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作者 | エイレイ |
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作品名 | ハルメタ番外編!『七夕会談』 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2009-08-09 (日) 00:46:51 |
キョン | 不登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 登場 |
みくる | 登場 |
古泉一樹 | 不登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
あたしが有希からの電話を受け取ったのは、お風呂上りに瓶牛乳を飲もうとしていた時だった。有希からの着メロはチャイコフスキーの『序曲1812年』にしてある。理由を説明する必要はないわよね。ちなみにキョンからはエドワード・エルガーの『愛の挨拶』。
……何かの間違いでキョンにバレたらどう誤魔化そう……。
ま、バレた時のことは考えないことにする。すぐに考えを切り替えられるのがあたしの長所だから。
「有希? なーに?」
(頼みたいことがある)
「珍しいわね。どうしたのよ」
昨日にあたしが全校放送で頼んだのは超能力同好会への立ち退き勧告だけど。ほんと古泉君「戦闘には自信がありませんから僕を倒せるような人物をお願いします」だなんて意味分からないことを言ってたのよね。さすがのあたしも戸惑ったわ。
(明日の常会で、彼が生徒会室に来るのを遅らせてほしい)
「キョンのこと? 別に構わないけど、どうしてよ」
(彼を抜きにして、話したいことがある)
まだあたしが華々しく生徒会長に就任する前、有希がキョンの髪型嗜好を伝えてくれた時のことを思い出した。あの時はハリケーンの中ナイアガラまで後半歩ってくらいに危なかったから、それを警戒してるのね、きっと。
「ふんふん、話したいことと。おーけー。今日とある筋から小田急線の無料パスもらってきたから、とりあえず笹を刈ってこいって言って、神奈川にでもやっとくわ。一時間は堅いわよ」
(ありがとう。笹を刈るなら、いい場所を知っている。住所を書いたメモを明日にでも渡す。ところで……)
あたしは、お風呂から上がってすぐの温まった手で握った瓶牛乳が温くならない内に口に含んだ。中途半端に温い牛乳はイヤ。冷蔵庫でキンキンに冷やされた牛乳が火照った体の中を勢いよく滑っていく。あー気持ちいい。
(わたしは彼とは誰か指定していない。あなたに彼、といえばすぐに一人に限定されるの?)
ゲホゲホッ! ……雑巾はどこだっけ?
(今のは冗談。でもそれで確認できた)
「何をよ」
するとあっさり、
(機密事項)
「何よ、はっきり言いなさいよ」
携帯を持った有希が逡巡している姿が目に浮かんだ。有希らしくないわね。
(金曜日、彼がいなくなった時に話す……おやすみ)
「ん、おやすみ。よい夢を」
待ちに待ったって言うほどでもないんだけどとりあえず金曜日がやってきた。キョンを隣の県まで行かせて、あたし達三人だけの生徒会室。
生徒会専属メイドにお茶を頼んだ後であたしはいつもの会長専用席に腰を下ろし、当事者中の当事者である有希も普段以上に張り詰めた顔をしていつもの椅子に座っている。まるで意中の人に告白する直前の女の子みたいに。……あたし達の共通事項はあの春の日に確認しあっている。だから確かに有希には焼きもちを焼いている。それも焦げ始めの。
自分の中に湧き立ってきたどす黒い感情を必死にセーブしていると、有希が突然口を開いた。
「超能力同好会との一戦は、わたしに大きな変革をもたらした。平等とは何か、対等とは何か、公平とは何かをわたしに知らしめた」
微妙に哲学っぽい。……と思う。人権主義的な側面もちょっとあるかな。
「だからこれからのことも含めて、もう一度話し合いたいと思う」
「……確認するけど、キョンのことよね?」
「そう。彼のこと」
数拍置いて呼吸を整えたらしい有希は、熱情を抑えた冷静な声で、
「わたし達三人ともが彼に対して特別な好意を持っているということは、もう分かっている」
「…………」
「…………」
あたしとみくるちゃんが沈黙すると、有希はまるでお客の不手際に気づいたカスタマーセンター職員のように、
「その、上手くは言えないけれど」
とフォローした。うん、上手く言わなくていいわよ。……恥ずかしいから。
「……それはともかくとして、いきなりどうしたんですか?」
先に冷静になったみくるちゃんの問いに、有希はこう答えた。
「わたしだけが彼と一緒に夕食を食べたりするのは、不公平だと思う。だから、もう自分の食事は自分で何とかする」
……え、ちょっと待ってよ有希。自分が掴んだチャンスじゃない。どうして自分から捨てちゃったりするのよ。
「同じ立場で戦いたい」
そんなよく磨いた黒曜石みたいな瞳で言われてもね。あと戦いってのはどうよ。
「まあ、有希がそこまで言うならそれでいいんじゃない? でも、後悔はしないでよ」
「しない。それよりも……」
それよりも、どうしたの? みくるちゃんをじっと見て。脅えてるじゃない。
「どうすれば頭髪が早く伸びるのか教えてほしい。あなたの指示だと思うけど、朝比奈みくるがポニーテール……つまり、彼が好んでいる髪形にして一年五組にやってきた」
何の感情も無く、淡々と有希は言い放った。えっと、ワカメを食べるとか……じゃなくて、ちょっと待って。あたしはそんなこと言ってないわよ。天と地に誓って。
「本当?」
「ホントにホント」
あたしがそう答えると、有希は目を丸くした。その表情を知覚すると同時に、首をみくるちゃんの方に向ける。……立派な抜け駆けね。
上半身を地面に対して、垂直と水平な状態をかなりのスピードで交互に作り出しているみくるちゃんの姿が、それを立派に証明していた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、出来心だったんですぅ〜〜!」
みくるちゃん(信頼度大幅ダウン)は、あっさりと店長に捕まった万引き初心者の小学生みたいに言い訳をした。で・き・ご・こ・ろ・ねえ。
シグサワーとかいう拳銃を取り出した有希が「どうする?」と冗談めかして訊いてきた。どうするもこうするもないわよ。
「発砲の許可を」
「出さないわよ」
口をへの字に曲げながら髪に手をやる有希を見た後、あたしは思いがけない行動を取ったみくるちゃんに対する報復処置を考えていた。恥ずかしいコスプレをして全校を歩き回ってもらおうかしら? でもそれでキョンの目が釘付けになるのも嫌だしなあ。かといって生徒会室出入り禁止にするのもアンフェアだし……。
「でも、ちょっといいですか?」
何を?
「キョン君から名前で呼ばれてるの、涼宮さんだけなんですよ。多分全校生徒の中でも」
ドキッとした。心拍数が跳ね上がった。そう言われてみれば、そうかも……。って、上手く切り抜けようって魂胆?
「それに、彼は渋りながらもあなたに従っている。超能力同好会の時も」
そりゃあ会長と副会長だもの。上下関係よ。
「本当にそれだけだと思っている?」
そうよ。何よ、二人とも溜息なんかついちゃって。
「涼宮さんとキョン君って、似たもの同士ですよね」
「つくづくそう思う」
二人まるで姉妹か双子のように、まったく同じトーンで、
「それだけなら、どうしてキョン君は涼宮さんに着いていったんですか」
「この生徒会が発足する前なら、彼に拒否権はあったはず」
う……。こ、断る隙も与えなかっただけよ。
「断る隙があったら、彼はあなたから離れていったと思う?」
……それは嫌だけど。
「結局、キョン君は誰に対しても優しいんですよ。そうでもなければ、えっと、佐々木さんからのお誘いも無かったと思いますけど……」
「わたしを夕食に誘ったのもそういった背景があったからだと思われる。彼がクラス内でかなりの信頼を得ているのも、あの優しさや包容力があればこそ」
有希はどこからか一個のオリーブドライの缶詰(懐かしい)を取り出してあたしに見せた。やや悲しげな表情で。
「これですべてはスタートラインに戻った」
「そうですね。これからはキョン君に対して、みんな同じ立場で戦えます」
「もちろんわたしは、彼の安全を確保するための行動は取る。靴箱に爆発物が仕掛けられている可能性も否定できない」
そりゃそうだけど。
「そして、薬物を使用するのは反則行為。自白剤の原料は数種類保管しているけど、決して彼やあなた達には使わないと約束する」
うん、分かったわ。それなら……。
「あたしも、キョンのプライベートを探るのに『彼ら』は使わないわ。公的な問題があるなら別だけど」
「『彼ら』?」あいつらよ、あいつら。
「パン屋さんの時のことですね。あ、あの写真焼き増ししたの、長門さんにも配りましたよね」
「確かにもらった」
確かにあの、副会長が校舎の壁を生徒会倉庫室からラペリング降下する写真はピュリッツアーものだけど。それはそれとして、一つ聞きたいんだけど。
「みくるちゃんがポニーテールにしてキョンに会った時、あいつどんな顔してた?」
これには、二人はそれぞれ違う表情を作り出した。専属メイドは天にも昇りそうな、安全(略称考えようかな)官は地獄へ旅立ちそうな、対比的な表情。
「すごいデレっとして、鼻の下がお餅みたいに伸びてて、目がとろんとしてました。恍惚とするって、ああいうことを言うんですね。勉強になりました」
みくるちゃんの話の後、有希は大粒の雨に濡れたような顔をした。
「その通り」
「そういえば涼宮さんは、何で来られなかったんです?」
それが今まさにキョンに関わってることで。
「小田急の株主総会に間に合いそうに無くてね。例の無料パスはそこから……」
「……っ」
有希、どうしたの? 眉間に皺を寄せて。可愛くないわよ。
「彼が近づいている」
ギクリ。早口になった有希はバイブレーション真っ只中の携帯をポケットから取り出し、
「校内に設置した監視システムが、彼の接近を告げている」
んなもんいつ設置したのよ。
「入学当初からずっと……今階段を登り始めた」
やばいわね。みくるちゃん、お茶準備。有希、普段の雰囲気作りに全力を注いで。
二人とも急いで。それともあたしの顔に何か付いてるの? そんなにじろじろ見て。そんな暇は無いわよ。
「命令を飛ばすあなたは、実に生き生きしている」
「キョン君相手じゃなくても、とっても楽しそうですよ」
ふん、二人とも何を言ってるのよ。
「当たり前じゃない」
それがあたしの仕事なのよ。大切な仲間達を持った、生徒会長涼宮ハルヒのね。