たまにCSSが抜けた状態で表示されてしまうようです。そのような時は、何度かリロードすると正しく表示できるようになります。
作者 | ながといっく |
---|---|
作品名 | 長門さんとししゃも |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2009-08-18 (火) 23:34:47 |
キョン | 登場 |
---|---|
キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 不登場 |
みくる | 不登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
とある日の昼休み。
4時間分の授業を耐え抜いた空腹感を癒すため、俺は食堂へと足を運んでいた。
いつものこの時間、俺は大抵谷口や国木田と弁当を食べているのだが、今日は母親が寝坊したおかげで弁当を作ってもらえず、仕方なく食堂で済ませるというわけだ。
ちなみにハルヒの奴は終業のチャイムがなると同時におにぎり片手に何処かへ走って行った。なんでもいいが、どうか面倒事だけは探し出さないでほしいものだ。なんぜ、そうなると高確率で俺に災難が降りかかってくるからな。
さて食堂にて、俺はそこにいるのが意外と言えるであろう人物を目にした。
「よう」
券売機の前で微動だにせず直立している少女に声をかける。
一分の隙もなくきっちりと着こなされた制服に、短く無造作に切り揃えられた黒髪。
一般的には華奢と言えるであろう体躯に、その名前が示すが如く白い肌。
それなりに整った顔はひたすらに無表情で――さすがにそろそろくどいだろうか。皆さんおわかりであろう。我がSOS団の読書係にして無口キャラ、ハルヒ印の人材基準で言えば宇宙人の長門有希である。どうでもいいがそこに突っ立ってたら邪魔じゃないか?
「……」
無言で目礼する長門。相変わらずの無表情だが、慣れた今ではいつも通りで安心する。初対面のころに感じた居心地の悪さが全くなくなっているのは気のせいではないだろう。俺の感じ方が変わったのか、長門の雰囲気が変わったのかはわからないが、俺としては是非とも後者であってほしい。
「さて、選ぶかね…長門は何食べるんだ?」
そんな何気ない問いをぶつけてみる。
こう見えて大食い、さらに雑食と思われる長門だが、やはり好物というものはあるらしく、無言で指さされたボタンに書かれていたのは、
「カレーか。まぁ学食では無難な選択だな」
安く、味に外れもなく、量もそこそこあり、栄養バランスもよい。まさに国民食であるカレー。長門が好むのもわかる気がするな。
「……あなたは」
「ん、俺か?そうだな……」
俺も普段は殆ど学食を利用しない。であるからして、どのメニューがいわゆる"アタリ"なのかはわからない。別に長門と同じくカレーを食べてもいいのだが、あいにく昨日の夕食がカレーだったので、いま一つ気が進まない。経験則上、こういったときは当たり障りのない選択をするのがベターなのだが…
「……俺は日替わり定食にしとくよ」
何が出てくるかわからないちょっと不安だが、食堂のメインメニューとも言える代物なら変なものは出さないだろう。もっとも、学食という時点で変なものが出てくることはあまりないとは思うが。などとどうでもいいことを考えつつ、券売機に入れる小銭を探していると、横からすっと千円札が差し出された。長門?
「……わたしも」
この場合『わたしも日替わり定食が食べたい』と解すべきなのだろうか。
「いいのか、カレーじゃなくて?」
「いい」
まぁ、長門がいいならそれでいいんだが。感覚的に、何故か人が頼んだものを食べたくなるもんだしな。長門にそんな思考があるのかどうかはわからないが、何事も経験。知識に比すると経験が不足している長門によっても良いことだろう。
「よし、じゃあ同じのにするか」
「する」
二人分の食券を買い、長門にお釣りを渡して食堂のおばちゃんに食券を渡した後、食堂の端の方の小さいテーブルに長門と向かい合って座る。昼時だけあって混雑しており(昼時くらいしか混まないのだが)、やや時間がかかりそうだった。
「……」
「……」
先程から、二人分の三点リーダが場を支配している。
これが長門以外だったら、どうにかこの息苦しさを打開しようと適当な話でも振ってみるところだが、ことこの寡黙な宇宙人に関しては常にサイレントマナーモードであるからして、いらぬ気遣いをする必要もない。
もっとも、どこぞの団長様関連の厄介事があれば話は別なのだが、折角こうして面倒事とは無関係な時間を過ごしているのだから、わざわざそんな話をしたいとは思わない。
そういえば、長門と二人きりでの食事、なんてのは春頃に宇宙人カミングアウトをされた以来だ。あの頃と比べると、ずいぶん俺も非常識というものに慣らされてきたもんだ、と悲喜こもごもの感慨を抱いていると、ふと周りの生徒の目線に気付いた。チラチラとこちらの方を見ながらコソコソと何かを話している。
「――って5組の――」
「――かして、付き合っ――」
「――あたしてっきりすず――」
「――さん、緊張してるの――」
「――の顔じっとみつ――」
……ひそひそ話をするなら目立たないようにやってほしいもんだな。
あれは確か6組の――長門と同じクラスの女子生徒だったか。
どうやら、クラスでも無口無表情で有名な女子が隣のクラスの男子と二人きりで食事、などという、この年代の女子には格好の話題を提供してしまったようだ。こうなると、一般的な一般人である俺は多少の居心地の悪さを感じてしまうのだが、目の前の寡黙な宇宙人はどちらかというとどこぞの団長様に近い感覚を持ちえているらしく、他人の目などにはまるで無関心であることは言うまでもない。
嫌な汗をかき始める俺と、それを淡々と見つめる長門、という少々困った状況を打破してくれたのは、食堂のおばちゃんの鶴の一声だった。
席に向かう俺の後ろをとてとてとついてくる長門に対し、何となく歳が近い妹を愛おしむかのような感覚を抱きながら、いま俺の両手で運ばれている日替わり定食の中身を品定めしてみる。
白米、味噌汁、浅漬け、ワカメの和え物、海苔、そして焼き魚。
なんとも和風だな。昼食というよりはむしろ朝食といった感じがする。
主菜であろう焼き魚は…ししゃもだな。子持ちししゃもは割と好きな部類に入る。実は少ないがその分卵が旨いしな。そういえば、ししゃものオスってあんまり見たことないな…
「長門、ししゃもは食ったことあるのか?」
目の前に置かれた定食を前に硬直している長門に問いかける。別に食べてもいいんだぞ。
「正確にはカラフトシシャモ」
む、そういえば俺もテレビかなんかで見たことがあるな。本当の意味での"ししゃも"は日本固有の魚で、北海道の一部でしか捕れない希少な魚らしく、スーパーなんかで出回っているのは外洋魚であるカラフトシシャモだとかなんとか。多分、俺も本当のししゃもなんか食べたことないんだろうな。
「シシャモも、カラフトシシャモも、食べたことはない」
そう呟くように言い、まじまじとししゃもを眺めている長門。その様子を見ていると、ふと幼い頃を思い出し、ついこんなことを聞いてしまっていた。
「なぁ長門、お前はししゃもはどっちから食べる?」
「……」
無言のまま数ミリほど頭を傾げる長門。言っていることが理解できない、といったところだろうか。
まぁ無理もない。魚をどっちから食べるか、なんてのは謎かけみたいなものに聞こえるだろうしな。
「俺たちが小さい頃にも、こうやって給食なんかによくししゃもが出てきたんだ」
普通に家の食卓にも出てくる魚だしな。
「そういうときにな、両親とか学校の先生なんかに、
『ししゃもを頭から食べると頭が良くなって、尻尾から食べると足が速くなる』って聞いたもんだ。
まぁもちろん迷信で、魚に栄養があるから食べれば成長する、だからちゃんと食べなさいっていう話なんだろうが」
まぁ、長門は地球上で一番頭がいいと言ってもちっとも過言ではだろうし、本気になればウサイン・ボルトも真っ青の走りを見せてくれそうなのだが。
俺の迷信話に何か思うところでもあったのか、いつもの食べっぷりはどこへやら、長門はしばらく考えるようにししゃもを眺めていた。
そして数十秒ののち、長門はおもむろにししゃもの頭としっぽをその小さめな指でつまみ――
がぷり。
とちょうど頭としっぽの中間あたり(腹とでもいうのだろうか?)にかぶりついた。
そんな迷信は信じないという意味なのか、お腹が膨れればいいという意思表示なのか、あるいは俺が考えもしないような別の理由があるのか、それはわからない。ただ一つだけわかることは、長門なりに考えがあってそうしたんだろうということだ。
そして――
「冷めてしまう」
俺にそう言ったときの長門の顔が、なぜかばつが悪そうだったのは俺の見間違いだろうか。
なにはともあれ、黙々とししゃもにかぶりつく長門の顔を見ながら、滅多にない食堂での一時を堪能する俺なのであった。