作品

概要

作者子持ちししゃも
作品名夏の終わりに
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-08-16 (日) 01:29:23

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 夏休みが終わった。
 学生にとって、夏が終わってしまったと言い換えても相違ないだろう。
 とはいえ、日差しはまだまだ強く、頭上高く照りつける太陽の光は、なぜ太陽光発電を国は義務付けないのかと首を傾げるほどである。

 

 今年はとんでもなく長い二週間が繰り返されることもなく、つつがなく夏休みは過ぎた。
 去年は最後の最後まで大事にとっておいた宿題も、「あんな面倒なものは先にちゃっちゃと終わらせて、後顧の憂いなく遊び倒すのが夏休みの正しい楽しみ方よ!」と言い切ったハルヒにより、今年は夏休み開始と同時に「SOS団宿題会」なる会合が開かれ、強制的に終わりにさせられた。
 ハルヒの宣言通りきっちり三日で、しかも会場は俺の家でだ。

 

 そして後顧の憂いなく、夏休み中ハルヒは俺達を振り回し続け、その結果こんがりとどこの小学生だといわんばかりに焼け焦げ、かつ遊びつかれた俺は、けだるく疲れた身体を引きずりつつ、オートマティックに部室へと向かっていた。
 始業式の日くらい部活をせずに帰っても良かったんだが、こうなったらもう習慣というか、半ばヤケな気もするな。
 学校内だが、窓の並ぶ廊下を歩くだけでも体力が消耗する気がするぜ。ガラス越しに感じる、これでもかという日差しを恨めしげに一瞬だけ見つめ、あまりのまぶしさに目を伏せると、見知った姿が外にいるのに気づいた。
 長門だった。

 

 なんだあいつ、帰るのか?
 いつも置物のようにいる長門が、部室に寄らずに帰るなんて、どんな風の吹き回しだか。
 まさかハルヒが何かやらかしてその事後処理とかじゃないだろうな。
 好奇心か不安かあるいは両方か。気付いたら俺は、無口で小さな宇宙人の後を追いかけていた。

 

 長門は緩やかに、学校の前の坂を下っている。
 しかしここまで来ておいてなんだが、何と言って声を掛けて良いものか、俺は考えあぐねてしまった。

 

「よう、長門。今日は部活休みか?」というのも見ればわかる通りだし、「どうした、今日は何かあったか?」というのも、学校を出る直前ならともかく、こんなところで言うのもなんだかストーカーっぽい気がしてならない。
 妹に食べられてしまったポテトチップスの袋に残った欠片を集めるように、無い知恵を一生懸命拾い集めていると、少し先を歩いていた筈の見慣れた後姿を見失ってしまっていた。
 もしや俺が付いてきているのに気づいて、撒かれたとか?
 いやでも長門のことだ、俺なんかがついて来ている事くらいは、歩く時に音がする靴を履いた幼児並みに始めからバレバレなんじゃないのか?
 頭を悩ませつつも足を速めると、なんとなくだがそこに居ることに違和感を感じる場所に長門は居た。

 

 色とりどりの花が店先を彩る、花屋の店の中だった。
 店の中にある、ひときわ華やかな贈答用と思われる花々に囲まれて、長門はじっと佇んでいた。
 手には、店先にあった小さな花束が握られている。
 風もないのに、長門の周りだけ涼やかな風が吹き抜けているように見えた。

 

「……」
 半分呆けたように自動扉越しに長門を見ていた俺は、無言の視線を受けて正気に返った。
 長門が俺をじっと見ていた。
 店の扉の前にぼんやり立っているんだから、そりゃ見つかるよな。
 しょうがない、と覚悟を決めて店に入る。

 

「よ、どうした長門」
 長門は花を数秒注視した後、再度俺をじっと見つめた。
「それ、買ったのか」
 俺の言葉に、長門はほんの少しだけ首を横に振る。
 確かに俺が目を離した隙に買ったにしては早すぎるし、なにしろ店員がいない。
 レジを見ると、「御用の場合、このベルを押してください」という張り紙がしてあった。別場所で作業をしているのだろう。
 ベルを鳴らし店員を呼んでやると、長門はカバンから財布を出してそれを買い求めた。
 なんとなく長門には世話になっているような気がしたのでそれくらい買ってやってもよかったのだが、無言のうちに長門は拒絶して自分の金を出していた。

 

 そしてそんなやり取り前にもしたような気がするなぁと思い返し、それは終わらない夏の夜の事だったと思い至る。
 そういえば去年の今日も、こいつは部活を休んだんだっけ。

 

 長門は店を出ると、スタスタと元の道を戻り始めた。
 戻る相手にそのまま付いていくというのも「後を付けてました!」と言っているようで、さて今度こそどうしたものかと戸惑っていると、先を歩いていた長門は歩みを止めて振り返った。
 新月の夜の色をした瞳がじっと俺を見つめ、それは「ついて来ないのか」と問われているようでもあり、救われた気がして俺は長門の隣へと向かう。
 俺が並ぶと同時に、長門は無言で歩き始めた。
 なんでついて来たのかも聞かなければ、帰れとも言わない。
 だから俺も、どこに行くのかを聞かないで、ただ時々長門の横顔を見ながら辿ってきた道を戻っていた。

 

 ほどなくして学校へと向かう道を逸れて、山の方へと入っていく。
 去年わんさかとセミを取った、あの山の中だ。
 俺の通う学校は、なんともまぁ自然豊かな所にあったもんだと、溜息を付きたくなるほどの木々が大きく両手を広げて俺達を出迎えてくれる。
 夜中少し雨が降ったとお袋が言っていたっけ。コンクリートを歩いている分にはすっかり忘れていたが、ほんのりと湿った土にそんなことを思い出す。その湿気を帯びた空気の所為か、森の匂いが濃厚にまとわり付く。
 夏の匂いがした。
 そういえば今年はセミ、取らなかったよな。
 短い人生を謳歌していると思わなければ我慢の限界に達しそうなくらい、ただひたすらに鳴き続けるセミ時雨を唯一の音源に、俺と長門は無言で山道を進んでいた。

 

 そして木々が開けた高台にたどり着いた時、長門はその足をようやく止める。
 去年、一日団長権をかけて集めたセミ達を放したその場所に、長門は手にした花束を置いた。
 小さなヒマワリを軸に作られた、黄色と白で構成された、控えめだが綺麗な花束だった。
 長門は何をするでもなく、ただじっと、何もない地面に置かれただけのそれをみつめている。
 その姿は、何故か俺には泣いているように見えた。

 

「……有機生命体の死の概念は、わたしには正確に理解をすることが出来ない」
 どのくらい時間が経ったのか忘れるくらいの後、長門はポツリとつぶやいた。どこかで聞いたような台詞だった。
「しかし情報の損失は、情報生命にとって死に該当すると、わたしは思う」
 そしてじっと、また花束を見つめる。

 

 ……去年の夏の、あの気の遠くなるループで、確かに俺達は何度も二週間を無理矢理繰り返させられた。
 それは、14日×1万……何回だったか、ともかくそれだけの俺達の時間がどこにもなくなってしまった、ということになる。
 どこにもなくなったということは、それは確かに、死という概念に近いのかも知れない。

 

 そして思い至る。
 去年長門が始業式の日に部活に来なかった、その理由。
 今日と同じように、594年分の俺達の為に、こうして花を手向けてくれていたのではないのか。
 ただ独り残された者として、悼むべき象徴があるわけでもない替わりに花束を供えて。

 

 長門は花束を見つめて動かなかった。

 

 俺が覚えていない俺達の事を思い出しているのか、もしかしたら先ほど長門が口にした台詞を俺に対して言った、今はもう失われてしまったあいつの事も思い起こしているのかも知れない。

 

 しかし良く考えれば、その期間の長門を俺達は誰も知らない。
 覚えている人がいないというのは、ある意味それも、594年分の長門が失われているのも同然じゃないのだろうか。
 俺は供えられた花を眺め、なんとはなしに手を合わせてみた。

 

 しかし、だ。
「長門」
 俺の声に、長い年月をただ独りきりで過ごしていた孤独な宇宙人が振り返った。
 複雑にカッティングされたブラックダイヤモンドのように煌く双眸が、じっと俺を見つめる。

 

「確かに失われたものがあるかもしれないが、有機生命体としては、肉体があって思考する能力がある限り、死んだとは言わないと思うぜ」
 死に関しての難しい概念はともかく、俺はここにいて、長門もここにいる訳だ。
 俺は長門に手を差し出す。
「だから、そのなくした時間の話を聞かせてくれ。俺が594年分の長門を覚えてやるからさ」
 ほんの少しだけ首を傾げ、目をまたたかせた後、長門はおずおずと俺の手を握り返す。ひんやりとした小さな手。こんな小さな長門を、俺らは600年も独りにさせていたというのか。
 いや、悪いのは俺だけなんだろう。今の俺はループを抜けた俺だが、それぞれの立場で自由に動けないこいつらと違い、好きに出来る筈の俺が脱出に失敗し続けた結果がこれなんだろう。

 

「……長くなる」
 長門は平坦に聴こえる声でそう言った。しかし俺には、躊躇しているように聴こえる。
 まぁな、600年分だから長くもなるだろう。だがどんとこいだ。
 でもな、出来れば手短にお願いするぞ。新しい思い出も沢山作らなくちゃいけないからな。

 

 長門はじっと俺を見つめてから、俺が解る程度に微かに頷いた。
 いつしか辺りは暖かなオレンジに包まれている。
 まだ鳴き続けるセミの声に混じり、小さな声で語られる俺の知らない俺の話を聞きながら、俺と長門は山を降りる。
 手をつないだままで。
 伝わるぬくもりに、俺達が同時期に生きてる、そんなありふれた奇跡を素晴らしいと感じてみてもいいと思うのだった。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:33 (1868d)