 

 雪山で遭難した時、「有希のほうばっかり見てる」と、ハルヒは言った。
 多少気にしていることは否定しないが、そこまで長門のほうばかり見ているつもりなんてなかった。
 だが言われてみると、確かにそうだった。意識的にしろ無意識的にしろ、長門を見ている時間が多くなっていたのだ。
 気づいてしまえばあとは早い。四六時中、長門の事が頭から離れなくなるようになるまで、さほど時間はかからなかった。

 

 そして、いつしかこんなことを思うようになっていた。

 

 ――長門は俺だけのものでいてほしい。

 

 我ながら傲慢にも程がある。そもそもいつ長門が"俺のもの"になったというんだ。
 そもそも長門はものじゃない。人だ。宇宙人だろうがアンドロイドだろうがなんだろうが人だ。人と同じように思い悩むし、喜びもすれば怒りもする人なんだ。
 頭ではわかっている。わかっているが、いつの間にやら俺は、長門に対して強烈な独占欲を持つに至っている。

 

 単刀直入に言ってしまえば、好きになってしまったんだ。

 

 その気持ちに気付いた途端に、これだ。

 
 

 不都合なことは重なるのか、近頃は何故かハルヒの機嫌も悪いようだった。
 仏頂面で窓の外を眺めている様子は、まるで入学したてのハルヒを見ているかのようだった。
 それに伴い閉鎖空間も頻発しているのか、古泉が疲れた顔を見せることも多くなった。
「最近は収まってきたと思っていたのですが…」
 そんな顔で見られても困る。俺に何をしろっていうんだ。

 

 やり場のない息苦しさに悶々と過ごしていたある日のこと。
 夕食後のくつろぎのひと時を切り裂いたのはやはりというかなんというか、ハルヒからの電話だった。
「8時にいつもの喫茶店。遅刻厳禁」
 要件も言わずに切るあたりは恐ろしくハルヒらしいのだが、呼び出される側としては迷惑なことこの上ない。
 余りの横暴さにぶつくさ文句を言いながらも目的地へ向かっているあたり、俺も従順なもんだとつくづく思う。

 

「遅いわよ」
 どう見ても多人数用の席のど真ん中に、偉そうに腕組みしながら堂々と踏ん反り返っているハルヒ。
 だがその表情はいつもの憎らしいまでに晴々したものでなく、どことなく憂いを帯びたような真剣な表情だったため、文句の一つでも言ってやろうと思っていた俺は出鼻をくじかれた。
「これでも精一杯急いできたんだ、勘弁してくれ」
「ふん。コーヒー一杯で許してあげるわ」
 理不尽大王ハルヒ様にしては寛大なご処置ですこと。
 ところで何の用だ、と俺が言う前にハルヒの方から切り出してきた。
「ねえ、キョン」
「なんだ?」
「有希のこと好きなの?」
 いきなり核心を突いてきやがった。
 いかにもハルヒらしい単刀直入さに、どうとも答えられず硬直していると、
「黙ってるのは肯定するのと同じことなのよ?」
 と、ダメ押しの一言。余りに真剣な眼差しに目を合わせられない。
 どうする? ハルヒに話すのはやはりまずいだろうか。古泉のいらぬ仕事を増やしたくはない。
 いや、しかしこの口ぶりだとハルヒは確信めいたものを持っているようだ。ここまで来て嘘をついて隠しても仕方ないだろう。
「………ああ」
 ハルヒは天を仰いで小さなため息をつき、
「……やっぱりね。あのときだって怪しいと思ったわよ。騙されてあげたけど――ん、あれは夢だったんだっけ?」
 あれを夢を言い張るのはいささか強引だと思うがな。まぁ、それで納得してくれている以上は問題あるまい。
「で、なんで有希のこと好きになったの?」
 いつもの調子を取り戻したのか、ニヤニヤしながら聞いてくるハルヒ。
 だが、どうも目が笑ってない、というか、無理に明るくしようと努めているような感じだった。変な奴だ。
「なんでそんなこと言わねばならんのだ」
「ふん、つまんない奴ね」
 つまんない奴で悪かったな。こんな男だから長門にも相手にされなくなるんだろうよ。
「なにそれ、自虐のつもり?
 ……鈍感もここまで来ると重罪ものね。冗談抜きで死刑にしたいところだわ」
 眉間に皺を寄せ、今度は大きくため息をつくハルヒ。
 その大袈裟な仕草に若干の苛立ちを感じつつ、
「どういう意味だ」
「どうもこうもないわよ。あんた、有希がなんであんたと目を合わせないかわかる?」
 また妙なことを言い出した。なんでも何も、そんな理由ひとつしかないんだろう。
「俺の事が嫌いになったんじゃないのか?」
「はぁ……あんた、考える頭持ってるの?」
 酷い言い草だな。俺なりに真剣に考えて出した結論だぞ。
 それに、嫌ってるんじゃなきゃなんで避けられるんだ。
「本当に女心がわかんない奴ね……有希はね、あんたの逆なのよ」
「逆?」
「そう。あんたは有希が気になって気になって仕方なくて、目血走らせて有希をじろじろ見てるわよね」
 人をストーカーみたく言うな。……まぁ、否定は出来ないが。
「有希も同じで、キョンが気になって仕方ないのよ。
 でも、あの子はどうしたらいいかわからないの。だからそっけない態度を取っちゃうんだと思うわ。一言で言えば、素直になれないって奴ね」
 ましてや有希はそういう経験無いだろうしね、と付け加えて一息つくハルヒ。まるで長門の心を読んで来たかのように自信満々だ。
 もしハルヒのいう通りであれば俺としては嬉しいというか、願ったりかなったりなのだが、些か腑に落ちない点がある。
「ちょっと待て」
 そうだ。仮にハルヒの話どおりだとすれば長門は…
「何よ」
 まだ何かわからないの?とでも言いたげな目で俺を睨むハルヒ。
「お前の話を聞いてると、まるで長門も俺のことが好きみたいじゃないか」

 

 そして、沈黙。
 ハルヒはしばらく口を半開きにして茫然とし、次に顔をくしゃっとゆがめ、さらにその鋭い目で俺を睨みつけ、

 

「あんた頭湧いてるんじゃないの!?」
 店中に響き渡るような大声で怒鳴りだした。
「素なのかフリなのか知らないけど、鈍感なのもいい加減にしなさいよ!?」
「ハ、ハルヒ?」
 突然の豹変ぶりに慌てる俺をよそに、
「そうやってニヒルな雰囲気出すのがかっこいいとでも思ってるわけ!?」
 ハルヒは口角泡を飛ばし、マシンガンのように怒鳴り続ける。
「その足りない頭でちょっとくらい他人の気持ち考えてみなさいよ!!」
 周りにいた客や店員が何事かという風にこちらを見ている。
「ハルヒちょっと静かに――」
「うるさい!」
 うるさいのはお前だ…とは言えなかった。
「あんたなんかねぇっ……!!」
 怒鳴り散らすハルヒの眼から、今にも涙が溢れそうになっていたからだ。
「ハルヒ……」
 真剣な訴えに、ようやく悟った。
 ハルヒの推測が正しいのかどうか、俺にはわからない。
 だが、ハルヒはこれほどまでに親身に俺を、いや、俺と長門を考えてくれているんだ。この団員思いの団長さんのためにも、俺が今やるべきことは一つしかない。正しかろうと間違っていようと、だ。
「……あたしはね、思い立ったらすぐ行動するように心がけてるの」
「ああ、知ってる」
 散々それに振り回されてきたんだからな。
「……だから、あんたも今すぐやりなさい。今さら、何をすればいいかわからない、なんて言わせないわ」
「……ああ、わかってる」
「ここはあたしが払っといてあげる。今日だけ、特別なんだからね」
 ありがとよ。コーヒー一杯分の借りが出来ちまったな。――いや、もっとかもしれないな。
「じゃあ、また明日、学校でな」
「ふんっ。そんな挨拶いらないからさっさと行きなさい」
 まったく、とことん可愛くない奴だ。我儘で、へそ曲りで、傍若無人で……でも、やっぱりいい奴だよ、お前は。
 ――ありがとうな、ハルヒ。

 
 

 駆け足で喫茶店を後にし、自転車で冬の夜の冷たい空気を切りながら"その場所"へ向かう。
 もう夜も遅い。閑静な住宅街に聞こえるのは自転車の車輪が回る音と、時折すれ違う車のエンジン音くらいだ。

 

 目いっぱい自転車を飛ばす。
 冬とはいえ、それなりに厚着している格好なわけだから、体を動かせば汗もかくし喉も渇く。
 畜生、せっかくハルヒの奢りだったんだから何か一杯飲んでくればよかった。あいつの奢りなんてもう二度とないかもしれないしな。

 

 火照っていく身体とは対照的に、頭の中は冷えていった。

 

 長門の態度、ハルヒの言葉。
 ハルヒは言った。長門も同じだ、と。
 それが本当だったら、俺たちは実にありがちなすれ違いをしていたことになる。
 だが、長門にはそんな素振り全然なかったはずだ。

 

 ――いや違う。
 あった。確かにあったんだ。俺が気づいていないだけで。
 長門は確かに俺にサインを送っていた。それも、何度も何度も。

 

 そうだ。

 

 長門は何故眼鏡を外した?

 

 長門は何故許可を俺に求めた?

 

 長門は何故カーディガンをかけてくれた?

 

 何よりも、長門は何故"あの"長門に図書館の記憶を残した?

 

 あの世界で、長門が普通を望んだだけなら、俺との思い出なんて必要はない。
 現に、朝比奈さんや古泉、そしてハルヒからは俺の記憶が無くなっていた。
 "あの"長門だって、文芸部室でおとなしく本を読んだり、自作の小説を書いたりして、平穏な高校生活を送っていた。普通なだけならそれだけでよかったはずなんだ。

 

 だが長門はそうしなかった。
 長門は俺の記憶を残して、俺に選択権を委ねただけじゃない。
 "あの"長門に俺の記憶を与えていたんだ。偽の思い出を作ってまで。

 

 長門、そうなのか? お前も俺と同じなのか?

 
 

 着いた。
 何度足を運んだことかわからない、お馴染みの高級マンション。
 駐輪場に自転車を停め、手慣れた操作で玄関のインターホンで長門の部屋番号を入力する。
「……」
 やはりというかなんというか、返ってきたのはいつもと同じ無言の応対だった。
「俺だ……ちょっと、散歩でもしないか?」
 我ながら意味不明な要求だ。
 夜にいきなり押しかけて出てこいとは、俺もハルヒのことをとやかく言う権利はないかもしれない。
「……」
 カチャリ、と通信が切れる音がした。

 

 長門は何も言わなかったが、不思議と意思疎通が出来た気がした。
 ――沈黙は肯定。ハルヒの言葉を思い出す。いつからだろうな、長門と無言で会話ができるようになったのは。

 

 見慣れた制服姿の長門がエレベータの扉の向こうから現れるまで、さほど時間はかからなかった。
 帰ってからずっとそのままだったのか、着替えてきたのかはわからないが、こいつにとっては制服が正装なのだろう。
 しかし、こいつはいつ着替えているんだろうな。そして、制服を着てないときは一体何を着ているのだろうか。
 孤島や雪山での合宿の時はシンプルでそれなりに似あったパジャマを着ていたが…
「……」
 などとくだらないことを考えているうちに、目の前まで来ていた長門が無言の訴えを発していた。
 いつもの静かな佇まい。違うのはその表情が戸惑いの色を隠せないでいることくらいだろうか。

 
 

 光陽園駅前公園。駅と住宅街の中間地点にある閑静な公園だ。
 街頭下のベンチに隣り合って座る。折しも、初めて長門と待ち合わせた時とベンチだった。
 あの時は一日目は気付かなかったんだよな。長門の呼び出し方も普通じゃなかったというのもあるが。こいつの事だから律義に待っていたに違いない。
「悪かったな、こんな遅くに」
「……」
 無言。
 さて、どうしたものか。話したいことは山ほどあるのだが考えがまとまらない。
「ちょっと話をしたくて、な」
 適当な前置きで御茶を濁しつつ、話の切り口を探す。
「ほら、最近俺たちギクシャクしてただろ?」
 長門がピクリとその小さな身体を揺らす。やはり長門も気にしていたのだろうか。
 一体どこから話せばいいのだろうか?
 絡まった思考の糸を解けないでいると、長門がポツリと呟くように言葉を発した。
「嫌わないで、ほしい」
 あまりに意外な言葉に、俺は少なからず動揺した。
 好きとか嫌いとか、そういった感情的な言葉を長門から聞いたのは、孤島の王様ゲームを除けばこれが初めてだ。
 それより長門は何て言った? 俺が長門を嫌う? そんなこと、例え天地がひっくり返ったとしてもあり得ない。
 長門は誰よりも信頼できる仲間で、命の恩人で――好きだと思っていて。それで俺は悩んでいるんだ。何故嫌わなくてはならないのか。

 

「思考と行動が矛盾してしまう」
 地を見つめたまま長門は続ける。
 街頭に照らされたその姿は、何故かいつもよりも小さく見えた。
「わたしを見てほしいのに無関心を装ってしまう」
「あなたと触れ合いたいのにあなたを避けてしまう」
「あなたを見ていたいのにあなたから目を反らしてしまう」
 それは、切実で痛々しい告白だった。
 別に物珍しいものじゃない。いかにも"ありがち"な感情。だからこそ、長門は戸惑っているのだろう。
「今もそう。あなたの傍にいれて嬉しいと感じているのに、あなたの目を見るのが怖い」
 俺は、夕暮れの教室で朝倉に襲われた時と正反対のことを思った。

 

 ――ああ、長門は本当に人間みたいだ、と。
 長門には感情が無い、などと思ったことは一度もない。
 感情が希薄だと思っていた時期はあったが、その考えもあの日以来消えてなくなった。
 そして今、目の前で生々しいまでに感情を吐露する少女は、俺の知る人間の誰よりも、人間らしかった。

 

「あなたに迷惑をかけて本当にすまないと思っている。わたしは決してあなたを望んではいけないのに。わたしは、選ばれない存在なのに」
 その弱々しい呟きは、まるで自らに言い聞かせているかのようだった。
 長門よ、お前が選ばれない存在だって誰が決めたんだ?
 選ぶかどうかの選択肢は俺が持ってるんじゃないのか?
 いや、仮に持ってなかったとしても絶対に他人になんぞ決めさせないがな。
 それがたとえ、神様だろうが仏様だろうがキリスト様だろうがマホメット様だろうがハルヒ様だろうが、だ。

 

「……選ばれなくてもいい。ただ、嫌わないでいてほしい」

 
 

 まったく、情けない。
 長門にこれだけ言わせておいて、俺は一言もなしか。
 ハルヒが知ったらどうなることやら。叩き殺されても文句は言えまい。
 いや、俺自身、自分が腹立たしい。自分をぶん殴ってやりたいぜ。

 

 答えを出さなきゃいけない。いや、答えなんてとうに決まっているんだ。
 ハルヒの推測は当たっていて、俺は長門が好きで、長門もどうやらそうみたいだった。

 

 なら、俺は長門になにをしてやれる?
 俺の知識なんて欠片も及ばないような知恵と力で俺たちを守ってくれる絶対無敵の万能宇宙人。
 その長門が、何のとりえもない無力な一般人である俺の言葉を怖れ、怯えている。

 

 この場で長門に「嫌いだ」などと言える奴がいたら来い。殴ってやるから。
「わかった、嫌わない」といって安心させるのも違う。そうじゃないんだ。
 適当な言葉を並びたててお茶を濁すのはもっとごめんだ。
 俺は気のきいた言葉を言えるほど口は上手くないし、下手な理屈をこねても長門相手では無意味だろう。
 だったら俺の感情を、思っていることをストレートにぶつけるまでだ。長門がそうしてくれたように。
 いいか長門、恥ずかしくて二度と言えないだろうかよく聞いてくれ。

 

「"あの"長門には言ったんだがな……俺は今までの長門の方が好きなんだ」
 顔を上げ振り向いた長門と目が合う。思えば今日初めてかもしれない。
「だから、変な力を使って無理に今の自分を変えようとしなくたっていいんだ」
 言葉って不思議だな。ただの空気の振動に過ぎないはずなのに、なんで1つ発するのにも鼓動が高まるんだ。
「それにやっぱり眼鏡は無い方がいい」
 そうだ。俺はあっちの長門よりも、こっちの、俺の長門が――
「――好きだ」
 返事は、なかった。
 驚愕、困惑、歓喜、動揺、それらがおり交った張りつめた表情。
 夜の闇に負けぬ深さと、街頭の光に負けぬ希望を同時に秘めた両の瞳。
 まるで射抜かれたかのように、俺は目を反らすことが出来なかった。

 

 ふっと、長門が表情を和らげた。
 別に笑ったり泣いたりするわけでもない。きっと傍目にはいつもの無表情に見えるのだろう。
 俺だけがわかる、そんな微妙な変化を見せてくれた後、やはり平坦な声で呟いた。
「ありがとう」
 ……こんなときくらい、笑うか泣くかしてもいいんだぞ?

 

「でも……本当に俺なんかでいいのか?」
 ここでやっぱり嫌、とか言われたらそのまま国道に飛び込んでしまうかもしれない。無意味な問いだったかもしれない。
 これは自分に自信を持てない人間しかわからない悩みなんだろう。長門と両想いだったという事実に、不思議と罪悪感を感じるんだ。
「ツラも平凡だし何の取り柄もない。自慢じゃないが成績だって谷口と同レベルだ。長門だったらもっといい男だって――」
「あなたがいい」
 恐ろしく珍しいことに、長門が俺の言葉を遮った。
 そして、キッと俺を睨むように見つめ、
「あなたでなくてはだめ」

 
 

 物音ひとつ聞こえない冬の夜。
 まるで世界中に俺と長門の二人しかいないかのような錯覚をしてしまう。
 冷たい風が肌を刺す。この様子だとまだまだ冬は長いんだろうな。
 そんなことを思いながらも、俺は一足先に春の暖かさを感じていた。

 

 誰よりも人間らしくなった、この小さな有機アンドロイドと肩を寄せあいながら、な。

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:34 (1772d)