作品

概要

作者エイレイ
作品名ハルメタ7!『月下のグレイブディガー(下)』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-08-05 (水) 15:06:19

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 
 

■1

 

  脳細胞へ今の記憶を徹底的にデリートするようコマンドを出しながら、長門が秘密の出入り口の存在を隠蔽するのを見ていると、どこからか大貫さんの咆哮が聞こえてきた。消えた獲物(俺達)を探しているに違いない。断定したくはない。
  音の伝わり方からして二階にいるな。頷いて同意の意思を示した長門が、

 

「すぐに倉庫室に向かいたい。バンカーバスターの爆発に対抗するため、ボディアーマーとヘルメット、耳栓機能をつけたイヤホンを装備することが望ましい」

 

  有無を言わせぬ口調だった。ところで長門、そろそろバンカーバスターがいかなる兵器なのか、素人の俺にも判りやすく説明してくれないか。

 

「移動しながら話す」

 
 

  右手に89式、左手に柄の付いたミラーを持って曲がり角ではわざわざそれを突き出して大貫さんの不在を確認 しつつ、四方八方に目を飛ばして全身から緊張感を漲らせる鉄砲娘から俺は、バンカーバスターの概要を教えられているところだった。

 

「制式名称はGBU‐28、ディープスロート。全長5.82メートル、全重量2076キログラム。今作戦ではバンカーバスターのコードが使用される。今回の参加機、F−15Eストライクイーグルには一機につき胴体中心線上に一発のみを搭載可能。
  湾岸戦争で行われた砂漠の嵐作戦においてアメリカ空軍が、イラク軍の保有する強固な指揮通信地下施設、通称タジ2を破壊するために製造した」

 

  口調こそ滑らかだが、長門の動きがおかしい。これまで見てきた戦闘時の長門が川を流れる水なら、これは錆びついたクレーンだ。……そのバンカーバスターってのは、どれくらいの穴を掘れる?

 

「アメリカ本土ネバダ州に設立された大型実験施設、トノパテストレンジにて行われた試験投下の資料によると、実戦投入までの時間的余裕がないために急造された203ミリ榴弾砲の砲身にトリトナール爆薬を詰め込んで製作された試験品では……」
「地下10センチまでめり込んで掘り出すのスゲー大変」

 

  緊張を解きほぐしてやろうと言ってみた。効果があったらしく長門は何とも珍しいことに、俺から顔を隠して空手の左手を口に当てて苦しそうにして、バンカーバスターとバドミントンのシャトルには天と地の差があると訂正した。

 

「……桁が違う。試験型バンカーバスターはコンクリート並の強度を持つ粘土質土壌を30メートルほど掘り進み、回収は費用の問題で断念された。その後イラクのタジ2を見事に破壊し、現在は正規品の製造やイスラエル向けの輸出が行われている」

 

  本当に掘り出すの大変だったのかよ。

 

「ただし、乾燥している地盤に対してという条件がつく。タジ2もトノパテストレンジも砂漠地帯に作られた施設だから、バンカーバスターの性能が存分に活かされた。現在、GBU−28を上回る地中貫通性能を持つ兵器はアメリカ軍が配備しているMOPと、核兵器しかない」

 

  乾燥、か。俺はマスターキー(本当にもらってよかったよ)で倉庫室の頑丈な扉を開けながらここ数日の空を思い浮かべたが、一週間前までさかのぼったところでニヤリとした。ウォーターバブル行ってきて以来晴れ続けているおかげで洗濯物が楽チンだったんだ。

 

「今晩も快晴、織姫と彦星が味方したようだ。地面はサラサラに乾いてる」

 

  倉庫室に足を踏み入れるとさまざまな書類が並ぶ棚の足元に、これまたバリエーションの豊富な地雷、弾薬、銃器、使用されなかった01式を始めとする各種兵器が鎮座ましますシュールな光景が広がっていた。学校の倉庫ではあるが、そのうち国連の査察団が入ってもおかしくないような倉庫だ。
  俺が息を呑む中、ロッカーの一つを開けて中から黒いボディアーマーを取り出し、俺を相手に衣料品店の店員よろしく着付けを行う長門の姿は、微笑ましいのか戦慄を呼び起こすものなのか判断がつけにくかった。微笑ましい、とは言いにくいな。
  長門にポケットのたくさんついたボディアーマーを着させられて、最後には懐かしのP90まで持たせられそうになった。おいおい、こんなもん扱えないぞ。素人なんだからさ。

 

「でも一応」
「いらん。さっさと古泉を助けに行こう」
「万が一ということだってある」

 

  何がどうあってもP90を持たせたいらしい。俺はしつこく迫る長門からP90を受け取りグリップをしっかり握り締めてからドアノブに手を掛けて鍵を開け、更に手榴弾お買い得パックでも携行させようとする長門から逃げようとドアを開けた。

 

「……待って」

 

  何の気なしにな。長門が止めるのも聞かずにな。扉の向こうに何がいるのかも考えずにな。

 

「オォォォォ…………」

 

  ドアを開けた俺の心情は、目前に聳え立つ巨大氷山を発見した豪華客船の見張り員のそれだった。人間は非常事態でも経験を基に行動出来るそうだが、たかだか十六年の人生でこんな経験は片手に余る。指一本で十分だ。
  巨大氷山とは、ドアから数メートルの距離を開けて歩いてくるバーサーカーのことだ。直視したせいか、体がまともに動かない。そしてここは袋小路、デッドエンドでしかない。最近そうなるのが多いなチクショー。
  俺の窮地を救うのは大抵長門だ。手に持っていた手榴弾のピンを抜き投擲して(役に立たないだろうというのは別問題さ)、一瞬でいかつい扉を閉めた長門は、カラスに出会った子ツバメのような目を向けてきた。

 

「すまない」
「いい。それよりも、これでは保健室に向かえない」

 

 後数十分ほどほっといたら、泣き出しそうな気配である。

 

「ここは三階だしな……どうしようもない……いや、」

 

  いや、それがどうしたというのだ? 俺は俺、長門は長門で、ここはあの倉庫室だ。条件は十分に揃っている。最初からこうしたってよかったじゃないか。何で気づかなかったんだ。

 

「まだ手はある。ラペリングだ。例のロープあるか?」

 

  出動命令を受け取った消防士のような顔をして力強く頷き、さっきのロッカーからエクストラクションロープを取り出してあの時と同じように部屋の柱に結び付けて強度の確認を行っている長門を見て、また少し希望が湧いてきた。早くこの空間から脱出して、古泉を助けに行こう。
  二本のロープを窓枠から垂らして安全確認を行い、手榴弾の爆発音が聞こえないドアに不安そうな目を向けた長門はドアから俺に目を移して、

 

「同時に行きたい」と言った。
「分かった。イチ、ニのサンで行こう」

 

  特製かどうか分からないが、タクティカルスーツの穴に指示されたとおりロープを通して厚手のグローブも貰い、よく見ればサイズ以外そっくり同じ服を着た長門とシンメトリックに窓枠に体をかける。

 

「イチ、ニの……サンッ!」

 

  ほぼ同時に体を三階から飛び出させた俺達の、と言うよりは頭の上を勢いよく通過していったのは、蝶番の外れた倉庫室のドアだった。今晩の俺の経験値はストップ高だ。もう何だって受け入れられる。

 

「……信じられない」

 

  二階の床あたりを通り過ぎた時に、長門が思わず漏らした。背後からゴツン、ガサガサという音がした。文字通り宙に舞ったドアが広葉樹に当たって、枝に引っかかったようだ。このことも受け入れた方が楽になると思うがね。

 

「長門、悲しいが事実だ。これが夢で無い限りはな」

 

  ラペリングの最中なのであいにくと頬をつねることが出来ない。地面に降り立った時にする余裕もあるかどうか。
  そして月光を浴びて大地の感触を踏みしめながら倉庫室のほうを見上げると、獲物を失った大貫さんがこちらを何とも名状しにくい顔でこちらを見下ろしていた。んでもって――、

 

「なんてことだ……」

 

  俺達や哀れな扉以上に勢いよく飛び降りたのだ。チェーンソーを振り上げ、恐怖など微塵も感じていないように。
  さて、保健室へ向けて逃げ出そうか。古泉を助けるためではなく、俺達自身が生き延びるために。

 
 

■2

 

  ラペリング降下の命綱、長門が垂らしたエクストラクションロープから一気に離れる。俺達と同じルートを辿っている魔変化生の者が、気勢を上げながら獲物を狩らんと大地に着地する。
  ダン!
  俺達の降下地点のすぐそばで実に見事な、何かのお手本にしたいぐらいの五点接地で地面に降り立った大貫さんの姿を見て俺は、そういえば物理の試験で重力落下とかが出るんだったとどうでもいいことを思い出した。緊張しているのかしてないのか、自分でも分からない。
  長門は(世界標準の重機関銃、ブローニングでも役立たずだったのに)89式のフルオート射撃で地面からゆっくりと立ち上がる大貫さんを撃ったが、また潰れた弾丸がそこらに転がっただけだった。何を食べればこんな体になるんだ? ウサギやコイか? んな訳無いよな。……無いよな。無いことにしておこう。
  俺がホモ・サピエンスの進化と食物の因果関係について深い考察を巡らせていると、不意にシャツの裾が引っ張られた。この細い体のどこにこんな強力があるのだろう。

 

「すぐに離れたい。校外の地雷は一切撤去してしまった」
「……ああ」

 

  サバンナでインパラを見つけたチーターのように猛然と走り出した大貫さんに戦慄を感じ取ったのだろう、長門は俺の腕を掴んで逃げ出した。足がついていけない。だが人間を相手にして戦ってきた(らしい)長門は、この言葉を知らなかったようだ。
  山で熊に出会った時、背中を見せてはいけない。

 

「ガァァァァー!」

 

  目覚めてしまったらしい何かの本能に従って、奇声を上げながら大貫さんが突進してくる。俺達? 当然逃げ出してるさ。
  一般人&戦争馬鹿の合同チームと超人との間で開かれた鬼ごっこは長くは続かず、俺と長門は壁際(校舎ともいう)にあっという間に追い詰められてしまった。獲物を追い詰めた大貫さんが歩幅を緩めて、ひたひたと近寄ってくる。ニヤリという表現そのままな大貫さんの表情が恐ろしい。
  左腕にすがりついた長門と共に、俺は恐怖していた。俺、このまま食われたりするのかな。そんなカニバリズムな展開は無いよな……。

 

「……わたしがあなたを守る。あなたは早く逃げて」

 

  ふとゴヤの絵を思い出していたら俺の腕から体を離した長門が89式を抱いて、体を震わせながら一歩前に踏み出そうとしていた。いや、いいんだ。もういいんだ……。もう無理はするな。チェーンソーを持った大貫さんがほら、大鎌を持った死神みたいじゃないか。あんなのに勝てるわけ無いだろ?
  正直滲み始めた視界の中に、これまで関わってきた人たちの顔が走馬灯のように浮かび始める。

 

  長門。何だかんだ言ってもお前はお前であることを貫き通してくれやがった。別に異論は無い。なんだかんだ言っても楽しかったしな。

 

  古泉。いい奴だった。出来れば初弾でカタをつけてほしかった。きっとお前ももうすぐ俺達に続くことになるから、天国で語り合おうぜ。

 

  国木田、谷口、朝倉、阪中、岡部教諭。俺と長門がいなくなったら、五組……いや、学校はさぞかし平和になることと思う。勉学と実り多き学生生活を送ることに励んでくれ。

 

  佐々木。後悔しない人間なんてそうそういない。今にして思えば、お前の申し出を受け入れても良かったかもしれないな。久しぶりに会えて嬉しかったよ。

 

  鶴屋校長。貴女は、いつもその広大無辺な御心により長門やハルヒの行動をお許しくださいました。俺のことは、記憶に留めておくだけにしてください。銅像なんか作ってもらっても恥ずかしいです。

 

  妹とお袋へ。俺はもうすぐ、祖国の空の下で天に旅立ちます。あの砂漠の国から俺を見守っていてください。それでは、お元気で。

 

  朝比奈さん。今の俺には先日拝見したポニーテール姿の貴女のお姿が、戦女神ヴァルキリーのように見えます。ハルヒや長門に気をつけて、どうか幸せになってください。見守らせていただきます。

 

  ハルヒ。その、なんていうか、お前の下で働けて楽しかった。俺は副会長として、生徒会室ではいつも充実した日々を過ごせた。ありがとうな。最後のカツ弁当も。お前も料理できたんだな。俺よりも腕はよかったし。ごちそうさまでした。

 

  みんな、じゃあな。

 
 

■2

 

  俺が死を覚悟したその時だ――死神と化した大貫さんの足元で爆発が起きて、炎の玉が立ち上ったのは。そしてつい一週間前にお台場で聞いた、ヘリコプターのローターが空を切るパタパタという音がいくつも聞こえたのは。突然の援護に驚いた俺は夜空を見渡した。大都会の明かりと星空を背景にした、あの機影は――

 

AH‐64D(アパッチ・ロングボウ)と、AH‐1S(コブラ)……」

 

  全身から力が抜けたように、俺にもたれかかった長門が呟く。サーチライトや爆炎、照明弾が辺りを照らし出し、何故か脳内交響楽団がワルキューレの騎行を演奏し始めて、どうも助かったらしいと認識した体がくず折れそうになった。先ほどの男の声が、備え付けのスピーカーから夜の校舎に反響する。十機ほどのコブラを引き連れ、単機で先陣を切るアパッチのパイロットからのようだ。

 

(木更津からコブラを誘導して、ようやくここまで飛んできた! 効果はあったか!?)

 

  グレーの塗装に武骨なデザインの戦闘ヘリが、地を這うようにして猛然と突進してくる。ローター上に据え付けられた、ゴーダチーズのようなミリ波レーダーマスト。間違いない。世界最強の戦闘ヘリ、アパッチ・ロングボウだ。喜緑さんとの通信で指示された、ミリ波帯ジャミングの解除。そういうことか。
  そしてその後ろに続く、陸自迷彩のコブラの一群。木更津駐屯地から東京湾を越えて飛んできたらしい。対戦車ミサイル、TOWと同じくハイドラをスタブウィングにぶら下げた細っこい陸自の機体が群れとなって、もはやゴジラと化した大貫さんに攻撃を仕掛ける。着弾の度、グラウンドに大穴が開いていく。

 

「あれは……あのアパッチは、喜緑江美里が、研究所の警戒用に運用している機体……木更津を経由して、ここまで……」

 

  呆然とした表情の長門は、そこまで喋ってからはっと息を呑んだ。おい、どうした?

 

「まだ……生きている」
「なっ……」

 

  大貫さんはまだ生きている。アパッチを見据え、チェーンソー(こっちも異常なものらしい)を構えて、堂々と立っている。夢なら早く覚めてくれと切に思う。

 

(リーダー機より各機、TOWを一斉発射! その後は各自の判断で戦え! 周囲に被害を出すなよ!)

 

  指示の後に、点火されたヘルファイアやTOWが空を切り裂く。大貫さんはそれをかわそうとすることもなくただ両手を重ねて体の前に押し出した。大貫さんに到達した対戦車ミサイルの束が、まるでガラスで出来たコップのように握りつぶされる。ああやっぱりこの人は人間じゃないんだな。だなんてことを、俺は改めて感じた。
  ガシャンと情けない音を立てたミサイルが、そこいらを飛んでいたらはたかれた蚊みたく叩き落された。何となくガンナー達が戦慄する気配を感じながら俺は、すぐに逃げようと……おい長門、攻撃ヘリが時間を稼いでる間にさっさと逃げるぞ。

 

「でも」
(そうですよ。私たちがここを凌ぎますから、例の男子生徒をメディックに渡してください。今ここにいる人たちで学校の構造に一番詳しいのは、貴方達ですから)

 

  ヘッドフォン型の無線機から、先ほど聞いたあの声が聞こえた。

 

(研究所の救難ヘリ、ペイブホークに乗って屋上に降り立ちました。現在ペイブホークは屋上に着陸しています)

 

  屋上を見てみると、うんいたよ。逆光で顔はよく見えないが、なにかごそごそと作業している女性の姿と、ヘリコプターのローターの一部分が。

 

(よくこんな大層なジャミング装置を作りましたね。……電源は学校からですか)

 

  まったく変わらない声音で屋上のフェンスをワイヤーカッターか何かの工具で破り、部分的にフェンスを切り落とした喜緑さんは、何かテレビカメラのような機械を取り出した。

 

(先ほど厚木基地を飛び立った二機のストライクイーグルは現在埼玉県上空を飛行中。もうまもなく反転し、陣代高校をバンカーバスターの射程に収めます)

 

  あなたが操っている、望遠レンズと三脚をつけたデジタル一眼レフカメラのような機械は何ですか。

 

(SOFLAM……正式名称、レーザー照射目標指示器により大貫さんで反射したレーザーのカゴ、レーザーバスケットへバンカーバスターを誘導することができます。
ここは私達に任せてお二人はすぐに保健室へ。長門さん、無線変調コードM6で、ペイブホークのメディックと連絡を取ってください。古泉君を回収後、私の研究所に付属している病院へ搬送させます)

 

  喜緑さんの言に力強く頷き、その見かけからは想像できないような力で俺の腕を引っ張る長門が、未だに大貫さんとの間で弾の無駄遣いを続けるヘリ部隊を一瞥した。もはやグラウンドは空薬莢の海だ。

 

「ここは大丈夫」

 
 

  この状況を一言で描写しろと言われたらまったく迷わずに硝煙弾雨の言葉を挙げるであろう光景の中を走り抜けて、俺達は保健室へ向かった。ヘルファイアやハイドラの閃光が窓の外を真っ白に照らし出す中でベッドに横たえられた古泉一樹は、穏やかに眠っているように見えた。……先に言っとくが、某おとぎ話のヒロインじゃないぞ。

 

「古泉、安心しろ、助かるぞ」

 

  顔を苦痛に歪めながら、古泉は目を開けた。長門は無線機に早口で何か吹き込んでいた。

 

「どうなりました? 先ほどから爆音が……」
「長門が応援を要請した。攻撃ヘリの編隊が来て、大貫さんと戦ってる。もうすぐ空爆が開始される手はずだ」
「空爆の前に、あなたは別のヘリコプターで病院に運ばれる。腕は確かな病院」

 

  そうですか、とにこやかに応じた古泉は、また目を閉じた。ガラガラ、とストレッチャー(学校のものではない)を転がす音がした。そして保健室に入ってきたのは、アスクレピオスの杖を袖口のワッペンに描き、赤十字のマークのついたヘルメットを被った五人ほどのメディックだった。

 

「喜緑さんトコの部隊か?」
「そう」

 

  陸自のヘリ部隊といい、このメディック達といい、ストライクイーグルといい、喜緑さんのコネクションはどういうものなのだろう。

 

「古泉一樹君は、我々が責任を持って保護、治療にあたります」
「お願いします」
「わたしからもお願い」

 

  お礼を言いながら俺が世界の裏側を想像して戦慄すると、アイコンタクトを取った複数の衛生兵は、古泉をベッドからストレッチャーへ移していた。横にされて運ばれていく古泉が微笑み、

 

「お二人とも、後のことはよろしく頼みますよ」

 

  ああ、任せろ。

 
 

  と思っていたが。
  ほんの数分後に見た光景は、
  俺の予想を、またもや裏切ってくれた。

 
 

■3

 

  保健室の窓からグラウンドに出た俺達は、古泉を乗せたのであろうペイブホークが屋上から離陸するのを見守っていた。グラウンド上空で大貫さんの足止めを行う攻撃ヘリ部隊は善戦しているとは言いがたい様子だ。大貫さんが強すぎる。
  一気に音が大きくなったペイブホークの双発エンジンが、古泉とメディックを乗せた機体を上昇させていく。屋上では喜緑さんが、SOFLAMとやらで大貫さんに狙いをつけていた。

 

(二人とも、気をつけろ! 奴が接近しているぞ!)

 

  スピーカー越しの警告に、俺達は周りを見回した。陣代高校始まって以来の恐怖が足を動かし、ヘリの攻撃で穿たれたクレーターを余裕で飛び越え、こちらに突進している。長門は条件反射で89式のトリガーを引いた が、その進撃を食い止めることは微塵も出来なかった。また体が強張り、あの時の恐怖が蘇る。
  だが、大貫さんは俺達のほんのちょっと横を走り抜け、ニュートン先生を始めとする物理学者を驚かせる行為を行った。
  校舎に足をつけて、地面に落ちるリンゴなど知ったこっちゃないと言わんばかりに駆け上っていったのだ。当然のことながら小細工一切抜きに。おかしいのは俺達か、大貫さんか。二機のコブラが機首の機関砲で校舎の壁を粉砕しながら、大貫さんを追い続ける。ああ、一年五組にロケット弾が突っ込んでいった。体操着を昨日持って帰っていてよかった。
  まったく驚いていない長門が、無線機を取り出して援軍に警告した。

 

「江美里、気をつけて。目標がそちらに向かっている」
(一応迎撃火器は用意しましたが)

 

  あっという間に校舎を駆け上り、屋上のフェンスで踏み切り(フェンスがねじ曲がった)、まるで水泳飛び込み競技のオリンピック金メダリストの右に出るくらい華麗に大空へ舞い上がった大貫さんは鮮やかな弧を描いて、戦場から離脱しつつあるペイブホークに後ろから近づいていった。くそっ、気づいてくれよ。
  長門が無線機を通じ、切羽詰りながらペイブホークへ警告を促す。俺は回転するローターが大貫さんをミンチにすることを少しだけ期待した。いや、そうでもしないと倒せそうに無いしな。
  指示を受けたパイロットは大貫さんを必死に避けようとしたものの、大貫さんはチェーンソーと一直線になりながら、まるで忍者の放った手裏剣のように体を回転させ、ペイブホークの機体左側への突撃を敢行した。……多分古泉目がけて。

 

「ぬぅらああああああああああ!」

 

  バリン、という轟音がして、ペイブホークのエンジンが火を噴いた。思わず目を瞑った俺が次に見たものは、メインローターの回転をすり抜けてゆっくりと重力に引かれつつある大貫さんと、その後ろで片方のエンジンから煙を吹き出し、よたよたと高度を下げていくペイブホークだった。グラウンド上空でホバーするアパッチやコブラは、大貫さんの背後に位置するペイブホークへの誤射を恐れて大貫さんに手が出せない。古泉は、メディックの人達は大丈夫か……?

 

「大丈夫」

 

  89式の狙いを大貫さんに定める長門が曇った表情と声で、

 

「基本的にヘリコプターは飛行中に全てのエンジンが停止しても墜落しない。オートローテーションという飛行技術で、あれくらいの高度があれば、グラウンドの穴の開いていない場所へ安全に着陸できる。
  それよりも危険なのは、再び地上に降り立った大貫善治。わたしの持つ火器では対抗できない」

 

  長門が怯えながらした説明通り、ペイブホークは砂埃を巻き上げてグラウンドの端にハードランディングした。屑鉄になり、所々から煙や火花を散らす機体から、互いに支え合って古泉とメディックが這い出てくる。えらく感動的なシーンだった。

 

(警察のヘリをミニガンで片付けたりしてまでここに来たのに、これじゃああんまりじゃないですか)

 

  音声伝達を無線機経由から大型メガホンに切り替えた喜緑さんが少し悔しそうにして、

 

(今更役に立つとは思えませんけどね)

 

  ついさっき切り取ったフェンスの隙間から電動式ガトリングガン、M134(ペイブホークから移して屋上に据え付けたのか?)の砲身を突き出して、

 

(やらないよりは気持ちいいでしょう?)
(そうだな、喜緑君。同感だ)

 

  猛烈な支援射撃を開始した。ペイブホークの存在を気にする必要の無くなったアパッチやコブラの機関砲と合わせて、グラウンドに弾丸の嵐が吹き荒れる。それをもってさすがの大貫さんも動きを止めた。爆発音や砲撃音を聞きすぎて、正直耳が痛い。硝煙にまみれて目も痛い。
  戦場を見つめ不安そうな面持ちの長門が、おもむろに無線機を取り出した。

 

「こちら陣代高校地上部隊。貴機の現在地を知らせよ」

 

  な、長門? どうした?

 

(そんな堅苦しい言葉遣い止めなさいよ。……もうすぐ荒川を越えて、バンカーバスターの投下ポイントに到達するわ。聞いてよ。テクニカルランディングした三沢からアンダーセンに向かってたら、いきなり油圧が下がったのよ? 怖かったわ)
(目標は――通常の弾丸が……効かないと聞いている――多分これで――)

 

  長門、お前の話し相手は、ストライクイーグルのパイロットか? 俺が尋ねると、長門は首肯と共に、

 

「そう。……すぐ近くに」

 

  長門の言が終わると同時に、爆音が夜の闇に轟く。来たんだ、ストライクイーグルが。厚木基地でバンカーバスターを搭載して、スクランブルしたであろう二機が。

 

「ヘリはバンカーバスターの投下時、爆風に巻き込まれるのを回避するため、現時点で退避して。江美里、レーザー誘導は?」
(準備万端ですけど、私がSOFLAMの操作をしている間は当然M134を扱えません。弾着直前にあの敏捷性を発揮されたら厄介です。ですから、目標を一点に静止させてください。89式で大丈夫ですか?)
「何とかする。近接戦闘に持ち込み、バンカーバスター投下までの時間を稼ぐ」

 

  何とかしようも無いだろ。

 

「引き止められればいい」

 

  真っ黒な瞳が俺をじっと見た。俺の顔が瞳に映るぐらいの近さで。一瞬だけ、俺は周りの音が聞こえなくなった。あの時と同じだ。俺は長門の肩を――89式を担いでいないほうの肩を――叩いてやった。
  分かった。無事に帰ってこいよ。

 

「お邪魔してすいませんが、長門さん、私からプレゼントです。受け止めてくださいね」

 

  言うなり、喜緑さんは屋上から何かを投げた。
  パシン。
  長門の手に収まったそれは、いつか見た暗視ゴーグルのような機械だった。

 

(レーザーを拡散、無害化するフィルターを仕込んだ暗視装置です。万が一レーザーが目に入って失明したら大変ですからね)
「でも……」

 

  何を迷ってるんだよ。何で俺を上目遣いで見るんだよ。

 

(これだけは譲れませんからね。早く着けてくださいね)

 

  ちょっとだけ間を置いて更に、

 

(さきほど大貫さんの両眼にも試験的にレーザーを当ててみましたが、何の効果も無いようでした。私が責任を持って宣言します。あれは人間じゃありません)

 
 

■4

 

  現状を簡単に説明しよう。長門と狂戦士大貫さんは穴だらけになったグラウンドの中央で戦い、喜緑さんは屋上からレーザーで大貫さんをポインティング、二機のストライクイーグルははるか高空からバンカーバスターを投下して、この戦いに終止符を打つ。古泉やメディックはペイブホークから離れ、グラウンドの隅っこまで避難。全兵装を使い切ったアパッチやコブラは爆風に煽られて墜落する可能性を考え、長門の指示ですでに撤退した。喜緑さんいわく、一時照準レーザーがミサイルの煙で減衰しかけたものの、照準には問題の無いレベルまで回復したそうだ。

 

(たった今ストライクイーグルの一番機が、バンカーバスターを投下しました。二番機は上空待機。使わなければそれに越したことはありませんから)

 

  長門は身の軽さを活かし、大貫さんの攻撃を見事にかわしている。何も知らない第三者が見れば、アクション映画のワンシーン撮影中かと思うかもしれないが、これは映画ではない。現実の光景だ。
  俺が分析する限り、大貫さんの恐ろしいところはその防御力にある。クレイモアや対戦車ミサイルは朝飯前、合計数百発の弾丸を同時に受け止めても、三階から飛び降りてもびくともしない防御力。歩く走る的な単純な運動能力を比べれば俺達人間と変わるところは無いが、学校を駆け上るというおかしな日本語が雄弁するように、その特殊能力は相当なもんだろう。おまけに睡眠ガスもレーザーも、まったく効かなかった。
  これはもう地中深くに封印するという、放射性廃棄物の地層処分並に後先任せな手段を取るほか無いだろう? 鶴屋校長は「大貫さんには平穏な人生を送ってもらうのが一番」と言っていたが、この状況を鑑みるにそれは無理です。

 

(来ましたよ。長門さん、撤退の準備を。初弾の弾着まで20秒)

 

  中継役を務める喜緑さんがメガホンを通じ、長門に勧告する。俺の耳にも聞こえてきた。空を裂く鋭い音が近づいてくる。夜空を見上げれば、北の方にストライクイーグルの航空灯がいくつか目視できる。

 

「来たぞ」

 

  チェーンソーの攻撃をひらりとかわして、5.56ミリ弾を数発叩き込みながら、

 

(すぐに下がる。大丈夫)

 

  口に出すよりも早く大貫さんから離れて、長門は姿を消してしまった。手近なクレーターへ滑り込み、身の安全を確保したらしい。
  戦うべき相手を見失った大貫さんが咆哮する。だが、気づいた時にはもう遅いさ。

 

(後10秒。みなさん、耳を塞いでください)

 

  いよいよ着弾する。長門、言われたように耳は塞いだか?

 

(もちろん)
(弾着まで5秒)

 

  俺は両の手で耳をヘッドフォンの上からしっかりと押さえながら、空を見上げた。巨大な爆弾が大貫さんを目指して落下してくる。本来は地下施設を破壊するために作られた貫通爆弾、バンカーバスターだ。まるでシャーペンみたいに細いバンカーバスターは、ほぼ垂直に大貫さんへ激突するコースを取っている。これで終わりだ。
  ふと、大貫さんが上を見た。

 

(4、3、2、……えっ?)
(何が起きたの?)

 

  長門の位置からは分からないだろう。グラウンドで起きている、いまさら異様とも思えない光景が。
  網膜に入ってきたのは信じがたい光景だが、俺は認めざるをえなかった。たとえその光景が、大貫さんが着弾直前にチェーンソーを地面に置いた上で両腕を天に向け、長さは自身の五倍弱、重量2トンちょいの爆弾を真っ向から受け止めたというものでもな。
  まるでハンマー投げ国際試合代表のようにバンカーバスターの弾頭を握り締め、その場で地面に縦穴を掘るような勢いで回り始めた大貫さんは遠心力を利用して…………えええええええええええ!?

 

「ふんぬぉぉぉぉぉ!!」

 

  投げ返した。真南の方へ、使い古された表現だが、勢いよく。もう形容する言葉を失うくらいに。

 

「長門、聞こえるか!? 大貫さんがバンカーバスターを投げ返した!」

 

  返信が無い。おい、聞こえてるだろ? 長門!?

 

(……だったら、背後から直撃させる。江美里、ストライクイーグルへの連絡はあなたに任せる)

 

  この状況でも落ち着いた、無感動かつ無感情な声がヘッドフォンを通して俺の聴覚神経を通過した。だが……。

 

(止めてください! 危険です!)

 

  喜緑さんの必死な制止も聞かずに長門はクレーターから這い出て、チェーンソーを天高く掲げながら魂の底からの咆哮を世界に轟かせる大貫さんにP230の銃弾を――たかが9ミリパラベリウム弾を撃ち込んだ。ついに89式のマガジンが撃ち止めになっちまったか――。

 

「効くわけが無いだろ! ヘルファイアだって弾かれたんだぞ!」
(こちらを振り向いた。いける)

 

  大貫さんが一歩近づくと長門は一歩引き、ヒットアンドアウェイの構図を描き出している。ゆっくりと距離を保ち、視線を合わせながら後ろに下がっていく。数秒に一発のペースで銃弾を放ちながら。

 

(……いい具合です。それを後13秒維持してください)
(何かイレギュラーが起きたみたいね。まだ一発あるわよ)
(これで――終わる)

 

  三者三様に感情的な音声情報がヘッドフォンから頭に伝わってきて、

 

(あ、)

 

  あ、の音を発した本人が、クレーターに足を引っ掛けて飲み込まれた。怪我はしてないか!?

 

(……怪我はしてない)

 

  けれど敵の動きが止まったその一瞬を、大貫さんは見逃さなかった。クレーターに近づき、照明弾や爆炎が消えて月が唯一の明かりとなる中でチェーンソーを左手に持ち、底深い穴の縁に仁王立ちする大貫さんの姿は、墓掘り人夫のようだった。

 

(弾着まで6秒)

 

  そのクレーターの爆心地にはわざわざ説明するまでも無いだろうが――長門有希がいる。

 

(いや……来ないで……)

 

  明らかに怯えの色が混じった長門の声がした。その瞬間、何故か俺は大貫さんに追い詰められた時よりも恐怖を感じて、俺専用兵器であるピコハンを取り出しつつ腹の底からこう叫んでいた。

 

「こっちだ!」

 

  意識の外側からかけられた声に、大貫さんがぎょろりとこっちを振り向く。俺はその顔目がけてピコハンを投げつけた。
  ピコン。
  脱力するくらいに間の抜けた音がグラウンドを支配し、ピコハンは大貫さんの頭を飛び越え、そしてその恐ろしい形相に、二発目の先端部分が重なった。
  今度こそ終わりだ!

 

(弾着、今!)

 

  喜緑さんの声が響き、大貫さんの断末魔の叫びが轟き、世界が真っ白になって、体がふわりと浮かび上がり、

 

  俺の意識が消失した。

 
 

■5

 

  どうして世界が真横になっているんだ。頭がひどく重い。白い煙があちこちにたなびいている……。
  ……。
  ああ、思い出した。大貫さんがキレたんだったか……。それで古泉がやられて、バンカーバスターが投下されて……。
  そこまで考えて、俺の意識が一気に覚醒した。最後に記憶にあるところからかなり離れている。きっと、バンカーバスターの爆風で吹き飛ばされたんだ。首や頭をやらなかったのは幸いだった。あのタクティカルスーツがいい具合にクッションになったようだ。足に力を入れて立ち上がり、首を回してみると、窓ガラスの大半を失った学校の校舎や、更にボロボロになったペイブホークが目についた。手を振る古泉達は無事らしい。この程度で済んでよかった……。
  だが、一瞬の安堵を吹き飛ばすように、俺の脳裏にはあいつの姿がよぎった。

 

「……長門は?」

 

  ヘッドフォンの通信機で長門を呼びかけたものの、応答はない。長門! どこに行った?

 

「……私は、ここにいる」

 

  ヘッドフォンではなく、微かな肉声がわずかに吹く風に乗って届いた。例のクレーターの方を見てみると、よかった。大貫さんは地面で昏倒している。
  そのそばにはクレーターから抜け出して、89式を支えにして立ち上がりながら月の光を浴びている長門有希の姿があった。無事だったか?

 

「わたしは大丈夫。クレーターがシェルターの役割を果たしたと思われる。大貫善治の沈黙も確認した。……ヘッドフォンは故障してしまったみたい。暗視装置も、もういらない。89式は一応持ち出すけど残弾は無い。あなたのピコピコハンマーは行方不明になってしまった」

 

  まあ、ピコハンぐらいはしょうがないさ。お前が怪我しなくてよかったよ。

 

(お二人とも、お怪我はありませんか?)
「ええ、おかげさまで。俺も長門も五体満足です」

 

  顔や緑髪に煤をつけた喜緑さんが屋上から手を振って健在振りをアピールした。こっちも喜緑さんに引けを取らない身なりだろうな。俺と、すぐ近くまで歩いてきた長門は盛大に手を振り返した。俺達の勝利だ。

 

(よかった。今、帰還用の機を要請しました。長門さん、例の機体ですよ)

 

  だが(逆接を今日だけでも何回使ったかなあ?)、ありがたい申し出を断ち切るようにして巨大な唸り声が半径数キロ以内に轟いた。音源? そんなもん説明する必要は絶対にない。無いったら無い、と胸を張って断言できるぜ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

  世界最強の用務員が、復活した。数年前にもキレ、今回はバンカーバスターを受け止めた大貫善治氏が堂々と立ち上がりつつある。長門、残弾はあるか?

 

「全く無い。89式の5.56ミリ弾も、P230の9ミリ弾も全く無い」

 

  全く無い、を繰り返すってことは強調か。どうする?

 

(核兵器の使用を要請してもよろしいですか? 三沢か嘉手納基地、それともあえてグアムのアンダーセン空軍基地から、B−1B爆撃機を超音速で……)

 

  止めてください! 三沢か嘉手納基地って、非核三原則はどうしたんですか!?

 

(そんなものアメリカは無視してるに決まってるわよ。確定は出来ないけど、確実だと思うわ。横須賀とかね)
(日本側は……アメリカの原子力潜水艦――ですら――停泊を……容認している――)
(あ、もう私達は機関砲しか使えないわよ。効くとは思えないけどね)
(サイドワインダーまで――搭載する……時間は無かった――から)

 

  壊れたヘッドフォンは長門の使っていたものだけらしい。俺の耳に女性パイロット二人の声が割り込んできたからな。だが(またか)、核まで持ち出すわけにはいかない。

 

「万事休す?」

 

  だろうな……。胃が痛くなるような状況だよ……くそっ!

 

「大貫善治が近づいてくる」

 

  わざわざ言う必要はない。今晩何度も見た光景だよ。……おい、あれは?

 

「戻れ、戻るんだ!」
「止めるな、行かせてやれ」

 

  メディック達の制止を振り切り、赤い球となって空中に浮かび上がった古泉一樹。

 

「ご存知ですか!?」

 

  カーブを描いて満月を背にし、俺達に叫びながら、

 

「使い切ったバッテリーは、時間を置くと、短時間ですが復活するんですよ!」

 

  右手にアドバルーン大のエスパーボールを纏い、復活した大貫さんを背後から殴りつけた。……何でだろうね、あの平和な、某マスコットキャラクターの鳴き声を真似しながら。

 

「ふんもっふ!」

 
 

■5

 

「ぐぉぉぉぉぉ……」

 

  大貫さんの断末魔の叫び(今度こそ)が夜の闇に木霊する。今度こそ、今度こそ……。

 

「あの爆弾ですら耐え抜いたのですから、致命傷かどうかは分かりませんが。ダメージを与えたことは確かです」

 

  球体化を解きつつ、古泉は俺達の前に降り立った。煤で汚れたサワヤカスマイルに、後光が差して見えるのは気のせいだろうか。

 

「いつぞやの約束を果たそうかと思いまして」

 

  気のせいではなかった。古泉の後ろには喜緑さんが要請した例の機体――世界初の実用ティルトローター機、V−22オスプレイが、ギアライトを点灯してヘリコプターモードで着陸態勢に入っていたのだ。ダウンウォッシュで砂埃が舞い上がり、地面に横臥した大貫さんに降り積もっていく。

 

「……ところで、手を貸していただけますか?」

 

  言い終わるなり古泉は地面にキスした。おい、大丈夫か? 同好会の時と同じこと繰り返してたら世話無いぞ。

 

「命に代えても守りたいものってあるでしょう?」

 

  マジな目をして長門を見上げてもな。メディックにもお礼言っとけよ。

 

「古泉一樹君は、改めて我々が責任を持って保護、治療にあたります」
「治療が終わったら、喜緑江美里を通じてわたしに連絡をして」

 

  長門と同レベルの敬礼を行い、メディック達はオスプレイから出てきたスタッフと共同で古泉をストレッチャーに乗せていく。

 

「キョン君と長門さんは、私の車でマンションまでお送りしますよ」

 

  喜緑さんも階段か何かでグラウンドに下りてきた。見た目だけは清楚で大人しそうな人だった。長門と同じく、見た目だけは。

 

「それではまた。夏休みまでには復活したいところです」

 

  オスプレイに乗り込む間際に、古泉が別れを惜しんだ。ああ、また会えるさ。今度は元気な姿でな。
プロペラの回転を高めて、オスプレイが西の空へ浮かび上がっていく。ストライクイーグルの航空灯はどこにも見えないから、もう厚木に帰ったらしい。さて、と……。

 

「どう鶴屋校長に伝えたもんかな……」

 

  グラウンドを穿ったクレーター、ガラスの無い校舎、学校全体には長門、アパッチやコブラ、喜緑さんのM134が吐き出した、大量の空薬莢が落ちている。古泉は負傷して病院へ連れて行かれた。

 

「大丈夫。あの校長なら、きっと分かってくれる」
「……そうだな」

 

  この学校の校長が鶴屋さんでよかった。生徒会長ハルヒの存在を容認しているぐらいだし。……ハルヒ?

 

「テストもあるんだ……」

 

  俺がハルヒの言を思い出して憂鬱になると、長門が励ましてくれた。

 

「もしかしたら、コブラのロケット弾が職員室を攻撃したかもしれない」

 

  前向きだな。ま、帰ったらのんびりしようぜ。さすがに飯作る体力は無いぞ。

 

「お待たせしました。近くの駐車場に停めておいた、私の愛車です」

 

  どこからどう見ても陸自の軽装甲機動車がグラウンドに乱入してきた。喜緑コネクションが部分的に推察できるな。ちなみにカラーリングは普通の迷彩だった。……ご近所に見られないことを祈るか。
  長門と喜緑さんに急かされてライトアーマーに乗り込み、無事にマンションの自室に着いた俺は、シャツのボタンをいくつか開けて、ソファに横になった。睡魔の野郎には無条件降伏だ。
  そして、夢を見た。

 
 

―――状況終了


 

「辛くも俺達は生き延びたが……」
「次回『608号室へのイントルーダー』」
「何だそのタイトルは! また戦闘機か! ありゃあ攻撃機だが!?」
「意味は、あなたの部屋へと忍び込む者」
「意訳せんでいい!」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:32 (3047d)